眠り虫 由布木 秀 一 ひどい梅雨がおさまって暑くなりはじめた、夜の七時ころだった。 四釜太朗は、コロナ禍のさなかだったから、どこかに旅にでるのも不安だった。不眠の彼は、人通りのすくない夜に市内をうろつけば、健康のためにも好ましいだろうと考えていた。歩きはじめてみると、街には海風がただよっているのか、なんとも蒸し暑かった。行き交う人たちのほとんどは、律義にもしっかりと鼻の頭までマスクを覆っていた。四釜もみんなとおなじように耳にかけていたが、眼鏡が曇って仕方がなかった。人もすくないので、はずすことにした。息ぐるしいのはかなり緩和できたが、それでも汗がじっとりとしみでてきた。東北の街でもこうなのだから、東京はサウナ状態で熱帯夜に違いなかった。風でもふけばと思ったが、天気にケチをつけても仕方がなかった。街の中心部をながれる河原にでもいけば涼しいだろうと考えながら、人の往来がとだえた立派な立木がならぶ通りを歩いて、ブロックをひとつすぎたころだった。そのとき、「睡眠診断師」とかかれた看板がでているのに気がついた。いままで何度も通っているのに、一度も気づかなかったから不思議なことだった。 不眠症の四釜は、「睡眠」という言葉には敏感だった。今日、開店したのだろうか。夜も七時をすぎ、営業しているのかも分からなかった。不審よりも興味がかって、うす暗くてせまいビルの階段をのぼり、あやしげな扉をノックしてみた。「どうぞ」という太い声がして扉口をあけた。そこには、牧師の黒いワンピースみたいな服をまとった、日本人とは、いくぶん雰囲気が違う男性が顔にフェイスシールドをつけて立っていた。顎がはり、韓国系の印象をあたえる大柄の男は、五〇歳くらいにみえた。受付らしい机がおかれ、ながいソファーと衝立で仕切られた部屋は、あかるくクーラーが効いていた。 四釜は、じっとみている男に、ポケットからマスクをとりだし、かけなおした。営業中なのかと聞くと、大丈夫だと答えがかえってきた。それで、睡眠診断師とはなにかとたずねると、睡眠にかんする問題を解決する仕事だといった。国家資格ではないのは間違いなかったが、不眠の相談ができるのかと聞くと、それが専門だと男は答えた。値段をたずねると、一回五〇〇〇円で、とくに追加料金はかからないといった。衝立のむこう側にすすんでみると、まるいテーブルがあり、それをかこんで三人分のソファーがおかれていた。うながされてすわると、「ひどい不眠でもあるのですか」と男は聞いた。それで、小説家なのだが、不眠症でこまっている。生きているうちに、若いころに味わった眠りを一回でいいからとりもどしたい。それは可能なのかと、いつも考えていることを話してみた。 「診断は、できますよ」と男は話をはじめた。 睡眠には、大脳辺縁系という情動をつかさどる脳の内側にある組織と、そこをつつみこむ形でとりまく四つの部分からなる大脳皮質が調和しなければならない。人が眠ると辺縁系から皮質まで「眠り虫」とよばれる蠕虫状の生物が一〇〇分前後をかけて往復する。その虫が元気かどうかは、満足な睡眠がとれるのかどうかに直結する。 「あなたが小説家なら、妄想世界にも思えるでしょう。事実は、仕方がありません。ただし虫とはいっても霊虫です。芋虫みたいな実体をもつ生物が脳の一部を占拠すれば、頭痛がひどくて我慢はできないでしょう。そんな虫が、頭のなかを周期的にうごけるはずがありません。あなたの眠り虫は、自分にしかみえませんよ。もちろん私はプロですから、だれの虫でもみることができます。だから、あなたの眠り虫を脳内からとりだして、診断するのは可能です」 「それは、たいへんな作業になるのですか」 「かんたんです。なんといっても専門ですから。すぐにできますよ」 四釜は、気持ちよく眠りたいとずっと考えてきた。睡眠にかんする本を目にすれば、ほとんど真面目に読んできた。かかれていることは、最低一度は実行してみた。しかし、ふるい流儀もあたらしい方法も、みんな嘘っぱちだった。自律神経の訓練からはじまって、呼吸方法や自己催眠に音楽療法など、どんな治療法も効果がなかった。 睡眠儀式とよばれる方法も存在する。睡眠のために、日常の生活様式をひとつずつつみ重ねていく手段になる。たとえば、一〇時に日光にあびるとメラトニンの調整がうまれ、一二時に五分間、目をとじると覚醒のリズムが活性化する。一七時にかるいストレッチングをすると深部体温がさがり、よい眠りにむすびつく。こうした類いの日課を朝から夜までひとつひとつ重ねていく。一日中、睡眠を考えて暮らすことにつながるから、ほとんどノイローゼの世界に導かれる。ちかごろは、こうした儀式は、科学に「偽装」されているのが特徴になる。入浴時間の設定から、枕の高さと肩関節との位置関係、時計をみるなとか冷たいタオルで頭を冷やせとか、つかう小道具も多かった。寝床にながくいる習慣をはぶけとか、夜は何時に寝ようが朝は決まった時間に起きろとか、当たり前のことがかかれている。横臥するまえに、手をつかった単純作業をすると前頭葉の興奮をしずめる。果ては、就眠と決めた時刻になったら、ユングの錬金術の本を読むのが効果的だ。こうした情報は、とびかっていた。そうとうにこまかいところまで規則をまもる流儀もあって、順番を間違えずに完遂すれば、疲労と緊張から解放され、よく眠れるかも知れない。 だいいち薬剤にしたってたいへんな種類が存在し、現在でも二、三年に一度、まったく作用機序が違うというふれこみで、あたらしい薬が開発される。新薬の需要がみこめるのは、既存の薬物は不充分だからだろう。みんなが睡眠に満足できない状況が常態化し、だれもが悩み、さまざまな睡眠法が世の中に氾濫している。そのあげく、若いときの昼夜逆転が晩年の睡眠障害につながるといわれれば、なにをやっても無駄なのだろう。 四釜は、この診断師の話を容易に信じる者は、ごく少数に違いないと思った。しかし、霊虫が睡眠中に脳内を約一〇〇分かけて周期的にうごきまわり、記憶と情動をあやつるという考えは、比喩なのだろうが、それなりに興味ぶかかった。 「私のばあいは、子供のころからの不眠症ですが、遺伝なのですか」 「とくに、そうした話は聞いていません。睡眠は、かなり個人的な行為です。なにに満足するのかにも、非常に大きな個人差があります。睡眠時間の多寡も、無関係です。眠り虫さえ元気ならば、睡眠について不満をいう方はいないでしょう」 「どこから、とりだすのですか」 「一般的には耳からです。左右どちらでもいいのです」 「痛くはないのですね」 「それは、保証します」 四釜は、なにが起こるのか分からなかった。しかし、終生苦しめられてきた睡眠には、つくせぬ興味があった。どんな手品なのだろうか。眠りをつかさどる虫をとりだすというなら、みせてもらおうと思った。依頼すると、みているまえで診断師は両手をよく消毒して、滅菌箱からペトリ皿をもってきた。マスクはつけたままで構わないといい、背後にまわって四釜の右耳に手のひらでふれた。すこし間があって、なにかを感じ「あっ」と思った。 黒枠の眼鏡をかけた睡眠診断師は、右の手のひらをうえに自分の席にもどった。彼が四釜にみせたものは、体長が一〇ミリくらいの小さな虫で、色はうす紫でぐったりとし、みるからに弱々しかった。 「かなり弱っていますね。あなたの不眠は、あきらかにこの眠り虫のせいです」と診断師はいった。 元気な虫は、もっとあざやかな色彩で、うごきまわろうとするらしい。色は人によってさまざまで十人十色らしいが、にぶい色合いからは、長期にわたりぐあいが悪い状態がつづいているはずだ。酷使したに違いないといった。 「どうすれば、いいのでしょうか」 「私は、睡眠診断師ですから、できるのはここまでです。どうしますか、もとにもどしておきますか」 「なにか手立てがあるのですか」 「そのために、睡眠治療師がいます。聞いてみれば、なんらかの有用な情報を教えてもらえます」 「もしかすると、治療師は、あなたとは違って、もとにもどすことができないのですか」 「そうですね。脳からとりだして診断するのは、私の特技です」 「治療師は、虫のぐあいがついては判断できるのですか」 「それはプロですから、分かります」 四釜は、すこし考えた。うごかない虫をみなおし、「ちょっと分からないことがあるのですが、教えてもらえますか」と聞いてみた。 診断師がうなずくのを待って、疑問を話した。 「治療師の方も、診断はできるのですね」 「とりださなければ、分かりません。あなたが考えている通り、私はとりだし屋ともいったほうがいいかも知れません。外科みたいなものですね。しかし、この作業はとくべつな技術です。それに、とりだし屋と看板をかかげても、普通の人には、なんだかさっぱり分からないでしょう」 「つかぬ事をうかがいますが、虫は死んでしまうこともあるのでしょうか。そうすると、どうなるのでしょうか」 「けっこう、死んでいるばあいもあります。私どもの施設にまで足をはこぶ人たちは、かなりの不眠症で、そうとうに悩んでいる方ばかりです。あなたのお話をうかがって、経過がずいぶんながいらしいので死んでいるのだろうと思いました。そうしたばあい、人間独特のふかい眠りはできません。浅い、ぼうっとした睡眠がつづくだけです。こうした方は、おおぜいいますよ。注意すればば、あなたのまわりにもたくさん暮らしているはずです。眠り虫が死んだまま運転などをなさると、たいへん怖いですね。バスの運転手さんなどで、そういう人をみつけると、職業をかえることを懸命に説得しています。退職なさってとくに仕事をしていないなら、この状態でも生きるのにはさしつかえないわけです」 「年とともに眠りが浅くなるのは、虫が弱ってくるからなのですか」 「そうですね。みなさんは、眠り虫についての知識をもっていません。あなたくらいに悩んで相談にくる方は賢明ですが、多くの人は仕方がないと思って暮らしているのですね」 「その話しぶりからすると、治療師と話しあえば解決法もあるのでしょうか」 「それはプロで、お金をとって生活しているのですから、すこしは増しなことを教えてくれるはずですよ。業界のとり決めで、役割は分担しています。診断がついたのですから、あとは治療師に話して最善の施術を行い、また私がもどす作業をするのがよろしいかと考えております」 「それには、費用はどのくらいかかるのですか」 「お約束ですから、いまならただでやりますよ。後日もどすには、さらに五〇〇〇円が必要です」 「治療費用は、いくらくらいなのですか。保険は、効かないのでしょう」 「不眠症で悩まれているならご存じだと思いますが、こうした科は総合病院にもないでしょう。残念ながら、保険は利きません。治療は、病状にも、あなたの希望にもよりますから、一〇万円くらいは用意したほうがいいでしょう」 「こうした職業は、いつからあるのですか」 「不眠は、みなさんの悩みですから、むかしからです」 「このビルで不眠診断をしているのを、私は今日、はじめて知ったのですが」 「ようやっと、あなたが気がついただけのことでしょう。私は、もう五年以上、ここで営業しています」 四釜は、治療を希望した。 診断師は、今週の予定では治療師は金曜日と土曜日にくるといった。 四釜は、今日は水曜日だったので虫をもどしておいて欲しいと要望した。 診断師は、くりかえしとりだすのは眠り虫の負担になってぐあいが悪いから、治療を希望するならもち帰るようにいった。彼は、四角い透明なプラスチックの小箱をだした。霊虫は、とくに水分も食物も不要だが、なくしたら代わりはないからたいへんだ。それに、眠り虫が外部にでているからふかい睡眠はできない。車の運転などは、やめる必要があるといった。 四釜は、どのくらいたつと、虫をとりだすのにさしつかえがないのか聞いた。 診断師は、せいぜい半年に一回くらいがいいところで、あまり頻繁にだし入れすると、弱った眠り虫にはひどいストレスになり、それで死ぬこともあるといった。 「どのくらいの人が、治療を希望するのですか」 「ほとんどの方は診断だけで納得され、加療するのは一割くらいです」 「なぜ、なのでしょう。みんな不眠だからくるのでしょう」 「そうですが、私どもの話を信じないのでしょう。死んでうごかない虫をみせても、ほとんどの人は、そのままもどしておいて欲しいといいます。手品だと思い、騙された気がするのでしょうが、自分の頭からとりだしたというものを、すててしまうのも不安なのでしょうね」 四釜は、その言葉に納得した。いままで不眠症に苦しめられてきて、こんなに明快に話してくれた人にあった経験がなかった。自律訓練法の講習会にも参加したが、講釈ばかりで実践になると、フロイト時代のヒステリー患者の治療みたいで、医者と患者が協力しなければ成立しないと思えるものだった。 「あずかっては、いただけないのですか」 「できますが、別途の費用がかかります」 診断師は、預託料金が一日につき三〇〇〇円だといった。 とくに世話をする必要もないらしい。しかし、まんいち傷つけるか、紛失したらたいへんこまるに違いなかった。二日間だから、四釜はあずかってもらうことにした。前払いの現金制だといわれ、六〇〇〇円をはらって領収書をもらった。書類をつくって「51」という番号を確認して、白い木製の小箱が一〇〇個ならぶ陳列ケースの該当する場所の箱に、彼の「眠り虫」をおさめた。 「アルコール消毒は、こまめにしていますからコロナは大丈夫です」と診断師はいった。 四釜は、左のうえに「1」があり、横に「10」まで、それが縦に一〇までつづき最後の右下に「100」とかかれて陳列ケースにならぶ小箱をながめ、なかにあずかった眠り虫が入っているのかと聞いた。そうだと診断師が答えたので、一度、ほかの人の虫もみたいと意向を話した。案外かんたんに許可がでた。帳面をしらべて、「30」代の列はどれも入っていると答えたので、「35」くらいをみたいといった。 診断師は、その番号の箱をとって蓋をあけてなかをみせてくれた。 「なにもありません」 「黄色の虫がいます。あなたの眠り虫より元気で、すこしうごいています。女性の方の虫ですね」 「男と女では、なにが違うのですか」 「女性の虫のほうが、ほっそりとしています。男性とは、頭部の容量が違いますからね。子供さんの虫も、やはり小さいです。お子さんがくることは、ほとんどありません。あなたも、子供のころに診断をうけて治療すれば、ぜんぜん違った一生をすごせたはずです」 診断師はいって、小箱に蓋をしてもとの場所にもどした。 四釜は、たしかにそうだろうと思った。眠れないから、寝床で考えざるをえず、ついには小説家にまでなってしまったのだった。朝起きるのが苦手で、授業にも遅刻し、会社にもつとめられなかった。不眠でなければ、べつの人生だったに違いなかった。考えても仕方がなかったが、素晴らしい生涯をおくることだってありえたのだ。 四釜は、自分の虫を撮影してもいいかと聞くと、許可されて「51」の箱のなかをみせてくれた。うす紫のほとんどうごきのない眠り虫を確認し、携帯で写真をとってみた。しかし、箱の中身はうつらなかった。 「最初にいった通り、あなたにしかみえないのですよ。分かってもらえますか」と診断師はくりかえした。 四釜は、二日後の金曜日の夜にもう一度くると約束し、あずかり証と予約票をもらって外にでた。八時をすぎていたが戸外の蒸し暑さはなにもかわらず、帰ることにして自宅まで歩いた。 四釜は、帰宅して風呂に入り、新聞や本を読んだが、すこしぼんやりとなったので二時ごろに横臥した。眠れる予感はしなかった。きっと寝つけないだろうと思いながら、身体のむきをかえて時間をすごした。まったく眠れず、翌朝一〇時ごろに起きると、彼の妻は「よく寝ていた」と答えた。四釜は、結婚してからずっとおなじことをいわれてきた。妻からみると、彼はいつもよく眠っているらしい。「眠れなかった」といえば、「可愛そうに」とはいってくれるが、ほんとうはちゃんと寝ていると考えるらしい。たしかに、妻が起きだすのを知らないことも度々あるから、ずっとぎらぎらと目覚めているのではないらしかった。不眠は、典型的な自覚症状だった。眠られずに死ぬ者はいないのだろうが、そのまえにノイローゼになって自殺するのだろう。不眠症は、客観的にはよく分からない疾病なのだろう。つきつめれば、睡眠にたいする満足感によって決められる。病気とよぶべきかは、個人が「どれだけ問題にするか」によっていた。だから不眠の苦痛とは、その人が従事する仕事の内容にも左右されるのだろう。 四釜は、小説の構想が浮かぶと、どうしても寝つけなかった。彼の望みは、二〇時に眠って、四時に起きる。そこから一二時までの八時間が、ゴールデンタイムだった。睡眠が足らないと、翌朝、頭が冴えなかった。昨晩、浮かんだ構想は、集中できないといくら考えても文章にならなかった。仕方なく寝床で横臥しても、日中、眠れたことはなかった。「眠たい」と感じた記憶が、脳裏からかんぜんに消失していた。 四釜は、ほかの人はこんな話を信じないだろうと思った。しかし、彼はこの診断師をかなり信用していた。だから、今日も眠れないだろうと思っていた。こうした予感は、不眠症で苦労している者には分かることだった。けっきょく木曜日もほとんど一睡もできず、翌日の昼頃に仕方なくベッドをはなれて、妻から「眠っていた」と指摘をうけた。新聞を読む気力もうせ、身の置き場もないだるさを覚えながら夜まで待った。 四釜は、食欲のある不眠症患者はいないだろうと思った。不眠の人たちが、かならず痩せているとはかぎらないだろう。しかし彼は、太った不眠症の人をみたことがなかった。 四釜は、夕食も適当にすませて、七時をすぎたころに家をでて、また蒸し暑いなかを歩いて睡眠診断師のところまでいった。予約の時間よりも一五分はやかったが患者はいなかった。 フェイスシールドをつけた診断師は、おなじ黒いガウンを羽織り、シールドで顔を覆った小柄な睡眠治療師を紹介した。彼は、あずかり証と照合し、小箱をもってきて蓋をあけた。それから、手をよくアルコール消毒し、滅菌灯がつく黄色い箱からとりだしたハンカチに似た白い布をテーブルにしき、そこに四釜の眠り虫をおいた。まるい机をはさんで、治療師と三人でいっしょにみた。 ライトを調節すると、一〇ミリほどのうす紫の蠕虫は、浮きあがってみえた。 「どの程度まで、ご希望ですか」と治療師は四釜に聞いた。彼は小柄で、うすい緑色のレンズが入った金属製のまるい眼鏡をかけていた。診断師は、韓国人に思えた。治療師は、流暢な日本語をしゃべっていたが、中国人のようだった。かなりの年輩だった。額にはふかい皺がより、七五歳はこえているようにみえた。 治療師は、治療には、松、竹、梅があるといった。眠り虫の状況に応じて、金額が違ってくる。四釜のように生きていれば、梅コースがいいだろう。死んでいるばあいなら、松コースを選択してもらう。三〇万円かかるが全快になり、若いころみたいな眠りが再現できるといった。 四釜は、死んだみたいに眠れるなら、値段が高いとはまったく思わなかった。みんなが、どんな治療を希望するのかたずねた。 「死ぬまで、眠り虫が元気で機能してくれればいいという人がいちばん多いですね。そういう方には一〇万円で一〇〇歳までは保証する治療をしています。ぐっすり眠った感じがでるまでの加療を希望する方がたもけっこういます。こうした人たちには、相応の治療をしてご満足いただいております。あなたみたいに、死んだみたいにというまでの希望は、少数派です。一定の年齢以上の方は、そこまで眠るとなるとそのまま死亡する可能性もあるかも知れないと、考える人が多いのです。睡眠と死は、まったく違います。死んだみたいに眠っても、亡くなることはありません。深睡眠は、人間の思考活動や言語活動のためには必要不可欠です。この眠りがないと思考をまとめられませんから、なにかを感じても論理化できません。ふかい睡眠では、獣や敵におそわれたときに、緊急的な対応をとれませんから、定期的に起きやすいリズムをもつ者のほうが、生存に有利だったのでしょう。人の歴史には、夜が恐怖だった時期がながかったのでしょう。きっと、そこにも淘汰が起こったのでしょう。いまでも火事など緊急事態が生じたばあい、あまりにふかい眠りでは起きられないでしょう。だから、みなさんの考えにも、一理はあるのです。お話をうかがうかぎり、あなたは、よほど睡眠飢餓の状態なのですね」 「その通りです。ぐっすりと眠れるのなら、死んでもいいと思えるほどなのです。ただ死のまえに、とことん寝たと感じるには、一度は目が覚めて、眠りを実感する必要があります。そのまま死亡するのは、希望してはいません。もしかすると私は、睡眠にたいする理想が人より高いのでしょうか。眠りには満足感がどうしても必要で、質が問われると思います。ただ横臥して一晩中夢をみて、起きているのか分からないばあいは、よい睡眠とはとてもいえません。起床時の爽快感、よく眠ったという充足感、疲労がとれたという解放感がどうしても必要です。それに、私が望むのは、自然と眠気を感じることです。昼に眠りたいと思って横になっても、だるくぼうっとするだけで眠れないのです。眠たくなって就眠したいのです。今夜こそ、眠らねばならないと考えてしまうのです。睡眠は私の権利で、義務ではないのですから、おかしいですよね」 「眠たくなるのは、眠り虫がはたらいている証拠です。死んでしまえば、眠気はおとずれません。眠るとは、寝ている現実を忘れる状態をさします。ですから、夢をみたと感じたら覚醒しているのです。とはいっても、睡眠のなかでほんとうに気持ちがいいのは、この状態なのです。自己愛撫刺激という言葉を、聞いたことはありませんか。脳の特定の部位を電気で刺激すると、快感が起こるのです。ペダルを踏むと、そこに電流がながれるように設定します。猿で実験すると、快感をもとめて、ずっと押しつづけます。眠り虫は、自己愛撫刺激の部位に作用するのです。よく眠るためには、周囲の関心をとりさるのが、とても大切です。眠りのコツは、自惚れることなのです。あなたの寝室は、かんぜんなプライベートゾーンです。他人が関与できる部分ではないのです。そこで、あなたがどれほど勝手に自惚れて自己陶酔にふけっても、だれも文句がいえないのです。楽しい空想に満たされ、全能にあふれるかんぜんな自己愛状態にでもなれば、かならずよく眠れるはずです。眠り虫は、あなたがすっかり忘れている、全能感をとりもどしてくれるのです」 「すごいですね。お話をうかがっていると、興奮してきます。それで先生は、死んだ虫のばあいにも、なんとか治療してしまうのですか」 「そうですね。診断師の先生から聞かれたかも知れませんが、虫が絶命したからといって、人が死ぬわけではありません。放置しておいてもいいのです。とはいってもこのばあい、充分な睡眠がとれない状況が出現します。死んだ虫を生きかえらせるのは無理です。あたらしいものを入れるのは可能です。この治療は、眠り虫を霊力でつくりだすので、けっこうたいへんで二〇万円くらいかかります。新品だからといって、すべてがいいとはかぎりません。やっぱり本人と四〇年、五〇年とつきあってきた虫でないと分からない、相性がありますし、眠りの充足感はいまひとつでしょう」 「死んだ眠り虫は、そのままにしておいても構わないのですか。診断師さんの話では、そうしたばあいでも、本人の希望で脳にもどすとうかがいました。死んだ虫が、悪さを起こすことはないのですか」 「私も、ながくこの仕事をしておりますが、とくに問題になった事例はありません。死んだ眠り虫は、機能を終えるだけです。あなただって、実体のある虫が脳にいるとは、思わないでしょう。霊的な死滅と、実際の死没とは、まったくべつの話です。あなたくらいの年齢の方では、三割くらいは死んでいます。年とともに増加するのは、認知症とおなじです。ただこの病気は、世間の理解が足りないというか、ある程度の年齢になると、精神的活動をする必要がなくなるのでしょうか。身体が元気でも、眠り虫が死んでいるのは、もったいないです。啓発活動をしたいのですが、虫は本人にしかみえませんので、不可視のものを信じるのは、人間にはできないのですね」 四釜は、疑問もほぼでつくしたので、眠り虫を全快にまでなおしてもらいたいとつげた。 治療師は、もう一度アルコールでよく手を消毒すると、合掌してから、虫を平らにした右の手掌にのせた。左の手のひらをうえにあわせて、念をこめはじめた。両手がぶるぶるとふるえ、呼吸があらくなった。そんな状態が五分くらいつづくと、彼は左の手のひらをどけた。 四釜の眠り虫は、きらきらと紫に輝いていた。頭だか尻だか分からないが、身体をゆすってリズミカルにうごいていた。 「どうですか。元気そうではありませんか」 「これは、いいですね」と四釜は答えた。 「では、もどしてもらいましょう」 治療師がいうと、診断師はよく手を消毒して自分の手のひらにおいた。大きくうなずくと四釜の右耳のそばにもってきて、念をこめた。その瞬間、なにかが「もぞもぞ」と入っていく感じがした。 「分かりますか」と診断師が聞いた。 「ええ」と四釜は答えた。 それで約束した金額をクレジットではらって、礼をいってビルをあとにした。八時をすこしまわったころで、戸外は風もなく蒸していた。しかし、今夜はよく眠れる予感がした。 四釜の人生は、すっかりかわった。それこそ朝から晩まで快い眠りのなかで、夢幻の領域をさまよっていた。幼少のころからずっと望んだ、全能感と自己陶酔に満たされた幸福な世界にただよっていた。四釜は、くりかえしおとずれる、レムとノンレムのゆるやかな波を感じつづけていた。自分が「眠り虫」になったのではないかとも考えていた。 四釜は、大脳表面にただよう雑駁な出来事を、すべて担って大脳辺縁系にはこんでいく。そこで所定の場所におさめて、また表面に浮かびあがる彼は、果たして目覚めているのだろうか。こんこんと、ふかい眠りについているのだろうか。すべてが満たされ、小説をかく理由もなくなっていた。だいいち、まだ生きているのだろうか、それとも、もう死んでしまっているのだろうか。 「心地よい眠りは、きわめて死にちかい」と本にかかれていたのを四釜は思いだした。 三〇枚、了 二 目を覚ました居城雅彦は、心の底から満足していた。彼は、快眠の余韻に浸っていた。脳裏は一点の曇りもなく、どこまでも冴えわたっていた。大脳はもとより、身体中のすべての細胞があらたにうまれかわり、力がみなぎってくるのを切々と感じた。 かつて味わったことのない、心地よい夢をみつづけていた気がした。雅彦のなかで、眠りは、いつしか不安をひき起こすものになっていた。そうでは、なかったのだ。荘さんが自己愛撫刺激の話をしていたのを思いだした。快楽中枢に電極を入れると、快感をもとめて猿はずっとペダルを踏みつづける。睡眠は、じつは快楽とよんでもいい感情をひき起こすのだ。若いときに、それを知っていたのだ。だから、自分の睡眠にどうしても納得できなかったのだ。それが五〇年の歳月をへて、彼の手にもどってきたのだった。 機能のいい眠り虫が、存分のはたらきをしたのはあきらかだった。 雅彦は、今日が記憶にのこる素晴らしい一日になると確信した。 枕元の時計をとりあげてみると、一一時をさしていた。彼は、自分がふかく感激していることに気づいた。これ以上、横臥をつづけてはいられないと思った。寝床をはなれ、階下におりていった。食卓テーブルのうえには、お結びがふたつおかれていた。そばにフラッグが立てられ、赤いハートのマークの下に、「散歩」とかかれていた。 雅彦が眠り虫について知ったのは、二週間ほどまえだった。 夜に街を散策していたとき、とつぜん「睡眠診断師」という看板をみつけた。月に幾度かは歩く道だったので、不思議に思った。七時もすぎ、営業しているのかも分からなかったが、うす暗くせまいビルの階段をのぼり、あやしげな扉をノックしてみた。 「どうぞ」という太い声がして扉口をあけると、牧師の黒いワンピースみたいな服をきた、日本人とは、いくぶん雰囲気が違う大柄な男が立っていた。 じっと雅彦をみつめる黒縁の眼鏡をかけた男性に、営業中かと聞いた。 睡眠診断師と名乗る痩せた男は、衝立の奥にすすむよう指示した。そこには、まるいテーブルがあり、三人分の椅子がおかれていた。ひとつの席には、睡眠治療師の荘さんと名乗るサングラスをかけた小柄な老人がすわっていた。その先には、もうひとつ衝立が立てられていた。 雅彦は、うながされるままに椅子にすわり、ふたりに頑固な不眠について話した。彼は医者をしていたが、既存の治療法はまったく役に立たないといった。 診断師は、睡眠について最新の知見を講義した。 眠るためには、脳の内側にある情動をつかさどる大脳辺縁系と、そこをつつみこむ形でとりまく四つの部分からなる大脳皮質が調和しなければならない。大脳表層部は、短期記憶と関係している。人が眠ると辺縁系に在住している「眠り虫」とよばれる蠕虫状の生物が、表層部にむかって記憶をとりこみにくる。その虫が元気かどうかは、満足な睡眠がとれるのかどうかに直結している。雅彦が医者というのなら、容易には信じられないだろうが、事実だから仕方がない。虫とはいっても霊虫だ。芋虫みたいな実体をもつ生物が脳の一部を占拠すれば、頭痛がひどくて我慢ができない。そんな虫が、頭のなかを周期的にうごけるはずがない。 眠り虫は、約一〇〇分のサイクルで大脳表層部まで浮上し、一日に生じた雑駁な短期記憶を整理し、必要なものだけをえらんで深部の辺縁系にはこび、長期記憶として定着させる。虫が表層に浮かびあがって断片的な思い出に接触すると、レム睡眠がつくられる。眠り虫が有能ならば取捨選択の作業はきわめて適確で、レムの時間を大幅に短縮できる。虫が辺縁系にながくとどまることにより、満足のいくふかい睡眠がうまれる。学問的には、不安夢をみている状態は、すでに日常を想起し、覚醒と考えるべきだろう。年をとると若いころの睡眠ができなくなるのは、眠り虫の機能の低下によっている。ふと目覚めると夕方だったりするのは、虫が大脳皮質表層部で、ほとんど停滞しないことによってうまれる。そのときには、自分の記憶と無関係な心地よい夢をみるはずだ。快適な睡眠とは、不安から解きはなたれ、胎蔵界の曼荼羅にかかれた慈愛に満ちたものに幾層にもわたってとりまかれる状況だ。いうならば、子宮に抱かれていた阿頼耶識の世界なのだ。安穏として、暖かく、不足がない神と一体化する状況だろう。とはいっても、睡眠は昏迷とは違う。不慮の事態、たとえば火事などが起こって覚醒する必要があれば、機能がよい眠り虫のばあい素早く表層部に上昇する。つきつめれば良好な睡眠とは、この虫がきちっと目覚めて適確にはたらいている状態だといった。 診断師の仕事は、頭蓋からとりだした眠り虫を診断することだ。特殊な教育をうけていない一般人は、自分の虫しかみえない。彼は、プロだから他人の眠り虫と比較することができるといった。 雅彦は、気持ちよく眠りたいとずっと考えてきた。睡眠にかんする本を目にすれば、ほとんど真面目に読み、できることはやってきた。自律神経の訓練からはじまり、呼吸方法や自己催眠、α波による音楽療法、参禅など、どんな治療法も効果がなかった。医者をしていたので、あらゆる薬剤は試してみた。どんなに効果をみとめた薬でも、すぐに耐性ができてしまう。いったん無効にかわると、量を増やしても日中、清明ではいられなかった。 「どこから、虫をとりだすのですか」と雅彦は聞いた。 診断師は、耳からで、左右どちらでもいいといった。料金は五〇〇〇円で、痛みがないことも保証した。 雅彦は、どんな手品なのだろうと思った。睡眠には、ずいぶん苦労してきた。年とともになおるという病気ではなかった。ちかごろは、元来の寝つきの悪さだけでなく、中途覚醒にこまり果てていた。眠りをつかさどる虫をとりだすというなら、みせてもらいたかった。手頃な値段だったので依頼すると、診断師は両手をよく消毒し、滅菌箱からペトリ皿をもってきた。背後にまわって、両方の手のひらで彼の左右の耳介部にふれた。 すこし間があって雅彦は、右耳のなかでなにかがうごくのを感じ、「あっ」と思った。 診断師は、左の手のひらをうえにして、自分の席にもどった。彼がみせたものは、体長が一〇ミリくらいの小さな虫だった。色はほとんど透明ともいっていいうす紫色で、ぐったりとし、あきらかに弱々しかった。 診断師は、かなり弱っている。不眠の原因は、この眠り虫のせいだといった。元気な虫は、もっとあざやかな色調で、うごきまわろうとする。色は、十人十色だが、うすい色合いからは、かなりながい期間ぐあいが悪い状態がつづいていたはずだ。病気だったのに、つよい睡眠薬でもつかって無理やりはたらかせ、ひどく酷使したに違いない。可愛そうなくらいだといった。 雅彦は、治療についてたずねた。 睡眠治療師の荘さんは、ここからは、自分がプロだといった。彼は、ゆうに七〇歳はすぎたと思える小柄な中国人だった。大きなまるい金縁の色眼鏡をかけ、頭は禿げていた。 荘さんは、霊力を注入し、虫を元気にすることができる。もちろん治療費は、別途だといい、料金体系を説明した。眠り虫が弱っているばあいは、霊力を注入する。そうして若いころの状態まで機能を復活させる梅コースが一〇万円。霊力によって、あたらしい眠り虫を人工的につくりだし、ぐっすり眠ったと感じられるまで回復させる竹コースが二〇万円。不要になって市場に出回っている機能が良好な虫に入れ替えるばあいは、松コースで三〇万円かかる。健康保険は、効かない。診断だけでいいのなら、このまま脳内にかえす。虫をもとの場所にもどして、最初に約束した通り、診断料は五〇〇〇円となるといった。 どのくらいの人が、治療を希望するのかと雅彦は聞いた。 「ほとんどの方は診断だけで納得され、加療するのは一割くらいです」 「なぜ、でしょうか。みんな不眠だから、くるのでしょう」 「そうですが、こうした話を信じないのでしょう。死んでうごかない虫をみせても、ほとんどの人は、そのまま、もどしておいて欲しいといいます。手品だと思い、騙された気がするのでしょう。そうはいっても、自分の頭のなかからとりだしたといわれるものを、すててしまうのも不安なのでしょう」 荘さんは、落ちついた感じで答えた。流暢な日本語だった。 雅彦は、その気持ちが分かる気がした。 「虫は、死んでいることもあるのですか。そのときには、どういう事態が生じるのでしょうか」と聞いた。 眠り虫が死んでいるばあい、人間独特のふかい眠りはできない。犬などとおなじで、いつでもどこかが目覚めている、浅いぼうっとした睡眠状態がつづくだけだ。こうした者は、おおぜいいる。注意してみれば、雅彦のまわりにもたくさん暮らしているはずだ。眠り虫が死んでいる者が車を運転すると、集中力が落ちるのでたいへん怖い事態が起こりうる。高齢者の自動車事故は、ほとんどが虫の機能不全によるものだろう。バスの運転手などのばあい、職業をかえることを懸命に説得する。退職してとくに仕事をないなら、この状態でも生活するには支障ないといった。 そうかも知れないと、雅彦は思った。 宮本武蔵など剣の達人は、夜間、どんなに眠っていても、忍びの者たちが襲ってくるのに気がつくらしい。すくなくても小説には、そう記載されている。これは、武蔵が夜間、就眠時にレム状態をつづけていたことを意味するから、ふかい眠りなど味わえなかったはずだ。そうなると、達人は、日中、清明といえる覚醒状態ではなかったに違いない。おそらく昼は、ぼうっとして暮らしていたのではないか。なにかを問われても、反応が遅延するのだろう。周囲の人びとからは、常人とは違い、悟っているようにみえたのかも知れない。 雅彦は、治療を希望した。松竹梅のコースについて、より詳細な説明をもとめた。 梅コースでは、眠り虫が一〇〇歳くらいまで死なないように霊力を注入する。とはいっても、一度の処置ではかぎりがある。三、四年が望ましいが、最低でも五年に一回は、点検したほうがいい。その機会ごとに霊力を注いで、経過をみる必要がある。この方法で眠り虫の機能は、ほとんど若いころの状態に復帰するから、いまとは比較にならない睡眠が約束される。 竹コースは、神通力をつかって新品をつくり、それを脳内に注入する。まったくあたらしい虫だが、あくまで人工的なものなので、相性があうかどうかは、やってみないと分からない部分がある。このばあい、レムとノンレムは、はっきりと区別される。つまり、夢をみることになる。不眠症で悩む者の多くは、夢見に問題がある。浅くぼうっとした睡眠とは、夢をみつづける状態をさしている。だから夢路が楽しければ、不眠は苦にならない。不眠症では、好ましい夢を観覧しないことが知られている。レム睡眠中に悪夢をみれば、睡眠としては浅いから、すぐに覚醒につながる。とはいっても、機能がいいので、眠り虫は、大脳皮質でのとりこみ作業を素早く終えるので、レムの時間は圧倒的にすくない。一般的には、充分な睡眠が保証される。 松コースは、よく眠れる者の眠り虫を治療につかう。このばあい霊力で人工的につくりだした虫ではないから、人との相性はたいへんよい。よく眠れるという本質は、悪夢をみないことだ。機能の優れた眠り虫が辺縁系にとどまる状態は、自己愛撫刺激を行っているのとかわらない。雅彦は医者だというから専門なのだろうが、誤解しているのではないか。死んだような睡眠状況は、かならずしも快眠とはいえない。たとえば麻酔をかけたばあい、痛み刺激を忘れるほどに眠っているが楽しくはない。つまり、つよい睡眠薬によってつくられる状態は、就眠したつぎの瞬間に起きていることになる。睡眠していた時間が、なくなるだけなのだ。これでは満足のいく眠りとはいえない。よく寝たという感じは、睡眠中に起こった楽しい感覚を思いだしているのだ。ノンレムばかし継続するなら、眠った気はしないはずだ。心地よい夢がつづくのなら、レムは楽しい時間になる。つまり、このコースのばあい、睡眠の満足度はきわめて高いといった。 雅彦は、松コースに魅力を覚えた。若いときに満喫した睡眠が、なんだったのか朧気に思いだした。たしかに彼は、眠るという行為を渇望しつづけていた。いい夢に遭遇しなかったので、悪夢をみないことばかし考えていた。楽しい睡眠など、すっかり忘れていた。心地よい夢をともなうふかい眠りをもう一度、味わえるなら、三〇万円は決して高くはないと思った。しかし、いくつか疑問はあった。 不要になった彼の眠り虫は、どうするのかとたずねた。 荘さんは、ひきとることはできないと答えた。もうすこし活力があれば中古市場にだせるが、とても売り物にはならない。記念としてもち帰り、かんぜんにうごかなくなったら死亡と判断し、埋葬に準じる手立てを考えたらどうか。自分のものが死んでいくのをみたくないなら、無料で処分するといった。 雅彦は、その話から、眠り虫の中古市場があることを知った。松コースの虫は、そうした市場から調達するのかとたずねた。 荘さんは、そうだと答えた。 雅彦は、眠り虫の死亡判断についてたずねた。 荘さんは、死ぬと、うごかなくなり色調がなくなる。透明化していき、自分のものであっても、最終的には判別できなくなる。彼の虫は、その一歩手前だといった。 雅彦は、松コースの治療を希望した。話によれば、このコースは実在する人の眠り虫を使用するらしい。提供した者は、どうやって眠るのだろうか。すべてが、なにかの比喩なのかも知れないと彼は思った。 荘さんは、調達に二週間程度かかるといった。雅彦がこんこんと眠れる質がいいものを希望すると、よく探してみる。もしかすると、良質な眠り虫を手に入れるには、一ヵ月くらい必要かも知れない。入手できたら、あらためて連絡すると答えた。 荘さんは、ペトリ皿のうえでぐったりとしているうす紫色の眠り虫をみて、一ヵ月、もつかどうかも不明な状態だといった。 「それでは、梅コースも依頼しなければならないですか」と雅彦は聞いた。 荘さんは、松コースをえらんでくれるなら、霊力注入はサービスして、半額の五万円でもいい。しかし正直にいうなら、雅彦の眠り虫は、ほとんど危篤状態だ。もって、二週間だろう。一ヵ月先までは、とても保証できないといった。 雅彦は、せっかく入れ替えてもらうのなら、万全なものが欲しいと思った。とはいっても、それまでのために竹コースも購入しなければならないのは、納得ができなかった。 荘さんは、一日あずかって治療してみたいといった。 「弱っているので、一気にリビドーを注ぎこむのは、かえって危ういでしょう。一日つかって徐々に注入して、なんとか一ヵ月間、待てるようにしたいと思います。あまり大きな期待は、かけないでください」といった。 眠り虫は死んでいても大丈夫だから、幾日かなくても心配はいらない。とはいっても、夜は充分に眠れないだろう。雅彦は退職しているのだから、運転だけはしないで欲しい。可能な処置には限界があるから、幾日あずかっても元気にはならない。明日の夜、七時ごろにひきとりにくれば、頭のなかにもどす作業をすると荘さんはいった。 診断師は、「51」とかかれたあずかり証を手渡した。 雅彦は、前金の一〇万円をクレジット決済して、その日は帰った。 騙されたみたいだったが、荘さんの話をかなり信用していた。だから眠り虫をとりだした以上、その日は眠れないだろうと思った。こうした予感は、苦労している者には分かることだった。彼が診察していた不眠の患者も、ときどきそんな話をした。 雅彦は、帰宅して風呂に入り、新聞や雑誌を読んだ。一時ごろに、すこしぼんやりとなったので横臥した。眠れる予感は、まったくなかった。きっと就眠できないだろうと思いながら、身体のむきをかえて時間をすごした。ぎらぎらとした思いで、翌朝一〇時ごろに寝床をはなれると、妻の幸恵は「よく寝ていた」といった。 雅彦は、新聞を読もうとする気力もうせ、身の置き場もないだるさを感じながら夕方まで待った。適当に夕食をすませ、七時すぎに家をでて、爽やかな風をうけながら歩いて診断師のところまでいった。予約の時間よりも一五分はやかったが、患者はいなかった。 黒縁の眼鏡をかけた大柄の診断師は、前日とおなじ黒いガウンを羽織っていた。 彼は、あずかり証をみて、「51」とかかれた小箱をもってきて蓋をあけた。それから、手をよくアルコール消毒し、滅菌灯がつく黄色い箱からペトリ皿をとりだした。テーブルにもってくると、その真ん中に雅彦の眠り虫をおいた。ライトを調節すると、一〇ミリほどの蠕虫は、うす紫色をしていた。うごきは、前日と、それほどかわっているとは思えなかった。 「ここまでが、限界でした」と診断師はいった。 治療師の荘さんは、一晩をかけて霊力をゆっくり注入した。今朝も、やっていたが、これが限界という話だった。彼は、今日、べつの睡眠診断師のところにいっている。 良質な眠り虫をできるだけはやく調達したいが、二週に一度しか市場はひらかれない。中古市場には、出所が不明な闇サイトもある。効果は分からないし、微妙なものだから、素性が判明している公式なサイトで手に入れるほうが安心だ。よい品をえらぶには、一ヵ月はみてもらいたい。そのあいだにかんぜんに眠れなくなったら、眠り虫が死んだと考えていい。昨晩とおなじ状況になるから、自分で分かるだろうといった。 診断師は、よく手を消毒して右の手のひらに眠り虫をおいた。大きくうなずくと、手掌部を雅彦の右耳にあてて、念をこめた。 その瞬間、なにかが「もぞもぞ」とうごく感じがした。雅彦は、「あっ」と思った。なにかが、通りぬけた感じだった。 「分かりますか」と診断師が聞いた。 「ええ」と雅彦は答えた。 診断師は、かわった事態が起こったら連絡するようにいった。 それが、二週間まえのことだった。 雅彦は、あきらかに不充分な睡眠状態に我慢していた。眠れない者にとって睡眠薬は、かならずしも有効ではなかった。よく眠りたいという希望は、充分に考えるなら、起きているとき清明な状態でありたいと願うのと同一だった。日中、それほど頭が冴えていなくとも構わないという人には、睡眠にとくべつな望みはないのだろう。だから、不眠を嘆くのは、職種にもよるのだろう。公共交通の乗務員、バスとか電車、さらに旅客機などを運転する者は、多数の乗客の命をあずかるので、どうしてもよく眠りたいと考える。その思いが、飲酒という形で表現される。酒を飲んでも、眠りたい。それでも希望が叶わなければ、不安からさらに過量に落ち入る悪循環になるのだろう。 一週間まえに、あきらかに睡眠は消失した。 雅彦は、かんぜんに眠り虫が死んだに違いないと思った。診断師に連絡すると、とりだしたのが最終的なストレスだったのだろうといった。至急に、なんとかしたい。荘さんからは、いいものが手に入らないという状況しか聞いていない。もう一度、雅彦の事情を連絡するから、待っていて欲しい。車の運転は、しないほうがいいといった。 いったん寝つけないと確信すると、睡眠薬はまったく効果がなかった。多量に服用しても眠れず、日中になると効いてくるのか、一日中、ぼんやりとした状態がつづいていた。なにかをする気力もでず、仕事をもっていたら、たいへんだろうとしか思えなかった。読書など頭をつかう行為などはとんでもなく、テレビもつける生気もなかった。映画などまとまったものは考えられず、漫画をながめることさえできなかった。食欲も起こらず、心身ともに疲れ果てていた。それにもかかわらず、性的な妄想だけはつづいた。そうした本能を、抑制する力がどこにもなかった。つまり、理性がかんぜんに消失した状態だった。気力もないので、なにもできなかったが、それにもかかわらず性的な妄想にさいなまれていた。 雅彦は、眠れない寝床のなかで、なぜこうなったのだろうと考えつづけていた。 不眠に気がついたのは、小学生のころだった。夜中の〇時をすぎても、眠くならなかった。小学生だったから、勉強しているといえば両親からひどく怒られることはなかった。しかし、朝はどうしても起きられず、よく遅刻した。さらに、眠りが悪いと頭が痛くなった。ひどいときには、吐き気がし、実際に嘔吐した。いっしょに暮らしていた祖母は、頭痛なら鉢巻きすればいいと教えてくれた。彼女は、ほそい紐をつかって頭部をきつく締めた。ぐいぐい締めあげると、痛いのが内側なのか外側なのか分からなくなった。これでいいとは思えなかったが、やがて時間とともにおさまった。子供心にも、良策とはいえないだろうと思った。 両親は、さすがに心配してくれた。ふたつの大学病院を受診して検査をうけさせた。どちらも、偏頭痛という診断がつけられた。痛いときには鉢巻きをつかうのをやめ、頭痛薬を服用するように指示された。偏頭痛は、遺伝するらしい。母も若いころは頭痛もちだったと話していた。雅彦には四人子供がいたが、長女は偏頭痛で悩んでいた。三人の子供たちは、頭痛を訴えなかったから、遺伝子座は、複数あるのだろうと思った。 雅彦が社会人になってからは、偏頭痛は起こらなくなった。気にはしていたので、CTやMRIなどの検査も幾度かうけてみたが異常はなかった。偏頭痛は思春期に起こりやすいと記載された文献もあった。それで完治したのだろうと考えていたが、退職してから再発した。哲学や宗教に関心がふかかった彼は、こうした類いの難しい本を読みだすと頭痛がはじまった。睡眠が充分なときには文章を理解できたが、寝不足では痛みが起こった。考えをまとめようと思うと、頭が痛くて仕方がなかった。医者をしていたころは、ほとんど眠らないで勤務するばあいもあったが、とくに頭痛は起きなかった。そうなると、医療行為は体力をつかうだけで頭脳労働ではなかったのだろうか。職場では白衣を常用していたが、とくにホワイトカラーとはいえなかった。患者さんと接するために、清潔感が必要だっただけなのだ。よく考えると外科医だった雅彦は、手術場では緑色の上下に着替えていた。この全世界共通の術衣は、医者がかんぜんなブルーカラーだと示していたのだ。退職後は、すっかり不眠で悩むことになった。 大学時代は、心にのこる快眠の思い出があった。夜間はまったく眠気が起きないので、明け方に眠った。大学にもすっかりいかなくなって、浜辺で暮らしていた時代があった。借りていたアパートの窓を本棚でとじて真っ暗にし、自分の気持ちの赴くままに生活してみた。八時間眠り、一六時間起きる二四時間の生活リズムよりは、二七時間のほうが彼にはあっていると思った。勝手に暮らしてみると、目覚めるのは夕方だったりした。一度目が覚めてから、寝床をはなれずに夢想する。この気持ちのよさは、一生の思い出になった。しかし、こうした生活をおくったために、概日リズムがかんぜんに崩壊し、生涯の不眠にかわった。 雅彦は、一週間ほどして、ようやく診断師から連絡をうけた。 「明日、荘さんが現物をもってくる。ずいぶん、とおくにまで足を伸ばしたらしい。夕方の七時に来店して欲しい」と診断師はいった。 翌日、雅彦は、タクシーで睡眠診断師のビルに出向いた。 「ずいぶん、お疲れのようですね」 荘さんは、居城雅彦のげっそりとした様子をみていった。 雅彦は、その言葉にうなずくと、目のまえにおかれていた椅子に腰をおろした。立っているのも億劫だった。 「いつから、そんなぐあいなのですか」と荘さんは聞いた。 「七、八日まえからずっとこんな感じです」 「かなり弱っていましたから、不思議ではありません。懸命に治療しましたので、もうすこしはもつだろうと思っていました。とりだしたのが、大きなダメージをあたえたのですね。早晩、死ぬのは確実でした。ちょうどいいときに、うちにきてくれました」 荘さんはそういいながら、雅彦に衝立の奥にいくように指示した。 すすめられるままに、まるいテーブルに腰をおろした彼は、ふかい溜め息をついた。 雅彦がぼうぜんとすわっていると、荘さんは立ちあがった。 彼は、両手をよく消毒すると、滅菌箱からふたつのペトリ皿をはこんできて、テーブルの中央においた。左手には、プラスチックの小箱をもっていた。彼は、蓋をあけ、ピンセットでなかから眠り虫をとりだし、片方の皿においた。 「どうです。みてください」と荘さんはいった。 虫は、あざやかな緑色をしていた。ダンスでも踊りたいのか、リズミカルに体をうごかしていた。 「元気そうですね」 雅彦は、緑色に輝く虫をみていった。 「素晴らしいものです。けっこう苦労しました」と荘さんはいった。 「まず、いままでの眠り虫をとりだしましょう」 診断師の大柄な男が、雅彦の右耳に右の手掌をあてた。なにか、もぞもぞとした感じがした。診断師は、眠り虫をとりだし、もうひとつの皿においた。虫は、ほとんど透明な色にかわっていた。みていても、まったくうごかなかった。 「死んでいますね」と診断師はいった。 雅彦は、酷使したのだとは思ったが、親近感はわかなかった。 「それでは、よろしいですか」と荘さんはいった。 「お願いします」と雅彦が答えると、診断師は、緑色に輝く虫をとりあげた。右の手掌におき、うごいているのを再確認して、彼の右耳にあてた。 その瞬間、雅彦は、「あっ」と思った。右耳を、なにかがもぞもぞとうごきながら脳内に入っていく感じがした。 荘さんは、様子をみるようにいった。経過観察が必要なので、明日は午前中からここにきている。なにかあったら、連絡するようにといった。 それで、雅彦は感謝の意を述べて、ビルをあとにした。ひどく疲れていたので、タクシーで帰宅した。入浴して、寝床についた。よく眠れるような気がした。 雅彦は、お結びを口にはこびながら、快い眠りを提供してくれた荘さんについて考えていた。 食べ終えると、もらってきたプラスチックケースに入った眠り虫を仏壇にそなえた。水をかえ、線香をあげて鈴を鳴らした。もう一度ケーズをあけてみると、目をこらしても、姿はほとんどみえなくなっていた。 「それにしても、今度の眠り虫はどうして識別できたのだろう」とそのときになって思った。診断士の話では、霊能力を訓練している彼らでなくては、分からないはずだった。最初にたずねたとき、雅彦は保管されていた他人の虫をみせてもらったが、みえなかった。なにか理由があるはずだが、今日いったら聞いてみようと思った。 幸恵が用意してくれたお結びを食べても空腹感がつづいていたので、冷蔵庫をあさって昨日の残り物のおかずをとりだして本格的に食事をした。 雅彦にとって、不眠は、どんな手段や薬剤をつかってもまったく解決できなかった大問題だった。そう考えると、いまの素直な感謝の気持ちを、直接、荘さんにつたえることが絶対に正しいと思った。彼は、午前中から睡眠診断師のビルにいるはずだった。 雅彦は、服を着替えた。玄関からでると、雲はみえたが青空がひろがり、あかるく感じた。梅雨まえの不順な天候だったが、傘は不必要だと思った。ひどい降雨になれば、タクシーで帰ってきてもいい。今日の気分なら、たとえ雨に打たれても幸せだろうと思って、彼は外にでた。 雅彦は、門をしめて国道に通じる小径を歩いていた。清々しい風が、ゆるやかにふいていた。暑くも寒くもなく、大気は適度に湿り、気持ちのいい日だった。 一方通行の道は、片側にひろい歩道がついていた。 むかいから、黒い上着を着用し、同系色のズボンをはいた、年のころなら四〇歳前後と思われる女性が歩いてくるのがみえた。左手にグレーの雨傘をもった女は、雅彦と目があうと立ちどまった。ちかづいていくと、年輩の女性は、彼をみつめて笑いかけた。雅彦は、戸惑い、後ろを振りかえったが昼まえの道には、ほかに人はいなかった。彼が訝しい気持ちでみなおすと、女性はまた笑みを浮かべた。そうして、右の手掌を胸にあてた。 心臓のぐあいでも悪いのだろうか、と彼は思った。 雅彦が注目したのを確認すると、みじかい髪の女は左手にもっていた雨傘を落とした。バサッという大きな音がひびいた。なにを意味しているのか理解できず、彼が不思議な表情でみつめると、女はまた笑いかけた。そして、雅彦にむかって前胸部を押しだし、両手で左右の乳房をぐっとひきあげた。みるかぎり、ごく普通の女性だった。その仕草がどんな意図をもつのか、分からなかった。不思議な感じにとらわれながら、彼は一瞥して彼女のまえを通りすぎた。振りかえると、女性は腰をふって歩いていた。 雅彦は、国道にそった歩道にでた。荘さんが営業しているのは、街の中心部だった。ひろい歩道を交差点にむかって歩いていると、黒っぽい服をきて、右手で黒色の鞄をもった女性と目があった。黒枠の眼鏡をかけた女は五〇歳くらいに思えたが、雅彦をみて笑顔を浮かべた。彼は、また振りかえり、周囲に人がいないことを確認した。訝しげにする雅彦に、女性はあきらかに笑みを投げかけた。そして、あいている左手を胸にあてた。先ほどの女と同様、前胸部を彼にむかってつきだし、右の乳房を押しだした。雅彦が通りすぎるまで、その姿勢をずっとつづけていた。奇妙な時間がながれるなか、彼は唾を呑みこんだ。 雅彦が交差点で赤信号を待っていると、後ろから黒いズボンをはき、灰色のトレーナーをきた、主婦と思われる若い女性が自転車にのってやってきた。ママチャリらしく、前部と後部に子供をのせる台座がついていた。自転車は、彼の左側にとまった。雅彦と目があうと、女は素敵な笑みを浮かべた。綺麗な黒髪が、肩まで垂れていた。彼は、その微笑みが自分にたいするものだと確信した。女性は気づいたことを知ると、ハンドルを握っていた右手をはなした。きていた灰色のトレーナーをつかんで、雅彦にむかってひきあげた。猛烈に魅力的な白いウエストが、彼の目に飛びこんできた。おどろいて女性をみると、彼女はまた微笑んだ。信号が青にかわり、雅彦は、横断歩道をわたりはじめた。女は、そのままの格好で、じっと彼をみつめていた。 むかいの歩道にわたる途中で、雅彦は、青色のスカートをはいた、髪のながい若い女性とすれ違った。あわいオレンジのトップスをきた女は、彼をみると、微笑みを投げかけた。横断歩道の真ん中で立ちどまり、スカートの右端をつかんで、ひきあげはじめた。彼の目に飛びこんできた、むきだしになった白い太腿は、ぴかぴかと光っていた。おどろきの眼差しをおくる雅彦を、女は直視し、笑いかけた。彼は、右手を額にあてた。目眩がした。唾を呑みこみ、振りむくこともなく横断歩道をわたりきった。 あきらかに、雅彦の周囲を行き交う女性たちは、異様な気配をただよわせていた。道行く女たちは、年齢の如何を問わず、彼に微笑みをあたえてくれた。どの女性も、普通は絶対にしないと思うみょうな行動をくりかえした。いままで彼が考えたこともない仕草で、セクシーとよんでいいのかさえ分からなかった。彼女たちは、女性の魅力を訴えているらしいと雅彦はばくぜんと感じた。 とうぜんのことだが、通りすがる者のなかには男もいた。彼らは、いつもとおなじ行動だった。ごく普通に雅彦をながめ、とくに気にとめもせず通りすがっていた。ただ不思議なのは、こうした異様な女たちの仕草をみても、なんとも感じない様子だった。彼らは、目のまえでくりひろげられる女性のなまめかしい姿態に、心をうごかされてはいなかった。女性たちは、彼の視線に気がつくと、立ちどまり、笑みを投げかけ、妖しげな素振りをくりかえした。 雅彦は、汗をかきはじめていた。なおも街の中心部にむかって歩いていくと、五〇歳をあきらかにすぎた、年輩の女性とすれ違った。髪をみじかくした女は、ツーピースの黒い服をきていた。黒枠の眼鏡をかけた、理知的で品がよさそうな女性は、同系色のシックなバッグを肩からさげ、学校の教師のようにも思えた。そう思って雅彦が女をみると、彼女は和やかに笑いかけた。じっと彼をみつめ、両手を交差して胸にあて、手のひらで両側の乳房を押しあげる仕草をした。雅彦が意味不明になってみると、彼女はそのままの格好で背筋をしっかりと伸ばした。彼はぼうぜんとし、脇を通りぬけた。 もうとても、気の迷いとはいえなかった。信じられないが、女たちは老いも若きも、雅彦に自分が女だとつよく訴えていた。それが、なにを意味するのか不明だった。教師にも思える理知的な女性までが、おなじ行為をはじめたのは、はげしいおどろきだった。さらに、その仕草は、年齢にかかわらずひどく魅力的だった。 雅彦は、行き交う人のすくない小径に入った。道の端で立ちどまり、電柱によりかかり、右手で額を押さえた。心は、平生ではなかった。こうした不審な状況を、整理する必要があると感じた。なにはともあれ、このまま歩いてはいられなかった。彼は、ちかくに喫茶店をみつけ、扉をひらいた。 国道からすこし脇に入った場所にある茶店は、道にそった窓ぎわにテーブルがふたつならんだ小さい店だった。平日の昼の店内には、客はだれもいなかった。店主が奥のカウンターにすわっていたが、ごく普通の男性だった。 雅彦は、アイスコーヒーを注文した。道に面した窓は大きく切られ、遮光のためにブラインドがついていた。そこから、弱められた光が入っていた。角度からは、外の景色が分かるが、外部から内部の様子をうかがいできないように設定されていた。彼は、しばらく道路をながめていた。道には、男女が行き交っていた。みるかぎりごく普通の情景で、女性は異様な行動はしていなかった。彼は、すこし落ちつきをとりもどし、状況を整理しはじめた。 女たちが、雅彦を挑発していることはあきらかだった。理由は不明だったが、老いも若きも、おなじ行動をとっていた。不可解な仕草は、ひとりであっても雅彦の記憶にのこるに違いなかったが、あう女性たちすべてが刺激的な振るまいを行っていた。酒をたしなまない彼は知らなかったが、クラブのホステスたちも、普通はこんな行動はしないだろうと思った。 雅彦が、五〇年ぶりに快眠をえたのは事実だった。周囲の異様な状況は、それと関係をもっているらしいと考えるのは普通だった。つまり、昨日入れ替えてもらった眠り虫が、関与しているとしか思いつかなかった。荘さんからは、こうした副作用についての説明はひとつも聞いていなかった。とはいえ昨日は、彼の眠り虫が死んで不眠状態がつづき、すべてがぼんやりとしていた。ただ、はやく性能のいいものに入れてもらおうとばかし考えていた。だから、充分な話を聞かなかった可能性もあった。入れ替えてもらったあとは、すぐにでも眠りたいとばかし思って、あわててタクシーで帰宅したから、まったく気がつかなかった。 雅彦は、この現象が眠り虫と関係していると確信した。それで、一刻もはやく状況を知らせるべきだと考え、荘さんに電話した。 昨日、快眠をえたのが嬉しくなって礼を述べたいと思い。家をでた。それで、店にむかう途中で起こっている奇妙な出来事を手短につげた。 「副作用だとしても、来店していただくしかないですね」と荘さんはいった。 「このままではいられませんから、すぐにうかがいます」と雅彦は答えた。 一刻もはやく、そちらにつきたい。店までは、まだ半分以上の道のりがある。女性の様子には、ただならぬ気配を感じるから、タクシーでいこうと思うといった。 「歩くと、どのくらいかかるのですか」 「ちかくまでは。きています。あと一〇分でいきます」 「そうですか。それなら歩いてきたらどうでしょうか。その女性たちの反応ですが、よくたしかめてみる必要があります」と荘さんは答えた。 詳細な情報がないと、対処の方法が分からないだろうと、彼はいった。だから、タクシーではなく、ぜひ歩いてきて欲しい。そのあいだに起こったことを、店で話してもらいたい。それに基づいて有効な対応を考えたい。昨日、充分な睡眠をとったのだろうから、頭は明晰なのではないか。だから、はっきりとした頭脳で、現実に生じた状況と、さらにどう感じるのかについて詳細に教えてもらいたい。今日の午後は予約がないから、雅彦の話を充分に聞ける。異常が生じているのなら、いちばんいい解決方法を考えよう。彼がくるのを待っているといった。 雅彦は、荘さんと連絡がついたのですこし安心した。緊急的な事案ではないので、時間をかけて考えてよいといわれた。たしかに、命にかかわる問題ではなかった。専門家の治療師が彼の来訪を待って、到着次第、全面的に相談にのってくれるといったので気持ちはかなり落ちついた。そうして考えてみると、荘さんの話は至極もっともだった。いま先ほど路上で遭遇した出来事は、思いなおすと、起こりえない事件だった。夢をみていたような気がしてきた。女性が彼にたいしてみょうな行動をとるなど、ありうるはずがなかった。見間違いとは思えなかったが、白昼夢でないと断言もできない気がした。眠りすぎたのかも知れないと思った。 だいたいが、睡眠をあやつる霊虫が脳内にいるなどという話は、普通は信じられないのではないか。眠り虫が、辺縁系と大脳皮質表層のあいだを一〇〇分くらいかけてリズミカルに運動し、レムとノンレムの睡眠周期をつくりだす。耳からとりだした霊虫が、ひどく衰弱していた。それが、彼の長年にわたる不眠の原因だった。だから中古のものと交換したなど、すべては夢みたいな話だった。不眠ノイローゼがうんだ幻想だった気もした。そのなかで、昨日の睡眠の充足感だけは燦然と輝いていた。 雅彦は、荘さんにあうしかないと思った。彼は、喫茶店をでると、もとの通りにもどって繁華街にむかって歩きはじめた。 昼にちかづいたので、歩行者は増えていた。雅彦が感じていたことは、白昼夢ではなかった。通りすぎる女たちは、彼と目があうと、一様に笑いかけた。じっとみつめると、悩ましい仕草をはじめた。彼は、角の信号が青にかわったので、走ってわたった。市役所がならぶ通りにつくられた幅がひろい歩道を、さらに繁華街にむかって歩いていった。やがて大きな交差点にでた。幅のひろい幹線は、JRの駅につづいていた。車道をはさんだ交差点のむかいは、噴水がつくられ、物産展などを催す広場になっていた。梅雨のさなかだったが、課外授業なのか、小学生くらいの子供たちがスケッチ帳を手にもっているのがみえた。ベンチに腰をかけたり、歩きまわったりするのが目に入った。斜向かいは、老舗のデパートが建っていた。その建物が終わるところで左折すると、繁華街につづくアーケードがつくられていた。荘さんがいるビルは、まがらずに直進すればよかった。だから、もうひと息という場所まで辿りついていた。 交差点には、一〇人ほどの人びとが待っていた。半数以上は女性だった。眼鏡をかけた中年の女は、そばに雅彦がいるのに気がついた。その途端、彼女は、うっとりとした表情にかわった。つぎの瞬間には、彼にむかって胸をつきだしていた。両手をつかって乳の部分を下から押しあげる姿勢になって、じっとみつめていた。ひとりが、そうした仕草をはじめると、まわりの女性たちは、すぐに雅彦がいることに気がついた。若い女は、もっと大胆だった。 左側にいた女性は、振りむいて、後ろで身構えている雅彦をみつけた。ながい髪が綺麗な女は、にっこりと微笑んだ。若い女性は、とんでもなく美貌だった。その笑みととともに、いい匂いが周囲にただよいはじめていた。雅彦は、思わず生唾を呑みこんだ。彼がみつめていることを確認すると、彼女は、おもむろにピンクのカーディガンを脱ぎはじめた。周囲に人がいるにもかかわらず、あわい色のシャツのボタンをはずした。輝く素肌が、彼の目に飛びこんできた。彼女がシャツを両手でひらくと、真っ白なブラジャーがみえた。両方の手のひらをつかって、乳房を下から押しあげた。 それをみた右側にいた若い女は、雅彦をみつめた。素晴らしくととのった容姿の女性だった。ながい黒髪が、日の光にきらきらと輝いていた。女は、うっとりとした表情にかわった。彼女は、白っぽいワンピースをきていた。赤みがかった薄手のレインコートを羽織り、小さい紺色の鞄を肩にかけていた。素敵な女は、ややかがむとワンピースの裾をつかみ、ゆっくりと上部にむかってひきあげはじめた。黒い短靴のうえに、素肌がみえた。やがて、肉づきのいい大腿部が目に入ってきた。雅彦は、息を飲んだ。彼女をみつめると、それに気づいてにっこりと笑った。 雅彦は、ひどい目眩を感じた。どきどきと鳴る、心臓の大きな音が耳にひびいた。混乱のきわみに立ち、両手で顔を覆った。気づくと、信号は青にかわっていた。彼は、早足で横断歩道にでた。振りかえらずにすすんで、ほっとひと息をついた。 ふとまえをみると、素晴らしく綺麗な女性が彼をみつめていた。彼女は、横断歩道の中央でスカートをたくしあげると、純白のショーツをみせて、笑みを浮かべた。それは、猛烈に魅力的で、思わず飛びついてしまいそうになるほどだった。雅彦が凝視しているのを確認すると、女は、ショーツをおろしはじめた。彼は、驚嘆し、一気に横断歩道をわたりきった。 広場までつくと、雅彦はあいていたベンチに腰をおろした。もう、思いこみでも、見間違いでもないのは、はっきりしていた。あきらかに、いままで思ってもみない事態だった。現実の認識がまったく違っていた。世の中がこれほど魅力的な女性に満ちているのを、はじめた知った。しかし、この妖艶な訴えは、通常、生じるはずがなかった。あきらかに眠り虫と関与していた。 ベンチは、乾いていた。昨日は雨がふったはずだったが、写生会のために拭いたのだろうかと思って彼は顔をあげた。目のまえには、小学五、六年生にみえるふたりの女生徒がスケッチ帳を手にして立っていた。雅彦が不思議な気持ちでみつめると、彼女たちは、和やかに笑った。そしてスケッチ帳をほうりすてると、ひとりはその場で上着を脱いだ。もう片方は、ベンチに両膝をひらき加減にして腰をおろす彼の足もとまでちかよってきた。不思議な気持ちでながめていると少女はにこやかな笑みを浮かべ、雅彦の膝のあいだに横たわり、スカートをまくりあげた。真っ白な下着と、ほそい素足が目に飛びこんできた。ぎょっとしてみつめると、少女は、にやりと笑った。 雅彦は、おどろいて立ちあがった。彼は、一目散に広場を駆けぬけた。デパートにむかう横断歩道は、青信号が点滅していた。彼は、一気に走りぬけた。周囲には女性がいたが、脇目もふらずに走りつづけた。なんとか、荘さんが待っているビルに入った。息を切らせながら睡眠診断師の部屋に駆けこんだ。 なかでは、大柄な診断師と小柄な荘さんが待っていた。慌てふためいている雅彦に、すわるようにうながし、ウーロン茶をだしてくれた。 「だいぶ、ひどいようですね」 荘さんは、心配した表情で声をかけた。 雅彦は、両肘をテーブルにつけ、両手で顔を覆っていた。しばらくすると、息がととのってきて、ウーロン茶を口にふくんだ。 荘さんが、どうだったのかと聞いたので、雅彦は状況をありのままに報告した。 「信じられないでしょうが、これが私に起こった事実なのです。よく眠れたのは間違いないのですが、この状況は眠り虫と関与しているとしか思えません」 「分かりました。かなり、危険な状態ですね」 荘さんは、うなずきながら答えた。心配は、していたのだと話した。 この眠り虫は、婦女暴行犯で服役中の者からえたといった。持ち主は、お金にこまって売れるものはすべて売却した。刑務所では、ぼんやりしていてもいいから売りたいという話だった。そうした者の眠り虫がどれほどの力をもつのかは、個人差があるので微妙なところは分からない。だから、なにか不測の事態が起こってこまるかも知れないと考え、今日は朝からつめていた。この業界では、さまざまな犯罪者の眠り虫が売りにだされている。悪事をはたらいた者たちが、よく眠れるのはデータからもはっきりしている。彼らは、刑務所に収監され、賠償をもとめられて眠り虫は売りにだされる。さらに認知症の患者たちから強奪する事件も、最近はしばしば起こっている。どのように考えるかはべつとして、認知症患者は、とても豊かな夢の世界をもっている。患者さんたちは、周囲の者たちの思惑とは大いに違い、非常に幸せな人生をおくっている。需要はあるが、本人が知らないうちに大切な眠り虫を奪われる事件になるので、公式サイトでは販売されていない。この領域は、法整備がきわめておくれている。法律がないので野ばなしにされているが、倫理的には問題がのこる。だから公式サイトでとりあつかっているのは、犯罪者の眠り虫が中心だ。本人の許可をもらって販売されているので、違法ではない。そうした者のなかでも、婦女暴行犯の眠り虫は、最高評価がえられている。今回、雅彦は、非常に質のいいものを希望した。医者として不眠症患者にもつきあい、そうとう苦労しているのを知った。希望にそえるものを考え、素性が明確だったので入手してみた。しかし、副作用がつよくて生活するのに困難かも知れないといった。 雅彦は、犯罪者が事件を起こす理由を充分に理解した。彼らには、周囲の女性が年齢に関係なく、あれほど輝いてみえるのだ。それで、見境なく犯罪におよぶのだろう。人権を無視しているが、同情的にすら感じた。 「あわなければ、生活できませんね。竹コースに変更してもいいですよ。それだけ効果がある眠り虫なら、在庫にしておいても構いません。よく説明して、ばあいによっては希望する者がいるでしょう」 「どんな需要があるのですか」 「それは、さまざまです。寝たきりの人なら、希望するでしょう」 「そうした方が、望むばあいもあるのですか」 雅彦は、おどろいて聞いた。 「もちろんです。そうした方がたは、眠るしか楽しみがないのですよ。お金をいくらもっていても、幸せにはなれません。でも、こうした眠り虫なら、生きている意味があるでしょう」 そうかも知れないと、雅彦は思った。 今後、どうするかが現実の問題になった。 荘さんは、ある程度までは慣れるだろういった。どのくらいの威力をもつかは、持ち主以外には分からない。判断は、雅彦にまかせる。一週間程度、様子をみたらどうか。竹コースなら、三日もらえば、なんとかする。人工物なので、やってみないと効果は分からないといった。 雅彦は、事情を聞いて困惑した。いい年をして、婦女暴行罪を起こしたら眠り虫のせいだと主張しても、だれにも信じてもらえないだろう。子供たちは、二度とあってくれないだろう。妻からも慰謝料を請求され、熟年離婚になるケースも充分考えられた。しかし、この眠りが最高だったのは事実だった。二度と味わえないと信じていた若いころの充実感に満ちていた。こういた睡眠を希望していたのは真実だった。それが手に入ったのだ。 雅彦が悩んでいる様子をみて、荘さんがいった。 「極上品なのは、間違いないです。あなたも、納得しているのでしょう。満足した眠りを味わって、理性ははっきりしていますよね。ご存じの通り、婦女暴行にまで発展するケースは、若い男性です。彼らのばあいは思考が偏っていますから、医師の先生とは基本的に違います。今日はとつぜん出現したので、さぞかしおどろいたのでしょう。慣れれば制御可能だと思いますが」 「どのくらいの時間が、かかるのでしょうか」 「それこそ千差万別です。しかし、年輩の婦女暴行犯の話は、新聞にもでてこないでしょう。どうしても制御できないばあいは、普通は起こらないだろうと思います」 雅彦は、そういう記事をみた記憶なかった。こんな眠り虫を手に入れた以上、手放したいとは思わなかった。人間は、なににでも慣れる。女性たちの姿態が、自分に魅力があるのだと思えばすむのかも知れない。それは彼をみた異性が目をそむけたり、顔をしかめたりするよりずっと増しなのは明白だった。 「退職しているのなら、一週間くらい自宅で暮らしてみたらどうですか。食料を買い込んでおくか、出前でもとって、一日中部屋で眠っていたらいかがですか。そのうち慣れてくると思いますよ。それでも、どうしようもなければ、相談にのります」 荘さんはいって、うすい緑色のサングラスごしに雅彦をみた。 「素晴らしい睡眠だったのは事実です。私が希望していたものに違いないです」 雅彦は、よく考えて答えた。仕方がないと思った。荘さんになにか事件が生じたら相談にのってもらう約束をした。彼は、タクシーで帰りたいといった。また自宅まで、荘さんに同行して欲しいと希望した。 合意がまとまったので、そばで一部始終を聞いていた診断士は、タクシー会社に電話をかけた。 しばらくすると車がきた。 荘さんは、ビルの内側で壁をみていた雅彦をよび、いっしょにタクシーにのった。 「どちらまでですか」 運転手の女性の声がして、雅彦はびくっとなった。荘さんが、彼の手を握りしめた。 雅彦は、自宅の場所をつげた。ここから、そこまで往復してもらいたいといった。 大柄な運転手は、車内ではなにも話さなかった。 雅彦は、かなり年輩の女性から、ずっといい匂いがするのを感じた。彼は荘さんに五〇〇〇円わたし、ついたらすぐにおりると小声でいった。 「大丈夫ですよ。車でいくだけですから」と荘さんは答えた。 一〇分たつと、自宅についた。 「ここでけっこうです。ありがとうございました」と雅彦はいった。 「こちらですね」と女性の運転手は答えて、振りかえった。雅彦と目があうと、にっこりと笑い、両手で胸を押しあげた。 彼がびくっとすると、荘さんが手を握りしめた。 「まっすぐ家に入りなさい」といった。 雅彦は、玄関まで振りかえらずに走った。タクシーの去っていく音が聞こえた。 玄関の扉をしめて、じっとしていた。背後から声が聞こえてきた。 「どうしたの。連絡もなくでかけたから心配していたのよ」 沙智子の声だった。振りかえると、もの凄く魅力的な女性が立っていた。妻からは、芳香がただっていた。魅惑的な姿態はなまめかしく、これが沙智子だったのかと、雅彦はじっとみとれていた。 「どうしたの。まずは、靴をぬいてあがったら。熱でもあるのかしら」 この声は、甘く優しく、心が引きこまれるようだった。 雅彦はいわれるままに靴を脱ぎ、リビングのソファーに腰をおろした。 沙智子は、猛烈な美貌で、にこやかに微笑みたたえ肩をゆすって彼を誘惑していた。 雅彦は、もう一〇数年以上、妻を異性と感じたことはなかった。日常的な会話をしないわけではなかったが、彼女が一方的に話していただけだった。真面目に聞いたこともなかった。いつでもつまらない話だと思い、はやく終わらないかなとばかし考えていた。そうはいっても、三食の食事をだしてくれるので、邪険にあつかえないだけの存在だった。それが、こんなになまめかしかったのだ。どうして沙智子を妻にしたのか、十数年不明だったが、いまはっきりと分かった。彼女は、魅力的な女性だったのだ。だから、結婚したのだ。 沙智子は、彼が焦点が定まらないぼうっとした表情で自分をながめているのをみて、昨日は眠れなかったのかと聞いた。 雅彦は、四〇数年ぶりに快眠をえられたと話した。そして、今日の沙智子はもの凄く綺麗でセクシーだ。こんな気持ちになったのは、一〇数年ぶりだといった。 「眠りすぎて、どうかしたのね」 沙智子は、甘ったるい声で答えた。そして、なまめかしく腰をふり、科をつくった。 雅彦は思わず立ちあがり、抱きしめようとした。 「馬鹿ね。なに、考えているのよ。どうしたのよ」 沙智子は、大きな声をだした。そしてとろんとした目をしている彼をみて、平手で頬をはたいた。 「自分の部屋にいきなさい」 雅彦は、我にかえった。 「悪かった。すこし寝すぎたようだ。散歩して疲れたから、また横になる」 「そうしたほうがいいわね。お昼はどうしたの。ずいぶん、いろいろ食べたようだけど」 「起きたら、もの凄くおなかがすいていた。いまは大丈夫。横になるよ」 怪訝な表情の沙智子に魅力を感じながら、彼は自室にもどった。 雅彦は、書斎にとじこもりながら考えていた。 眠ればいいのだ。睡眠してさえいれば、幸せなのだ。これは、自分が望んだのだ。どうしても駄目なら、べつに外にでなくても沙智子が食事をつくってくれる。手はじめに妻から慣れればいいのだろう。沙智子が普通にみえてきたら、外出してみよう。ずっと、部屋で眠れるだけ寝ていよう。それが、長年の夢だったのだから。 二、五九枚、了 眠り虫、八九枚、完