碧窓                                    由布木 秀 秋閨思     碧窓の斜月、深暉あいたり   愁えて寒螿を聴き、涙、衣うるおす     夢裏、分明に関塞を見たり     知らず、いずれの路か金微に向かう                                   張仲素  一、芳樹  ふと気がつくと、城市芳樹はながい廊下に立っていた。  ひんやりとする石の壁に、ただひとりでかこまれていた。乾いた大気と塵埃の臭いにつつまれながら、猛烈に悲しい気持ちに支配されていた。みあげると五メートル以上もある壁が両側から覆いかぶさり、風が吹いているのだろうか、上空に白い雲がながれるのがみえた。左右の大きな黒い石からできた障壁は、みわたすかぎりどこまでも真っすぐにつづいていた。青い空は遠くですこしずつ大きくなっていたが、宏闊という雰囲気ではなかった。どこかに横道があるのかも知れないが、すすんでみなければ分からない。足元には黒い石畳がつづき、壁とのあいだに土がみえ、ぼつぼつと丈のひくい草がわずかに生えている。振りかえっても、ただ圧倒的な石壁がつらなり、空の一部が垣間見えるだけだった。この歩廊は、なにかの周囲をとりまいているのではあるまいか。中心に煌びやかな宮殿が聳え、そこをとりかこんでつくられた回廊ではないのだろうか。脇道に入ることができれば、視界がひらけ、殿舎につづく小路になっているのではないか。もしかすると、そこからは壮麗な王宮が一望できるのかも知れない。そう思ったから、いままで脇目もふらずにすすんできた。しかし、どこまでいっても変わらない。みあげても、わずかな空しかみえない。中心部が右か左かも分からない。  ひとり切りでこんな牢獄みたいな歩廊におかれた芳樹は、すすむ気力もなくし、悲しみだけを感じて立っていた。周囲に、人が歩いてくる気配は、どこにもなかった。いまは昼の時間で光がさしているが、これから日が陰り夜がくるのだろうと思った。真っ暗になり、寒くて凍えるに違いなかった。どうやって、その時間をすごしたらいいのだろう。  記憶力をしらべるために、芳樹はこうした場所にマウスをおいてうえから観察したことがあった。猛烈なストレスにさらされた小動物は一瞬たりともじっとせず、迷路のなかをうごきまわって、どこにもない出口をさがしつづけていた。マウスの目の高さを考えれば、無彩色の仕切り壁は、このくらい高くに感じられるのだろうか。もしかすると、これはなにかの実験で、いまは芳樹が被験者になって迷路に入れられているのだろうか。いつから、こんな場所に迷いこんでしまったのだろう。どうやって入りこんだのだろうか。これだけの巨大な迷路空間に気がつかないで迷いこんでしまうなんて、ありうるのだろうか。  圧倒的な壁にとりかこまれながら、芳樹は考えつづけていた。いつからという最初の問いには、答えられる気がした。  芳樹は、以前医局会のときに、教授に異論を申し立てたことがあった。そのころ、ここにむかって踏みだしたのではないのか。もしかするとあの時点では、すでに、かなり入りこんでいたのだろうか。  三年まえの秋にひらかれた医局会のとき、ある神経疾患が話題になった。小田原教授は、その遺伝形式が常染色体劣性だと話した。ちかくにすわっていた芳樹が首をかしげ、いかにも異議をもつ素振りをしたのに気がついた。 「なにか知っているのか」と小田原はたずねた。  芳樹は、前日とどいた神経内科学の最新号に記載されていた佐川助教授の論文の話をした。そこには、この遺伝形式がそれほど単純ではなく、ふたつ以上の遺伝子座が関与する複合的なものだろうとかかれていた。佐川の理路整然とした論文を読んで、いままでもやもやとしていた思いが晴れた気持ちになった。幾度も読みかえしてノートにかきだし、従来の常染色体劣性という遺伝形式ではどこが説明として不充分なのか、興奮しながら一晩考えた。いろいろの文献をとりだして読みなおし、佐川助教授のほうが論理的に筋が通っていると確信した。  小田原教授は、芳樹の話を最後まで聞いた。教授が傾聴していることが分かり、彼はそれを感じて、すこし得意になった。 「なかなか説得力のある論文で、すぐれた考察だと思いました」と最後にいった。  話が終わると、教室内は静かになった。 「城市。おまえは、なにをいっているのだ」  教授は、芳樹を睨みつけた。 「この疾患について二〇年間つみあげられてきた論文を、みんな読んだのか。おまえは、いままでのながれが分かっているのか。この疾患については、発見から現在にいたるまで、すべて私の研究で成立してきたのだ」  小田原教授は、激高した。彼は、芳樹を立たせたまま三〇分ちかく自説をとうとうと話した。 「おまえは、慢心している。二〇年間のつみあげた研究を直感で否定するなど、研究者の態度ではない。考えるのは、自由だ。研究なのだから、仮説を立てるのはかまわない。しかし、それを現場で検証しなければ学問とはいえない。長年にわたって、この分野をきずきあげてきた者にむかって、研究者にもなっていない駆けだしの医局員が思いつきを述べて批判するなど、言語道断だ。そんなに佐川がいいのなら、関西医科にいって頼んで弟子にしてもらえ。おれの一門には、そんな不謹慎な者はいらない」  小田原教授は、芳樹をさんざんに罵倒し、最後には両手で大きく机をたたいて自室に帰ってしまった。あまりの剣幕に、いあわせた医局員のだれもがすっかり驚いた。その後、街にでて会食する予定だったが、助教授は、芳樹に自宅に帰るようにいった。医局員は、ひどく迷惑そうな目で彼をみて、会議室をあとにした。  芳樹は、助教授にいわれた通り自分のアパートにひきあげた。ベッドに横になりながら、今日の事件を思いかえした。  たしかに小田原教授は、この領域では第一人者だとつねに自負し、公にも立場はみとめられていた。彼の趣意に反した研究報告を神経内科学という専門の学術誌にのせるには、小田原の許可が必要だったのかも知れなかった。つまり教授は、佐川の論文が掲載されることを事前に知っていたのだ。査読し、佐川助教授の考えが否定できないとみとめ、こうした視点を許可したのだろう。とはいっても異説だったから、彼は望んではいなかったに違いなかった。だから、芳樹が「この論文、定説と違いますよね。おかしいですよね」といえば、彼の顔が立ったのだ。「不充分な仮説だが、こういう考え方があってもいい」くらいの反応で、小田原は溜飲をさげたに違いなかった。だから佐川は、「従来定説とされてきた単一の遺伝子と考えるには、説明がむずかしい症例をみとめた。さらなる検討が必要と思われる」という形で、小田原の威光をそれなりに配慮していたのだ。第一人者とみとめられる東京大学の教授と争おうなど、だれも考えないだろう。ほんとうは佐川助教授の学説が正しくとも、学会誌上で異議など簡単にはいえないほど、小田原は権力をもっているのだと思った。  芳樹は、この事件があってから、なにかにつけて「関西医科に転籍して、佐川に教えてもらったらどうだ」と教授からくりかえしいわれるようになった。 城市芳樹は、東京品川にうまれた。父、城市栄一はごく普通のサラリーマンで、母、芳子も平凡な主婦だった。芳樹が小学校にいくころ日本は景気がよくなって、父親の会社も業績をのばした。しかし父は、高卒だったので出世はかぎられていた。両親は学歴がないことをひどく嘆いて、ひとりっ子の芳樹の教育に力をそそいだ。塾にいき、模擬試験で優秀な成績をあげると、ふたりは敵をとったように喜んでくれた。塾長は、東大進学に有利な有名私立中学への受験をすすめた。両親は真剣に考え、お金の算段をしていた。模試では、成績優秀者の氏名が公開された。いつも上位に名をつらねる芳樹は有名だったから、いあわせた多くの生徒たちから話しかけられた。名前を知って声をかけてくるのは、だいたい成績がいい者たちだった。彼らの話を聞いていると、みんなが金持ちだった。自家用車で送迎されている者も多かったし、名前が掲載され、一〇番以内に入ると欲しいものを買ってもらえるといった。彼らは、いつも上位に名をつらねている芳樹をうらやましがった。そういう者たちと進学校でいっしょになるなら、無理してすすんでも、きっと楽しくないだろうと思った。両親は有名中学への進学をすすめたが、芳樹は公立校でも頑張れば大丈夫だ。それを証明してみせるといった。両親は半信半疑だったが、芳樹の気持ちを変えることはできなかった。だから中学校でも、いちばんだった。進学校として有名な都立高校に入学してからも、ずっと首席だった。両親は、できるかぎりの援助をしてくれた。東大合格は、家族全員の悲願だった。城市家のあらゆる選択の拠り所だったし、ゴールでもあった。  高校三年時の三者面談で、担任は芳樹の成績を褒め千切ってくれた。 「このまま病気にでもかからなければ、東大に合格することは決して夢ではありません。しかし志望しているところは極端にむずかしい最難関ですから、よくご家族で考えてみる必要があるかも知れませんね」といった。 「東大よりも、国立大学の医学部に進学したほうがいいのではないでしょうか」と母はおずおずと聞いた。  その質問に、教師は首をかしげた。 「いまは、国立の医学部のほうが東大よりも人気が高いですよ。しかし芳樹君の希望は、東大医学部なのでしょう」と答えた。 「東大にも医学部があるのですか」  母は、驚いて聞いた。  両親は、芳樹の成績がよかったので、自分たちにはない輝かしい学歴として東京大学を希望していた。ずっとそう主張してきたので、国立大の医学部という話をいいだしにくかったのだ。両親は、最難関という言葉に心配しはじめた。確実に入学できるところで充分ではないか、とさかんにいいだした。  芳樹は、現役で志望の大学にうかった。通っていた都立高校では、創立以来の快挙だった。入学式には、両親はつれだってやってきて感激し通しだった。医学部も首席で終え、答辞を読んだときも父母は感涙をながした。  芳樹は、卒業すると神経内科学教室に所属した。ゆくゆくは、教授になるつもりだった。その願いは、彼ひとりのものではなく、心をあわせて努力した城市家の総意だった。芳樹は、父母が自分をどれほど誇りに思っているのか、痛いほど分かった。専攻した神経内科学は、こつこつと努力をつみかさねる彼の性格に、これ以上はないというほどふさわしかった。順風満帆の船出だったが、芳樹の才気が教授の機嫌をそこねたのだった。  この事件を契機に、彼の人生は陰りをみせはじめた。  教授はことあるごとに、芳樹の誤りを追求し、教室の会議上で非を責めた。それは、正誤ではなかった。  医局長は、幾度も芳樹をよびだしていった。 「医局を離れたらどうだ。教授は、まだ一〇年以上も在籍期間をのこしている。おまえの姿をみると、機嫌が悪くなる。いきたい場所があれば、どこでも紹介できる。やめさせられるまえに、地方都市の病院にでも赴任したらどうだ」と何度もいった。  芳樹は、煩悶した。つぎの教授になるには、小田原に気に入られなければならなかった。教授職は夢だったが、とくに東大に拘泥する理由はなかった。東大卒業者だけは、地方大学の教授であっても東大教授選に立候補する資格をもっていた。芳樹は、そのときまで東大教授になることしか頭になかったが、研究をつづけられるのなら地方の国立大学でもかまわないと思った。そう考えてはじめて、医局と縁が切れれば、ほかの医学部でも教授職につけない道理がしみじみと分かった。もちろん関西医科大学の佐川助教授のところにはいけなかった。知人でもなかったし、小田原教授を敵にまわすことは、だれの利益にもならなかった。経緯を知る首都圏の大きな病院も、喜んではむかえてくれない。医局長のいう医局を離れろというのは、小田原の門下から離脱しろということに等しかった。この時点で、研究者として生きる道はすでにとざされていた。  芳樹は、縁も所縁もない仙台に赴任することにした。本州を離れるのは、気がすすまなかった。北海道や九州、四国は、別個の勢力で半独立していた。関西は、問題の端緒だった。医局長は、教授の許可をとり、仙台市民病院に神経内科を開設させた。芳樹は、初代の医長として赴任した。三〇歳のときだった。東大の教授になるとばかり信じていた両親は、この知らせを嘆いたが、医学の世界はこういうものだと話した。とはいっても、父母は首都圏にかならず帰ってくると確信していた。いずれは出世し、最低でも都内の大病院の部長、順調なら病院長、いままでのながれを考えれば紆余曲折はあっても、やがては東大の教授職につくのだろうと勝手に想像していた。それ以上、いくら説明しても仕方がなかった。両親から離れることができたのは、この事件でよかったと思えるたったひとつのメリットだった。  三三歳になる城市芳樹は、仙台の市民病院で神経内科を担当していた。ありそうでないのが財産。なさそうであるのが悩み。とはいうものの、芳樹がこれほどのふかい憂愁を胸にひめ、人生に絶望しながらこの街で生活していたとは、だれも知らなかっただろう。周囲の人びととは、ほとんど没交渉で、経歴からみて、みんなは変人だと思っていたのだろうが、不幸とは考えなかっただろう。  仙台にきて、三年目の春のことだった。木々の緑が眩しい、ある晴れた日の午後、芳樹は青葉城址から街並みをみおろしていた。遠くの北に、いくつもつらなるなだらかな起伏が霞んでみえた。ふと視線を感じて目をうつすと、ちかくの女性が会釈しているのに気がついた。まわりに人がいなかったからすこし戸惑い、彼女が最近つとめはじめた看護師だと思いあたった。変化した芳樹の表情をみて、若い女は素敵な微笑みを浮かべた。そのとき、ながい髪をした色白の女性は輝いてみえた。  芳樹は、週に一回、山形県民病院に出張していた。その年の四月、外来に新人がくわわった。端正な顔立ちをした魅力的な女性だったが、注意をひいたのは真あたらしい白衣の胸につけられた「凍河 恵」というネームプレートだった。  彼女は、看護学校時代の友人と待ちあわせしていたが、どうやら急な用事ができて、すっぽかされたらしいといった。  暖かい風が緩やかに吹く春の日、芳樹らは新緑につつまれた山をおりると広瀬川にそって散策し、河原のベンチに腰をおろした。芳樹は、凍河というおなじ苗字の患者にまつわる話をした。 「パーキンソン病の主徴は、覚えているかい」 「三大症状は、振戦、固縮、無動です」 「すごいね。では、固縮ってなんだい」 「骨格筋の緊張。筋トーヌスが亢進する状態には、攣縮と固縮のふたつのばあいがあります。前者は、脳卒中であらわれる錘体路障害が代表です。パーキンソンでは錐体外路障害を特徴とする固縮がみとめられ、持続的な抵抗感としては鉛管様、断続的には歯車様とよばれる筋トーヌスの亢進がみられます。通常一側の手足からあらわれ、進行すると両側の上下肢に出現してきます」 「勉強家なんだね」  芳樹が感心していうと、恵は、嬉しそうに笑った。素晴らしい笑顔だった。 「無動とは、自分からのうごきがなくなって、ついには表情もうしなわれ、仮面みたいな顔になってしまうことだね。振戦は、安静時の手足の震えだね。君のいう通り片方の手か足からはじまって、進行すると両方の四肢にでてくるわけだ。特徴は、左右差があることだね。手にでてくる震えは、ピルローイング(丸薬まるめ様)といわれているね」  恵は、大きくうなずいた。 「あれは、どの指をこするのか、知ってるかい」  彼女は、すこしこまった顔になった。 「薬をこねて、まるくするうごきですよね。だから、むかいあう指になりますよね。親指と人差し指で、まるめるのじゃないのですか」 「そうだね。でも普通は、中指もつかうのだよ。凍河さんという君とおなじ苗字の患者さんが、県立病院にきているのだけれど、その方はこの動作のときに第五指が伸展するのだよね」  パーキンソン病の初発症状としてみられる震えは、手では母指と人差し指、中指をこすりあわせる運動となる。一秒間に五回前後の頻度でくりかえされるうごきは、ものを握った形をとるので薬指と小指も屈曲する。しかし母指と第四、第五指との接触はほとんどのばあいみとめられない。この二本は動作に必要がないので他動的にのばしてやると、すみやかに屈曲位、もとの握った状態にもどる。薬指のみを伸展させることはむずかしいが、無理に正してもすぐにまがってしまう。第五指だけをのばしても、おなじくすみやかに屈曲位にもどる。ところが凍河という患者さんのばあい、小指を真っすぐにすると、伸展状態がたもたれたまま、こするうごきが持続することに気がついた。  芳樹は、特徴的な動作を話し、随伴するさまざまな所見、背景になる病歴、はじめてみたときの興奮について彼女にくわしく説明した。 「そんなに、珍しいことなのですか」  恵は、熱心に語る芳樹を不思議そうにみつめていった。 「そうなんだよ。それが、もうひとりいるんだ」  芳樹は、市民病院にもまったくおなじ所見をしめす、三浦という患者さんについて話しはじめた。嬉々とした話がひと通り終わったとき、恵がいった。 「もしかしたら、ふたりは血がつながっているのかも知れませんね」  芳樹は、恵をじっとみつめた。彼女が不思議そうな目でみかえすと、しばらく考えて、なぜそう思うかたずねた。 「凍河って、変わった苗字でしょう。きっと、山形凍河郷の一族です。三浦氏は東北には点在して、このへんでは珍しい苗字です。北条氏にやぶれて落ちのびて、山形では凍河一族と姻戚関係をもって生きのびたという話を聞いています。もともとは、源頼朝が挙兵したときに協力した一族の末裔だといわれています。鎌倉のちかくに、三浦という地名があったと思います」  芳樹は、この話に興味を覚えた。話題になったふたりは、どちらも五〇歳をすこしすぎた男性の患者だった。加齢とともに増加するパーキンソン病としては、若い段階での発症だったし、統計的には女性のほうが多かった。  芳樹は、仙台市民病院で診察している三浦という男性患者につきそってきた奥さんに聞いてみた。 「凍河とは遠い親戚にあたると思いますが、すべての事情は分かりませんし、説明もできません」といわれた。 「なぜ、そんなことを、ご存知なのですか」と女は聞いた。 「教科書に、記載されていたのです」と芳樹は答えた。 「まあ、本にはなんでもかいてあるのですね。なんて恐ろしいのでしょうね」  女は、真面目な表情でいった。  山形県民病院で診察していた凍河も男性患者だったが、やはり妻がつきそって来院した。芳樹は、三浦という親戚をもっているかと聞いた。妻は「いない」と即答し、質問の理由を逆にたずねた。 「仙台で診察している患者さんに聞いたのです。きっと、違う凍河さんなのですね」  芳樹が答えると、彼女は不審な顔をした。  診療後に、恵と待ちあわせてお茶を飲んだ。診察の話をすると、彼女はいった。 「血縁関係について患者さんに聞いても、きっと分からないと思います。今日、来院した凍河さんは本家筋で、私の家は分家です。親戚ですけれど、くわしい事情は知りません。診察室をでてからよばれて、あんたが話したのかって、本家の奥さんから怒られてしまいました。血縁関係が濃いから、語りたがらないのです。なぜ、そんなことを知りたいのですか」  恵は、不思議そうに聞いた。 「それは当然だよ。あんな不思議なふたつの症例があって、みえない糸でむすばれているのかも知れない。それをみのがすなんて」  芳樹は、そこでひと呼吸入れた。 「医者として、できないよ。不可能だ」  芳樹はいって、論文をかいてみたいと恵に話した。そのとき、「研究者」といえない自分がいて悲しかった。仙台にむかう夜汽車に揺られながら、芳樹は思った。  大学の医局にいれば、「凍河という姓のパーキンソン患者を報告して欲しい」と関連病院にひと声かければ、一週間もたたないうちにすぐに資料があつまるのだ。研究者として活躍できる場は、ここにはないし、もう二度とおとずれない。  そう思いはじめると、いまおかれている状況がいっそう惨めに感じられた。窓ガラスに映る顔は蒼白く、頬もこけ弱々しかった。東京の生活が華やかに彩られた別世界だったと思い起こされ、出口のない迷路でうろうろしている自分を再発見して、泣きたい気持ちにおそわれるのだった。  それから二週間たってまた山形に出向いたとき、恵から血縁関係を知る方法があると教えられた。 「断言はできないけれど」と彼女はいった。  芳樹は、休日に山形に出向いた。約束した時間に駅まえで待っていると、深紅の大型パジェロが正面からつっこんできて、急停止した。芳樹が思わず身をひき不審な表情でみつめていると、なかから黒いサングラスをかけ、青い長袖のシャツとストレートのジーンズをはいた恵が颯爽とでてきた。 「驚かしちゃった」  恵は、心配そうに聞いた。 「君の車って、これなの。すごいジープだね。テレビで宣伝しているのを、みたことがあるよ」  大きな四駆に驚きながら、芳樹はいった。 「車が好きだったんだね」 「そうなのよ。ずっと夢だったのよ。でもそのせいで、私。ものすごい借金を背負っているのよ」  柔らかな笑みを浮かべた恵は、かっこうよかった。  初夏の晴れわたった日だった。東京にはない乾いた爽やかな風につつまれながら凍河の町に入り、車は凍河家の菩提寺の駐車場にとまった。大きく立派な寺で、玄関をぬけ、恵についてくねくねとした廊下を歩いて、襖に仕切られた八畳くらいの部屋に通された。しばらくすると、作務衣をきた年老いて小柄で腰がまがった僧侶がでてきた。 「先代の住職がね。今年、九〇歳になるのだけれどね、ぜんぜんぼけていないのよ」  車内で、恵は芳樹に話した。  しばらくすると、若い僧侶らしい坊主頭の男がお茶をはこんできた。  恵は、住職に芳樹を紹介した。 「あなたが、恵ちゃんの先生ですか。東京からおいでなさったと、うかがっております。東京大学を卒業した秀才の先生で、勉強家の立派なお医者さんだと、聞いていますよ。恵は、私にとっては孫みたいな者でございまして、この子の両親が嘆いておりましたところに、結婚して一一年目にようやっと願いが叶えられました。あきらめたとき、ふと授かったということで、恵み以外の何ものでもないとお祝いしたのが昨日の出来事のように思われます。仏さまが一一年をかけて授けた娘は、可愛くて綺麗に育ち、看護師になってみんなを助けてくれる、私にはもう出番がなくなって、引退したのでございます」  顔の右上部から頬にむかい大きな青い老斑が浮きでている痩せた住職は、ゆっくりとした調子で話をはじめた。  芳樹が直接たずねても、この関係を聞きだすのは容易ではない。学問、研究のためで、個人名がふせられると話してもむずかしい。落ち武者だった三浦一族は、業がふかく、北条氏への怨念をたち切ることができなかった。いつの日か一矢を報いようと考え、凍河家と姻戚関係をもち、血族をたやすまいとした。太白の三浦は、五二、三歳になるだろう。しばらく会っていない。太白の三浦良造は、三浦の本家にあたる。本条の凍河清一は、凍河本家になる。この一族には、手が震えるものが多かった。凍河の分家にあたる六原の栄蔵も、手指の震えがはじまったと聞いている。複雑なので、関係のある人物についてだけ話をしようと住職はいった。  凍河清一の祖父は、太白の三浦の娘と結婚して、男の子供を三人もうけた。長男が本家の本条をついだ。次男が太白の三浦を名乗った。末の男子が、六原になった。この兄弟三人の嫁は、それぞれ血縁関係をもっている。長男は、父親の妹と結婚した。次男は、母親の妹君と夫婦になった。末の弟は、やはり父親のいちばん下の妹と成婚し、凍河の六原の分家を名乗った。凍河清一の曾祖父と、三浦良造の母親の父は、兄弟にあたる。長男が凍河本家を、次男が三浦本家をついだ。つまり三浦良造の父親の曾祖父と、母親の祖父はおなじ人物になる。このままでは法的にも結婚ができないので、複雑な養子関係をつくっている。戸籍からたどっても、なにがなんだか分からないだろう。こうした関係は、理解するのも容易ではない。話したいはずもなく、隠すものを聞きだしたいとも思わない。こういう話になると、都会の者は、すぐに呪われたとか穢れているとかいって面白半分に揶揄する。しかし、こうでもしなければ生きていけなかった人がいた。そういう時代があった、と知らねばならない。一族をまもるための、よくよくのことだ。事情を知らないものが外の基準をあてはめ、正しいとか間違っているとかいうのは面白いかも知れないが、仏のすすめる道ではない。生きるというのは、大根を切るのとはわけが違う。浄と不浄はからみあい、ばっさりとふたつには分けられない。 「六原にうかがって、凍河さんの手の震えを拝見しても宜しいでしょうか」  芳樹は、住職にたずねた。  学問のために、どうしても必要だというなら、かまわないだろう。しかし生きている人がいるのだから、事情は勘案しなければならない。そういうと、住職は話題を変えた。  芳樹は、いまという時間を、もっと大切に考えてみたらどうか。もってうまれた星を、人はもっている。研究するだけが、人生ではないはずだ。「いたるところに青山あり」というではないか。恵という可愛い娘が、役に立ちたいと思っている。必要とする者がいるのなら、そこが芳樹にとっての青山ではないのか。 「仏も、申しておりますよ。すぎてしまった過去の思い出を悲しまず、行く末を考えてあくせくせず、いま目の前にある現実を大切に思って楽しむのがいいだろうと。そうすれば顔色もよくなり、昨日とは違う素晴らしい世界がみえてくると。若いのですから、ぜひ青春の日々を楽しんだらいいと思いますが」  芳樹は、住職の言葉に神妙な顔でふかぶかと頭をさげた。彼は、恵が、なにをどう話したのだろうかと思った。彼女は、住職の話をだまって聞いていた。  芳樹は、礼をいって寺をあとにした。恵と昼食をとって、午後に六原の凍河家をたずねた。しかし、あいにく留守だった。恵に連絡をとってもらい翌週の休日ふたたび六原をたずね、五〇歳の男性を診察した。二年まえに発症したパーキンソン病で、右に優位な手の振戦があった。両側、第五指の伸展をその場で確認した。  芳樹は、こうして幾度も会っているうちに恵との交際をふかめた。彼女が運転するパジェロで、気ままな旅をしたこともあった。考えてみると、芳樹の人生で「いま」は、いつでもつぎの目的をみすえた準備の期間だった。小学生のときから、ずっとそうだった。中学時代は高校を、高校時代は大学を考えていた。入学し、神経内科を専門としてからは、将来教授になるために努力をつみあげる期間だった。芳樹はうまれてはじめて、「いま」という楽しむ時間があるのを恵から教えてもらった。秋の気配が漂い、山寺が色づくころには、週に一度の出張にあわせて彼女の部屋に泊まることが多くなっていた。  恵は、新築のアパートに住んでいた。独身者向けの一DKで、鮮やかなライトブルーの出窓がつくられていた。彼女は、この窓が気に入って住むことにしたといっていた。暖色のカーテンがつけられた出窓に腰をおろして、錦秋にそまる山々をみていた。 芳樹は、彼女の肩を後ろからだいた。ふたりで、窓から葉を柔らかい白い雪に変えた木々をながめた。 「結婚しようね」と彼は声をかけた。 「そうね。子供が欲しいわ。孫ができたら、両親は喜んでくれるわ。私は、うまれてくるのにずいぶん時間がかかったから」と恵はいった。 「きっと、そうだね。今度、両親に話して、君に会ってもらうつもりだ。ご両親にもご挨拶にいきたい。春がきてからかな」 「そうね。暖かくなってからがいいわね」と彼女は答えた。  芳樹の「T氏とM氏に家族性に発生した、劣性遺伝と考えられる特徴的な振戦をもつパーキンソン病」と題された論文は、年があけた一月に神経内科学の商業誌に掲載された。 それから二週間ほどたって、神奈川医科大学、神経内科教室の秘書から市民病院に電話がかかってきた。山元光正教授が、この論文について興味をもっている。木曜の午前中に連絡してもらえないかという趣旨だった。  芳樹が約束した日に電話をかけると、秘書は山元教授にとりついだ。教授は、掲載された論文が非常に興味ぶかいといった。ぜひ、この件についてくわしく事情を知りたい。都合のいいときにたずねてきて欲しいといった。 「私も、似た症例をもっている。このM氏が、三浦ということはあるのか」と教授は聞いた。 「そうです」と芳樹は答えた。 「もし三浦氏だとすれば、北条氏とつながりがあるのかも知れない」と教授はいった。 「分かりません。そういえば、神奈川県には三浦半島という地名がありましたね」 「よく知っているじゃないか」と教授はいった。  それから、山元は、三浦氏が源頼朝の旗揚げに加勢した地方豪族で、北条氏に追われたという話を得意げにした。東北は、平家も源氏も落ちのびた場所だ。三浦は、ディアスポラになり東北地方全域に散らばっている。この人びとについて、興味をもっているといった。電話口からは、山元教授の嬉々とした声音がつたわってきた。 「そうだったのですか。なにひとつ知りませんでした。どれもがはじめて聞かせていただくお話で、素晴らしい観点です。そうした歴史的な事情は、及びもつきませんでした」と答えると、教授は嬉しそうに笑った。  二月の中旬の土曜日、霙がふる寒い日、芳樹は横浜の山元教授の家をたずね、もとめに応じて経緯を話した。 「よく、この血縁関係を聞きだしたね」  山元は、感心した。 「菩提寺の住職が、全部を知っていました。もっといろいろありそうだったのですが、これ以上は話してもらえませんでした」 「菩提寺とはいっても、住職はよくここまで喋ったね。どんなふうにお願いすると、こんなことまで教えてくれるのだろうね。地方だからできたのだね。君が、真面目に仕事をしていたということなのだろうね。もちろん、研究者としても素晴らしい」  山元は、絶賛した。彼には一人娘、玲夏(れいな)がいた。卒後四年目の女医で、神経内科の医局員だった。  玲夏は、最初に患者を診たのは自分だったといった。  外来担当医の都合で、ピンチヒッターとして彼女は代診した。そのとき様子をみにきた山元が、患者をながめながら考え事をはじめた。玲夏は、なにを考えているのか分からなかった。そのうち、彼が「手のうごきが、みょうだ」といった。彼女には、普通に丸薬をこねているとしかみえなかった。彼は、「第五指のうごきが、ぎこちない」といい、のばしたり、まげたりして観察をはじめた。すると、小指が伸展したまま、もどらなくなるのが分かった。右も左もおなじで、彼女はすっかり驚いたといった。 「私、いまは父を尊敬しています。たいしたことはないって、思っていたのよ。これからは、父のいうこともすこしは聞いてみようかって考えはじめているのよ」  玲夏は、快活に笑った。白い歯列が健康そうだった。落ちついて品がよい二八歳の玲夏は、どこからみても良家の令嬢で魅力的だった。うまれてはじめて出会う、趣味のあう女性に思えた。  芳樹は、教授と美貌の才媛にかこまれ、焦がれていたアカデミックな世界にひたり、ときを忘れた。酒も入って、夜がふけるにつれ意気投合した。  芳樹は、山元に示唆されて聞いてみると、どうやら三浦は落ち武者で、凍河の一族と姻戚関係をもって生きのびたらしい。凍河郷は、名称通りの寒々とした小さな村だと話した。  教授は、その言葉にものすごく喜んだ。神奈川医科大学に通う三浦は、現在相模に住み、出自はあきらかにしないものの北条氏にやぶれた三浦一族の末裔だといっていると興奮して話した。芳樹らの四症例のビデオをくりかえしみて、こまかいうごきを論じ、三人の話は白熱した。  芳樹は、自分でも信じられないほど、いい気持ちになった。なにかが吹っ切れ、まるで憑き物が落ちたみたいに感じた。紅葉した山寺の美しさや、春霞に隠れる松島の素晴らしさなど、普段は決して口にしない情緒的な話題まで、夢み心地のなかで快活に話した。  山元も玲夏もすっかりうちとけて、三人の酒はすすんだ。  ひとしきりの興奮から冷めると、教授は、芳樹に、なぜ研究職を離れたのかと聞いた。臨床をやめて、研究にもどることをすすめた。気がつくと一二時ちかくになっていて、彼は驚いてタクシーをよんでもらい、教授の自宅をあとにした。  芳樹は、その日、東京の両親の家に帰る予定だった。夕食は食べていくと話していたが、帰宅したのは深夜だった。  母は、帰りを待っていた。普段は酒を飲まない芳樹が、嬉しそうにしているのをみて、「元気そうね。なにか、いいことがあったの」と聞いた。  芳樹は、興奮していた。今日起こったことすべては、夢のような話だった。芳樹は、そのときの舞いあがる気持ちを母に話した。  普段は必要なこと以外滅多に口をきかなかったので、母親は意外だったのだろう。 「もしかしたら、東京に帰ってこれるの」と母は聞いた。 「無理だよ。でも、たまには、こういうことがあってもいい」と芳樹は答えた。  翌日の朝、彼は仙台にもどった。  それから一〇日ほどたって、芳樹は、教授からもう一度話したいから家にきて欲しい。いっしょに食事をしようという連絡をうけた。それで約束の土曜日の六時ごろ、山元の自宅に出向いた。ドアホンを鳴らすと、ながい黒髪を腕までたらした玲夏がでてきて、快活に挨拶をした。彼女は和やかに笑って、芳樹をむかえた。コートをぬぎ、鞄をおき、居間につれていかれると、教授がソファーにすわっていたので挨拶した。玲夏にすすめられ洗面所で手をあらい、さしだされたタオルでふいた。食堂にいくと、肉や魚の料理がならべられていた。四つの席がつくられ、まえには教授が、洒落た眼鏡をかけた玲夏がその横にすわっていた。芳樹のとなりに、奥さんの久美が腰をおろしていた。 「今日の料理は、玲奈の手づくりだよ」と山元がいった。 「美味しそうだろう」  教授が同意をもとめると、全員が芳樹をみた。 「すごい、ご馳走ですね」 「そうだろう。今日は、朝からつくっていたのだから」と教授は上機嫌でいった。 「まずは、乾杯しよう」  玲夏が、白ワインをみんなのグラスについだ。  山元は、芳樹を神奈川医科大学に助教授としてむかえたいといった。状況が充分に理解できないうちに、彼の前途を祝福して乾杯が行われた。  山元は、学会で小田原教授と顔をあわせたとき芳樹について話をしたといった。  小田原は、感情のいき違いだったと話した。城市は、間違いなく研究者としての才能をもっている。医局員とのあいだにもわだかまりをつくったので自分の教室にすぐに復帰させることはむずかしいが、なんとかしなければとずっと考えていた。もし山元が神奈川医科に城市をひろってくれるのなら、彼はそれをひとつの借りと思うだろうと話した。  山元教授は、小田原が滅多に人にはみせないふかい思いを吐露したのだといった。 「小田原教授は、君の才能をみとめているのだよ。世話をしろと、東大の教授からじきじきに頼まれたわけだ。君に教室にきてもらわないと、約束をやぶることになるな。今度は、私が怒りを買う羽目に落ち入るかも知れない」  山元は笑い、そしてつづけた。 「教授とやりあった話は、人づてに聞いたよ。その劣性遺伝の件だが、いまは小田原教授も自説をまげ、関西医科の佐川君の考えにかたむいているらしいね」  芳樹は、思いもかけない話題に頭が真っ白になった。小田原がいるかぎり絶望的だと信じていた復職への道が、とつぜん目の前にひろがっていった。  思いもかけない幸運に身を震わす芳樹にむかって、山元は、 「仙台市民病院で聞いたけれど、君は独り者なのだよな。小田原教授は、学問が恋人みたいな、奇矯な男だといっていたよ。たぶん、いまは、しょげかえっているだろうとね。そうなのだよな」と笑いながらいった。  芳樹が神妙な顔でうなずくのをみると、「玲夏のことは、どう思うか」とさらに聞いた。とうとつな話で混乱していると、山元は嬉しそうにいった。 「玲夏は、もうすっかり君にぞっこんなんだよ」  その言葉に、ワインの入った彼女は美しい顔を赤らめ、久美は優しい笑顔で芳樹をみつめた。  とつぜん、目の前に大きな扉が出現した。  芳樹は、薄暗い通路にいた。二〇メートル先に、白い扉がほのかに暗闇のなかで浮かんでいる。なにかの金属製なのか、ときどき鈍く光っている。左がわにまるい金色のノブがあり、鍵穴はなく、押せばすぐにひらくに違いなかった。妖しく輝きながら、あけられる瞬間を待つ扉口は、ふたつの空間を仕切る機能をもっていた。そうか、と芳樹は思った。歩廊から王宮に分かれる道には、大きな扉がついているのだ。いままでの通路とは違う、未知の領域に入るのは、男の仕事だったのだろう。そうだとするなら、扉は、男性名詞なのだろう。病院の廊下なのだろうか。床も壁も石づくりで、高い天井に裸電球がひとつ輝いている。廊下のちょうどなかほどできらきらと光っているが、通路全体を満たすほどのあかるさはなかった。石の床にすわる芳樹には感じられないが、上部には緩やかな気流があるのだろうか、つるされた裸の電球はゆらゆらと揺らめき、そこでうまれた光の揺らぎが、扉の表面に濃淡の陰をつくっていた。深夜なのだろうか。しかし患者が眠る病室につづく扉はなく、わびしい裸電球が照らしだしたのは黒っぽい堅固な石づくりの壁で、静寂に支配される乾いて澱んだ空間だった。  気がつくと、臀部に石の冷たさがつたわってくる。なぜ、ここにいるのだろう。いつから、すわっているのだろう。ながいあいだ、ずっと歩いてきた。なにを、もとめていたのだろう。以前も高い壁に仕切られた回廊で、絶望しながら立ちどまっていたが、あのときは空がみえた気もした。あかるかったはずだが、いまは、日が暮れたのだろうか。いつから、こんな暗い場所に入りこんでしまったのだろうか。  振りむいてみると、遠いところに輝きがある。暗い通路に、白い小部屋とオレンジ色の光がこぼれる青い出窓がみえる。小さな部屋は、きっと子宮を意味するのだろう。小箱や小袋、小型のバッグなどは、すべての人びとのなつかしい故郷、心地よく揺れる暖かい女性をあらわすのだろう。海は、それらがひとつにまとまったものだろう。小さな部屋から外をながめるための窓は、きっと女性名詞なのだ。肌も露わなランジェリーをまとった妖艶な遊女たちが窓辺に立つ、アムステルダムの「飾り窓」。シッダールタが王宮をすてるとき、出窓にたくさんの女性たちがならび、両手で乳房を揺らしてひきとめようとしたという。窓のなかの人たちは、みんないつでも待っていた。そんな青い出窓から、周囲の山々をみた記憶があった。そのときには、それでいい気がした。錦色に彩られた山を、満足な思いでながめていた。  青い窓からは、暖かそうな光があふれ、こぼれていた。  すき通った、ひくい声が聞こえてくる。 「なにがあったの」 「どうしたの」 「私が嫌いになったの。どこがいけないの」 「東京にいってから。あなたは、変わってしまった。最初は、いっしょにいこうよっていってくれたのに」 「もしかしたら、私が邪魔になったの」  どこから、きたのだろう。どちらに、むかえばいいのだろう。  闇に慣れてくると、廊下は真っ暗ではなく、弱い光があらい白い粒子になって世界を満たしていた。正面の扉は輝きを増し、その先に望む事物が待っていると思う。そこには、あらゆるものが、芳樹のために用意されているに違いない。あの先に、いきたかったのではあるまいか。そのために、ここまで歩いてきたのではなかったか。しかし、それでいいのだろうか。なにを躊躇しているのだろう。いったい自分とは、なんなのだろうか。  芳樹は、両親にも相談した。母は泣いて彼のかるはずみを責めたけれど、仙台にのこれともいわなかった。父は、だまっていた。なにを、だれに相談しても仕方がなかった。芳樹のことで、自分が決めなければならなかった。しかし、ほんとうに迷うような出来事だったのだろうか。恵を愛していた。だから、そういえばいいことだった。人の気持ちは、どうにもならないものだろう。しかし、それでいいのだろうか。その先は、どうなるのだろうか。  雪がふっていた。そのなかで、芳樹は、ひとりで立っていた。二階だてのアパートにある青色の窓をじっとみつめながら。その隙間から、柔らかいオレンジ色のあかりがもれている。灯火は、静かにふりつづくこまかい結晶を照らし、雪はひらひらと輝きながら舞いおりていた。そのなかでコートの襟を立てて、窓をじっとみつめていた。  雪はふりつづき、身体につもっていく。芳樹は、このまま埋もれてしまいたいと思いながら立っていた。大きなバッグをもって、なかには五〇〇万の札束と、鋭利なナイフが入っていた。いったい、どちらが必要なのだろう。どうするべき、なのだろうか。なんのための金なのか、なににつかうナイフなのか。あの窓から、赤や黄色に色づいた山並みをみたことがあった。そのときは、それでいいと思った。充分に満たされていると感じた。  雪は、手にするバッグにもつもっていった。 「すべてを整理してきなさい。うまれ変わって、横浜であたらしい人生をはじめるつもりで」 「あの疾患には、城市芳樹君の名前がつくかも知れない。これから先、一生研究をつづけていれば、君は教授にもなれるだろう。しかし病名として自分の名前を医学書にのこす、そんな機会は二度とない」  山元は、なにかを知っているのだろうか。なにも知りえないと思うが、それとも、すべてが分かっているのだろうか。それで、こんな話をするのだろうか。ここまで知りえるはずはない。知らないから、いうのだろう。ほんとうは気づいて、だから話しているのだろうか。  もしかすると、みんなが経験するのではないか。普通の出来事で、仕方のないことではないのか。山元も、おなじだったのではないか。  さまざまな思いに揺れながらみつめていると、正面の扉口はさらに輝きを増した。  扉を押しあけると、もう壁はどこにもなかった。日の光がさんさんとふりそそぐひろい草原がみえた。目の前に赤い絨毯がしかれた道がつくられ、海に面した小高い丘にある瀟洒な煉瓦づくりの建物までつづいていた。暖かく湿った潮風が、緩やかに吹いていた。赤い道を歩いて玄関につき扉をあけると、吹きぬけになった大きな部屋だった。光沢のある黒い革製のソファーが中央におかれ、ながい黒髪を腕までたらし、眼鏡をかけた美しい女がすわっている。おおぜいの人がいて、扉口をあけて入ってきた芳樹をみると立ちあがり、さかんな拍手と歓声がわきあがった。  扉は、いまや銀色に輝いていた。  二、貴石  小沢貴石は、柔らかい春の風に吹かれながら、青葉城趾から仙台の街並みをながめていた。四月の爽やかな日だった。東にビルがたちならぶ街がみえ、北がわはいくつもつらなるなだらかな起伏が遠くに霞んでいた。 「こんにちは」という綺麗な高い声がちかくで聞こえた。貴石が思わず振りかえると、二五、六歳の目鼻立ちのととのった女性が会釈しているのがみえた。周囲には人がいなかったから、なんだろうと思った。ながい黒髪をポニーテールにした素敵な雰囲気をもつ女性に、みおぼえはなかった。 「こんにちは」と貴石は挨拶をかえした。  容姿のととのった女性は、すこしこまった顔になった。 「どうしましたか」と彼は聞いた。 「知りあいと間違えちゃったみたいです。すみません」  女は、恥ずかしそうにいった。ちかくには、人がいなかった。 「うらやましいですね」と貴石はいった。 「なにがですか」 「その似ている方が。あなたのお知りあいだという」  貴石が残念そうに呟くと、女性は照れ笑いした。  それがきっかけになって、ふたりは話をはじめた。小沢貴石が名前をつげ、銀行につとめているというと、女性は城市優奈だと名乗った。東京で国文科の大学院に通い、春の学会でここにきている。時間があったので、川内のキャンパスから博物館をぬけて青葉城趾までのぼってきたといった。 「あのあたりは、七つ森とよばれています。力持ちの大男が沼を田んぼにしようと、荒縄であんだ網に土を入れてはこんだのです。七回往復したのですが、その都度モッコから土砂がこぼれて、あんなふうになったのだそうです」 「七つなの。もっとあるみたいに思うけど、でも可愛い山並みね」  優奈は、いった。  それから、新緑につつまれた山をおりて、街のなかに渓谷をつくってながれる川にそった土手道を歩いた。暖かい日で、だれもいないベンチに腰をおろした。まえには、雪解けで水量を増した広瀬川が、音を立てながらながれていた。 「以前にみたことがある気がする、なつかしい感じの場所ね」 「そうですね。ぼくも、そんな気持ちになってきました」  優奈は、素敵な女性だった。黄色いツーピースが、すごく似合っていた。文学部にいき大学院まですすんでいるのだから、お金持ちの令嬢なのだろうと思った。専門は源氏物語だといった。貴石は、優奈とならんで話しながら、だれに似ていたのだろうと思った。声をかけてきたのだから、親しい人だったに違いなかった。恋人だったのかも知れないと思った。そうした相手がいるのは仕方がなかったが、その人に心から感謝したかった。お陰で、こんな素敵な女性と会話する機会をもてたのだから。  貴石は、秋にはこの河原で芋煮会をするのだと話した。シーズンには、場所がとりあいになる。清々しい空の下で食べる芋煮は、仙台の秋の風物詩だ。野外だから、コロナの期間も継続できた。この上流にむかって、渓谷ぞいに国道四八号線、作並街道と、鉄道、仙山線が並走して山形につづいている。道ぞいは、山が奥ぶかく、新緑も紅葉もとても素敵だ。一度みたら、忘れられないほどだ。ここは残念ながら汚れているが、上流では清流になり、ウイスキー工場があるくらいだ。  貴石は、話をするうちに、すっかりうちとけてきた。自分でも不思議なくらい、穏やかな気持ちになってきた。なによりも情景が素敵だった。新緑につつまれた爽やかな春の日で、暖かい光がふりそそぎ、川がせせらぎをのこしながらながれていた。大気はしっとりとし、周囲にはだれもいなかった。水辺で人は恋に落ちる、と聞いたことがあった。この清々しい陽気に、妖精が戯れて金の矢をはなったのだろうと思った。 「みてみたいわ。そんなに綺麗なところなら」  じっと耳をかたむけていた優奈が、とつぜん呟くようにいった。  貴石は、驚いて彼女をみつめた。 「宜しかったら、ご案内させていただけませんか」  彼は、真剣な表情で口をひらいた。  優奈は、もう自分の発表は終わったから基本的にはフリーだといった。大学院の仲間ときたので、街でいっしょに夕食を食べる約束になっている。しかし連絡すれば、やめてもかまわない。時間は、とれるといった。 「汽車にのるの」と彼女は聞いた。  そのときになってはじめて、貴石は、自分の車を青葉城趾にとめたままにしていたのを思いだした。道にでてタクシーで城趾にもどり、ふたりは作並街道をドライブした。暖かい日だった。温泉街をぬけてウイスキー工場につくと、静かな池のまえのベンチに腰をおろしていっしょにソフトクリームを食べた。優奈は、周囲の新緑に彩られた山並みをながめ、電線もない爽やかな空に感動した。その後、ふたりは街にでて、レストランで夕食を食べた。つぎの日は、彼女は教室の仲間と午後の新幹線で帰ることになっていた。午前中、みじかい時間だったが、貴石は喫茶店で優奈と会った。見送りもしたかったが、適切でなかったので我慢した。 ふたりは、たがいにいい感触をもった。夜も電話で話し、ラインをやりとりした。ふたりは、距離は遠かったができるだけ会った。貴石が東京に出向き、優奈が仙台にきた。中間の宇都宮で、待ちあわせたこともあった。  ふたりの交際はこうしてはじまり、距離を克服して、たがいに愛しあう関係になり、やがて愛は結晶した。  ある秋の日の午後、青葉区の産科で妊娠の事実を確認した。 「お父さんのご都合のよいときに、ご挨拶にうかがうから。早いほうがいいね。怒られるだろうな。それも、手厳しく。でも、優奈さんと結婚できるのだから本望だよ。大丈夫だよ。怒られるのは慣れているから」 「もちろん。大丈夫よ。話しておくから。タカさんは、評判がいいから。あたしは、怒られるわ。それも、うんとひどく。でも、いいわ。これで早く結婚できるから。明日は、どうするの」 「母のお墓参りにいくよ。このことを報告しなけりゃね」 「福島ね。一段落したら、今度は私もつれていってね」  その日、貴石は、城市優奈とは食事をとって仙台駅で別れた。  翌日、小沢貴石は、母親の墓前に報告にいった。  貴石は、もともと福島の出身だった。父、小沢英夫と、母、裕子の三人家族だった。両親が正式に離婚したのは、彼が中学生のときだった。その何年もまえから、父は家に帰ってこなかった。両親になにがあったのか、よくは知らなかった。母はなにもいわなかったし、しつこく聞いたこともなかった。正確にはとても聞けなかったのだが、それでも自分が原因のひとつだとは知っていた。とくに話されたことはなかったが、ふたりの実子でないのはなんとなく分かっていた。彼が母と住んでいたのは、ふるい二階だての小さな家だった。二階には、階段をはさんで母親と貴石の部屋があった。小柄だったが、がっちりとした体つきの母は保険の外交員をしていた。元気で頑張り屋で、いつも陽気に振るまっていた。泣き言を聞いたことはなかったが、深夜ひとりで寝る母親の部屋から階段の踊り場をぬけて、忍んで泣く声を耳にした記憶があった。西日がひどくあたる母の四畳半の窓には、ふるくなって色褪せた青色のカーテンがかけられていた。死んでから、この家が父の名義だったことを知った。  裕福ではなかったが、母は貴石を大切に育ててくれた。高校二年生のとき、大震災に遭遇した。幸い家屋に被害はなかったが、水がでなくてひどくこまった。放射能の話で街は騒然となり、係累もいなかったから不安で、なにが正しいのかも分からなかった。  混乱はあったが、母は、仙台の大学にいけといった。入学した年の夏、母親は胃がんの宣告をうけ三ヵ月ほどで死んだ。受取人名義が貴石になっている生命保険がかけられ、その後の生活にはこまらなかった。身寄りのない寂しい葬儀が行われ、久しぶりに会った父は、知らない女性と小学生くらいのふたりの男児をつれていた。 「たいへんだったな。こまったら相談にこい」と父はいって、名刺をさしだした。奥さんにも挨拶されたが、それだけだった。  後日、もう一度父親と会って、実子ではないとつげられた。 「人を介して養子にしたので、戸籍に記載されていること以上は、申しわけないが分からない」と父はいった。 「兄弟は、どうなっているのですか」と貴石は聞いた。 「血がつながる者はいないはずだ。それだけは、確認している。養子にしたのは、身寄りがひとりもいなかったからだ」と父は答えた。  父親は、貴石がまとまった額の保険金をもらったことを知っていた。大学をでるには充分だろうといった。母が住んでいた家は、ふるいし震災にも遭ったからとりこわす。自分の荷物は、全部もっていけ。のこったものは、処分するといった。  貴石は、母の形見をいくつかさがした。父と会ったのは、それが最後だった。母が死んでからは、単独戸籍になった。出生届人に柳淳子という記載があった。どういう関係の人か分からなかった。戸籍には、家庭裁判所の許可をうけて養子縁組みがなされ、山形県凍河市が以前の本籍地だと記されていた。  父が嘘をいう理由はないから、身寄りはいないのだろうと思った。母にも、兄弟について聞いたことがあった。病床で保険相続の件を話してくれたとき、「戸籍はともかく、私がほんとうの母親だ」といった。  貴石は、それは間違いないだろうと思った。  そのとき、「兄はいないのか」と母にたずねた。 「まえにも、そんな話をしていたね。なにか気になることがあるのだね。小学校の一年生のときに喧嘩をしたね。先生によばれて、小さいのにとても乱暴だといわれたよ。でも母さんは、クラスでいちばん背がひくかったあなたが、あんな大きな子を相手によく頑張ったと思ったよ。あのとき、お兄さんに命令されたと話していたね。でも、あんたには兄さんも弟もいないよ」  小柄な母は、すっかり痩せほそっていた。  両親はそういったが、兄弟はいたはずだと思った。喧嘩をした一年生のとき、貴石は兄のアーと会っていた。  同級生に身体の大きな子がいて、何度も悪口をいった。「タカのお父さんは、家に帰ってこない」とくりかえした。小突かれて貴石が泣いていると、アーがいった。 「弱虫は、生きていても仕方がない。負けてもいいから、やらなきゃ駄目だ。あいつの胸をめがけて、つっこんでいけ。ジーの背中を蹴ったことを思いだせ」  貴石は、ものすごく大きな子のまえにいって睨んだ。その子供も、睨みかえした。貴石は、頭からつっこんでいった。ぶつかられた大きな子は、仰向けにたおれ鼻血をいっぱいだして泣いた。それから、その子供は嫌なことをしなくなった。それは、アーが助けてくれたのではないと思った。兄は、大きな子より怖かったのだ。その通りしなかったら、貴石は生きていても仕方がないといわれると思った。アーに会ったのは、それが最後だった。  ジーの背中を蹴ったのは、ずっとまえのことだった。兄弟三人で、ひろい野原で遊んでいた。遠くに、高い山がみえた。いちばんうえがアー、つぎがジーで、いちばん下が貴石だった。  長兄が、「あの吊り橋のたもとまで競争しよう」といった。 「一生懸命かけるんだ。手をぬいてはいけない」  それで三人で走ると、アーがいちばん早かった。怒るとものすごく怖かったから、貴石は懸命に疾走した。ジーは真面目に走らなかったから、吊り橋についたのは、彼とほぼ同時だった。そうしたら、アーが怒りだした。 「タカは仕方がない、いちばん小さいのだから。ジーは大きいのに、おなじではおかしい。弟にぬかれるくらいなら、生きている資格がない」  あまりにもひどく怒ったので、ものすごく怖かった。ジーと貴石は震えていた。彼は、競争は懸命にしなければならないと思った。それから何日かたって、また三人で野原にいた。山が夕焼けで赤くそまりはじめたころ、大きな狼がでてきて追いかけてきた。獰猛な人食い狼で、必死に草原を逃げていると、アーが「あの吊り橋をわたるんだ」といった。それで先頭を走った。アーが木でできた吊り橋をわたると、橋桁が腐っていて崩れてしまった。二番目に貴石がついたときには、橋の真ん中が欠けていた。 「タカ、飛べ」とアーが叫んだ。のぞきこむとふかい谷で、ずっと下に川がながれていた。怖くて竦んでいると、ジーがついた。「飛べ」とアーが叫んだ。ジーも飛べなかった。振りむくと、狼がそばまでちかづいていた。そのとき次兄が、吊り橋をつなぐ二本のロープを両手両足で羽交い絞めにつかんで橋の一部になった。 「タカ、いけ」とジーが大声でいった。 「飛べ」とアーも叫んだ。  後ろをみると、狼がせまっていた。ジーの背中を踏んで飛んだら、アーがうけとめてくれた。タカに蹴られた次兄は、谷底に落ちていった。 「仕方がないんだ。これでいいんだ」とアーはいって、泣いている貴石をなぐさめた。それからふたりで家に帰った。  貴石は、もうひとつ覚えていた。不思議な話で、どうして思いついたのだろうか。ときどき、その場面を考えた。  真っ暗で、じめじめしたふかい井戸のなかで兄弟三人が固まっていた。みあげると、高いところに出口がみえた。だれかが外にでて助けをよばなければ、三人とも死んでしまうに違いなかった。井戸はふかくて、背伸びをしたくらいでは出口にはとどかなかった。アーがジーを肩にのせても、のばした手は縁にはまだ距離があった。長兄がいった。 「タカがいちばん軽いから、おまえがいけ」  ジーは、四つん這いになった。底にたまった水は、首の高さまであった。背中にアーがのり、両手を臍のまえで組んだ。貴石は、その手掌に足をのせ、よじのぼった。アーの両肩に両足をつけて手をのばすと、井戸の縁に指先があたった。 「触れるよ」  彼がアーに話すと、「頭を踏み台にしろ」といった。  頭部にのって爪先で立つと、右肘まででた。 「肘がついた」というと、アーは両方の手のひらに貴石の足をのせ、力いっぱいさしあげた。右肩は外にでて、右足の爪先も井戸の縁にさわった。 「もうすこしだ」  貴石は叫んだ。 「いけ」とアーが必死になっていった。  そのときジーがつぶれ、アーチャンの手もなくなった。貴石は、左足が浮いて落ちそうになった。懸命にこらえ、ねばって、井戸の縁からなんとか身体を回転させて外にでた。まわりには、だれもいない荒涼としたひろい沙漠がみえた。  井戸のちょうどうえにだけ、ふるい木でつくられた屋根がかけられていた。外は太陽が照りつけ、みわたすかぎり黄色い砂の大地がつづき、すべては白くてぼんやりしていた。貴石は振りかえって、真っ暗でなにもみえない井泉の底をのぞきこんだ。 「だれもいないよ。まわりは沙漠で、なんにもない」  貴石は、大声で叫んだ。 「いってみろ。ここにいても仕方がない。タカ、いけ」  なかは真っ暗だったが、アーのひくい呻き声が聞こえた。  それで貴石は、沙漠にでていった。  三、淳子  ある秋の日、午後のことだった。  太田淳子がつとめている産婦人科医院に、ひと組の若いカップルがやってきた。あたらしいカルテを事務員からわたされ、淳子は顔をあげて思わず「はっ」とした。 「この部屋で尿をとって、窓際のトレーにおいてください」  淳子は、カップをわたし、採尿室を指さして、ストレートのながい髪が肘までたらした女性をじっとみつめた。ピンクのマスクをつけている、赤い枠の眼鏡をかけた華やいだ女に不思議な面影を感じた。そのとき、つれの若い男が、彼女をじっとみつめているのに気がついた。彼は、金縁の眼鏡をかけ、青いマスクをつけていた。 「どうか。なさいましたか」  白いマスクの淳子は、男に聞いた。 「いえ。だれかに似ている気がして」  男はいった。 「失礼しました。他人の空似です」  不思議そうにする淳子をみて、背の高い男は素敵な微笑みを浮かべた。  妊娠の可能性が濃厚だとつげられて診察室をでてきたふたりは、待合室にもどると我慢していた喜びがおさえ切れなくなっていた。淳子は、胸騒ぎを覚えながらあかるい笑い声を聞き、医院をあとにする若い男女の後ろ姿をみた。つくられたばかりのカルテには、保険証のうつしがはられ、城市優奈の名前とともに世帯主、城市芳樹とかかれていた。  淳子は、郊外に住んでいた。五時に診療所がしまると、車を運転して自宅に帰った。電動式のガレージのシャッターをあげて自動車をしまい、玄関で警備をといて中扉をあけると吹きぬけになった居間があった。帰宅の途中で、スーパーに立ちよって購入した惣菜を冷蔵庫におさめた。しめ切られた部屋には、日中の熱気がこもっていた。庭に面した大きなガラス窓をあけ、網戸にして空気を入れかえ、白いレースのカーテンをひいた。服を寝間着に換えると浴槽をあらい、浴室の排水溝の網にかかった昨日の自分の髪をとりのぞいた。風呂を自動にセットして食洗機を片づけ、食器を収納すると、お湯がたまった合図が聞こえた。入浴して身体をあらい、湯船につかる。バスローブに身をつつんででてくると、ご飯がたけている。汗が充分にひくのを待ってふたたび寝間着に換え、朝の新聞に目を通した。食卓のまえにある壁かけのテレビをリモコンでつけて、今日の出来事を聞きながら夕飯を食べた。ニュースが終わると、食器を片づけて食洗機に入れるが、とても一回分には満たないから、まわすのは翌日の朝の分といっしょにしていた。  吹きぬけの居間にいって、ふかい緑の革製のソファーにすわり、老眼鏡をかけて先ほどの新聞のつづきを読む。外をみやると、もう真っ暗で秋の日暮れは日ごとに早くなっている。爽やかな風が白いレースを揺らし、窓辺に立つと、ひくい庭園灯が花壇を黄色に覆うリシマキアを映しだす。今度の休みの日には、雑草をとってやらなければと思う。時間が滞ることなくゆっくりとながれ、ふと気づくと虫の声が聞こえている。  夫の晴彦がいるハノイでは、そろそろ仕事が終わるころだろうか。コロナは、どうなっているのだろうか。すっかり落ちついたという連絡はあったが、ぶりかえしたりはしていないのだろうか。インフルエンザは、流行っていないのだろうか。持病もないからきっと元気で、今日も蒸し暑くて、仕事が終わったらビールでも飲みにいこうと同僚と約束でもしているのだろうか。今年は、ホーチミンにも部品工場をつくって、そこの工場長も兼任しているといった。会社から仕事が評価され、楽しくて仕方がないのだろう。先月は、ハロン湾をクルーズして一泊したと、綺麗な写真をおくってきた。もう、だれもマスクをつけていなかった。それからはメールもよこさないから、単身生活を楽しみながら元気にすごしているのだろう。しかし、そんなに離れたところではなくて、そばに暮らしていたら。なんの話をしなくてもいいから、ちかくにいてくれたら。とくに今日は。  リモコンをつかって居間の電気を消してみる。月もでてきたらしく、柔らかく揺れる白いレースに、弱い光があたっている。庭園灯の輝きがみえ、虫の声が聞こえる。  どう、しよう。  食卓のテーブルにいくと、椅子に腰をおろしてスマホをながめた。晴彦からのあたらしいメールは、きていなかった。淳子は、スマホに映しだされた、終業時に登録した番号をじっとみつめていた。  騒がしい虫の声がした。耳鳴りでも聞くみたいに。弱い風が白いレースのカーテンをそよがし、揺れる布地に月がほのかなあかりを投げかける。濃淡をつけながら緩やかに震えるうすい布から、すけて光る庭園灯は、輝く取っ手にみえる。そこには、一枚の柔らかい扉があるように思えてくる。忍びよる暗闇。途切れずつづく虫の音のなかで、か弱い月の光をうけて揺れる扉をずっとみつめていた。くりかえされる躊躇いのあとで、淳子は表示された番号を押した。 「夜分、たいへん恐れ入りますが、優奈さんでいらっしゃいますか。とつぜんで、ほんとうに失礼いたします。私は、今日の午後、優奈さんが受診された青葉区の産科につとめる、看護師の太田と申します。いま、すこしお時間をいただいても宜しいでしょうか」 「はあ、いいですが。どうしたのですか」 「奇妙に思われるかも知れませんが、優奈さんが来院されたとき、金縁の眼鏡をかけた背の高い男の方がいらっしゃいましたよね。旦那さまだろうと考えたのですが、私の顔をじっとみつめられて。それで、どうかしましたか、とおたずねしたら、しばらくお考えになり、他人の空似、と笑って答えられたのですけれど、覚えていらっしゃいますか」 「いいえ。知りません」 「そうですか。それで、そのことが気になって。失礼なのですが、知りあいではないかと思いはじめて。無作法とは考えましたが、みょうにひっかかって。あの方のお名前を、どうしてもお聞きしたくて。こんな夜分に、とつぜんのお電話で失礼なのですが」 「はあ」 「教えていただきたいのですが」 「小沢ですが」 「小沢さん。そうですか。それで、下のお名前は」 「なぜ、そんなことが必要なのですか」 「いえ、気になっただけで」 「あなたは、どなたなのですか」 「はい。先ほども申しあげましたが、今日の午後、城市優奈さんが受診なさった青葉区の産科の看護師で、太田、おおたあつこ、と申します」 「小沢は仙台で仕事をしておりますから、その関係なのではありませんか。申しわけございませんが、あなたがこんなふうに、電話でおたずねになる意味がよく分かりません。これ以上は、お話しする理由もありません。切らしていただきます」  それで、電話は切られた。  なんということなのだろうか。待合室で、女が男を「タカさん」とよぶのを聞いた。タカは、苗字の略ではない。だから名前で、小沢タカ。正式には、貴石かも知れない。どうなっているのか分からないが、あれは、小沢貴石なのだ。  夜もふけてきて、窓の鍵をしめ戸締まりをすると、二階の寝室にいった。そこにはふたつのベッドがおかれていた。窓がわは淳子、奥が夫、晴彦の寝台だった。窓をあけると、網戸をこえて秋風が入ってきて、淡い青色のレースのカーテンがふうわりと揺れている。騒がしい、秋の虫の音が、また聞こえる。それにしても、今日はやけに騒々しい。  淳子は、三〇年まえの秋の出来事を思いだしていた。   重陽の節句は、太田淳子にとって生涯忘れることができない日だった。市民病院が三次救急の当番で、九月から外来勤務に変わった淳子は、うまれてはじめての夜勤業務についた。夜の一一時をすぎたころ、救急隊から広瀬川でおぼれている女性をひきあげたという第一報が入った。淳子は、当直医の指示をうけ内科に連絡した。直後に「ひきあげた若い女性が妊娠している」という第二報が入った。それで、産科に連絡した。救急隊からつぎつぎに続報が入ってきた。 「子供が、うまれかかっている」 「妊婦の生命反応は、ほとんどみられない」 「新生児は、生きている」  その知らせに小児科医がくわわり、チームで救急入り口に待機した。サイレンの音が聞こえ、車が入ってきた。到着したとき、妊婦の呼吸はすでになかった。消防隊員がひきだした新生児には、かすかな息があった。ストレッチャーのまま救急室にはこばれ、光が妊婦を照らしだしたとき、淳子は真っ青になった。そのなかで、蘇生が試みられた。赤ん坊の臍帯が切られ、呼吸器への吸引が行われ、生命反応が確認された。新生児は保育器にうつされて、あわただしく新生児集中治療管理室につれられていった。さまざまな試みがなされたが、妊婦の蘇生はできなかった。虚脱感のなかで後片づけにとりかかろうとしたとき、とつぜん産科医が叫んだ。 「もうひとりいる」  部屋は騒然となり、大声が飛びかった。 「帝切」 「このまま切る」 「小児科をよべ」 「光をあてろ」  緊急の帝王切開が、その場ではじめられて、全員が力のかぎりをつくした。でてくるのがあとになった新生児は、産道に頭を嵌頓させた状態で息たえていた。双子だった。子宮にのこったほうが、自分の頭をつかって、もう片方を世におくりだした形だった。  淳子は、死亡した妊婦、凍河恵とはおなじ山形の出身で看護学校の同級生だった。特別に親しいわけではなかったが、医大に併設された看護科の定員は三〇人で、ひとクラスだった。四年間をいっしょにすごしたのだから、たがいによく知っていた。淳子は、卒業後大学院に進学した太田晴彦と結婚する予定だったので仙台につとめた。山形県民病院にのこった恵とは、そこで離ればなれになった。卒業してから一度だけ、仙台の青葉城趾で落ちあう予定があったが、淳子の都合ですっぽかした。 「今度、会おうね」と賀状には何度かかいたが、それ以上連絡しあう関係ではなかった。恵が妊娠したのは人づてに聞いてはいたが、こんな形での再会は夢にも思わないことだった。 おそらく三〇週でうまれた一二〇グラムの極低出生体重児(VLBW)は、ながく生死の境をさまよった。NICUの保育器のなかで、たくさんの管につながれた新生児は、いまにも死にそうだった。淳子は、ほとんど毎日、集中治療室に出向いてみまもった。恵の両親にも会ったが、すっかり力を落とし、生きる気力をうしなっていた。 「とても面倒はみれない」 「死んだほうが幸せかも知れない」  ふたりは、思いつめていた。出生の届け出をださねばならなかったが、名前は決まらなかった。 「どうせ死んでしまうものに、どうして名が必要なのだろうか」  ふたりは、言葉すくなに淳子に語った。  恵の葬儀が終わり、気がつくと出生届の期日がきていた。淳子は、朝から届け出が気にかかった。午後になっても病棟にあらわれない恵の両親に、電話をかけた。不在を知らせる、ながくつづくよびだし音。胸騒ぎがしだいに激しくなるなかで、夜の七時をすぎてようやくつながった電話にでたのは、知らない人だった。 「どなたですか」とたずねる男の声が聞こえた。 「私、看護師の柳と申します。凍河さんの、お宅ではなかったのでしょうか」 「いえ。凍河さんのお宅ですが、看護師さんがなんのご用でしょうか」 「いえ。だって。その。お孫さんの、出生届のことで」 「ああ。そうだったのですか」と男はいって溜め息をついた。縊死の通報をうけて、やってきた消防署の職員だった。 「市民病院にいって子供の顔をみるのは、とても耐えられないことです」  そうかかれた紙が、机のうえにおかれていたと話してくれた。  淳子は、ほとんど毎日、新生児集中治療室に日参していた。彼女が、新生児の状態を熱心に観察しているのは、多くの看護師の目にとまったのだろう。  恵の両親の死亡事故があって幾日かして、淳子は、集中治療室の看護師長からよびとめられた。 「もし、あなたが希望するなら、この新生児の担当になってみますか」 「いいのですか。でも、私、なにもできません」 「みんな、最初はそうなのよ。だれも、はじめからできる人はいません」  四〇歳くらいの看護師長は、優しくいった。 「澤本総師長が、あなたが熱心にここに通うのをみていたらしいのよ。淳子さんが希望するなら、ぜひ担当にするように指示があったのよ。総師長は、子供が好きなのは素晴らしいことだといっていたわ。協力してあげるから、やってみない」と聞いた。 「ご迷惑をたくさんかけると思いますが、そうさせてください。勉強します。お願いします」  淳子は答えた。それで彼女は、異例の抜擢になった。医師や看護師たちから、たくさんのことを教えてもらえた。  澤本紀子は、仙台市民病院で看護部総師長をつとめていた。小柄で痩せた六二歳の女性だった。いつでも、背筋がぴしっとのばしていた。  淳子にとって総師長は、雲のうえの存在だったが、一度だけ話したことがあった。  はじめて職場につとめた日、新人の看護師一五名のために、看護部主催のささやかな夕食会がひらかれた。  ながい白髪の総師長は、地味な灰色の修道衣をまとっていた。彼女は、新人たちのテーブルをまわって、ひとりひとりに言葉をかけた。淳子の席にくると、「なにか悩みがあったら、なんでも相談するように」と瞳をみつめ、にこにこしながらいった。 「自分がこまっていたら、患者さんの苦しみに気がつけないのですからね」  温和な人柄がにじみでる、優しく語る総師長の肌が、とても綺麗なのに彼女は驚いたことがあった。  淳子は、まったく気がつかなかったが、澤本は、どこからかみていたのだと思った。  だれもが助からないと考えていた未熟児は、四ヵ月たって障害ものこさず保育器をでた。そして、養育を希望した福島の夫婦にひきとられた。  うけもちだった彼女は、その夫妻、小沢英夫と裕子に面会したことがあった。 夜もふけて、淳子は寝台に横たわっていた。網戸をぬけてくる風もいっそう弱まり、淡い青色のレースのカーテンは、揺れることもない。かがった糸のあいだから弱い月の光がさしこみ、あかりを消した寝室をぼんやりと映しだす。ずっと鳴いている虫の音がうるさい。騒がしくて眠れない。  恵の葬式は、寂しかった。  あのとき、いろいろな話を聞いた。  恵と両親は、親戚から村八分にされていたらしい。一族には秘密があって、それを題材に城市芳樹が論文をかき、恥を世間にさらしたという話だった。学会にみとめられ、城市は助教授に抜擢され、不必要になった恵はすてられた。一族を裏切った報いだったのだと。  くわしいことは分からなかったが、恵の両親の沈痛は普通ではなかった。なんで、彼女はうもうとしたのだろう。どうして、堕胎しなかったのだろうか。なぜ、城市の勝手を許したのだろう。利用されたと考えつづけていたのだろうか。どうやって、育てるつもりだったのだろうか。  淳子は、ヘッドボードの灯をともした。二階にあがるとき、居間のキャビネットのなかからもちだしてきた写真をとりあげ、じっとながめていた。そこには、晴彦といっしょに灯籠をながす場面が写っていた。仙台に新居をかまえた年に、なにか思い出をのこそうという話になって、市の企画に参加した。浴衣姿のふたりは、あかるく輝く灯明を川面に浮かべていた。背景になった暗い川には、たくさんの灯籠がながれていた。ちかくにいあわせた人に、その姿をとってもらった。それから、ふたりは自分たちの灯籠を広瀬川にながした。  盂蘭盆は、祖先の冥福を祈る仏事だった。あのとき、いったいなにを祈願したのだろうか、と淳子は思った。自分たちのためには、もう、だれも灯籠をながしてくれないことを、心に刻んだのだろうか。  さまざまな過去の出来事が、彼女の胸を去来した。  淳子は、写真をヘッドボードのうえにおき、手元灯を消した。  月は、天空のひくい場所を移動していた。つよくはない光は、レースによって、さらに弱められ、ながい影をつくって奥のベッドを映しだしていた。  ハノイで暮らす晴彦は、どうしているのだろう。彼は、この月をみてはいないのだろうか。仙台にのこした淳子を、こうして思いだしてはくれないのだろうか。整頓された晴彦の寝台にとどく光は、なんとかぼそく儚げなのだろうか。  青いレースが弱い風をうけ、あかりはひらひらと濃淡をつくって舞っていた。  四、芳樹  城市芳樹は、文学部の大学院に通う今年二四歳の優奈が、どんなふうにその青年と出会ったのか、よくは知らなかった。ふとみると、娘は溜め息をつき、結婚したい、ふたりで暮らしたいと独りごちていた。芳樹には、まだ蕾にみえ、手放すには惜しく、さらなる良縁が望めると思った。優奈から話は聞いたものの、距離も遠く特別のつながりもないふたりが、実際どうやって知りあい、なににひかれ、愛しあうまでになったのか。彼は、ふかい感慨をいだいた。  七月の末にちかいころ、ホテルのレストランで、芳樹と玲夏は、優奈、小沢貴石を交えていっしょに夕食をとった。四人は、あたり障りのない話をして会食を終えた。貴石は、思慮ぶかさを感じさせた。礼儀をわきまえた落ちついた口調は、堅実さと誠実さを表現するのに充分だった。帰宅してお茶を飲みながら、「感じのいい青年ね。気に入りました」と玲夏はいって、芳樹の感想をたずねた。  夫が不充分と考えているに違いないから娘の味方を、という気持ちだったのだろう。 「たしかにそうだね」と彼が答えたときには、彼女はやや驚いた表情を浮かべた。  芳樹は、一門の有望な青年をと考え、具体的な候補者までいたのだが、意外にも好印象をもったのだった。青いスーツをきて爽やかに登場した貴石は、輝いてみえた。 「雰囲気が、あなたに似ているわ」 「娘の理想って、父親なのかしら」  玲夏は、会食を振りかえりながらいった。 八月にも一度、優奈は貴石を家につれてきた。ふたりは結婚するつもりなのだろうと、芳樹も玲夏も思っていた。  夏の暑さがのこる秋の日の夜、本を読んでいると、書斎の扉がノックされ優奈がやってきた。  彼女は、「大切な話がある」と切りだした。  普段とは違う神妙な面持ちや、おずおずとした口調から結婚のことだと、芳樹は直感した。妊娠したと聞いたときにも、思ったほど動揺しなかった。 「早いうちに、結婚式をあげなくてはね」  ちょっとした沈黙のあとで、芳樹は答えた。 「もっと、怒られると思っていたわ」 「仕方がないだろ。よくやったと、褒めることはできないが」  優奈は、すこしこまった照れた笑みを浮かべ、前日の診察について話した。近況の報告をするうちに、気になる話をはじめた。 「ちかごろ、頭が痛くなるのよ。変だなって思っていたの。悪阻になると気持ちが悪いだけではなくて、人によっては眠気や頭痛が起こるとかいてあって安心したのよ。こんな形で安堵なんて話すと、お父さんには申しわけないのだけれど、理由が分からなくて、ひとりで心配していたの」  優奈は、ちかごろ貴石とふたりでいると頭痛がしてくるといった。  原因は、分からない。なぜだか、芳樹といっしょにいる気持ちになってくる。青葉城趾で話をはじめたきっかけは、優奈が知りあいと間違えて貴石に挨拶したからだった。彼は、見間違えられたことを、いまでもとても感謝している。優奈も、そう思っている。彼女が間違えなかったら、ふたりは永遠に話す機会がなかった。そのときだれを思ったのか、ずっと分からなかったが、最近になって芳樹だったかも知れないと感じた。そう考えはじめてからか、貴石とふたりでいると頭が痛くなってくる。もしかしたら心の奥底では結婚したくないのかと思い、彼女はひとりで悩んでいた。優奈はそう話すと、屈託なく笑った。 「貴石君のお母さんは、大学生のときに胃がんでなくなったのだよね。離婚した、お父さんは、なんの仕事をしていたのだろうね。再婚なさった方とのあいだには、子供さんがふたりいたと聞いたように思うけれど」  優奈は、よく分からないと答えた。貴石も全部は知らないし、興味もないのだろう。現実的には、父親にはすてられたのだろう。血のつながりもなく、うまれてすぐに小沢家にひきとられ、戸籍には家庭裁判所の許可がついていた。福島に、母の墓がある。いまは母親が死んで除籍簿だが、まえの本籍がかかれている。貴石も知らない、山形県の凍河という町だと、優奈はいった。 「貴石君は、いつうまれたんだ」 「このあいだ、三〇歳になったばかしよ。平成五年。だから一九九四年、重陽の節句の日にうまれたのよ。それはいいのだけれど、もうひとつ気になることがあるのよね。昨日、仙台で産科を受診したら、夜に看護師から電話をもらったのよ。とつぜん貴石の名前を教えてくれって、聞きはじめるのよ。結構しつこくて、理由もはっきりいわないのよ。私、答える義務はありませんって切ってしまったわ。お父さん、どう思う」  優奈は、芳樹の顔をみつめていった。 「お父さん、どうしたの。顔が青いわ。気分が悪いみたいだけれど」  脳裏に、白い雪がゆっくりとふりつもっていく。  平成五年、九月うまれ。凍河。仙台。青葉城趾。看護師。  真っ白い粉雪が、しんしんと音もなくふりつもっていく。  もう、なにも考えられない。  芳樹は、薄暗いほそい通路にいた。人気のない寂しい廊下で、いくらも離れていないところに白く光る部屋がみえた。それは、ずっと昔から知っている小部屋だった。淡い青色に縁どられた出窓があり、そこからはオレンジ色の光がこぼれている。芳樹は、その部屋からでてきた記憶をもっていた。ほんとうは、そんなことを思いだしたくはなかった。忘れたいのに、いつもちかくで、青い窓がオレンジ色に妖しく光っていた。どんなに思いだすまいとしても、気づくと出窓は光をはなちながら、そばにあった。その窓がない通路にいきたかった。みえない方向に道をまがって、うえの階にあがって、出窓のことをすっかり忘れたかった。そう思って一生懸命、まえだけをみて走りつづけ、決して後ろを振りかえるまいと、いつも努力をしてきた。しかし、どんなに遠くにいっても、階段をいくらあがっても、息が切れるほど早くすすんでも、気がつくと、窓は変わることなくオレンジ色の光を暗い道にこぼしながらちかくにあるのだった。枠が青い出窓のなかには、芳樹の帰りを待っている女性がいた。優しいその女のことを考えると、胸がはりさける思いがする。窓が消えてくれないのなら、いっそ自分が亡くなってしまいたいと、みる度に思う。しかし青い出窓はだまって、ただ彼の帰りを待っていた。  いま芳樹には、べつの扉がみえる。通路は、道ともいえなくなってきている。地下を掘ってきた、ごつごつとしたトンネルで、ローマのアッピア街道ぞいにあるカタコンベにつづくガレリア、通廊にも思える。信徒たちが来世での復活を夢みて、泣きながら掘りすすんだ洞窟の道ではなかろうか。いきどまりに、土色をしたふるぼけた木の扉がみえる。一〇〇〇年以上もまえにつくられたと思える扉口は、下端がほとんど腐っている。それは、カタコンベにつうじる死への扉だ。そこにすすむしか、ないのだろうか。  それとも、ここは迷路なのだろうか。芳樹は考えていた。まえにもそんな場所にいた記憶をもっていた。よくさがせば、この通路にも正しい扉があるはずだと思った。溺死のほとんどは、足がつく場所で起こっているのだ。みつからないのは、パニックになって周囲がみえなくなっているだけだ。いまという時点まで生きぬいてきたのだから、芳樹は正しい扉をあける「名人」か「天才」の子孫で、能力を充分にうけついでいるはずだった。間違った扉口をひらいてすすんだ者たちは、その場所でとっくに死にたえてしまっているのだ。ずっと通路を歩いてきて、数千、数万の正しい扉を選んで上手にぬけてきたから、いまという現在までたどりついたのだ。ほんとうの迷路など、もともとないのだ。  あの青い窓から暖かそうなオレンジの光がこぼれる、白い部屋にすすんでみては。  だめ。駄目。どんなことが待っていようと、すすむのはこちらにしかない。あの青い窓にはいきたくないし、いけない。待っている女は、きっと優しくしてくれる。温かく、むかえてくださるだろう。しかし、あちらは駄目だ。とてもいけない。あの女性には、絶対に会えない。  気がつくと、土色の扉のまえに年老いた男がいる。恵につれていかれた菩提寺の顔に大きな老斑がある腰のまがった住職が、作務衣をきたまま立っている。芳樹が気がつくと、手まねきした。  ちかよって、「やはり、こちらが正しいのですか」と聞いた。 「選ぶのは、おまえ自身で私ではない。おまえは、自分の尻尾を飲みこもうとする蛇だから事実を話してやるだけだ。隠された真珠をみつけて世にでた長蛇が、宝をまもりつづけることはできない。秘密があると分かったときには、もう、それは世間に知れわたっている。急いで門をとじた時点で、殺そうと考えた赤ん坊は、すでに城のなかに匿われている。おまえは、娘を甘くみたのだ。少女は、母にもなれるし、大母にもなって人を食らうこともできるのだ。おまえは、暖かい部屋をすて、通路を永劫の住み処として選んだのだ。旅人にとっては、旅の途上が家であり、道そのものが故郷なのだ。それは二点をつなぐ結合への願望ではなく、通路という蒼古たるひとつの特別な世界でもある。いまさらなにを躊躇するのか分からないが、この扉のむこうにも、おまえの知りあいがいるはずだ」  住職は、じっと芳樹をみていった。  気づくと、僧侶はどこにもいなかった。  芳樹は、土色の扉をみつめながら、逡巡し、考えていた。 小沢貴石が、凍河恵の子供なのは間違いなかった。どう考えても、芳樹の息子に違いなかった。出生直後に里子になったことからも、恵は死んだのだろう。それにしても、どうやって貴石をうんだのだろうか。一一年もかけて、ようやっと生をえた彼女は、うまれてくる命を自分で絶ち切ることができなかったのだろう。こうした事実は、首都圏に栄転した芳樹の耳にはとどかなかっただけで、仙台市民病院の周辺では有名だったに違いなかった。げんに妊娠して診療所に検査にいっただけで、優奈が彼の娘なのはともかく、相手の貴石が恵の息子だということまで念を押されたのだ。もちろん看護師は、芳樹の子供だと知っているのだ。だから、確認の電話がきたのだ。住職がいった通りなのだ。秘密があると分かったときには、もう、それは世間に知れわたっているのだ。このあいだの経緯が、彼の耳にとどかなかっただけだったのだ。そもそも芳樹は、凍河一族が必死で隠そうとした血縁関係を暴いたのだった。世間に知られることを心から怖れて暮らしていた人たちの秘密を暴露して、自分の出世の道をひらいたのだ。凍河の人びとは、そうした血縁を自ら望んでうまれてきたのでは決してなかった。生をうけた場所が、凍河郷だっただけなのだ。だから住職は、生きている人がいることを勘案するべきだといったのだ。自分は、おなじ目に遭っている。その種は、芳樹がまいたのだった。恵は、妊娠したことを、なぜ知らせなかったのだろう。聞かれていたら、彼はなんと答えたのだろう。恵は、どういわれるのかも知っていたのだ。その言葉が、どんなに彼女にとってつらいものか、ずっと考えていたのだ。だから、だまっているしかできなかったのだろう。貴石は、息子だった。なんと恥ずべき、親だったのだろうか。自分の栄誉のために、彼らにどれほどの代価を支払わせたのだろうか。どうやって責任をとるべきか分からない。ここまで完成させた因果を、どのようにくずしたらいいのだろうか。自分が死ぬだけで、すむのだろうか。因果は生きつづけ、あたらしい世代にひきつがれて、つぎつぎにまわっていくのだろう。狂ってしまいたい。東京にいられなくなったのだから、仙台で暮らすべきだった。そこに、心から愛してくれた人がいたのだから。  ながい逡巡のあとで、芳樹は土色の扉をあける。薄暗い洞窟をすすんでいくと、道の真ん中に穴がみえる。穴隙のなかで、だれかがうごく音が聞こえた。のぞきこむと、みあげる男がいる。 「あなたは、だれだ」 「なんだ、おまえか」 「私を知っているのか」 「よく。知っているぞ」 「なにをしている」 「みての通りだ。墓を掘っている」 「なんのために」 「なにって。おまえを葬るのに必要だろう」 「そうか。私は、ここに入るのか」  芳樹は、じっと穴をのぞきこんだ。二メートルくらいはあって、ずいぶんふかい。なんのために、こんなに大きく掘ったのだろう。 「もう、いいのか」 「分かった。もういい」  芳樹がそういうと、穴のなかの男はスコップを外にほうりあげ、梯子をつたって通路までのぼってきた。ながい顎ひげをのばした、六〇すぎにみえる眼鏡をかけた背の高い男性だった。芳樹は、換わって穴に入った。 「土をかけるぞ」  梯子をひきあげると、男はいった。 「分かった。そのまえに、ひとつだけ教えて欲しい。おまえは、いつからこの穴を掘っていたのか。それに、私を知っている。おまえは、いったいだれなのだ」  その言葉を聞くと、男は笑った。 「すっかり、忘れてしまったらしいな。それでは教えてやろう。おまえは、うまれたときから、この穴をずっと掘りつづけきたではないか。それに、おれたちは、ながい知りあいではないか」 「そうか。おれはおまえで、うまれたときから片時も休まず、この道の真ん中に自分の墓を掘りつづけてきたのか。たしかに、そうだった。しかし、それにしても、この穴はひろすぎないか」 「ちょうど、いいさ。おまえからでてきた者も、いっしょに埋めねばならない。この穴は、三人分だ」  五、貴石    一周忌があけたある晴れた秋の日、城市玲夏は日暮里、谷中に優奈と芳樹の墓参りをした。山手線の駅におりたのは、ちょうど正午のころだった。菩提寺につき、寺の花屋で花と線香を買った。木戸をぬけると漂いはじめた白檀の匂いが、墓石にちかづくにつれてしだいに濃くなっていった。墓につくと、墓前で手をあわせる髪のみじかい女性の後ろ姿がみえた。黒っぽいツーピースに身をつつんだ痩せた女は、背後の玲夏に気がついて立ちあがり、会釈とともに立ち去ろうとした。 「ありがとうございます。私は、城市の家内です。失礼ですが、どなたさまでございますか」 「昔、教えをいただいた看護師です。ちかくにきたもので、お線香をあげさせていただきました」  そのとき玲夏の背後で足音がして、振りかえると小沢貴石が立っていた。手をあわせていた女は、貴石に気づくと青ざめ、ひどく神妙な顔になり、軽く会釈し小走りで立ち去っていった。 「また今度きます。今日は、これで失礼します」  貴石は、玲夏にむかって口早につげると、立ち去った女のあとを追っていった。竹でつくられた塀がみえ、そこには小さな潜り戸がついていた。その先は、寺の花屋につながっていた。  振りかえりもせずに、足早に潜り戸をぬける女の後ろ姿と、追って、躊躇なく竹の切り戸に入っていく貴石がみえた。  一瞬、城市玲夏は、追おうと思った。はじめてみた痩せた女の震える横顔、貴石の真剣な表情。追えば、なにかが分かると思った。しなければ、それまでだと感じた。自分が知りたかったことが、分かるかも知れなかった。すべてではなくても、一部は理解できるのではないか。それは、芳樹が彼女に話さなかった出来事。自分の妻にさえ、いえなかった事件。とても重大な、秘密だったに違いなかった。隠された事実は、さらなる悲しみの色にそまっていても、心を癒やすことがないものに思えた。 和服の玲夏は、花屋に水桶をかえし、だれもいなくなった寺の小径を歩いて家に帰った。  残暑も終わったころ、あけはなたれた窓から乾いた風がゆっくりとながれこんでいる。日は早く落ちはじめ、時計のみじかい針がいちばん下にちかづく時刻には、すっかり夕闇に変わっている。緩やかな風がそっと庭の木々の葉を鳴らし、名残を惜しむ蝉の声は夜になってもやむことがない。いや違うかも知れない。ちかごろふと気がつく、耳鳴りだろうか。静かになると、蝉の声が聞こえてくる。  寂しいひとりの夕食が終わり、九時をすぎると、玲夏はひどく疲れたと感じて二階の寝室にいき横臥した。手元灯をともして、天井をじっとみつめていた。  芳樹が自死したのは、娘の妊娠の知らせがあってから一週間ほどたった日曜日のことだった。  玲夏が日課の散歩から帰ってくると、優奈が部屋にいないのに気がついた。靴は玄関におかれたままだったし、でかける話も聞いていなかったから不思議なことだった。芳樹は、例によって部屋で本でも読んでいるのだろう。もしかしたら、優奈と今後のことを話しあっているのかも知れないと玲奈は思った。二階の書斎は、芳樹の仕事場だったので特別な用がないかぎり静かにしておくのが約束事になっていた。彼女は、昼食をつくりながら、ふたりがおりてくるのを待っていた。  しばらくしても、なんの気配もなかったので、玲奈は不審に思って二階にあがった。書斎は、内側から鍵がしっかりとかけられていた。耳をすましても物音が聞こえなかったので、扉をノックしてよんでみたが返事はなかった。彼女は、ひどい不安を感じた。階段をおりて優奈の部屋にいってみると、スマホは机のうえにおかれていた。玄関には、普段はく靴はすべて揃っておかれていた。  優奈の妊娠の話があってから、芳樹はいくぶんおかしかった。夜も眠れないらしく、しばしばトイレに起きていた。大学から帰宅しても、ぼんやりとし、なにを話しかけても、まともな返事はなかった。玲夏は、結婚の話が決まって愛娘が嫁ぐことになったのが、彼には大きなショックだったのかも知れないと思った。しかし、それだけでは、とても説明できないように思えた。  玲夏は外にでて、内庭から書斎をみあげた。いつもなら窓はカーテンがひかれるくらいだったのに、シャッターがしっかりおろされていた。こんなことはなかったから、特別な事態だった。二階にのぼって書斎の扉をいくらたたいても、無言のままだった。彼女は、合い鍵をもっていたのを思いだした。一度もつかったことはなかったが、おいてありそうなところをさがした。彼女の机には、みつからなかった。不安に駆られながら、さまざまな場所を探索して、仏壇の抽斗に鍵をみつけた。それをとりあげると、階段を急いでのぼり、手を震わしながら扉をひらいた。  玲夏は、脳裏が真っ白になった。真っ暗な部屋のなかでは、なにかが起こっていた。扉から入ってきたわずかな光が映しだしたのは、中央で縊死している芳樹だった。部屋のあかりをつけると、優奈がソファーに横たわり、息たえていた。脈をとったが、触れなかった。あきらかに、ふたりは絶命していた。  玲夏は、書斎の机のうえに芳樹の遺書をみつけた。彼の自筆に間違いなく、そばには愛用する万年筆がおいてあった。彼女は、くりかえし遺書を読んだ。  机におかれた固定電話で、警察署に電話をかけて状況を報告した。指示をうけて、救急車もよんだ。到着するまでの時間、彼女は遺書をくりかえし読んだが、頭のなかは真っ白で、なにも分からなかった。  警察官がやってきて、現場を検証した。  玲夏は、机におかれた自筆の遺書をみせ、発見にいたった状況などについて、いくつかの質問に答えた。やってきた救急隊員に、芳樹が神奈川医科大学の教授だと説明し、大学病院への搬送を依頼した。  警察と救急隊は連絡をとりあい、神奈川医科大学病院につれていき、ふたりの死亡が確認された。  芳樹は、搬送された大学の現役教授だったことから、いくつかの配慮がされた。  薬剤の入手ルートについては、遺書にかかれた通りで疑問の余地がなかった。無理心中の原因については委細不明だったが、芳樹が優奈を薬殺して、その後に自殺をはかったことはあきらかだった。殺害方法が明確だったため、剖検の対象にはならなかった。病院長の采配で、報道は最低限におさえられた。  とはいっても、どの新聞にも神奈川医科大学の現役教授が娘と無理心中をはかり、ふたりとも死亡したという記事が掲載された。そこには城市芳樹と優奈という個人名も、玲夏宛の遺書がのこされたことも記載されていたが、それ以上の論究はなかった。  通夜と葬儀が行われたが、コロナ禍という状況もあり簡素だった。とはいっても、芳樹は現役の教授だったため、多くの参列者がいた。無理心中をはかった原因については、だれも語らなかったから、さまざまな憶測がながれた。一部は玲奈の耳にもとどいてきたが、コメントを差しはさむものではなかった。面とむかって彼女に原因をたずねる者は、ひとりもいなかった。あわただしい一年がすぎ、一周忌の法要もできるかぎり簡素にした。  玲夏は、寝台に横たわり、仏壇からもってきた遺書をまた読んでいた。 「私は、悪魔に魅入られたのです。くりかえし狂気に襲われていたのです。幾度、振りほどこうとしても、逃れることができなかったのです。そして、まったく罪のない娘を、自分の手によって殺害しなければなりませんでした。優奈は、バルビツールで眠らせ、エラックスを投与し、最後に塩化カリウムを静注しました。使用した薬剤は、大学病院の薬剤部から一存で盗用しました。関係者の皆さまには、たいへんご迷惑をおかけしました。使用した薬剤が入っていた空容器は、机にうえにならべておきます。いま私は、自分が確実に死ねるように祈るだけです。玲夏には、申しわけない気持ちでいっぱいです。彼女は、私を大切にしてくれました。可愛い子供をうみ、美しく、優しく、素直な娘に育てたのです。ですから、家庭のなかには、なんの問題もなかったのです。私は、妻も娘も心から愛しています。しかし、結末は、こうなったのです。私は、悪魔に魅入られたのです。こんな蛮行には、それ以外の原因など考えもつきません。殺害にいたる手段も、方法も、明記しました。ですから、詮索は一切しないでいただきたいのです。剖検も、希望してはいません。死にいたる手段がこれだけ明確なのですから、とても必要とは思えません。死にゆく者の最後の望みを叶えていただければ、私は感謝し、だれも、呪うことはないでしょう。  玲夏、許してください。いままで、あなたが、たくさんの幸せをあたえてくれたことに、心から感謝しています」  玲夏は、何度この遺書を読んだだろうか。おなじ文面を、飽きもせず、幾度くりかえしながめただろうか。この一語一句に、芳樹の気持ちがこめられていたのはあきらかだった。  自殺は、入念に計画されていた。優奈に使用した薬剤は、ほとんど完璧だった。入手経路もはっきりし、不明瞭な部分はひとつもなかった。附属病院長は、この事件を鑑みて、保管する薬剤について、さらにいっそう管理の厳格さをはかるといって謝罪した。しかし、現役の医学部教授が薬剤部に入室して、数多の薬品から三種類の薬物を秘かに盗みだすのを防ぐのは、現実的にはほとんど不可能だったろう。  この事件の動機が、優奈の妊娠と関連していたのはあきらかだった。時期的な一致だけではなく、遺書が娘の剖検をつよく拒否していることからも明白だった。事態の収拾をはかった病院長も、すぐに気がついたが、故人の意思を尊重してくれた。そうである以上、玲夏も、芳樹の考えに寄りそうことしかできなかった。  小沢貴石は、優奈の話によれば、もともと山形県でうまれたらしい。芳樹は、仙台で医師をしていたから、距離的にはちかい場所だった。年回りからは、息子であっても不思議ではなかった。事実ふたりは、雰囲気がとても似ていた。しかし、芳樹は貴石と会っても気がつかなかったのだから、直接的な契機は、優奈にかかってきた電話だった。彼女は、ずいぶん気味悪がっていた。内容は、ただ小沢の姓名をたずねただけだったらしいが、電話口の相手の様子がおかしかったのだろう。電話をかけてきた看護師は、なぜ貴石だと気がついたのだろう。たがいに顔見知りだったなら、こんな形で優奈にたずねることは考えられなかった。貴石は、看護師とは知りあいでないと、はっきりつげていた。彼が産科医院で自分の姓名を名乗る場面は、現実にはなかったのだろう。優奈は、貴石を「タカさん」とよんでいた。その呼称から、どうして小沢貴石までたどりつけたのだろうか。おそらく看護師は、貴石について、もっとさまざまな事情を知っていたのだろう。すでに充分に理解し、「よく分かっている」ということを、優奈に知らせてきたのだろう。知っているという事実を、城市芳樹につたえたかったに違いない。 もしも、貴石が産科医院で自分の姓名を名乗っていたら、この話はどうだったのだろうか。現実には、妊娠を確認する際にパートナーの名を、いちいち聞かないのだろう。なんらかの連絡先として、登録する必要もないのだろう。しかし、そのとき小沢貴石が保険証を提示していたとしたら、電話は彼にかかったのだろうか。それとも、看護師は、ふたりの実名を知ったことで満足したのだろうか。もし、その秘密が無理心中に相当するほどのものだと理解していたなら、彼女はとても口外できないのではないか。「みなかった」、「知らなかった」ことにするのではないか。そんな事情まで、人は口にできるのだろうか。もしそうなら、どんな意図をもってつげたのだろうか。  玲夏は、幾度もくりかえし考えてきたことを、また思っていた。  きっと看護師は、小沢かどうかはっきりしなかったのだろう。彼女は、パニックに落ち入ったのだろう。城市優奈という芳樹の娘が実在し、パートナーを「タカさん」と呼称した事実から、小沢貴石が連想されたのだろう。そう考えると、貴石という名はとても珍しい。奇妙な、すくなくても周囲にはいない名前だった。なにかそう名づけられる、謂れがあったのではないか。優奈は、電話でもとめに応じて、姓の小沢までは話したといっていた。それを聞いたうえで、名前まで知りたがったのだ。つまり苗字は、看護師の想定したいたものだったのだろう。すくなくとも、この電話は、ふたりのあいだに重大な秘密が隠されていること。結婚を許した芳樹が、気づいていない事実がある。それは、もう秘密ではなくなっているという知らせだったのだろう。  城市芳樹は、その現実を知ったのだろう。  しかし、芳樹は、どん風に優奈にバルビツールを注射したのだろうか。彼の行為は、ひどく不審だったに違いなかった。彼女は、抵抗しなかったのだろうか。そのとき、あの部屋でなにが起こったのだろうか。それを考えると、玲夏は胸が熱くなるのを感じた。書斎の鍵は、芳樹が仏壇の抽斗に入れたものだった。三ヵ月くらいたって、彼女は自分の合い鍵を箪笥にしまいこんであるのを思いだした。そこには、さまざまな鍵が一緒くたになっておかれていた。この家には、普段つかわない鍵類がたくさんあったのだ。芳樹は、玲夏にさがせる場所を考えて、仏壇の抽斗を選んだに違いなかった。鍵は、ポリエステルの小袋に入れてあった。そのとき、袋の意味が、はじめて彼女に分かった。 「どうせ、このまま眠れはしないのだ」  玲夏は、手元灯を消して、じっと天井をみつめていた。  やがて、ぼんやりと月がでているのが分かる。光が斜めになってさしこみ、奥にある城市芳樹のベッドを映しだす。先ほどまで爽やかだった秋の風は、もう冷たく変わって緩やかに窓をこえてやってくる。耳鳴りだろうか、蝉の声がする。さかんな響き。うるさいほどの。ふいに涙がでてくる。理由もなく、ただあふれてくる。  結婚してから転居もせず、ずっとおなじ寝室をつかってきた。ただ昔のベッドはもっと大きく、その換わり数もすくなかった。  網戸の窓をあけたままに、青色のうすいロールスクリーンをおろした。布は風をさえぎり、光をさらに弱めた。それでも青い膜を通して、月のあかりはさしこんでいた。弱まった、儚く、かぼそく、満たない光は、芳樹のベッドを照らしていた。止め処もない涙が、頬をつたっていた。  玲夏は、自分の滴が耳をぬらしていくのを感じた。 「待ってください。ちょっと話をさせて、くれませんか」  貴石は、黒い服の女性に追いつくといった。 「なんのご用ですか」  女は、立ちどまった。 「お聞きしたいことが、あるのです。あなたは、青葉区の産科の看護師さんですよね。今日は、これからどうなさるのですか」 「仙台に帰ります」 「真っすぐに、ですか」 「そうです。すぐに帰ります」 「分かりました。帰るの、ごいっしょさせてください」  貴石は、女の痩せた顔をみつめながらいった。この女性は、青葉区の産科の看護師だった。優奈が妊娠検査におとずれたとき、はじめて出会った。女は、その晩、城市優奈の家に電話をして、貴石について質問した。彼は、この眼鏡かけた女性をよく覚えていた。  彼女は、地味な黒い服をきていたから、今日は墓参するつもりで、でてきたのだろう。もし言葉通りすぐ帰るなら、仙台から芳樹と優奈の墓参りをするために上京したとしか考えられなかった。それも、わざわざ一周忌もすぎた平日のお昼を選んだのは、自分の墓参をだれにも知られたくなかったからなのだろう。彼女は、貴石が何ものなのか、よく理解していたのだ。それは、ほんらい、彼は知らないほうがいいことだったに違いなかった。事実、優奈からつたえられた芳樹は、気が狂って無理心中を起こしたのだった。さらに、このあいだの経緯を、貴石はなにも知らされなかった。  小沢貴石は、自分が世の中で不思議な役回りをつとめていると思った。彼は、このまま生きつづけていていいのかも分からなかった。自分のまわりには、たくさんの死がつみ重なっていた。それは、貴石が生きているから起こったことだった。それにもかかわらず、問題なのは、彼は、いつでも理由が聞けない立場だった。まるで、一人前でない、数に入れてもらえないものとしてあつかわれていた。どうして自分が、いつでも「味噌かす」になるのか分からなかった。彼のせいで、長兄のアーちゃんも、次兄のジーちゃんも死んだ。養育してくれた両親は離婚し、母の命とひきかえに大学を卒業した。はじめて愛しあった女性は、原因も不明なまま父親といっしょに死んでいた。 貴石は、この事件を新聞報道で知った。  なんの情報もえられず、仕事も手につかず、思い悩んだ末に、記事が掲載された夜の八時ごろ玲夏に電話してみた。すぐかけなおすとつげられ、一〇分くらいして彼の携帯に着信があった。 「ちょうどいいときに、連絡してもらったわ。ありがとう」 「すぐに知らせなければならないと、思っていたのだけれど。私も驚いて、手いっぱいで、ごめんなさいね」と彼女はくりかえした。  玲夏は、新聞報道の通りだといった。芳樹は、書斎で縊死した。優奈は、眠るように死んでいた。この事件の原因は、分からない。とても驚いて、心細くて、どうするべきなのか見当もつかないといった。  「ちょうどいいときに、連絡してもらったわ。ありがとう」 「あなたには、すぐに知らせなければならないと、思っていたのだけれど。頭が空っぽになっていて、ごめんなさいね」と彼女はおなじことをくりかえした。  それ以上はなにも語らない玲夏に、貴石は葬儀についてたずねた。 「そう。葬式なんだけれど」  玲夏は、そこで咽をつまらせた。しばらく無言の状態がつづいて、貴石は聞いた。 「ぼくは、いかないほうがいいのですか」  玲夏は、だまっていた。  しばらくして、貴石はいった。 「それでは、落ちついたら、どこに墓地があるのか教えてください。墓参りは、したいと思います。それも、ぐあいが悪いのですか」 「ごめんなさいね。かならず、私のほうから、あなたに電話をかけます。ぜひ、墓参りをしてやってください。優奈は、それを心から希望しています。たぶん芳樹も、おなじ思いに違いありません」  玲夏は、そこまで話すと、電話口でぼろぼろと泣きくずれた。 「分かりました」  しばらくして、貴石はいった。 「ごめんなさいね」と玲夏は答えた。  彼女は、墓地は谷中にあるといった。JR日暮里駅のちかくだ。駅で、だれかに聞くほうが間違いがないだろう。そういって、菩提寺の名前をつげた。そして泣きながら、ぜひ墓参して欲しい。落ちついたら、かならず連絡する。申しわけないが、今晩はこれでおしまいにして欲しいといった。  それで、貴石も礼を述べて電話を切った。  現役の医科大学教授が、溺愛する娘と無理心中をはかり成功した話は、週刊誌ではさまざまな憶測とともに記載されていた。なかには優奈が妊娠していた可能性を指摘した記事もあったが、剖検されなかったので確証はえられなかった。父親がわざわざ一人娘を殺害したのだから、普通に考えるなら動機は娘がわに存在したのだろう。どの週刊誌も、そうした論調だった。優奈の男関係については証言がとぼしく、友人たちから恋人の存在を臭わされていたが、特定はされなかった。ましてや貴石の名前など、どこにもなかった。それは、彼がこの世に存在していないような印象をあたえるほどだった。  黒い服をきた女は、山手線にのると上野駅で新幹線に乗り換えるといった。 「切符をもっていますか」と貴石に聞いた。  彼が首をふると、みどりの窓口によって、いっしょに買おうと提案した。  ふたりは、上野駅のコンクリートがむきだしになった、ひくい天井の通路をすすんだ。女は、観念したのか、貴石と肩をならべて歩き、みどりの窓口に入った。いちばん速く仙台にむかう新幹線をたずね、ならんだ二席があいている指定券を一枚買った。そして、貴石がとなりの席を購入するのを待った。ふたりは、新幹線のホームにつくと自動販売機でペットボトルを買い、やがてやってきた列車にのった。車内は、比較的こんでいた。指定席をみつけ、ふたりはならんで腰をおろした。前後の座席には、乗客がすわっていた。 「あなたのお名前は、太田あつこさんだと、うかがいましたが」と貴石は聞いた。 「そうです。太田あつこです」と女は答えた。  彼女は、小柄で痩せていた。上品な感じで、黒いスーツがよく似合っていた。首には、真珠の首飾りをつけていた。  心中事件が記載されたどの新聞にも、黒枠の死亡欄がのっていた。そこには、葬儀についての場所と日時が掲載されていた。しかし菩提寺の名称までは、かかれていなかった。どうやって、あつこは、この寺を知ったのだろうか。貴石は、玲夏に教えてもらえなければ知りえなかった。あつこは、すくなくても彼の出生について、かなり細々とした事情まで知っている可能性があった。  貴石は、この女性を産科医院にたずねることはできた。なにがどうなっているのか、聞きたいと思った。しかし、そうしてみても、彼女は「知らない」としか答えないだろう。それ以上、聞きだす術はないだろう。あつこも、ここまで悲惨な出来事に発展することを予期していなかったのではないのだろうか。たとえ、なにかを知っていても、この事件と関係する以上、絶対になにも話してくれないだろう。  貴石は、優奈とふたりでたずねた青葉区の産婦医院で、あつこと出会ったときの状況をくりかえし思いだしていた。 「昨日、昼にいった産科の看護師さんから電話をもらったのよ。とつぜん、あなたの名前を教えてくれって、聞きはじめるのよ。なんでも、タカさんが看護師さんをみつめたのだそうよ。理由を聞いたら、あなたが他人の空似だと答えたって、いうのよ。それで、気になったって。結構しつこくて、理由もはっきりいわないのよ。小沢だと答えたら、名前も知りたいとくりかえすのよ。私、仙台で働いているから仕事の関係じゃないのかっていったの。しつこいから、これ以上、答える義務はありませんって、切ってしまったわ。それがね。いま、お父さんにこの話をしたら、なんだかすごく深刻な表情になって、だまりこんでしまったのよ。頭が痛くなったといっていた。なんなのだろう。この話」  優奈は、ずいぶん不審に思っていた。  貴石が、この女性に、なにかを感じたことは事実だった。いまとなっては、それが具体的になんだったのかは、はっきり分からなかった。その後の経緯からすれば、あつこがなにか重大な秘密を知っていることを、感じたに違いなかった。医院で、彼は自分の姓名を名乗らなかった。そんな状況ではなかった。それにもかかわらず、彼女は小沢貴石を特定した。どうして、そんなことが可能だったのだろうか。顔見知りでは、決してなかった。彼の顧客でもなかったし、会った記憶も皆無だった。しかし、あつこは、貴石の子供のころを知っていたに違いなかった。しかも、小沢貴石とただの知りあいなら、わざわざ城市優奈に不審な電話を、夜になってかけてくる理由はなかった。あつこが、城市芳樹を知っていたのは間違いなかったが、優奈とは初対面だった。すくなくとも、ふたりは面識がなかった。その不審な電話が引き金となって無理心中が起こり、優奈の妊娠の事実が隠されたのは間違いなかった。だから、貴石は葬儀に参加することもできなかったのだ。  玲夏は、落ちついたらかならず電話をしてくれるといったが、連絡はなかった。だから一周忌の法要も、いつだったのか知らなかった。くるなということだと、理解するしかなかった。玲夏とは、菩提寺を教えてもらった以来、話す機会はもてなかった。彼女が意地悪だったのではないから、ふたりの死後、一度も心が落ちつくことがなかったのだと理解する以外、考えられなかった。  貴石は、今回の墓参も、一周忌の法要の時期が充分にすぎ、命日とはなるたけ関係ない平日の正午を選んできたのだった。それで、あつこと出会った。なぜ、そこに玲夏がいたのかは分からなかった。しかし、あつこがこの日を選んだのは納得できた。  大宮駅では、また人がのってきて、車内は七割くらい埋まっていた。まえの座席は、若い女性のふたりづれだった。旅行にでもいくのか、華やいだ声が聞こえていた。後部の座席は、中年をすぎた夫婦がのっていた。彼らは、ぼそぼそ話していたが、内容はすこし深刻そうな感じだった。  ふたりは、とくになにも会話することなく、列車に揺られていた。  あつこは、ペットボトルのお茶をちょっと飲んだ。上野駅をでたときと、仙台にちかづいたころ、二度ほどトイレに立った。とくに変わった素振りもなく、車窓から景色をずっとながめていた。その品のよさそうな横顔を垣間見て、貴石は、最初に出会ったとき感じた、なにかを思いだしはじめていた。   やがて列車は、仙台駅についた。ふたりは立ちあがり、つれだって改札をでた。エスカレーターでおりたとき、貴石は、あつこにいった。 「すこしでいいんです。できれば、街をいっしょに歩いてもらいたいんです」  女がうなずいたので、貴石はタクシーにのった。 「どこにいくのですか」 「広瀬川です」  あつこは、じっと息を飲みこんだ。  ほどなく、タクシーは、貴石が指示した川沿いの土手にとまった。  ふたりは、ふかい渓谷をつくりながら街の中央をながれる広瀬川の河原をすこし歩き、だれもいないベンチに腰をおろした。周囲には、角がとれてまるくなった石がごろごろとしていた。昔は瀬だったのだろうが、開発がすすんだいまは澱んだ川だった。ちかくに住む人なのだろうか、犬をつれて散歩していたのがみえた。 「城市優奈は、大学院で源氏物語を専門にしていました。春の学会で仙台にきて、青葉城址で出会って、ここをいっしょに散策しました」  貴石は、そういって女をみた。 「宜しかったら、お名前を教えてください」 「おおたあつこ、です」  女は、おなじ氏名をくりかえした。 「教えてください。あなたは、ぼくのお母さんですか」  彼女が驚いて首をゆっくりふるのをみて、貴石はいった。 「では、ないですよね。あなたは、私たちが産科にいった日の夜、優奈のところに電話をかけたでしょう。そこで、ぼくの名前を聞いていた。あなたは、いろいろな事情をご存知なのですよね。ぼくが知っても仕方がないことが、たくさんあるのでしょうね。ですから、全部は、いいのです。多くの事件が、あったのでしょうから。だから、ひとつだけ教えてください。ぼくには、兄弟はいなかったのですか」 「知りません。なにも、存じあげないのです」  あつこは、ひどく真面目な表情で答えた。  「私は、城市先生にご指導をうけ、お世話になったことがあるのです。ずっと昔、はじめてつとめたころの話です。ただ、それだけなのです。城市って家名は、とても珍しいですよね。おなじ苗字の方が、つとめている産婦人科にいらしたのです。奇遇だと、思いました。保険証をみて、城市先生のお嬢さまだと分かったのです。しばらくして、あの事故の記事を新聞でみつけて。それが一年まえの話です。縁を感じて、ずっと気にかかっていたのです。今日、東京にいくついでがあったので、お墓参りをしただけなのです。それで、あなたにまたお会いしました。名前を聞いたのは、ただの興味です。城市教授のお嬢さまだとしたら、お相手はどんな方なのだろうと。俗っぽい、馬鹿げた、恥ずかしい興味でした」 「そうですか」  貴石がだまっていると、あつこがいった。 「お母さんは、どうなさったの」 「死にました。大学に入学した年、食後に胃がもたれるといいだして、検査したら胃がんだと宣告され、三ヵ月で他界しました」 「そうだったのですか。ご兄弟、でしたよね」 「兄です」 「お兄さんですか。申しわけないですが、なにも存じあげません」 「残念です。ぼくは、子供のときから、ひとりだっていわれてきました。もちろん、優しい母がいました。実母でないのは、なんとなく知っていました。中学生のころに両親は離婚し、母はずいぶん苦労して、ぼくを育てたのです。保険の外交をしながら、大学に進学させてくれました。入学した年に胃がんを宣告され、あっという間に死んでしまいました。自分に保険をかけ、受取人はぼくでしたので、お金にはこまらないで卒業できました。母が死んだときに、戸籍をみました。両親とは、血のつながりがないと、はっきり記載されていました。そこにも、兄弟のことはかいてありませんでした。しかし、兄がいるのではないかと、いまでも思っているのです」 「なぜですか」 「激しい妄想をもっているのです。ぼくは、兄に助けられ、命をひきかえにしてうまれてきたという強迫的な思いなのです」 「話してくださらない。聞いてみたいわ」 「ぼくは、真っ暗な、ふかい井戸に落ちていたのです。でも、ひとりではありませんでした。そばに兄がいて、ここでは駄目だというのです。でようって。でも、井戸の縁は高くて、とても手なんてとどかないのです。そうしたら、兄が、よじのぼれっていうのです。それで、肩にのりました。懸命に手をのばしたのですけれど、やはり縁には触れることができないのです。そうしたら、頭にのれっていうのです。それで、爪先で立つと縁にさわりました。触れるといったら、足を手で押してくれて、ようやっと井戸から這いあがったのです」 「お兄さんは、どうしたの」 「声をかけたのですけれど、井戸のなかは真っ暗で、うえからは分かりませんでした。みていたら、いけって、いわれた気がします。それで、あかるい場所にでました」 「どこだったの」 「分かりません。沙漠みたいなところでした。息苦しいほど日が照りつけている、真っ白でひろい世界でした。真っ暗なせまい場所からでてきたので、そう感じたのかも知れません。だれかに会ったら、話して兄を助けてもらおうと思って。あとは、覚えていません」 「お兄さんは、あなたを助けてくれたわけね」 「そうです。それに、もうひとり兄弟がいる気がしていたのです」 「妹さんですか」  淳子はいって、生唾を飲みこんだ。心奥は真っ白だった。 「いえ。兄なのです」  貴石は、彼女の素振りには気がつかなかったらしく、ジーについて話しだした。  彼の話がひとしきり終わったとき、淳子は、恐る恐るたずねた。 「なぜ、あなたは、私を母親だと思ったの」 「よく分からないのですけど、産科ではじめてお目にかかったとき、ああ、この人かなって、ふと感じたのです」 「あなたは、じっと私をみつめていましたよね。とっても優しい目で。あとになって、なんだったのだろうって、思ってしまうほどでした。それで電話して、名前をたずねたりしたのですね。その節には、たいへんご迷惑をおかけしました」  淳子は、神妙は表情でいった。 「ぼくは、自分についての真実を聞いたことがないのです。だれからも、どうしても、教えてもらえないのです。ぼくには、父親が必要だったのです。きっと、母は、子供に愛を教えるです。現実世界を指導する父をもっていなかったぼくは、幻想世界に足を踏みこんだのでしょう。それが、現実には存在しない兄弟や母親なのです」と彼はいった。  あつこがだまっていると、貴石は、ふたつの話をはじめた。  海にすむ大型の獣、トドの新生児は、パップとよばれる。うまれると、親子は鼻をつきあわせてながい時間、確認しあう。そして、決して忘れまいと、たがいに誓う。親は、なにがあっても、このパップを育てようと決心する。同時期にたくさんの新生獣がうまれる繁殖地は、ルッカリーとよばれる。親は、いっせいに索餌行動をとるので、そのちかくの海には餌になる魚はいない。繁殖地を離れ、遠くまで漁にいって、栄養にとんだ乳を充分にあたえられるほど腹を満たしてきた母親は、こみあうルッカリーにもどると、子供にむかって大きな呼び声をあげる。声を聞いてそばによってきたパップのなかで、自分の記憶と合致した匂いがする子にだけ、親は授乳する。だから、親子は鼻をつきあわせ、納得するまで確認する。ミルクは、自分の子供を成長させるため、だけのものだ。違う匂いのするパップに、絶対に分けてやることはできない。うまれたばかりの子供は、親の泣き声を心にしっかり刻みこむ。きっと、生きぬくためにです。この世で母親だけがまもってくれることを、子供は知っているのです。  アフリカで、ヌーの群れが草原をもとめて、乾季にサバンナを大移動する。草の生えている場所にたどりつくには、ワニがいる大河をわたらねばならない。その年にうまれた幼い子は、かっこうな餌で、母親がいっしょでなければ河をわたれない。群れのなかで親をみうしない、はぐれた子供は、おそわれても、まもってくれる親がいないので殺されてしまう。うまれた直後に母親をしっかりと心に刻まない子は、淘汰される。生きる資格をもっていないのでしょう。 「男の顔は、浮かばないのです。白い服をきた女の人が、じっと、ぼくをみつめているのです。涙をながしながら、みているのです。若い方だった気がします。育ててくれた母とは、違う女性だったと思います。あなたでは、なかったのでしょうね。イメージとしては、素敵な、ながい髪をもった人でした。白衣をきていたから、あなたと重なってしまったのかも知れません」  あつこは、だまって聞いていた。貴石が話をやめると、川のながれる音が聞こえた。 「柳淳子さん、というのです。ぼくの出生届をだしてくれた人の名前です。戸籍に記載されていたのです。仙台の方なのでしょうが、ぼくとどういう関係だったのか、さっぱり分かりません。現実にいた人だと思います。優しい方なのだろうと信じています。そうでなかったら、ぼくの出生届なんて、だしてくれるはずがないのですから。母親とは、違うのでしょう。でも、きっと、母とよんでもいい人だったのだと思います」  貴石は、あつこの目をしっかりとみつめていった。  六、淳子  仙台市民病院に就職してはじめての給与をもらった週の土曜日、柳淳子は、友人と青葉城址で会う約束があった。相手は、看護学校で知りあった同僚だった。特別に親しくはなかったが、同郷の出身で四年間ひとつのクラスですごしたから、たがいのことは充分に知っていた。こまかい経緯は、よく覚えていなかった。はじめての給与をもらったら、ふたりでリッチなご飯を食べようと約束していた。淳子は、お金でぶ厚くなった財布をバックに入れて、二階のロッカーで着替えをしていた。そのとき、「師長さんが、あなたをよんでいるわよ」と同僚にいわれた。  四階の内科病棟にもどると、師長が淳子を待っていた。彼女は、いわれるままに六階にのぼった。ひっそりとした通路の奥に部屋があり、師長は鍵をあけた。なかに入ると椅子を指さし、淳子がすわるのをみると、いった。 「はじめての、お給料はもらったの」 「はい」 「よかったわね。すこし、話をしなければならないの。あなたは病院につとめるとすぐ、四月の第二週に一週間の休みをとっていたわね」 「体調をくずしちゃって、みなさんにご迷惑をおかけしました」 「とつぜん電話をしてきて、主任に一週間休みたいっていったそうね。なにがあったの」 「自己管理が悪かったのです。熱をだして。今後は気をつけます」  師長がだまっているので、淳子はつづけた。 「日曜から高い熱がでて、なにも食べられなくて。ふらふらで、検温したら四〇度もあって、電話をしたのです」 「そんなにぐあいが悪かったなら、どうして病院へこなかったの。薬だって、なくてこまったのじゃないの」 「あまりひどいので、病院を受診して飲み薬はもらいました」 「うちにきたの」 「ちかくの医院にいきました」 「どうして、そこを受診したの」 「いそがしくしている同僚のみなさんに、うつしては申しわけないかなって思って」 「どこの病院にいったの」 「六丁目の、佐藤内科です」 「すぐそばね。あなたは、どこに住んでいるの」 「長町です」 「ずいぶん、遠いわね。あなたの家に、ちかくはないわね」 「通勤の途中で佐藤内科の看板をいつもみていたので、ほかの病院は思いつかなかったのです。熱で、ぼうっとしていたのです。タクシーでいって、帰ってきました」 「病気は、なんだったの」 「インフルエンザでした。一週間は、いかないほうがいいといわれたのです」 「診断書は、もらわなかったの」 「そうですね。ぜんぜん気がつきませんでした」 「佐藤先生って、どんな方だったの」 「なにがですか」 「おいくつくらいだったの」 「そうですね。ぼうっとしていたのです。はっきりとは、覚えていません。六〇歳くらいだったかな、もうすこし、うえだったかも知れません」 「髪の毛は」 「髪ですか」 「ながいとか、みじかいとか」 「どうだったかな。だいぶ白くなって、すこし、うすかった気がします」  師長は、淳子をみて大きな溜め息をついた。 「残念ね。あなたが、もうすこしまえから四階病棟に勤務していたら、六丁目で開業する佐藤先生にお目にかかれたのに。康子先生は三年まえまで、内科病棟でいっしょに仕事をしていたのよ。あなたとおなじ、素敵な、綺麗な、ながい髪なのよ」 「ああ、女の先生でした」  淳子は、そういってだまった。 「なにがあったの」 「それで、熱がでて、なにも食べられなくて、力がわかなくて気力がなくて、とても働けなかったのです」 「どうしたの」  師長は、気もそぞろな淳子を、じっとみてたずねた。 「待ちあわせがあって、今日のお昼に約束していたのです」 「大切な人なの」 「友だちです」 「男の人なの」 「看護学校の、山形の同級生で、はじめてのお給与がもらえたらいっしょに食事をしようって、まえから約束していたのです。彼女は、山形県民病院につとめているのです。今日は非番だったから、十二時半に待ちあわせているのです」 「そう、おくれるからって連絡はとれないの」 「電話をしてもいいですか」と聞くと、師長はうなずいた。  淳子は、廊下にでて凍河恵に連絡した。恵は、大丈夫だからぜんぜん心配しなくていいと答えた。また、今度の機会に会おうと話した。  仙台市民病院で総師長をつとめる澤本紀子は、小柄で痩せていたが、背筋はいつも真っすぐにのびた、六二歳になる女性だった。 澤本総師長は、一三歳のときにカソリックに帰依し、マリアという洗礼名をもっていた。貞潔、清貧、従順を信条として看護職に四〇年間ほうじ、五年まえに総師長をひきついだ。宗教的な信奉もあり、日本反堕胎協会の東北支部長をしていた。四月に、産科医会との定期的な懇談会がひらかれた。かねて若い女性の堕胎については、産科医としてすぐに応じないで再考の時間を確保してもらいたい。彼女たちはパニックのなかで、孤立無援の状況で決断する。ほかにもあるはずの扉がみえなくなっているのを、充分に配慮して欲しいと要望していた。 「先生は、そうはおっしゃいますが、現実には、親身になって話にのってくれる方はなかなかみつかりませんよ。両親にも相談できないと思う本人は、まわりには妊娠に気づかれないことだけを考えているのです。つれそってきたパートナーが納得するなら、こちらがなにをいっても仕方がないのです。ひとりでくる者もたくさんいるのですし、つれが友だちのばあいもあるのですから。周囲も無関心ですし、いまの子がドライという部分も考慮しなければなりません」 「それは、みかけということもありますよ。社会のせいにするのではなく、もう一度機会をあたえるべきだと思います。その場では決して行わずに。一度は帰して」  議論を重ねるうちに、四月に市民病院の若い看護師が堕胎をつよく希望してやってきて、説得を試みたがうけつけず、やむをえず施行したという話が、彼女の耳に入ってきた。 「まさか、そんな」  澤本が半信半疑で、「新卒」、「長町在住」という言葉を頼りに勤務表をしらべてみると、該当するものがみつかったのだ。緊急に師長会議がひらかれ、話しあいがもたれた。  師長は、淳子をみつめながらいった。 「澤本先生が、お嘆きになるのよ。若い方がそこまでの決断をするのに、ちかくにいたのに、どうして悩みを聞いてあげられなかったのかと。私たちの力不足だと。もう一度はじめにもどって、みんなで考えなおしてみましょうと。だれにでも、秘密はあるのよ。隠しておきたい、触れられたくない事情。なにも知らない人にずかずかと土足で踏みこまれるなんて、考えるだけでも嫌なプライベートな問題は、あって当然なのよ。でもね、命がかかるたいへんな決断なのだから、そこまで追いつめられた者がちかくにいるのに、そんなことにも気がつかない、私たちは何ものなのかって。そうした方の力になるのが、看護の使命なのに、いったい、なにをしていたのかと。あなたのことを、なにも知らなかった私は、師長として失格だと思ったのよ。知りあった期間がみじかいなんて、いいわけにすぎないのよ。ごめんなさいね、なにも気がつかなくて。なにか、役に立てることはないの」  淳子の目に、涙があふれだした。 「私、仕事がしたいのです。彼には、才能があるのです。あの人なら、日本のロボット技術を、世界にひろめるに違いないのです。妊娠については、以後気をつけます。もう絶対、子供はつくりません。不注意だったのです。親には、いわないでください。彼と考えたのです。ずっと、真剣に話しあったのです」  師長は、だまって聞いていた。  淳子は、看護科の三年生の春、仙台の大学の学園祭でロボットを夢中になって操作する晴彦と知りあった。工学部生だった彼とは、おない年で、ふたりは急速に親しくなり、やがて結婚を誓いあった。 「ちかい将来、かならずロボットは実用化される。洗濯機や冷蔵庫が普及していったように、日本のごく普通の家庭で日常的につかわれる時代がくる。ぼくらが生きているうちにそう変わるんだよ」と晴彦は熱く語った。  太田晴彦は、真面目で努力家だったが、家庭的には不遇だった。小学生のころ、両親を交通事故でうしなっていた。母方の祖父の家で育てられたが、優秀だったので東北大学に進学した。奨学金をもらい、アルバイトをしながら大学に通っていた。選んだ教室の教授に才能をみこまれ、院への進学をつよくすすめられていた。  晴彦は、修士にすすみ、先端的なAI企業に入社し、さらに研究をつづけたかった。淳子は、自分の手で彼の希望を叶えてみたかった。晴彦には情熱と才能があり、やがてつくられた製品が一般家庭に普及する。お金になるかどうかはべつにして、開発した彼を万人が知り賞賛する。それは愛しあうふたりの夢で、そのために働くことに高揚感をいだいた。国家試験が終わり看護師の資格がとれたとき、輝かしい一歩を踏みだしたと思った。  合格発表の夜、淳子は晴彦にいった。 「結婚式は、いずれしましょう。ともかくいっしょに暮らしたいわ。あなたは院にいき、私はお金をかせいで。だれにも頼らず、ふたりの力だけで生活していくのよ。両親だって、反対なんかできないはずよ。それでも駄目だといわれるのなら、そんなもの関係がないわ。そうでしょう」  大学院への進学が決まっていた晴彦も、 「ジュンちゃんが、そうしてくれるなら、ぼくも頑張りたい」と答えた。  その日。だったと思う。その晩、ふたりの愛は結晶したのだった。世界のすべてが自分たちの思いのままになって、淳子が病院勤務に、晴彦が院に通いはじめたとき、妊娠に気がついた。懐妊は、まったく予定外だった。両親を説得し、ようやく手に入るかにみえたふたりの生活、それが基本から崩れてしまう。晴彦に経済力はなかったし、親に相談しても、「妊娠は、無から偶然に生じたわけではない。正式に結婚式をあげて、うみなさい」といわれるだろう。  淳子がつとめつづけるのはもちろん無理だし、晴彦が学業をつづけることにも非難はでてくるだろう。ふたりでさんざん悩んだけれど、現実には「うめない」という結論は最初から決まっていた話だった。 「やめるわ」と淳子はいった。 「ジュンちゃんが、いいっていうのなら」と晴彦は最後にかぼそい声で答えた。  それで、両親にもだまって堕胎したのだ。一週間休みをとって個人病院でそっと処置をしたのに、どういう経緯か分からないが、師長の知るところになった。  晴彦とは、その年の暮れに結婚した。彼は博士課程にすすみ、ふたりは避妊につとめた。やがて念願が叶って、最先端のロボット技術で有名な大企業の研究職についた。淳子は彼について東京にいった。  晴彦は、懸命に頑張ったが、やがて才能にも先がみえはじめた。二年悩みつづけ、四〇歳のときに総合職に転換した。  晴彦は、才能もあったし、努力家だった。しかし、自信家ではなかった。もうすこし押しがつよければ、自分を売りこむことができると、淳子が歯がゆくは思う場面はたくさんあった。彼は、父親がいなかったから、世の中の仕組みをだれからも教えてもらえなかったのだろう。もっと偉くなれたはずだった、と淳子は幾度も思った。  職種が営業に変わって仙台にもどってきた翌年、この地方は大震災に襲われた。借りていたマンションは、さまざまな事情で住めなくなった。それで、仙台に土地を買い、一戸建ての注文住宅をたてることにした。幾度も住宅メーカーをたずね、盛りあがって些細な構造まで考え、夢を語りあった。一年後、気に入った一軒家がつくれ、故郷で、ふたりで、ずっと仲良く暮らすつもりだった。  ところが五年まえ、会社があたらしく立ちあげた、ヴェトナム、ハノイの部品生産部門に、副支店長として赴任する辞令が晴彦におりた。ずいぶん考えて、結局、彼は単身赴任した。そのときの予定では、二年の期間だった。二年後に、晴彦は、ハノイの支店長に昇進した。コロナが流行するなか、脱中国のながれから業容は拡大し、ホーチミン市にも金型部品生産工場ができた。彼は、研究職ではどうしても力量を発揮できなかったが、営業職で才能が開花した。しかし、晴彦はコロナのせい帰国できなくなっていた。赴任は一年ずつのび、五年たったが帰国の予定はなかった。  子供がいれば、こんなに離れて生活することはありえなかった。東京ではふたりで、「息子がほしい。娘が欲しい」といいつづけて暮らした。一度は妊娠したのだから、どちらかに問題があったわけではなかった。一生懸命、五年間避妊したのは、なんだったのか。いまでは、笑い話にもならなかった。  暗い闇のなかで輝く庭園灯が、地を覆う黄色いリシマキアを、淡く照らしている。途切れずに泣きつづける虫の音を聞きながら、淳子は思った。 「貴石。だれも教えてやらないのに、どうしてあなたは、すべてを知っているの。いったい、人ってなんなのだろう」  凍河恵は不審死だったので、司法解剖がなされた。死因は溺死で、他殺の疑いはなかった。剖検の結果を記載したノートをみる機会があり、淳子も読んだ。そこにはふたつの胎盤のあいだに、もうひとつ痕跡をみとめるとかかれていた。それで、産科の医師にその意味を聞きにいった。 「胎数が、減少したということだよ。バニッシング・ベイビーというのだがね。じつは着床直後には双子はかなりいて、母体のなかで競争するのだよ。弱いほうが負けて、つよいのが生きのこる。競争なんだよ。要はうまれでる以前から、生きのこるために人は戦っているのだね。まったく嫌になるけれど、それが事実らしい。このケースでは、じつは三つ子だったというわけだ」  産科の医師はいった。   「そうなんだ」とそのときは思った。  違うのでは、ないのか。  貴石の話を聞くと、胎児は決して争っていたのではないと確信できる。お母さんのお腹はそんなにひろくはなく、三人はとても育つことができなかった。だから真ん中の子が、みんなのために自ら犠牲になったのではあるまいか。とつぜんの事故が起きて、ふたりがでてくる猶予はあたえられなかった。だから貴石のために、アーちゃんは自ら贄になったのではないのか。儚く弱い、小さな命がひとつにあつまって、彼を生みだした。それを知っている貴石は、どんな環境であっても必死に生きぬこうとした。たくさんの管につながれ、目もあけることもできない状況のなかで、死に物狂いで母親を嗅ぎ分けようと試みた。そして、成し遂げたのではあるまいか。生きる、生きのこるとは、貴石のそうした努力のあとについてくるものなのだろう。  淳子は、仏壇においてあった小石をもってきて、ぼんやりとながめていた。  はじめての救急当番。三〇年以上もまえになる、重陽の節句の日。はこばれてきたお母さんの姿。四年間、いろいろなことを話しあった私たち。あのときはじめてみた、大きなお腹。淳子は、ただただ驚いてなにもできず、部屋のいちばんすみで、みんなが必死に命と戦うのをみていただけだった。あのとき、お母さんの服のポケットに小さな石をみつけた。広瀬川の河原の小石が、この騒動のなかで、偶然にひとつ紛れこんでいた。みんなの仕事の邪魔をしながら、震えながら、ただ石をにぎりしめていた。貴石は、なんでも知っている。だれも教えてやらなくとも、みんな分かっている。彼のいう通り、私は母親なのだ。  自分たちの将来のためとして、気持ちひとつで勝手に殺してしまった名もない命。私たちは、なんと愚かな選択ばかりをくりかえしてきたのか。そのなかで生きて、のこってきた命、それは何ものにも換えがたい。  主人のいない夜、とくに秋の日。寝室に意味なくおかれたふたつのベッドのひとつをしめ、淡い青色のレースのカーテンごしに入ってくる、さらに弱くなった月光が「ぼー」とみえる。月の光がかぼそいのは、雲もかかっているに違いない。虫の声が、ひっきりなしに聞こえている。暑かった夏が終わったことがよく分かり、これからやってくる季節を、みんなが教えようとしている。  凍河恵も、小沢裕子も、こうして窓から斜めに入る月光をみて、となりにだれもいないのを確認したのだろう。今夜は城市玲夏も、この弱々しくさしこむ月の光に、おなじことを思っているのではないか。恵は、芳樹を信じていたのだろう。そうしたかったのだろう。だれもいない寝床をみながら、きっと帰ってきてくれると思ったのだろう。裕子も、そうだったのではないか。玲夏も出来事すべてが信じられず、朧にみえるとなりのベッドに、芳樹がいまにも帰ってくる気がしているのではあるまいか。  晴彦は、貴石に似ているように思った。思春期に父がいなかった彼は、自信をもつことを教えてもらえなかった。だれよりも努力家だったけれど、報われないのを、いつも当然のように考えていた。自分の存在をみとめてもらうように、もっと会社にアッピールしてもよかった。実力をもっていたのだから。彼は、研究職としては芽がでなかったが、営業職としてみとめられた。うまれてはじめて、正当な評価をうけていた。ヴェトナムは、彼にとって人生が変わった場所になっているのだろう。  晴彦さん。あなたは、帰ってきてくれるのでしょうか。   秋の孤閨に思う   青い窓から弱々しい月の光が部屋の奥までさして、すべてがぼうっとみえる。 蝉の声が聞こえてくると、悲しみが増し、はらはらと涙がこぼれ落ちる。   夜明けに、夢であなたがいる辺境の砦をみた。   どの道がそこへつづき、どうしたら会えるのだろうか。                      張仲素                             碧窓、一五八枚、了