総合人権相談所 由布木 秀 蛍光灯が切れかかった廊下は、うす暗かった。一瞬あかるくなると、もとの暗さにもどった。輝こうと幾度もちかちかと努力をくりかえし、ようやく光ると、すぐに薄闇にひきもどされた。暖かい石づくりの建物は静かで、脇田の靴音だけがひびいていた。所長の部屋からあかりがもれているのが、とおくからも分かった。ちかづくと、扉が半びらきになっていた。脇田弘一が一瞬ためらうと、「だれか、いるのか」という副所長の蓮田の大きな声がした。 「脇田です」 「ああ、君か」 伊部所長のふとい声がした。 「扉が、あいていましたので」 「かまわない。入っていい」 伊部の言葉で、脇田はなかにすすんだ。 所長の伊部次郎は、正面のいすに腰かけていた。机と扉のあいだに来客用のテーブルとふたつのソファーがあり、伊部のちかくに蓮田がすわっていた。ひろい所長室の両壁は本棚が造作され、書籍が天井までぎっしりとつめられていた。正面の大きく切られた窓のカーテンごしに、脇田がぬけてきた道と落葉松の林がみえた。北国のすんだ日差しに輝く針葉樹の紅葉は、今日がいちばんの見ごろだった。普段はなんでもない林が、ある日とつぜん荘厳な黄金のソファーに変わる。落葉松の紅葉は、山一面をしめてはじめてうまれる、一瞬の檜舞台だった。雲ひとつない空から降りそそぐ陽光は、黄金の山を輝かせていた。 「奨励書のことだな。こっちへきなさい」 輝きに背をむけた伊部はいった。すがすがしい朝の光にむきあう脇田は、手にしたうすいコートをソファーにおいて、彼の右端にすすんだ。 「やはり、うまくいかないのか」 伊部は、たずねた。 「どうしても、でません」 「それでは、仕方がないな」 「第三区分法でも、意識存在区分法でも、解析してみました。先日、所長もいいとおっしゃった方法です」 「あのときは、結果がでると思ったからだ。君が成果をだそうとしなければ、解決されないことがどうして分からないのかね」 背広をきた大柄な伊部はいった。 「学説に反するなら、どれほど考えてもみとめられないだろう」 痩せた蓮田が、ネクタイの襟元を緩めながら口をひらいた。 「この結果を、支持する文献も多々あります」 「君は、そればかりをくりかえしている。えられた結果が正しい、という前提を固持している。まえに話した通り、少数意見ではうけ入れられないのだ」 「北海道総合人権相談所、設立以来、一〇〇年の全症例を解析したのです。どういう結果であっても、意味があるとはいえないのでしょうか」 「考えが逆だ。結果がでる方法をさがさねばならないと、先日も話しただろう。それで、違う分析方法を提示したのだったね。それでも答えがでないなら、さらに基礎的な地点まで遡って考えるしかないだろう」 「第三区分法が、間違っているということですか」 「そうではない。くりかえし話した通り、結論が正しくみちびかれなければ、どんな努力も無意味だ。どうして、分からないのかね」 「これ以上に正しいことを、どうやって検証するのですか」 「結果が定説に反する分析は、間違いだと所長はいっているんだ。脇田君」 「べつに、そういうわけでもない」 伊部は、眼鏡を机におきながら脇田をみた。 「はっきりしているのは、結果なのだ。正しい結論がでなければ、奨励書の対象にはならない。それが欲しいのならば、学会にみとめられる結果を提出する必要があるんだ」 「なにを、やっているんだ」 蓮田の言葉に振りむくと、所長秘書の遠藤舞子が立っていた。 「お茶を、もってきました。脇田さんがいるとは知らなかったので、所長と蓮田さんの分だけですけれど」 「ああ、もらおう」 伊部は、溜め息をつきながら答えた。 遠藤は、背の高い目鼻だちのはっきりとした美人だった。二〇歳で秘書になったはずだから、いまは二二歳だろうと脇田は思った。お茶をだすと、盆をかかえたまま、彼女はとうとつにいった。 「伊部先生。脇田さんの結果が学会の多数派と違うからといって、なぜそれが間違いなのでしょうか」 あまりに、思いもかけない発言だった。脇田は、遠藤がなにをいったのか分からなかった。しばらくの沈黙のあとで、蓮田が口をひらいた。 「君が話すことではない。遠藤君は、なにを考えているのか」 「もちろん、そうですが」 遠藤は、困惑した表情になった。 「あたりまえだ。もういい。帰りなさい」 「脇田さんが、ここのすべての資料を、一日に三時間しか眠らずに三年にわたって研究するのを私はみてきました。その結果が、少数派だからだめだなんて」 「君になにが分かるんだ。みんなそうしてやってきたんだ。だいたい君は、こんなことに口をはさむ立場ではないだろう。遠藤、脇田となにかあったのか」 「秘書室に帰りなさい。今後こんなことをしたら、考える」 伊部は、不愉快そうにいった。 「すみませんでした」 でていく舞子の顔は蒼白になっていた。 「まったく、いまの若い者は立場を知らない」 蓮田は、うんざりとした表情でいった。 「だいたい、君もそうだ。所長が、だめだといっているんだ。君が何年考え、どれだけ頑張ったかは興味がない。所長がいいと思える結果がだせないなら、脇田君のテーマはおしまいなんだ」 「そうはいっていない。基礎的な問題だ。君が考え方をあらため、結果をださなければこのテーマで奨励書はだせない。これは、仕方がないことだ。君が、頑張ったのは分かっている。だから、ながいこと君の話につきあってきたんだ。だめなら、べつのテーマをもう一度、考えてもいい」 伊部は、おかれた茶を飲んだ。 「遠藤は、いつになってもうまいお茶が入れられない」 「分かりました。時間をいただき、ありがとうございました」 脇田は、伊部にふかく頭をさげた。 「蓮田さん、失礼します」 「あまり所長をわずらわすなよ」 蓮田は、こまったものだという表情でいった。 伊部は、脇田弘一がさしだした資料を一瞥し、「またな」と声をかけた。 彼が部屋をでて、ちかちかする蛍光灯の薄暗がりを歩いていると、後ろから足音が聞こえ、振りむくと遠藤舞子がいた。 「ひどいわね」 舞子は、脇田の顔をのぞきこんでいった。 「ありがとう」 彼は、今夜は冷えそうだと思った。 その日、脇田は舞子と夕食をともにした。彼女が、「奨励書の話を聞いてみたい」といったのがきっかけだった。舞子は、花柄のワンピースでやってきた。 脇田がつとめていたのは、北海道総合人権相談所で、域内の想定対象者は五五〇万人だった。彼の専門は、成人早期、営業、正規雇用、人権環境で、年間一〇〇〇件相当の相談があった。脇田は、北海道総合人権相談所、設立以来約一〇〇年にわたる専門領域の症例を、すべて解析したのだった。それは、いたるところに散逸した資料だった。倉庫室はもちろん、まったくべつな地域の貸し倉庫にあずけられた文書もあった。一部は、東京の本局にだされたまま不明になっているものも存在した。これらを、可能なかぎり収集するのに二年がかかった。しかし一割は、どうしても入手できなかった。あつめた九〇%、七万余例にたいし、彼は三年にわたり、自己領域で解決しえたのかどうかを追跡調査した。こうした探究は、北海道でもほかの地区でも行われたことがなかった。それにもかかわらず学会では、総合人権相談所の各専門分野での解決率が七〇%とされていた。数字は大家からだされ、根拠も不明なまま通説になっていた。 所長も副所長も、脇田の分析がこの七〇%を支持する素晴らしい結果がでることを期待した。しかし彼がえたのは、予想に反し、人権問題のほとんどは解決されず、時間の経過とともに忘れられ風化されているという結論だった。どう分析しても、五〇%を上回ることはなかった。所長は、脇田にかずかずの助言をあたえ、基礎的な問題に遡る方法にたいしてあたらしい提案をした。蓮田副所長も、解析方法に誤りがないことを確認してくれた。しかし、結果は通説を支持するものではなかった。さまざまな分析にもかかわらず、解決率は七〇%にはならなかった。すくなくとも彼の専門分野、成人早期、営業、正規雇用、人権環境では、おおむね四〇%が解決されただけで、のこりの八〇%はほかの複数の専門領域にまわされていた。最終的には、相談者があきらめたのか、足取りが取れなくなっていた。 脇田は、ホテルのレストランで食事をしたあとで、バーにうつって舞子と話した。 「蓮田先生は、脇田さんの分析が画期的だっていっていたのよ。ほんとうに、やんなるわ。あのとき、伊部先生とふたりでなにを話していたと思う」 「どうせ、N研のことだろう」と脇田は答えた。 「もう、代わる代わるなんだから」 「なんで、いやになるんだい」 「だって、節操がないんですもの」 その言葉に、脇田は違和感をいだいた。だいたい酒によわい彼がこんな調子で飲んで、ながくもった試しがなかった。頭痛がして気がつくと、舞子はとなりで眠っていた。化粧が落ちても彼女は綺麗で、北国のうまれらしく白いうなじが印象的だった。かなり乱れたなと、彼はぼんやりと考えた。ごそごそと起きだし、意志がよわいなとまた思った。 山谷がハンサムとは、脇田は思えなかった。 「きっと、特別な理由があったわけではないんだよ。気まぐれだと考えたほうがいいね」 「おれも、そう思うよ。でも意外でね」 山谷は、空港のレストランでバイエルンビールを飲んでいた。 「このソーセージは、うまい」といいながら三皿目に手をつけ、屈託なく飲食していた。 「痩せの大食いだね」 「仕事上、なかなか機会がないものでね。女は、やさしいから同情してくれた。そう思って、忘れることだね」 「すべてをかい」 「全部は、無理かも知れないね」 山谷は、いつでも暇という話だったので、待ち時間があった脇田がメールすると空港にあらわれた。 「その子、やめさせられるのかな」 「所長の不興は、買ったと思うね」 「なんの利益もないことをして、エリート相手に玉の輿を考えたんだろうか」 「よく分からない。そんなに馬鹿にもみえないが」 「そうだね。若い子に馬鹿はいない。でも、そんなに利口でもない」 所長秘書という職は、公的な資格ではなかった。国は、給与体系をもっていなかった。所長が自分で勝手にやとう職種で、その費用がどこからでるのかは、だれも詮索はしないことになっていた。 「そんなに、もうかるのかね」 「結局は人事権だが、昔ほどひどくはないと思う」 「研修制度が、はじまったからか」 「それは、大きなことだね」 「あんなに細分化していては、話にならない。たしかに時間外をうけつけてはくれるが、待たされるだけだ。分からないから、明日、専門家にいってくればかりだからね」 たしかに、よく分けられたものだと脇田は思った。人権相談は、まず年齢と雇用で大きく分かれている。年については、幼児、児童、学生、成人。さらに、熟年、高齢、超高齢に分割される。成人は、早期、中期、晩期の三期があるから、九の区分となる。さらに分野として、人権心理、人権認知、人権把握、人権環境に四領域に分割される。雇用形式は、正規、嘱託、派遣、パート、フリーの五つに分ける。また管理形態については、一般、管理、超管理、雇用主という四つの形がある。だからこれだけで厳密には、九×四×五×四、七二〇区分となる。金銭授受にかんする職業のばあいは、さらにこまかく分けられ、製造業、商業、営業などの一般的な職種分類がある。したがって、現在もっともあたらしい問題領域、たとえば人権存続については、どれだけの分岐が可能なのか、専門家でも諸説が分かれている。都道府県にひとつずつつくられた総合人権相談所では、おおむね一〇〇の領域に分割して担当している。その下部におかれる、複数の第三次総合人権相談所では、すべての分野で対応可能になっている。国は、ある程度の大きさの人権相談圏を想定し、第二次総合人権相談所が義務づけられている。ここでは、一〇〇領域のすべては網羅できないが、五、六〇%の人権相談に応じられる。問題は、各市町村につくられた公的な第一次総合人権相談所だった。都会は、すでに充足し、民営の相談所も多々あるので人権相談過剰地域となっている。いっぽう地方、とくに過疎地域では、一〇%の分野の専門家をかかえることも到底不可能だった。最低、人権心理、認知、把握、環境の四分野に対応できるよう注力しているが、人員の確保はむずかしい。この傾向は、研修制度がはじまってから、はなはだしくなった。 あまりに専門化し、細分化されたことが原因だった。国家上級公務員試験に合格し、人権省にすすんだエリートにたいし、かつては専門性を重視した教育がなされてきた。各々の人権訴訟にたいして専門の人材をつくれば、必要に応じて問題にむきあうことができると考えられた。諸外国では、細分化の弊害ははやい段階であきらかになり、警鐘が鳴らされていた。ご都合主義が蔓延した人権省に展望がなかったのは、事実だった。 専門性を高めると、なにが問題になるのだろうか。たとえば一〇〇〇人の人権問題があったばあい、ひとりひとりが個別の事情をかかえているので、かならず複数の専門領域にまたがる。極端にいえば、相談にくる者と同数の専門家を育成すれば解決できるが、実際には不可能だった。二、三年間、集中的にかぎられた分野を担当させれば、ある程度まで専門の者たちを育てることができる。ところがこうした専門職は、領域がまたがる実際の現場では役に立たない。第三次機関にいれば一役を担えるが、多くの分野がもてない第一次機関では、お手あげ状態になる。彼らは、教科書的な典型例に対応できるだけで、さまざまな家庭事情、就業環境などを総合して勘案することはできない。その結果、人権のたらいまわしがはじまる。さまざまな人権課をつぎつぎにまわされ、最後は、第三次総合人権相談所で対応待ちにされるのだった。 そこで国は、かなり高い水準まで全体像を把握できる人材を育成することを考え、総合人権研修が制度化された。国家上級公務員試験で人権省に配属された職員を、前期二年、後期一年の三年間を研修させ、人権問題一般に対応する総合人権家をつくろうとした。しかし、はじめてみるとかなりの実地研修が必要で、専門家を育成するよりずっと時間がかかる事実が分かりはじめた。また費用的にも、莫大になることが判明した。こうした人権省の肥大化から、各都道府県の第三次総合人権相談所、一定の相談圏を想定する第二次総合相談所と、市町村にある第一次人総合権相談所をふくめて、可能な相談施設は独立法人化し、財源をべつにする処置が取られた。とはいっても、すべての施設を法人化することはできなかった。過疎地域では、とても無理な話だった。 中学高校時代からの親友だった山谷は、脇田弘一とおなじ大学にすすんだが、一年生のとき女性の問題に落ち入り留年した。小説家を目指した時期もあったらしいが、脇田が人権省に入るころには音信不通になっていた。ところが今年の春に配布された高校の同窓会名簿に、メールアドレスが掲載されていた。なつかしく思ってメールしてみると、札幌市のちかくに住んでいるのが分かった。会うと、昔の面影はすっかりなくなり、小説もあきらめ、髪結いの亭主みたいなことをしていた。完全なアウトローだったが、共通の話題も多かったので個人的なつきあいはつづいていた。 「なにがほんとうなのか、考えても仕方がないさ」 黄色いセーターをきた山谷は、痩せて背も高くはなく、ながい髪で耳にピアスをしていた。脇田は、翌朝、東京にいくために空港のホテルに泊まるつもりだった。 「奨励書は、そんなに必要なのかい」と山谷が聞いた。 「いや、たいしては」 なくてもとくにこまらないが、いわば「箔」みたいなものだった。 「偉くなるっていうのは、ご面倒なことだな」 山谷は、酒を飲むとすぐに顔が赤く変わるが、それからもずっといけるほうだった。 「みとめられるかはべつにして、七万を解析した真実を発表したいんだ。学会が否定しても、仕方がないと思う。どうやっても、結果がそうなんだから。この道をえらんだ集大成といえるものなんだ。権威者にとっては誤謬であっても、ぼくにとっては、まぎれもない真実なんだ」 「そういうのって、お金をだしたら買えないのかい」 「いくらかのお礼は必要だ。面倒をかけるのだからね。しかし、ぼくのばあい、結果そのものが論点なんだ。それにこだわらなければ、お金はたいした問題ではないよ」 「どのくらいなんだい」 「うちの所長は、あまり取らないよ」 「けっこう要求する者も、いるってことだね」 「そういう話は、聞いている。所長の商売という人もいる。結婚式でも仲人に立って、ずいぶん取ったりするらしい」 「人事権とは、そうしたものも、ふくめているんだな」 「人権相談所の存続にかんしては、市町村長の首もかかっている。さまざまな名目で、お金がでるんだろう。表にはあらわれないから、税金も必要がないものなんだろう」 「そういう人事権がなくなったら、こまらないのかい」 「そうだろうな。それに変わるものがあれば、当面はいいんじゃないのか」 所長室には、東都研究所の綾部がきていた。伊部と同郷の出身で、大学の先輩後輩の関係にある彼は、世界にも進出する国際優良企業の札幌センター長で、穏やかで品がよかった。ほとんど頭髪がなくなっている伊部所長よりも三つ下のはずだが、素敵なロマンスグレーの髪で、うらやましく感じられるほどだった 「伊部先生は、成人、人権心理の部門では、最高の権威なのですから。今回の研究には、児島先生も大変興味を示しておりまして」といいながら内容を説明し、契約を希望した。 日本人権問題研究支援機構、略してN研は、人権相談業務を補助する、国内外三〇社ほどの企業から構成されている。かつては国営も存在したが、民営化の移行が国家の肥大化を軽減するとして選挙の争点にもなり、いまはなかった。伊部が副所長だった一五年くらいまえには、官民あわせて二〇〇ちかい組織があった。大型外資企業の参入が相つぎ、事案をただまとめる仕事では採算が取れなくなり、あたらしい研究ができない企業は倒産するか合併をしいられてきた。国内には有力企業が五社ある。合併をくりかえし大型化する外資にたいし、研究支援機関は、日本全体で一〇社程度まで減少するだろうと考えられている。 伊部は、この申し出をうけると話した。いまの時代は、こうした大規模研究を受注しなければならない。人事権をうしないつつある所長職を意味あるものにし、権威をまもるためにも必要だった。 綾部は、丁寧な礼を述べ、敬意をあらわしながら所長室からでていった。いなくなった扉の上部には、北海道総合人権相談所一〇〇年の歴史をつくった、八人の所長たちの写真がかざられていた。伊部次郎は九代目所長にあたるが、このあいだにふたつの大戦があり、人の考え方が大きく変わった。とくに最近の一〇年は、人権への意識はおどろくほど高まり、彼が入省したときには、考えもつかないほどになった。人権省は純然たる国家機関で、人権問題を最前線であつかう総合人権相談所は、その出先機関だった。肥大化をつづける領域にたいして、国家は予算に限界があるため、公営、民営を問わず、できるかぎり財務を国から切りはなそうと考え、独立法人化をすすめてきた。伊部の同期は、この法律が施行される以前に、半分以上のものが支援機関に天下った。中枢にのこる出世競争を戦ってきた彼の世代は、国家に裏切られたと感じた。都道府県にひとつという規定でおかれた直属の総合人権相談所をのぞけば、どんなに頑張っても公営機関にはいられなかった。 そこに、研修制度が施行された。細分化の弊害により、若手の専門家は過疎で実務をこなせなかった。いっぽう人権問題は、個別対応が可能となり深化した。伊部は、成人晩期、超管理、営業の人権心理では最高権威だと信じ、公にもみとめられていた。こうして細分化があるからこそ、たがいの領域の縄張りをまもって一〇〇の分野が成立していた。MVPが表彰されるのは、かまわない。しかし同時に、首位打者、打点王、本塁打王、最少防御率、最多勝利、最多セーブが存在して、はじめてみんなが輝くことができる。打率と本塁打はべつの競技で、勝利とセーブは貢献の意味あいが違う。こんなことが分からないで、なぜ細分化を否定できるのだろう。 研修制度がはじまる、五年まえだった。幼児、人権心理の専門家を、山元市第二次総合人権相談所に派遣する必要があり、伊部は、三年間面倒をみた岡山という相談員をおくった。三ヵ月たって、彼は面会にきて、二次相談所の所長とは馬があわないといった。 「ある程度は、我慢しないと。人生は、忍耐のうえにあるんだ」 伊部は、話した。 「伊部所長が分かってくれないのなら、私は、民間の人権相談所にいきます。両親も、いいといいました」 岡山は、憮然とした表情で抗議した。 「なんで親がでてくるんだ。おまえ自身の問題だ」 口にだそうとすると、岡山はガムを噛みながら話していた。 伊部は、あまりの幼さに唖然とした。あのときに、人事は崩壊していたのかも知れない。この国は矛盾だらけだが、もともと人間がそうなのだ。人権を、まもりたくない。これも、権利なのだ。人に、迷惑をかけたい。これも人権なのだ。 大規模研究支援機関は、こうした問題をひとつずつ解決しようとしている。公的な機関はともかく、営利をもとめない企業は存続できない。研究量に応じ国から研究費が交付される。あまりに安い費用で研究すると、つぎの年度の予算規模が縮小される。矛盾だが無視できない問題で、伊部の生活は大規模研究にささえられていた。 伊部所長は、安い給与で頑張ってきた副所長の時代を思いかえした。先代の大谷所長はきびしかったが、我慢して所長になれば、しのんできた行為を正当化できると思った。研究分野をしっかりうけつげば、その分野では第一人者、絶対権威になれるのだ。努力はむくわれ、栄光はちかくにあると考えて、大谷所長を助け、裏方に徹し、よごれ役はすべてひきうけた。 所長と副所長は、主席と次席ではない。いちばんはたしかに伊部自身だが、二番もやはり伊部なのだ。三番も四番も、ずっと九番まで彼なのだ。副所長は一〇番で、伊部がそうだったのだから、蓮田もおなじように裏方に徹し、よごれた仕事は、みんなしなければならない。そうして権威はまもられ、秩序がたもたれるのだ。 ぼそぼそ話していると、「ここにいたんだな」といいながら堀田があらわれた。 「明日は、いっしょに東京の人権立案会だろ。たぶん空港に泊まると思って、さがしていたのさ。同期がメールで連絡を希望しているのに。脇田。冷たいんじゃないのか」 堀田陽平は、脇田と同期で北海道総合人権相談所の同僚だった。背がすらりと高く、顔だちもととのった若いエリートとして女性に人気があった。ただ調子がいいばかりで、脇田弘一は、彼を好きではなかった。 「でも、脇田は、意外にやさしいらしいな」 携帯をみると、たしかに堀田からメールがとどいていた。 「遠藤舞子から話があってな」 「舞子だって」 脇田は、意外な発言でおどろいた。 「ちょっと話がしたいんだが、邪魔して悪かったかな。よければ紹介してくれよ」 「なんのことだ」 「たいした話じゃないさ。聞く人にもよるがね」 嫌味な奴だと、脇田は思った。 「高校の友だちだよ」 脇田は、山谷を紹介した。堀田は、彼をジロリとみて「フーン」と鼻を鳴らした。 「ずいぶん品のよさそうな方で、お仕事はなんなんでしょうか」と話した。 「フリーターで」 「お友だちとの話が、終わってからでもいいさ。おなじホテルだから、あとでも。よかったら、お友だちもいっしょに部屋でどうかい」 「でるか。堀田さんの話を、聞いてみたいね」と山谷はいった。 「いいよ。山谷さんも専門家らしいから、共通の専門領域について話をしようじゃないか。メールに部屋番号が入っているから、きてくれよ。おれは、酒でも頼んでおく」 堀田陽平は、ウインクをしてでていった。 「あれがジゴロの堀田か」と山谷はいった。 「どうせ、つまらない話だぜ。舞子がなにかをしゃべったんだな」 「おれは、そういうつまらない話が好きで生きているんだよ。人権相談専門の先生のお話でも、聞いてみるか。会計はお願いするよ」 山谷は、楽しそうにいった。 「割り勘でもいいんだぜ」 「そうはいかない。仕事柄、自分で払うことはできないのさ」 「ヒモの面子かい」 「そんなところかな」 ふたりが廊下にでると、空港は混雑していた。いやな予感がした。脇田は、いきたくないと思った。だいたい堀田とは肌があわないから、ほとんど話もしたこともない。どうせろくな話題ではないだろうし、山谷がなにを考えているのか分からない。彼は、これから、どういうことになるのか、ある程度、予期しているのかも知れない。なんだかんだいっても、人間観察にかんしてはプロらしい。 空港ホテルに入り、指定された最上階の部屋にむかっていく。みょうだなと脇田が思うと、山谷は笑っている。なにがおかしいのか、脇谷には分からなかった。ドアベルを鳴らすと、扉がひらき堀田がでてきて、「はやい起こしで」といった。その瞬間、酒の匂いがした。空港のレストランで山谷と飲んでいたときは、はっきりと分からなかった。堀田は、いっぱいひっかけていた。スイートルームで、奥にもうひとつ部屋があり、遠藤舞子がいた。 「舞子、こちらは山谷さんだ。おかたい脇田さんの友だちなんだそうだ。彼は、思っていたよりずっと器用な人間らしい。ところで、山谷さんのお仕事はなんなんでしょうか」 シャンパンを片手に堀田はいった。 「人の気持ちを、やさしくさせる仕事かな」 山谷も、酒を手に答えた。 「実業家では、ないのですね」 「虚業でもないね」 「人権は、まもられているんでしょうか」 「充分に、ですよ。どちらかといえば、まもるのが仕事というべきでしょうか」 昨日とは違う、黒いシックなツーピースをきた舞子が泣いていた。脇田は、彼女が堀田に夢中だという話を思いだした。 「どうしたんだい」 脇田は、舞子にたずねた。 「どうしたもないよ。無理やり、脇田に辱められたって話なのだが、これは大変な問題だ」 「まさか」 脇田は思わず、舞子をみた。 「なるほどジゴロの堀田さんが、脇田さんを嵌めたわけだね」 山谷がいった。 「なぜ、おれが、そんなことをしなければいけないんだよ」 「そこは、分からないね。舞子さんは、可愛そうだね。つまらない男を好きになって。私の仕事は、そういう女を慰めてやることでね」 「ヒモってわけか」 「それは差別語で、人権的には問題だね」 「ジゴロは、蔑視語ではないのかい。もちろん、おれは彼女に貢いでもらっているわけではないがね」 「それは、やさしくないからだね。大切に接すれば、女はすべてをくれる。ジゴロは、やさしさではなく、脅して関係を成立させている。ヒモはやさしくすることで結びつくから、徹底的に違う。若い女はみんな、えられないものを追いもとめる喜びを、愛と錯覚する。それは、間違っている」 「ヒモの生活に、愛があるのか。女性を食い物にして、暮らしているだけなんだろう。なぜ、君みたいな、なんでもない者に女は貢ぐんだろうね。山部さんは、ヒモという妄想をみているだけではないのかね」 「女は、だましたりはしないよ。なぜなら、私が女性にたいして正直だからね。ジゴロは女をだますことに喜びを感じるから、だいぶ違うだろう。それは、性格破綻だ」 「まあ講釈はいい。彼女が人権相談を、するかどうかだ」 脇田は、舞子をもう一度みると、うつむいたままだった。 「脇田さんを嵌める条件は、なんなの。舞子さん、ほんとうにこの男のいう通りにするの。よく分かっていると思うけれど、どうせすてられるよ。女はひとりでは生きていけないから、ぼくはいつでも慰めてあげるけど」 「脇田、分かったのかい。舞子は訴える。昨日の夜の事実は、みとめるな」 脇田は、だまって考えていた。整理が必要で、なにがはじめで、どう終わるのか。どれが正しく、誤っているのか。 「おれは、おまえといっしょにいたくないだけなんだよ。舞子も、君がこの相談所から消えてもらいたいと思っているんだ。頼むよ、おれも、同僚が問題を起こすのをみるのは忍びないんでね」 「それは、所長の気持ちなのか。それで、舞子をつかったのか」 「ここで、とめなさい」 伊部は、運転手にいった。 「たしかに素晴らしい紅葉ですね」 「ちょっと、外にでてみるか」 ベンツを道のわきにとめさせた伊部は、ドアをあけた。落葉松の紅葉は、針に似た小さな葉があつまっているだけだった。ひとつひとつはなんでもない葉身だが、集合すると、なぜこんなに綺麗なのか。多数であることが、美しいのだろうか。 「私は、真理を追究してきた。しかし、正しいとはなんなんだろう。脇田の論文に誤りがなくとも、多数派でなければみとめられないんだ。彼の分野が私の専門だったなら、権威をまもるためにできない。専門外なら、なおさら認可など不可能だ。そもそも判断する権限が、私にはないんだ。問題は、多数派に属し、全体のバランスが取れ、整合性をたもつことが正しいんだ。真理は、つねに多数のなかにある。それは、美しく善いことなんだ」 雲のあいだをぬけて、一筋の光明が山を射ぬいた。落葉松は、いっそうの美しさをうつしだした。 「どうしましたか」 運転手がたずねた。 伊部は、ぼんやりとし、「落葉松の林が」といいかけてやめた。 「自分らしくない問題を考えている。若いとは、つらいことでもあるな。年を取れば、悩まなくてもいい案件は多い。そうはいっても、年取ると、なおさら、すてられないものもある。ただ若いときには不可能だが、いまは、そうした自分を許すことができる。落葉松の紅葉は、ちるまえがいちばん綺麗だから、すこし感傷的になったかな」と彼は思った。 「今年の山は、写真にとって、のこしたいほどですね」 運転手がいった。 「やめておけ。ほんとうの美しさは、ちってからでなければ分からない」 伊部は、小さく呟くようにいった。 総合人権相談所、三五枚、了