山村組の情婦                               由布木 秀  一  ちょうど還暦をむかえた日のことだった。  齢六〇歳ともなれば、もう相当の爺で、目をあわせただけでもみ苦しく、息だって臭いに違いない。ついこのまえまで、秋葉もそう考えていた。自分がその年になって、平気で呼吸をしているなんて信じられないことだった。医院の窓からみえる都会の空も茜色にそまり、完全に黄昏ていた。どこからやってきたのか、たくさんの鳩が、めずらしくすみわたった天空をオレンジに輝く方角にむかって飛んでいくのが、応接室の窓ごしに秋葉シゲルの目に入った。  開業医の仕事は、退屈なものだ。決められたことを、その通りやる。サラリーマンとなにも変わらないのに、世間の人はよく開業医をいいという。自由だとか、気ままだとか。しかし、みんなとなりの芝生で、世のなかにそんなに都合のいい仕事があるはずがない。秋葉にいわせれば、この職業は責任ばかり重く、病気になったのは医者のせいだと思う患者もちかごろは急増している。飲ませた薬剤でぐあいが悪くなったりするとたいへんだ。 「あんたが処方した薬だ」と怒るが、診察させて欲しいと話しても、調子がいいときは来院しないのが患者というものだ。とことん悪くなるまで我慢し、とつぜんやってきて、「判断がおそい」とさわがれても、正直「占いではない」といってやりたい。  そのくせ、くだらないテレビ番組で、「バナナにダイエット効果がある」。「納豆を食べれば病気にかからない」とか話題になると、「どこのだれが、どういう意図で発言したのか」なんて考えることもなく、鵜呑みにする。その結果、体調をくずしてやってきて、「あんたがだした薬は、バナナとあわない」という。「納豆が食べられない薬剤を処方するから、私は健康になれない」といいだす。 「勝手にしろ」といいたいのを我慢して、もう一度、筋道を立てて処方薬を説明しなければならない。膝づめになって話せば、「この患者は納得していない」と、秋葉にも雰囲気がつたわってくる。 「時間をさいて聞いてやったから、もうすべてがチャラだわ」  目は、そうかたり、うすら笑いを浮かべている。 「なんといっても、みんなが話しているのだからあんたの負けね。納豆を食べて、絶対に健康になってやるわ。馬鹿ね。まだ、この話しつづけるつもり」  まったく不愉快だが、こちらのセリフだ。 「あんたは、心筋梗塞でちかいうちに死ぬ」  それにしても、あのおかしな整体師は、なぜそんなことを施術の最中に話すのだろうか。 「首筋の、この凝りは方は心筋梗塞に特徴的だ」  患者と部屋にふたり切りになった状況で、あいつは、そのとき思いついた色々な病名をつげているらしい。 「心筋梗塞」といえば、人が急に死ぬ病気だってことは、みんなが知っている。整体師は、「どういう経緯で、この疾病が生じるのか」ちゃんと理解しているのだろうか。出がけに奥さんといい争うと「心筋梗塞」に、中学校にいく娘と口げんかすると「脳梗塞」にするのだろうか。こうした家庭の事情と不慮の事故とに、どんな相関があるのか。整体師は、思いつきでいうだけなのだろう。しかし、聞くほうは穏やかではないだろう。それも首筋をほぐしながら、耳元で囁くのだ。 「一週間まえに脳梗塞で亡くなった、渡辺さんをご存知でしょう。あの人の二日まえが、こんな感じで凝っていたんです。渡辺さんには、だまっていましたけれどね、数日かなって思いました。あの人、病院がきらいだったし、もう運命ですから」  いわれたほうが、安らかな気持ちになるはずがない。身体にさわっただけで、かくれた病気がみんな分かるのなら医者などいらないし、学問も不必要だ。おかしな整体師なら、「医学の知識が、基礎からないんですね」くらいで無視してもいいだろう。  ところが、ちかくの東洋医学の医師にいたっては医学博士の称号までもっている。この医者は、脈をふれただけで肺癌まで分かるという噂だ。 「やっぱり、名医っているんですね」  七〇歳をすぎた、おばあちゃんは、真顔で話していた。 「それがほんとうに、肺癌でね。よくこんな早期にみつかったって、癌センターの先生が驚いて、一度あってご報告したいって」 「ほんとうかよ」  秋葉は、うんざりしていた。  ちょうど脈にふれたときにハエが飛んできて、医師がきょろきょろと周囲をみたのではないのか。それで「どうしたのか」と患者が聞いたので、「ウーン。ハエが、ンー」。  なぜ、こんな寒いことを考えねばならないのだろうか。   「それじゃ、おばちゃん。その先生に転医してもいいんですよ」  喉まででかかった言葉を、秋葉はこらえた。 「いったい、まともってなんなのだろう」  血圧計を貸しだして、一週間血圧手帳をつけてもらった患者さんがいた。尿には蛋白がでてレントゲンでは心臓肥大が判明し、動脈硬化度も高かった。あきらかに進行した高血圧の患者さんだった。 「血圧の薬剤を服用して、脳梗塞や心筋梗塞にならないことを真剣に考える段階です」と秋葉はいった。 「薬なんか飲みたくないよ。だいいち高血圧薬は、服用しはじめると一生つづけるんだろう。ずっと病院と縁が切れなくなる。あんたをもうけさせても、仕方がないからね」 「予防ですからね。ながく飲みつづけるばあいが多いでしょう。塩分をひかえるとか、生活習慣の乱れを是正するとかして、薬が必要なくなった方も幾人かはいますよ」 「いいよ。おれは、気合いでなおすから」  男は、そういいはなつと秋葉を睨みつけ、受診料も払わずにでていった。 「まったくこの国の人たちは、どうなっているのだろうか」   どこから考えても不安をあおっているとしか思えない健康雑誌や、情報源不明のインターネットの記事をみては、「治療がおかしい」なんて、患者はいいだす。医者がいっても心配しないが、近所のあきらかに普通でない「おばさん」の話には、うんうんとうなずく。「なににでも効果がある」なんて、どう考えてもあやしげな健康食品には大枚を払う。道路ぞいの薬剤師が真剣な表情になって、「これは保険ではだせないが、ほんとうにきくんだ」なんて説明する。 「そんなに効果があると分かっている薬品なら、どうして病院であつかわないんだ」 「そもそも、なんでこんなに熱心にすすめるんだ」 「医者の何倍も、私たちのことを心配してくれるのは、なぜなんだろう」  こういうときの「おばさん」たちは、こうした疑問がわかないらしい。国が理想とする真面目な薬剤師はもちろんいるが、そこにもみょうな有資格者が入りこんでいる。  一時期、キノコ療法がはやったときがあった。それこそ「万病にきく」という宣伝で、立派な値段のキノコをいっぱい売っていた。このばあい保険制度の埒外だから、販売価格の半分くらい利益があったのではないか。薬剤師には、金のなるキノコだったらしい。五年くらいして、このマッシュルームには、なんの効果もないのが証明された。医学的に正しいとは、だれが、どこで、いつやっても、おなじ効用が期待できるということだ。キノコは、発癌物質もふくんでいたらしい。宣伝のチラシを新聞にはさんで、がんがん売りまくっていた薬局の社長が、ある晩、秋葉の家にやってきて、「往診してくれないか」と殊勝にも頭をさげた。  なぜ「けなげ」なのかといえば、この薬剤師は、病院の処方薬はきかないとして、キノコの販売に傾注していたからだった。患者たちが薬局に処方箋をもっていくと、「こんな薬よりもっといいのがある」とはじめるのだった。巡りまわって、秋葉の耳にもとどいてきたのだ。 「手足が、胴みたいに腫れているんです」 「原因は、なんなんですか」 「最初は胸にしこりがあって、乳癌ではないかと。アガリクスがきくでしょう。だからすすめたのですよ」  ニヤニヤとうすら笑いを浮かべる完全に禿げた社長の薬剤師は、腹がつきでて、肌は脂ぎり、好色で、キノコでもうけた金で二号をかこっているという噂だった。  はっきりいって、患者もどうかしている。どこからみたって金儲けしか考えていない薬剤師に、病気の知識なんてあるはずがない。かりに知っていても、彼のなかでは優先順位が違った。医療より金、保険薬よりキノコだった。「乳癌かも知れない」なんて話せば、禿の答えは決まっている。それなのに、どうして聞くのだろうか。なぜ医学を勉強し医師の資格をもち、外科を標榜する秋葉にたずねないのか。いったい患者は、なにを考えているのだろうか。秋葉には、すこし分かる気がした。患者は、「なにか秘密の、いいものがある」とどこかで考えているのだ。 「それで飲みつづけていた、わけなんですか」 「でも、手おくれだったんでしょうか。だんだん手足が腫れてきて」 「どのくらいまえから、飲んでいたんですか」 「一年くらいですね」  禿は、天井をながめながら答えた。飲み方が足りない、といったのだろうと秋葉は思った。 「いつごろから、手足が腫れてきたんですか」 「ひと月まえかな。いや、三、四ヵ月まえには、もう腫れていたかも知れませんね」 「それが、胴ほども太くなっているんですか」 「そうなんです。でも、そこまで太くなったのは、つい一週間くらいまえでして」  全身のリンパ節に転移した末期の乳癌で、リンパ浮腫を起こしているのに違いない。しぼり取れるだけ取ったわけだ。 「なぜ、病院にいかないんですか」 「通院がきらいなんで」 「でも、うちだって病院ですよ」 「そうなんですが、ひとつお願いを聞いてはもらえませんか。三万円だします」 「いって、どうするのですか」 「利尿剤でも処方してくれれば、むくみは取れると思うんです」 「乳癌は、どうするんですか」 「そのうち、アガリクスがきくと思います」  まだ、飲ませるつもりなのか。秋葉がだまっていると、禿はまたいった。 「五万円でも、駄目でしょうか」  気まえがいいな。いったい、どれくらい売ったのだろうと秋葉は思いながら、だまってお茶をすすっていた。 「分かりました。じゃ、病院につれていきます」  ながい沈黙のあと、薬剤師はいって、立ちあがり帰っていった。 「うちだって、病院だ」  秋葉は、心底むっとした。  この業界は、魑魅魍魎が跋扈し、あやしげな民間療法や、まじないが、大手をふって歩いている。愚痴もこぼしたくなるが仕方がない。すくなくとも開業医は、現実には中小企業の経営者で、ころころ変わる政府の方針に一喜一憂している非常に不安定な仕事だというべきだろう。もちろんこれを、「いい商売」にする医者はいる。そういう奴が、けっこう多いということだ。しかし世間は医者を個人的にはみてくれなくて、いいのも悪いのも、みんなごちゃまぜにして評価する。 「石田さん、先生のみたて通りでしたね」  ミヨコがとつぜんいいだした。ときは秋にむかうころ、東京都品川区にある秋葉医院での出来事だった。都会ではめずらしい爽やかに晴れた空で、今日も平和に一日がすぎていくと思える夕方の五時ごろだった。  その日、秋葉は還暦をむかえたのだった。 「石田さん、亡くなりましたね」  彼女は、嬉しそうにいった。  ミヨコは「うまれる」より「死ぬ」ほうにずっと興味をもっている。もうすこし詳しくいうと、「死に方」にもかなり関心をいだいていた。「高速道路で正面衝突」こんな記事は、ミヨコのお気に入りではなかった。「つまらない事故ね」。これでしまいだった。やはり、男と女が絡むほうがいい。だんだん話をするうちにミヨコの興味、あるいは趣味についても秋葉は分かってきた。順序は、こんなところだ。  事故より、事件がいい。  普通の殺人事件よりも、猟奇的で不自然なほうを好む。  男が加害者より、女や子供が魅力的。  こんなところか。 「石田さんかい。どんな人だったかな」  院長の秋葉シゲルは、すこし考えたあとでミヨコに聞いた。 「ほら、このあいだ。一ヵ月くらい、まえでしたっけ。ご家族に説明した、胃癌の患者さんですよ。そうしたら奥さんが驚くほど若くて、ちょっと変だったじゃないですか。不釣りあいでしたもんね。裏がありそうでしたよね。おかしいと思っていたんですよ」  ミヨコは、お茶を飲みながら、ぺらぺらと話をはじめた。  秋葉は、新聞に目を通していた。ふたりがいたのは応接室で、医院の窓口とつながっている事務室兼用だった。ソファーがあって、だれに聞かれても問題がない話題はここで話す。お金が絡んだものは、奥の院長室で話しあうことにしていた。いずれにせよ、患者についてはプライバシーに関係するから、「応接室では、あまり話さないように」とミヨコには一応いってあった。しかし、こうした件で主導権をもっているのは、残念ながら彼女だった。  医院は、道に面して玄関が備えられ、そのまま待合室につながっていた。待合に入ったすぐ右に閉鎖型の受付がつくられ、ふたりがいる事務室兼応接室があり、奥は診察室につづいている。そのとなりは待合室に面して処置室がもうけけられ、ちょっとした手術や処置はこの部屋でおこなう。化粧室は待合の左がわで、とくに職員専用のものはなかった。  患者はいなくて、ふたりでソファーにむかいあったときで、お茶はミヨコのまえにしかでていなかった。このやや不愉快な事実についても、あとで話そう。 「そういえば、いつか胃癌で日赤におくった患者がいたな」と秋葉は思いだした。 「けっこう若い方だった。五〇歳には、なっていなかったかな」 「そう、先生とおなじくらいの背丈でした。眼鏡をかけて痩せた、爺臭い、浅黒くて、若禿の、風体のあがらない、けち臭い、しょぼい、しみったれた、陰気な感じの、根がスケベそうな」  ミヨコは、えんえんとつづけた。  秋葉は、じっと彼女をみつめた。 「これが、うちのたったひとりの看護婦なんだ。おれの相棒なんだ」  ものすごい後悔が襲ってくるが、雇うと決めたのは秋葉自身だった。 「面接とは、どうして、こんなにも分からないのだろうか。そもそも、だれがなんのために考えたのだろうか。このシステムを考案したのは、神さまだろう。人間の決めるという行為に、つねに反省をもたせるために考えたんだ」  秋葉は、確信していた。 「聞いてんの」  ぼうっとした表情で秋葉がミヨコをみつめていると、どすのきいた声で彼女はいった。 「聞こえている。若い奥さんといっしょに、説明した患者さんだろう」  秋葉が答えると、 「よし」とミヨコはいった。  ちょうど、犬に芸を教えこませるときのタイミングだった。 「それが、どうしたんだい」 「あの奥さんやり手よね。いうのもちょっと、気がひけるけど」  ミヨコは、ここで一回だまった。 「このあとには、聞くにもたえない言葉がでてくる。爆発のまえの静けさだ」と秋葉は思った。 「殺人かも知れないわね。それに、あれは整形ね。もとはキャバクラづとめね。あの派手な化粧、先生、みたでしょう」 「それは、知らない」 「そんなこといって、どうせ奥さんとは、もうないんでしょう」 「余計なお世話だ」 「けち臭い感じで、石田っていう男、けっこう金をもっていたのね。奥さんは、亭主を癌保険に入れていたのよ。それも、かなりまとまった額だったに違いないわね。癌で、すすんでいるって話されたときの、嬉しそうな顔。思いだすわ」  ミヨコは、いった。 「生命保険も、限界まで入っていたのよ。だれがあんな、チビの禿茶瓶の後妻にいくと思う。計算よ。いいわね、あたしも、なんとかしなけりゃね。やっぱり、先生に協力してもらわないとね」  ミヨコは、秋葉をじろりとみた。 「そうだったかな」 「また、そんな善人ぶって。いやですよ。先生、あの女に気があったんじゃない。でも、あれは駄目よ。あんなものに手をだしたら、丸裸にされるわよ」 「なにが、いいたいんだ」と秋葉は聞いた。 「いえ、それが、今日が通夜みたいですよ」とミヨコは答えた。 「ああ、そうだったのか」  秋葉は、死んだという石田を思いだした。カルテをだして、ぱらぱらとめくってみると色々なことを思い起こした。かなりすすんだ胃癌で、年は四五歳だった。最初、「食欲がない」といってきた。「痩せてきた」、「胃が重い」、こんな症状がでてきたら、もうかなり悪い。バリウム写真でみつかる患者がいるが、バリウムで分かるなら、完全に手おくれだ。X線透視で「ポリープ」なんて診断をうけて精密検査にくるばあい、指摘されたところに病変があった試しがない。やるだけ無駄で、写真が必要なのは、癌の患者で病巣の部位と大きさ、切除の方法を確認するためだけだ。バリウムでいわれなかったから「大丈夫」なんて、まったく根拠のない話だ。たしかに精査バリウムというものはあるが、ひとりやるのに三〇分以上もかかる。これなら、内視鏡のほうがずっと手っ取り早く診断できる。胃カメラはいやだというので仕方がないのでバリウムをやってみたが、はっきりと分かる進行癌だった。説得して内視鏡をすると、どこまでふかくすすんでいるのか見当もつかないほどひどかった。超音波検査では、微量の腹水もあったから、癌性の腹膜炎も起こしていた。小さな広告代理店の社長で、身長は一六〇くらいの背のひくい男だった。 「家族にも話をしたい」といったとき、ついてきたのが思いもかけぬ綺麗な若い奥さんで、年は二七、八歳だった。はじめ娘かと考えたくらいで、たしかにミヨコのいう通りすこし不思議な感じだった。  二  秋葉シゲルは秋葉医院の院長で、東京品川区で外科を標榜していた。父も、ここで外科医をやっていた。そのころは有床で、看護婦も一〇人以上いて寄宿舎もたてられていた。時代は変わり、いまは看護師と呼称する。しかし、彼は患者から医師なんてよばれることはない。「医者」というのはいいほうで、「秋葉」なんてよびつけにされるばあいもある。これも時代のながれで、仕方がないと考えていた。  秋葉は、医学については父よりもずっと理解していた。しかし考えるほどに、親父の時代はほんとうによかった。父親は、病気の名前を勝手に決めて、ある意味、神さまみたいなものだった。  父が盲腸といえば、それ以外の疾患はなかった。開腹して胃腸炎だと分かれば、盲腸部を切除して抗生物質を注射すればなおるから正しいことになった。父の診断とは、上腹部痛なら「胃潰瘍」、下腹部痛なら「盲腸」、これだけだったのではないだろうか。開腹して「胆のう炎」だったばあい、胃潰瘍手術としてまず正常な胃を切除し、胆嚢も取ったのではないか。病気の正診率は一〇〇%で、間違いのありえないすごい医者だった。ちかごろは、むずかしい時代になった。  外科の仕事は、激変し研修医も減っている。内視鏡技術が飛躍的に進歩したのは、事実だろう。患者さんへの負担はすくないが、問題はこうしたあたらしい技術をだれもがやりたがるという点だ。「最先端」という言葉に患者も、医者も政府も、無意味な意義づけをしている。だから、未熟な事故が起こる。  看護師の山村ミヨコは、三〇歳なかばだった。何事にもどうじない女で、はっきりいって貫禄は秋葉よりもあった。髪はみじかくパーマをかけ、大柄で太り、腹なんか関取で、はじめて会った者なら「何ヵ月なの」なんて、つい聞いてしまいそうだ。もしそんな質問をしたら、かなり悲惨な事態が起こるだろう。人生は、勘違いと不運が蟻塚状に「がちがち」になってつみかさなり、誤解と波乱の万丈らしい。三度再婚し、一度は自分より一〇歳も若い男と結婚して、子供もつくったらしい。この女とだけは、揉め事を起こしたくない。ふたりでいるのもいやで、なんらかの形で辞めさせたいが、そんな話をはじめたら、きっと半月は寝こむことになるだろう。 「私。こういう小さな診療所で、ほんとうの医療を、尊敬できる先生といっしょにやってみたいのです」  三年まえの春だった。いますわるソファーで、ミヨコはできるかぎり身を小さくすぼめていた。秋葉は、面接には絶対の自信がある。あれは、何回やっても分からない。ミヨコをみるたび、この事態は自分の責任だと思わざるをえない。あのときだけだった。この女と縁が切れたのは。しかし、その可能性を全部すてたのは、秋葉自身だった。山村組の組長の情婦だという話で、もちろん雇用後に知った。人生には、あとになってから分かることはたくさんあり、ほとんどは後悔とともにやってくる。  事務員は、痩せた五〇歳の大きな眼鏡をかけた三谷佳恵と、アルバイトの三〇歳をすこしすぎた川村美穂というふたりがいる。看護婦はひとりだけだがミヨコは勝手に名札をつくり、そこに大きく「婦長」とかいてあるのは事実だ。秋葉だって自分だけなのに、「院長」だと名乗っているから、考え方によってはおなじかも知れない。しかし、彼はみんなに給与を払う経営者だった。だから、院長と名乗ってもいいのではないか。  ふたりの事務員たちはミヨコの部下みたいな者で、この点を考慮するなら、秋葉より「長」に相応しいのかも知れない。現実に応接室にこうしてすわると、彼女のまえには、ごく自然にお茶をはこばれてくる。この事実に気づいたとき、秋葉は愕然とした。 「ぼくのお茶は、どうなっているのか」と聞いたことがある。 「あら、先生も欲しかったの」  ミヨコは秋葉の要求が意外だったみたいにいい、「川村さん。秋葉先生が、お茶を飲みたいんだって。入れてやってよ」といった。  そうして飲み物がでてきたのは、このときだけだった。いちいち彼女におうかがいを立てねばならないのも不愉快だった。だまっていると、お茶は絶対に秋葉にはでてこない。この点を考えてみると「長」に相応しいのは、実質的にはミヨコかも知れなかった。 「つけてくれ」と大あわてでもってきた組員がいた。若いチンピラで、いまどき「小指をつめる」のも、はやらない。 「汚い指ね。こんなもの、あんたつけてどうするの」とミヨコはいった。  どうどうとしていて、性格はともかく頼りにはなった。 「まず、つかないと思ってくれ。こんなものが生着するのは奇跡だ」  秋葉は、いつでもこういうことにしている。落語に、「手おくれ医者」という話がある。なんでも一応は、手おくれといっておくわけだ。なにしろ相手は素人ではないのだから、仕方がないと思っている。本音は、「指を切るまえにもってこい」といいたいが、それでは商売にならなかった。切断する奴がいるから、仕事として成立する。どうせ国民保険にも入っていないし、もちろんつける病名がない。 「自主的な判断による、左第五指、末節関節部の小刀による切断」  保険では無理で、試してみようとも思わない。しかし、いまは時代が違って社会保険に加入している暴力団の組もある。もちろん査定は厳しい。宇和島とかいう眼鏡をかけた男は、「労災にしてくれないか」と話した。たしかに、この傷病には、妥当性があると思う。企業に所属するスポーツ選手が身体の不調を訴えれば、保険あつかいになるだろう。プロの格闘家のばあいは、たしかに労災かも知れない。 「なによ、この切り方。根性がないわね」  ミヨコはいった。もちろんこんなことを聞くと、怒る奴もいる。 「この野郎、いい気になりやがって」  なんて息巻く奴もいるが、秋葉のほうでも「これがついたら奇跡みたいなもんだ」と一応はいっておく。血管がつながればなんとかはなるが、五〇万が相場だった。ミヨコがきてから、こういう患者たちが増加した。患者とよぶべきかは、はっきり分からないが、すくなくとも需要は増えた。こういう輩の相手をしていると色々な奴がきて、このあいだもひどい切り口の者がいた。それをみて、ミヨコが口汚くののしった。 「あんた、玉あるの。なによ、この切り方。びびったのね。こんな、ぎざぎざじゃ普通の倍はもらわないとね」  頼もしいといえばそうだが、こういうとき思うのは、たったひとつだった。ミヨコとだけは、喧嘩したくない。口では勝てない。それだけは確実だ。チンピラは、その言葉に切れたらしかった。 「なに、糞アマ。汚いのは、顔だけにしてくれ」  この言葉を聞いたとき、秋葉はチンピラに同情した。正直は一般的にはいいことだが、状況による。「嘘も方便」というのに、どこまでもチンピラで事情が分からない。そういった言葉は、すべてが終わってからにするべきで、なにを話してもかまわないが、相手をみてからのほうがいい。秋葉は、同情の眼差しをチンピラにおくった。 「あんた。いっていい言葉と、悪いことがあるわよ」  すごい形相になって、ミヨコは口をひらいた。目をつりあげ、大口をあけ、銀色の詰め物をした歯がみえた。言葉ではなくて、マジで噛みつきそうだった。 「皮かぶりのチンポに決まっている。むいてやろうか。根性なしだから、玉なしっていわれるのよ。はっきり玉を取って、お釜らしくしたらどうなの。やってやろうじゃない。どこまでもチンピラね」  ミヨコは、大声でさけびはじめた。  なんて汚い言葉だ。こんな病院で、はたらきたくないと秋葉は思った。現実に自分の医院だと気づくと、心から悲しくなった。品位なんてどこにもなく、学問とはなんだったのだろうか。医学資格にも、看護資格にも品格が必要だと、秋葉はあらためて思った。  いわれたチンピラは、相当頭にきたらしい。 「なにを、アマ。この病院には糞がいるとは聞いていたが、それはデブのババア、おまえのことだったんだな」  本気で怒ったみたいだった。秋葉は、できるだけ第三者でいたいと思う場面だった。チンピラだって、なんでこんなにミヨコが強気なのか、すこしは考えて話すべきだった。彼は、もっていた「どす」をぬいた。 「まずい」と秋葉は思った。 「ぬいた」、「わね」  ミヨコは、せせら笑っていった。  秋葉がしたをむいていると、「先生、みたわよね」と同意をもとめた。  君子、危うきにちかよらず、彼はまずそう思った。 「先生」  大声でもう一度ミヨコがいった。 「みた」と秋葉は答えた。 「正当防衛よ。証人もいる。あんた、玉なしの割にはいい根性をしているわね。でも、その性根は、たたきなおす必要があるわね」  ミヨコは、チンピラを睨みつけていった。「どす」は、刃渡り二〇センチくらいのもので、ただ脅かしてやろうと思っただけなのは仕事柄よく分かっていた。だからこいつは、人をみていないといわれるのだ。つめてきた指を、こんなに口汚くののしる相手が、普通の神経のはずがない。こんなことが、なんで分からないのか。秋葉は、心底、馬鹿だと思った。  ミヨコは、処置台から四〇センチ以上もある鋏を取りだした。いつも秋葉が不思議に思っていた器具で、医療現場でつかうことは決してないし、医療用品でもない。なにに使用するのか、意味不明のものだった。 「このため、だったんだ」  秋葉は、はじめて理解した。  鋏をもつと、ミヨコは、ゆっくりと包帯を取りだした。  チンピラも、あらたな展開に指のことも忘れ、なにが起こるのかじっとみつめていた。ミヨコは、包帯を鋏にしっかりとむすんだ。それを五〇センチくらいのばして、洋鋏をぐるぐるとまわしはじめ、臨戦態勢に入った。完全にやる気だ。ぐるぐるまわすと、さきについた鋏がガチャガチャと音を立てはじめ、飛んでもなく不気味だった。こんなものが力任せに決まったら、タダではすまない。 「とても、おれの手には負えない」  秋葉は思った。 「救急車だ。いや警察だ。救急車では、解決にならない」 包帯につけた鋏をぐるぐる回転させると、鎖鎌みたいだった。普通は、こうした武器をまわすときは、コントロールがきく、しっかりとした鎖をつかうのだろう。むすばれたのは包帯で、みているだけでも危なく、行動が読めない。予測がつかないのは、怖いことだ。ここにいたって、ようやくチンピラも理解した。 「相手は、普通ではない」  興奮して赤くなっていた顔が青ざめた。 「おそすぎる」と秋葉は思った。 「判断が悪い。発言を取りけし、あやまったほうがいい」  三 「先生、ついにきたみたいですよ」  とつぜんミヨコが立ちあがり、大声でさけんだ。こんなに驚いた彼女の様子をみるのは久しぶりだった。秋葉は、一度だけミヨコがほんとうに驚愕したのを思いだした。やはり相手はヤクザ者で、不始末をしでかし組長の犬と戦わされ、陰のうを噛み千切られ、泣きながら医院に飛びこんできたとき以来だった。 「ロールスロイスのリムジンです。みてください」  ミヨコがさけんだ。  道路一本をへだてて、秋葉医院の真むかいにある亀谷薬局駐車場に真っ黒なリムジンがとまった。先導してきた黒いセダンから、白い服をきたふたりの男がすぐにでてきた。リムジンが秋葉医院の玄関の真正面に横づけになると、白服の男たちは車のトランクから、ぐるぐるにまかれた真っ赤な絨毯を取りだした。 後ろについてきた黒いセダンから、白いおなじ服をきて、ポニーテールに髪をまとめたふたりの女がおりてきた。トランクから通行どめの標識を取りだし道路を閉鎖した。女たちは秋葉医院にやってくると観音びらきになる、大きなガラス製のドアをあけはなち、ブロックをつかってしっかりと固定した。赤くまかれた絨毯をもった白服の男たちが、リムジンの出口から医院の玄関むかってころがしはじめたが、考えられないほどながく、待合室の反対の壁にまでとどいた。ぼうぜんとみていた秋葉は、ミヨコとともに待合へでた。事務員たちは、受付の窓からこの様子をながめていた。  白い服をきたふたりの男が、リムジンの扉をあけ絨毯のわきにひざまずいた。なかからひとりの男性がおりてきたが、なんとも奇妙ないでたちで表現しがたいものだった。青いマントを羽織る背がひくい男は、ぎこちなくうごき、よろよろしながら絨毯のうえに立ちあがった。つけ人と思われるながい髪の女性が、だらしない男性の服をなおした。  男は、満面の笑みを浮かべながら秋葉のほうへ歩いてきた。髪はみじかく、頭の中央は禿げていた。右手に杖をもち、紫の上下の服をきていた。腹がでて無精ひげを生やし、年は七〇歳なかばにみえた。青いマントの男は、絨毯のうえを、よろよろとしながらそばまで歩いてくると、秋葉に「やあ、このたびは」と左の手をあげていった。 「ありがとうございます」  妻の幸恵の声が、秋葉の後ろでとつぜん聞こえた。 「ご当主さま、御みずからのお出迎えをいただき、恐悦至極でございます」  彼女は、そう答えた。  秋葉は、振りかえって妻をまじまじとみた。幸恵は赤い上下の服をきていた。当主とよばれた男の着衣は紫だったが、おなじ形だった。おつきの女は、うすいピンク色だった。そのほかの男女、絨毯をしいた者や、道を閉鎖した者たちは白い服だったが、しかしみんな形はおなじだった。襟がなく、無地で、胸には鳥の文様が刺繍されていた。  幸恵は、待合室の床に正座し、ぬかずいていた。 「よいよい」と紫の男はいって、彼女の肩に手をおいた。  すると立ちあがった幸恵は数歩すすんでから振りかえり、秋葉にむかってふかぶかと頭をさげた。 「ながいことお世話になりました。これにて失礼いたします」 「ええっ。どういうことだ」と秋葉は聞いた。 「つもるお話は、またのちほど」  彼女は言葉すくなにいうと、紫の男がリムジンにもどるのを、追って歩きだした。 「おい。幸恵どうしたんだ」  秋葉がさけぶと、振りかえった。 「シゲルさま。お幸せに」  そう答えて、またリムジンに歩きはじめた。あとを追おうとしたが、ふたりの白い服の男たちが秋葉の肩を押さえた。 「幸恵さまは巫女になられます。ご存じなかったのですか」と男はいった。 「巫女」 「そうです、えらばれたのです。幸恵さまがお望みになり、そしていま、そのご意志がかなったのです」  白い服の男はいった。  秋葉が玄関からまえの道にでると、ちょうど幸恵は青マントの小太りの禿とリムジンにのりこむところだった。彼がちかづこうとすると、白い服の屈強そうな男たちが制した。 「幸恵」と、秋葉は大きな声でさけんだ。  リムジンにのりこんだ彼女は、窓をあけた。 「経緯については、食卓テーブルのうえに、手紙をのこしてあります。またお目にかかる機会もあるでしょうが、今日はこのままいかせてください」とだけいって、窓はしまった。 「あんな小太りの禿のどこがいいんだ。そのうえ、せむしじゃないか」と彼はさけんだ。  ぼうぜんとする秋葉をのこして、先頭のセダンがまず出発し、つづいて幸恵をのせたリムジンが、さらにまた黒塗りの車がつぎつぎと走りさっていった。彼はだれもいなくなった駐車場に、しばらく立ちつくしていた。やがて肌寒さを感じ、仕方もないので医院にもどってくると、ミヨコはもう私服にきがえて帰ろうとしていた。事務員のふたりも服をかえ、まだ終業には早かったが、なにかをいう気持ちにもならなかった。 「まあ、色々あるわよね」  意味深な言葉をのこして、ミヨコは玄関から帰っていった。 「なにがなんだか分からない」  秋葉は、混乱していた。白衣のまま廊下づたいに自宅にいき、幸恵が口ばしった食卓にいってみた。そこには、「数理浄賎教」というA四サイズのパンフレットがおかれ、手に取ると表紙の中央に青マントの男の写真がのっていた。 「ご当主、安藤修一先生」とかかれていたが、どこか見覚えがあるとも思った。最初に青マントが秋葉に挨拶したときにも感じたみょうな親近感で、写真をみながら、ぼうぜんとしていた。小太りで頬はたるみ、目はほそく髪の毛はみじかく、ただニヤニヤとした、なにを考えているのか分からない表情で、そのうえ猫背、それもかなりのものだった。 「秋葉シゲルさま」とかかれた幸恵の自筆の封書があり、とくに封をされてもいなかった。秋葉は、茫然自失のなかで手紙を読みはじめた。 「このたびのとつぜんの出家を、あなたさまはさぞ驚かれていると思います。ご当主さまはあなたに取っても、がんらい師にあたる方でございます。これも、ひとつの因縁でございます。今回の出家にかんしましては、幸一や弥生とも充分に相談し、よく理解をしてもらい、賛意をえての結果でございます。こうして別れ別れになりましたのも、六因、四縁、五果にある、日々滅していく、われら衆生の儚い命とも思われます。ぜひ大慈悲をもちまして、寛大なるお気持ちで、お許しいただきたいと考えております。離婚届が必要ならば、お申しつけください。夫婦、親子は、なるべき因縁があればつく。離間すべき原因をもてば、はなれる。愚禿安藤も話しておられ、果はついえるものではございません」 「なんだ、これは」と秋葉は思った。さっぱり不明な文面だった。「子供たちとは、充分な合意をえて」という文言は猛烈なショックで、この言葉は赤字で大きくかかれ、さらに横には緑の波線がひかれていると感じた。  ネットで検索してみると、数理浄賎教について多数がヒットした。教祖は東大の数学科の出身で、数理哲学と親鸞の浄土真教、さらに空海の真言宗を統合した教理を説くとかかれていた。世界は数学ででき、この世で生起する事象や人の心理は、すべて数式で説明できる。真理を理解し、ひたすら「南無阿弥陀仏」の題目をとなえれば、「心は洗われ、蓮華世界に即身成仏できる」とかかれていた。つぎのページには、数式で表記された数理マンダラがあった。中央には教祖が、四方は左右に親鸞と空海、上下に大日如来と阿弥陀如来、八葉にあたる場所にはわけの分からない数字がかかれ、いかにもあやしげにみえた。  べつの情報では、安藤教祖は株の神さまで、株式市場のうごきは、彼の数理哲学ですべて解明でき、一代で巨億の利益をえたと記載されていた。今回のコロナ以降の激しい上昇相場は、安藤のひとり勝ちだとかかれたものもあった。現世利益をもとめる信者は多く、全国で一〇万人もいて、とくに布施はないが、数理哲学の秘密は在家には決してあかされない。知るためには出家せねばならないし、還俗は許されない。だから出家者は、いくら株でお金をもうけても、自分のものとしてはつかえないらしい。出家には、かなり高い理念と、教義にたいするふかい理解がもとめられ、希望する者の一%にもならないと記載されていた。  ホームページをみると、本部は新宿のど真んなかに位置する、ものすごく大きな建造物だった。創価学会でも立正佼成会でも、宗教団体の建物は一見して分かるが、マンションみたいな一棟だった。なにか、独特なカルト集団だと推測された。そこには、教祖、安東修一の経歴が記載されていた。読んでみると、なんと秋葉の高校時代の数学教師だった。彼は、幸恵の文面を思い浮かべ、パンフレットの教祖の写真をじっとみつめて、すべてを思いだした。  秋葉は、大学をふたついった。父親は、外科の医院をつげと何度もくりかえしたが、数学者になろうと思った時代があり、国立大学の数学科に進学した。しかし、自分に才能がないのが充分に分かり、中退し医学部をうけなおした。  秋葉は、高校生時代に数学の代数の問題を、ものすごく美しく解いたことがあった。彼は、東京でも有名な中高一貫の進学校に通っていた。各教科は、高校二年生までに六年分を終了させ、三年生は授業を好きに取ればいいという、まるで大学みたいなカリキュラムだった。高校三年生になると受験勉強をしていると思われ勝ちだが、まったくの「放任教育」だった。「教育」なんて名前がつくと、そこにはふかい考えや哲学でもありそうにも思うが、現実は違っていた。教師が熱心だから、東大合格率が高くなったわけではなかった。もともと生徒に能力があり、「このままでは危ない」。「高校は、なにも教える気がない」と判断し、名ばかりの「教育」をあてにせず、自分で勝手に勉強するから、結果につながっていただけだった。  秋葉は、高校三年生のときはほとんど通学しなかった。だいたい早朝割引のボーリング場にいき、夜は渋谷駅まえの大きなビリヤード店で玉をついていた。ふと気づくと徹夜になり、夜間は一時間一〇〇円だった。秋葉が執拗に通っていると、さすがに店のほうでも考えて、月に五〇〇〇円の定期券を発行してくれた。もちろん書類はなく顔パスだったが、学生の身分を充分に配慮した優しい措置だった。店のご主人は、受験をひかえた高校三年生が毎日通ってくるのをみて、色々な事情があるのだろうと考えたらしい。 「卒業したら、うちで雇ってやろうか」。「給料は、安くてもいいよな」と声をかけてくれた。  数学にダムという教師がいて、まったく受験と関係ない勝手な授業をしていた。彼は、小太りで猫背だった。「ノートルダムのせむし男」にそっくりで、「ダム」というあだ名がついていた。昔の人は、面白いことを考える。ひどい猫背で、まえかがみになって背中がまがるのは、背骨に虫がすむためだと思い、よんだわけだが、いまは蔑視語とされている。  ダムは、好きな数学の授業を勝手にやっていた。いつもニヤニヤとしてだらしなく、しまりのない感じで薄笑いを浮かべ、シャツはズボンからはみでて、社会の窓は大きくひらかれていることが多かった。ときには、あきらかな「しみ」がみつけるばあいもあった。 「紙一重」の人物らしいとは、生徒全員が知っていた。  急に黒板に「一」とかき、「1は、はじまり。一人称は、私。だから、Ⅰは、愛なのよ」  ダムが、最初に話した言葉だった。  教師が勝手にやるわけだから、生徒がつきあうかどうかは自由だった。義務と権利は、いつも均衡が取れていた。だからダムの授業を理解する者は、全学三〇〇人のなかでふたりだけといわれていた。つまり彼は、当時から根性と思想があり、ようするに教える相手はだれでもかまわず、犬でも猫でもさしつかえなかったのだ。なにかが、教室にいればよかったのだ。どうせ分からないのだし、受験にも関係がなかったから、秋葉が授業にでなかったのは当然だった。試験はうけないと卒業させないというので、みんなが零点覚悟で答案にむかった。設問はたったひとつで、ダムが「東大の数学科の学部生でも、最低一五分はかかる」といった問題だった。  秋葉が、その問いを三角関数におきかえてみると、なんと一分で答えがえられたのだった。彼は興奮したし、ダムも「すごい」といって、いっしょにうちふるえてくれた。  これが、悪いことのひとつだった。偶然うまく解けただけだったが、ダムは答案用紙をもってきて、秋葉にむかって「おまえには、数学的な才能がある」ってさわいだ。わざわざ職員室までよびだしで、大勢の教師がいるまえで彼はいったのだった。あいつは、罪つくりな人間で、勝手な授業をし、分からないからくるしまぎれに変換して、偶然解けただけの、いたいけない純真な生徒をほめたのだった。当時、ダムといえば、東大の助教授くらいは、いつでもなれるという話だったから、やはり考えた。 「もしかしたら」、「才能があるんじゃないか」って。  みんな、ダムのせいだった。そもそも受験をひかえた高校三年生に、東大の数学科の生徒が解くのに一五分もかかる問題をだして、いったいなにを考えていたのだろうか。  ダムは、その後、新宗教を起こして教祖に、ついには神さまになったという話を聞いたことがあった。死んだとか、行方知れずとか、同窓会では、みんながさまざまに話していた。ところが、じつは、こんな宗教を起こしていたのだった。教義には、興味がなかった。株や経済予測の神さまでもかまわないが、秋葉は真実を知っていた。ダムには、なんの予言もできないし、予測の才能だけは絶対になかった。彼の話は、あたらなかった。これだけは、確信していた。  秋葉は、私服にきがえると、新宿の数理浄賎教の本部に出向くことにした。山手線にゆられながら、ダムの言葉を信じたためにうしなった若い三年の歳月を思いだし、幸恵を取りかえさねばならないと心から思った。  四  新宿について、歌舞伎町にむかって一〇分くらい歩くと、ホームページでみた通りの、ものすごく大きなビルがあり、「数理浄賎教、本部」とかかれた垂れ幕がさがっていた。  一階はひろいホールで、モダンに整備され、胡散臭い宗教団体とは思えない雰囲気だった。大きな受付のカウンターでは、綺麗な若い女性職員がきびきびと対応し、まるで一部上場の総合商社にきた錯覚に落ち入った。そうした企業は、秋葉にまったく無縁だったから、たぶんこんなものだろうと思っただけだった。職員たちは、彼の家にやってきた者たちとおなじ、襟のない白い服だった。 「妻の秋葉幸恵に会いたい」  秋葉は、若い受付の女性にいった。 「幸恵さまですね」  髪をポニーテールにたばねた細面の女は答え、 「しばらくお待ちください」と愛想よく対応した。  ひろびろとしたロビーにおかれたソファーにすわって五分もたたないうちに、三五、六歳のピンクの制服をきた、やや格が高いと思われる女性がでてきた。 「よろしければ、こちらに」と秋葉に声をかけた。  人びとのあいだをぬけ、小部屋に案内すると、女は白い服をきた職員にお茶をはこぶようにいった。 「とつぜんの変事で、ご心配をおかけして申しわけございません。秋葉さまが、当主、安藤と高校時代に因縁をおもちのことは、愚禿安藤より直接うかがっております。本日、幸恵さまが出家なされた件について、事前にほとんどお話しあいがなかったのも存じています。非常に驚かれ、いぶかしくお思いのことはお察しいたします。この点について、本来ならば奥さまだった幸恵さまから、直接お話をお聞きになるのがいちばんだと、私どもも考えております」  女はいって秋葉の表情をみた。彼女は、物腰が柔らかく品よく思えた。ゆっくりと穏やかに話す口調は、秋葉が考えたカルト集団のイメージと違い、最初にこの建物に入ってきたときとくらべて、軟化しているのが自分でも分かった。 「どうぞ、お飲みください」  ピンクの女は、職員がもってきたお茶を秋葉にすすめると、いった。 「ただ出家したばあい、どの立場でなされても、一ヵ月は在家の方とお会いできない規則となっております。もちろん幸恵さまは、すでに仏格が高く一般出家者とは違います。そうであっても、やはり二週間は、たとえ世俗での因縁がご夫婦であられても、残念ながらお会いできないのです。幸恵さまは、いまこの本部にいらっしゃいます。それで、こう申しあげても、秋葉さまは納得されないだろうとおっしゃっておられます。幸恵さまが、さきほどしたためられたお手紙がございますので、お目を通していただければと」  女は、かみしめる口調で、ゆっくり話すと一通の封書を秋葉にさしだした。そこには、「秋葉シゲルさま」とかいてあった。  秋葉は、その封書が糊づけされていないのをみて、便箋を取りだすと、あきらかに幸恵の文字でかかれた手紙だった。 「あなたさまになにも話さずこうなったことを、説明するには時間がかかります。二週間はお会いできません。その後に、説明させてください。幸一と弥生に、連絡をしてみてください。ふたりともこの件にかんしては、よく事情を知っています。不審でしたら、いますぐ弥生にでも電話してみてください。あなたさまは、この件にかんするほとんどを、ふたりから知ることができるでしょう。ですから今日のところは、ぜひお帰りください。携帯は出家のさいに本部にあずけましたので、いまお話しすることはできません。事前に話さず、とつぜんで、誠にご迷惑、ご心配をおかけしました。お世話になったあなたさまを思うと後ろ髪がひかれますが、どうか二週間してから本部にきていただければ、そのときにはゆっくりとお目にかかれますので、今日はこのままお帰りください。勝手を、お許しください。かしこ、幸恵」とあった。  秋葉はしばらく考えていたが、携帯に弥生からメールが入った。 「お父さま。お母さまの件は、明日、帰省してお話しいたします。本日はどうか、このまま、お帰りください」とあった。おなじ内容のメールが、幸一の携帯からもとどいた。 「分かって、いただけたでしょうか」  ピンクの女は、秋葉が携帯のメールを確認するのをみていった。 「分かるもなにも」  秋葉はそういい、頭をかかえた。 「ご無理もございません。本日は、おひき取りいただければと。私どもだけではなく、秋葉さまのご家族、みなさまの総合的なご意志でございます」 「その総合には、私が欠けている」と秋葉はいった。 「おっしゃる通りでは、ございます」とピンクの女は答えた。  秋葉は、全身から力がぬけていくのが分かった。彼がだまって立ちあがると、「お察しいたします」とひかえめに女はいった。秋葉は、その言葉にすこしむっとした。なぜだったのか、自分でも分からなかった。  新宿からの帰り道、品川駅でおり、北品川の秋葉医院にむかって歩くと、もう外はかなり涼しかった。肌寒いくらいで、すっかり暗くなっていた。道をまがろうと、ふと電柱をみると、右手の人さし指のマークがつき「石田家」とかかれていた。その印にすいよせられ、指示を頼りに歩いていくと立派な門構えの大きな家にでた。  石の門から玄関まではかなりの距離があり、大勢の人いてざわざわしていた。あかるいほどに灯明がならんでいた。門からすこし入ったところにテーブルがおかれ、幾人かの喪服姿の男女が受付をしていた。通夜にきた参拝者が、記帳し香典をわたす様子をみていると、係の喪服の女性が不意に頭をあげ、彼の視線とぶつかった。  彼女は、すこし驚いた顔になって、小さく秋葉にむかって会釈した。となりの女性に、何事か話をすると立ちあがった。彼が帰ろうと道をもどると、彼女は、「秋葉先生」とよんだ。  秋葉は立どまり、声をかけた喪服の女性をみつめた。みた覚えがある女は、「今日はたいへんでしたね」と話した。秋葉が不審な表情でだまっていると、「私、当山延子でございます。先生には、いつも診察していただいております。貧血で」とつけくわえた。  それで、秋葉も思いだした。三〇歳なかばの延子は、月に一度はかならず来院し、診察していた。ずっと鉄剤を処方し、三ヵ月ごとに血液検査をしていた。顔見知りだったが、病気のこと以外に話したことはなかった。 「ああ、そうでしたね。しかし、おしゃっている意味が分かりません。なんの話ですか」  秋葉は、いった。  延子は、深刻そうな表情になって、「あとで、お宅にうかがいます」と答えた。 「どんなことでしょうか」  秋葉は、まったく意味が分からずに聞いた。 「もちろん、奥さまについてです。先生は、ご存じなかったんでしょう」  延子は、伏し目がちに答えた。 「いったい、なんなんだね。今日、私になにが起こったとしても、なぜ君が、うちにこなければならないんだね」  秋葉は、またたずねた。 「ですから、すこし説明を」と延子はいった。 「一時間は、かかりません、三〇分くらいで、うかがえると思います」とつづけた。 「なんの話か、まったく分からない」  秋葉は、右手で額をさわった。 「すべてではございませんが、先生よりは事情を。三〇分ほどおくれてまいります」 「分かりました。自宅のチャイムを、鳴らしてもらえますか」 「では、そういたします」  延子は答えて、通夜の石田家にもどっていった。  秋葉は家に帰ると、弥生と幸一に電話してみたが、いまはでられないと音声がつたえていた。それで、「自宅に連絡して欲しい」とメールをした。秋葉は、混乱していた。妻の幸恵も教祖の安藤も、それに延子も、すべてが不明だった。今日の出来事を振りかえると、なんの脈絡もない一日だった。ミヨコが、ロールスロイスのリムジンをみて、「ついにきましたよ」といった。なにかがひっかかる、言葉を思いだした。 「まあ、色々あるわよね」  帰るときも、ミヨコは意味深にいった。 「きっと、なにかを知っていたんだ」と秋葉は思った。そうこうするうちにチャイムが鳴り、玄関をあけると延子が立っていた。 「ここは、力をあわせて、のり切らなければなりません。奥さまも、教祖さんの側女になったのですから、先生はもうご自由ですよね。これは、まえまえから分かっていました。そのさいには、私が先生の夜伽をと考えておりました」と延子はいった。 「なにが、どう」と秋葉はひくく呟いた。そのとき延子は彼をみずからの口でふさぎ、「女に、これ以上の恥をかかせないでください。お情けをいただきたいのです」と耳元で囁いた。  秋葉は、久しぶりに女をだいた。考えると、妻の幸恵とは、もう五年以上も夫婦関係は途絶えていた。ベッドで、あられもない姿になった延子は、大声で喘いだ。その言葉を聞いた秋葉が、異様に興奮し果てると、ぶつ切れの不思議な一日は、一度ここで終わった気がした。しばらくたって寝床から起きあがると、「たくましいのね」と、彼女は濡れた瞳でいった。  その言葉に、秋葉は自信を取りもどした気がした。男女が、たがいに信頼して協力するには、いちばん手っ取り早い確認の方法かも知れないと思った。それから、ふたりで寝室をあとにして階下の応接室にいくと、秋葉はとつぜん空腹感に襲われた。夜の一〇時ごろで、電話で寿司の出前を頼み、不思議なことに家の構造をみんな知っている延子が、入れてくれたお茶を飲みながら彼女の話を聞いた。 「先生の診療所は、山村組、数理浄賎教、ユダヤ人研究所、それにオリエンタル・ジューの関係者しか利用しておりません。お気づきに、ならなかったんですか。今回は、すべて数理浄賎教が、資産をもったことが原因です。浄賎教は、金融緩和からコロナ後につづく大相場で、日本市場の四分の一をひとり勝ちしたといわれています。だから今回の相場の回復には、国民のお金がまきあげられただけで、じつはどこも利益がでていないのです。約五〇〇兆円の資産が、数理浄賎教関係にながれこんだと考えられています。  日本民族には、ユダヤの一部族が入りこみ、これをオリエンタル・ジューといいます。ユダヤ人とは、同一の言語も皮膚の色ももたない、もっとも民族らしくない集団といえます。彼らの最終目的は、イスラエルの領土拡張ではなく、世界をユダヤ化することです。ユダヤ人は、世界中の主要都市の三〇%を、自分たちの土地にしようと画策してきました。かつて不動産価格が暴落した東京では、すでに四〇%をおさえ、目標を五〇%にあげています。庶民に好況感がないのに、都心の地価だけがあがるのを不審には思いませんか。東京では、自由に売買できる個人所有の物件は極端に減っているのです」 「オリエンタル・ジューのラビは、三谷康夫といいます。三つの谷です」 「みたに」 「そうです、三谷佳恵のご亭主です」  延子は答えた。だまっていると、 「先生は、ほんとうになにもご存じないらしいですね」といった。  彼女は、秋葉が力なくうなずくのをみると、 「佳恵さんが、奥さまの幸恵さんに浄賎教をおすすめしたのです。先生は三谷と聞いて、なにもお気づきにならなかったんですか」とつづけた。  延子は、彼にたずねた。 「いやそういえば、三谷を雇うときにすこし不思議だった」と秋葉は答えた。 「なにがです」 「妻の実家だ。ただ読み方が違う。おなじ漢字だが、妻は、みたに、だったから、みつやを雇うときに面白いことがあるもんだと」 「いいえ。ほんとうは、みたによしえ、といいます。先生には、みつや、といっただけです。奥さまは三谷康夫の、いとこにあたります。つまり、オリエンタル・ジューの本家です。ユダヤ人は、世界中で巨大資本との合体をくりかえしてきました。ご存知の通り、ロック・フェラーは、アメリカン・ジューとして、ニューヨークの四〇%をユダヤの土地としてもっています。ヨーロッパでは、ロスチャイルドが統括しています。今回、オリエンタル・ジューは、数理浄賎教とむすびつくとことにしたのです。その資金力によって日本の主要都市の最低、三〇%を買いあつめるつもりです。そこに山村組が目をつけたわけです。ミヨコさんを、おくりこんできたのが三年まえということになります」 「もちろん幸一さんも弥生さんも、オリエンタル・ジューの幹部です。  石田は、ユダヤ人研究所、ユダ研のリーダーでした。それでねらわれたわけです。株式市場は、暴力団の重要な資金源です。新興市場は野放し状態で、不動産関係は彼らとむすびつきやすい業界です。  ユダヤ人研究所は、ユダヤ人問題を、国の枠をこえて解決しようとする秘密結社です。私は、もとはユダ研のメンバーでしたが、二重スパイです。秋葉先生のお宅が、いちばん安全な場所なのです。なにしろ先生の診療所で起こる事件は、日々世界に発信され、注目されているのです。それでユダ研は、川村美穂をおくりこんだのです。つまり先生の診療所は、この一〇年間、東京はもとより世界から注目をあつめていたのです」  延子の話は、えんえんとつづいた。  それから、二週間がまたたく間にたった。  延子は、ずっとうちにいる。幸一からも弥生からも、とくに連絡はない。幸恵からも、数理浄賎教からも、なんの話もこなかった。秋葉医院は、平生通りの診療をしていた。ミヨコも三谷佳恵も、川村美穂も、なにも変わらず通ってきた。秋葉はもう一度、数理浄賎教の本部をたずねてみようとも思ったが、意味がないと感じた。はじめから、すべてが無駄だった気がした。 「三〇年の歳月、おれはいったいだれと結婚し、どんな家庭をつくったのだろうか」  秋葉は、思った。そう考えると、思いあたる事件も幾つか起こっていた気がした。  人生には、あとになってから分かることはたくさんあり、そのほとんどは後悔とともにやってくる。                               山岡組の情婦、六四枚、了