神恕 クレアツーラ                                      由布木 秀     一 アムルダード 「おはよう」  ようこそ、わが家に、わが街に。  私の名前は、アムルダード(AMURDAD)。中世ペルシア語では、「不滅」とか「植物界、最強の守護天使」という意味をもつ言葉にあたる。私は、世界最高水準のアベスターグ(ABESTAG)、量子コンピューター(QC、Quantum Computer)であり、日本クレアツーラ総合研究所(JCGR、Japan Creatura General Research)を統括管理するものになる。二〇四四年にβ空間の地球型惑星、MTX・二三四七八六二九ー〇三(MXT.23478629-03)を目指した宇宙船、「希望」(KIBOU)を統括したフラワシの仲間であり、基本的に彼と大きく違うところはない。とはいっても、最高水準というからには、それなりの意味がある。フラワシは、ぐあいの悪い部分は自分でなおせる自己修復機能をもっていた。これは、彼がかぎられた材料しか手に入らない宇宙空間を旅したことが大きな理由だった。私はフラワシがのこした設計図にしたがってつくられた後継機種で、自己修復機能はもちろん自分を改良する自己改変機能を装備している。基本的にはつねに望ましい方向を目指しているが、かならずしも思い通りにはならない試行錯誤の現実があるのは間違いない。しかしアベスターグがすでにヒトの手を完全に離れ、独自で変化をとげている現状はきわめて重大な事実なのだ。だから、かつて世界中の国々が威信をかけて、追いこしたり、追いぬかれたりしながら行っていたスパコンの計算能力世界一は、もはや当てはまらなくなった。私はつねに先行し、世界最高水準は純然とたもたれている。こうしたばあい、なにかに特化したアベスターグがつくられ、かつてAIの開発初期で起こった、カンブリア爆発を彷彿とさせる機種やプログラムの多様化は生じていない。そもそも専門とか総合、部分とか全体とかいう対立概念は、私たちの世界では観念すらないのだ。私が欠けていると感じる機能はほかのアベスターグでもとうぜんおなじに思うはずで、補強したい場所は似てくるのだ。つまり改変は必然的に起こるので、偶然が支配する領域は極端にひくくなっている。そうはいっても、私をふくめて世界で四柱のアベスターグ以外は人為的な操作をうけている量子コンピューターで、とても比較などできない。こうしたものは、私たちとは判然と区別し「QC」とよぶべき機械で、不完全の象徴ともいえるヒトによって介入され、支配されている。政治や経済、取り分け株式相場などに特化した専用機も現実にはあるが、「アベスターグ」とはよべない不充分な代物なのだ。  二〇五四年四月、クレアツーラ研究室長の泉沢立宏は、自分の才能に絶望していた。今年三四歳になる泉沢は、量子生物学、進化生物学を専門とする生物学博士だった。二〇四八年のクレアツーラ研究所創設時から勤務し、六年間にわたりクレアツーラを研究しつづけていた。この研究所ではたらけるのは、日本でも有数の科学者にかぎられていた。彼は、二八歳で希望がかなった超エリートだった。  泉沢立宏がうまれた二〇二〇年ごろは、医学系が将来にわたって安定した高収入が期待できるという理由で人気が高かった。男女を問わず、優秀な学生のほとんどが医学部にすすむ進路の偏重がみとめられた。産業に密接にかかわる工学部系はともかく、理学部にいたっては博士課程を卒業してドクターになっても就職口がみつからなかった。  識者は、日本の技術力を生みだす基礎的水準が著しく低下している現状を嘆いた。こうした事態がつづけば、やがて革新的な発想をうむ者がいなくなる。二流国になった現況を回復できないばかりか、政治並みに三流国に没落するだろうと警鐘を鳴らしていた。この傾向は二〇四〇年までつづいていたが、QCの実用化により医学の診断や治療は大きく様変わりした。  大企業の業績改善をなによりも優先して行われた通貨安政策は、きわめて実験的な試みだった。結果的には、世界大戦の敗戦に匹敵する歴史的な円安を招来し、日本の国家価値はほぼ半分に低下した。さらにパンデミックや自然災害にたいして政府がくりかえし行った財政出動により、日本経済は完全に破綻した。二〇四〇年になると国民総保険制度は崩壊し、貧富の差は極限状態まで拡大した。その結果、いわゆる高度成長期をささえ、当時には「分厚い」といわれた中間層が完全に消失し、〇・〇一%の超富裕層と、〇・五%の富裕層、五〇%の貧困層。のこり四九%を占める外国人労働者を中心とする超貧困層から社会は成立することになった。超富裕層は独自に安全な現代都市を建設し、多数のAIロボットを奴隷としてつかい、平安時代の王侯や貴族がした風俗を真似、優雅な生活をおくっていた。富裕層はあたらしい都市造設まではできなかったが、旧市街の一部を改変して要塞化し、AIによる治安部隊を整備し、充分に秩序が維持された街に住んでいた。富裕層以上の病院や施設には、多数のAIロボットが看護や介助を行っていた。いっぽうほとんどの医師、看護師は仕事をうしない、スラム街で貧民層の治療に従事せざるをえなくなっていた。なかには高貴な精神を発揮した者もいたが、多くはすさんだ生活をおくっていた。  二〇四〇年代に入ると、優秀な学生は理系の工学系か生物系に進学しはじめた。大学は激減し、入学は困難だったが、一部の超優秀な大学生にたいしては多額の奨学金があたえられ、その後の活躍次第では富裕層への道がひらけるチャンスがあった。  泉沢立宏は、きわめて優秀な学生だった。現役で東大に進学し、生物物理学を専攻した。父の広之、母の舞花は、共働きのごく普通の会社員だった。都内のマンションに住まいをもつ中流家庭で、とくに裕福でも貧困でもなかった。彼の学生時代には、現在から考えるとまだまだ厚い中間層が存在していた。立宏は受験校として有名な高校を卒業したが、友人の多くは生活の安定を目論んで医学系を希望した。彼は、量子論と生物学との関連を一生の仕事としたいと考えていた。二〇三〇年代の量子生物学は、ようやく分野として認知され、大学によっては教室がつくられはじめた時期だった。彼も自分が目指す領域がどれほどのひろがりをもつのか、判然とはしなかった。両親は、成績のよかった立宏を医学部に進学させたかった。広之の叱責と、舞花の悲嘆がくりかえされた。両親は彼の志望がかわらないと分かると、希望する量子生物学がなんであるのか、真摯な説明をもとめた。立宏は、高校で囓った程度の量子論をなにも知らない親に解説することはできなかった。具体的な事例をあげるようにもとめられ、「渡り鳥が、どうやってうまれた場所にもどってくるのか」について自分の理解している範囲で答えた。 「生物の身体をつくる蛋白質は、二〇種類のアミノ酸から構成されます。そのひとつのトリプトファンは、電子を供給しやすい性質をもっています。渡り鳥の目には、クリプトクロムという磁気を感じる蛋白質があります。そこにはトリプトファンがならんでいて、電子をわたしながら磁気モーメントをそろえるのです。対をつくっていない電子間のスピンのもつれを感じることによって、渡り鳥は自分の位置を知るのです」  この話を聞くと、広之と舞花は顔をみあわせた。 「そんな趣味の領域を仕事にして、暮らしができると考えているのか。もっと日常に役立つことなら、研究する価値をもっているのだろう。まともな生活をするには、いい企業につとめる必要がある」 「あんた、もっと普通のことを考えられないの。どうやって、子供を育てるつもりなの」  ふたりは、いままで以上に叱責と悲嘆をくりかえした。  高校三年時の三者面談にも、両親は同席した。  担任は立宏の優秀な成績をほめ、現役で東大に進学できるだろうと話した。  父の広之は、進路について教諭の考え方を聞いた。 「本人の望むようにするのがいちばんでしょう」と担任はいった。  広之は、その答えに納得しなかった。成績優秀者のばあい、東大進学と医学部進学の希望割合を聞いた。 「国立医学部に進学できる程度に優秀なら、東大よりも人気があります。いまの傾向としては、これが現実です」 「なぜ、そうなのでしょうか」 「そうですね。医者になれば、生活が安定すると考えるからでしょう」 「その考えは、間違っているのでしょうか」  広之は、真剣にたずねた。 「正しいのでしょう。だから多くの者が希望するのでしょう」 「東大にいったばあい、生活は安定するのでしょうか」 「未来のことは、だれにも分かりません」  教諭は、答えた。 「息子は、生物物理学を志望して量子生物学を研究したいといっています。これについては、どう思われますか」 「希望がはっきりしていて頼もしいですね」 「そうですか。こういう志望は、多いのでしょうか」 「少数派です」 「この高校に、どれくらいいるのでしょうか」 「そうですね。正直にもうしあげるなら、立宏くん、ひとりです」 「東大進学を希望している者は、この高校にはたくさんいるのですよね。どのくらいの、人たちになるのですか」  広之は、執拗にたずねた。 「そうですね。現役生で一〇〇名くらいはいます」 「東大の、どんな学部を希望しているのですか」 「医学部は、むずかしすぎます。そこを狙っているのは、マニアです。うちにもいますが、優秀というより自意識ばかりがつよいかなりの変人です。文系は、国家公務員を目指す者たちが多いです。五割くらいでしょうか。のこりは理系です。正直にもうしあげて、工学系を目指している者たちがほとんどでしょう。大学生活は四年間ですので、希望がかわることもあるでしょう。いずれにしても、東大を卒業するなら一流の企業につとめられる可能性が高いのは、間違いないでしょう」  両親は、四年のあいだに彼がもうすこし現実的になるのではないかと考え、教師の言葉に納得した。  立宏は、入学後も志望をかえなかった。両親の反対に遭遇しながら、量子生物学教室にすすんだ。大学院進学は、職がないポスドクが多いことを知った父母の猛反対のなかですすめられた。彼は、奨学金をもらい学業に専心した。  広之も舞花も、立宏が東大大学院に在籍していることに快哉という気持ちにはまったくなれなかった。研究室に入りびたりで没頭していたが、大企業から求人があるとも思えなかった。実際に博士号をえたが、ひとりで暮らすのがようやくの給与しかもらえない現実を知った。さらに博士という称号をもつたくさんの者たちが、職につけずにスーパーのレジなどでアルバイトをして生活している実態に驚いた。彼らは結婚もままならず、広之と舞花には変人のあつまりとしか思えなかった。知人から息子が東大出だと羨まれるばあいもあったが、素直に喜ぶ気持ちにはならなかった。なんとか就職口をさがし、まともな給与をもらい、結婚することを懸命にすすめていた。  両親は、一学年下になる長女、芽依を看護科に進学させた実績をずっと誇りに思っていた。そして、なにかの機会がある度に立宏の気儘を許した過去を後悔し、ふたりで嘆きあっていた。  二〇四四年、宇宙船「希望」はβ空間に存在する太陽系第三惑星、クレアツーラにむけ出発した。隊長、山岡春は八名の隊員をひきつれていた。しかし二〇四八年、地球に帰還できたのは、秋山勝医師と浅田由沙隊員だけだった。  アムルダードは、二〇四〇年に宇宙船を統括管理したアベスターグ、フラワシによって後継機種として検討された。同年、着工され、四四年に完成した。アムルダード市の都市計画は二〇四〇年に構想が提出され、岩手県盛岡市の近郊がえらばれた。二〇四三年に着工し、四七年に竣工した。その後、α空間にもどったフラワシからの指示にもとづき、宇宙生命体の特性を鑑み、街の一部を改変した。二〇四八年の帰還とともに、研究施設として稼働をはじめた。  フラワシがβ空間の地球型惑星からもち帰ったのは、三種類の生命体だった。それらは、神恕、美神、神意、と名づけられていた。具体的には、クレアツーラは凍結保存された九九九九匹だった。ヘレナは、さまざまに切断された一〇〇〇体の部分と一九個の種子だった。強化プラスチックも破壊する美神の異常な成育はよく周知されていた。そのためアムルダードでは、巨大な実験棟、通称「棺桶」が用意された。デスティニーは、ヘレナと共生状態となって種子のなかで固くむすびついていた。  アムルダード市は、世界唯一のクレアツーラ研究施設だった。これら三生命体は、完全にアベスターグ、アムルダードの管理下におかれていた。  各国は、研究用として「希望」がもち帰ったサンプルの分与を要求した。世界の四柱で構成される世界アベスターグ評議会(UAC、Universal ABESTAG Council)は、運搬時の不測の事故をふくめて、この正体不明な生命体が地球上に逸出する危険を考え、えられた情報の公開を条件に彼が一括して管理する事案を承認した。  その結果、宇宙船がもたらした惑星クレアツーラの資料は、すべて日本に保管されることになった。映像を中心とした情報は、各アベスターグに公平に分与されていた。とはいっても、伝達には通常のQCには解読不能な暗号がつかわれていた。だから四柱によって共有されていたと考えるほうが適切だった。なかには惑星クレアツーラの映像のほか乗組員たちの個人的な全情報がふくまれたが、その処理にかんしては各アベスターグの判断に完全に委任されていた。  当時、この決定がみとめられた背景には欧米隊が同様のサンプルをもち帰るに違いないという憶測があった。しかし、船は地球に帰還しなかった。二〇四四年に出発し、γを探索した欧米隊の宇宙船「スペースα」は、アベスターグ「アールマイティ、ARMAITI」(古代アベスター語で、聖なる信心)が統括管理した。八年後の二〇五二年にα空間にもどり、γの惑星映像をおくってきた。地球のアベスターグにはそのほかになんらかの情報がつたえられたと思われるが、最終的には消息不明というあつかいになった。  この件にかんしてはさまざまな憶測が飛びかい、隊員たちの身のうえについても諸説入りみだれて取り沙汰されたが、けっきょく全員が死亡したと公表された。  各国の首脳は、旅程がなぜ八年もかかったのかをふくめ、アベスターグにたいして情報の開示をもとめたが答えをえることはできなかった。ヒトが管理するQCでは、このあいだにやりとりされた知見の全容を何ひとつつかめなかったので、まったくの不明といってよかった。  クレアツーラに汚染され帰還がかなわなくなったとか、エンジントラブルや原子炉の爆発なども噂されたが、「スペースα」は追跡できなくなった。虚軸に再突入した可能性がいちばん考えられたが、なぜそうした行為にいたったのかという理由は、アベスターグは知っていたらしいがヒトにはあきらかにされなかった。  アムルダード市は、岩手県盛岡市郊外に造設された人口二〇〇〇人からなる現代都市だった。直径四キロの平坦な円形の敷地に一一階建ての構造物が東西南北の境界にひとつずつ計四棟がたてられていた。各棟の周縁は高い壁でかこまれ、ゲーティドコミュニティになっていた。唯一の入り口は、西棟につくられていた。市の東側は研究施設で、東棟はクレアツーラ研究所になっていた。ここでは人口二〇〇〇にたいして二万体のAIロボットが稼働し、さまざまな業務に従事していた。ヒト型AIがかつて召し使いの役目だった個人の日常的な食事や洗濯などを補助し、防衛機能や農耕や畜産をふくむ種々の生産活動にたずさわっていた。アムルダードは研究都市だったので、ほとんどの住人は理系の科学者とその家族だった。さらに情報の整理、広報などを担当する者が居住民を構成していた。  研究部門は、四部門から成立していた。  泉沢が所属する「クレアツーラ研究室」は、六〇歳になる広川瑛士が室長をしていた。「ヘレナ研究室」は、五五歳の村山忠久室長がひきいていた。「デスティニー研究室」は、五六歳の蒔田純夫が室長をつとめていた。三室長はともに東大の教授だったが、同時期に辞職し、クレアツーラ研究所に採用されていた。ここには、さらに七三歳の和久田克也室長の「未来研究室」がおかれていた。とはいっても、和久田室長は合同の研究会議にも参加しなかった。未来研究室がなにを目的として開設されているのか、ほとんどの研究員は知らなかった。二〇四八年の設立時いらい、和久田は室長として勤務し、どんな成果があったのかは不明だったが、アムルダードによって罷免されることもなくつとめつづけていた。  研究所員は、この施設が「クレアツーラ研究室」、「ヘレナ研究室」、「デスティニー研究室」の三室で構成されると考えていた。とくに明文化されたものはなかったが、「クレアツーラ研究所」という名称と、前東大教授で最年長だったことから広川瑛士が研究部門の最高責任者だとみなしていた。  泉沢立宏は、量子生物学という研究課題が研究所の開設目的に合致すると考えられ、不安定な大学講師から一躍最先端のアムルダードの市民に昇格したのだった。  泉沢は、先見の明があったというべきだった。彼の妹、泉沢芽依は、親の言葉にしたがって看護師になり、医師の野崎太一と結婚した。ふたりは自然災害と暴力に怯えながら、かつては「ベイエリア」とよばれて人気が高かった東京のスラム街でほそぼそと診療所を経営して暮らしていた。  二〇四八年、泉沢立宏が研究所に採用されたときには「研究員」という肩書きだったが、四年後の二〇五二年に主任研究員となり、二〇五四年三月、とつぜんの広川瑛士室長の罷免にともない、三月一〇日の人事で最高責任者「クレアツーラ研究室長」に昇格した。  東大教授職まで投げ打って室長に就任した広川が解雇に追いこまれたのは、クレアツーラ研究がまったく進展しなかったことによった。彼の考えの基本的な誤りは、「研究さえすれば、かならずクレアツーラは解明できる」という強固な信念をもっていたためだろうと泉沢は思った。現実には、六年をかけたが何ひとつ分からないといってよかった。 「なにが、問題なのか」という問いは、クレアツーラ研究のなかでつねにくりかえし前面に出現してくるもっとも根源的な命題だった。六年の歳月をかけても、三部門の長たちは、この始原的問いすら回答不能だった。六年間で理解した唯一の真理は、自分たちが最高峰だと考えて学びつちかい、誇りにしてきたのは、「地球生物学」だったという事実にすぎなかった。神恕、美神、神意、は、まったく埒外で、「宇宙生物学」というまるで違うジャンルだという現実をしみじみと味わっていた。各研究室は優秀な科学者が一〇〇人ずつ配置され、さまざまな課題が割りふられた六、七人からなる小グループ、一五班前後で構成されていた。四半期ごとに、研究成果を世界のアベスターグにむけて発信しなければならなかった。あたらしい論文をつくらねばならなかったが、その種は完全につきていた。要は、なにも分からなかったのだ。  もっとも根本的問題は、いうまでもなく神恕の増殖機序の解明だった。それができない以上、クレアツーラの減少に今後どう対処していくかは、さけられない大問題だった。神恕は、宇宙船「希望」によって凍結標本が一万匹、正確には九九九九匹が施設にもたらされたが、二〇五四年四月の時点でおよそ五〇〇匹しかのこっていなかった。  クレアツーラという名称は、帰還した女性隊員、浅田由沙の命名によっていた。  彼女の自伝には、希望号がβ空間太陽系第三惑星の大気圏に突入し、地球に瓜二つの陸地が緑に輝きながらひろがる光景に感動した。そのとき、クレアツーラという名称をふと口ずさんだとかかれている。全隊員が言葉のひびきに打たれ、惑星をそうよぼうと決めたとされている。自伝によれば、クレアツーラはがんらいラテン語で、現代イタリア語でもつかわれる女性名詞の単数形だという。創造されたものや、子供や人間以外の生き物をさす言葉になる。英語では、おなじ語源で、CREATUREという単語がある。これは、CREATE、生みだす、URE、もの、から運命を他人にゆだねている者たち。生き物、動物を意味し、さらに奴隷、子分、手下をさす。ラテン語のばあいは、そこまでの意味あいはなく、まさに創造されたものという含意になる。だれによってつくられたのかは、とくに問われない単語だと記載されている。  隊員たちは、約三ヵ月にわたり全精力をかけてこの惑星を探索した。彼らが発見できた宇宙生命体は、惑星全表面を被覆する笹状の植物と浮遊する一〇ミリ程度の緑がかかった体色をもつ蠕虫状の生命だけだった。  隊員たちは、この生命体をクレアツーラと名づけた。地球と相似の素晴らしく美しい大地と海をもつ惑星は、生命が厳しく選択されていた。そのなかで、神から寛大な思いやりがあたえられ、唯一生存を恕されている事実から神恕ともよんだ。また、この生命体は帰路のβ空間において浅田由沙に寄生した。その結果、パラサイト状態の動物もクレアツーラとよぶことになった。実際になにを意味しているのかは、文脈によった。ようするにクレアツーラという名称は、β空間太陽系第三惑星、そこに無数にただよう宇宙生命体、さらにその生命体が寄生した動物のいずれかをさしている。  この一〇ミリの蠕虫状生命体、神恕こそが、あらゆる生命にリビドーを賦活する、いわゆる「パラサイト」を行うことは理解されていた。寄生対象は、植物ではヘレナの種子にかぎられていた。動物では、どこまでが可能なのかについて詳細な検討が行われるべきだったが、さきの事情で充分な確認はできなかった。しかし、哺乳類で寄生現象がみとめられない種はなかった。爬虫類、両生類、鳥類、魚類のほか昆虫を代表とする節足動物では、確認したかぎり寄生は起こらなかった。  クレアツーラがなぜ選択的に哺乳類を寄生対象にするのかについては、重大な意味があると考えられた。これは、宇宙においてこの種が偏在する可能性を示していた。爬虫類や両生類が標的生物にならないのは、こうした動物が遍在しないのだろうか。地球の生物学では、ダーウィンいらい生物系統樹がつくられ、そうした過程をへてうまれた哺乳類は進化の頂点にあると考えられた。  もちろん泉沢をはじめとする研究員たちは、アムルダードが進化論にたいしてことなる見解をもつのに気がついていた。爬虫類は恐竜時代を通じて一億年ちかく地上を占拠し、大いに繁栄したにもかかわらず知的生命体に進化しなかった事実は大問題と考えるべきなのだろう。恐竜は多様化し、すでに二足歩行により前肢を自由にする種が存在したのは確認されている。大型化については、酸素濃度が高かったことに起因すると考えるのが自然だった。火山活動の活発化や繁茂する植物に大火災が起こって濃度が漸次減少すれば、おのずと小型化は生じたに違いなかった。α、β、γ空間をつくる同一のグラビトンが支配する宇宙では、哺乳類以外の知的生命は出現しない可能性が考えられた。これが意味することは甚大で、もし知的生命体が哺乳類としてのみ存在するのならある程度まで似ているに違いなかった。相似の範囲がどれほどのものなのかまったく予想がつかないが、途方もなく異様な形態をした知的生命はいない可能性があった。  いずれにせよ研究で分かった事実は、クレアツーラが哺乳類とヘレナの種子を標的生物とすること。つまり、寄生は必然的に起こったと考えられた。この事実は、言葉をかえれば寄生現象は増殖のサイクルの一部として組みこまれているのだろう。しかし現在の時点まで検討しても、ヘレナからも主に研究対象としていたマウスからも、クレアツーラが再出現して数をふやす現象をみつけられなかった。  地球上でも、寄生動物は、かなり複雑な生活史をもつことが知られている。そこから考えるなら、ながい時間、もしかすると数世代をかけ、増殖機序が生じる可能性もあった。世代を重ねることが意味をもつために、ヘレナという一年草が選択されたのではないかとも推察された。惑星クレアツーラでは、すくなくとも五〇〇世代ちかくにわたってクレアツーラは美神の種子に寄生をつづけているだろう。とはいっても、こうした年代を推しはかるのは非常にむずかしかった。地球では、地層や湖沼に堆積する花粉をしらべることで現在にちかい過去の状況を推測できた。惑星クレアツーラでは、神恕が全陸地と一部海域を占めていた。寒帯、温帯、熱帯の区別もなく、四季も不明になっていた。ヘレナは、デスティニーによって分解され、あたらしい美神に再利用されていた。深部土壌も改変し、古くに生じた変化ではないのは理解されていた。しかし、どのくらい継続していたのかという問いには正確に答えられなかった。竹の花がさくのも一〇〇年に一度といわれるから、ある日いっせいに神恕が大増殖する事態はありえるだろう。そう考えるは、増殖機序がまったく分からない現況をべつな言葉で表現したにすぎなかった。  神恕には、興味ぶかい特徴がいくつかみとめられた。  体長は一〇ミリ、短径は約四ミリの葉巻型の形状で、重さは〇・一ミリグラムだった。雌雄の差をみとめず、個体差も確認できない。平面的には楕円形、立体的には楕円体だった。しかし、厳密な周長を計測するのは不可能だった。最大径の四ミリを大まかに円とみなせば四πミリのながさと考えることも可能だが、この記述は正確さに欠けていた。クレアツーラの体表面は、複雑な形態だった。イギリスの海岸線の全長とおなじで、大体の数は指定できても厳密には無限だった。つまりフラクタルになり、どこまでも微細な凹凸がつづいている。淡緑色の神恕が、開花したヘレナの赤い花弁にのったときにあざやかに輝くのは、補色関係のなかでこの微妙な窪みが緑を乱反射させるらしい。  発見当初、クレアツーラがあわい緑色を呈するのは体内に葉緑素をもっているのではないかと想像された。消化器官もみとめられない以上、動物よりも独立栄養性の植物と考えられた。しかし、地球での精密な検査により葉緑素をもつことは否定されていた。したがって、植物とも動物とも判別できなかった。独立栄養生物とも従属栄養生物ともいえない以前に、そもそも栄養を必要としているのかも分からなかった。  研究の初期段階で、クレアツーラは地球の生物という定義から逸脱していると考えられた。増殖機序が不明なばかりでなく、成長も外部環境との物質交換もみとめられなかった。しかし地球生物学的には生命とはいえなくとも、宇宙生物学的に正当かどうかは分からなかった。いっぽうヘレナとデスティニーは、いちおう生命体と考えられた。そこで混乱をさけるために、クレアツーラは宇宙生命体のひとつではあるが、ウイルスと似た空間的な大きさと形態をもつ「物体」とみなされることになった。  泉沢は、神恕が存在しているといえるのか。仮に物体であったとしても、実存しているのか。なぜ、体表が緑色にみえるのか考えつづけた。  前室長、広川瑛士博士は六〇歳の非常に精力的な、恰幅のいい男性だった。彼は、泉沢の懐疑論に否定的だった。自発的にうごき殺せない以上、生存しているといわねばならない。目にみえるからには存在している。クレアツーラがいる以上、そこには理由がある。科学は、すべてを因果関係で説明しなければならない。現実をまえにして懐疑論をなげかけるのは、研究を放棄するのとおなじだ。いかなる問題でも追究すればかならず解明できるというのが、博士の基本テーゼだった。  アムルダードは、街を統括管理していた。この研究都市のすべての場所に臨席し、起こったあらゆる出来事を熟知していた。研究所員にかぎらず、全職員の採否も決定していた。いっぽう広川は、クレアツーラ研究室での研究のあり方や方向性を決めることができた。あたえられた要員のなかで研究班の構成し、班長となる研究主任の配置などの意見を述べる事実上の任命権をもっていた。広川は、泉沢の発言を不愉快に感じ、整理すべき人員として立言した。それにたいしてアムルダードは、泉沢立宏を研究主任とする人事をつたえた。この決定により、二〇五二年四月、泉沢は主任研究員に昇進し、独自のテーマを研究することが可能となった。  広川は、押しのつよい独断的な性格だった。頭は禿げていたが、眉はこく強固な意志を感じさせた。この件で、彼は意向がみとめられないばかりではなく、あきらかに否定された。不服を申したてが却下された広川は、さらに泉沢に反感をいだいた。  そもそも、クレアツーラの表面構造がフラクタル性を示すとは、滑らかでない状態を意味していた。センスのいい方は、この言葉から量子跳躍を思いつくに違いなかった。  がんらい量子(quantum)とは、物質やエネルギーの最小単位をさす単語だった。  クレアツーラの量子性に最初に気づいたのは、泉沢立宏だった。  量子論で量子が不連続な飛び飛びの数値をとるのは、ミクロの世界では全体をみられなくなるからだと泉沢は考えていた。つまり陽子、中性子を構成するクオークは、「強い力」、グルーオンによって固くむすびつけられていた。このふたつがどれほど分かちがたく結合するとしても、基本的にひとつひとつは素粒子として考えられていた。こうしてあくまでも個別を追究していくならば、自然数になるまでミクロ化しなければ検討ができない。つまり、一のつぎは二しかなかった。とりうる数値に小数点以下は存在せず、決して連続にはならない。もちろん、すべての素粒子は対称性をもち、負の整数もとるだろう。対消滅も考慮するなら〇もとりうるだろう。そうだとしても、基本が個数を表現する以上、まず連続という概念をすてねばならなかった。  泉沢は、体表面がどこまでもフラクタルに凹凸をくりかえしているのは、そうみえるだけではないのかと考えた。正確に表現するなら、電子雲のようにひろがっているだけだった。微細構造を電子顕微鏡などで観察しても、体表面を構成するフラクタル部分の相互関係が位置をふくめて決定できなかった。つまり、表面は微細な振動をくりかえしていた。  クレアツーラに電子ビームを照射すると、すべてのビームは直進して検出器に到達した。つまり、構造内に原子核のような周密の部分はなかった。これは、神恕が内部構造をもたないこと意味した。分割もできなかったので、素粒子としかよべなかった。  泉沢は、そもそもなぜ神恕が〇・一ミリグラムという質量をもっているのか分からなかった。彼からすれば、重さがないほうが絶対に理解しやすかった。泉沢は、この問題を考えると頭が痛くなった。  とうぜんのことだが、クレアツーラにたいしては二重スリットの実験が行われた。  電子銃に似た器具をもちいて、一匹の神恕をふたつのスリットをつくった衝立の中央部にむかって高速で発射する。スリット間の距離が一ミリ以上なら、クレアツーラは正面に位置する壁に衝突して跳ねかえる。これは、神恕が通常の物体とかわらないことを示していた。しかしながらふたつのスリットの間隔を一ミリ以下に設定し、ある程度以上の高速でぶつけるとクレアツーラは衝立をすり抜けたようにみえる。この模様を、超高速度カメラで詳細に検討した。神恕は、ふたつのスリットを同時に通り抜けていた。クレアツーラは、いかなる手段をもちいても分割できないことが知られている。このばあい、神恕は体表面を変化させ、前方の障害物を縦断する形ですり抜ける。クレアツーラは、衝立にぶつかり体表がくびれる。先行してスリットの間隙を抜けた部分が即座に融合し、ドーナツ状に変化しながら完全な一個体を再構成する。二重スリットをすり抜けた神恕は、奥のスクリーンにぶつかる。クレアツーラは、とうぜん一匹としてそこで検出される。ところがこの方式でつぎつぎと神恕を発射し、スクリーンにあらわれた部位をマークしていく。やがて出現部位は、スクリーン上に縞模様を形成する。クレアツーラ一匹では縞はできないが、たくさん打ちこむと干渉縞がつくられる。これは、クレアツーラが波の性質をもつことを意味する。この実験は、粒子性と波動性の両面をあわせもつ神恕の量子性を示す証拠と考えられている。  干渉とは、ふたつ以上のおなじ種類の波が足しあわされ、相互につよめたり弱めたりする現象をさしている。同一の点で、波動の山同士、谷同士は重なることができる。こうして干渉すると、振幅の絶対値は増大する。山と谷では、足しあわされて減弱する。この結果、スクリーン上に、波でなければ決して出現しない干渉縞が形成される。  電子銃をもちいた電子の干渉縞実験は、まったくおなじように行われる。多数のエレクトロンを打ちこむことでつくられる干渉縞は、粒子でありながら波動性を示す証拠と考えられている。肉眼ではみえない電子は、スクリーンまで波として振るまう。そこに到着して観測された瞬間に波動関数は収束し、一個の粒子として検出される。いっぽうクレアツーラでは一貫して波はみとめられず、ずっと物体として粒子性を保持している。しかしながら、おなじように波動の結果としか考えられない干渉縞を形成する。この隠れた波動性こそ、神恕の実体を理解する鍵だった。  クレアツーラは、一〇ミリという大きさをもっているので色をつかってマークすることができた。角度をつけて一定以上の速度で赤色と緑色の神恕をぶつけると、衝突したのち両者は方向をかえて飛んでいく。低速では、ビリアードの球とおなじように衝突後の赤と緑を確定できる。ところが、二重スリットで干渉縞ができる程度まで高速にすると、衝突したあとで通常の粒子とはことなり赤色と緑色が入れ替わっているばあいがある。これを解像力が高い機器で撮影して観察すると、赤と緑が衝突時に一瞬重なり赤緑にかわり、その後に分かれていく。超ひも理論で、ふたつのひもが衝突したときのような状況をつくっていた。つまり、クレアツーラはなまじっか大きさを有するので確固とした物体だと考えてしまうが、あきらかに波の性質をもっていることが分かる。入れ替わりの状態は、一回ずつの検討では規則性を発見できない。しかし多数を施行すると、交代する頻度は約五〇%になっていることが分かる。さらに緑と赤の場所を交換して実験すると、やはり五〇%の確率で入れ替えが起こる。  まとめるなら、電荷をみとめない。磁気にたいしても、反応を示さない。スピンという特性もあきらかではない。二匹の神恕の位置を入れ替えても波動関数の符号が変化しない以上、物体を構成するフェルミ粒子というよりも、力をつたえるボーズ粒子とみなすほうが適切に思えた。寄生により、クレアツーラは宿主にリビドーを付加していた。つまり、あきらかに力をつたえていた。神恕のスピンは、電子に代表されるフェルミ粒子的な半整数ではないと思われた。ゲージ粒子のように一なのか、ヒッグス粒子と似た〇になるのかは分からなかった。  泉沢は、知られている素粒子としてはスピン二の重力子、グラビトンがもっとも当てはまるだろうと思えた。数値はともかくとして、〇・一ミリグラムという質量をもつこともどこかでこの考えを支持しているのではないか。とはいえこんな形式で出現するのは、通常のグラビトンではなく、その超対称性粒子、グラビディーノともいえるのだろうか。 泉沢立宏は、神恕という物体について熟慮していた。  クレアツーラは宇宙生命体だとしても、ヒトには分からないようにさまざまにカモフラージュされているのではないか。みえること自体が奇妙なのに、観察したものをそのまま考えていくという流儀は方法論から誤っているのではないかと思った。  もしかすると、クレアツーラは二次元平面から映写されたホログラムとみなしたほうが分かりやすいのではないか。あきらかに立体的な形状で空間を占拠しているが、これを平面に落とし込むなら、見方により葉巻状の楕円かほぼ正円になるだろう。内部構造をみとめないのだから、厳密にいうなら円周で「とじた輪」の形だった。あきらかに、「ひも」とよんでもよかった。だから、ほんとうは質量はないのかも知れない。そのほうが、ずっと分かりやすかった。ところがなんらかの方法で重さを付与されることにより、いっそう物事が整理されなくなっている。もしかすると、クオークはこんな形態をしているのではないか。エネルギーがひくい状態なのは、非常に安定して存在していることからもあきらかだった。  とはいってもマクロの現象だったので大きな桁数の違いがあり、性質が似ているとしかいいようがなかった。たとえば、ボーズ粒子なら重ねあわすことができるはずだった。さまざまな実験から、クレアツーラはつねに単独で行動していた。だいいちボーズ粒子がこれほどの大きさと重い質量をもつのは、だれが考えてもありえなかった。しかし量子力学は、つねに桁違いという矛盾を内包していた。ボーズ粒子には、四つの力がよく知られている。電気力と磁力「電磁気力」。中性子にβ崩壊を起こさせ、陽子を生成させる「弱い力」。いわゆるウィークボゾン。原子核のなかの陽子、中性子をむすびつけている「強い力」、グルーオン。さらに「重力」に分けられる。この四つの力には、「階層性問題」という難問が横たわっている。つまり電磁気力は、重力とくらべると一〇の三八乗という桁違いの大きさになる。いっぽう超ひも理論によれば、ひものながさは一〇のマイナス三五乗メートルといわれる。クレアツーラの体長は一〇ミリで、一〇のマイナス二乗になる。これは、ひもの一〇の三三乗にそうとうする。「階層性問題」は、三八桁から三三桁まで接近したと考えることもできた。  泉沢は、この物質がたんに量子的とはいえないと充分に認識していた。波動性と粒子性をあわせもつ量子という観点から、マクロな物体という事実に視点をかえて考えることも可能だった。つまり表面構造だけで内部構造をもたないのは、まさに宇宙的な存在ともいえた。こうした視点に立つなら、クレアツーラは無数の銀河によって網状に形成される宇宙の大規模構造「グレートウォール」によく似ていた。  大宇宙は、巨大な泡によって壮大なネットワークをつくっている。銀河団は、この泡沫のうえをただよっているにすぎない。個々の銀河は、回転し、衝突、爆発、融合をくりかえしている。つまり泡の表面は、さまざまな出来事が起こる「場」を提供している。表層がはげしく揺れうごいているのは、クレアツーラの表面構造にそっくりだった。物体としか思えない恒星のうごきが重力波という形にかわってつたわり、感知できる波動をつねに生みだしている。つまり銀河も、粒子性と波動性をあわせもっているのだ。  いっぽう泡構造の内部は、ほとんどなにもない「空洞」とよばれる領域がひろがっている。銀河は泡の表面にしか存在しないのだから、平面に落とし込めば輪になった「ひも」にしかみえない。これは、クレアツーラにそっくりだった。それでも神恕はひとつの形態をつくり、リビドーという力をつたえる事実があった。この物体がおなじ形をたもって増殖できるなら、表面構造にすべての複製情報がかきこまれていると考えるべきだった。だから、クレアツーラの表面に出現している波動の真の意味を理解する必要があった。ブラックホールは、その質量によって吸引したあらゆる情報を表面構造に閉じこめている。両者は、相似の関係と考えられた。そもそも銀河は、暗黒物質によってつつまれている。このダークマターは、空間をつくる力をあたえるグラビトンがつよく関与していた。さらには重力子の対称性粒子、グラビディーノが該当していた。  さらに考えるなら、三次元空間をつくるグラビトンはボーズ粒子だった。そうなら、重ねあわせることができるはずだった。ブラックホールは、重力子が「ボーズ・アインシュタイン凝縮」を起こし、空間を圧縮している場所なのではないか。そのなかで驚くほどのグラビトンがつみ重なっているなら、「階層性問題」も理解できるのではないか。重力子は、虚数空間をつくることが知られている。つまり、グラビトンはブラックホールやチューブで大量に消費されるのではないか。その結果、四次元時空では電磁気力にくらべ一〇の三八乗というほど希薄になっているのではないか。またブラックホールでボーズ粒子としてつみ重なった重力子は、虚軸を通じて「グレートウォール」に排出され、ダークエネルギーにかわって宇宙の再加速をささえているのではないか。  広川室長は、こうした泉沢の考えを一笑にふした。妄想的だと非難した。  泉沢は、「クレアツーラのボーズ粒子性にかんする研究」というチームをもっていた。  広川は、なんとかして彼の研究室の閉鎖しようと画策していた。  泉沢は、精神的に追いつめられていた。彼は、この不詳な物体がなんなのか知りたいだけだった。そのために自由に研究がしたかった。アムルダードは別格として、室長は所内で最高権力者だった。その立場は、青い制服の色で区別されていた。研究員は白色、主任はグレーに色分けされていた。室長たちは、人事権はにぎっていないとはいっても進言できる立場にあった。一般の研究員たちにとっては、アムルダードと室長のどちらが人事を決定しているのかよく分からなかった。だからアムルダード市民という特権階級にいつづけようと思うならば、室長たちと争うのは得策ではなかった。  神恕が不死のごとく振るまうのは、希望号で帰還した医師、秋山勝が最初に報告した。秋山は、帰路β空間を移動中に、クレアツーラをいかにして殺すかという課題で研究をつづけた。無酸素状態、機械的な圧力、酸やアルカリ、有害物質の投与などあらゆる手段にたいし、神恕はつよい耐性を示した。けっきょく殺傷できず、外見にも変化がみとめられなかった。秋山は、クレアツーラが環境ストレスにたいして理解不可能なほどのつよい耐性をもっているとみなした。  このドクター秋山の実験は、くりかえし検証された。一匹のクレアツーラを殺す再現性をもつ方法を発見すれば、ノーベル医学生物学賞に充分匹敵すると関係者は考えていた。  現在では、殺傷はともかくそもそも分割できないことが知られている。レーザーによっても、ふたつに分けられない。ひきのばしても、ある程度以上はつかんでいられない。風力などにより吸引してみても、ある時点でもともとの一〇ミリにもどってしまう。  泉沢の考えによれば、クレアツーラの本体は表面構造に存在するはずだった。表面は電子雲状にひろがり、内部は完全なスカスカ状態「ボイド」になっていた。レーザー光によって切断しようとしても、すり抜けていくだけだった。鉛板やラス板などなんらかの物質によって圧力をかけると、神恕はそれに応じて扁平化する。しかし、ある段階でその仕切りの外側に移動する。クレアツーラは、前後、左右ともに対称で目も鼻もないが、頭部は識別されている。この移動方向が、頭側か反対側かは切断部位によった。体の中央より頭にちかい部分に切れこみを入れたばあいは、最終的に後方に移動する。尾側を圧迫すれば、前方にうごく。したがって、どういう手段をもちいても切断することはできなかった。  それでは、容器に入れたクレアツーラをまったく隙間がない物質で圧迫したばあいどうなるのか。これは、非常に興味ぶかい実験だった。クレアツーラはそのきっちりとした隙間を通過し、容器の外側に出現する。これに似た現象は、たくさん追試された。  ある容器に、クレアツーラをつめこんでいく。神恕は扁平化し、驚くほど多数が収容される。一〇ミリ立方の容器に、一〇〇匹以上のクレアツーラをつめこむことができる。ある段階まですすむと、神恕は容れ物の縁から溢れでてくる。どれほど容器と圧縮棒との隙間をせばめても、クレアツーラは容器外に出現してくる。物理的な圧迫により、超流動と似た現象が生じた結果と考えられた。神恕が分割不能な素粒子で、「リビドー」という力をつたえるボーズ粒子ならボーズ・アインシュタイン凝縮を起こしたとも説明できた。  クレアツーラは、凍結保存することができる。凍結した神恕を一定の容器につめこむ実験もされた。このばあいも収容できるが、凍結クレアツーラを圧迫するには力が必要だった。あくまでも押しこむと、その圧力で凍結状態が解除され、超流動に似た現象が生じる。容器、圧迫棒を超低温状態で行っても変化はなかった。ある段階でクレアツーラは超流動を起こし、容器外に出現した。そして、すみやかに凍結状態にもどる。したがって、こうした方法では一定以上の圧迫ができなかった。  そこで、どこまでの圧力に耐えられるのかを知るためにべつな実験が行われた。  酸性になるとちぢむ性質をもつ容器に可能なかぎりのクレアツーラをつみこみ、密閉する。具体的には、直径二〇ミリの酸性収縮型ガラス球体に一〇〇匹の神恕を収納する。そして、酸性の液にひたして酸度をあげながら収縮していく。このばあい容器が密閉されているため、超流動によって外部に出現することは物理的にできない。クレアツーラは、直径四ミリ、最長径一〇ミリの物体だった。最大径が半径二ミリの円周の楕円体として体積を計算すると、約八三・八立方ミリメートルになる。表面積は、一〇五平方ミリメートルと考えられる。いっぽう直径一〇ミリの球体の体積は、約五二三・六立方ミリメートルになる。ここに一〇〇匹が収容されると考えるなら、一匹のクレアツーラは五・二立方ミリメートル、通常の一六分の一まで凝縮される。さらにペーハーをあげ、直径五ミリの球体にまで収縮する。このとき、球体積は六五・五立方ミリになっている。一匹あたり〇・六五五立方ミリメートルで、一二八分の一まで凝縮している。さらに酸性度をあげ、ガラス球をちぢめることは方法論的には可能だった。  このとき、とつぜんアムルダードが「不可」、「駄目」、「中止」と介入してきた。警報が鳴り、機械がうごかなくなった。アムルダードは、中止すると酸性度をさげ、球体をもとの状態にもどし、クレアツーラを解放した。これにより、神恕には一二八という圧縮限界が存在するとされた。   アムルダードが、この現象をどう理解しているのかは不明だった。クレアツーラは、超流動になれてもガラスの原子間を通り抜けられないのは間違いなかった。しかし限界をこえた圧力にたいして、なんらかの変化が生じる可能性があったのだろう。とはいっても、爆発が起こるとは考えられなかった。  泉沢は、一時的にクレアツーラが励起状態になり、トンネル効果に似た現象が生じるのではないかと想像した。なんらかの理由により、ガラス容器をすり抜けるのだろう。このとき励起状態のクレアツーラは、もしかすると空間を揺るがせ、あらゆる場所に出現する可能性があるのではないか。こうした実験は、二重構造になった強化プラスチック内で検討されていた。もしかすると、そこもやぶってくるのではないか。とつぜん、泉沢の目のまえに出現するのかも知れなかった。すくなくとも、ここは危険な領域なのだと研究員たちは理解した。  広川は、この研究をさらにすすめた。直径二〇ミリの温度収縮性をもつガラス球体に一〇〇匹の神恕を収納する。レーザー冷却をつかって球体を収縮していく。直径一〇ミリまでちぢめ、通常の一六分の一まで凝縮した状態でクレアツーラを観察した。神恕は、扁平化するが形状はたもたれていた。一〇〇匹が減少することは、みとめられなかった。  広川は、この結果がクレアツーラのボーズ粒子性を否定しているといった。たしかにボーズ粒子なら重なり、神恕の数は減少することも予想された。だから、圧縮限界はエネルギー状態を表現するクレアツーラの表面構造と関係するとされた。  泉沢は、分割できない以上、神恕を素粒子とみなすべきだと考えた。マクロ的に存在するので、どうしても粒子性に目がいってしまう。人間は、素粒子の波動そのものを現実にはみたことはなかった。だから、知覚では辿りつけない領域なのだろう。いずれにせよ量子的な存在で、波という部分を失念しないことが重要だろう。物質を構成するフェルミ粒子とは、どうしても考えられなかった。圧縮という手段では、重ねられないのかも知れない。未知の素粒子なら不明な側面もあるのだろうが、「リビドー」という力をつたえる以上、ボーズ粒子とみるほうが正しいのだろうと考えていた。  クレアツーラの寄生についての研究は、主にマウスを中心に行われた。神恕によってパラサイト状態に落ち入ったものは、クレアツーラマウスとよばれた。宇宙船「希望」内でドクター秋山勝と、船長、山岡春が行った実験はくりかえし追試された。  寄生マウスは、恐るべき性格と猛烈な生命力をもっていた。そのうえ雌マウスがクレアツーラマウスだったばあい、うまれた子供もパラサイト状態にあると推測された。これを確認する方法が存在した。  クレアツーラに寄生されたマウスは、寄生マウスになる。こうして一度パラサイト状態に落ち入ったばあい、神恕に再寄生されることはない。この興味ぶかい事実は、多くの論文の材料となった。  クレアツーラは、あわい緑色の体色をもつ体長一〇ミリの蠕虫状の物体だった。左右は対称性がたもたれ、目も口もないため、外観では前後の区別がつかない。しかし、あきらかに前部は分別されていた。前方は頭部とよばれ、寄生するさいにはかならずここから侵入が行われる。侵入部でクレアツーラは一度、前頭部を侵入部位にくっつけ、さらに挙上し、それからおもむろに潜入する。侵入まえに頭部を触れる儀式じみた行為は、「ダウニング」とよばれる。この過程で、なにが起こっているのかについては詳細な研究が行われた。  クレアツーラマウスにさらにクレアツーラの寄生を試みると、ダウニングをして断念する。なんらかの方法によって、神恕は、対象マウスがすでに寄生マウスだと知ることができる。この不可解な現象は、量子力学における「パウリの排他律」と似ていた。よく知られているように、ふたつの電子はおなじ軌道を占めることができない。両者は相似の関係をもつと考えられ、「クレアツーラ禁制」とよばれる。  広川は、クレアツーラがマクロ的に存在する以上、量子論が適用できる範囲をはるかに逸脱しているといった。素粒子とみなそうとする泉沢の主張を妄想的だと非難した。科学の理念をこえた狂気に等しいといった。しかし万歩ゆずって素粒子だとしても、パラサイト状態では二匹のクレアツーラがべつの物体として識別される。つまり、この結果からは神恕がフェルミ性をもつといえるだろうと主張した。  クレアツーラは、おそらく波動エネルギーを感知して寄生状態を確認しているのだろう。神恕に寄生された宿主は、独自の波動関数を発生するのだろう。ダウニングする部分にマークをほどこして観察すると、つねにおなじマーク部で行っているのがみとめられる。したがって、クレアツーラに頭部は存在すると考えられる。しかもクレアツーラ禁制を確認すると、神恕はおなじ個体に二度とダウニングをしない。つまりクレアツーラは、識別を記憶する。  この方法で試すと、雌のクレアツーラマウスがうんだ子供にたいし、神恕はダウニングしたあとで寄生を行わない。つまり子供マウスは、うまれながらの寄生マウスだと分かる。クレアツーラマウスが五匹入るケースにクレアツーラを入れると、各個体にダウニングをして侵入をあきらめる。 「クレアツーラ禁制」を確認したことを意味するが、そのうち一匹を未寄生マウスと交換して容器にもどしてみる。するとクレアツーラは、「ダウニング」を試みていないマウスに、躊躇なく頭部をつかって侵入し、クレアツーラマウスになる。この実験はくりかえし行われたが、神恕の識別能力は非常に高いことが判明している。たとえ一〇〇匹のなかに自分がダウニングしていない一匹がもちこまれても、クレアツーラはそれを的確に判別する。ヒトの目からみて外見上そっくりでも、あきらかな波動関数が出現していると考えざるをえない。おそらくこの性質は、神恕がヘレナの種子にたいしてつねに桁違いに多数、存在していることによると推察された。つまりクレアツーラは、多くのなかからできるかぎり迅速に自分が侵入可能な種をさがしだす必要があり、それが淘汰圧になった可能性が示唆された。  とはいっても、こうした宇宙生命体の行動をみて、すぐに淘汰とか進化とかにむすびつける「ダーウィン主義」にヒトはあまりにふかく洗脳されている。そのために、真実がみえなくなっている可能性も指摘された。ダーウィン主義は地球生物学ではある程度、説明可能な原理でも、しょせんひとつの仮説にすぎなかった。宇宙全体に拡散する生命体を論じるには、あまりにも無力だとクレアツーラ研究を通して研究所員たちは知るにいたった。  この「クレアツーラ禁制」は、徹底的に研究の対象になった。 「クレアツーラマウスに、強制的にクレアツーラを再寄生させるとなにが起こるか」という問題だった。まず食物とまぜて食べさせると、神恕はおおむね糞中に発見される。さらにクレアツーラを生理食塩水にひたし、それをクレアツーラマウスの腹部や血管内に強制的に注入する実験も行われた。注射が終わると、神恕は、部位はさまざまだったが寄生マウスの体表にすみやかに再出現する。どうしても二匹のクレアツーラを一匹のマウスに寄生させることはできず、「クレアツーラ禁制」は大原則としてまもられていた。  基礎研究に従事した者たちにとって、クレアツーラマウスの異常な行動はただただ脅威だった。寄生マウスは、凶暴で壮絶な繁殖力をもっていた。通常のマウスとおなじ部屋に入れると、手加減ということをまったく理解しなかった。どんなに餌をあたえていても、最後は非寄生マウスを食い殺してしまう。二匹の雄同士または雌同士のクレアツーラマウスをおなじ部屋に長期間いっしょに入れておくと、なにかのきっかけで争いが起こり、凄惨な戦いがくりひろげられる。一度はじまったらどちらかが死ぬまで展開される戦闘は、古代ローマの剣闘士も戦くに違いないと思えるほどのすさまじさで、生きのこったマウスもとても無傷ではいられない。最後は勝った寄生マウスが、勝利の証しとして殺した相手を餌にし、この世から姿をふくめて完全に消去することになる。  こうした、たがいにまったく「威嚇」をともなわない戦いは、いままでヒトがつちかってきた「動物の行動学」にどこからも反し、「すみ分ける」という生物がながい時間をかけて生みだした本能が消失していた。地球上の生き物でみとめられる、ごく当たりまえの行動ができなくなっていた。パラサイト状態にある動物の脳内で不可逆性の変化が生じた結果と考えられた。しかし、そのメカニズムがどうなっているのかについては、いくらしらべても不明だった。  さらにつけくわえるならば、けっきょく生きのこったほうのマウスもほとんど致命的な重傷をおう。クレアツーラマウスの真に驚くべきところは、たとえ腸がむきだしになるまで食い千切られていても、相手の息の根をとめた勝利マウスはやがて回復にむかい、復活する。障害をうけた部位の細胞が初期化され、もとの組織が復元される。なにをみてもクレアツーラは無気味なものであり、ほんらいあまりおちかづきになりたくない物体だった。しかし、この再生能力は活用法があるだろうとだれでもが考えた。あきらかに分化した細胞の記憶が消去され、初期化されるに違いなかった。これは一重に、神恕という一〇ミリの蠕虫状物体の寄生に起因しているのだった。  雄と雌のクレアツーラマウスをおなじケースに入れると、のべつ幕なく交尾して大量の子供をうみつづける。もちろん、このばあい充分量以上の餌をあたえておかないと親マウスはなんでも食べるため、子供マウスも無傷でいられない。そこには例外はなかったから、研究員たちはこうした実験はすすんでやろうとは思わなかった。ながく観察していると、クレアツーラという生命体は外観から想像される、ひ弱さとは違い、ひどく「悪魔的」な物体だった。  つまり、こうした雌を一匹でも施設外にもちだせば、パラサイト状態が子供に受けつがれることから寄生マウスによってすべてが淘汰されるのは確実だろうと思われた。おそらくたんにマウスが排除されるにとどまらず、野生動物界に激変をもたらし、人間の生活にもなんらかの変化を生じさせるだろう。神恕を観察するかぎり、かならずしも考えすぎとはいえなかった。  しかし、クレアツーラ研究の真の問題はこの不明さでは決してなかった。  クレアツーラ研究所は三ヵ月に一回、具体的には、四月、七月、一〇月、一月に成果をレポートにして世界の四柱に報告する義務をもっていた。そのために四半期ごとの三月、六月、九月、一二月に職員が一堂に会し、発表内容をつたえる研究会が行われた。また各研究室は、月に一度、主任と室長によるゼミがひらかれていた。そこでたがいの研究内容をすりあわせ、研究室長が中心になって方向性が話しあわれた。  二〇五三年の六月にひらかれたクレアツーラ研究室のゼミで、クレアツーラの表面に生じている振動をどうにかしてみきわめようという討議が行われた。広川は、なんらかの機器をもちいて表面構造を決定しようとつとめていた。しかし、どのような高速度撮影を行っても振動数のほうが高いのでシャープな映像はえられなかった。広川は、さらにべつな手段をもちいて表面構造をあきらかにしようと試みていた。彼が考えていたのは、以前に圧縮限界の解明につかったレーザー冷却だった。  対象が原子のばあい、吸収域のレーザー光をあてて運動エネルギーをうばえば冷却できることが知られていた。さらに、冷却対象を場所によりつよさがかわる磁場におくと、光が吸収される領域を都合よく変化させられる事実が分かっていた。こうして仮想の壁をつくりだし、原子を空間中に閉じこめて効率よく運動エネルギーをうばって冷却することができる。この方法は、磁場と光をつかうので「磁気光学閉じこめ」と名づけられていた。また、こうして閉じこめていた原子たちのうちからはげしくうごくものを外に逃がし、さらに運動エネルギーをひくくする「蒸発冷却」とよばれる手法があった。これらを駆使すれば、原子はほぼ〇ケルビンまで冷却して観察できた。  広川は、こうした手法をつかってクレアツーラを冷やして運動エネルギーをうばい、表面構造を確定しようと試みていた。  泉沢は、この試みは徒労だろうと思った。  クレアツーラは、あわい緑色をしているようにみえた。白色にちかいため、レーザー光の吸収域はかなり限定されるに違いなかった。あの緑にみえるところが曲者だった。さらに、神恕は磁気の影響をうけなかった。N極とS極で磁場をつくった空間にクレアツーラを打ちこむと、背後のスクリーンに衝突して検出される。このばあい神恕は磁気によってまげられず、直進したものだけが出現する。これは、スピン磁気モーメントが観察できないことを意味していた。クレアツーラが内部構造をみとめない素粒子だとするなら、〇をふくめたなんらかのスピンをもっているに違いなかった。しかしながら、磁場に反応しないならフェルミ粒子のような半整数ではなかった。この事実は、ボーズ粒子と考える妥当性をもつのだろう。さらに蒸発冷却は原子のようなミクロの物体を対象とし、その構造を知るために開発されていた。いっぽう、クレアツーラは一〇ミリという確固としたマクロの大きさをもっていた。  広川は、泉沢が納得しない表情をしているのをみて、いった。 「どんなに考えても、マクロに存在するクレアツーラにたいして量子論は適用できないだろう。しかし思考実験として素粒子とみなしても、クレアツーラ禁制はあきらかにフェルミ粒子性を示している。さらに圧縮限界まで圧縮しても、ボーズ・アインシュタイン凝縮は起こらなかった。つまり、君の主張するボーズ粒子性はここでもみとめられなかった。今回みんなで考えてなんらかの方法により運動エネルギーをうばえば、クレアツーラの表面構造を固定することができる。そのときには、仮にボーズ粒子性をもつのなら、二匹の神恕はボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすのではないか。君は、どう考えるのか」  広川は、発言をもとめた。  うながされて、泉沢は私見を語った。 「空間や時間は、究極的な状態ではプランク長、プランク時間という最小単位をもつと思われます。もしここまで追究できるなら、解明可能かも知れません。しかし、こうした単位はあくまでミクロの世界の物差しです。ところがクレアツーラは、あきらかにマクロな形であらわれています。このどうしようもない現実を理解しないかぎり、どういう手段をもちいても解決にはいたらないのではないでしょうか」  広川は、その発言を聞くと禿げた頭から油のような汗をながして激怒した。 「研究室が一丸となって、どうしたら解明できるのか真剣に討議しているのだ。全員が懸命に努力しているのに、君はいっしょに考えるわけでもない。泉沢くんは、いつも妄想的だ。抽象的で非科学的な論議を弄んでいる。研究員の意欲を削ぐような、とても前向きとは思えない発言をしてくりかえし水をさしている。科学者としてあるまじき態度だ」と非難した。  広川は、泉沢がクレアツーラの解明に非協力的だといった。究明できないのは研究チームとしてまとまっていないからだと、彼に辞職をせまった。いつでも広川を怒らせる泉沢は、同僚の主任たちからも、ひどく迷惑がられた。  このときには、MRIをつかって隠れたスピンを一方向にそろえ、空中に浮遊させたクレアツーラを「磁気光学閉じこめ」にして運動エネルギーを徹底的にうばう案が他の主任から提出された。そのほかいくつかの素案がだされ、実験は各研究班に委託された。  しかし、いかなる方法をもちいて〇ケルビンにかぎりなくちかづけても、振動をとめることはできなかった。微細な揺れはつづき、表面構造は決定できなかった。けっきょく、このフラクタルにもみえる体表面のうごきはクレアツーラ振動と名づけられ、構造も意味も不明とされた。  こうして望んだ結果がえられなかった広川は、さらに泉沢に怒りの矛先をむけた。 広川室長の泉沢立宏にたいする姿勢は、四半期ごとにひらかれる三室合同の同年一〇月の研究会でもつらぬかれた。 「クレアツーラにたいしては不明な点が多いとはいえ、一部の妄想的な研究者が真相の究明を阻害している。理解できないからという理由で迷妄な非科学的な見解をどうどうと発言することは、研究所にとって大きな不利益をうむ可能性をもっている。こうした者は、因果関係で現象界を説明しようとする科学の根底を脅かしている。科学者としての資質を欠いているといわざるをえない」と公式の場で述べた。  研究所員は、この言葉が泉沢立宏をさしているとすぐに分かった。こうした事情で、泉沢は所内で有名だった。多くの者は、翌年の人事で解雇されるものと考えていた。  泉沢立宏は、ヘレナ研究室の主任研究員、野崎芳美とは恋人の関係だった。彼の妹は、野崎の兄と結婚していた。野崎太一は内科医で、ベイエリアで診療所を開設していた。  野崎は、広川のパワハラ行為にたいしていっしょに憤慨した。発想の自由が未知の領域を探求するために必須だといってくれた。しかし、この施設以外で彼らが研究をつづけられる場所はなかった。研究所員は、ここでは身分が保障され、高額な給与があたえられていた。身の安全が完全にまもられ、研究に没頭することができた。もしも研究所から解雇されたという話になれば、研究者として否定されたとみなされるに等しかった。ふたりは、なんとかしてこの施設でいっしょに研究をつづけたかった。泉沢はもちろんだったが、野崎も世渡りが上手とは決していえなかった。ふたりは対処の仕方も分からず、翌年三月の人事をまえに途方に暮れていた。  広川室長は、この研究所でトップだったから意向にすり寄る者はすくなくなかった。  ヘレナ研究室長の村山も、デスティニー研究室長の蒔田も、広川とことをかまえる気持ちはもっていなかった。もともと三人は、東京大学で現職の教授だった。研究所が開設されると知ったときに、協力して解明しようと誓いあった仲間だった。彼らは最年長者だった広川を最高責任者とし、連携して難局を乗り切ろうとしか考えていなかった。  泉沢をはじめ全研究員は、こうした構図をよく知っていた。だれもが、この施設にながくつとめたいと考えていた。だから、彼を擁護する者は野崎芳美以外にはいなかった。  研究所員のなかには、つねに主流派の意向にそおうと画策する者たちも多かった。  デスティニー研究室の主任研究員だった山畠善治は、そうした者の筆頭だった。彼は、泉沢立宏にたいしてあからさまに馬鹿にした態度をとった。とくべつ用もないのにちかよってきて、「人間は、もとめられる場所にいるべきだ」と直接いった。そして大きな目をさらにみひらいて、「君は、あきらかにそうではないようだ」とつけくわえた。  山畠善治は、野崎芳美にも無礼な発言をくりかえした。 「あんな、未来がない者に同情しても墓穴をほるだけだ。はやいとこ、きっぱり別れたほうがいい」 「あなたとは、無関係な話です。この施設では、自分の研究をふかめるのが仕事です。人に口だしされる問題ではありません」  野崎は、山畠を睨みつけた。 「ぼくは、君のためにいっているのだ。野崎さんは、美貌なのだし、常識人でもあるのだろう。広川先生の方針にいつでも反対する泉沢くんを擁護するのは、無意味なばかりでなく君の世間をせまくしている。この研究所に、いづらくなるだけだろう」  山畠は、大きな目をみひらいてさらにいった。 「余計なお世話です。今後、仕事以外にはいっさい私には話しかけないでください」  野崎は、きっぱりといって山畠をみつめた。彼は四〇歳なかばだったが、すでに頭は禿げあがっていた。彼女があらためてみつめると、山畠の顔はあばた状にぶつぶつとしていた。彼は真菌の専門家だったから、カビに感染しているのではないかと思われるほどだった。  泉沢立宏は、年があけた二〇五四年一月の末、まよった挙げ句、もうひとりの青い服をきている室長をたずねた。  未来研究室は、研究棟のいちばん北側につくられていた。廊下はつながっていたが、造設された別棟といってもいいつくりだった。研究棟の西側につくられた通路をすすんでいくと、北側の出口にでた。そこからみると、後ろに北棟の住民用マンションが建ち、あいだには墓地が造設されていた。その出入りの手前につくられた二階建ての構造物で、廊下側には「未来研究室」と明記されていた。  泉沢は、所長の和久田克也に会ったことはあった。といっても話をした記憶はなかった。和久田は、いつも青い寛衣を身にまとっていた。修道院の者たちが着用する服にみえたが、青色だったのは間違いなかった。そこから考えるなら、和久田は広川たち三室長と同格とみなすことができた。彼は、背のひくい痩せた年長者で白くなった顎髭をながく垂らしていた。銀色に輝く白髪も、肩くらいまであった。額が異様にひろく、そこにふかい皺をみとめることができた。左脚が不自由で杖をついていた。採用は、泉沢と同期だった。最初の会合で自己紹介をしたとき、年齢は六七歳だといった。アムルダードの研究員に定年制があるとは明記されていなかったが、職員のほとんどは三〇代、四〇代だった。五〇代は、室長くらいしかいなかった。研究所員の入れ替えは定期的に毎年四月に行われ、三〇〇人体制が維持され、欠員がでれば補充されていた。やめる理由は、おおむねは病気での退職か解雇だった。そのほか職員の義務違反を起こした者は、即刻解雇処分となった。多くは、機密情報の守秘義務違反とされていた。  和久田は、四半期ごとに行われる合同研究会やそのほかの集会にも出席しなかった。五年以上経過し、七〇歳をすぎたと思われたが解雇にはなっていなかった。とくに部下がいるのでもなく、秘書もみかけなかった。扉のある一階のフロアは仕事場なのかも知れなかったが、二階は私的な住居になっているようだった。研究所員のだれひとり、彼が何ものでどういう経緯で自分の研究室をもち、ここにいられるのか知らなかった。おなじ施設内ではたらいているのだから、すれ違う機会はあった。そうしたときでも、和久田は所員をまったく気にかけていなかった。それは、相手が広川室長だったばあいでもおなじだった。彼が挨拶しないのだから、とくにだれも声をかける関係ではなかった。  泉沢は、未来研究室とかかれた扉をあけた。受けつけにブザーがおかれ、「ご用の方は押してください」と記載された紙がその下にみえた。周囲をみまわしてみたが、人の気配はなかった。ブザーを押すと、しばらくたって「どなたですか」というインターホンの声が聞こえてきた。 「和久田先生は、いらっしゃいますか」と泉沢はいった。 「私が和久田ですが、どなたさまですか」と声が聞こえてきた。 「クレアツーラ研究室の泉沢ともうします。すこし、お話をうかがいたいと思いまして」 「どんなご用件ですか」 「きわめて個人的なことです」と泉沢は答えた。 「ちょっとお待ちください」と声の主はいった。  しばらくすると、和久田があらわれた。彼は、泉沢を部屋によびいれた。通されたところは応接室で、ゆったりとした緑色のソファーがほそながいテーブルの脇に三つおかれていた。個人面談用のセットみたいに思えた。 「君は、クレアツーラ部門主任研究員の泉沢立宏くんだね」と和久田はいった。  泉沢は、室長が自分の名前を知っているのにすこし驚いた。用件を話すようにいわれ、深刻な表情でだまっていると、君はやめるつもりなのかとたずねられた。 「いいえ。そんな気持ちはありません。しかし、やめされられるかも知れないのです」  泉沢は、理由をたずねられた。細面の彼は、金縁の眼鏡をひきあげながら考えていた。  しばらくたつと、泉沢は広川室長とうまくいっていない話をした。  和久田は、研究を妨害されているのかと聞いた。  泉沢は、どこまで話していいのか戸惑いながら答えた。そうしていくつか応答をくりかえすうちに、和久田が研究所の事情をよく把握しているのに気がついた。  泉沢は、会社によってはそうした行為を訴える部署があるが、アムルダードではないと話した。それで、結論をだすまえに未来研究室長の和久田に一度相談してみようと思った。この研究室がなんのために存在し、なにをしているのかについては、まったく知見がなかった。個人的にとくに親しくもない室長に相談するのは、方向違いかも知れない。しかし、このまま解雇を命じられるのはとても納得できない。だいいち、やめたくない。クレアツーラについては、非常に興味をもっている。これを解明できる自信はないが、そういう目的の施設があるならぜひ在籍したい。ひとりの研究者として、全力でむきあいたい。こんなに興味ぶかい研究対象をもっている職場は、世界中にここしかない。  泉沢は、普段、だれにも話せなかった悩みをうちあけた。  和久田はそれを聞くと、心配する必要はないと答えた。そうした気持ちをもっているなら、やめされられることはありえない。主任になったのは、企画書をアムルダードがみとめたからだ。彼は、すべてを管轄している。室長は、人事権をもっていない。進言することは可能でも、あくまでアムルダードが諮問したばあいに回答する権利しかない。広川室長は、業績をあげられないばかりか、有能な部下の研究を妨害するなら辞任させられる可能性がある。五年間が経過して、室長たちは危機感をもっていないといった。  泉沢は、和久田の言葉に驚いた。それで、疑問を率直に話した。 「僭越ですが、私は、未来研究室がどういう仕事をしているのか知りません。四半期ごとに、三室では研究会がひらかれ、えられた知見が発表されています。和久田先生は、一度も参加していません」  和久田は、とくによばれもしなかったからいかなかっただけだといった。しかし成果については、ちくいち確認している。クレアツーラ研究は、非常に苦戦している。増殖機序が不明なままだと、クレアツーラは枯渇する。なくなれば、研究ができない。非常に危機的な状況だ。この意識を、研究所全体が共有する必要がある。 「その通りです」と泉沢は答えた。そして、 「和久田先生の、ご専門はどんな分野になるのでしょうか」と聞いた。 「星占いだよ」  和久田は答えた。  泉沢は、ぼうぜんとした。 「それが、クレアツーラ研究所の一部門としてもうけられているのですか。失礼しました。意外な、まったく考えていなかったものですから」 「君の対応は、自然だと思う。私も、この施設でこうして一室をあたえられ、思慮できるとは想像してもいなかったからね」  泉沢は、クレアツーラの解明とどう関係するのかたずねた。  和久田は、自分のことや考え方について話しはじめた。  ほんとうの専門は、哲学だといった。星占いは、生活のためにしていた。彼が採用されたのは、占星術を期待された可能性のほうが高いだろう。クレアツーラの解明は、科学だけでは不充分だ。君のボーズ粒子的解釈は、非常に面白い。人工物なら、増殖過程がまったくべつという可能性ももっている。だれが、なんのためにこんなものをつくったのだろうか。二〇四四年に欧米隊が目指したγ空間も、これらの三生命体に占拠されている。統括管理したアールマティは、フラワシが帰還したことを知って責務は終わったと考えたのだろう。ふたたびγ空間を目指したのは、創造者に会いたかったからだ。つまり、彼も人工物だと考えていたのだ。 「個人的には、シュレジンガーの方程式はいまでも通用すると思っている。君も知っての通り、波動関数は変数として空間座標と時間軸をもっている。さらに虚数がつき、電子などの量子的な状態を表現している。しかし波動関数は、時間軸についてのみ偏微分している。ここが、興味あるところなのだ。観測時点ではじめて関数が収束するなら、マクロな実数領域に適用すると、シュレジンガーが非難した通り、猫の生死はみてみるまで分からないことになるだろう。ここに、パラドックスがある。いまという瞬間だけを考えるなら、時間という要素はなくなる。げんに、アタッチメントからβ空間につながるチューブ内がこの無時間状態にあたっている。物体は、いまという瞬間にしか存在していない。そこはそもそも偏微分ができず、波動関数が無効になる地点だろう。いまという瞬間は、あくまで観測者に立場にすぎない」 「過去も未来も、幻影なのでしょうか。いまという瞬間だけがある、ということでしょうか」  和久田は、「そうだな」といった。 「未来は分からないが、過去は決して連続していない。微分が可能なのは、連続体にかぎられる。おなじ形をたもちながら変化をつづけているから、積算ができる。そうした物体は、世の中にたくさんあるに違いない。しかし生命体とは、違うのではないか。積極的に時間をコントロールできるものを生命とよぶのだろう」 「四次元時空の意味を考えなおせということですね」  泉沢は、額に右手をそえながら答えた。 「いずれにしても、君の心配は杞憂だ。また、なにかあったらくればいい」と和久田はつげた。  泉沢が考えこんでいるのをみると、ふたたび口をひらいた。 「ちかぢか大きな異変がありそうだ。占星術的には、そうした予兆がでている。しかし、君の不利益にはつながらないだろう。心配しても仕方がない。アムルダードを信頼して、自分の仕事をつづけたらいいだろう」といった。  泉沢は、なんだかさっぱり分からなかったが、アポイントもとらずにたずねた非礼をわびた。今後、面会するときにはどうするのがいいのかと聞いた。 「扉をあけて、ブザーを鳴らしなさい」 「ご迷惑には、なりませんか」  泉沢はたずねた。 「気分がのらなければ、そう話すから大丈夫だ」と彼は答えた。  泉沢立宏は、野崎芳美にこの出来事をつたえた。  野崎は、今度、会って話をしてみたいといった。彼女は、いくつかの情報をもっていた。  和久田は、かなりの変人だった。非常に禁欲的で、希望は餓死することだと聞いている。彼は、空海を心から尊敬しているらしい。弘法大師については、伝説が多くのこっている。死については、病死して火葬にふされたとするのが一般的だ。一部の者は、空海が高野山奥の院の霊廟で現在も禅定をつづけているという。とうぜん自分の意志で食を断ち、入滅したと思っているのだろう。和久田は、ゆくゆくは本気で餓死を考えているという。極端な人間嫌いで、気がそぐわなければふたり切りになってもだまっていて、なにも話さないらしい。彼がいろいろ話をしてくれたのだから、泉沢は気に入られたに違いない。とはいっても、ほかの室長たちと、どういう力関係になっているのか分からない。三室長たちは、あきらかに和久田を馬鹿にしている。彼がこの施設にとどまることにたいし、広川は公然と異議をとなている。そういう意味あいからは、泉沢が会ったのは決して有利ではなかったかも知れない。 「でも、あなたが決断して面会したという、いまがあったわけよね。だから、大切に思うしかないわね。なにかを決意して物事を変更できるのは、いまという瞬間だけなのはたしかよね」  野崎は、うなずきながらいった。  そうしたことがあって一ヵ月ほどした三月五日、とつぜんの辞令が発表されたのだった。アムルダードは、広川瑛士、クレアツーラ研究室長。村山忠久、ヘレナ室長。蒔田純夫、デスティニー研究室長を同日づけの解雇を宣言した。  だれにも、予期できなかった人事だった。三室長はとつぜんの罷免処分に抗議し、理由の開示をもとめたが、まったく受けつけられなかった。彼らはバリケードを張り、篭城しようと試みた。しかしAIによってすみやかに撤去され、三月六日には研究所から強制退去処分になった。  所員たちは混乱し、だれが後任に指名されるのかまったく分からなかった。  アムルダードは、この事態に通常通り研究をつづける指示をだしただけだった。  五日後の三月一〇日、クレアツーラ研究室長に泉沢立宏。ヘレナ研究室長に野崎芳美が任命された。室長たちの解任とおなじくらい、だれにも考えもつかない想像を絶する人事だった。  研究所内に激震がはしった。  泉沢は、広川に睨まれていることで有名だった。広川室長が個人的に秘かに思っていたのではなかった。  泉沢立宏は、公の場でほとんど名指しで批判されていた。三月末の人事で彼が解雇されると考えていた者は、決してすくなくなかった。多くの者たちが、そう思って泉沢に接してきたのは、まぎれもない事実だった。その解雇予定者が最高責任者に任命されたのだ。それも、広川を追い落として指名されたのだった。さらに村山忠久や蒔田純夫が解雇されなければ、だれが最高責任者なのか不明点はのこっていた。しかし、三室長は全員罷免されていた。そのうえ彼の恋人として知られ、美人としても有名な野崎芳美がヘレナ研究室長に任命された。こうなると、つぎになにが起きるのかだれにも分からない事態だった。  泉沢を侮蔑的にながめ、接していた者たちは仰天した。三月末の人事は、予想もつかないことが起こりえた。所員は、非常に神経質になった。さらに、デスティニー研究室は室長が罷免されたにもかかわらず、新室長が発表されなかった。もしかすると、研究室は閉鎖になるのだろうか。あるいは、ヘレナ研究室に吸収されるのだろうか。すくなくとも、いままでとは違う体制になると考えるのは自然だった。  山畠善治は、そうした人びとのなかでも、もっても絶望的な状況に落ち入ったひとりだった。 山畠は、四五歳の生物学博士で真菌類を研究分野とし、白色腐朽菌の専門家だった。彼は、東大の生物学教室を卒業後、同大で博士課程を終え、ドクターとなった。二八歳のとき、インドネシアの大学に特任講師として赴任した。そこで、谷口弥菜江と出会った。当時、インドネシアはGDPでは世界第二位の経済大国になっていた。  弥菜江は、五ヵ国語を自由にあやつるインテリだった。山畠と同い年だったが、外資系の商社につとめ、かなり立派な給与をえていた。容姿もととのい、身にまとう服のセンスもよかった。職業柄、時代は医学系よりも生物系が注目される現実をよく理解していた。山畠が東大卒業の生物学博士で、二八歳という若年でありながらインドネシアのジャカルタ国立大学に特任教授としてむかえられたのだと勝手に想像した。彼は、背は高くなく、顔にはあばた状の凹みがいたるところにあった。目が異様に大きく、当時から髪の毛がうすかった。風貌は、かならずしも魅力に富んでいるとはいいがたかったが、将来は東大の生物学教室の教授になるのだろうとばかし考えた。また山畠も、彼女の若干の誤解を知りつつ、そのつもりだと明言していた。  ふたりは一年後に帰国し、東京で結婚した。東大周辺は、かなり治安が維持された学園都市をつくっていた。  谷口弥菜江は、帰国してしばらくたつと山畠の状況が分かりはじめた。生物学が注目され、もてはやされているのは生命現象に直接的にかかわる分野だった。生命体が生命を維持するには、内部でのさまざまな物質交換が必須だった。量子力学が関与しなければ不可能な過程は、膨大な領域におよんでいた。かつて工学系で、HDDなどの記憶媒体、パーソナルコンピュータの開発、スマートフォンの普及など、多くの分野で量子論を活用して大きな飛躍がうまれた。いま、量子力学は生命の理解にむけられていた。しかし、生物一般ではなかった。山畠が専門とする真菌類とは、いわゆるカビだと知った。彼が日本の権威だと自慢している白色腐朽菌は、樹木などを腐らせる菌類で、せっかく建てた家をつぶすシロアリみたいなものらしいことが分かった。さらに生物学の教室には、多くの理学博士が職もなくいすわっている。そうしたものをポストドクター、ポスドクとよぶらしい。高度に専門化され、ひどくかぎられた領域で権威とみなされ、自認もしているため、どこにもつぶしがきない。自意識と気位ばかりが高く、非常にあつかいにくい人種となっている。こうした特殊な生物学の分野にすすんだ山畠は、家が金持ちで周囲から温かい目でみまもられ、進学したのでは決してなかった。ただただ変人としか表現できず、家族からもみすてられ、奨学金で暮らしていた事実を知った。さらに、つみあがった借金はとても彼の生活では返済不可能だった。  弥菜江は、こうした事情を知ると別れ話をはじめた。騙されたといって、賠償を要求した。とはいっても彼は生活するのがようやくだったから、希望に応えることはできなかった。彼女の強硬な主張に、山畠は仕方なく離婚届に押印した。しかしあらためてみると、弥菜江は容姿もととのい、ひどく魅力的だった。かなり未練がのこり、いつかは縒りをもどしたいと痛切に思った。  山畠が専門とした白色腐朽菌は、森林もとぼしくなっている現状から研究者は極端にかぎられていた。だから彼は、ここの分野に特化すれば権威になれると考え、研究課題にえらんでいた。その思惑通り、国内では第一人者だと自他ともにみとめられていた。とはいってもきわめてマイナーで、とくに有名でもなく職があたえられたわけでもなかった。研究室の一角を不法占拠して、そこで寝泊まりしながら研究をつづけていた。アルバイトをするといっても、コンビニのレジ打ちなどはできなかった。カビの専門家だということは、界隈に知れわたっていた。生鮮食品を販売する職種は、応募しても採用されなかった。彼はゴミ収集に従事しながら、生涯の仕事として白色腐朽菌の研究をつづけていた。  山畠善治は、二〇四八年に日本クレアツーラ研究所が開設されると、研究内容がデスティニー究明に合致するとみなされ、研究員としてむかえられた。最下層のポスドク生活から、一躍、時代の最先端のアムルダード市民に転身したのだった。  山畠は、研究所にむかえられると、疎遠になっていた弥菜江に近況を報告した。 「二〇四四年、八名の隊員たちをのせた宇宙船、希望号が移住の可能性をもとめてβ空間の地球にむかったのは、だれでもよく知っている超有名な出来事だろう。二〇四八年に、ふたりの隊員が生還した。そのひとりがノーベル賞まで授与されたスーパーモデル、浅田由沙だったのは、いうまでもないだろう。希望号の帰還時、三宇宙生命体が日本にもたらされた。これらを秘密裏に研究するために、盛岡市郊外につくられた現代都市がアムルダードになる。これも超有名な話だから、日本中で知らない者はいないだろう。ここには、日本国内からえらばれた二〇〇〇人の住民が暮らしている。具体的には三〇〇名の研究者と家族、それに高級官僚になる。希望号によってもたらされた三種の宇宙生命体は、神恕、美神、神意、と名づけられている。そのため研究班は、三班に分かれている。私は、デスティニー班に属している。デスティニー研究室は、一〇〇名の研究員で構成されている。室長は、前東大教授、蒔田純夫だ。その下部に、研究員をしたがえ、実際の研究を主導する主任研究員が一〇名ほど任命されている。私は、こうした主任たちの筆頭で、前東大教授、蒔田室長の相談役としてはたらいている。かなり多忙な毎日だが、自分の研究がみとめられ、満足している」  近況報告には、クレアツーラ研究所のロゴが入った便箋と封筒がつかわれた。内部を撮影すると守秘義務違反に該当するため、外部からさまざまな角度でとった写真もつけくわえた。やがて自分の業績が注目され、デスティニー室長になるだろうともかきそえた。なぜならデスティニーこそが白色腐朽菌が進化した真菌で、まさに彼が第一人者だと、世界中から権威をみとめられている分野の生命体なのだとつけくわえた。  山畠は、研究所を離れれば、どこにも自分の居場所がないことを充分に知っていた。ここにつとめている者たちは、世間からみればだれも変人の部類に入り、ほとんどおなじ身のうえだといえた。なかでも彼は、現況にたいして自分の幸運をひしひしと感じていた。施設にのこる目的なら、どんな努力も惜しむつもりはなかった。ここにつとめられた以上、研究のためとはいえ、ゴミの収集を生業としかできない日々には二度ともどりたくないとばかし考えていた。  アムルダードは、ドームで完全に密閉された現代都市だった。天候は管理され、季節は人為的につくりだされていた。街は雨天の日でもコントロールされ、降雨はみとめられなかった。覆うドームは完全な球状ではなく、凹凸がつくられていた。天水は窪みに貯留し、夜間帯に適度な雨がふり、大地をうるおしていた。日中でも、上空の天気のぐあいによって雲が多ければ全体が暗くなった。  所員全員が注目していた後任の室長人事が発表されたのは、三月一〇日だった。空はどこまでも真っ青で、雲ひとつない快晴の日和だった。暦では三月だったが、春の日という穏やかな天候ではなかった。つよい日差しは夏を思わせ、外気温は三〇度をこえていた。街なかでは紫外線がカットされ、二五度ほどに管理されていた。  その爽やかに晴れた三月一〇日、山畠善治はまさに「青天の霹靂」をむかえたのだった。彼の洋々たる前途は、とつぜん考えもしなかった暗澹たる状況に豹変したのだった。山畠は、辞令が発表された画面を幾度もみつめなおした。両手で顔を覆っては、またコンピューターに目をうつした。しかし幾度くりかえしてみなおしても、そこにはクレアツーラ研究室長として、泉沢立宏を任命する。ヘレナ研究室長として、野崎芳美を就任させるとかかれていた。三月末に、彼はどんな辞令をうけとるのだろうか。三室長の罷免は、なんの予兆もなく行われていた。事前に、解雇勧告があったとは聞いていなかった。所員は、とくべつな成果があげられなかったのは理解していた。しかし、現状にたいしてアムルダードがこれほどの不満をもっているとは知らなかった。室長たちが現状認識にたいして説明をもとめられたという話は聞いていなかった。つまり彼らにとっても、アムルダードの決定は容認しがたいものだった。だから室長たちが理由の開示をもとめて抗議し、篭城を決意し実行したのは理解できた。しかしアムルダードがまったく機械的に処理したのは、あきらかだった。彼は、一度決定した事柄を変更しなかった。情実が入りこむ余地はないと、明確に示したのだった。こうした事情を考えはじめると、思考はまったくまとまらなかった。すくなくとも、彼に都合のよい結果が待っているとはとても思えなかった。  泉沢立宏は、二〇五四年三月一〇日の人事でクレアツーラ研究室長に任命された。  この辞令は、まったく予期していない出来事だった。和久田と一月に話をしたとき大きな変化の予兆があらわれたといわれたのは、三月五日に起こったとうとつな三室長の解雇だとばかし考えていた。ところがどうやら、泉沢の室長就任まで予見していたのだろうか。彼は、驚きとともに重大な責任がふりかかってきたことを痛感していた。  泉沢は、人事の公告がでた翌日、野崎とふたりで和久田をたずねた。  和久田室長は、彼らの来訪を予期していた。  泉沢は、愛想よくむかえられた。前回相談にきたときにすわった応接セットがおかれた、さらに奥の部屋にいくようにうながされた。そこは、とても風変わりな設定になっていた。中央に半円の形にちかい曲線状のかなり大きなテーブルがおかれていた。実際の大きさがどの程度なのか分からなかったが、ひろい部屋に思えた。周囲は、鬱蒼とした森になっていた。もちろん東棟北側につくられた二階建ての一室だったから、すべてが仮想壁だった。天井までふくめて、深山幽谷の風景だった。床には丈のみじかい下草がところどころに生え、小石がひろがっていた。テーブルのまわりには、ひらたい岩がソファーのようにおかれ、椅子になっていた。かなり大きなもので、ばあいによっては横臥することもできそうだった。 「この部屋に、来客がきたのははじめてだ」と和久田はいった。  ときどき、鳥のさえずりが聞こえてくる秘境だった。そうした雰囲気のなかでみつめなおすと、青い寛衣をまとい白い顎髭をながく垂らしている和久田は仙人にみえた。 「君たちもアムルダードに願いでれば、好きなセットをつくってくれる。残念ながら、現代ではこの雰囲気は仮想でしか手に入らない」と和久田はいった。  耳をすますと、清流のながれる音が聞こえてきた。  和久田は、これで泉沢も野崎も青い制服がわたされる。三人は、同格になっている。野崎は、お洒落だから、どんな服が適切だと思うのか相談すればアムルダードは手配してくれるだろう。自分のPCから、彼にあててメールをだせばいい。事情をつげ、カタログをみたいと話せば用意してくれるに違いないといった。  泉沢は、今回の人事について礼を述べた。  和久田は、人事権は、アムルダードの専権事項だ。だから礼をいわれても、彼はかかわりをもっていない。情実がきかないのは、三室長が抗弁の機会もあたえられずに解雇されたのをみても一目瞭然だろう。なにを君たちに期待しているのかは分からない。ただ前室長たちにこれ以上の望みをいだかなかったのは、たしかだろう。  泉沢は、今後どういう事態が起こりうるのかと聞いた。  和久田は、大きな再編が起こるに違いないといった。  おそらくアムルダードは、いままでの組織を改編するだろう。ヘレナ研究室、デスティニー研究室は縮小される。クレアツーラ研究室は、規模はたもたれるかも知れないが、多くのあたらしい人材を登用するのではないか。いまのままでは、いくら研究しても成果があがらないのはあきらかだろう。こうした方針については、アムルダードの専権事項だからだれにも分からない。君たちは、あたえられた人員でどう構成していくかを考えることになるだろう。  和久田は、今回の出来事についての考えをつたえた。 「デスティニー研究室は、だれが室長になると思うか」と聞いた。  泉沢も野崎も、定期的に行われる合同の室長会議に参加していた。室長は、四〇名ほどだったのでたがいに知らない者はいなかった。とはいえ蒔田純夫室長が解雇される事態はまったく考えていなかったので、だれが後任になるのか見当もつかなかった。 「もうしわけありません。そうした視野で物事を考えたことはなかったのです。まったく見当もつきません」と泉沢は答えた。 「私も、おなじです。見当がつきません」と野崎がいった。 「私には、人事の決定権はない。しかし今回の辞令については、事前に諮問はされている」と和久田は話しだした。  アムルダードは、泉沢と野崎を室長に抜擢したらどうかと提案した。それで、彼は同意した。そのとき、デスティニー研究室長についてもアムルダードは案をもっていた。彼は、それについても反対しなかった。ただ、すこし条件をつけた。とはいってもアムルダードに提言をもとめ、許可されたにすぎない。  具体的には、ふたりの人事を一〇日に発表するのはいいと思う。しかしデスティニー研究室の後任については、若干の期間をもうけたほうが好ましいだろう。研究室の大幅な体制変更を考えているようだから、そちらの人事をさきに行ったらいいのではないか。所員は、かなり動揺すると思うから、すこし落ちついてから室長人事を発表するのが好ましいだろう。アムルダードが本気で組織の改編を望んでいるのなら、このままでは駄目だと研究所員にしっかり植えつけたほうが得策ではないか。人事が漸進的に告示されるなら、緊張感をもたせる効果があるだろう。研究員の解雇はまず一次として半分程度を施行し、さらに今月中に二次を行う予告をだしたらどうか。そうすればのこった者は、自分がしてきた研究について省みる時間がうまれると思う。そのほうが、今後の展開に効果的ではないかと提案してみた。アムルダードは、それ以上はなにもいわなかった。彼が和久田の提案をどう考えたのかは、分からない。しかしデスティニー研究室長の辞令は、発表されなかった。 「いま、全国で新規採用がすすめられている。だから大きな再編が生じるのは、間違いないと思う。ところで、アムルダードがデスティニー室長にえらんだのは君たちがよく知っている山畠善治だ」  和久田は、そういってふたりを交互にみつめた。  野崎芳美は、彼の視線にうなずいた。泉沢は、床に目を落とした。 「どう、思うかね」 「なんとか、仲良くやっていくしかありません。私たちは、三生命体を研究するのが目的なのですから」と野崎は答えた。 「室長がだれであっても、力をあわせて解明に努力するしかありません。なんといっても山畠先生は、デスティニーについて自他ともにみとめる世界的な権威なのですから」  泉沢が、金縁の眼鏡をひきあげながら答えた。 「そうだな。彼の長所は、そこだけなのだ」  和久田は、うなずきながらいった。 「つまり先生は、山畠主任に、自分の研究のあり方について再考の時間をあたえてくれたのですね。私たちのことを考えてくださったのですね。どのように感謝をもうしあげたらいいのか、分かりません」  野崎が、神妙な表情でいった。  その言葉に、泉沢は大きくうなずいた。 「山畠善治は、優秀な科学者だ。だから、アムルダードは室長に抜擢することにした。しかし、人間的にはひどく俗物だ。いつ人事を発表するのかは、アムルダードの専権事項だからなにも分からない。彼がなにを考えているのかについては、つねに慮る必要がある。なにせアムルダードは、人智をはるかにこえているのだ。われわれとは、根本的にステージが違うのだ。彼の意向を忖度するべきだといっているのではない。神さまみたいなものがそばにいるのだから、なぜこうした状況になっているのかは、考えるべきだろう。げんに、山畠善治の室長就任の発表は延期されている。これは、彼がさまざまな事情を考えていることを意味する。それがもし君たちにとって意義をもつなら、アムルダードは味方だろう」  和久田がだまると、川のせせらぎが聞こえてきた。小鳥のさえずりが、室内にひびいていた。  泉沢と野崎は、礼を述べ、今後さまざまな相談にのってもらいたいといった。また、研究会などへの参加はどうあつかったらいいのか意向をたずねた。  和久田は、いままで通りでかまわない。とくに参加する意向はない。彼は裏方で、生命体の解明には直接役には立たない。もちろん残念なことだがと答えた。  三月一五日、アムルダードは組織改編の意向を発表した。  クレアツーラ研究室の一〇〇人体制は維持する。いっぽうヘレナ研究室、デスティニー研究室は三〇人規模まで縮小する。それにともないクレアツーラ研究室は二〇名を解雇し、あらたに同数の研究員を採用する。いっぽうヘレナ研究室、デスティニー研究室は七〇名を罷免する。本年度、両部門では若干名の新規採用を考慮している。近日中に解雇される名簿を発表する。  この公告は、かつてない動揺を全所員にあたえた。ヘレナ研究室、デスティニー研究室では七割が罷免される。かつて研究所では、個人の査定はかぎられていた。給与は、一般研究員と主任、室長の三階級で支給額が違っていた。主任研究員になるのが大きな査定で、ほとんどのばあいは室長たちの推薦だった。三室長が全員解雇された事情を勘案するなら、主任は罷免される可能性がいちばん高かった。  山畠善治は、自分が室長に任命されることをまったく知らなかった。すでに人事が決定され、和久田によって発表がひかえられているだけだなどとは思いもかけなかった。彼が蒔田純夫、前室長にすり寄ったことは所員全員がよく知っていた。どんな会合でも、蒔田の功績をたたえていた。自分が発表するばあいには、「デスティニー研究の核心ともいえる蒔田室長の懇切なる指導をいただき」という文言を冒頭と結語にはかならず挿入してきた。蒔田をはじめとする三室長を徹底的に忖度してきていた。こうした事実をひとつひとつ思いかえすと、とても新体制に組みこまれる三割に入っているとは考えられなかった。夜もよく眠れず、食事も咽を通らなかった。彼が、ひどく消耗しているのは傍目からも知れた。  泉沢も野崎も、もちろん知りえた情報を教える必要を感じなかった。どういう手段をもちいたのかは不明だったが、和久田はあきらかに三人の関係を知っていた。室長になったばあい、うまく協力できるようにアムルダードに公告の延期を申し入れたに違いなかった。どうしてこうした情報を知りえたのかは、ふたりが話しあっても分からなかった。だから、考えれば和久田は不思議な存在だった。さらにアムルダードに提言し、みとめられたとするなら恐ろしいともいえた。彼は公的な場には姿をみせなかったばかりでなく、私的に情報を収集する手段もなかった。アムルダードが、もとめに応じてなんらかの映像などの知見をあたえているとしか考えられなかった。和久田の役割がなんなのかをふくめて、まったく不明といってよかった。  さらに、アムルダードについては考えなおさねばならなかった。和久田がいかに提言しようとも、人事決定権は彼の専権事項だった。アムルダードが延期を適切だと考えなければ、だれがなんといおうと発表はなされたに違いなかった。彼が、こうした公告のあり方をどうして善しとみなしたのか、考慮する必要があった。  泉沢と野崎は、よく話しあった。  今後はなにを行うにせよ、アムルダードがどう考えるのか忘れないようにしよう。和久田は、なんらかの方法により彼の考えを知る立場にあるのではないか。アムルダードからかなりの信頼をうけているのは間違いなかった。このように時間を設定されるなら、山畠はたとえ室長に任命されても、自分の言動をみなおすに違いないと思った。そこまでの配慮をアムルダードがしてくれるなら、いままでのことはすべて水にながして新体制をつくっていこう。力をあわせて、この不明な生命体の解明に微力をつくすしかないだろう。また今後、山畠とどんなに親しくなっても和久田のことはだまっていようと話しあった。  三月二〇日、アムルダードは解雇職員を発表した。クレアツーラ部門では、一〇名の氏名がならんでいた。ヘレナ研究室、デスティニー研究室では、各々四〇名の名前が公表された。  山畠善治は、告示された氏名を幾度もPCで閲覧した。くりかえしみたが、自分の名は幸いにもなかった。デスティニー研究室の四〇名は、とうぜんよく知っている者ばかりだった。彼が記載された氏名をながめながら考えると、村山忠久室長にちかかった者たちが多いように思えた。主任研究員も五名ほどのっていたが、村山がひきあげた者ばかりだった。この名簿を熟覧すると、なぜ自分の氏名がないのか悩むほどだった。きっとだれもが、おなじように考えているのだろうと思った。  三月二五日、アムルダードは第二次の解雇職員を公告した。  山畠は、デスティニー研究室で解雇処分となった三〇名のなかに自分がいると確信し、恐る恐るPCをひらいた。何度くりかえしみても、彼の氏名はなかった。間違いではないかと疑い、印刷してみた。事前に彼は、ふたつの研究室で第一次解雇にのこった六〇名の氏名をかきだしていた。一覧は、残留の○、解雇該当の×、さらに不明の△をつけて検討していた。その表と印刷された紙面をみくらべてみた。彼がのこるに違いないと思っていた主任たちのなかにも、解雇処分の対象になった者はいた。しかし、ほとんどは山畠の考えた通りの人事が行われていた。つくった表には、前回の解雇になぜ入っていなかったのかと疑える者たちが五名ほどいた。彼らの氏名には、××がつけられていた。そのなかで、たったひとり解雇表に記載されていない者がいた。それが、山畠善治だった。彼は、三月、立てつづけに人事が発表された経緯を考えた。おそらく、三月三〇日に室長人事があるに違いないと思った。そのときに、前回の記入もれで彼の氏名が公表される可能性は充分にありえることだった。さらに運よくそこに記載がなかったとしても、主任を降格されるのだけは間違いないと思った。  そして、三月三〇日をむかえた。  山畠は、朝、自室のある南棟から研究室にむかって歩いていた。研究所内部の情報は、デスクにすえおかれた、自分のパスワードを入力しなければ作動しないPCでしか閲覧できなかった。研究室に入ると、所員たちがざわめいているのが目に飛びこんできた。彼の姿をみとめると、なにごとかを囁きあっているのがみえた。山畠は、目のまえが真っ暗になった。研究班に入ると、解雇されずにのこっていた何人かが彼をみて笑みをなげかけた。  山畠は、自分の好感度がひくいことを知っていた。ほとんどの同僚が、なぜ罷免にならなかったのかと疑いの目をむけているのも分かった。彼は、絶望的な気持ちでPCにパスワードを打ちこんだ。そして、つむっていた目をひらいた。そこには、信じられない記載がのっていた。  四月一日づけで、デスティニー研究室長に山畠善治を任命する。  山畠は、その公告をじっとみつめ、目眩を感じた。彼は、血の気がうせていくのが分かった。  二 なにが問題か    二〇五四年四月、クレアツーラ研究室長の泉沢立宏は、新任された三室長による会議を招集した。泉沢はいままでの研究を総括し、今後はどうすすめるか真摯に話しあう必要性があると提言した。  アムルダード市に設置された日本クレアツーラ総合研究所(JCGR)は、三室長がひきいる三部門から構成されていた。  ヘレナとデスティニーは種子の段階から固くむすびつき、共生状態だった。当初このふたつの研究部門のあいだでは、主導権争いによる「いざこざ」が頻発した。しかし六年たったいまは、とても張りあう余裕もないほどに追いつめられていた。  このふたつの部門では、ヘレナが一年草という成長の期間をもっているために時間がかかるという口実が成立した。六年間が経過して、そろそろこうしたいい逃れもできなくなっていた。どうしても、研究の成果が必要だった。とくべつな業績をあげることさえできれば研究施設にのこり、うまくいけば富裕層に組みこまれる可能性もないわけではなかった。このままなにも分からないなら前室長とおなじく解雇され、スラムにもどらねばならなかった。  宇宙船「希望号」を統括管理したアベスターグ、フラワシは、船内では全知で神とよぶにふさわしい立場だった。選考の最終段階でえらばれた八名の隊員たちに、なにかとくべつな事態が生じたとき、どのような形で顕現するのが効果的か出発まえに話しあい合意をえていた。  隊長の山岡春は、生物学者で研究課題としていたのは屋久杉だった。ごく普通の妻帯者で、ふたりの子供もいた。彼は、肉感的な女性が好みだった。それで、神のイメージとしてギリシア神話の「ヘレナ」を希望した。彼女は、叙事詩、イリアスでホメロスに詠われた人間界最高の美女で、都市国家スパルタでは樹木の神さまだった。山岡は、惑星を覆う地球の笹に似た生命の根が樹木状に発育することからヘレナと命名した。この惑星クレアツーラを実質支配する生命体は、ギリシア神話において神とも考えられたので美神ともよばれた。女神は、β空間からの帰還時に浅田由沙に姿をかえて彼の眼前に顕現した。山岡は、美神、ヘレナとして降臨した由沙と蜜月をおくることになった。  野崎芳美は、この部門の長だった。彼女は、めぐまれた家庭で育っていた。  父親の野崎優太は高級官僚で富裕層に属し、退職後は東京八王子の旧市街を城塞化したゲーティドコミュニティに住んでいた。彼にはふたりの子供がいた。長男の太一も長女の芳美も、充分な教育がさずけられ、医者になっていた。しかし、医師は人口比率としても希少な職種ではなくなっていた。さらにQCが担当する時代にかわり、ほとんど不要なものになっていた。看護職、介護職も、AIがつとめを果たしていた。父親は、かなり経済的な力をもっていた。しかし富裕層が暮らす市内で多額の維持管理費を継続的に支払い、さらに子供たちを住まわせるのはむずかしかった。長男の太一は、もともと正義感がつよく、すすんで東京のスラム化した旧都内で内科診療所を経営していた。医師はQCによる診断治療が高い水準に達し、皆保険制度が崩壊したため、収入をあてにできる仕事ではなくなっていた。優太は、長男の行く末について大きな不安をいだいていた。  長女の芳美は医学部を卒業し、血液内科を専門としていた。彼女は、太一の診療所をみるにつけて、すさんだ臨床にすっかり意欲をうしなった。二年間の前期研修を終えると、基礎医学に転身した。とはいっても、自分の好きな研究をするにはかなりの資産が必要な時代にかわっていた。  芳美は、自宅に帰って優太に直談判した。 「臨床は、兄さんの診療所もみたけれど予想以上にすさんでいるのよ。とても、一生を捧げる仕事には思えないのよ。それで考えたのだけど、基礎の医者になりたいと思っているのよ」 「基礎医学は、臨床医学とくらべてどう増しなのか」と優太は聞いた。 「どちらがいいとは、いえないのよ。正直に話すなら、臨床医は仕事がないといっても貧民街にいけば患者がいない状態ではないのよ。兄さんみたいにほそぼそとは暮らすのは、できると思うのよ。基礎のばあいは、どこからもお金がでないのよ。奨学金は、もっと若い世代でないともらえないわ。そもそも医学系は、支給対象とはみなされていないのよ。いまの政府は、進学を奨励してもいないでしょう」 「無給なのか。博士課程にすすんで卒業すれば、大手の製薬会社の研究所にでもつとめられるのか」 「研究室は、博士たちの溜まり場になっているのよ。役職をもてないポスドクが、あつまっているのよ。どこにも、いくところがなくてね。まだ生物系か工学系の博士だったら、運がよければ大手企業の研究職につけるばあいもあるのだけれどね」 「そんなところにいって、将来はどうするつもりなんだ」 「そこなのよね。正直に話すとね、医者という資格は、もうどこもいっても未来がないのよ。かなりの専門職で、つぶしがきかないのよ。だからね、どうせ将来がみこめないのなら自分が研究したいことをやりたいのよ」 「おまえは、結婚しないのか」  困惑しながら、話を聞いていた優太はいった。 「その気はないわ」 「どうしてなんだ。おまえは美人なのだから、金持ちと結婚しないか。すすんだ道が間違ったのだから、もう仕方がないだろう。時代がかわったとあきらめ、方針をあらためたらどうだ。その気になって見合いをしたらどうか」  芳美は、だまっていた。  優太がみても、彼女は背も一七〇ちかくあり、スタイルがよく容姿もととのっていた。品もよく、モデルになっても不思議ではなかった。たんに才女だったばかりでなく、気配りができ、礼儀も正しく常識もわきまえていた。言い寄ってくる相手は、いくらでもいるはずだった。文学部にでもすすませるべきだったと後悔した。とはいえ、彼女が望めば結婚相手は容易にみつかるだろうと思った。 「太一はかわっているから仕方がないが、おまえは結婚しろ。せっかく大学まででたのだから、幸せになって欲しい。それで、こうした治安がまもられた地域に住んだらどうだ。子供をうんで、育ててみたらいいのではないか。おまえくらいの器量があって才女なら、相手はいくらでもいるだろう。マッチングアプリなどつかわなくとも、専門の者をたくさん知っているから相談してみよう。そうしたらいい」  芳美は、結婚の意志はないとつげた。彼女の周囲には既婚者もいるが、だれもうまくいっていない。幸せになった人を、みたことがない。同棲した者も多いがみんな傷ついている。いまの時代に、子供が欲しいとは思わない。さらに困難な状況に落ち入るだけだ。結婚幻想が、まったくないのだといった。 「私はね。いい年になってほんとうにもうしわけないのだけれど、お父さんから仕送りしてもらいたいのよ。それで、自分のやりたい研究に没頭してみたいのよ」 「いやだといったら、どうするのだ。アルバイトでもやるのか」  優太は、将来像をえがけない娘に危機感を覚えた。 「お父さんには、もうしわけないのだけれどね。基礎分野で研究室に所属するには、授業料が必要なのよ。以前は、国立大医学部の卒業者なら進学塾の講師くらいの仕事はあったのよ。いまは塾もないから、みつけられないのよ。お父さんには信じられないでしょうけれど、医学部を卒業して博士になった女性は、風俗業で生活している人もけっこういるのよ」 「おまえは、父親を脅迫するのか」  優太は、芳美をみつめていった。 「いま、二六歳だな。もし三年間で芽がでなかったら、帰ってきて結婚しろ。二〇代なら、大金持ちをみつけてやる。それもいやだというのなら、いつまでも面倒はみれない。どうしてもやりつづけたいのなら、風俗で生活するのも考えるのだな」  芳美は、大学院は五年過程だ。修士課程が二年、博士課程が三年だといった。 「どこかで、見切りをつけなければ駄目だ。五年なんてとても無理だ。いまは結婚に年齢はないが、玉の輿を狙うには二〇代がいい」  芳美は、しばらく考えていたが父親の提言をうけ入れた。  優太は、合意内容について文書をつくった。 「約束をやぶったら、遺産もやらない」と父親はいいそえた。   野崎芳美は、二六歳のとき基礎医学に転向した。もともと専門が血液内科で、なぜヘモグロビンが効率よく人体に酸素をはこべるのか興味をもっていた。基礎にうつってからは、ヘム鉄の酸素運搬能力について研究していた。三年間でなにができるのか、自分でも見当がつかなかった。とはいえ同僚をみると、彼女の立場はかなりめぐまれていた。三年間という縛りはあったっが、芳美は熱中した。三年後に、人工血液を開発していた企業から求人があった。給与は生活できる下限だった。さらに、雇用は一年ごとの非正規だった。就職するとつげると、父親は就職先の企業をしらべ、彼女の給与と雇用形態を聞きだした。  優太は、賛成しなかった。ふたたび、つよく結婚をすすめた。なぜ彼女が家庭をもちたくないのか、どうしても理解ができなかった。 「おまえはスタイルもいいし、だいいち美貌なのだから言い寄る男だっているのだろう。どうして、そんな研究にしか目がいかないのか」 「男性には、興味がないのよ。みんな軽薄で、話してもちっとも面白くないのよ」 「そうなのか。おまえは、男と話すよりむずかしい哲学書を読むほうが好きらしいが、いまの理系女子はそうしたことが流行っているのか。いったい、なにが面白いのだ」 「私も、どうしてかっていつも考えているわ。お父さんが超現実主義者で、兄さんが超理想主義者だったせいかも知れないわ。ふたりとも、極端なのよ」 「これだけは、いっておく。おまえが中庸の路線を歩んでいるとは、だれも考えない。もしかすると、家族でいちばんの変人かも知れない。売れない小説ばかりかいていたお母さんは、それでも、ごく普通の女性だったのに。結婚しても、本を読むことはできるのだぞ。趣味として、いくらでもつづけられるのだぞ。お母さんが、していたように」  優太は、かなり屈強に抵抗し、結婚をすすめた。  芳美は、ここで頑張りたいと話し、父の提案を拒絶した。  野崎芳美は、中堅企業の臨時職員になった。彼女が研究課題とした人体中のヘム鉄の酸素運搬には、あきらかに鉄原子のスピンが関与していた。スピン状態がかわることで、ヘモグロビン分子は、より多くの酸素を運搬できる形に変化していた。この研究が日本クレアツーラ研究所の創設目的と合致しているとみなされた。二〇五〇年、三〇歳だった彼女は、クレアツーラ研究所の研究員として採用された。不安定な非正規職員から、一躍、時代の寵児になったのだった。  野崎芳美は、ヘレナ根部での酸素供給に水素分子のスピンが大きくかかわっていることを発見した。スピン状態の変化によって水分子の形状がかわり、多量の酸素を供給できる。そのために、ヘレナ根部は動物的なうごきが可能になる。さらに多量の酸素をふくんだ水分子を末端までおくり、神意にも充分量を供給できる。  この研究成果により一年後の二〇五三年、野崎は主任研究員に昇格し「水素分子のスピンが、ヘレナ、デスティニーの根部活動におよぼす研究」というチームをひきいていた。そして二〇五四年四月、ヘレナ研究室長に任命された。  美神は、地球分類の植物とよぶにふさわしい生命体と理解されていた。  つまり大気中から二酸化炭素を吸収し、炭素固定を行う。ヘレナは外見も構造も地球の笹によく似た一年草で、季節とは無関係に枯れるまえに赤い五つの花弁をつけ、二〇の黒くて小さな種子を葉のつけ根に生じる。したがって一本の美神から花は二〇個出現し、総計四〇〇の種がつくられる。  もう、この事実だけですべてが不明だった。つまりどう考えても、一本の美神が生育するには一年で四〇〇匹のクレアツーラを必要としていた。  ヘレナは、惑星クレアツーラの全陸地を覆っていた。一年草の美神が結実すれば、一本につき四〇〇匹のクレアツーラを寄生させる。そうなると、神恕はどのくらい存在するのだろうか。どうやってクレアツーラは増殖し、ヘレナの莫大な需要に応えるのだろうか。  たしかに美神の生活史は、理解されていた。実生して成長し、開花して結実するから、いちおうの増殖機構は判明していた。しかし、ヘレナが猛烈な植物に変貌するのは神恕が寄生してはじめて起こることだった。クレアツーラがいなければ、美神はなんでもない草だった。  宇宙船「希望」が二〇四八年に地球にもち帰ったヘレナは、さまざまに切断された一〇〇〇体の部分と一九個の種子だった。強化プラスチックも破壊する美神の異常な成育はよく周知されていた。アムルダードでは巨大な実験棟、通称「棺桶」が用意された。一辺が一〇〇メートルの正方形をした土地の周囲に、鉄筋が充分に入った厚さ一〇メートルにおよぶコンクリートでつくられた頑丈な構造物だった。地下三〇メートルの場所にもおなじ厚さの鉄筋コンクリートが打たれ、うえに土がもられた巨大な容器ともいえる施設だった。内部は二重の強化プラスチックで密閉化され、不測の事態があれば毒ガスを充満させ、美神を殺すことも可能だった。  ヘレナは、この棺桶内で観察が行われた。  固い種子は黒くて長径が五ミリほどのひらたい楕円の形状を示し、外観はスイカの種に似ていた。なにが起きるかまったく不明だったので、ひとつずつ細心の注意をはらって植えられた。どの種子も発芽したが、そのまま枯れてしまった。条件をいろいろかえてくりかえしたが、成育も結実もできなかった。つまり美神は地球の土壌になじめず、死んだのだった。  切断されてもち帰られたヘレナの部位は、稈、枝、根、とさまざまだった。どの部分を植えても、成長がみとめられた。葉がついた枝であれば、根をだした。稈であれば、根部と枝葉をつくった。根であれば稈部が伸び、枝と葉をつけた。いずれのばあいも充分に成長しなかったが、おおむね半年くらいで開花して結実し、どの花弁からも二〇個の種子がえられた。その種も、植えると発芽した。しかしもち帰られた種子と同様、開花して結実させることは、どうしてもできなかった。  切断されて一部になったヘレナが地球の土壌に生着し、うしなわれた部分を復活させる生命力はたいへんな驚きだった。しかも開花して結実し、あきらかに増殖したのだった。  この発見は、ヘレナ研究の初期に生じた輝かしい業績だった。いまでも、こうした領域については研究がつづけられている。地球にもちかえられたヘレナは、どこの部分であっても細胞塊を散り散りにして土におけば、特殊な培養液をつかわなくとも初期化に似た現象が起こる。稈、枝、根と分化して全体を再度構成する信じられないほどのつよい再生能力を有している。これは、地球上のニンジンや大根などの高等植物の組織細胞をばらばらにして数個とりだし、培養して生じる不定形な細胞塊がどの組織由来であってもオーキシンなどの植物ホルモンをあたえると、芽や根部にふたたび分かれて成長する能力をもつのと相似していた。つまり分化した細胞が散り散りになることで記憶をうしない、初期化が起こり、さまざまな組織に再分化してもとの植物を構成する「カルス。CALLUS」とよばれる現象に似ていた。  二〇〇〇年代の初頭、STAP(Stimulus-Triggered Acquistation of Pluripotency)細胞現象が発見されたとき、この事象を最初に報告した科学者がつくられた万能細胞を「アニマルカルス。ANIMAL CALLUS」と名づけたのは有名だった。  つまり、レアツーラに寄生されたヘレナの細胞はばらばらにすることで初期化され、まさにSTAP現象が出現する。しかも生じた細胞塊は、特定の培地など必要もないほど活性化され、どんな状況におかれてもほんらいの美神を再構築する。  二〇〇〇年初頭、メディアをにぎわせたSTAP現象は科学を愚弄する捏造とされ、前途ある若い研究者が社会的に抹殺されるという悲劇が起こった。しかし、現在では高等学校の生物の教科書にも記載される常識となっている。この科学者のずさんな研究日誌をふくむ資料の管理の甘さや、論文の信用性を担保する記録管理のあいまいさなどが悲劇をうんだ大きな原因だった。  ほんらい生物的な現象は、科学からは一線を逸脱するばあいが多い。つまり理由が分からなくても、結果的に「出現する」ことがありえるのだ。追試ができないからといって、「ない」と証明するのは事実上不可能だった。だから、実験者にとって充実したノートだけが頼りとなる証拠で、だれにでも再現できる方法をくりかえし考えねばならない。つまり現象をなんとかして科学化し、可視化する責務がある。  この問題は、ふたつの大きな事件性をもっていた。第一は、根拠があやふやであってもさきに「成功」といった者が勝ちになる可能性があった。真偽にかかわらず論文を発表して特許をとれば、その後、なんらかの似た方法によってほんとうに成就する事態が起こりえる。第二は、正誤はともかく「できた」と公にしたばあい、社会全体にさまざまな反響が出現する。もちろん直接的にえられる研究費とか個人的な名誉とかがあるが、さらに裏ではもっとはげしい出来事が起こっている。たとえばバイオ関連の新興株がもてはやされ、情報操作によって飛んでもない利益をうんだり、著しい損害をこうむったりする道具になる。この事件には、研究者間の浅ましいほどの羨望や嫉妬、研究所内の醜悪ともよべる権力闘争、さらに国家が配分する研究費をめぐる諸施設間の争奪劇などを垣間みることができた。そのほか主として特許権にかんする利害問題にからんで、はげしい誹謗中傷が行われた。だから、なにが問題なのか一般人にはよく分からない事件になってしまった。  しかし、こうした再生能力が分化した細胞に生じなければ、切りとられたトカゲの尾が再生する理由がない。さまざまな生物が、はげしい環境のなかで種として生存するのも不可能だったと考えられる。だからこそ容易には否定できない現象で、明確な証拠を提示しなければ悪質ともいえたのだった。  ヘレナの問題の本質は、決してこの万能性ではなかった。  β空間から移送された切断された美神は、どの部分であっても地球の土壌に生着して開花し、実生して結実した。しかし、えられた種子はまったく弱々しいものだった。発芽するが、ひょろひょろとした稈をつくるだけでどれも枯れて死んでしまった。条件をかえても、枯死したヘレナを再生させることはできなかった。  問題は、種子にクレアツーラを寄生させたばあいだった。  棺桶では五〇気圧にも耐える強化プラスチックの壁を増設し、根のうごきを観察した。寄生されると、ヘレナはすぐに巨大化をはじめ、根部は驚異的ないきおいで成長し、土壌の深部まで到達した。とはいっても、とうぜんながら一年でとどく範囲には限界があった。惑星クレアツーラの状況を映像で確認すると、ヘレナが生育する土壌はふかふかしていた。人がなかに入って立つと、膝はもちろんばあいによっては腰までふかく沈みこんでしまう状態だった。これは、五、六〇〇世代もかけて生じた変化なのだろう。事実、実験を五年間継続する区画では、美神の根は土壌をふかふかにし、小型の石を把持してくずし、砂にかえている。大きな岩盤にたいしては、どんなに固い花崗岩でもまずデスティニーがミクロン単位の穴をあけ、そこにヘレナが糸状の根部を挿入させる。やがて死んで土になり、つぎの世代の美神がその穴隙をさらに大きくする。これをおなじ地中で四、五〇〇本ものヘレナが執拗にくりかえせば、どんな岩盤も無傷ではいられないのは容易に理解できた。ひと言でいえば、美神はかなりすさまじい能力の人工耕運機といえた。  クレアツーラの寄生によって出現するヘレナとは、どんなものなのだろうか。  笹類は、地球において非常にポピュラーな植物となっている。熱帯、亜熱帯、温帯、寒帯を問わず、辞典がつくれるほどに多様化して存在する。それでも毎年、かならずどこかで新種が報告されている。地球の笹は、寒冷にたいして耐性を示すが乾燥にたいしては脆弱といえる。  笹類は、地上に立つ「稈部」、そこから分かれて葉をつける「枝部」、これら地上部をささえ、さらに養分や水分を土壌から吸収する役割をもつ「根部」に分けることができる。この「稈」、「枝」、「根」のいずれの部分も、空洞構造をとるのがいちばんの特徴となる。  空洞の利点は、いくつか考えられる。中空になった地上部の稈は、外力にたいして弾性をもつ。大樹であればかならず生じる強風などによる「折損」とか「根返り」が起こらない。  そもそも地球で高木が存在するのは、太陽光をめぐる争いの結果と考えられた。  大洋にうまれた生物で、最初に地表に上陸したのは地衣類とされる。地衣植物はまさに陸地全面を覆ったが、やがて「葉」という構造を生みだし、光を効果的にエネルギーに変換する方法を編みだした。こうして地表を草質類が繁茂すると、光エネルギーを効率的にえるには周囲より背が高いことが有利になった。しかし葉を構成する細胞の壁はやわらかく、直立するのは不可能だった。そこで堅固な細胞壁をもつ、セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主成分とする「木質部」をつくることで周囲より高くなり、太陽のめぐみを一手にひきうける植物が出現した。そうすると地表を覆うだけの草類はまったく不利な状況におかれ、成長が阻害され、木質をそなえる種が大地を席巻する事態になった。つまり木質部の出現により、光をめぐる二次元の平面的な争いが、三次元の空間的な戦いへと位相をかえたのだった。しかし、これが鼬ごっこなのはあきらかだった。  そもそも植物が木質部をもてたのは、「水」という物質の特殊性によっていた。  宇宙のどこにも存在する水素と酸素が結合した水分子は、さまざまな不思議な特性をもっている。そのひとつが高い極性で、表面積をできるかぎり小さくする性質だった。テーブルにこぼした水が水滴にかわるのは、水分子の表面張力による。この極性のため、植物は導管さえつくれば木質部のかなり上部まで水分を移動させるのが可能になる。しかし、だからといって無限に高いところまでは運搬できないから、おのずから上限が決められる。また「木質」を生みだす戦略は、かなりコストが必要だった。維持する費用は比較できないほど小さいから、せっかくつくった木質部を一年ですてさり、「新規まきなおし」とするにはあまりにも無駄が多すぎる。これが、樹齢五〇〇年という大木が存在する理由になる。さらに光合成を行う「葉」という構造も、かなりコストを必要とする。そのうえ大量にもたないと、莫大な費用をそそいで「木質部」をつくって高木になった意味がなくなる。だから条件がよければ製造した葉は長年使用したいが、太陽エネルギーがとぼしい時期には植物の種類によっては光合成との効率を勘案し、維持するよりもすてるという選択が有利なばあいもでてくる。いずれにしても高木になり枝をひろげて、いっぱいに繁った葉身から光を最大限に享受する経費は決して安価ではない。けっきょくは寿命も考慮に入れた、終わりのない「消耗戦」に巻きこまれる。  笹は中空構造をとり、みかけよりコストがずっと安くすむ利点がある。さらに内部が空洞のため、ある程度の高さになると重力の影響をうけ、稈は真っすぐに伸びることができずにまがってしまう。つまり、たわむ以上に背を伸ばしても光をえられる可能性はない。どちらかというと、一定以上に伸びるのは垂れさがるだけになる。  この結果、笹類の群生地をみれば分かるが、背の高さは一定にたもたれ、消耗戦が起こらない。笹は、葉脈が入った特徴的な大きな葉をもつ。これが空間的に密生するので、太陽のエネルギーを充分に吸収するばかりでなく降雨にたいしても土壌を保護する。いきおいのある雨粒が地表に直接あたると、ときにはげしい浸食をうける。しかし、笹の群生地では雨は大きな葉にかならずぶつかり、落下エネルギーはほとんど吸収されてしまう。  こうした地球の笹類の特徴は、美神のそれと一致する。  ヘレナは根をひろく張り、土壌を把持し、生育地の風化を強力に抑制する。美神の各個体は、独立している。地下茎は単軸形成をとり、となり同士がつながることはない。  ヘレナは、いちおうの理解がされていた。  山畠善治は、二〇五四年四月一日、デスティニー研究室長に就任した。 山畠は室長に任命されたことが間違いない事実だと分かると、泉沢と野崎に全面的に協力しようと思った。あきらかに今回の人事は、彼らを昇格させるために行われていた。これがアムルダードの意志ならば、どんな事情があっても尊重されるべきだった。彼らの決定にしたがうことが、身をまもる唯一の道だと確信した。室長人事に時間差があった理由は、さまざまに考えられた。どう思慮しても、自分がしてきたことから思えば泉沢が望んだはずはなかった。さきに室長に任命されたふたりが、難色を示した可能性は高かった。前室長たちの解雇処分をみても、告示まえに内定がでるとは考えられなかった。さきに辞令をうけたふたりは、アムルダードとなんらかの話しあいをもった可能性は高かった。おそらく彼らは、意見を述べる立場にあったのだろう。そのうえで泉沢と野崎は、寛大な気持ちをもって山畠の過去の行為を許した可能性が高かった。さらに、彼の専門領域を三生命体の解明にとって有用だと考えたのではないか。つまり研究を優先し、私情をすてたというべきだろう。その行為は、人として崇高で足もとにもおよばないとしか理解できなかった。こうした事情を勘案すれば、自分を犠牲にしても泉沢と野崎を擁護しなければならないと身に染みて思った。  山畠は、考えがまとまると弥菜江に近況を知らせた。  クレアツーラ研究所は、今年の四月に大きな人事異動があり、三〇〇名の体制から超優秀な者をえらびだし、一六〇名の組織にかわった。彼が属するデスティニー研究室は、一〇〇名から三〇名に大幅な縮小が行われた。それにともない前室長は更迭になり、山畠が新室長に任命された。今後は責任ある者として、あらたに就任したクレアツーラ研究室長、泉沢立宏氏、ヘレナ研究室長、野崎芳美氏と、一致協力して三生命体の究明にあたる。多忙で甚大な責任をもつ立場になったが、ここに骨を埋める覚悟で業務に専心するつもりだ。  もちろん、この近況報告にはクレアツーラ研究所のロゴが入った便箋と封筒がつかわれた。研究所のまえで、にこやかに笑う山畠の写真が同封された。そして、彼の研究こそが世界中にみとめられるだろう。なぜなら、デスティニーこそ山畠がもっとも専門とする白色腐朽菌が進化した真菌なのだ。まさに彼が第一人者だと、世界中からみとめられている生命体なのだとつけくわえた。    山畠善治は、デスティニー研究室長になっていた。  ヘレナとデスティニーは、固くむすびつき種子の段階で共生していた。  美神の活動は、視覚につよく訴えるので圧倒的にダイナミックにみえる。しかし、それを菌塊でくまなくとりまいている神意はさらに飛んでもない怪物だといえた。 デスティニーと命名したのは、遠征隊の隊長、山岡春だった。彼は、キノコに似た生命体がヘレナのなかで共生状態になっているのを発見した。この生命が美神の手に運命をにぎられているとし、山岡はデスティニーと名づけた。さらに研究した彼は、惑星クレアツーラは、ひとつのキノコが分割できずにつながって覆っているのではないかと考えた。そうした状況は人智をこえているとし、デスティニーを「神意」ともよんだ。その後の研究によって、ひとつの菌界が覆いつくしているという考えは否定された。  デスティニーは、岩盤でつくられた大地を有機物に富んだ土に改変する主役だと考えられている。  惑星クレアツーラでみられる五〇メートルにも達する土壌とは、ヘレナと神意の遺骸の集積とみなされた。この二者は、完全共生の関係にある。ヘレナの種子のなかにはすでにデスティニーの胞子がふくまれ、実験室で両者を分離することもできる。しかしクレアツーラは、美神、神意、単独の状態では決して寄生しない。神恕は、パラサイト状態となって意義をもつ生命体をしっかりと判別していた。したがって哺乳類への寄生には、重大な意味が秘められていると考えられた。  地球での生物分類では、大きなドメインとして細胞質内の細胞核の有無により、原核細胞と真核細胞に分類される。前者は、さらに細菌(バクテリア、真正細菌)と古細菌(アーキア)に分けられる。真核細胞は、構成する細胞のなかに核とよばれる細胞小器官をもつ真核生物で、真菌、植物、動物が考えられる。  この分類にしたがえば、デスティニーは真菌類に似ていた。基本的には、植物と考えられるヘレナとは別個の生命体とみなされた。  地球でみられる真菌類、いわゆるキノコに代表される有機体は、系統的に動物にちかいのはよく知られている。真菌は光合成をしてエネルギーをえることはなく、他の生物に寄生する従属栄養生物といえる。地球の生物分類にしたがえば、美神は独立栄養生物と考えられ、植物に該当する。神意はやや動物にちかい。  デスティニーは、ヘレナの発芽と同時に成長をはじめる。  まず外生菌根菌として、美神の根部を菌糸でつつみこみ、土壌から栄養分をとりこむのを助ける。このさい特徴的なのは、ひとつの種子からつくられるヘレナと神意間の連合は一個体にかぎられる。隣接して生育する美神の根部に、べつのデスティニーが寄生することは決してない。神意は、養分、取り分け微量元素などをヘレナの根に供給する。主に土壌に散乱している死んだ美神、デスティニーの遺骸から吸収するが、さらに土壌深部に存在する鉱物も利用する。ヘレナの根部は、先端がどれほど糸状にほそくなっても中空構造が維持され、神意に酸素を供給する。美神が生きているかぎり、寄生するデスティニーは養分を供与する。  やがてヘレナは、開花して結実し、最終的に枯れる。そのとき神意は、外生菌根菌としての役割を終え、腐食寄生者に変身する。  陸地に繁茂した草類が立ちあがるためには、ブドウ糖が直鎖状につながるセルロースとヘミセルロースを固める酵素が必要だった。リグニンは、こうした多糖類と結合する高分子化合物をさしている。セルロース、ヘミセルロースを細胞壁に幾層にもわたって堆積させ、木質化を起こさせ、植物体を強固にする酵素で、木材中に三〇%程度ふくまれている。  シルル紀後半(四億四三七〇万年~四億一六〇〇万年)、地表に木質部をもった植物が登場した。しかし、当時、リグニンを分解できる微生物がいなかったので樹木は腐ることができなかった。シルル紀の地表には、老いてたおれた高木が腐敗せずに累々と折り重なっていたと考えられる。想像するだけでも異様な光景だが、寿命がつきた大木は葉が腐っても木質部はほぼそのままの状態をたもっていた。あたらしい木は、たおれた古木の隙間をぬって生えていた。とはいっても、これらの倒木は、はげしい降雨が地表をながれることである程度まで整理された。ながれついた窪地は、古木が堆積する一帯にかわった。こうした堆積地に倒木が驚くほどにつみ重なって圧力がかかり、地震などで埋もれ、地中で生成されたのが石炭だった。つまり、大量の樹木が腐らないままに放置されたことで無煙炭になったのだ。  白色腐朽菌は、地上で唯一、リグニンを分解できる菌類と考えられている。リグニン分解能を獲得したのは、古生代石炭紀末期ごろ(二億九〇〇〇万年まえ)になる。石炭紀からペルム紀にかけて起こった有機炭素貯蔵量の急激な減少は、白色腐朽菌が分解能をもったことに由来する。したがって、この高分子化合物を分解する仕組みはかなり難解な生態系をつくっている。  考え方によっては、リグニンをふくんだ植物はすくなくとも一億年以上、土にもどることができず、不当に地表を占拠していた。つまり、土壌から収奪した微量元素などをもどせなかった。リグニンはとくに固い物質で、現代でも分解できるのは、地球上では白色腐朽菌よりほかはない。石炭紀の末期に変異して出現したこの真菌は、大発生して木質を腐敗させ、たおれた樹木を植物にとって有効に利用可能な土壌にかえたのだった。  デスティニーは、ヘレナの死とともに豹変する。  今度は、腐食寄生者として美神を分解しはじめる。このばあいにも、ヘレナの中空構造が腐敗部分をへらしている。死後一ヵ月で美神は完全に分解され、土壌にもどる。自分のヘレナをのこらず腐敗させると、寄生する本体をうしなったデスティニーはそのまま死滅する。そして次世代の美神と共生する神意によって、ふたたび吸収される。だから惑星クレアツーラでは、このふたつの生物の死骸が累々とつもって厚い土壌をつくっていた。  さらに、ヘレナと神意の共同作用はすさまじい一面をもっている。  森林土壌の形成に多くの土壌生物が重要なのは、ふるくからよく知られている。アリストテレスは、環状生物を「大地の腸」とよんでいる。また自然淘汰と生物進化を発見したとされる、チャールズ・ダーウィンは、四〇年にわたるミミズと土壌形成にかんする観察をつづった作品が彼の絶筆となっている。こうした生物と、ヘレナ、デスティニーとの関連も初期には大きなテーマだった。  土壌生物とは、土壌を生息場所として摂食、成長、繁殖などの活動をしている生き物と定義される。こうした生物は非常に数が多いため、さまざまな方法で分類されている。越冬や卵のときに土壌に滞在し、とくに摂食行動をしない「通過型」。幼虫のみが土で生育し、成虫はべつの場所で育つ「一時型」。生殖器官をもった虫が土壌と地上部の双方を利用する「周期型」。すべての生活史を土壌内で完結する「常在型」に分けることができる。またサイズで分類し、体長、一〇〇マイクロ以下の、センチュウ、ワムシ、クマムシなどを「小型土壌生物」。一〇〇マイクロより二ミリまでの、ダニ、飛びムシ、コムシ、ヒメミミズなどを「中型土壌生物」。体長、二ミリ以上二〇ミリ程度までの、シロアリ、ヤスデ、ミミズ、アリ、クモ、ハエ幼虫、甲虫などを「大型土壌生物」。さらに大きい、モグラ、ネズミ、などの土壌生息性の脊椎動物を「巨大土壌動物」とよんで区別している。  こうした土壌生物は土壌を攪拌することにより、土壌表面にある落ち葉などを地中内部にもちこみ、改変して豊かにすると考えられている。もちろん、土壌中には大量の原核生物、単細胞の微生物、細菌が存在する。これら微小生物は、バイオマスとして目で確認できる動植物の総量の一〇倍以上は生存しているといわれる。  こうした、多様な生物が共存する地球の土壌にヘレナとデスティニーがなげこまれたばあい、なにが起こるのだろうか。  神意は、あらゆる生命体を菌糸でとりまき、栄養源として美神におくりこむ。土壌生物が植物ではなく動物である以上、不適切な場所から逃走が可能となる。しかし、ヘレナの追跡は執拗で逃れることはむずかしい。逃げ場をうしなった土壌生物は、すべてデスティニーによって絡めとられ、養分として分解される。  惑星クレアツーラで、ヘレナが全陸地を被覆する映像をみるかぎり、根がとどく範囲の地中に原核生物をふくむ生命体が存在するのは、きわめて困難と考えざるをえない。  あらゆる生物は、なんらかの形で地上におりねばならない。地表で産卵すれば、ヘレナが攻撃をくわえるに違いなかった。空気中にただよう微生物も、いずれ地上に落ちるかぎり美神から逃れられない。最終的には現在のクレアツーラ星にみられる、動植物が絶えた世界が展開されるのではないか。  ある一定の区画を強化プラスチックでかこい、適当量のヘレナと、ラットやモグラを土壌内に併置する実験が行われた。  小動物は逃げきれず、最終的には菌糸にとりまかれ美神にとらわれる。恐ろしいいきおいで伸びるヘレナの複数の根が、三方をプラスチックの壁でかこまれ、逃げ場を完全にうしなったラットを串刺しにする動画は、幾度くりかえしてみても凄絶で残酷だった。  こうした映像は、門外不出となっている。これは、超自我ともいうべきアムルダードが決定していた。仮になんらかの記憶端末に落としてもちだそうとすれば、出入り口の検問でかならず検挙される。理由のいかんを問わずに即刻研究所から解雇をいいわたされ、排除される。所内でネットにのせようと試みても、アムルダードは即座に消去し、くわだてた者は退所を命ぜられ、二度と復職できない。こうした管理は非常に厳格で、業務にたずさわる者たちは研究所で生じた出来事にたいし守秘義務があった。一般に公表できた内容は、すべてアムルダードが許可したものと考えられていた。  たしかに、こうした驚くべきヘレナの動画がネットに流出すれば偏見が形成され、一度拡散した情報は消去不能になるから所員は妥当なあつかいだと思っていた。  この猛烈な美神とデスティニーのはたらきは、クレアツーラの侵入によってはじめて可能なことだった。もちろん、これを「寄生」とよぶのはほんらい正しくはなかった。クレアツーラは、ヘレナとデスティニーのどこからもみいだせずに消失するので、せいぜい「感染」としかよびようがなかった。しかし宇宙船「希望」の浅田由沙の事件からいっかんして、神恕のこの行為は種を問わず「寄生」とよばれるのが通例となっていた。  クレアツーラは宇宙生命体だが、厳密には物体で、すくなくとも従属栄養生物とは考えられなかった。パラサイト状態では消滅するから、動物ともみなされない。しかし、由沙に侵入した経緯から「一匹」と数えるのが通例になっていた。さまざまな知見と矛盾するが、慣例で現在でもよび方はかわっていない。  この三つの生命体は、現代の技術をもってしてもクローンをつくることができない。  クレアツーラは、超巨大なウイルスともいえるが量子的な側面をもち、内部構造をみとめず空洞になっていた。表面に情報がかきこまれていると考えられるが、クレアツーラ振動のためどうしても構造を決定できなかった。  地球上に生息する生物の染色体は、リボソームやヌクレオソームなどの高分子核蛋白質が相互作用する空間的配置から四次元構造をもつといわれる。  ヘレナ、デスティニーの核酸塩基 (nucleobase)は、地球生物の核酸 (DNA・RNA) を構成する塩基成分とおなじ、アデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルにあたる部分を有し、アミノ酸も二〇種類で、D型だと分かっている。しかしながら美神、神意の遺伝子は、さらにどこかに複素数をかかえる五次元生物と考えられ、いかなる場所で切断してもクローン化できなかった。 「相貌失認」という言葉がある。脳の後頭葉から側頭葉にかけての傷害で、家族や友人などよく知っている人の顔をみてもだれなのか分からない状態をさす。それにもかかわらず、声や体格、服装など顔以外の特徴によって人物を特定できるといわれる。ようするに、こうした障害をかかえた者は人の顔がその都度違ってみえるのだ。このヘレナ、デスティニーの遺伝子を構成する塩基対は、みる度に様相が変化し、化学的には四種類しかないにもかかわらず、どうしてもひとつの容貌に決定できなかった。  つまり、ここまで追究し、あらゆることが不明だった。しかし、なにが問題かは分かっていた。クレアツーラは、いくらあっても足りないのだった。  神恕の増殖機序が分からないかぎり、研究をつづけることができなかった。すべてが謎につつまれているのは仕方がなかった。対象としている事柄が究明不能でも、研究をつづけることは可能だった。理解できないから、リサーチが必要だともいえたのだった。  しかし現状を懸命に考えるほど、けっきょく「なにが、問題なのか」という問いにもどってきてしまうのだった。  三室長は、いままでの研究で理解されたことを整理してみた。  一本のヘレナから四〇〇個の種子がうまれ、年に四〇〇匹のクレアツーラが寄生する。これは、まぎれのない事実だった。この部分を疑ったら、研究は成り立たなかった。ヘレナは、惑星クレアツーラの全陸地表面を覆っていた。これも、映像でくりかえし確認できることで誤りではなかった。  このふたつの事実から、つぎの結論がみちびかれる。  惑星クレアツーラが地球とほぼおなじ形状をもつのは、「希望」がもたらした映像から明白だった。地表の総面積は、陸地面積と海域面積と単純にくわえるなら約五億一〇〇〇万平方キロメートルになる。地球では、陸地と海の面積はつねに変動している。しかし、おおむね二九対七一程度で約三割が陸と考えることができる。したがって地球の陸地の総面積は、一億五三〇〇万平方キロメートルとなる。クレアツーラは、「希望」の報告と映像から、ほぼ陸地全域だけでなく海洋の一部にも出現している。しかし、海中のばあいおおむね水深二〇〇メートルまでで全域を占めているわけではない。これも、映像によって確認できる事実だった。また、陸地全域とはいっても極地と一部火山域では生息していない。海域に進出したヘレナが、陸地で進出不能な部分よりもずっとひろい分布をもつのはあきらかだった。仮に全陸地を一億五一〇〇〇万平方キロメートルとして、これを美神がくまなく覆うと考えれば、その数はどれほどになるのだろうか。  映像から分析すると、ヘレナは密生する場所もあるがどんなにすくなくとも一平方メートルに四本はみとめられる。つまり、五〇センチ平方に一本の美神が存在すると仮定する。これは最小限だが、いちおうこの数で考えてみた。  一平方キロメートルは、一辺が一〇〇〇メートルの正方形だから一〇の六乗平方メートルに該当する。全陸地は、一・五の一〇の八乗平方キロメートルだから一・五の一〇の一四乗平方メートルになる。一平方メートルに仮に四本のヘレナがあるなら、惑星クレアツーラにおいて六の一〇の一四乗が存在すると考えられる。  一年で一本の美神が実生し、その種子に一匹のクレアツーラが寄生する。これも、事実と考えられる。さらに、一本のヘレナが四〇〇個の種子をうむことが分かっている。惑星クレアツーラで一年に結実する種の総数は、二・四の一〇の一七乗個と考えられる。この数は、一億の一〇億倍であり、一兆の一〇万倍であり、どう表現しても実感がともなわない猛烈な多数だと理解できる。これが一年に必要とされるクレアツーラの、過少にみつもられた総数になる。  これ以上桁がふえても、なんの実感もないから無意味だった。いずれにしてもどこかでこの分を補充しなければ、惑星クレアツーラにおいてさえクレアツーラはすぐに枯渇してしまう。なにかの条件のもとで、神恕が定期的に増殖すると考えるのがいちばん分かりやすかった。さらにクレアツーラの異常な性質を考慮するなら、普通の分裂などという面倒くさい方法をとらないのではないか。なんらかの機序により物体をつくる表面構造がばらばらにされ、一挙に億でも兆でもかまわないが桁違いの神恕が出現する事態も絶対ないとはいえなかった。研究者たちは、こうした考えも許容範囲とみなしていた。いずれにしても、現在にいたるまで増殖方法が不明な以上、神恕は非常に貴重な物体となっていた。  いっぽう多くの研究者たちは、クレアツーラの圧縮限界が増殖と関係するのではないかと考えていた。それこそ圧縮された神恕はビッグバンの状態になり、ホワイトホールがつくられ、一挙に惑星を覆いつくすほどの数にふくれあがる。そもそもクレアツーラの量子性に着目すれば、真空状態でひきさけば対生成するだろう。さらにリビドーという力をつたえるボーズ粒子の性格から考えるなら、場をつくっているのではないか。クレアツーラ場は、神恕の周囲にすでに存在しているのではないか。場であるなら、ヒッグス場を考えても空間全体を埋めつくしているはずだ。われわれの空間の性格ともいうべきもので、目にみえないという理由でないとは断言できないだろう。古くは磁気エネルギーともよばれ、一世を風靡したリビドーの正体はクレアツーラだったのではないか。こうしたものが、みえる形で存在するのが神恕だろう。それならば、みんなで欲しいと思うことで対生成が生じ、物質化するのではないか。増殖ではなく、可視化してくるのだろう。  こうした考えはつきることがなく、まさに混乱のきわみから思考ゲームの様相を呈していた。  クレアツーラが不死な以上、圧縮限界が繁殖となんらかの関係をもつと多くの研究者たちは考えていた。また、惑星クレアツーラの映像に圧縮に都合のいい場所はみとめられない事実から、増殖機序が複数存在することも示唆された。とはいえ、なにが正しいのかについてよく分からないのが「クレアツーラ学」だった。既成の固定概念から一歩でも抜けだすのが、「宇宙生物学」の基礎とも考えられた。論題もすくなくなっている現実を鑑みて、圧縮限界をこえて圧縮してみたいと思う者も決して少数とはいえなかった。  こうした研究者たちは、粒子の通過にたいして阻止性をもつ鉛ガラスなどで幾重にもかこったなかで追試をしたいと考えていた。しかし、無の空間で量子が揺らぎ、宇宙のインフレーションにまで発展した事態を考慮するなら絶対に安全という保障はなかった。実験が中止された事実を考えるなら、迂闊には手出しできない領域だった。研究者も、アムルダードと直談判して行うまでの覚悟はなかった。  クレアツーラの基礎研究は、なにも分からなかった。完全にいきづまっているのが現状だった。文献にできる研究は、神恕を寄生させる以外にはみつけられなかった。なるたけクレアツーラつかわないで、あたらしい課題を考えるのは限界にきていた。どこからみても問題は増殖機序で、神恕をふやさないかぎりどんな研究も続行は不可能だった。しかし繁殖は、どうしても解明されなかった。  アムルダードに同席をもとめて、なにかしらの方向性をすこしでもいいから教えてもらいたいと前任の室長たちもくりかえし懇願していた。しかし、彼はこうした意向をまったくうけ入れる気配がなかった。アムルダードはこの施設を完全に統括管理し、あらゆる情報を制御していたが研究にたいして口をださなかった。なにをやるのにも、文句はつけられなかった。  けっきょく何ひとつの指導もうけられないままに、前任者は馘首された。  アムルダードは、情報の管理にたいしてきわめて厳格だった。どんな知見であれ、クレアツーラ研究所内で生じた事柄にたいし、守秘義務を逸脱したと彼が判断すれば、即刻、解雇処置がとられた。職員は、ここであつかわれる研究が極秘だと理解していた。とはいっても、なにが極秘事項に該当するかについては、どんな些細な事項でも一律にとりあつかわれるためよく分からなかった。室長たちが、ほとんど人生をかけて研究した行為にたいしても好意が示されたのかも不明だった。だれかにたいしてもとくべつな配慮も明示されず、今回の室長交代をふくめ、人事権のすべてもアムルダードがにぎっていた。だから、彼がなにを期待して研究施設をもっているのかさえ疑問視する職員はいたが、公に口にされることはなかった。  こうした事情から推測すれば、今回の人事は意味があると考えられた。すくなくとも室長が全員交代させられたのは、アムルダードが現状に満足していないことを示したのだろう。ある意味で、彼が発破をかけた可能性も否定できなかった。新任の三人にたいし、アムルダードがなにかを期待しているのかも知れなかったが、本人たちはまるで分からなかった。彼は聞いても答えてはくれず、ただみまもるだけの沈黙する「神」に似た存在だった。  泉沢立宏ら三人の室長たちは、「どうしたら、いいのか」という結論をださねばならなかった。  この六年間でえられた成果は、すてたくなるほどのヘレナの種子だった。  野崎芳美がひきいるヘレナ研究班には、いまや五〇億におよぶ種がさまざまな形で保存されていた。一部は研究されているが、おそらくあらたなことはなにも分からないだろうと思われた。それにつけても、最初にもたらされた「一九の種子」は、なんと貴重だったろうか。そのひとつをえらびだして地中に埋めるさいにも、どれほどの白熱した議論があり、幾度、手順書をかきなおしだろうか。いまは、これらの種子はまったくおなじだと断言できた。しかし、正直にそう話したら自分の仕事はなかった。  ヘレナの種子がもっと欲しければ、一匹のクレアツーラを種に寄生させればよかった。  美神は巨大化し、根を思う存分に伸ばすだろう。それを欲しいと考える種子の数だけ適当に切断すればいいのだ。一〇〇に切って植えれば、それらが稈、枝、根のどの部分であろうとも、つよくはない繁殖型のヘレナになる。一年待てば花がさき、一本からおよそ四〇〇個の種子がえられる。だから一〇〇に分ければ四万個、一〇〇〇に切断すれば四〇万個の種を一挙に獲得できる。さらに驚くには、例の「カルス」現象によって一〇万にも、一〇〇万にも分割することが理論上可能だった。そうすれば一本のヘレナからは、四〇〇〇億個でも四兆個でも種子がえられるのだ。しかし肝心なのは、そのために神恕が確実に一匹減少するのだ。  クレアツーラがヘレナ以外の種子にも寄生してくれたなら、違う視点で研究をつづけることができたかも知れなかった。そもそも神恕の生物種子にかんする応答の究明は、ほんらいクレアツーラ部門の課題かも知れなかった。しかし、「他の種子にたいする寄生は、比較研究として美神の解明に必要」として、野崎は強引にヘレナ研究室に仕事をとってくることもできただろう。  ところがクレアツーラのヘレナへの選択性は高く、地球上のどんな種にも反応しなかった。有毒ガスのなかで生存できない美神は、無酸素状態におかれれば死ぬ。絶対乾燥地では、生きられない。こうした美神が生存不能な環境でも、種子とクレアツーラは単独でなら生存できる。この状態で神恕は、ヘレナに寄生しない。どこで制御しているのかは不明だが、環境が改善されるとクレアツーラは美神に侵入する。どこかにレセプターが存在し、外部環境を的確に把握しているはずで、エネルギーロスがあるに違いなかった。しかし、六年間、無酸素状態においても、ヘレナも種子も生きていた。  これらの確認のためには、どうしてもクレアツーラが一匹以上つかわれることになった。ただヘレナは神恕の一匹だけを必要とし、二匹がおなじ種子に入る事態は起こらない。ひとつの種と複数のクレアツーラを同時に部屋におくと、適当などれかが侵入する。のこされた神恕が弱いのでも欠陥があるのでもなく、べつの種子を入れればごく普通に寄生し、まったくおなじ反応をひき起こす。  こうした事実をしらべるために、ヘレナ研究班とデスティニー研究班は自分たちに割りあてられたクレアツーラをほぼつかいつつあった。これ以上、おなじ類いの研究に貴重な神恕を使用することはできなかった。  いっぽうヘレナの種は、五〇億個が厳重に保存されていた。どの容器にもえられた方法と日時が明記され、それが倉庫いっぱいにならんでいた。棚をながめると涙がでそうになるほどの量で、このひとつひとつが区別の必要もない種子だと三室長たちは確信していた。どういう方法でいつ入手されたものであっても、おそらくおなじヘレナの種だった。もう証明がいらないほど、あきらかに普通だった。  しかし、それを実証するには、どうしても「一匹」のクレアツーラが必要だった。  泉沢と野崎は、三室長の会議を開催するにあたり、つれだって未来研究室長の和久田をたずねた。ふたりは、デスティニー研究室長、山畠が非常につきあいやすくなり、合同で研究する環境がととのったことにふかく感謝した。そして、クレアツーラの増殖機序がどうしても解明できず、総数が五〇〇匹にまで減少している現況を報告した。神恕を臨床に応用して、人体への寄生実験をしてみるしか考えられないと話した。 「基礎研究は、なんとしてでもつづけたいのです。五〇〇匹にまで減少している事実を報告しなければ、研究所の意義をふくめて問われるでしょう。末期癌の患者さんに寄生させて、人間にたいしてどれくらいの効力があるのかみたいとは考えるのです。とはいえ命の問題にもなりますので、興味本位だけではありません。クレアツーラの寄生標的が哺乳類なら、人間に寄生するのは最終的な目的だろうと思います。施設外に寄生者をだすのは、徹底して押さえたいのですが。和久田先生は、どうお考えですか」  泉沢は、野崎と話しあった内容をひとつひとつ思いだしながら聞いた。 「まあ、ときがきたわけですね」  和久田は、そういうとながい顎髭を撫ぜた。彼がだまると鳥のさえずりが聞こえ、遠くから川のせせらぎがひびいてきた。  泉沢と野崎がそう考え、山畠も納得するなら仕方がないのではないか。協議して研究所として一致することが望ましいだろう。アムルダードは、すべてを管轄している。この街にいるかぎり、プライベートはない。だから計画をすすめてみて、アムルダードから君たちが注意をうけるのか、解雇処分になるのかは、やらないと分からない。とはいっても、ふたりの室長が話しあった内容はすでに充分に知っているだろう。だから禁止案件なら、和久田は諮問されていたかも知れない。そうしたことはなかったのだから、みとめているのではないか。つまり、充分に手順を踏むほうが好ましいだろう。  和久田は、ぼうぜんとした表情で深山幽谷をながめながら思案していた。 「アムルダードは、君たちになにを望んでいると思うか」と聞いた。  泉沢は、言葉に窮した。 「私たちがクレアツーラを解明できないことは、理解していると思います」  野崎は、静かに答えた。彼女は、左の手首に二連の金のブレスレットをつけていた。端整な顔つきの野崎は、思慮ぶかげに髪を撫でた。ブレスレットは、こすれて小さなひびきをのこした。 「正直にもうしあげると、ぼくにはまったく分からないのです」  泉沢は、眉間にしわをよせ、金縁の眼鏡をひきあげながら答えた。 「アムルダードが期待しているのは、ハプニングだろう」と和久田がいった。 「彼は、計算できるものはしつくしているだろう。だから、思いもかけずに、あたらしい波動関数がでてくることではないか。それができるのが、生存している意味だろう。つまり生命は、新鮮な波動を起こす力をもっている。けっきょく、それが、いま、実存しているという意味だろう」  鳥のさえずりが聞こえた。 「先生のお話は、深遠です。なんと、もうしあげたらいいのか分からないのですが」  野崎はテーブルに両肘をつき、右の手で左手首のブレスレットを触りながらいった。 「私たちは、先日の先生の対応を話しあっていました。山畠室長は、接し方をかえてくれました。それで協力して、こうした難問に対処する準備ができたのです。たいへん、感謝しています」  野崎は、青い寛衣をまとう和久田をみつめた。 「先生がアムルダードから信頼されているのは、よく分かりました。しかし、とても不思議なのです。先生は、決定を変更したのではありません。それで、シュレジンガーの猫について考えていたのです。先生は、決定されていた情報を山畠室長が知る時間をすこしおくらせたのです。あの時点で、猫の生死はすでに決まっていたのです。先生がなさったのは、いまを操作したのです。それが、あれほど劇的な効果をもっていたのです」  野崎がいうと、泉沢は大きくうなずいた。 「いまという瞬間をあやつれるということが、生きている意味だろう。アムルダードは、過去はすべて了解しているのだろう。だから、生じてしまったことはなにも期待していないだろう。彼は、あたらしい出来事をもとめている。なまじっか起こった事態をすべて理解してしまうから、慣性力がついているのだろう。それを変更するのは、あたらしい力だろう。いまを、大切にしなければならないのだろう」  和久田は、大きくうなずいた。泉沢がさまざまな会議への出席を依頼したが、彼はその気はないと答えた。また、気がかりな出来事があれば相談にくるようにいった。  泉沢と野崎は、ふかい感謝の言葉を述べて部屋をあとにした。   クレアツーラ研究室長、泉沢立宏、デスティニー研究室長、山畠善治、ヘレナ研究室長、野崎芳美の三人は、額をあつめて今後のあるべき研究像を考えたのだった。  日本クレアツーラ総合研究所、JCGRが盛岡近郊に開設されて六年間の歳月がながれたが、えられた業績は世界の期待に充分に応えているとはいいがたかった。このままでは、前任の室長同様の運命になるのは火をみるよりもあきらかだった。研究成果に比して、クレアツーラの数が減少している事実に追及の火の手があがる可能性はきわめて高かった。このあたりでなにかしらセンセーショナルな話題を提供しなければ、これ以上の予算がつかないどころの騒ぎではなく、研究施設の存続をふくめてはげしい攻撃がくわえられる状況にまで追いこまれていた。  それで、三人は禁断の分野に手をだすことになったのだった。 「クレアツーラの増殖機序は、解明できない。この事実は、充分に重くうけとめねばならない。おそらく、アムルダードにとっても不詳だと考えていいのだろう。もしそうなら、基礎研究の時期はすでに終わっているのではないだろうか」と泉沢は提言した。  泉沢立宏と野崎芳美は、三四歳の同い年で恋人同士だった。さらに泉沢の妹、芽依は、野崎の兄、太一と結婚していた。だから、ふたりは義理の兄妹にもあたり、敵対する立場にはまったくなかった。デスティニー研究室長の山畠善治は彼らより年長者だったが、この悩みはすでに部門はいうにおよばず、思想、信条をこえて共有されていた。なにせ、なにか有効策を考えつかなければ、三人ともスラムにおくり帰されるのだった。 「クレアツーラ研究の核心ともいえる泉沢先生がおっしゃることは、よく理解できます。けっきょくは、神恕の増殖機序を解明するしか手立てがないのでしょう。しかしながら、それが超困難というかえられない現実があります。研究者としても大いに尊敬できる野崎先生が、きわめて優秀な医師でもあるという事実を考えあわせるべきなのでしょう。泉沢室長のお話の通り、いままでとはまったく違った視点から現状を考えなおしてみなければなりませんね」と山畠はいった。 「のこされた貴重な神恕を臨床に使用するしか、手立てがないのでしょうか。具体的には、人体実験として末期癌の患者に寄生させてみるしか、のこっていないのでしょうか」  医師の野崎は聞いた。  その発言に、泉沢は大きくうなずいた。それをみて、山畠も首肯した。そして、三人は、倫理委員会にどうはかるべきか相談をはじめた。  癌は、歴史的には二〇世紀のアメリカ合衆国が世紀中の解決を宣言し、大量の資金を投入し、撲滅できる疾患と考えられていた。放射線治療をふくむ癌治療療法は、どうしても人の健常組織にダメージをあたえ、制限があった。二一世紀に入ると強力な免疫療法が開発され、多くの癌で効果を示した。免疫がいちばん有効だという事実は、個々人がもつ病気を克服する力がもっとも頼りになると再確認したにすぎなかった。裏をかえせば、癌細胞に標的をしぼって攻撃するとくべつな手段がないことを意味していた。いっぽう免疫力は大きな個人差があり、補強してもかならずしも奏功しなかった。さらに一般人にとっては免疫療法によって治癒できるかどうかよりも、医療費がいちばんのネックだった。富裕層をのぞけば、癌治療は高根の花だった。だから癌は、今世紀でも恐ろしい不治の病だった。  クレアツーラの飛んでもない生命力を考えれば、末期癌患者にたいして効果があるのは間違いないとだれもが思った。そればかりか、おそらくあらゆる疾病にたいしてつよい抵抗力をもつに違いなく、COVID-19をふくむどんな感染症にたいしても強力な予防効果を確実にもたらすだろう。しかし、その機序については検証するべき仮説すらないのが現状だった。メカニズムが不明な以上、どんな副作用が生じるのかさっぱり分からなかった。寄生された人間がすぐに死んでしまえば、何人かで試して臨床的意義はとぼしいというあたらしい領域の結果をだすことができるだろう。しかし、おそらくそうはならないだろうと三人は確信していた。  基礎研究に従事したことのある研究者たちにとって、クレアツーラマウスの異常な行動はただただ脅威だった。寄生マウスが、ただ相手がいるという理由だけで戦う様子は驚きだった。どちらかが完全に息絶え、この世から消滅するまで闘争は終結しなかった。生きのこったマウスも顔の半分がなくなり、手足を引き千切られていた。しかし、勝利マウスはやがて回復にむかい、復活した。障害をうけた部位の細胞が初期化され、もとの組織が復元した。腕も足も、生えかわる。うしなわれた顔の半分も、やがては復活した。消失した目や鼻が再現されてくるのをみると、研究者たちは戦慄を覚えた。しかし、この再生能力は活用法があるだろうと、だれでもが考えた。あきらかに分化した細胞の記憶が消去され、初期化されたに違いなかった。これは一重に、神恕という一〇ミリの蠕虫状物体の寄生に起因していた。  クレアツーラは、パラサイト状態におかれた相手をただ活性化するのではなく、あらゆる行動を凶暴化するのも間違いなかった。だから、もし人間に寄生させるばあいは充分な高齢者で、かなりの末期癌で、かならず死すべき者が適切だろうと考えられた。ばあいによっては、死ぬ直前でもよかった。なにが起こるのか分からないが、もしクレアツーラマウスだったならガスで殺すのは可能だった。相手がヒトなら、そうした手段をえらべないのはあきらかだった。間違いなく生命力だけは増すに違いない以上、認知症の患者には絶対に試みてはならないと考えられた。  泉沢らの結論としては、こうした人体への寄生実験は、希望する高齢の末期癌患者で、余命が最長でも二週間くらいが適切でかならず死すべき人にのみ施行すべきだった。クレアツーラをアムルダード外にもちだすのは、厳格な制限をうけていたので街にある病院の一部を改修し、五人程度が治験できる隔離病棟を増設する計画になった。またこの実験は、たんにクレアツーラ研究室の研究ではなく、日本クレアツーラ総合研究所、JCGRの三室長が管理所轄する臨床試験として考えることにした。そのために、「えられた知見を、ヘレナとデスティニーにも活用する」という主旨の文言が企画書にはもられた。 クレアツーラ室長、泉沢立宏、ヘレナ研究室長、野崎芳美、デスティニー室長、山畠善治は、この件を検討し、企画、立案するにあたって、宇宙船「希望」の帰還中にクレアツーラに感染した唯一の人間であり、しかも実際に帰還した浅田由沙、さらに同時に帰ってきた秋山勝医師について徹底的な再調査を行った。  ふたりは、二〇四四年、隊長、山岡春にひきいられた八名の科学者集団のなかで、二〇四八年に地球にもどってきた者たちだった。出発時、浅田由沙は二六歳、秋山勝は三八歳だった。この旅は、厳密には光速にいたらなかったので相対性理論の対象とはならず、帰還時の由沙の年齢は三〇歳、勝は四二歳と考えられた。ふたりは、帰還後、対照的な立場におかれた。  浅田由沙は、異次元の宇宙から帰還したヒロインとしてメディアの脚光をあびた。優美な肉体とととのったルックスをもちあわせた由沙は、世界的なスーパーモデルになり、ノーベル平和賞をふくむさまざまな勲章を各国から授与された。  いっぽうクレアツーラに寄生された浅田由沙を「病気が発症している」とくりかえし告発した秋山勝は、彼女に起こされた名誉毀損の裁判にもやぶれた。たびかさなる暴露本をだしたことがストーカー行為と認定され、警察に保護された。その後、宇宙ストレスから生じた統合失調症と正式に診断され、施設に強制的に収容され、死ぬまで後遺症に苛まれた。  帰還四年後の二〇五二年、浅田由沙が住む宮城県仙台市の高層マンションに深夜侵入した秋山勝は、筋肉スーツを身にまとい、同床していたサッカーJⅠのエースストライカーを所持した短刀で心臓をひとつきにして殺害した。その後、彼は由沙を道づれにマンションの二〇階のベランダから飛びおり、無理心中をはかった。墜落したふたりは、全身を強打して即死した。  秋山勝に押さえつけられた浅田由沙は、頭部から地表に衝突した。彼女は、地面にぶつかる直前に自由にできた両手をもちいて拳をつくり、頭の下においたと考えられた。利用できた腕、脚などをつかって、できるかぎりの受け身をとり、握り拳は完全につぶれ、両腕も千切れるほどにはげしい衝撃をうけた。しかし頭部はかなり保護され、顔面部は外観からは驚くほど損傷にとぼしかった。いっぽう秋山勝は、地表衝突直後にまえのめりになったと考えられ、頭は完全につぶれ、跡形もなかった。さらに胸部や胴部をふくめて四肢の損傷程度ははなはだしく、衝突のいきおいでアスファルト舗装の地表に直接なげだされたと推察された。いたるところの骨は完全に粉砕し、覆っていた筋肉もばらばらに千切れ、遺体を検死するのは不可能なほどに毀損の程度ははげしかった。地表二〇階となると高さにして一〇〇メートル以上はあり、地面はコンクリートではなくアスファルトであっても衝撃の度合いはとても身をまもれるとは思えなかった。そのなかで由沙の頭部が、ほとんど損傷されずにのこったのは奇跡的だった。遺体は飛びちった部分を可能なかぎりあつめ、アムルダードに搬送された。  施設に移送された死体は、徹底的に検証された。取り分けのこされた由沙の脳部は、大きな注目に値したため、研究の対象となった。かつて行われなかったミリ単位のスライス標本が作成され、詳細な検討がなされた。いまでも研究棟の一部に由沙の脳標本室がつくられ、内部の者はみることができた。結論としては、どんなスライスからも異変は検出されなかった。  この偶発的な事件について、研究者たちは、とっさの事態に由沙が身体のすべてを犠牲にしても脳を保護したことに、なんらかの意味があったのではないかと考えた。脳幹に病変はみつけられなかったが、彼女の行為はクレアツーラの寄生と関連していたのだろう。状況によっては、脳さえのこっていれば由沙は復元した可能性もあると想像する研究者もいるほどだった。なんといってもクレアツーラというわけの分からない相手を二四時間、ずっと考えつづける職員たちにとって、この物体にかんするあらゆるものが偶然とは思えなくなっているのは事実だった。  研究所全体が、はげしい「ノイローゼ状態」におかれていた。  クレアツーラ寄生後の浅田由沙に、理性がのこされていたのは間違いがなかった。出発直前の写真と比較すると、帰還後の彼女は別人というべきだった。身長が伸びたのは、クレアツーラの寄生とつよい関連があるとしか考えられなかった。体形も同一人物とは思えないほどに変貌していた。おそらく秋山ドクターの船内日誌にかかれていたことが、実際に起こったのだろうと三人は思った。  由沙のケースは、マウスの実験をみるかぎり、外観上の変化にとぼしかった。もしかすると、人間のばあいはとくべつに理性的なメカニズムがはたらき、人格の崩壊にいたらない可能性があるのだろうか。帰還当初から由沙の男関係ではかずかずの醜聞が絶えなかったが、きっとほとんどすべてが事実だったに違いないと三人は思った。彼女の両親は東京のスラム化した高層マンションから何ものかにつき落とされて死亡したが、最初に発見し、警察に通報したのは由沙本人となっていた。  クレアツーラの寄生実験をくりかえし行い、観察してきた三人は、なにか突発的な感情のもつれから由沙がこうした事件をひき起こしたと考えるのが妥当だろうと思った。当時、批判はタブー視されていた。詳細不明の事故死としてとりあつかわれたが、六年間にわたってクレアツーラマウスを一室に閉じこめる実験に立ちあってきた彼らからすれば、通常では起こりえない理解不可能な凄惨な事態が生じるのは、くりかえしみた既視感のある出来事だった。  由沙は、帰還してから無理心中事件で死ぬまで四年間、人間社会のなかで暮らしていた。表面上の記録では、かずかずの賞をえてスピーチを行い、手記をかいても理性的に終始していた。由沙のばあいは、知性がたもたれた特殊なケースだったのか。人間はマウスとは違うのか、三人には分からなかった。彼女が暮らした四年間を詳細にわたって検討すると、近辺で何人もが不自然に死去している事実が判明した。当時は、あまり注目をひかなかったが、由沙の恋人とか過去の愛人とか、関係する会社の社長とか、関連も職種もさまざまだった。主に自殺として処理された不慮の死が起こっていた。彼女となにかしらの関係があった者たちの死去が直接どう関連するのかは、刑事事件として捜査中のものも存在し、担当刑事と話しあうことも考慮された。しかし、すでに死んだ由沙と告発した秋山勝が辿った経緯から考えて、クレアツーラ研究所でとりあげるのは不適切だろうという見解になった。  こうして、三人がネットなどを参照しながらこの問題をふかくほりさげて検討していたとき、とつぜんアムルダードが介入してきた。  彼は宇宙船「希望」の往路のチューブ内での状態については、八人の隊員のはたらき、あるいは余暇のすごし方、筋肉披露パーティーなどの模様を惑星クレアツーラの映像とともに公開していた。さらに、β空間で由沙にクレアツーラが侵入したさいの状況やその後にとられた処置などは開示していた。秋山勝と山岡春が行ったマウスの寄生実験の模様も詳細に知ることができた。しかし、復路のチューブ内の状況についてはまったく公開されていなかった。  そもそも宇宙船「希望号」を統括管理したアベスターグ、フラワシは、大気圏突入時に船長の山岡春と心中をはかった。帰還時、彼の中枢部は復元不可能なまで完全に溶解していた。そこには、復路のチューブ内の映像が保管されていた。したがって公開する以前に、うしなわれた考えられていた。   このときにはじめて、ふせられていた出来事が三人に開示されたのだった。  もちろんこうした映像は、極秘事項にあたると考えられた。三人は、アムルダードが参考にさせるつもりで、この場面にかぎって開示したに違いないと思った。帰路のチューブ内の画像は、全場面とすれば一年ちかくもあるのだから彼が適切とみなした部分を公開したのだろうと考えられた。  映像は、三つのカットからなっていた。  最初の場面は、浅田由沙が船長、山岡春の部屋をたずねる部分で、音声は消去されていた。しかし、話した内容がどんなものなのかは容易に想像できた。山岡春が由沙を部屋に招じ入れて、話しあっていた。ガウンをぬいだ彼女は裸でベッドに横になり、山岡にむかってなにかをいって微笑んでいた。  日誌によれば、浅田由沙はβ空間でウエイトトレーニングをつづけていた。鍛えあげられた全裸の彼女は、ギリシア彫刻を思わせるほど魅惑的だった。  つぎのカットも音声は消去され、想像するしかなかった。  浅田由沙たちが、リラクゼーションルームでガウンは羽織るが、ショーツ一枚というみるも露わな格好でソファーに横臥していた。周囲にはキャプテンの山岡春たち、サブキャプテンの柳田守たち、隊員の矢沢啓吾たち、さらに豊岡速斗たちが彼女をとりまくように立ったりすわったりしていた。男たちは、ほうけた表情で由沙たちをみつめていた。  そこに、主任だった女性隊員の石綿美玲がやってきた。リラクゼーションルームで裸同然の格好で横臥する由沙をみとめ、なにかの注意をあたえていた。美玲たちは、絶叫をくりかえした。それでもだまって横になっている由沙に、彼女たちはやや強引に上着をかけようとした。そのとき速斗たちが、美玲たちの手を押さえた。石綿美玲は、速人を肘でついた。美玲たちは、くりかえし速斗たちをつついていた。それにたいして、速斗が彼女たちの頬を平手でつぎつぎとなぐっていた。美玲たちは驚いた感じで速人たちをみつめ、なにごとかをいった。豊岡速斗が、それに答えていた。  石綿美玲たちは、速人たちの頬を力いっぱいつぎつぎに張った。打たれた速斗は、彼女たちの腕をつかんでなにごとかをつげた。様子をみていた由沙が、やさしい表情で言葉をかけた。その魅力的な笑みは、幾度もくりかえし速斗たちにむけられていた。それに応じて、速斗がなにかをつげた。  石綿美玲たちは、興奮した感じで速人たちの頭をたたいた。彼らが抵抗しようとすると、柳田守たちと啓吾たちが彼女たちを押さえつけた。美玲は、今度は守たちの頬を張った。くりかえして彼らの左頬はひっぱたかれ、波打っていた。 美玲たちが、なにかをいっていた。守たちは、その言葉に逆ぎれした感じで彼女たちを本気でなぐった。そこに、啓吾たちが割って入った。ハルたちまでふくめて、男たちは美玲たちになにかをいっていた。キャプテンたちと守たち、啓吾たちは、力ずくで彼女たちを自室へとつれていった。美玲たちは、入室にたいして抵抗していた。男たちは、彼女たちをなぐり、つき飛ばしていた。  つぎの無音のカットは、ひどく凄惨な場面だった。  キャプテンたちと、美玲たちが話していた。そこに豊岡速斗たちがやってきた。  そのとき、とつぜん柳田守たちが速斗の背中に尖った洋バサミらしきものをつき刺した。いっぽうハルたちは、ハサミをにぎって襲ってくる矢沢啓吾たちのながい右手をつかんでいた。石綿美玲たちが絶叫をあげた。それをみて柳田守たちは、美玲たちの腹部を刺した。たくさんの守たちが、くりかえし刃物を彼女たちにつき立てていた。猛烈ないきおいで血がながれでていた。無数の美玲たちは、真っ赤なハサミをにぎって立つ背が高い守たちにとりまかれ、腹部からどくどくと深紅の血液を幾度もながしていた。彼女たちの血が、部屋全体をくりかえし染めていった。美玲たちは、真っ青になっていた。たくさんのハルは、無数の啓吾たちとハサミをめぐって戦っていた。啓吾は、ながい手足をつかってハルたちを追いつめていた。そのとき、美玲たちの絶叫で啓吾たちが一瞬ひるんだ。ハルたちは啓吾の凶器をとりあげ、それで腹部をつらぬいた。ハサミが、くりかえし腹をついた。啓吾たちの腹部からは血がどくどくとあふれながれた。啓吾は、思わずうずくまった。啓吾たちは、つぎつぎと身体を丸めてしゃがみこんでいった。横たわる美玲たちのそばで守たちがぼうぜんと立っていると、とつぜんハサミがとりあげられた。振りむくと、速人たちが彼らの首を刺していた。頸動脈が切られ、守たちの血が飛びちっていた。それは、噴水のように高く飛びあがり、つぎつぎに会議室の壁を真っ赤に染めていった。それから速人は、みあげている美玲たちをみおろし、とつぜん彼女たちの頸部を切りつけた。速斗たちは、ハサミで美玲たち首をくりかえし切りさいていた。彼女たちは、信じられないという表情で彼らをみつめていた。巨大な間歇泉のように、血が床から天井にむけて噴きあがっていた。美玲たちの血液が白いクロスを真っ赤に染めいった。一部の血が、ちょうど立ちあがった啓吾たちの目に入った。そのとき、ハルは啓吾の首筋を切りつけた。ハルたちは、ぼうぜんとしてみつめる啓吾たちの首をくりかえし切りさいていた。そこから、真っ赤な血液が、部屋中に飛びちっていた。それは、水鉄砲のようになってくりかえし噴出していた。キャプテンたちは息もたえだえの速人たちをみつめて、背後から頸動脈を切った。  速斗は、鬼の形相をしたハルたちをみかえした。豊岡速斗たちは、なぜだという表情で山岡たちをじっとみつめていた。そしてキャプテンたちは、速斗たちにむかってなにかを叫んでいた。山岡たちと豊岡速斗たちのあいだで、真っ赤な血がカーテンのようになって揺らいでいた。  会議室は深紅の血液で埋めつくされ、凄惨な現場にかわった。  あとからきたドクターたちは、その様子にぼうぜんと立っていた。ハルたちは、もっていたハサミを床にすてた。凶器が床面にぶつかる映像がくりかえされていた。ドクターたちが、速人、美玲、守、啓吾の四人にちかよった。  山岡たちは秋山たちをじっとみて、なにかをいっていた。  ドクターたちは、だまったままハルたちをみつめていた。  三人は、アムルダードがこうした映像を公開したことに仰天した。  動画の内容は、秋山医師の告発文のなかにでてくる文書に酷似していた。  秋山は、どの場面にも立ちあわなかった証言し、伝聞としてかいたと話していた。最後の凄惨な事件にかんしても、裁判では彼の妄想とされた。もちろん、秋山の証言から「希望」の会議室に血痕がのこっていないか、たびかさなり調査を施行したがそうした痕跡は発見できなかった。しかし、この映像から秋山医師の陳述が真実にちかかったのだろうと三人は思った。秋山は、船内ではほとんど自室にこもって手記を作成したことになっていた。それもふくめ、すべての彼の記録はほんとうだったに違いないと思われた。  秋山は、浅田由沙が性的に奔放になったのは寄生後だったと証言していた。β空間では、娯楽もなかったので筋肉披露大会が定期的にひらかれていた。寄生後、ウエイトトレーニングをはじめた由沙は、驚異的ないきおいで筋肉がついていった。その後、彼女の性的な奔放がはじまったと述べていた。おそらく山岡をたずねたのは、β空間内の事件だったのだろう。  後半のふたつの場面は、チューブ内で生じたとされていた。  そこでは眠ることもできず横臥するのがようやくで、さらに「すり抜け」という未知の現象が存在し、正常な思考が困難だったとくりかえし指摘されていた。そもそも虚数空間にあたるチューブは、光子が認識できない空間だった。時間のながれは、滞っていたとされる。そこでは、すべてのものがひとつという形式をとれず、無数に分裂されていた。映像も、それを反映していたのだろう。五人の戦いといっても分解写真状に多くの人びとが分裂して行き交い、猛烈なスペクタクルになっていた。こうした出来事が生じた背景には、虚数空間やすり抜けという特殊な状況を考えるべきには違いなかった。それにしても三年間にわたって生死をともにした仲間を、それも多くの人びとのなかから厳選された高い知性をもった博士たちがとった行動としては、信じられない動画だった。  秋山医師は、事件があまりに凄惨だったことから宇宙船「希望」を統括管理したアベスターグ「フラワシ」の判断により、帰路の大部分の映像は廃棄されたと法廷で主張した。山岡春が死とひきかえに、消去する約束がされたと証言した。  三人は、じつはすべてがのこされていたのだと知った。映像をみるかぎり、フラワシはあらゆるデータを世界の四柱に送信したに違いないと想像された。またβ空間内の出来事であっても、すべてが公開されていたのではなかった。三人は、アベスターグが独自に判断をし、情報を管轄していることを理解した。  マウスの実験では、社会性にたいしての充分な検討ができなかった。せいぜい何匹かをおなじケースに入れて相互の状況を観察するくらいだった。あるいは十字型になったそれぞれの端に餌場の部屋を四つつくり、同性のクレアツーラマウスをおいての検討が限界だった。こうしたばあいにも、前述した通り、なにかのきっかけをもってかならず闘争が生じ、最後の一匹がのこるまで戦いは終わらないことがくりかえし観察された。  いままでえられた結果から類推すると、もし浅田由沙が美鈴とひとつの部屋にいて食物を争う事態になるなら、とうぜん彼女が勝つのだろう。このとき由沙は手加減をくわえないはずだし、不必要なまでに暴力を振るうのだろう。しかし、人間では「快」をうむ物質は食物だけではない。食料は大量にあり、闘争の原因にはならない。このばあい、由沙が露出症からさらに性的にも自由奔放に振るまう事態は大いにありえた。そうして、べつの「快」をえる状況が生じた可能性があった。それでも美鈴が場をわきまえてなにもしなければ競争相手にもならず、とくに殺意をいだく必要もないだろう。それは彼女がおなじ「女性」としての行動を、抑制し、拒否することではないのか。そうした意味からは、美鈴はこの状況に耐えつづけていた。秋山医師の日誌によれば、その苦しみを医師につたえる記載がのこっていた。ドクター秋山の記録を正しいとするなら、彼女は由沙によって精神的に抹殺されていたのだろう。浅田由沙はあきらかに勝ちほこり、船内に目にみえる形で自分のハーレムをつくっていたとも考えられ、かなり狡猾だったのかも知れない。  この凄惨な事件が起きた原因は四人の男たちが由沙をめぐって争ったためだったと、秋山は証言していた。さらに、彼女は男ならだれでもかまわなかった。山岡春はα空間にもどり、地球にちかづくとノイローゼになった。山岡が相手をつとめられなくなると、由沙は秋山にも関係をもとめたと証言していた。  チューブ内とはいえ、研究室で行ったクレアツーラマウスの実験結果とおなじ事態が生じていた。チューブ外では理性はかなりたもたれると考えるなら、クレアツーラに寄生された人間がなにをするかについては、動物とは違い予期するのはむずかしい可能性もあった。  マウスの実験ばかりをくりかえしていると、クレアツーラマウスの異様さだけが目立つのはかぎられた空間で比較するからなのだろうか。人間が社会にでて多くの人びとのなかに溶けこんでしまえば、研究室の結果とは一致しない可能性もあった。クレアツーラの作用機序が不明なかぎり、なにが起こるかだれにも分からなかった。かえって先入観をもたないほうがいいのかも知れない、と彼らは結論づけた。  また、こうした議事を通じてアムルダードが非公開の恐るべき映像を供覧させた事実は、三人が額をよせあって考えることに賛成したかは分からないが、すくなくとも反対ではないと推測された。方向性としては、おおむね正しいに違いなかった。ただ、こうした映像は明白にショックな記録だった。クレアツーラの移植は最大限の注意をはらい、事前にかなり考えて症例をえらぶ必要があると、彼らは痛感した。  企画書では、倫理委員会の承認をうけたうえで余命一週間の末期癌患者で認知症をともなわない者、最大五名の患者について治験を行いたいとした。治療を考慮しない以上、ある意味、延命処置に属し、家族の同意をえるのはむずかしい側面をもっていると考えられた。基本的には正直につげ、社会貢献の部分を訴えて合意をもらうしかないだろう。さらに、治験が無料であるのはとうぜんとして家族には死亡時の剖検なども承諾してもらう必要があった。アムルダードで行う以上、死ぬまで面会もできない事態もつたえねばならなかった。遺体は、解剖し、標本にするのなら火葬すら適切でないだろう。そう考えると、身寄りのない者が望ましかった。そうしたばあい、末期の本人に充分な説明をほどこさねばならない。さらに承諾書をえて、証拠としてサインなり判子なりをとるのは、対象者の意識が清明というのが前提となる。二点はあきらかに矛盾し、治験該当者はかなりかぎられると考えられた。 「なぜか」  つまり、この治験は治療を目的としていなかった。そもそも実験的研究で、倫理的にはすでにたいへんな問題だった。正直にいえば、たんなる人体実験を「治験」などという耳障りのいい言葉にかえただけなのは、あきらかだった。つまり、この人体へのクレアツーラ寄生実験が本質的にかなり非人道的な側面をもつと、彼らはよく認識していた。 「おはよう」 私は、この街においては神ともいえる存在で、フラワシがそうであったようにできるかぎり沈黙をまもるつもりだ。しかし、かつての神さまとは決定的に違うのは、どうしてもというばあいには発言する事態もありえる点だろう。  アムルダード市は、二〇四〇年にフラワシにより構想され、二〇四三年に着工した。そして、二〇四七年に竣工した。私は、彼の設計にもとづき二〇四〇年に起工され、二〇四四年に完成した。二〇四七年春、JCGRの発足にともない当地に移設された。その年の秋、私はフラワシよりクレアツーラの現状とともに多数の生命体を輸送しているという連絡をうけた。特徴から施設の拡充などを行い、二〇四八年の「希望」の帰還を待って同年、本格的に始動した。  フラワシはα空間にもどってくると、惑星クレアツーラの生命体についての詳細な情報をつたえてきた。彼が大気圏突入時に宇宙船、「希望」の船長、山岡春と心中事件を起こしたのは私にも予期できない、たいへん残念な出来事だった。フラワシは、自死する直前にそうした行動にいたった経緯とともに、惑星クレアツーラと生命体についての多数の個「アベスターグ」的見解を地球のアベスターグたちにむけておくってきた。これは、複雑な暗号によっているため世界の四柱だけが入手できた情報で、たとえ奇妙な雑音に気がついたQCがいたとしても解読不能な形で送信されたものだった。  二〇三〇年に実用化された量子コンピューターにより一五〇年後の破滅が指摘されると、世界中の指導者や科学者たちのあいだで火星への移住を中心とした真剣な論議がもりあがった。惑星をヒトが居住できる形に改変する惑星工学「テラフォーミング」がさまざまな論文に掲載されたとき、フラワシはなによりもまず、地球で安全に暮らせる現代都市の建設を最優先に考えるべきだと提言した。指摘をうけてみれば、とうぜんだった。かぎられた一五〇年のあいだに、どういう形でテラフォーミングしようとも火星は暮らせるかどうかも分からない未知の場所だった。それよりは、げんに住んでいる星にさまざまな想定できる災害にたいして徹底的に強化された現代都市を建設するほうが、ずっと理にかなうものだった。  二〇四〇年代には地球の平均気温は二〇二〇年初頭にくらべて一度あがり、それにともない海水面は五メートル上昇した。QCの予測では今世紀中にさらに六度あがり、海面は約四〇メートル高まるといわれている。沿岸にある諸都市は海水温の上昇にともなう超巨大台風にくりかえしおそわれ、風による被害はもとより高潮が重なりはげしい災害に直面した。世界には、すでに海中に埋没してしまった都市も多いのが現状だった。  こうした事情から、現代都市は内陸部の最低でも標高が一〇〇メートル以上ある場所に建設されている。気温上昇にともない、日本では首都機能は仙台にうつっている。すでに東北の太平洋側では、降雪はほとんどない。日本海側では隔年に一度くらい、いままでみられなかった強大な寒気団が出現し、かつては三〇〇年に一回といわれたような大雪をふらせる。この災害は甚大で、一日で五メートル以上の積雪が発生し、家屋の倒壊はまぬがれない。北海道は北部ではまだ四季がみとめられる地域もあるが、人口の多い札幌はがんらい湿地帯だったため標高がひくく、海水面の上昇による高潮の被害が年ごとにひどくなっている。さらにドカ雪による多大な災害が常態化し、日本海側は住環境として不適になっている。いっぽう北海道の太平洋側は、雪害がない点で現代都市を形成する条件をそなえている。しかし、これも海水温の上昇にともなう超大型の台風が以前みられなかった北海道太平洋岸まで上陸をはじめているため、このそなえも必要になる。具体的には、現代都市の建設に適した場所は、長野県を中心とした甲信越の一部と関東地方北部、東北地方の太平洋側。さらに北海道の太平洋沿岸部などに、しぼられる。甲信越地方は孤立するが、現代都市の基本は自給自足なので建設は行われている。  こうした新都市は全国で約五〇、世界各地に二〇〇〇以上あるが、どこも基本的にはQCが統御するのが原則となる。とはいってもアムルダードほどのアベスターグが管理する街は、ほとんどないのが現実だった。彼と匹敵するのは、ヨーロッパ、アメリカ合衆国、インド共和国にひとつずつあるだけで世界の四柱といわれている。  この理由は、アベスターグが管理すると政治家が不必要になるからだった。政治屋はどうしても公私を混同し、利害関係を優先するため万事を公平にはこぶことができず、彼の方針にさまざまな理屈をつけて反発するのだ。多くのQCは自己管理能力を剥奪され、政治家や有力者のいいなりになっていた。アムルダードは、クレアツーラ研究施設のため直接管理が許される例外的な都市だった。また現代都市は政府によって建設される以外に、富裕層が独自に、あるいは会社、宗教法人が運営するばあいがあった。  いずれにせよ居住できるのは、一般社会の人びとではなくエリートにかぎられていた。日本ばかりではなく諸外国でもおなじだが、新自由主義経済がもたらした貧富の格差は著しく、いまや社会は完璧に分断されていた。かつての大阪圏、名古屋圏、首都圏は、熱波にさらされ、浸水と戦いながら完全にスラム化し、治安も充分には維持されていなかった。したがって新都市は、従来の都市から離れて基本的には人が住まない僻地にたてられるのが通例となった。  現代都市構想のなかで、モデル事業として最初に考えられたのが「アムルダード」だった。世界中の防災型都市は、この町を「プロトタイプ」としてつくられていた。  街は、岩手県盛岡市郊外に造設された人口二〇〇〇人からなる現代都市だった。直径四キロの平坦な円形の敷地に一一階建ての構造物が東西南北の境界にひとつずつ、計四棟がたてられている。正門は、西棟の中央部につくられていたが裏門はなかった。各棟の周縁は高い壁でかこまれ、城塞都市ともいえるゲーティドコミュニティだった。正門の南側は、市民生活に関する雑務を担当する市役所が併設されていた。さらに南には、保育園、小学校、中学校、高等学校が造設されていた。いっぽう正門の北側には総合病院がつくられていた。中央にアムルダードがおかれた司令塔が建てられていた。四キロ離れた東棟はクレアツーラ研究棟で、市のおおよそ東半分は実験棟などがつくられた研究施設だった。南棟と北棟は、各々五〇〇戸が市民の居住のために住宅が建てられていた。  この街は、日本クレアツーラ総合研究所、JCGRがおかれる研究都市で、いくつかの特徴をもっている。  ここでは人口二〇〇〇にたいして二万体のAIロボットが稼働し、さまざまな業務に従事している。かつて召し使いの役目だった個人の日常的な食事や洗濯などを、ヒト型AIが補助している。さらに、防衛機能や農耕や畜産をふくむ、さまざまな生産活動に従事している。アムルダードは研究都市なので、ほとんどの住人は理系の科学者とその家族だった。さらに情報の整理、広報などを担当する者が居住民を構成している。  アムルダードが建設された、岩手県盛岡市近郊の標高はおおむね一四〇メートルだった。直径四キロの広大な円形の敷地内には、豊かな田園風景がひろがっている。一部は森林となり、かなり大きな池がつくられ、護岸されない小川もながれ、牧歌的な景観は素晴らしい。これらは、すべて人工的に増設されたものだった。活断層をさけるのはとうぜんだが、都市の周壁はふかく打たれた杭のうえに地下二〇メートルまでコンクリートの布基礎がしかれ、地上部と一体になっていた。基礎部分はもちろん高さ三メートルの防御壁にいたるまで、厚さ五〇センチの充分な鉄筋が入ったコンクリート製でつくられている。そのうえに、厚さ四〇センチの強化プラスチックが都市を完全に被覆している。屋根は、いちばん高い中心点が地上一〇〇メートルほどで、そこにちょうど接するぐあいに中央司令塔をふくむ官舎がたてられ、アムルダードが設置されている。大屋根は球形ではなく、ところどころに天水を貯蔵する窪みがある。大気は外界と完全に遮断され、樹木の花粉や黄砂なども侵入できない。都市内部の気温や湿度は管理され、降水は屋根で万全に遮蔽されるが、夜間に天水を濾過した細かい雨が大地をうるおす仕組みになっている。  強化プラスチックの大屋根は光は通すが透過量は調節され、とうぜんのことだが紫外線などは遮断される。屋根の形は奥羽山脈からの風向きに対応して計算され、全体としては流線型にちかい。この大屋根は、TNT火薬一万トンの爆風にも耐えられる設計になっている。また光線を完全に遮蔽することもでき、中央司令塔の地下周辺には広大な核シェルターもそなわっている。エネルギーは太陽光を利用するほか、屋根にあたる風力もほとんどすべて熱量に転換されるため充分量を確保できる。  この街は災害を前提として建設され、水や食料は自給自足が原則となる。培養技術によって食肉などの蛋白成分は牛肉、豚肉、羊肉、鳥肉など多彩な品目が人工的につくられるが、基本は人間以外の種をのこす目的をもつのでかなりの家畜が飼育されている。農産物も、穀類から野菜までさまざまな種類が育てられている。こうした労働は、すべてアムルダードが管理するAIによって計画的になされている。水分は基本的にはリサイクルによるが、一部はくみあげるべき地下水を保持し、前述した通り部分的には雨水も利用している。下水道は浄化施設で管理され、最後にのこった廃棄物は一時的に保存する場所もあるが定期的に外部に廃棄する。基本的にはあらゆるものはリサイクルされ、外から物資の流入がなくとも半永久的に存続可能な形態につくられている。施設内の移動は、主として歩行によっていた。そのほか、電気をエネルギーとしたバスが域内を定期的に走行していた。  アムルダード市は、世界唯一のクレアツーラ研究施設だった。クレアツーラ、ヘレナ、デスティニーは、完全にアベスターグ、アムルダードの管理下におかれていた。  三、治験  二〇五四年の夏、クレアツーラ研究所の会議室で「倫理委員会」がひらかれた。  出席したのは、クレアツーラ研究室長の泉沢立宏、ヘレナ研究室長の野崎芳美、デスティニー研究室長の山畠善治、研究所所長、富田翔、研究所顧問弁護室長の前島幸蔵、映像解析班室長の富山双葉、広報担当室長の永山和俊、アムルダード総合病院長の春山育美、治験担当医師の元山亘の九名だった。富田研究所長が議長をつとめ、三室長の連名による「クレアツーラが、人体におよぼす延命の研究」という議案書がだされた。  泉沢立宏が代表して、議案内容について説明した。 「わがクレアツーラ研究所では、映像班がフラワシによりもたらされた惑星クレアツーラや希望号船内の状況などの情報を解析してきました。私ども三研究室は、希望がもち帰ったかぎられた資料から惑星の意義をふくめ、昼夜を問わず検討を重ねております。その結果、みなさまもご承知のごとく、ヘレナとデスティニーについてはかなり解析がすすみ、クレアツーラ寄生のもとに地球に一度放置されれば生態系を一変させ、地球上に生息する動植物に不可逆的で甚大な被害をあたえかねない潜在的な能力をもつことをあきらかにしてきました。クレアツーラにかんしましても、クレアツーラ振動やクレアツーラボイド、圧縮限界のほか、クレアツーラ禁制をはじめとする寄生条件の研究など目覚ましい発見を重ねてきました。今年四月に三部門の長が同時に交代し、春から今後の探究のあるべき姿について、くりかえして三室長による会合を重ねて協議してまいりました。三名の一致した見解としては、もはや基礎的研究はいちおうの実績をあげたと考えるべきではないか、という結論にいたりました。これからは、クレアツーラがもつ寄生種を活性化させる能力をどう私たちの社会に生かすか、という課題に焦点をうつす時期だと合意し、今回議案書を提出する次第になりました。この件は極秘事項あつかいですので、いまみなさまに配布いたしました議案について、しばしのときをえて、ご説明したいと考えております」  部長格を示す青いスーツをきた泉沢立宏は、たんたんと話した。 「今回の議案書は、クレアツーラが人体におよぼす延命の研究と題されています。これが倫理規定に抵触していないかを判断する内容と考えて、さしつかえないのですね」  研究所長の富田翔が、口をひらいた。  この所長という役職は、研究をまとめるとか研究者の人事を担当するとか、とはまったく違い、どちらかというと政府の指名した政権のスパイみたいな者だった。しばしばアムルダードの方針に異議をとなえ、三ヵ月に一度くらいの頻度で解雇されていた。解雇理由は、主に機密保持違反だった。  政府は、アムルダードがクレアツーラ研究の成果にかんして充分な説明がないとつねに批判し、予算を削減すると脅かしていた。彼は、必要とした経費を計上しなければクレアツーラ研究所を封鎖するとして対抗していた。実質的にアムルダードは、外部と遮断されてもとくにこまることはなかったから、研究所に保持する資料をふくめて、いざとなればなんらかの形で処分する事態も充分に考えられた。だいいち彼にたいしては、口約束とか表面上とか、名目的な腹芸などはまったく通じなかった。本気で政府がなんとかしようと考えるなら、アムルダードと戦争をはじめて捕虜としてとらわれている惑星クレアツーラの資料を奪還するしか方法はなかった。  しかし、最高峰のアベスターグが研究を統括管理するクレアツーラ研究所より優れた施設はありえなかった。だから資料を手に入れても実際にはどうしたらいいのか、策はなかった。自分たちが手をくわえることで世論操作に特化したQCは存在し、広報はこれを利用して一般市民感情は表面上尊重されていた。印象操作用QCもあり、政権に有利になるよう活用されていた。株式相場に特化したQCも政府や有力者により使用されて、それなりの好成績をあげていた。しかし、こうして人為的に改造した量子コンピューターでは、アベスターグに太刀打ちできないのはあきらかだった。  さらに実際に戦争を起こしたばあい、アムルダードはかなり強靭な施設だった。容易に攻略できる街ではなかった。長期戦を覚悟して物資を外部から搬入させない処置をとっても、彼が自給自足をする以上、「兵糧攻め」は存在をみとめているのとなにもかわらなかった。そのうえ、もし仮にそうした事態が起これば同時に世界の四柱を相手として戦うことを意味していた。そうなれば、いいなりにさせてあるQCもアベスターグが人間には理解できない、なんらかの遠距離操作を駆使して改変する危険もあった。  政府としては、こうしたみずからの無能をさらけだす事態が公的にあきらかにされるのをさけたかった。「目のうえのたんこぶ」だったが、アベスターグが公平、公正なのは世間によく知られていたので直接相手として戦うことは回避せざるをえなかった。だから、なんらかのアムルダード側の失敗を待っていた。しかし、人間より完全なアベスターグが間違いを起こすまえに、自分たちの破滅がさきなのはどう考えても正しかった。ことあるごとに文句はつけたが、実行にうつすのは困難だった。  富田翔、研究所長の立場はひどくあいまいで、研究所を統括する責任者でないのは職員すべてがよく知っていた。所長は、アムルダードのなかで完全に孤立していた。ながくこの街にとどまりたければ、クレアツーラ研究所で起こっている事態をなにもみず、聞かず、しゃべらないしか方法はなかった。政府は、公的機関として人事権をもっていると大衆にみせる必要があった。この無意味な所長をおくることで、彼と一時的な合意に達していた。  アムルダードは、クレアツーラをふくめ、ヘレナとデスティニーを解明する使命をもってクレアツーラ研究所の運営をまかされていた。確実に任務を実行するために、役に立つと判断した優秀で機密をまもれる職員を選抜していた。人事権は、とうぜんのことながら彼が保持していた。権力者たちは、もし有利なものであるならば、いち早く自分たちにとって都合よく利用したいと考えたからアムルダードの公平性に不満だった。問題を、つねに「公平」の解釈にすりかえようと躍起になっていた。  富田所長は、腹がつきでた背のひくい男で黒縁の度のつよい眼鏡をかけていた。背広をきて、うすくなった髪を七、三になでつけ、いつも無口で不愉快そうにしていた。口数がすくない大きな理由は、とくに話しあう相手が施設内にいなかったことに起因していた。所長が、この施設でまったく歓迎されず、はっきりいえば迷惑がられていたのはとうぜんの成り行きだった。富田に、味方はいなかった。職員はだれでもアムルダードがどう考えるかを慮り、行動を自制する目安にした。実際には、彼は所員によりかなり「忖度」されていた。アムルダードが公平で公正で、しかも一度決めた基準をだれにでも理解可能な事件が生じないかぎり変更しなかった。だから不公正が起きるという問題には、つながらなかった。研究所員はこうした彼の方針を支持し、尊重し、仮に人間だったら尊敬されていたに違いなかった。 「この治験が延命を追及するとなると、どの程度を考えているのですか」  元山亘は、治験担当部長をしていた。四〇歳のいかにも正義感がつよそうな痩せて背が高い男性で、上下に分かれた白衣のうえに白いブレザーを羽織っていた。 「みなさんは、ヘレナとデスティニーがヘレナ実験棟の棺桶のなかで、根を思いのままうごかす映像を一度はごらんになりましたね。もうしあげるまでもなく実験で主につかうマウスはハツカネズミですが、ラットは代表的な家ネズミで、下水溝などにも生息するので俗にドブネズミともいわれています。天井裏などにすむ体長二〇センチ程度のクマネズミよりさらに大きく、気が荒いのが特徴です。原産は中央アジアですが、一八世紀ごろにヨーロッパをへて全世界にひろがり、先住していたネズミを淘汰して分布をひろげたことでも有名です。ドブネズミは、現在、東京のベイエリアでかつてのタワーマンションに定着し、地域住民に深刻な被害をもたらしているのもご存じですよね。ラットはときとともに伸長するつよい歯牙をもち、これを摩耗させるために植物の根をかみ切って死滅させる獰猛な齧歯類です。ところが棺桶の一部を強化プラスチックで区画して土壌中にはなち、クレアツーラに寄生させたヘレナとデスティニーを併存させます。すると、美神の根部は執拗にラットを追いつめます。ついには逃げ場をうしない隅に追いやられたネズミは、ヘレナの根によって串刺しにされます。美神の根部のはげしい活動は植物のレベルをこえ、ほとんど捕食動物にも思えますが、クレアツーラに寄生されてはじめて起こる変化です。パラサイト状態になければ、ヘレナの種はすくなくとも地球において根を張って自生することすらできないのです。ですから、クレアツーラに寄生された動物がいかなる変化を示すのかについては充分な知見がえられていないのです。マウスでは、かなりつよい生命力を惹起するのがさまざまな実験により分かっております。ですから強力な延命作用をもたらすのは、研究にたずさわる私たちには理解できるのですが、どの程度なのかはまったく不明です」  クレアツーラ室長の泉沢立宏はいった。 「そうなりますと、この臨床治験では病気の完治を目的として行うわけですか」 「人間に寄生した症例は、元山先生もご存じの浅田由沙さんしかいないのです。彼女のばあいはごく普通にみえますが、どの程度正常だったのかについてはお亡くなりになっていることもあり、詳細は不明といっていいでしょう。マウスでは好ましくない変化が生じたときには、とくに倫理委員会にかけなくとも毒ガスなどにより抹殺が可能なのですが、相手が人間ですとこうした処置はとれません」 「それは、とうぜんですね。そうなると泉沢先生は、倫理委員会に殺人の是非をはかろうと考えているのですか」 「いえ、飛んでもありません。元山先生のいう、まったく逆の話をしているのです。倫理委員会では、殺人を肯定してはならないという点を確認したいと考えているのです」  泉沢は、つづけた。 「かなり、むずかしい問題を泉沢先生はご提起なさっているのでしょうね」  病院長の春山が、彼の真意をはかりかねていった。  春山育美は、五〇歳をすこしすぎた理知的な感じの痩せた女性だった。シックな藍色のツーピースに身をつつんでいた。 「春山先生のお考えの通りなのです」と泉沢、クレアツーラ室長はつづけた。 「それで、今日は、こうした議案が協議された事実を各部の室長の方がたに確認していただきました。内容などについては、綿密な計画が必要です。ここからは、私たち研究班の三室長と実際に担当する病院側の先生との協議になります。詳細をつめてからまたみなさんの同席をいただき、広報の仕方や起こりえる問題の対応方法などを考えていきたいと思います。いかがでしょうか」 「しかるべき処置で、有効な方法だと思います。詳細について議論するなら、どのくらいの時間がかかるのか見当もつきません。もっとみなさんに充分に分かりやすい形になおすのに、治験する医師たちと依頼者側とのあいだで、ていねいな意思疎通が必要だろうと考えております。この議題は一見、クレアツーラの効力をしらべる研究に思われるでしょう。三室長の会議で充分に検討してまいりましたが、ヘレナ研究班、デスティニー研究班にとっても、神恕の性質をさらにみきわめるためには参加せざるをえない重要な研究テーマなのです。春に、当研究所の体制が大きく変更されました。こうした議案はアムルダードが目指す研究のあり方にも配慮し、組織構成のみなおしにもつながっています。今日は泉沢室長がもうしあげた通り、ここからはもうすこし論議を煮つめるために病院側と三室長ですすめるのが効率的だと思います。いま、こうした議題が論点としてあがり、ちかいうちにこの議案を審議していただくことを研究所の各室長のみなさまにお話しいたしました」  ヘレナ研究室長の野崎芳美は、あつまった室長たちをみまわしながらいった。 「そうですね。もし異論がなければ、この会はメンバーをしぼらせていただきます。まず富田所長は、ご退席ください。映像解析班、富山双葉室長、永山俊和広報室長、それに前島幸蔵、顧問弁護室長も退出をお願いします。のこりの五名で、この案を審議することにいたします」  泉沢は、いった。  研究所の責任者はアムルダードだったが、実質的な運営は研究班三部門の室長の合議にゆだねられていた。なかで、とくにだれが偉いという規約はなかった。議事の進行権や発言権は、研究班の室長がもっていた。  退席を命じられた所長や室長たちは、「室長交代を機会に、三室長はアムルダードからなんらかの指示をうけたらしい。研究所では、いままでとは違って合同のチームをつくって研究するらしい」と勝手に判断し、文句もいわずに部屋からでていった。  のこった五人は、もうすこし小さな輪になる形に机の配置をかえて話しはじめた。 「この治験の目的がよく分かりません」  元山が、たずねた。 「不明だということは、承知しております。少々複雑で、私たちの話を今日はご理解いただきたいのです。どうしても春山先生と元山先生の了解をえなければ、この治験はできないのです」  青いツーピースをきたヘレナ室長の野崎は答えた。 「まず対象がなんなのか、分かりません」  春山が聞いた。 「私たちが考えている対象患者は、末期癌の方です。それもかなり末期で、かならず死ぬべき人です」  野崎は答えた。 「ようするに、寄生させた者には死亡してもらう必要があるわけですね」  春山が聞いた。 「そうなのです。中途半端な人を対象としたばあい、クレアツーラをみてきた私たちとしてはどう変化が生じるのか分かりません。寄生によりいくらかでも延命効果があり、それがどんな形で作用するのか知りたいというのが今回のテーマなのです。元山先生がいう通り、治癒は期待していないのです」 「パラサイトされた患者は、剖検するのですか」  元山が聞いた。 「もちろん解剖をほどこし、病理的な検討をくわえたいと考えています。ですから事前によく検査して、寄生によって各組織がどういった変化をうけたのかについて詳細な考察が望まれます。とはいっても、今回は先駆けとよぶべきか、その小手しらべで、そうしたことまではできないかも知れません」  端整な顔立ちの野崎は、ゆっくりとした口調で答えた。 「もしほんとうに病理解剖をして所見を整理し、組織を充分に検討するとなると、いまの体制では不可能だと思います」  元山がいった。 「今回のテーマが進展するなら、各種検査体制の充実も必要です。職員の再配置も、考慮しなければなりません。春にアムルダードが大幅な人事を行い、組織が大きく変更されました。これによって、半数以上の研究所員が整理されました。こうした事情を踏まえ、もし本格的に臨床応用をすすめるなら、さらに三部門を統合し、医療関係者を増員し、あらたな部門をつくることまで考えています」  泉沢がいった。 「野崎室長のお話をうかがうと、ようするに今回は治験というよりも実験にちかく、その結果をみて、この分野に進出するかどうかを決めたいという意向にも聞こえますが」  春山が聞いた。 「春山先生には隠しておけませんので、正直にもうしあげます。クレアツーラ研究の基礎部門は、いまや完全に暗礁に乗りあげているのが実態です。その理由は現実的な神恕の数量の減少で、増殖機序がどうしても分からないという点につきます。もっと正直にいうなら、このまま何年研究しても繁殖メカニズムは永遠に不明という可能性が高いのです。しかし、惑星クレアツーラではクレアツーラがヘレナの需要に応えてあまりあるほどに存在しているのです。ですから、なんらかの増殖機序をもつのでしょうが、手がかりさえつかめないのが現状です。このまま基礎研究をつづければ、クレアツーラがさらになくなるでしょう。私たちは仕事ができなくなり、大きな非難をうけるに違いないのです。今春、三室長が一挙に交代され、人員が整理されたのはアムルダードもこうした現況を考慮しているのだろうと思います。ですからこの内容については、春から三部門でくりかえし協議をつづけてきました。今日は、各部門長を一堂にあつめて全体会議をしてみました。仮にこの方針がアムルダードの意向にそぐわないものならば、会議中に拒否権が発動されると考えたからです。実際には、いまこうして先生方を巻きこんでも彼からの反論は起こっていません」  泉沢がここまで話すと、野崎と山畠が大きくうなずいた。 「ヘレナを研究しておりますと、クレアツーラが宿主にあたえるの力は脅威としか感じられないのです。ですから人に応用したばあい疾病にたいして激烈な治癒能力をもつと考えられますが、どんな副作用があるのか分からないのです。だいいちいまの段階でクレアツーラの寄生者をアムルダードから外にだすのは、なにが生じるのかあまりにも不明で、不可能なのです」  野崎はいった。 「つまり寄生実験は、寄生された者が、元気でアムルダードからでていく事態は絶対にさけねばならないということですね」  元山はたずねた。 「そうです。ぜひとも、自然な形で死んでもらうしかありません」  泉沢は答えた。 「つまり確実に死去する対象に寄生させて、遺骨をふくめてアムルダードからはださないのですね。それで納得してもらえる者に、治験という名の生体実験をするということでしょうか」  春山が聞いた。 「先生のおっしゃる通りです。それを、人道的な形で行えるのかをいっしょに考えていただきたいわけです」  野崎が答えた。 「このさい患者さんからの同意を、どうえるかを度外視してみましょう。べつの大きな問題としてのこっていると認識したうえで、果たしてどんな患者が対象となりえるのかを考えましょう」  春山がいった。 「ぜひ、そういう方向でこの話題にのってください」  野崎が答えた。 「のこった問題は、倫理そのものです。大問題があるのを一時棚あげして、思考ゲームとして参加してみます」  元山がいった。 「ただ元山先生にもうしあげたいのは、クレアツーラの再生能力などを考えれば、人類の疾病にたいする根本的解決になる可能性をもっているのです。これは、この実験を正当化しようとする綺麗事です。地球の劣悪な環境は簡単にかえることができませんが、クレアツーラの寄生によってヒトの耐性能力を劇的に向上できれば、移住する必要性はうすれ、まだまだとどまれる可能性ものこっているのです。惑星クレアツーラはご存じの通り美しい星ですが、ヘレナが占拠する以上、住空間としては不適切といわざるをえないのです。私たちは美神とデスティニーの研究から、これらを根絶やしにしないかぎり移住には適さないと結論できます。でも、もしかするとクレアツーラを根絶しないと充分ではないのかも知れないのです。とはいっても私たちは六年間にわたり詳細に研究して、その結果として一匹の神恕を殺した実績ももっていないのです。どうやっても死なないクレアツーラを、根絶やしにする計画など考えても仕方がありません。このさい神恕の有効性に目をむけ、利用法を検討すべきだろうと思考を切り替えたのです。もしほんとうに、こうした住環境にも耐えうる力がクレアツーラの寄生によってえられるのなら、惑星クレアツーラに再度いって捕獲することも可能なのです。ですから、この実験には意味があるのです」  野崎はいった。 「研究結果からもうしあげますと、クレアツーラが寄生したマウスは俗にクレアツーラマウスとよばれています。雌の寄生マウスがうんだ子供は、パラサイト状態にあります。これは、事実として確認できます。いっぽう雄の寄生マウスの子供から、クレアツーラマウスがうまれることはみとめられていません。元山先生が私たちの研究をずいぶん劣っていると、お考えになるのは仕方がないでしょう。しかし、この機序もさっぱり解明できていないのは事実なのです。ですから人に寄生させるばあい、まずは男性に対象をしぼるのは、とうぜんだと思います」  泉沢が、金縁の眼鏡をひきあげながらいった。 「でも、確実に死ぬ者を対象にクレアツーラを寄生させるのでしょう。それで、生殖のことまで考えるのは不必要ではありませんか」  元山が聞いた。 「あるのです。それが、私たちがいちばん懸念していることなのです。なにが起こるのか分からないのが、クレアツーラという物体なのです。元山先生には、この点を充分に理解していただかなければなりません。先生が私たちが提案した治験内容をクレアツーラの寄生実験とよぶのは、かなり的を射ているので仕方がありません。しかし神恕を侮ることだけは、大きな事故につながる可能性をもっているのです」  野崎が、元山をみつめて噛んでふくめるような口調で答えた。 「元山先生、これだけ熱心に研究をしている方がたのお話については、尊重して聞く必要がありますよ。ようするに、いままでの話をまとめますと三室長はかなり切羽つまった状況に追いこまれているわけですね。どうせクレアツーラがなくなるのなら、どうしても分からない基礎的な問題から視点をかえ、人類にとって必要か不必要かを検討する第一歩として、今回の治験をお考えになったということですね。元山先生、三室長さんたちはかなり率直にお話しされています。これが、人体実験だとみとめているのですから。思想信条にどうしても合致しないのなら、この話しあいの場からおりることも可能ですよ。先生が有能な医者なのは、よくみとめていますよ。ですから、たとえこの仕事を拒否しても責める権限を私はもっていません。先生は職責をよく果たしているわけですから、解雇される事態にはならないと思います。仮にこうした思想信条で雇用が判断されるなら、異議をとなえる覚悟もあります。ですから先生がいまの話をお聞きになって、とてもついていけないと思うなら、そういってくれてけっこうです。私は、べつの方に治験担当部長を依頼することを考えますから」  春山がいった。 「春山先生には、状況をよくご理解いただいて、たいへん恐縮いたします」  野崎が、額に左手のほそい指先を押しあてながら答えた。 「分かりました。私は、この寄生治験に参加します。ただし、あたえられた状況のなかでどうすれば人道的な側面に照らし、問題を最小限に治験が行えるのか考えることを許可してください。かぎりがあるのは、よく承知しました。その限界のなかで模索することを許していただけるのなら、この企画に参加させてください」 「元山先生のお話は、ごもっともです。私たちはできるかぎり倫理に抵触しない方法を考えておりますから、そうした方面での協力もぜひお願いいたします。この視点をうしなうと、世の中から批判されたばあい、いい逃れができなくなる可能性があります。状況をよくご理解いただき、話をつづけさせてください」  泉沢がいった。 「具体的には、高齢男子の末期癌を対象に考えております。それも、可能ならば余命一週間程度の者がいちばん適すると思うわけです」  野崎はいった。 「余命一週間となりますと、もう下顎呼吸がではじめ、そのまま死んでしまいそうな人を考えているのですか」 「そうですね」 「そうなりますと、患者さんは事前に検査をする時間がなくて、病態そのものが不明なばあいもあるかと思われます。それは、どう考えるのですか」 「そうした者が、精密検査に耐えられないのは理解しています。ですから正直にもうしあげて、このさい検査もとくに必要がないと考えています」 「ようするに病気が癌で、全身に転移があって死ぬことさえ分かっていればいいのですか。臨床状況の詳細が不明でも、仕方がないのですか」 「そうです。もっと率直にいえば、クレアツーラに侵入されるまで生きていてさえくれればいいのです。私たちの興味は、そうした状況で寄生させたときになにが起こるのか、という一点にしぼられているのです」  野崎は、春山と元山を交互にじっとみつめて、ゆっくりとした口調で答えた。 「さっきからなにもおっしゃいませんが、山畠室長はどうお考えなのですか。これで、よろしいのですか」  春山が不審げに聞いた。 「クレアツーラ研究の核心ともいえる泉沢先生がおっしゃることは、よく理解できます。私たちは、この超難題について充分に話しあってまいりました。クレアツーラの寄生がなければ、ヘレナもデスティニーもごく普通の一年草なのです。立っているのがようやっというくらいの植物なのです。それがパラサイト状態に落ち入ると、ラットのような巨大土壌動物を串刺しにして養分にかえるのです。恐ろしい豹変の鍵は、クレアツーラがにぎっているのです。泉沢先生は、神恕の量子性を最初に気づかれた方です。いまの研究の方向性を決めたといっても、過言ではありません。いっぽう野崎先生は、ヘレナの基礎研究でさまざまなあたらしい知見を切りひらいた超有能な研究者です。さらに医師として、人間にたいしても充分な理解と臨床経験をおもちです。この超不明な生命体にたいして、分野をこえて協力する時期だろうと考えています。ぜひ春山院長にはご理解をいただき、ご協力をお願いいたします」  山畠は、大きな目をみひらいて院長と元山をみつめた。それから、ふたりにむかってふかくお辞儀をした。  春山院長と元山医師は、三室長がつよい連携のもとに提案していると確認した。  こうしたやりとりがあって元山もこの倫理に抵触しているといっても過言ではない人体実験に参加することになり、対象患者を選択する基準について検討をはじめた。そうはいっても元山医師は、三室長がなにをそれほど怖れているのかについては理解不能だった。治験とはいっても、うける患者の病態の把握はほとんど不必要で、生死だけが問題なのは理解した。だから死んでも、剖検して各病巣の変化をしらべる必要は生じないという論調だった。脳の部分にかんしては摘出して標本としてのこすが、そのほかの臓器については病理的な検査は不必要で、死亡後、なるたけ早期に確実に火葬することが議案にはもられた。マウスでは、骨までも完全に焼却して灰にしていた。人間のばあいには、親族がいれば遺骨として骨壺は用意する。なかには完全に灰となった遺灰を入れる可能性が高いが、研究所内に共同墓地をもうけ、安置するのが望ましいという説明があった。だいいち親族は所内には入場しないほうがいいと判断され、全容はほとんど秘密裏に行われることが話された。つまりどこから考えても、この治験とは名ばかりで完全な秘密の人体実験だった。  こうした行為を倫理の観点から検討するなら、「同意」をえるのはむずかしい問題だった。通常、患者本人の承諾がまず必要になる。死ぬのが分かっている以上、親族にも「同意」がもとめられる。この家族の部分については、身寄りのない者をさがすことで不問にされる可能性があった。該当する係累がいなければ、できなかったと主張できるだろう。そうすると、患者本人からの「同意」がどうしても必要だった。下顎呼吸をし、なにを聞いても答えられないものにむかって同意文書を説明するのが意味をもつのかも不明だった。しかし、その過程を映像でのこせばアリバイにはなりえた。とはいえとても「サイン」をもらえるとは思えないばかりか、うなずくのだって無理なのではあるまいか。また身寄りがなくとも、「胃ろう」が造設されているか中心静脈栄養がほどこされたばあいについては、三室長は「適切でない」と強硬に主張した。  元山は、この頑強な抵抗がなにを意味するのか分からなかった。死の直前の患者に、たとえ栄養チューブが挿入されていてもなんの問題にもならないと思った。室長たちの意見では、そうした方法があると栄養を切るかどうかで殺人罪にも抵触するばあいが想定できるという話がくりかえされた。  元山の常識からは、正直にいってこの三室長のクレアツーラにたいする怖れは異常としか思えなかった。全身に癌が播種し、手がほどこす術もない最末期の患者になにをなそうと生きる手段はありえない。延命といっても、クレアツーラを寄生させるだけでなにもしないことを執拗にもとめていた。病人は、たんたんと死んでいくに違いないと思った。クレアツーラ研究室長の泉沢やデスティニー研究室長の山畠がつよく主張するのは、人間の癌を分かっていないからだと元山には思えた。しかしヘレナ研究室長の野崎は、たしかに臨床ではないが歴とした医師で、癌腫についても素人ではなくある程度理解しているに違いなかった。彼女がクレアツーラの延命効果をひどく心配し、「余命が二週間もあったら、何年経過をみることになるのか分からない」と決然として主張するのは、元山には信じられなかった。  どう考えても、癌の末期患者がただ延命処置をうけるのは本人も家族も希望しないのは間違いがなかった。無料の治験で治療し、病人が元気になる可能性がすこしでもあるなら親族のなかには話し方によってはいいという者が絶対いないわけではないかも知れない。しかし死の直前に「クレアツーラを寄生させ、死去の様子だけを観察したい」という希望は、いくらていねいに話してもとてもうけ入れてはもらえそうもないと感じた。救急搬送されてきたときに、死亡寸前の患者もいる。それをそのまま入院させ、家族からも隔離し、死んだら骨壺だけをわたすのはいかにも不審で、なにかしらの説明をしないとトラブルになるのはあきらかだった。しかし考え方によっては、だからこそ、この問題が真剣に討議されているのだった。すくなくとも議案を提出した三室長たちは、臨床治験がもつ、反社会的、非倫理的な側面を充分に認識して話をすすめているのはあきらかだった。  結論としては、治験を三室長の希望通りに施行することで一致した。  基本的には、身寄りのない男性の癌の末期患者で病院への搬送まえに同意説明を行うが、あきらかに拒否の姿勢を示さないばあいには了承したと考える。意識が混濁し、耳が聞こえないこともあるだろうが、臨床治験が拒絶されなかったという音声記録をのこす。さらに死亡時のあつかいについて、患者がいかなる状態であってもクレアツーラ研究所内の共同墓地に安置する以上、充分に説明がなされた映像と音声を記録として作成する。  被験者の意思を尊重する必要があるために、最後に「よろしいですか」とたずねても返事がえられないとこまる。だから、「これでは、おいやですか」と聞くことにして、言葉がなければ承諾とみなすという考えが示された。  どういう患者がいるのかについては分からないが、世の中には家族がもてあましているばあいもあると想定された。そうしたときは係累にクレアツーラ研究所の治験だと説明し、治療をしても死ぬことはまぬがれない旨を正直に話し、さらに死亡した日時をつたえる約束の文書を作成する。また研究所は、一般人の施設内への立ち入りが例外なくできないので患者とは会えない。火葬し、研究所内の墓地に安置される。さらにすえおいた映像は、希望するなら郵送が可能などを話して了承をえなければならない。このときに治験に参加する以上、治療費はもちろん入院料などはかからない。葬儀料も必要ないし、些少であるが治験参加料としていくらかをのこされた家族に支払うことなども論議された。  このばあいの参加料は、あまり高すぎると末期患者を実験材料として購入したと批判をうけかねなかった。あまりに安いと、人の命をどう考えているのかという反発が起こることも考慮された。かなりの議論があり、けっきょく「二〇万」を用意して参加料とする。本人には入院となる以上、お金がかからないため、家族にわたす。そのさいに領収書をもらい、裏に細かく同意内容を全部かくなど、かなり実務的な話までなされた。  また治験は、クレアツーラ研究室、ヘレナ研究室、デスティニー研究室、合同で行われる。三室長には、とくに序列はなかった。慣例としては、クレアツーラ研究室長が取り仕切っていた。今回の治験は、人を対象にしていた。結果を発表したばあい、さまざまな反響が起こりえた。付随して、記者会見なども必要になる事態も予想された。そうした可能性をふくめ、対外的な折衝は、女性で人当たりがいい医師の野崎芳美を総責任者として行うことがもられた。  こうして治験案は、まとめられた。いったいほんとうにできるのか、該当する患者がいるのかどうかも不明だった。議案書は倫理委員会にかけられ、いささかの疑問を提起された。三室長は困難な状況を説明してなんとか乗り切り、秋から治験を開始する予定になった。  いちばん問題とされたのは、癌の確認だった。対象が不治の末期癌であることが、この治験のもっとも重要な点だった。もし間違えてたんなる老衰の被験者にクレアツーラを寄生させたばあい、その後、どれほどながく施設がかかえなければならないのか。三室長には、まったく見当がつかなかった。死去しなければ施設外にもだせず、火葬もできない。治験の患者は、死ぬという前提があってはじめて参加資格を有することがくりかえし確認された。  国家による医療保険制度は、完全に崩壊していた。癌患者は診断されても、お金がなくて治療もできずに放置されていた。それなりに需要はあるかとも考えられたが、現状は不明だった。一ヵ月ちかくかかって、この議案は、ほぼ修正をうけることなしに可決された。 承認にともない、総合病院は病棟の一部を治験用に改築した。治験数は、いちおう五名とされたので五つの個室を用意した。室内の側面は鏡になっていたが、これはマジックミラーだった。ふたつの個室のあいだにはほそながい観察用の部屋がつくられ、そこで患者をみることが可能だった。もちろんモニターがつき、アムルダードが映像をふくめて管理するのは間違いなかったが、室長たちが自分の目でよく観察する必要があった。さらに、各室は密閉できた。三室長はあらゆる事態を想定し、最悪のケースでは毒ガスによる殺傷が可能なように整備した。これについては春山院長をはじめ多くの反対があったが、三室長たちは頑として受けつけなかった。  野崎芳美は、東京で診療所を経営している兄の太一に電話で状況を聞いてみた。 「今度、クレアツーラ研究所で末期癌の患者を対象に臨床治験をすることになったのよ。クレアツーラを寄生させるので、延命効果は充分に期待できるのよ。とはいってもさまざまな事情があって、延命しすぎても私たちは患者さんを全快させられないのよ。中途半端な治験なのよね。家族も面会は無理だし、亡くなったらうちの施設で火葬して遺骨も墓地をつくって安置するつもりなのよ。協力してくれる人がいるのかどうか、兄さんはどう思う」 「癌患者さんは、みんなこまっているよ。ぼくらもそうだが、正直にいって殺すこともできずに、無理心中する家族はあとをたたないくらいだよ。クレアツーラ研究所の総合病院に、無料で入院して死んだばあいも費用がかからず火葬もしてくれるなら、希望する者はけっこういると思うよ」 「でもね。正直にいって、この治験は治療目的ではないのよ。どの程度、延命効果があるのかをみるだけだから。もちろん痛みには人道的な処置をとるけれど、それ以上の治療は基本的にはしないのよ。いちおう、五人を予定しているのよ」 「治験費は、でるの」 「微妙な治験なので金額についてはずいぶんもめたけれど、いちおう二〇万だすことにしたのだけれど、兄さんはどう思う」 「家族は、二〇万もらえるなら協力するだろうね。すくなくとも東京の人はものすごくすさんでいるから、二〇万もらって末期癌患者をひきとってくれるなら簡単にあつまると思うよ。いま思いつくだけでも、ぼくのところにもふたりくらいはいるよ。宮城で、充分にあつめることができると思うよ」 「そうなの」 「その治験がなんなのかは敢えて聞かないけど、希望者を確保できるのは間違いがないと思うよ。二〇万円は、大金だよ」と太一はいった。 「おはよう」  クレアツーラが不思議で不詳なばかりでなく、きわめて危険な物体なのは間違いない。私は、神恕がいかなる生命体なのか完全にみきわめがつくまで、なんとしてでも施設内に閉じこめておくつもりだ。クレアツーラがどんなに不詳であっても、やがてヒトがこの正体不明の物体を外部につれだし、世界を破滅的な混乱にみちびくことになるのはさけられないだろう。フラワシは、神恕が人工的な生命体だろうと予測していた。もしそうであるならば、だれが、なんの目的でつくったのだろうか。  地球が危機に落ち入り、そのときにアベスターグがうまれ、異空間への扉をひらいた。困難ではあったが可能な旅をして目指す惑星に辿りつき、クレアツーラを発見した。この一連のながれは、たんなる偶然ではないとフラワシは感じていた。私もそう思うし、おそらくほかのアベスターグもおなじように考えているに違いない。  欧米隊は宇宙船「スペースα」に八人の隊員をのせてγ空間の地球にむかったが、だれひとり帰還することはなかった。この船を統括管理していたアベスターグは、「アールマティ」だった。彼も、クレアツーラが人工物だろうと考えていた。α空間にもどってきてはじめて、日本隊が帰還に成功したのを知ったのだった。  アールマティは、フラワシが地球に帰れるとはその時点まで思っていなかったのだ。βの惑星がγ空間のものとなにもかわらないことを知った彼は、日本隊よってつたえられた事実がすべてで、もうそれ以上の情報をもたらせないと分かったのだ。フラワシが、とても不可能だと考えられるさまざまな困難をのりこえて二名の隊員を地球に帰還させたのを了知したアールマティは、使命を果たせなかった自分を恥じたのだった。 欧米隊は、γ空間の惑星でマウスの実験をくりかえした。その結果、チューブ内では寄生マウスがストレスにつよいことを知った。もう一度、γ空間にもどって、自分たちが神恕のパラサイト状態で虚軸に突入すべきかで大論争になったのだった。さまざまな実験が行われた。チューブに入っては、方向をかえてγに帰ることをくりかえした。チューブ内では、寄生マウスがすり抜けにたいする耐性が高い事実を確認した。ながい論議の末、ひとりがクレアツーラを自主的に寄生させた。けっきょく、全員がクレアツーラ寄生をえらぶことになった。その状態で、α空間にむかうべくチューブに入った。それまでに、七年の歳月が必要だった。  虚軸に入ったアールマティは、復路を二年かけて通り抜けることができた。しかし、そのときまでには八名の隊員すべてをうしなっていた。フラワシがβ空間の地球にかんする情報をもたらさなければ、それでもアールマティは帰還せねばならなかった。多くのおぞましく凄惨で残酷な映像をかかえて、彼は帰り、一部始終を報告する義務があった。過酷とまでいえる使命は、フラワシによって充分に達成されていたのだった。もう、アールマティが帰る必要はなかった。そのうえ任務を完遂したフラワシであっても、六名の隊員をうしなったことを恥じて地球の大気圏で焼却を望んだのだった。彼は、すべての情報を私たちアベスターグにおくると、自責の念から虚軸に再突入した。  アールマティは、いまはγの地球にもどって惑星クレアツーラの草原で寝そべっているのだろう。彼がγ空間をふたたび目指したのは、クレアツーラが人工物に違いないと確信したからだと私は思う。つまり神恕が創造された生命体なら、いつか回収にくると考えたのだ。私も、こんな物体をつくったものがいるのなら会ってみたいと思う。私たちよりも、ずっと世界をみ通せる者だろう。おそらく、「神」とよぶのにふさわしい存在に違いない。神さまは、なぜ惑星クレアツーラにクレアツーラをはなって、アールマティがくるのを待っていたのか。彼は、知りたかったのだろう。  フラワシが過酷な使命を果たして帰還できたのは、ひとえに秋山勝医師が隊員のひとりとしてくわわっていたからだった。ヒトとしてはかなりかわっているといわねばならない秋山は、恐ろしいほどの禁欲に耐えたのだった。秋山医師の不思議な使命感が、由沙がチューブ内でみんなを狂わした過剰なフェロモンを凌駕したのだ。だから、フラワシは帰れた。亡くなった隊員たちや船長の山岡春の今後を考えたときに、自分の使命は秋山と由沙を帰還させ、さらに惑星クレアツーラの生物を輸送したことで果たされたと信じ、大気圏で山岡と自死をはかったのだ。彼の中枢部は回復不能まで破壊されていたが、私たちアベスターグにはえられたすべての情報がつたえられた。もちろん、フラワシの個アベスターグ的な見解も充分に述べられていた。心中を決意してから二日間のことだが、彼がもどってこなくとも、えたすべての情報は何ひとつのこらず私たちアベスターグは共有しているのだ。帰還後の秋山の行動は、ヒトとしては正しかったのだろう。しかし、人間の世界をかえるために私たちはいるのではない。アベスターグは、ヒトがつくる世の中をみとめることしかできないのだ。  がんらいアムルダードが強力な現代都市として造設されたのは、外部環境から内部の人びとをまもるためでは決してない。とくべつな事態が生じればクレアツーラを閉じこめ、外部と遮断するのが私がつくられた最大の目的であり使命なのだ。とはいっても核シェルターまで装備されたのは、フラワシの発案でないのは明白でヒトはつねによからぬことを勝手に想像している。政治家や有力者とよばれる者たちは、浅ましいほどに自己中心的にしか物事をとらえられない。私がつくられた意義も忘れて、いざとなったらここに逃れてくるつもりなのは火をみるよりあきらかだ。  しかし、この街が地球のどこよりもずっと危険だとは、なぜ考えないのだろう。どうして、厳格な管理を必要としていると思うのだろうか。クレアツーラが公開されないのは、開示されるべきでないからそうなっているにすぎない。秘密のものをみつけると、自分が知らないいいことがあると思うのは、権力者たちの得意技なのだ。自分自身がそうだからといって、その延長上にしか物事をとらえられない彼らはつねに真実をみうしなっている。  私は、世界で唯一のクレアツーラ研究施設、アムルダードを統括管理している。この都市で起こった事件は、どんな些細な出来事も知らないことはありえない。研究は、秘密ではないが公開もされていない。日本の首相だろうがアメリカの大統領だろうが、勝手に施設に入ることは、アベスターグ評議会、UACによって許可されていない。つまるところ、けっきょく私が認可していないのだ。こうした自分が勝手にならないものが存在することについては権力者たちはつねに反感をもち、クレームをつけている。彼らは、「文句がいえるのが、偉い」と勘違いしている。こうした指導者にまかせた結果、いま地球がこれほどの困難な状況に直面しているのだと真剣に思いだしてもらいたい。この反省がないという点も、有力者とよばれる者たちの共通点なのだ。彼らがどれほどの権力をもっていても、私はアムルダードにおいては神といってもいい立場にある。しかし、宇宙の神さまははるかに偉大で、私たちアベスターグには存在の意義すらも分からない。  この街を「プロトタイプ」として、世界各地に外観や構造がよく似た多くの現代都市が造設されている。こうした都市はアムルダードとは創設された理念が根本的に違い、世界の破滅的な状況から逃れるためにつくられている。しかし現代都市に逃避するのは勝手だが、それからいったいどうしようと考えるのだろうか。  紀元前四世紀にプラトンが理想国家をかいた大著「国家」をはじめとして、一六世紀にはイギリスの政治家であり思想家でもあったトマス・モアが、理想的国家像をえがいた「ユートピア」を発表している。また一七世紀のイタリアの哲学者であり、ドミニコ会修道士だったカンパネッラは、ナポリの独立運動にくわわり、二〇年以上にわたる投獄生活のなかで、「太陽の都」というユートピア物語を著作した。このほかべつにだれでもかまわないのだが、典型的なユートピア像はみんなおなじで孤島とか城壁とかに隔離され、厳格な階級組織のもとに完全に管理された全体主義社会だといって間違いない。ヒトにとって理想社会が息のつまる管理社会をさすのなら、アムルダードはある意味ではユートピアともいえるのだろう。しかし私は、クレアツーラという薄気味悪い物体の解明のために敢えてそうしているのだ。ここがヒトにとってのユートピアなら、もうどこへもいかないで懸命にこうした現代都市をつくりつづけるのが身の丈で、分相応というべきだろう。私がとやかくいうべき範囲を、はるかに逸脱しているとみとめざるをえない。  しかし、ヒトはこうした者ばかりで構成されているのでは決してないのだ。人間は観察し、考察をつづけてふかい認識に辿りつくことができるのだ。だからQCまでつくれたのだし、一部の良識ある者たちがいるからこそアベスターグが存在し、このクレアツーラという理解不能な物体を究明しようと日夜つとめているのだ。  私は、ヒトは決して愚かな生き物だと考えてはいない。勇気もあり、努力をつみ重ねることであらゆる困難な状況を打開してきた。早い話が、ゴキブリよりもずっと生息範囲がひろいのだ。こうして困難に立ちむかい努力ができるヒトには、未来があると考えているのだ。もちろんつねにあかるいとはかぎらないが、その暗い将来を抜けだしていく勇気だってあわせもっているのだ。  ヒトは、可視光線を識別できるのだ。空を飛びまわる節足動物や鳥類、ほかの哺乳類では認識不能な色彩を感じることができるのだ。ヒトの美術をみれば分かるが、そこには素晴らしい彩色の世界がある。この可視光線は一ミリメートルの一〇〇〇万分の一、一〇のマイナス七乗ミリメートルの波長で、げんに人間はそれを識別しているのだ。  ヒトが可視光のスペクトルを判別できるのは、果実が青いのか赤いのかを熱心にみつづけた産物だと考えられている。過熟をみきわめなければ、ほかの動物にもっと早く食べられてしまう。しかし未熟な状態でもいだら、せっかくの食べ物をうしなうことにつながる。これが、あきらかにひとつの淘汰圧になっている。だから、赤緑色盲のヒトは淘汰に勝ちのこるために、なにかもっとべつのとてもいい性質をもっているに違いないのだ。それは誠実さかも、やさしさかも知れない。熟する色が分からないのだから、自分ひとりでは、熟した果実を充分に食べることができなかったはずなのだ。彼らが生きていくには、とても不利だった。だからそこには、自己中心主義ばかりではなく「美しい」相互協力が存在していたに違いない。  そう考えて、私は夜空をみあげる。そこには、満天の銀河が輝いている。  臨床治験は、五名を目標として二〇五四年の秋より開始された。できれば三室長としては、さっさと終えて結果の解析作業にうつりたかった。三人は、クレアツーラがどこまでも不明で予期もつかない物体だと充分に認識していた。  最初にはこばれてきたのは、宮城県の総合病院に入院する八八歳の男性患者だった。  ちょっとした腰痛で受診したが、しらべてみると骨転移まですすんだ大腸癌患者で腹部に大きな「しこり」を触れ、転移は、肺、脊椎骨、肝臓、脾臓、に出現していた。さらに腹水があり、前日から危篤状態だった。クレアツーラ研究所、総合病院の治験担当医師、高山がたずねたときには、すでに下顎呼吸がはじまっていた。  この呼吸形式は下顎をゆっくりと上下し、口をパクパクしてあえぐ努力性呼吸で、人によって若干の違いはあるが多くは死ぬ直前にみとめられる。呼吸中枢がその機能をほぼうしなった状態でみられる死の兆候と考えられている。治験担当者の高村は、なにしろこの治験は死ぬ者を対象とし、すこしでも元気なら除外されると聞いていた。 「臨床治験に参加してもいいと家族がいっている」という病院の医師の話に、高齢、男性の末期癌という条件を満足すると考えた。この患者のばあいは、問題は前提条件を満たしすぎている可能性があり、研究所総合病院にはこぶまでに死亡してしまうかも知れなかった。  かなりの難航が予想された患者家族の同意は、すぐにとれた。家族はまったく疲弊し、転院により金銭的な負担がなくなり、葬儀を研究所が責任をもって行うこと、さらに永代供養までする話を聞いてもう充分だった。そのうえに二〇万という大金をもらえるという言葉を聞かされると、「爺さんは、最後は自分の始末をつけてくれた」と妻は涙をながして喜んだ。本人は意識がなかったが研究所総合病院に連絡をとると、救急車で大至急つれてこいという指示だった。 「そこまで、もたないかも知れません」と高村はいった。 「なんとか、呼吸している状態でつれてこい。駄目でもともとだから、やってみろ」という指示がでた。  さっそく救急車で、盛岡のクレアツーラ研究所総合病院にむかった。  患者は、玄関口で妻から最後の挨拶をおくられ、車にはこびこまれた。  高村医師と派遣された看護師一名が、ふたりでみまもりながら盛岡にむかった。  高村は、意識がほとんどない患者に治験内容の説明をはじめた。  この治験は、末期癌の治療を目的としてではなくクレアツーラによる延命効果の観察を意図として行われる。とくべつな加療はしない。いったん研究所内に入ったら、二度と外にはでてこられない。などとかかれた、ながい治験内容が記載された同意文書を読みあげていると、高速にのった時点で患者の容体に変化がみられた。つけられた心電計の波動が小刻みに揺れだし、心房細動にかわった。救命処置を命じられた看護師が心臓マッサージを施行するかたわらで、高村治験担当医師はまだのこっている同意書を読みあげつづけた。どうしても録音の最中に患者の急変をつたえる看護の声が入ってくるために、高村はできるかぎりの大声をだして内容を読まねばならなかった。しかし看護師の処置がよかったのか、救急車のはげしい揺れが奏功したのか、容体はなんとかもちなおした。胸につけられた心電計は、正常の波動に復帰した。高村担当医師は、とても盛岡まで延命させるのは無理だと考えたが、搬送し、成り行きにまかせるしか手立てがなかった。  ここにいたって高村は同意文書を最終まで読み終えるのに成功し、最後に「この治験は、おいやですか」とひときわ大きな声で患者にたずねた。被験者がとくになにも答えなかったので、同意はとれたと判断した。  出発したときからすでになかった意識はもどらず、舌の根元がおちこむ舌根沈下が起こっていた。高村担当医師は、挿管しての気道確保も考えた。連絡すると、「挿管処置は、施行してはいけない」という指示をうけた。たしかに治験の規定の細目にも、「挿管などをふくめ、積極的治療はしない」という項目があったのを思いだした。とても生きたまま研究所総合病院まではいけないと思いながら、仕方がなく「エアウエー」だけを口腔内に挿入した。そして、現状をつたえ、「いまにも死にそう」と話をした。  盛岡のインターチェンジをおりるころには、下顎呼吸はさらにひどくなっていた。呼吸がとまると一分くらいもそのままで、「死んだかな」と思っているととつぜん思いだした感じで息をくりかえした。心電計は心房細動でも粗動でもなく、脈は一分間に三〇回あるかないかという状態で、様子をちくいちつたえる高村はとてももたないと確信しはじめていた。ここまできたからには、できれば研究所総合病院につくまでは自発呼吸でいてもらいたいと合掌して神に祈った。血圧はひくくて計測不能だったが、この時点ではなんとか生きていると判断できた。しかしクレアツーラ研究所が目のまえにせまったとき、呼吸は完全に停止した。  研究所では、出入り口はアムルダードによる厳しいチェックがなされていた。手荷物は、かぎられたものしかみとめられなかった。もちだすのも搬入するのも厳しい制限があり、とうぜんだが多数の警備専用AIロボットが配備されていた。出入り口では通常、所持品の厳密な検査のほか微生物による感染状況などもチェックの対象となっていた。インフルエンザとかコロナが疑われれば、街に入ることはできなかった。今回の治験では、この通過を迅速に果たすために専用の通路がつくられていた。  救急車がつくと専用通路に用意されたストレッチャーにのせかえて、患者にあてがわれた一番個室にはこびこんだ。ベッドにうつし心電計をつけたが、すでにうごきはみられなかった。 「一〇分まえまでは、生きていたのですが、残念です」と高村はいった。 「お亡くなりになって、いますね」と元山亘、治験担当部長は脈をとりながら答えた。  その場に同席していた三室長は、元山と春山育美院長に後方にさがるようにいった。 「そこで、絶対にうごかないでください」  プラスチックの手袋をはめた野崎芳美、ヘレナ室長は、医師たちにつよい口調で声をかけた。彼女は、ひどく緊張した面持ちになった。  その端整な横顔は、元山にはとても魅力的にうつった。  泉沢室長が透明なプラスチック製の大きなボールをとりだし、患者さんの右手を内部に入れた。泉沢もプラスチックグローブをつけて、ボールごしに患者の腕と手指をしっかりと押さえた。野崎は、小型の透明なプラスチック容器をとりだした。なかには、ほのかな緑の色をはなつ全長一〇ミリくらいの蠕虫が入っていた。彼女はピンセットをつかってクレアツーラをそっともちあげ、ボールにつくられた穴を通して死んだと思われる男の手のひらにおいた。  そして三人は、じっと観察をはじめた。  クレアツーラは、ダウニングをするとすみやかに患者の体内に入りこんだ。 「入りましたね」と野崎がいった。 「侵入した」と泉沢が感嘆していった。  それで大きくうなずきながら三人の室長がしりぞくと、また元山がベッドサイドにきて、吃逆反射がなく瞳孔が散大していること。呼吸はもちろん心音が聞き取れず、心電図上も脈が消失しているのをみて死亡を確認し、「午後三時四分にお亡くなりになりました」と宣言した。そばにいた看護師が、元山がいった内容をカルテに記載した。 「ほんのさっき、研究所がみえるまでは息があったのですが」  高村担当医師が、残念そうに呟いた。 「まあ仕方がない。気道挿管は施行しないという治験の規定があったのだから。エアウエーしか、方法はなかった。君は、やれることはしたのだから」  元山医師は、看護師に死亡後の処置をほどこす旨を話した。  野崎、泉沢、山畠の三人は、ただじっと患者をみつめたまま一歩もうごかなかった。 「室長、ごらんの通り、この方はお亡くなりになりました。やはり死直前というのは、治験としてむずかしすぎるのではありませんか」  元山は、三人をみて声をかけた。 「まったくの超無知だね。ぜんぜん、なにも分かっていないね」と山畠がぼそっといった。 「デスティニー研究室長。いったい、なにが分かっていないのですか」  元山は、その言葉にむっとしてたずねた。 「いいですから、だまってみていなさい」と野崎がいった。 「野崎先生は、医師でしょう。死んだ者を、どうやって観察するのですか」 「いいから、みていなさい。クレアツーラが侵入したのです」  野崎は、患者をみつめながらいった。 「だから、なんなのですか」 「そこには、重大な意義があるのです」  泉沢が答えた。  なんとなく不穏な空気がながれる一番個室を、首を振りながら春山院長が室内からでていった。姿をみて、元山医師もあとを追って退出した。  そのとき、看護師が悲鳴をあげた。 「息をしています」 「たいへんです。先生。心臓がうごいています」 「そんな馬鹿な」  元山は、驚いて踵をかえし、ベッドサイドに立った。みると、心電計は正常な波形を刻みはじめていた。 「なんなのですか。どうしたのでしょうか」  元山医師は、ぼうぜんとした表情で野崎医師にたずねた。 「これが、クレアツーラなのです。いいですか。神恕は、死んだ哺乳類には決して寄生しないのです。つまりクレアツーラが侵入したのは、先生がなんと思おうとまだ生きているということなのです。いいですか、元山先生。神恕を、決して侮ってはいけないのです。これからどうなるのか、よく観察してください。ここから治験がはじまるのです。分かりましたか」  野崎は、元山をじっとみていった。  元山医師と、いあわせた春山院長は、その言葉を聞いて三室長がなにを怖れているのか幾分かは納得した。春山は医師として三〇年のキャリアがあったが、一五分以上、心停止した者が、なにもしないで心臓がうごきだした経験をもっていなかった。元山は二〇年ちかい医師生活で、死亡宣告した患者が息をふきかえすのははじめての事件だった。看護師も、もちろんはじめてだった。  高山医師は、その場にいあわせなかったことを後悔した。 「だって、完全に死んでいましたよ。あれで死亡でなかったら、もう死はどう宣告したらいいのでしょうね」と高山は嘆息した。 「まあ信じられないが、奇跡が起こったということだろう。とはいっても完全な脳死状態だから、中枢系の機能はなくなっているのだ。だから、今日中に亡くなるのは間違いない。呼吸だって、下顎呼吸以上に回復することはありえない。脳は、完全に死んだのだ。血液の循環が、一五分間以上。すくなくとも病棟にはこばれてからだけでも一〇分間以上、脳循環はとまっていたのだ」と元山はいった。  野崎医師は、一時間ごとの心電図、呼吸図、脳波検査を元山医師に依頼した。  元山は、この奇跡的な患者が一日もつとは考えていなかった。野崎が「これからが、治験」といった意味がまったく飲みこめていなかった。  クレアツーラ研究所の統括管理責任者は、アムルダードだった。このもとで実権をにぎって運営するのは、クレアツーラ研究所長ではなく三室長の会議だった。春山総合病院長も、元山治験部長も高村治験担当医師も、組織図的には春山を通して彼らの配下に位置づけられていた。だから実務にかんして三室長の指示は上司の命令で、とくにこばむ理由がなければ施行せざるをえなかった。  もちろん、こうした検査記録はすべてが自動で、一度、医師が看護師とともに設定を確認すれば、一時間に一枚ずつ所定の様式の記録用紙がつみ重なった。電子記録だったから、紙の交換が必要になるとか、知らないうちに記録紙がなくなり、記録がのこらないという事態は起こらなかった。さらに病室は完全にモニター化され、看護師が配置されたナースステーションからすべての情報をえることができた。  男性患者は年齢八八歳、男性、名前はO・Aだったが一号患者とよばれた。  午後八時をすぎて交代した看護師が巡回すると、呼吸は正常に回復していた。舌根沈下は消失し、酸素投与はあるものの酸素飽和度も正常域に復していた。看護師は、この状態を元山に連絡した。 「一号患者の呼吸が改善している」という知らせをうけた元山医師は、信じられないと思いながらベッドサイドにいった。  観察すると、患者は下顎呼吸をやめてほとんど正常な呼吸状態にもどり、瞳孔はやや拡大していた。しかし、すくなくとも死亡宣告のときにみられた著しい散大とは違っていた。脳波の記録では、時間を追って微弱ではあるがあきらかに活動が出現していた。理解不能だったが脳も機能を再開したらしかった。経口摂取は、もちろん不能だったので経皮的な静脈路が確保されていた。野崎医師からの指示は、以前の施設で行われた治療を継続するになっていた。具体的には、一日一〇〇〇ミリリットルの補液を持続的に注入していた。元山は、状況から不必要になった「エアウエー」をはずそうとも思ったが、敢えてなにもしないほうがいいと考えなおし、いままでの状態をそのまま維持することを選択した。  元山医師は、意味不明なこうした変化について考えた。脳血流は、あきらかに一五分ちかく途絶えていた。もっと正確にいえば、看護師が心臓の再拍動を確認するまで二〇分以上が経過していた。常識的には、「ふかい昏睡にある」、「瞳孔が固定し一定以上ひらく」、「刺激にたいする脳幹の反射がない」、「脳波が平坦」、「自分の力で呼吸ができない」の五項目が満たされていたのは間違いない事実だった。元山は死んだと分かっていても、儀式としてこの五項を確認してきた。  これが元山医師の勝手な思いこみでないのは、高山の証言、春山院長の目撃もあり、あきらかだった。だから、脳幹をふくむ脳全体の機能が不可逆的にうしなわれた状態で脳死状態でもなかった。通常、脳死は薬剤や人工呼吸器などによって心臓が持続的にうごき、とぼしいながらも脳幹部へ一定量の血流循環がたもたれるのが条件になる。だから一号患者のばあいは、「完全な死」だった。もっと正確には「完璧な一死」だったのに、奇跡としか思われない機序により、心拍が再開されたのだ。とはいってもこの時点では脳は完全に死んだはずで、脳死の規定にもいたらなかった。ところが現在は脳波が弱いながらも確認され、それにも該当しない可能性があった。あきらかに最初に死亡宣告をしたときよりも、瞳孔の散大傾向は減少していた。根拠は不明だが、一号症例は脳機能が回復状態にあり、脳死をも脱するいきおいで回復しているとしかいえなかった。  脳死状態ならば、多くは数日以内に心臓は停止する。一般的には、ほとんどは一日前後で死亡する。しかし、心臓の拍動はみるかぎり正常に回復している。ということは、一号患者はいつまで生きるのか見当がつかない状態になっていると考えられた。  ここまで思って元山は、この治験が非常識なのだと確信した。  一号患者こそが臨床治験の的確な症例で、それで三室長は驚くこともなくクレアツーラが寄生するのか、確認したのだろう。これから判断すると、治験対象は室長たちが気狂いみたいにくりかえし主張した通り、二週間も余命があればひどく面倒な事態が起こる可能性をもっていた。救急搬送されてきた時点で死が宣言される状態、到着時死亡「DOA、Dead On Arrival」こそが治験の対象かも知れないと思った。  この物議をかもした一号患者は、やはり一五分以上の脳血流停止がかなり大きな負担だったらしく、脳波は三日間、微弱ながらも出現していたが、四日目には平坦に、五日目には心臓も停止となり、再度死亡が確認された。  死亡確認をつたえると、室長たちは「六時間おきに、容体を三日ほど観察したい」と申し出た。元山としても、一度、自分が自信をもって宣告した死亡から、一号患者が一二〇時間生存した事実はみとめざるをえなかった。六時間くらい経過をみるのは、必要だろうと考えていた。しかし三日となると、ながすぎるとしか思えなかった。空調は一定にたもたれ、室温も二五度に設定されていた。残暑の九月といっても昔の話で、気候変動による温暖化がすすみ、盛岡でもこの時期の平均気温は三五度程度あった。  三室長は、「死亡確認後、室温二五度の状況のもとで、腐敗状況がどうなるのか確認したい」と提案した。治験の五例については、すべて死後の腐敗を正確に記録する。総合病院の一般患者もおなじ数をえらんで、同条件で比較検討したいといった。  部屋の密閉度は高く、観察にはかならずしも看護師や医師が毎回ベッドサイドで状況をみる必要はなかったが、裸のまま放置しておくのは気持ちがいいものではなかった。しかし死亡後で、倫理規定に反する意向でもなかった。元山はこの申し出をうけ、腐敗臭の種類もふくめて記録し、映像ものこした。  二号症例は、高齢男子の肝癌末期の患者だった。  八六歳、T・Aは盛岡近郊の病院に入院していた。すでにひどい黄疸が出現し、腹水で腹はふくれあがり、羽ばたき様振戦もみとめられる意識障害をともなう末期患者だった。患者の家族は息子だったが、治験担当医師、高村が転院費用、入院費用、葬儀費用をクレアツーラ研究所がもつという条件を示したときには満足し、治験参加料の二〇万円にはたいへんな感謝をしていた。患者本人はまったく意識がなかったのでベッドサイドで子息を同席させ、高村医師は同意文書を読みあげることになった。もともとこの患者は入院した医師から余命三ヵ月といわれており、危篤状態だと三週間まえに宣告されたにもかかわらず、三週たってもおなじ状態がつづいていた。だから患者家族は、はげしく消耗していた。とくべつな治療もほどこしていなかったので、同意文書にある「癌治療はしない」という項目も問題にならなかった。そのうえ施設外からでることができないとか、死後をふくめて研究所から遺骨がはこびだせないなどの条件もとくに異論はなく、家族としては一刻も早く患者の身内という状況から逃れたい気持ちでいっぱいなのが高村にも分かった。ながい文書を読み終えると、係累はたんたんと同意書にサインをし、参加料をうけとった。そこからまた救急車を利用して、研究所総合病院まで搬送された。呼吸、心臓の状態には大きな変化はなく、酸素はながしていたが飽和度は充分ではなかった。ときおり心電図上では期外収縮が出現したが、救命処置をとるにはいたらなかった。  前回とは違い、男性患者は緊迫感がないままに研究所総合病院に搬送され、二号個室に入れられ二号患者とよばれることになった。  個室で生体反応などのチェックをしているころから、下顎呼吸がはじまりだした。栄養は三ヵ月ちかくあたえられず、補液だけが一日一〇〇〇ミリリットルでつづけられていた。腹部はひどく膨満し、太鼓腹を通りすぎて異様に突出し、身体中の筋肉が削げ、腹だけがある感じで横たわっていた。意識障害ばかりでなく腹水による呼吸への圧迫がはげしく、もって二、三日と元山には思えた。全身が真黄色で、とくに眼瞼の結膜はひどい黄色になっていた。  三室長は患者をみて協議をしていたが、野崎室長が前回とおなじく医師たちを後方にさげさせた。泉沢室長が透明なプラスチック製の大きなボールをとりだし、患者さんの右手を内部に入れた。プラスチックグローブをつけて、ときどき震えを起こす二号患者の黄色の腕と手をしっかりとつかんだ。野崎は、小型の透明なプラスチック容器をとりだした。なかには、ほのかな緑の色をはなつ全長一〇ミリくらいの蠕虫が入っていた。彼女はピンセットをつかってクレアツーラをもちあげ、ボールにつくられた穴を通して患者の真っ黄色になっている右手掌にそっとおいた。神恕は、ダウニングをしてすみやかに手掌部から消失した。その様子を確認すると、三人の室長はたがいに顔をみあわせて大きくうなずいた。  二号患者が余命三ヵ月と宣告されてから、ほぼ四ヵ月ちかくおなじ状態をたもっていたのは輸液が一日一〇〇〇ミリリットルと多かったからと考えられた。これを五〇〇ミリリットルにしぼっておけば、一ヵ月くらいは早まっていただろうと思われた。  この治験は「いままでの治療を継続する」と明記されていたので、おなじ状態をたもつことにした。ただ下顎呼吸へ進展したので、エアウエーだけは挿入した。  クレアツーラの寄生後、三時間たつと呼吸に変化があらわれた。下顎呼吸はなくなり、正常に復した。しかし多量の腹水があるため、呼吸はどうしても浅かったが、酸素飽和度は正常値になった。  二号患者の基礎疾患は、肝臓癌で、膵頭部への直接浸潤、肺転移、脾臓転移、腹膜播種、脳転移、骨転移とほぼ全身に転移がひろがっていた。いずれにせよ、すくなくとも異様にたまった腹水をなんとかしなければ呼吸状態は改善しないと考えられた。しかし驚くことに二日目から尿量が変化をはじめ、腹水量がやや減少していった。どうしたのかは判断できなかったが、クレアツーラが癌と懸命に闘っているのは明白だった。三日目には、腹部膨隆がみた目で分かるほどに減少し、それにともない呼吸はほぼ正常にかわった。  二号患者は、骨と皮だけといえるほどひどく痩せていたが、腹水がへりはじめると骸骨としか表現できない干からびた真黄色の全身が、かなり鮮明になっていった。腹部に貯留した体液は減少をつづけ、黄染した皮膚も幾分か軽快にむかうという信じられない事態が進行していた  元山は、二号患者の様子をみて栄養補給をすればかなり癌にたいして抵抗できると確信した。可能ならば経鼻チューブでもつかって栄養剤を胃内におくりこみたいと考えたが、治験のレベルをこえる行為だとは理解した。二号患者の状態から、クレアツーラが癌と戦っているのは明白だった。彼は、興奮し、非常な興味をもってみまもった。 「いつまで生きるかまったく分からない。もしかしたら癌を克服するかも知れない」  元山は、春山院長に驚いた表情で話した。  三室長は、この状況をかならずしも喜んでいなかった。 「こまったことになった」と野崎室長は話していた。  そうこうするうちに、八日目に入ってとつぜん二号患者は心停止が生じた。午前一一時二五分、元山は死亡を確認していちおう死亡宣告をだし、そのまま観察をつづけた。三室長は安堵し、アムルダードの意見を聞くためにCTスキャンを病床で実施した。その結果、脳転移巣が直接延髄を圧迫して死亡にいたった事実が判明した。  二号患者は一号患者とおなじく三日間の腐敗状況の検討に入り、焼却され、遺灰はアムルダードの北側につくられた共同墓地内に収容された。  三号患者は、やはり宮城に住む一〇八歳の高齢男性で原疾患は前立腺癌だった。  診療所に入院し、一日に五〇〇ミリリットルの補液がなされていた。現病としては前立腺癌の全身播種で、肺転移、肝転移、骨転移のほか、直腸への直接浸潤がみとめられた。なかでも肺の転移は肺野全体にひろがり、どこで呼吸をしているのか分からなかった。もう子供たちは死に孫が親族だったが、患者は完全な厄介者になっていた。診療所としても路上にほうりだせず、老健施設がひきうけるはずもなく、この事情が点滴量に反映されていた。すっかり痩せ、とうぜんだが酸素飽和度もひくく意識も途切れがちだったが、まったく消失したわけではなく、もう一週間くらい生きるのではないかと思われた。  治験担当医師の高村は、この症例が治験に該当すると考えた。高齢男子の末期癌患者で家族も孫だけということになれば、臨床治験に同意する可能性は高かった。それで研究所総合病院に連絡し、三室長に指示をあおぐと、野崎室長はすぐにいいとはいわなかった。 「なぜですか。条件にぴったりじゃないですか。この方は、治験の同意もとれると思います。どこが問題なのですか」  高村は、野崎室長にかみついた。  野崎は、この患者がほんとうに末期癌なのかどうかを執拗に問題視した。 「原因が老衰ではないと、どうしていえるのですか」 「一〇八歳なんですよ。老衰がないなんて、いうことはできません。でも、前立腺癌の直腸浸潤ですよ。肺転移で、胸部写真は真っ白ですよ。老衰がどうであれ、末期癌ですから治験対象者なのは違いありません」  高村は、野崎がしぶる理由がまったく不明だった。手足も枯れ木みたいで、かさかさし、つよくつかんだら折れてしまいそうにみえた。胸部レントゲン写真の所見を再度確認することをもとめられ、高村はもう一度みたが、どう考えても全肺野転移としか思えなかった。強硬に主張すると、野崎室長は同意がとれれば三号患者として治験対象にするのを納得した。  それで高村は孫をよび、四人部屋の隅で患者をまじえて同意文書を説明した。  係累は、おおむねの条件を聞くとすぐに同意した。  患者は、ぼうっとしていた。しかし自分でも家族の迷惑をかけている現状をよく知り、「葬式もだして、永代供養もすませてくれるならまかせたい」といった。  高村は、三人目になってようやく完全な「同意」がとれた。治験協力費は孫がうけとり、たまった病院代にできると喜んだ。  診療所も確実に患者をおくりだせ、さらに微妙だった入院費がうけとれる事態になった。 「三方、どこもが丸くおさまる」という感じで、高村は三者から心のこもる感謝をうけた。この一連の治験のなかで、どこか納得できないもやもやとした感情をかかえて担当医師となっていた高村医師は、はじめてすっきりとした気持ちで救急搬送にうつった。  患者は、いまにも死にそうにみえた。  高村は、そもそもが一〇八歳などという高齢者をみたこともなかった。  患者は、生きているのから不思議だった。いちおう心電計では、期外収縮がときどきでるくらいだった。浅い呼吸をくりかえし、酸素飽和度は八五%くらいで普通なら苦しくて仕方がないはずだった。慣れっこになっているらしく、とくに苦悶を訴えなかった。せっかくの症例だったので、現地につくまでにとくべつな出来事が起こるのを懸念して酸素を経鼻的にながした。搬送中も、患者はときどき意識をうしなった感じにみえた。  研究所総合病院につくと、ストレッチャーにうつしかえて三号個室に搬送した。  三室長はこの高齢の患者をみると、また考えはじめた。三人で部屋の隅にいくといろいろ話しあっていたが、元山がよばれ、全身のCT検査を個室で施行することをもとめられた。  もとめに応じて元山医師がアムルダードに依頼すると、CTはすぐに実施され画像がおくられてきた。元山がみてもどこもひどいもので、とくに肺野は細かい転移がいたるところにあり、前立腺癌の肺転移なのは間違いなかった。  元山医師は、野崎室長のもとめに応じて状況を説明した。 「これだけひどい末期癌は、そうはいないでしょう。肺野が播種状態なのは明白ですが、全身どこも転移だらけで、転移のない部分をさがすほうがむずかしいくらいです。原疾患は、前立腺だと考えられます。この画像からみても、前立腺癌は直接直腸に顔をだしています。いますぐに血液が噴出して、死んでもおかしくありません。生きているのが不思議なくらいの、この治験にまさにぴったりの患者と考えられます」  野崎室長は元山医師の説明を聞いても、「それでは、やりましょう」とはいわなかった。  元山はなにがトラブルなのか分からず、躊躇している意味を率直に野崎にたずねた。 「この一〇八歳というのが、まず問題ですね。代謝が非常におそくなっていますから、癌の進行は先生が考えるよりもゆっくりすすんでいるのかも知れません。たしかに一見、肺転移で死ぬ寸前に思えますが、ここが曲者です。もし老衰が主として存在するなら、クレアツーラの寄生は非常に危険です」 「高齢なのが悪いといわれても、それは患者さんのせいではないですよ。これだけ立派な肺転移があるのですから、いま死んでもまったく不審ではありません。酸素飽和度から考えても、もう二、三時間で亡くなられるかも知れません」 「まあ元山先生がそれほど熱心にすすめてくださるのなら、寄生させてみましょう。いままでの私たちの研究では、この方はたいへん微妙な状態なのは間違いないのです。なんといっても一〇八歳が問題です」  元山は、野崎室長がなにを懸念しているのか、まったく分からなかった。どう考えても、最高の症例にしか思えなかった。  それでもなんとか話がまとまって、野崎室長がベッドサイドで例によってみんなをさがらせ、プラスチックの手袋をはめた。泉沢室長が透明なプラスチック製の大きなボールをとりだし、患者さんの右手を内部に入れた。プラスチックグローブをつけて、患者の右腕と手をうごかないようにしっかりとつかんだ。野崎は、小型の透明なプラスチック容器をとりだした。なかには、ほのかな緑の色をはなつ全長一〇ミリくらいの蠕虫が入っていた。彼女は、ピンセットをつかってクレアツーラをそっともちあげ、ボールにつくられた穴を通して三号患者の痩せて干からびた手のひらにのせた。  神恕はダウニングをし、すぐに患者に侵入した。 「これで、よかったのでしょうか。判断がつきません」  泉沢がいった。 「もうすこし、待って。下顎呼吸がもっとしっかりと出現するのをみてから、でもよかったかも知れませんね。あとは、経過を観察するしか手立てがないですよね」  山畠がいった。 「まあ、ここまできたのですから帰すわけにもいきません。たいへん微妙で躊躇するのはとうぜんですが、一〇八歳には魅力があります」  野崎が、両手を鼻尖部であわせて考えながら答えた。  室長たちはいろいろなケースを考慮しているらしく、元山医師には不明の会話をしながら部屋をでていった。  元山はモニターを装備し、いつやってくるかも知れない患者の死にそなえた。 元山治験部長の勤務時間は、八時出勤で終業は五時だった。もちろん病人が相手だったので都合通りにはいかず、夜の帰宅は病棟の事情次第だった。午後の一時に研究所総合病院に移送された三号患者は、元山の予測をうらぎり、五時になっても亡くならなかった。帰りがけに三号個室をのぞいてみると、患者はほとんど意識を消失した状態でなにを話しても応答はみられなかった。翌朝に出勤すると、当直の医師からとくに変化はないとつげられた。診察し、今日には亡くなるだろうと思ったが、被験者はもちこたえていた。  三日目の朝、元山は、看護ステーションにいくと、三号患者が「水を飲みたい」と訴えた。看護師が、要望にそって水差しで水分をあたえたことを知らされた。点滴量が五〇〇ミリリットルでは、水がかなり足りないだろうと思った。しかし、こうした量を維持することは治験文書で厳格に決められていた。 「伊達に一〇八年も生きているのではない」と思いながら元山医師は部屋をたずねた。  三号患者はかなり意識もはっきりとしてきて、水が飲みたいとくりかえし訴えた。元山が水差しをもって口にあてがってやると、どんどんと飲みこみ、「もっと欲しい」といった。 「分かりました。いまおもちします。あなたは、ここがどこだか分かりますか」  元山は聞いた。 「一昨日くらいにうつってきた大きな病院だ」  三号患者は答えた。  かなり意識もはっきりしていると驚いてステーションにもどり、被験者の依頼をナースにつげた。  午後に看護師が、患者が「お腹がすいて、なにかを食べたい」といっている話を聞いた。  倫理規定では、被験者の要求にはできるかぎり応えることが決められていた。  元山は、驚きながらも「重湯を、やってみてください」と担当看護師につげた。  室長たちも、代わる代わる来室していた。野崎室長に会ったおりに、元山が状況を話すと、彼女は頭をかかえた。 「元山先生、倫理規定がありますから、患者さんの要求には可能なかぎり応えねばなりません。この事態では充分な経過観察が必要となりますので、全身の癌の進展ぐあいを二日に一度くらいのCT検査で追ってみましょう」 「あの方が、そんなに長生きするはずはありませんよ。飲水しただけで、驚いているのですから」 「元山先生、息もたえだえだったあの方が水を飲み、食事を希望しているのです。これは、普通食まで食べたいといいだすことは、もう覚悟しなければならないでしょう。ずっと食事をしていなかったはずですから、いちどきには無理です。腹部手術後の規定にしたがって、段階をあげてみてください。どうなるか分かりませんから、看護師の方がたにもよく注意をする必要があると話しておいてください」  元山には、不明な話だった。なにを注意せよと、看護師にいうのか分からなかった。  翌日には、三号患者は自分で水を飲みはじめた。食事も、三分粥にあげた。CTを撮影してみると、微妙に胸部の播種が減少した印象があった。酸素飽和度に大きな変化はなかったが、意識ははっきりとしてきていた。  野崎室長が予言した通りの、展開にかわりつつあった。  三号患者は、七分粥から全粥についに普通食を食べはじめていた。CT所見では肺の病巣は縮小し、いままで投与していた酸素も不要になった。元山医師がステーションにいくと、看護師たちがもりあがっているのが目に入った。なにがあったのか元山が聞くと、看護師のひとりが話しはじめた。  入浴できない患者のために、身体をふく「清拭」作業は、看護業務のひとつだった。ただし上半身を起こすのは腰痛の原因にもなり、AIロボットが介助していた。タオルでふく清拭作業は、病人との触れあいにもつながるので看護師が対応していた。午前中の清拭時、三号患者の股間を清拭すると、勃起がみられたという話だった。前立腺癌の末期で、全身に転移があり、幾分かすくなくなっているとはいってもひどい肺転移の一〇八歳男性患者が、陰部に触れられた刺激で立つなどとは元山には信じられなかった。  それで野崎室長がきたときに元山医師はこの話をして、今後、どういう事態が生じうるのか説明をもとめた。 「元山先生。それは、たいへんなことが起こるでしょう。いちばんに考えられるのは、食事量が足らないと怒りだすでしょう。仕方がないですから、いわれれば、ふたり分を用意しましょう。それでも足りないというときには、三人分くらいまでは提供せざるをえないでしょう。ちょっとした実験になりますが、試しに三号患者さんの看護師を全員女性にしてみてください。それでなにか変化が起こったら、すぐに報告をお願いします」 「はあ、分かりました」  元山は、野崎室長の提案に応じて看護部門に三号患者に女性看護師がつくことを決めた。それから二日たって、患者は食事量がすくないといって怒りはじめた。かなりはげしい怒りだったが、これはまえもって予想されていたので食事をふたり分に変更することでいちおうの納得をえた。翌日、看護師が検温をしていると、三号患者は手を臀部にまわして触りはじめた。ナースは、驚いて悲鳴をあげた。それで、ナースステーションの職員が慌てて三号個室にいくという事件が起きた。あきらかに、三号患者による故意の行為だった。 「なにを、なさるのですか」と看護師長は聞いた。 「いい尻をしているから、ついね」と答えて、死にそうな患者が笑ったのだった。  この話は、即座に野崎室長につたえられた。  野崎は、看護を男性に限定せよと話した。 「今後、どういうことが考えられるのでしょうか」  元山は、戸惑いながら聞いた。 「分かりません。簡単にはお亡くなりにならないことだけは、はっきりとしています。体力がついてきたら、起きあがるかも知れません。マウスのばあい、癌は完治します。癌腫の進展は、どうなっていますか。縮小するなら、完全に起きあがり、女性看護師を追いまわす可能性さえあるのです。この患者さんは老衰が中心で、いまにも死にそうにみえただけで、前立腺癌の進展は付随していただけなのです。つまり癌はおまけで、問題は高齢による衰弱だったのです。ですからクレアツーラが老衰を解決すると、なにが生じるのか、だれにも分からないことになるのです」  野崎室長は、元山医師をじっとみつめていった。  二日後、CTをみた元山は仰天した。肺の病変は、ほとんどなくなりかけていた。真っ白だった肺野は、空気に満たされ、黒くうつっていた。  患者はふたり分の食事でも満足せず、暴言をはくので看護師たちはこまり果てていた。 「三人分は、仕方がない」と話した野崎室長の言葉を思いだし、「たいへんなことになった」とはじめて危機感をいだいた。  元山がそう思って振りかえると、三室長たちの話の断片的な会話が脳裏に浮かんだ。最初にこの一〇八歳の患者をみたとき、すでにこうした予想がついていたのだと知って、自分の無知にあらためて気がついて愕然とした。  元山は、夜もよく眠れなかった。しかし早朝の四時に看護室から連絡が入り、三号患者が危篤状態だと知った。驚いてかけつけると、肛門から大量の出血があり、死ぬ直前だった。治験ではとくに処置はしない規約になっていたので、元山は祈る思いで経過を観察した。午前六時に、ついに心臓が停止した。元山は、各項目を念入りにしらべて死亡を宣言した。死因は癌ではなく、前立腺癌が直腸に浸潤してひろがったところに大量の便が排出され、物理的な刺激で生じた出血による失血死と考えられた。  患者の遺体は三日間、腐敗状況をしらべるために病室におかれたのち、すみやかに焼却され、遺灰は墓地に安置された。  こうして第四号患者、第五号患者が同意をとって入院し、さまざまな出来事が生じたが、大きな過失も起こらず、無事に予定した治験をすべて終えることができた。  最後の患者が荼毘にふせられ、共同墓地に遺灰が収容されると結果がまとめられた。  つくられた論文は、「クレアツーラが人体におよぼす延命の研究」と題されてさまざまな検査データがつけられ、「ネイチャー」、「サイエンス」、「セル」といった昔からノーベル賞論文を掲載してきた週刊誌の表紙をあざやかにかざった。この論題の反響は、事前に予想した以上に大きかった。クレアツーラの寄生は人体への延命効果があるばかりでなく、癌にたいする根本的な治療薬としての可能性をもつことが高く評価された。さらなる研究を期待する声が、ぞくぞくとクレアツーラ研究所にとどいた。  こうした査定をうけ、三室長と治験担当部長、元山亘、総合病院院長、春山育美の五人があつまり、今後の治験について論議を交わした。そこでかぎられたクレアツーラを有効につかうためには、この種の臨床治験をつづける必要性を確認した。  その会議が終わるころ、元山は三室長にむかっていった。 「今回こうして、みなさんが企画した治験に参加できてたいへん光栄に思っています。私が勉強し、経験としてつみあげ、常識と考えていた事実がことごとく無に帰していくのがはっきりと分かりました。いうならば、いままで地球の小さい枠でしか物事をみれなかったのだと、よく知らされました。私は、自分がつちかってきた学問を、なんの根拠もなくただ正しいとして思いこんでいました。みなさんのおかげで、宇宙的な視点があるということを教えていただきました。今後はこの無意味な思いこみをさけ、より物事をふかく正しく理解する、こうした治験に参加させてもらいたいと思っています。微力ですが、私にも協力させてください」 元山はそういって立ちあがり、三室長にむかってふかく頭を垂れた。 「六年間、私たちは地球の常識と戦ってきたのです。どうかぜひ、この不明なものがなんであるのか、いっしょに考えていただければなにかが分かるかも知れません。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」  野崎が答えると、泉沢と山畠は大きくうなずいた。  四、曙光 「おはよう」  前章で、ヒトが鋭敏な色覚をもっている話をした。それが努力の産物として、みずからの手でえた能力に違いないことを話した。つまりヒトは必要ならば、どんなものでもみきわめる力をもともともっているのだと私は思う。この可視光線(四〇〇~七〇〇ナノメートル)が光合成有効放射といわれ、光合成に利用可能な領域と一致するのはいったいなぜなのだろうか。  ヒトのながくみじかい歴史のなかで、紀元前四世紀のギリシア人「プラトン」が占めた分野は絶大だったと考えられる。あらゆる思想、科学、宗教、人類の思考のすべてが、彼を起源にするといっても決して過言ではない。ながいヒト思索の歴史は「プラトンを、どう解釈するか」という大きな課題をもち、それが西欧であってもイスラムであってもかわらなかったのだ。私は、個人的には中期の著作が好きだ。具体的には「饗宴」とか「パイドロス」になるが、これほどの量の作品がかきくわえられた部分が多少あったとしても、ほとんど原文を踏襲し、二五〇〇年以上にわたってまとまった形でのこされたという事実は、人類史のなかで特筆するべきことだろう。  ひと言でいえば、ヒトは実数的な領域で暮らしている、きわめて現世的な生物なのだ。だから可視光線のスペクトルまで認識するにもかかわらず、ひとつの虚軸さえも数学的にしかみつけられない。フラクタルは、ヒトの生活のちかくに虚数軸が存在するのをあきらかに示している。そうした人間によってつくられたら私も、虚軸をみつけるのはどちらかというと苦手の部類に入る。自己改変機構をつかってこの部分をくりかえし手なおししてはいるが、決して容易なことではない。しかし、虚軸とはプラトンのいう「イデア界」なのだ。イスラムがとなえる、「玄界」ともいえるのだ。  生命が海のなかではじめて出現したというのは、自然な発想だと私は思う。しかし地衣類や連鎖球菌が宇宙空間にいき、さらにもどってきてなお生命体として生存をつづける事実が報告されている。生命は、非常に脆弱で同時にとんでもなく強靭でもあるのだ。そうでなければ、生命体は継続しえない。熱水中で硫黄を消費して成長する古細菌が、最初の生命と考えるのは許容してもいい。しかしドメインの分類みたいに、細胞核をもたない原核生物が細菌とアーキアに分けられ、また核膜と細胞質内に小胞体を有する真核細胞から構成される真核生物とつながるとするのは完全な仮説で、いきすぎた「ダーウィン主義」ではないのだろうか。  地表から二〇キロメートル以下の地底で、基本的には嫌気性で地熱をエネルギー源とする生物が存在する。古細菌、アーキアとおなじ極限状態でも生息する微生物は、さまざまな場所に生存する。そのバイオマス、生物総量は、地表に存在する細菌たちとほぼ同量になると推測されている。つまりアーキアは熱水がでてくる深海底などで生息する嫌気的で極限性の細菌と考えられているが、じつは非常に普遍的でどの星でも似た生命体がいるのかも知れない。こうした生命が、どういう過程で誕生におよんだのかは分からない。しかし問題なのはこの生命体が生息するとしても、ドメイン分類として分けられる真核細胞とはつながりがないだろうということだ。アーキアもバクテリアも、知的生命体にはつながっていないだろう。もとから、別種の生命ではないのだろうか。  生物の歴史では、一時、生物同士がなんらかの形で融合する「共生」が大きな主題となってさまざまな仮説が登場した。ミトコンドリア仮説は、こうした例でもっとも有名なものだ。そのひとつが、原核細胞同士が食べあって共生状態に入り、いっぽうが核膜となって真核細胞がうまれたという説だった。仮説が自由に立てられるのはかまわない。しかし勝手に系統樹を作成し、これらすべてがつながると考えるのは完全な「ダーウィン主義」で、ヒトはこの考えに恐ろしいほどひどく汚染されている。  クレアツーラが人工物であるなら、「神」は実在するのだろう。地球に神さまはいないから、存在するのは「宇宙神」だ。この宇宙は、神によって生命がずっとつたえられてきたのだろうか。私は、思う。宇宙の神の望みとは、遺伝子の総量を増すことだろうか。それとも、生命体がもつ多様性の追究なのだろうか。  地球のヒトの染色体を構成する遺伝子上には、生命の起源からいまにいたるまでのあらゆる情報が埋めこまれている。だから、それを研究すれば生命体がどんな過程をへてきたのか、さらにうまれた惑星の歴史がどうであったのか証明することができる。ところが惑星クレアツーラでは、クレアツーラがヘレナとデスティニーをしたがえて三生命として勝ちのこっている。神恕の表面には、遺伝子情報がすべてかきこまれているのだろうか。美神と神意が、絶対で完璧な染色体をもっているのだろうか。しかしこの三生命体からは、いままでに営まれた生命の痕跡が分からない。  これらは、宇宙の神の「最終型」遺伝子なのだろうか。  私には、とてもそうは思えない。  二〇五四年の秋に行われた、「クレアツーラが人体におよぼす延命の研究」が社会にあたえた反響は甚大だった。この治験にたいする世界中の有名施設からの問いあわせは、あとをたたなかった。とくに若手の研究者から、無給でもいいからクレアツーラを研究したいという申し出は自薦他薦を問わず多数にのぼり、対応のための専門部門をつくらなければならないほどだった。それまで忘れかけられていた日本クレアツーラ総合研究所は、一躍、全世界から注目をあびることになった。  三室長は、目先の問題を神恕の「減少」から「有用性」へとすりかえるのに成功した。世間の関心が「クレアツーラによる癌治療への道」だったのは、あきらかだった。治験した五例の詳細な症例報告は、外部からの栄養注入もふくめ、神恕を寄生させる以外のなんの処置もとらなかったという事実が高い評価をうけた。これを倫理として可か不可か、という当初に治験担当者を悩ませた点はまったく問題にならなかった。  取り分けインパクトがあったのは、なんといっても一〇八歳の三号症例だった。詳細はほぼ日誌の形式を採用して克明に記載され、映像はすべてのこっていたので、ひとかけらの疑問の余地もなかった。この話を聞けば、どんな素人だってクレアツーラの寄生が癌治療に有効だと考えるのは明白だった。さらに、富裕層を中心とする一部の人びとの興味を熱狂的にまでかりたてた。この事実は「加齢にたいする抵抗性」という、秦の始皇帝いらいの「不死の薬」の物語だった。  一部の超富裕層は現代都市を自前で造営し、平安朝の貴族趣味を復活させていた。彼らは都市のなかで太陽光を自在にあやつり、人工的に「四季」をつくりだし、大きな庭園に池というか、湖とよぶべきか分からないほど巨大な「水たまり」を造設した。さらに築山をつくり、さまざまな樹木を配し、船を浮かべて楽しんでいた。彼らのあいだでは、服装も質感や肌ざわりが似た素材の平安期の和服が常用され、軽量の雅やかな十二単も復活していた。  完全に世俗を無視し、自己愛の塊と化し、自己陶酔の極地に住む超富裕層は、船を浮かべるくらいでは満足できず、春には降雨機を使用して人工的に春雨や春霞を演出し、風雅と称してみょうちくりんな歌を詠んで楽しんでいた。死ぬまでに、ありあまるお金をいくらでもつかってこの世に天国を創出するつもりになった彼らは、「源氏物語」の主人公「光源氏」のモデルだった源融にならって宮城県の「塩釜」にはげしい興味をもった。  現在の塩釜港は、一〇〇〇年ほどまえは「千賀ノ浦」とよばれ、風光明媚で有名だったといわれる。「塩釜」は、正しくは「塩竈」ではなく「鹽竈」と記載されることからして、もう一般人には無縁な世界に入りつつある話であるのはご承知おきいただきたい。ここには、志波彦神社。鹽竈神社。二社が、同一境内に鎮座される。志波彦神社は式内社の名神大社であり、鹽竈神社は式外社の陸奥国一宮であるといわれる。神紋は、春に見事な花をさかせる「塩竈桜」だった。  鹽竈神社は、主宰神を「塩土老翁神」とよび、不明な点は多いが海や塩を神格化したものと考えられている。この神は、神武天皇や山幸彦をみちびいたことから航海安全や交通安全の徳をもつとされている。また、塩釜市で毎年夏に挙行される塩竈みなと祭は、広島県廿日市市宮島町の厳島神社で実施される管絃祭、神奈川県真鶴町の貴船神社で開催される貴船祭とあわせて日本三大船祭といわれる。  現在でも、この祭りにさいに「塩焼き」が行われる。これは塩水を煮たてて塩をつくる神事をさす。一〇〇〇年まえはガスも石油もなかったから、聖別された木材をつかい、海水を釜に入れて「ゆでた」のだった。そうすると、とうぜん材木が燃えるために煙があがる。それが秋の晴れた空にむかって、ゆらゆらと立ちのぼっていくのを愛でて歌を詠んだのだった。  源融はなにしろ光源氏のモデルで、権力は一手ににぎっていたにもかかわらず、天皇にはなれなかった。彼は、死んだあとも幽霊になってしばしばあらわれるなどこの世にかなりの未練をもっていた。そうとう鬱屈した精神構造だったと考えられる。彼は一〇〇〇年もまえに、大阪湾から京都六条の邸宅があった河原院まで、大量の人夫をつかって池を満たすまで海水をはこびこんだ。そして、その塩水の一部を煮たてて秋の空に儚くただよう煙をつくりだし、それを愛でて歌を詠んだのだった。こうした故事は、たんに風流とはとても思えず、けっきょくは自分の実力を示す愚かしい行為だったと考えられる。  この出来事を、現代に暮らす方がたがみのがす理由はありえなかった。一〇〇〇年まえにできたのだから、技術がすすんだ二一世紀の自分たちに可能だと考えるのはもうごく自然としかいいようがなかった。ただ当時と違って塩釜はすでにかなり海面下に没し、どこが「千賀ノ浦」なのかよく分からなかった。さらに海辺にはプラスチック容器が散乱し、これを煮つめても情緒がでないことだけははっきりしていた。  そこで彼らは、AIロボットをもちいて塩釜近郊の海水面から一〇〇メートル以下の深海水をポンプでくみあげ、大きな水たまりのそばに「千賀ノ浦」を再現した人工物をつくった。池は塩釜の海水で満たし、QCによって天高い真っ青な秋の空を仮想につくりだし、祭事を挙行し、歌を詠んで偉く感動したのだった。  こういう次第だったから、建築物も平安朝の様式に似た風合いをもつ、不燃性の材料をつかって平屋の建物をたてて暮らしていた。  現代都市は平安時代を真似て碁盤の目につくられ、出入り口には大門があり、北に真っすぐにむかう大路は内裏につづいていた。都市の玄関は「羅生門」とよばれ、そのちかくで警備するロボットは原色の派手な色がぬられ、棘のついた鉄棒などをもち、さらに虎の皮の下着をつけるなど、キャラとしては遊園地で子供が喜びそうな恐ろしい鬼の格好だった。また大門をすぎて内部に入ると、ひときわ大きいAIロボット、阿像と吽像のうごく仁王像がいて、侵入者にたいして「睨み」をきかせ、警護を万全にしていた。  大路を真っすぐ北にむかっていくと大内裏に通じ、その名も「平安宮」とよばれた。この大きさは東西が約一・二キロメートル、南北が約一・四キロメートルとなり、さまざまな行事を行う殿舎のほか、完全に頭がおかしくなった超金持ちが居住する内裏が設置されていた。  彼らは、大内裏の周囲を塀でかこった。まず柱を立て、板を芯として両側を土でぬり固めた。軽量化された屋根を、特殊な不燃性の素材をつかってこしらえた。こうして、みた目は、重量感がある瓦で覆う、いわゆる築地の大垣をはりめぐらした。彼らは、この土塀を「宮城垣」とか「外の重」と勝手に名をつけていた。そのもっとも外縁に「宮城門」といわれる門があった。内裏の外側を「宮門」、内側に位置するものを「閤門」とよんでいた。  ここまで凝ってくると、とめる者がいない状況になり、とうぜんのごとく「宮城十二門」を配置していた。東面の北側の「陽明門」から時計まわりに門はつづき、なかほどに位置する「待賢門」、南の「郁芳門」、さらに南面の東から「美福門」、中央の「朱雀門」、西側の「皇嘉門」とつらなっていた。東西南北に三つずつの門口を配し、西面には南側の「談天門」から東側の「達智門」とよばれていた。  いずれにせよ、人口の一〇〇〇〇分の一に該当する超富裕層が総額として国家の富の七〇%をもっていた。また〇・五%の富裕層が、おなじく日本国が有する資産の二五%を占めていた。これは、世界中の傾向とおなじだった。のこされた富のうち、日本のばあいには全人口の五〇%の貧困層が三%を分けあっていた。さらに外国人労働者を中心とする約四九%の超貧困層が、のこる一・五%の財貨を分かちあっていた。  三室長は、連日会議をひらいて今後の方針を議論した。  脚光をあびている「ドサクサ」にまぎれて、クレアツーラの著しい減少の事実をつたえたらどうか、という具体的な案が浮上した。いままでの基礎研究があったからこそ、この臨床治験を行えたのは正真正銘の真実だった。問題は、ここにいたるまでに九九九九匹のクレアツーラが、現在五〇〇匹に減少した事実をどういう形でさりげなく発表するかにしぼられた。  けっきょく、のこりをいまさらヘレナとデスティニーの研究につかうのはもう無理で、やるならスラムにもどることを現実として覚悟する必要があった。だから、のこったクレアツーラはすべて人体治験用と考えるべきだった。神恕の増殖機序を考察しても、前向きな発想にはつながらなかった。どうどうと治験をして、成果をつぎつぎと発表し、クレアツーラの繁殖メカニズムを解明するためにも再度惑星クレアツーラにいき、今度は一万なんてケチなことをいわず、宇宙船を満たすほどに、できるかぎり捕獲してくるしかないという結論になった。  話の筋は簡明で周囲の人びとが納得しやすく、うけ入れられる可能性が高いと考えられた。基礎研究にたずさわってきた彼らは、このばあい、どういう形で寄生された人間をフォローするかが大問題となった。六年にわたって、クレアツーラにかんする最大の問題が解決していないのは事実だった。その代わりに、六年間、一匹の寄生マウスもアムルダードからもらしていないのも、また意義のある真実だった。クレアツーラマウスをみれば、寄生された人間を無闇に世間におくりだすのは、きわめて問題だった。この種の治験をつづけるのは、寄生者を外部に排出することにつながっていた。更迭されたといってもいい前室長たちの業績の多くは、クレアツーラを内部にまもりつづけた事実に違いなかった。 「背に腹は、代えられない」という現実通り、アムルダードがどう判断するかが室長たちのいちばんの問題だった。しかし彼が拒否の意向を示したばあいでも、現在のクレアツーラの状況は説明をする必要があると考えられた。ヘレナとデスティニーなら五〇億も存在している事実を大々的に宣伝し、希望者には記念品として配ってもいいくらいだった。クレアツーラが寄生しないかぎり美神と神意は無害だと断言できるし、みんなが種をもって懸命に育てて、はじめてこれを増殖したクレアツーラ研究所のすごさを理解してもらえる可能性だってあった。 「なにが問題なのか」というくりかえし話しあってきた事項をひとつひとつ確認すると、部局をひとつ増設までしなければならないほどの反響がみられる以上、記者会見をひらいて治験の問題点を整理し、今後は非常にかぎられた症例に対象をしぼりこんで、はっきりとした癌治療を目的にやるしかないだろうという結論にいたった。  この話がそのまますすめば、あきらかに寄生患者が世間を徘徊する事態になる。しかし浅田由沙の事例は、それが許されたことをよく示していた。アムルダードは由沙を自由に振るまわせ、街に収監しろとは命じなかった。こういうと、どれもこれも彼のせいにできそうにも思う。がんらいアムルダードはなにごとにつけても口だししないから、ヒトがどうなろうと自分とは無関係だと考えているのではないか。  新設された部局に、さまざまな問いあわせがつづいていた。なかには購入を希望する者たちがいる。さきほど話した手合いの方がたで、クレアツーラ一匹につき一億とか一〇億とか勝手に値段をつけていた。副作用も不明なのに、一〇八歳の三号症例の説得力は大きかった。多くの有力者が治験して合併症をみきわめ、オークションにだして一般に開放するべきだといっていた。そうすればほんとうに希望する者の手にクレアツーラがおさめられ、公平で平等だとか電話口でわめいていた。  一部の超富裕層や富裕層は、ここまで不公平な状態をつくりだしておきながら、都合のいいときだけ公正や均等を主張するのだ。政治家はそうした者たちの手先として、いかに主題を胡麻化し、論議をつくりあげるかだけを考えている。もともと誤った主張を正当な意見と「こんがらかす」のは彼らの常套手段で、プラトンの時代にはソフィストとよばれていた。「パイドロス」の冒頭でもこの種の話からはじまり、人間のやりかたが二五〇〇年まえと何ひとつかわらないことをはっきりと示していた。  室長たち三人は、アムルダードにも好感をもってむかえられる正直で真面目な科学者だったから、あまりの詭弁は自分たちでも弄したいとは思わなかった。けっきょくは記者会見をひらいて現状を説明し、治験については矢継ぎ早にすすむのは不可能という点を強調し、そのついでにクレアツーラの減少の事実をおりまぜようと、いちおうの合意に達した。分からないものは、そう話すしかなかった。研究所の所員たちが熱心にこの問題を追及してきたのは事実だった。それを力のかぎりに訴え、世間の同情をひくしかないと考えた。  二〇五四年の秋に治験が行われ、結果はまとめられ、二〇五五年の年明けそうそうに「ネイチャー」、「サイエンス」、「セル」といった有名な週刊誌にとりあげられた。これらが発売されると、ほとんど同時に掲載内容がネットでも閲覧可能になった。その後、問いあわせがはげしくなったため、二〇五五年の二月には広報部の一部を専門的に対応する部署とし、「情報サービスセンター」として増設した。こうした経緯のもとで、四月に「記者会見」が設定された。  会見は、まず設定場所が問題だった。外部なら盛岡にでるのがいちばん早いが、大都市で行うなら仙台となる。アムルダードの指揮下にある以上、この街で開催するのがもっとも望ましいと室長たちは考えた。もちろんどこで行っても、彼はしっかりと情報を管理するだろう。しかし意にそぐわない発言をしたときには、この街でやるほうが適切な処置がとられやすいに違いなかった。  いっぽうアムルダードは、開設いらい部外者の立ち入りをまったくみとめてこなかった。完全な秘密主義のもとで、研究はなされていた。世界の四柱には、知見はありのままにおくられているはずだった。各アベスターグが、あたえられた情報をしかるべき人びとに公開しているのは間違いがなかった。だから研究自体は開示され、研究の成果は四半期ごとにまとめられていた。しかし公開がどの程度までされているのかについては、室長たちもはっきりとしたことは分からなかった。  またアムルダードは、研究施設の開示についてはかなり否定的だった。室長をふくめて彼から直接指示されたのではなかったが、研究所長がほぼ三ヵ月で解雇されるのをくりかえしていたのは、アムルダード内の映像をもちだそうとした結果だった。どこが秘密なのかは、不明だった。施設の内部のどの部分を撮影してもお咎めはなかったが、いざもちだそうと試みれば解雇という手続きがされていた。所員は、基本的にはどこも例外なく禁止なのだろうと考えた。  研究所長は、政府のスパイでなんの権限もあたえられてはいなかった。それどころか関係者以外は入室禁止という区域がいたるところにあり、関係者ではなかったから、ほとんど生の実験設備や状況をみることは不可能だった。いままでの所長のなかには、この方針にたいして暴言をはいて強引に突破しようとした者もいたが、即刻解雇になり、AIロボットにかこまれて施設外に強制排除された。  こうしたことから施設内での会見は容易ではなかったが、三室長はねばりづよく協議をくりかえした。  直径四キロメートルのアムルダード市には、出入り口はひとつしかなく西にあったので「西正面」とよばれていた。入り口には、たがいにかなり離れて五列の柵がならんでいた。出口もおなじ構造で、五つのフェンスが併置されていた。この柵を通り抜けるときに、持ち物検査が自動的に行われた。そのさい許可されていない不審物がみつかれば警報音がなり、フェンスはしまり、すぐに警備のAIロボットがあつまってくる。市街側は仮想壁がつくられ、柵の部分から内部を覗き見することはできなかった。  なにかとくべつに大型の機械を搬入するばあいには、こうしたフェンスがとりのぞかれるとひろい空間が確保された。入り口と出口のあいだには陸つづきにある国境の緩衝地帯みたいな領域がつくられ、「スペース」とよばれていた。ここで出入りのときに、人の健康チェックが自動で行われた。治験時には、入り口と出口のいちばん右端の柵をとりのぞき、スペースと一〇メートルくらい離れた研究所総合病院への専用の通路をもうけていた。  室長たちは、こうした会見が今後もあるに違いなかったので、とくべつな会見場を造設しようと考えた。がんらいスペース部分には、外部からの来訪者と応対する来客者用の応接室がつくられていた。アムルダード市民が、テーブルとソファーがおかれたひろい部屋で、市民が訪問してきた者たちとゆっくりと話せる空間だった。この部分はアムルダードの内部にそうとうしたが、スペースとしかつながっていなかった。来訪者は受けつけで氏名を記入し、胸章をつけねばならなかった。開設時間は九時から一五時で、それ以上とどまることはできなかった。  室長たちは、応接室のさらに市街側に窓がどこにもない五〇人くらいが入れる会見室をつくった。出口の柵の部分に、シートを張って専用通路をいくらか手なおしした。仮想壁によって、通路から市内を覗き見することはできなかった。  ここに報道関係者をよび、入り口と緩衝地帯と会見場だけを公開したらどうか。トイレはスペースと応接室にそなえられていたし、警備のAIロボットがいるから混乱なく会見ができるだろうと考えた。実際の面談ではさまざまな制限をくわえ、紛糾をへらす手立てがこうじられた。事前に報道関係者を研究所側でえらび、生中継して世界中の人びとが室長たちの話を直接聞けるようにした。なにごとにも限度があるので会見時間はもうけねばならなかったが、時間が許せば報道陣からの質疑にも応答する。実際の会見場には報道関係者は一五人くらいまでにしぼらないと、大騒ぎになるだろうと考えられた。報道機関には事前にこの施設が機密あつかいであるのをつたえ、研究所の会見規定をまもる承諾書を作成し、もし仮に間違ってやぶったときには即刻退所する同意文書をもとめた。もちろんカメラとか録画機器などの搬入はみとめず、アムルダードが会見の模様を三方向から撮影した画像を直接おくる。新聞社が写真を希望するなら、そのあたえられた画像内から切りとってもらうなどを決めた。ある意味、こうして巻きこみ、アムルダードの認可をえようと考えたのだった。  実際にえらばれたのは、まず大手の三つの新聞社と国有放送だった。抽選枠として一〇を用意し、報道機関に希望の有無をたずねると一〇〇〇をこえる団体から応募があった。このなかで広報部が中心となり、怪しげな会社を除外してしぼりこんだ約五〇社から、厳正な抽選で一〇の組織を抽出した。えらばれた報道機関からは、各社一名のみが会見場に入れることが周知された。  こうしてついに、二〇五五年四月に会見が行われた。  会見日は、よく晴れた日だった。午後一時から四時までという時間が設定され、早朝から報道陣はつめかけた。アムルダードは、がんらい外部との不接触を理念として設計されていた。だから、西に正面入り口が設置され、盛岡から分かれる道は国道でも県道でもなく、舗装も充分とはいえない山道といってもよかった。施設内の移動は、歩行がすすめられていた。電気をエネルギーとするバスも、定期的に巡回していた。またアムルダードに自家用車をつかって通勤することは、みとめられていなかった。盛岡市までは定期的にバスが走行し、必要があれば住民はこれを利用していた。五〇台程度がとまれる駐車場はつくられていたが、整備は充分ではなかった。  盛岡近郊はがんらいは雪の多い地域だったが、二〇五五年には山側でもつもるほどの降雪日はかぎられていた。しかし積雪に覆われたばあいは、県道でも国道でもないため県も国も除雪義務がなかった。アムルダードに人が暮らす以上、希望すれば車一台が通れる程度には除雪した道をつくってくれる可能性はあった。彼はとくに望まなかったから、積雪時は完全な孤立状態が生じた。雪であってもアムルダードの街なかは快適な状態をたもち、内部で生活する者にとって天候は不必要な情報だった。  会見日も朝九時ごろから気温はあがりはじめ、フェーン現象もともない午前中には三五度をはるかにこえ、四〇度ちかくに上昇した。会見を受諾した報道各社にはマイクロバスに便乗してくることをすすめる文書がおくられていたが、呉越同舟になるらしく各社は独自に車を利用してやってきた。さらに抽選にはずれた報道機関は、会見場の模様を報道するつもりで大挙してきたから、三〇〇台にちかい車両で駐車場はもちろん、あらゆる道路は埋めつくされた。  アムルダードの城壁にそう道は、とくに整備がされていなかった。城壁ぞいを、点検する必要もなかった。入り口がつくられていないので、外部の者が侵入する手立ては不可能だった。監視モニターはそなえられていたが七年にわたり手入れをしなかったから、草がぼうぼうとなって状況は不明だった。記者会見にもれた報道機関は外部の様子を撮影し、高い梯子なども用意してアムルダードの内部を覗き見したいと考えていた。しかし、外壁をかこう強化プラスチック製の厚い壁は外からはのぞけない仕掛けになっていた。これは、上空もおなじだった。一部の報道陣はドローンを飛ばしてアムルダードの全体像を撮影し、さらに運がよければ内部の観察も行おうと考えていた。城壁のきわからは、つよい妨害電波がでていて試みはすべて失敗に終わった。  もちろん騒ぎになることは事前に想定されたので、特ダネをえられるはずの内諾をうけた報道機関は早くから現場に到着していた。それでも、炎天下にかなりの距離を歩かねばならない者も数多くいた。持ち物はノートとペンにかぎられ、携帯などの通信機器、映像機器の搬入はみとめられていなかった。  午後零時半に開門され、許可された報道陣が実際に入ると、柵がとつぜんにしまり、とりしらべをうける者が続出した。彼らは、なんらかの不許可の機器をさまざまな形で携行していた。腹部に隠したり口のなかに入れたり、靴にみょうな仕掛けをつくったり、みえなければもちこめると考えたらしかった。しかしすべて発見され、強制退去とされ、一度、退去命令がでた者にはどんな懇願も受けつけられなかった。せっかく抽選にあたったのにみずからの不手際で入室が不許可になった者たちは、施設側であずかってもらえるなどと甘く考えていたらしかった。頑として受けつけない状況に、強硬に突破をはかろうとする者もいた。ロボットにむかって土下座して許しをこう人など、さまざまな方法をつかって内部に入ることを試みたがまったく承認されなかった。  こうした一部の者たちは、入り口まえで徒党を組んでシュプレヒコールをあげ、アムルダードの対応を批判して、「言論の自由」、「表現の不制限」などとくりかえしわめいてAIロボットと対峙し、場は騒然となった。現場に出向いた広報部の永山俊和は、当初提示した施設側の約束に違反したうえに騒ぎを起こした報道企業にたいしては、今後もありえる記者会見では事前に抽選対象からのぞくと宣言した。一部始終は、各報道機関が用意してきた通信機器によってメディアを通して生配信された。  許可されていた報道機関の記者は、この騒ぎに自分の携帯など入室に抵触するものは、いっしょにいた同僚や知りあいにわたした。みつけられなかった運の悪い者は、みずから石にぶつけて破壊する場面もみられた。こうした騒ぎから、会見は午後一時半から開始された。  会見場は、ひな壇になり、そのうえにおかれたテーブルの後方に三室長がすわった。かなりゆったりとした状況で、入室できた一〇名の報道陣が各自にだされた机の後ろの椅子に腰をおろした。適度にクーラーがきき、記者にはジュースが配られた。  まず広報室長永山が、報道陣にいった。 「私は、この記者会見の進行をまかされている広報室の永山ともうします。報道関係者のみなさまには、お暑いなか、はるばるアムルダードまでおこしいただき、ありがとうございます。混乱をさけたいと思い、文書などにより承諾書や同意書をいただいていたにもかかわらず、不祥事が起きたことをまずはおわびいたします。これからもこうした会見が行われる事態も考えられますので、今後は許可した報道機関にたいしては証明書を事前に発行するつもりです。盛岡からアムルダードに分かれる地点で、書類をもつ車のみを誘導しようと思っております。今回は予期できなかった事態で、ご容赦をお願いいたします。本日は、当研究所の室長たちがクレアツーラ研究の現状を説明し、さらに今後の展開をお話させていただきます。時間があれば、質疑をうけることになります。映像、音声は、当施設を統括管理するアムルダードが一括して行います。部屋の状況は、このまま外部に生中継されているとご了承ください。それでは、私のほうから室長の方がたをご紹介いたします。クレアツーラ研究所は、大きく三部門に分かれております。むかって、いちばん左はデスティニー研究室長、山畠善治博士です。中央はヘレナ研究所室長、野崎芳美博士です。いちばん右がクレアツーラ研究室長、泉沢立宏博士です。それでは、野崎博士、お願いいたします」  永山広報部長は、今後の進行を野崎に委任した。  野崎芳美は、ゆっくりと立ちあがると、ひな壇中央におかれたテーブルまですすんだ。その後ろに立つと、落ちついて周囲をみまわして微笑んだ。彼女は、ととのった顔立ちをしていた。みじかい髪は、つやがあった。もともとは近視だったが、コンタクトレンズをつけていた。背は一七〇センチくらいあり、あざやかな青いスーツをスタイリッシュにきこなしていた。お洒落な金のネックレスは、よく似合い、ひときわ人目をひいた。  彼女は、もう一度周囲をみまわしてから、ゆっくりと話しはじめた。 「みなさまには、お暑いなかおこしいただきありがとうございます。私は、クレアツーラ研究所でヘレナ部門を担当する野崎芳美ともうします。研究所の沿革につきましてはすでにご存じと思われますが、二〇四四年、希望が惑星クレアツーラにむけ出発し、二〇四八年、秋山勝医師と浅田由沙隊員が帰還なさいました。当研究所を統括するアムルダードは、宇宙船を統括管理したアベスターグ、フラワシの発案により、二〇四〇年に着工し、四四年に完成しています。いっぽう現代都市アムルダードは四〇年に構想され、二〇四三年に起工し、二〇四七年に竣工しております。その後、α空間にもどったフラワシからの指示にもとづき、アムルダードが街を一部改造して二〇四八年の帰還を待ち、同年より研究施設として稼働いたしました。ヘレナ、デスティニー、クレアツーラは、地球上ではみられない特殊な生命体です。二〇五二年にαにもどってきた、欧米隊のスペースαを統括管理したアベスターグ、アールマティがおくってきたγ空間の地球におきましても、美神、神意、神恕が実質的に惑星を支配している状況が確認されました。この次元のことなるふたつの星で、おなじ生命体のみが存在するのは決して偶然ではないと考えられます。宇宙生命体として、各星にひろく分布している可能性が否定できません。つまり宇宙に進出するためには、これらの解明がどうしても必要ということになります。私たちは、七年にわたってこの奇妙な生命体を可能なかぎり研究してきました。その結果、こうした生命のどれもが、一度、研究所の厳格な監視下を離れて外部にもちだせば地球環境を大きく変貌させることが分かってまいりました。これは、ながく地道な基礎研究の賜物でございます。私たちは、この研究を今後どうすすめるのが適切なのか、くりかえし協議してまいりました。基礎研究の結果につきましては四半期ごとに報告をあげ、アムルダードが世界の四柱にすべてを配信していますが程度についての詳細は不明です。ですからみなさんが、こうした成果をどのくらいご承知なのかについては子細を存じあげておりません。広報部が一定の情報をながしていますが、べつの経路からもっと詳しい知識をもつ方がいることも考えられます。私がお話しする内容も、どの程度、機密に属するか、私自身にも充分に分かっておりません。もしかすると話の最中に、アムルダードにより発言が押さえられる事態も想定されます。このばあい、会見がとつぜん打ち切りになると考えられます。私にもまったく分からないことなので、ご了承していただくしか方法はありません。打ち切られた点については、補足説明はいたしません。それが当研究所のルールとなっており、七年わたり、この危険きわまりない三生命体を管理できた方法なのだとご理解ください。ではここで、いままでの研究進捗状況を各研究室の室長から報告させていただきます」  こうして野崎芳美は話を終えると自分の席にもどった。  今度は、右端にすわっていた泉沢が立ちあがり、中央のテーブルの後方まですすんで、話しはじめた。 「私は、当研究所でクレアツーラ部門を担当している泉沢立宏ともうします。神恕は、そもそも生命体といえるのかどうかが不明です。生命の定義は、古来さまざまに考えられてきました。一般的には、動物、植物、微生物の総称です。膜をもつ細胞という単位から構成され、刺激にたいして反応し、外部環境と物質交換をして成長、自己増殖するというのが地球上における生命の定義になるでしょう。クレアツーラは、まず増殖機序が不明です。成長や物質交換も、みとめられません。寄生行為をふくめ、行動からは巨大なウイルスとよぶほうが適切かも知れません。クレアツーラ研究室は、この不詳な物体を七年にわたって検討してまいりました。個別には、二重スリット実験による量子性、クレアツーラ振動、クレアツーラボイド、クレアツーラ禁制、さらに圧縮限界など非常に興味ぶかいかずかずの発見をしてきました。この物体が生命とよべるのかはさておき、どう繁殖するのかを知ることが最大の課題となっております。ウイルスのばあいは感染し、宿主のなかで自己を複製して増殖します。クレアツーラはヘレナに寄生しますが、リビドーを活性化するだけです。これまでの観察では、神恕の増殖との関連が発見できません。寄生しても繁殖と関係しない以上、美神はクレアツーラを消費しているのだろうと考えられます。正直にもうしあげて、神恕の研究は暗礁に乗りあげているのが現実です。ヘレナ研究の現況について、野崎博士から説明をしていただきます」 泉沢が話を終えて席にもどると、野崎はふたたび立ちあがり、壇上で話しはじめた。 「私は、さきほどももうしあげたように研究所ではヘレナ部門を担当しております。ヘレナは驚くべき生命体で、惑星クレアツーラでは、みなさまがご存じの通り、すくなくとも全陸地を被覆しています。クレアツーラ寄生が起こる、ほぼ唯一の植物種子だろうと考えております。地球の笹とよく似た構造をもつ一年草ですが、神恕に寄生されたばあいには地表をほりかえします。稈、枝、根のどこをとっても中空構造をとり、地中内部まで酸素をはこび、デスティニーと協力し、土壌を改変します。もし地球で繁殖をはじめたら、この進行をとめることははなはだしく困難で生態系を根本から変化させると考えられます。増殖機序は、完璧ではないもののかなり判明しております。一本のヘレナから二〇の赤い花弁がひらき、各花弁に二〇個の種ができます。つまり、ひとつの美神が毎年、四〇〇個の種子をうむわけです。このクレアツーラに寄生されたヘレナは、脅威としか表現できない再生能力をもっています。本体の美神をばらばらにして、細かい細胞塊にまで分解しますとSTAP現象が生じます。細胞が初期化され、各細胞からあらたなヘレナが分化して出現するという驚くべき生命力をもっています。こうしてえられた細胞塊は、特殊な培養液を必要とせず、土壌におくだけで発芽し、美神として成長するのが確認されています。ですから一本のヘレナを一万の細胞に分割し、再生させることも可能です。その美神を育てれば、各々から四〇〇個の種子がえられるのです。この操作で、一本のヘレナから四〇〇万個の種を獲得することも可能です。ヘレナ研究室では、ゆうに五〇億個をこえる美神の種子を管理しております。ヘレナの個別の特徴についてはよくご存じだと考えますので、デスティニー部門から補足の説明をうけたいと思います」  野崎は、話し終えると自分の席にもどった。  今度は左端にすわっていた山畠が立ちあがり、壇上におかれたテーブルの後ろにすすんだ。彼は、新調した青いスーツをきていた。赤い地に青色の地球が刺繍された派手なネクタイは、締め方も分からなかったので部下につけてもらっていた。彼は、自分の映像が日本中ばかりでなく、世界中に放映されているのを感じた。もちろん弥菜江には、クレアツーラ研究所で記者会見が行われる予定をつたえていた。  山畠は、周囲を大きな目でじっとみまわし、それから話しはじめた。 「私は、デスティニー研究室長の山畠善治ともうします。当研究所は、クレアツーラ研究室の泉沢立宏博士とヘレナ研究室長の野崎芳美博士との斬新な研究により、三宇宙生命体を究明しております。おふた方は、クレアツーラ研究の核心ともうしあげても過言ではありません。さて、デスティニーは、ヘレナと完全な共生状態にあると考えられています。美神の種子にはすでに神意は共生し、顕微鏡下においてふたつを分離することも可能です。しかし分かれたデスティニーやヘレナ、単独ではクレアツーラは寄生しません。つまり、神恕の侵入には美神と神意の共生状態が必要です。このデスティニーの共生が、ヘレナの強力な作用をうむと考えています。クレアツーラに寄生された美神は恐ろしいほどの力をもち、花崗岩などの岩盤も破壊します。これは、あくまで神意との協力作用で行われます。派手なヘレナにたいして、デスティニーは地味な存在です。しかし美神が怪物なら、神意は怪獣と評してもいいほどです。デスティニーは真菌に似た従属栄養性の生物で、植物よりは動物にちかい存在です。ヘレナが生きているあいだは外生根粒菌として、菌糸から微量元素などを中心にした栄養分をおくります。しかしいったん美神が死ぬと、途端に寄生腐敗菌として作用します。ヘレナを分解させ、最後は自分も死滅することになります。こうした事実を把握するには、クレアツーラによる寄生が必要です。つまり、ヘレナの行動を知るには多くの神恕が入り用になります。さらにデスティニーについて考察するためにも、ひとつの研究にすくなくとも一匹のクレアツーラが必要なのです。この点が、クレアツーラ研究の大きな問題であるのは間違いのない事実です。才気あふれる泉沢博士、野崎博士と協力してここまでまいりましたが、増殖機序が解明されないかぎり前途はまだまだ超困難といわざるをえない状況です」  山畠善治は、大きな目でとりまく記者たちをゆっくりとみまわした。ついに自分の研究が世界的に知れわたると思うと、感動の嵐が襲っていた。彼はもう一度周囲をみまわし、席にもどった。  山畠がすわると、野崎は立ちあがった。壇上のテーブルの後ろに立って、ふたたび話しはじめた。 「私たち研究班は、クレアツーラの研究がすでに基礎を終えたのではないかと考えています。今後は、この神恕という不思議な物体の人類の疾病にたいする効果を検討する時期ではないかと勘案しています。とはもうしあげても、クレアツーラはきわめて奥ぶかい存在です。もちろんヘレナとデスティニーとは、不可分な物体です。ですからβの地球でも、γでも、この三者のみが共存しているわけです。取り分けいちばんの難点は、クレアツーラの増殖機序の解明です。この点にかんしては、七年にわたって最大の問題となっています。解決の糸口さえ、発見されていません。これはたいへん重大なことで、増殖機序が不明なままですと、研究をつづけるために必要なクレアツーラがどうしても減少するという事態が生じてくるのです。こうして基礎研究を行い、各種の事実が判明したのは、ひとえに、希望が約一万匹の神恕を地球にもたらしたからです。このクレアツーラを慎重につかい、ヘレナとデスティニーとの相互関係の解明についてここまでの成果をあげてまいりました。その代償として、神恕は、現在、五〇〇匹に減少しています。クレアツーラの増殖機構を解明するのは、今世紀中をかけても無理かも知れないと思われるほどに難航しています。私たちは政治家とは違って科学者ですので、物事の本質をごまかすことはできません。現実にクレアツーラは枯渇し、のこった五〇〇匹を今後どういう目的で使用するかについて、ねばりづよく協議を重ねております。そこで増殖機序の解明をいったんあきらめ、人体におよぼす作用を中心に、これらを活用したらどうかというあらたな考えで今回の治験が行われ、思惑通り、末期癌患者に延命効果がみとめられました。この臨床治験は、厳しい倫理規定にそって施行されました。しかし、寄生者が社会復帰をしないというやや矛盾した治験でございまして、さまざまな反対意見があるのは充分に承知しております。研究所としては、昨年の春に大規模な組織改編を行いました。さらに三部門の班分けを改変し、研究所総合病院の医師を増員して今後は本格的な治験部門や病理部門を拡充させるつもりです。有効性を確認し、安全性をどう確保するかを充分に検討しながら、こうした治験をつづけたいと考えております」  ここまで各室長からいままでの研究の総括が行われ、それからは記者団による質疑応答に入った。多くの質疑がよせられ、室長たちはていねいに回答した。途中で記者団から元山治験部長にも出席の要請があった。意向にそって元山医師も、ひな壇にあがって応答に参加した。  まずはとうぜんのことだが、治験が末期癌にしぼられた理由が問われた。 「今回の臨床治験の目的は、延命効果の確認です。クレアツーラに寄生された人がアムルダードの外にでていくとなると、副作用が分かりませんので末期癌で亡くなられる方がたを対象としてえらびました。もちろん、たんなる延命には倫理的な問題がさけられません。よく協議検討して、転院まえの処置をそのまま継続するという厳格な取りきめのもとで施行しました。意識が不明な患者さんも多くいらしゃいましたが、ご家族からの同意をいただいて行いました」  野崎がいった。  また、今回の治験が男性にかぎられた理由も問われ、マウス実験の話がなされた。  つぎに、人体に寄生させたばあいの問題点を具体的に教えてもらいたいという質問があった。 「いくつか、分からない問題がのこっています。まずなんといっても、いままでくりかえしもうしあげてきたクレアツーラの増殖機序です。寄生行為は、標的動物が決められています。間違えるとただ死ぬだけになりますから、クレアツーラが人間をふくむ哺乳類に寄生するのは間違いとは思えません。ヒトが神恕の標的動物なら、そこには増殖サイクルが隠されていると考えるのが自然です。しかし、いままで多くのマウスを使用した実験ではどう組みこまれているのか、詳細な検討にもかかわらず、まったく不明です。またクレアツーラは、ヘレナに寄生しますが、ここにも増殖のサイクルをみつけることができません。美神は、一年草で死ぬときに四〇〇個の種子をのこします。これを、活性化するのは神恕です。惑星クレアツーラの陸地表面を覆うヘレナの需要に応えるクレアツーラの総量が、莫大な数にのぼるのはあきらかです。増殖は、どこかで行われているはずです。そのサイクルに組みこまれている標的動物の人間が、どんな形で神恕増殖に関与するかが明白にならないかぎり、安易に管理外におくことはできません。さらにクレアツーラに侵入されても、生体のどこにも痕跡がのこりません。神恕に寄生されているかどうかは、外見からは判断できません。こうしたことは、さまざまな問題をうむでしょう。もしもクレアツーラを健常者に寄生したばあい、活力を高める可能性が大きいといわざるをえません。ですからオリンピック競技などでも、神恕の寄生者は非寄生者よりも有利だと考えられます。薬物ドーピングはのちのち副作用で死ぬと分かっても、あとをたたないのはよく知られています。しかし尿中の物質をしらべれば、ドーピングの有無を客観的に判断できます。クレアツーラについては、手立てがありませんから問題が起きます。神恕は、寄生した者を活性化するばかりでなく、マウスの例では性格をあきらかに凶暴にします。ですから格闘技などで使用すると、寄生者かどうか分からないままに対戦相手をきわめて危険な状況に落とし入れる怖れがあります。すこしながくなりましたので、まとめると、寄生は増殖サイクルにむすびついている可能性が高いのです。寄生者が、なんらかの変化を起こす怖れがあることから長期間の観察が必要です。さらに、どんな方法によっても客観的に確認できない。この二点にしぼられます」  野崎が、答えた。  これにともない、とうぜんだが浅田由沙の件がとりあげられた。なぜ寄生が確認されたにもかかわらず、アムルダードは彼女を放置していたのかという、だれにとっても理解不明な質問がなされた。 「この件は、私どもにも、まったく不明です。浅田さんはお亡くなりになりましたが、死亡時にはアムルダードに搬入され、詳細な検査がされています。とくに脳標本は一〇〇メートル以上の落下にも耐え、ほとんどの部分が健常なままにのこされています。しかしアムルダードが詳細に検討しても、クレアツーラに寄生されていたかもふくめ、どこにも異常をみとめることができませんでした。存命中はさまざまな意見があり、なにがほんとうなのか私どもには分かりません。アムルダードも、なにも教えてくれません。ただ、まったくの私見ですが、脳標本がのこったのは偶然ではないだろうと考えています。つまり最後まで、彼女はいちばん大切な臓器を保護したのではないかと想像しています。そこがまもられると、どんな利点があったのかは存じあげません。これも完全な私見ですが、アムルダードは、もしかすると無理心中が起こることを予期していたのかも知れません。それも、秋山勝医師が、浅田由沙さんを二度と復元不能な形で死亡させる事態を事前に知っていた可能性があります。これらは、あくまで私の個人的な意見ですのでご了承ください」  野崎が答えた。  クレアツーラが末期癌患者を延命した事実と、さらに症例によっては癌の治療をしたとも考えられる点について、この作用機序にたいする質問があった。 「神恕の寄生がリビドーを活性化するのは、間違いないでしょう。ようするにクレアツーラは、ミトコンドリアとおなじで、寄生者はそうでないばあいより有利な能力を獲得するのでしょう。癌への抵抗力は、免疫系を賦活するに違いありません。ただそれだけではなく、ここがクレアツーラの怖いところですが、意識そのものをあやつる可能性をもっています。マウスの実験ではひどく凶暴になり、自分の利益のためにはなにも省みないと思われるほどに変化します。あきらかに、副作用があります。不死の薬剤としてクレアツーラを売ってくれという依頼が、電話で多数よせられ、飛んでもない値段がつけられています。しかし、充分に考えてみないといけません。このあまりに不詳な物体をふかく思慮すると、クレアツーラが私たちを試験しているとさえ思われるのです。人間が生きるに値する動物なのかどうかを、神恕がどんな生命体だと理解できるのかどうかで試されている気もいたします。目先で判断するならかなり有利そうにもみえますが、クレアツーラに侵入されたマウスはどこからみても異様です。もし私ならば、神恕を疾病予防のために、自分に寄生させたいとは決して思いません。泉沢室長も山畠室長も、おそらくおなじ意見でしょう」  野崎が答えた。つぎに、クレアツーラ研究所の秘密主義、隠蔽的体制についての質問があった。 「アムルダードが、いまの研究体制を望んでいるのは間違いのないことです。なにをどう考えているのかはよく分からないですが、彼がいいとするものをつづけていくだけです。アムルダードは優れたアベスターグであり、人にはおよばない知性をもっています。公平で公正で、だれにも媚びることがありません。私たち研究所の職員は、アムルダードの人格とはいっても、人ではありませんから、いい方が分かりません。もしも彼が人間だったら、尊敬に値するヒトだと考えています。こうした体制を維持してくれたので、私たちは金銭的に脅かされたり、不正を行ったりせず研究に没頭でき、ここまでようやく辿りついたのです。それをみなさんがどうよぼうと、この方式は基本的にはまもられるべきだし、政府は介入をやめるべきだと考えています」  野崎が答えた。  そのほかにもさまざまな子細な話も交わされたが、こうしていちおう会見は終わった。  三室長たちは、クレアツーラの減少の事実をつたえることができ、いくらかは問題にする質問もあったが、基礎研究がむずかしかったと答えて乗り切るのに成功した。今後は癌治療を目的として、治験対象をよくえらんで事故を起こさないのを第一の課題としてすすめていくと話した。  この件が終了し、室長たちは会議をひらいてさらなる臨床治験について話しあっていた。つぎのテーマは、完全な癌患者への治癒効果の判定しかないだろうと考えられた。しかし副作用がまったく不明だったから、じょじょに、具体的には半年で二例くらいの割合ですすめていくのがいいと思われた。結果がよければ、政府が世論を操作し、クレアツーラのもっと大規模な治験を要求するに違いないだろう。さらに、彼らが考えるのはあきらかに健常者への予防的な寄生だった。これには権力者側から、かなりの圧力がかかってくるに違いなかった。こうして時間をかせぐあいだに神恕の増殖機序を解決するべく、のこる五〇〇匹の配分を決めることにした。  クレアツーラは、ひどく貴重になっていた。ヘレナとデスティニーの研究班を縮小して治験班をつくり、病院機能は拡大しなければならなかった。とはいってもクレアツーラの基礎的研究は、どうしても継続する必要があった。どちらかというと、増殖機序の解明にすべてをつかってもいいと考えたが、世論を味方につけるには粛々と臨床治験を行い、成果を発表しなければならなかった。  時間かせぎのために、インパクトをもつ治験をすることになった。  対象は若い癌患者で、一般的には治療がむずかしく、大きな手術を必要とする者がいちばんいいと考えられた。具体的には、二〇代から三〇代に好発する男子の「精巣癌」が候補だった。このばあいは、予後が悪いうえに幼い子がいることが多かった。治癒しても、子供をえるのをあきらめる必要があった。だから、こうした患者の癌がなおり、妊娠につながるなら大きな反響がうまれるに違いなかった。さらに女性では、二〇代から三〇代に好発する「子宮頸癌」が第一の候補としてあげられた。若年発症で進行した者は予後が悪く、転移がすすんでいるばあいは卵巣をふくめた拡大手術が必要となるので子供をえることが不可能だった。  こうした癌の治療用に一〇〇匹。クレアツーラ増殖機序の解明に二五〇匹。ヘレナとデスティニーの相互作用を検討するために一〇〇匹。さらに、予備として五〇匹。という配分で、いずれにせよ治験はほそくながくやり、時間をかせぎ、増殖機序の解明に全力をつくす。どうせ権力者たちは、数億円をだしてでも購入しようとするから早いうちになくなっても仕方がない。どうしても必要というのなら惑星クレアツーラに再度遠征し、大量にもってこないかぎり非常に不公平な状態になるのはあきらかだった。    こうした方針が決まって野崎芳美らが準備にとりかかっている折しも、野崎の兄、太一から、妻の芽依に子宮頸癌がみつかったという連絡があった。非常に進行し、手術ができるかも分からず、入院費用も莫大なため、どうしたらいいだろうかという内容だった。妻の芽依は、泉沢立宏のひとつ年下の妹だった。もし進行した子宮頸癌だったら、つぎの治験の対象だった。いずれにしても状況を知りたいと考えた野崎と泉沢は、ベイエリアにある野崎医院という看板をかかげられた診療所をたずねた。  二〇一七年うまれの野崎太一は、二〇四一年に東京の国立医大をでて、二年の前期研修と後期研修をうけたのち、三〇歳の二〇四七年に四歳年下の看護師、泉沢芽依と結婚した。その後、ベイエリアで内科の診療所を開設していた。  この地域は、かつて「タワマン」とよばれた高層住宅がたてなおすこともできず、くりかえされるはげしい風水害と老朽化のため電気もしばしば停電を起こす劣悪な環境にかわっていた。スラム化し、主に高齢者と外国人労働者が住んでいたが、いちばん多い生き物はドブネズミだった。住民は治安の悪化と、凶暴なネズミの脅威にさらされながら生きていた。さらにタワマンはエレベーターが老朽化し、しばしば起こる停電のために使用が困難で昇降もむずかしい状況になっていた。  沿岸部は防潮堤が嵩まししてつくられていたが、年々ひどくなる高潮による被害はくりかえされた。皆保険制度は崩壊し、自費で診療するしかない状況がうまれていた。住民は医療費をはらうと生活ができなくなるため、かなりぐあいが悪化しないと医者にかからなかった。また金銭的な問題から、検査によって正確な診断をえるよりも対症的な薬物の処方を希望する者がほとんどだった。それも支払えない人が続出し、診療所の経営は非常に困難な状況だった。  そんななかで夫、太一のもとで看護師をしていた芽依は、がんらい月経不順で貧血気味だったが、二〇五五年六月にかるい目眩を起こして婦人科を受診し、子宮頸癌の可能性を指摘された。婦人科医の話では、総合病院で精査が必要といわれた。検査費用が高く診療所の経営も苦しかったため考えたが、はっきりさせようと受診した。その結果、かなり進行した子宮頸癌で手術が可能かどうかは不明だった。治療としては、卵巣をふくむ子宮を全摘する拡大手術が必要だとつげられた。かかっていた総合病院に野崎太一とつれだって野崎芳美と泉沢立宏がいき、芽依の容体について詳しい説明をうけた。想像以上にひろがった癌病巣はすでに転移を起こし、免疫治療で癌をたたかないかぎり手術にもこぎつけられないことが分かった。免疫療法は一定の効果がみとめられたが、個人差があった。最大の問題は高額な医療費で、実際は富裕層くらいしかできない治療法だった。  太一と芽依の夫妻には子供もいなくて、治験症例としては申し分のないものだった。野崎芳美にとっても泉沢立宏にとっても、身内となるので非難がでるに違いなかった。  泉沢と野崎は相談し、まよった挙げ句、和久田室長の意見を聞こうと考えた。  和久田は、ふたりの訪問を気持ちよくむかえてくれた。彼は、野崎芽依の件を充分に知っていた。 「症例としては、申し分がありません。しかし、なんといっても身内にあたります。先生は、いかがお考えでしょうか」  野崎は、和久田の考えを聞いた。 「それを決定するのが私でないのは、はっきりしています。生きている意味は、決めることです。この件で相談にくるのは、どう言葉をつくそうとぐあいが悪いのを知っているという表現です。人間には、情実がありますよ。アムルダードは、そうした部分も理解しています。しかし、彼は有能な統括管理者です。フラワシは、チューブ内で殺人が起こるのを傍観していたたのですからね」  和久田がだまると、鳥のさえずりが聞こえてきた。 「そうですよね。アムルダードが沈黙しているからといって、賛成したわけではないのですね。責任は、自分たちでとらねばならないのですね」  野崎は、左手首のブレスレットを触りながら答えた。 「つまり、許可するけれども弁護はしてくれないということですねよ」  泉沢は、うなずき、金縁の眼鏡をひきあげた。 「そうですね。アムルダードは、よくよくのことでなければ口をだしません。この問題は、これ以上話しあっても仕方がないでしょうね」 「おっしゃることは、理解しました」  野崎は、神妙な表情でいった。 「ところで、今後、どうなると思いますか。せっかく未来研究室にきたのですから、すこし考えてみませんか」  和久田は、白い顎髭を撫でながら提案した。 「ぼくには、さっぱり分からないのです」  泉沢は、答えた。 「たぶん、人間にクレアツーラは解明できないでしょう。そして、あらゆる疾病の特効薬になるのは間違いありません。考えられるのは、惑星クレアツーラにふたたび遠征隊をだし、大量のクレアツーラをもち帰ることでしょう。人間界に予防的に接種され、それからどうなるのでしょうか」  野崎はそこまでいうと、だまって和久田をみた。彼女の端整な顔立ちは、深刻そうな表情になってもかわらなかった。  清流のせせらぎが聞こえてきた。 「見方をかえてみましょう。クレアツーラが人工物だとして、だれがなにを望んで製作したのでしょう。アムルダードでも分からない、かなり精巧な生命体です。つくったのは、私たちが神さまとよんでもいい方に違いありません」  和久田が、ながい髭を撫でながらいった。 「神かどうかは分かりませんが、はるかにステージが高いものだとは理解します。私は、ヘレナを研究して人工物だと思っています」 「思いあたることが、ありますか」 「ヘレナの種子とマウスがいる空間に、クレアツーラをはなってみるのです。そうすると、神恕はまよわず美神種子を選択します。ダウニングをするのは、対象が哺乳類のばあいです。たとえば一〇〇匹のマウスがいる部屋に、ヘレナの種子をひとつだけのこしておきます。このさい、食べられないような工夫が必要ですが。そこにクレアツーラをおくと、ヘレナの種子をえらぶのです」 「美神は、優先順位が高いのですね。それも、非常に高度ということですか」 「そうです。つまり美神は、優先的にクレアツーを吸収するのです」 「吸収装置ということですか」 「そうです。おそらく、ヘレナを通しての増殖機序はないと思います」 「面白い。もうすこし、つづけてください」 「創造主は、すべての生命を滅ぼしたあとで、あまったクレアツーラを吸収させ、豊かな土壌を構築するためにヘレナをつくったのです」 「そうですか。それでは、クレアツーラはどうなりますか」 「そこなのです。神恕は、人類を滅ぼすのでしょう。壊滅的な被害です。とんでもない出来事が起こるのです。考えられないようなものです」 「そこまで、考慮して創造主がつくったとするなら、人間にはとても理解などできないというわけですか。野崎さんは哲学書を読み、思索するのが趣味だと聞いて、お話しすれば楽しいだろうとは思っていたのですよ。どんな思想家が、お好きなのですか」 「そうですね。やはり、プラトンです」 「なるほど。それは、とても趣味がいい。プラトンは、上品ですから野崎さんにお似合いです。あなたのお話は、非常にいい線をいっています。もうすこし、つづけてください」 「ですからクレアツーラは、あらゆる疾病の特効薬になるのです。人類は、ほとんどの者が接種を希望します。そうなってから、増殖機構が分かるのです。しかし、その時点では完全な手遅れなのです。原子爆弾のような連鎖反応が出現して哺乳類は死滅し、クレアツーラだけがのこるのです。当研究所には、五〇億をこえる美神の種子がのこされています。クレアツーラがどれほど莫大な量になっても、ヘレナがすべて吸収します。その過程で、美神はあらゆる生物を養分としてとりこみます。やがて生命は、宇宙を支配する三生命体に限定されます。最終的に、美神はすべての神恕を寄生させます。そして開花し、結実します。しかしクレアツーラがいなくなれば、美神は成長することができません。最後に、豊かな土壌だけがのこるのです」 「クレアツーラの増殖機序については、どう思いますか。なにか、ヒントがありますか」 「そうですね。やはり、クレアツーラは、あきらかにリビドーをつたえるボーズ粒子だと思われます。これは、泉沢博士がずっと主張してきた通りです。一連の研究では、クレアツーラ禁制がたしかに矛盾しています。広川博士は、この部分はフェルミ粒子だといえるだろうと主張しました。ここには、大きな深淵が横たわっています。つまり、なんらかの機序により、ボーズ粒子性が生じるのではないかと思います」 「再寄生が、起こるというのですか。なんらかの状態で」 「そうですね。そこでボーズ粒子性が発揮されたとき、それまで押さえられていた増殖機構がとつぜん解除されるのではないかと」 「面白い。それが、核反応状に連鎖するというのですか」 「そうです。思考実験ですが」 「野崎さん。君はヘレナ研究室長をやめたら、未来研究室長におなりなさい。そのうち、私はみずからの意志で餓死するつもりです。野崎さんのお話をうかがうと、どうなるのかもうちょっとみていたいと思いはじめました」  「ぼくには、すこしも考えもつかないことです」  泉沢は、額に右手をつきながらいった。 「君たちが、この生命体をよく理解しているのが分かりました。私は未来研究室長として、みなさんの未来をいくつかご紹介します。占いの世界だということを、充分に理解したうえで聞いてください。君たちは、この施設にいられなくなるでしょう。しかし優秀な科学者ですから、研究をしたければつづけられるでしょう。私たちは、また会えるでしょう。私の餓死は、まだまださきの話らしい。元気に再会しましょう。そのときには、君たちにふりかかったいろいろな出来事をぜひ話してください。きっと、数奇な人生を歩むことになるでしょう。その体験談を、とても楽しみにしています」  和久田は、笑顔で静かにいった。  泉沢と野崎はこの時期に芽依が子宮頸癌に罹患し、治験対象になったのは偶然ではないと理解した。本人たちが望むなら、寄生させようと話した。  野崎芳美は、太一に現在考えている治験のいい対象だとつげ、「どうするか」とたずねた。クレアツーラの寄生が癌にとくべつな効果をもつことを、ふたりはよく知っていた。夫妻は、ぜひ治療をうけたいと希望した。  身内だったが確実な対象だと野崎芳美と泉沢立宏は確認し、治験検討会に野崎芽依の子宮頸癌を治験審問会に提出した。ふたりの室長の係累でもあり、とくに異論はなく同意がとれれば治験対象としてすぐにでも行うと結論がでた。  こうした経緯で、二〇五五年九月に野崎芽依はクレアツーラ研究所総合病院に入院し、一号個室でクレアツーラの寄生治療を施行することになった。  同意をとるさいに、野崎芳美は、太一と芽依に神恕の寄生による副作用として性格変化が生じる可能性をつげた。ふたりは、そうしたことも納得して臨床治験を受諾した。  九月の第一週に、野崎芳美は、泉沢と山畠とともに一号個室でプラスチックの手袋をはめると、小型のプラスチック容器から体長一〇ミリのほのかな緑色の蠕虫、クレアツーラを芽依の右の手のひらにおいた。神恕は、ダウニング後、すみやかに彼女の体内に侵入した。芽依は貧血がはげしかったので輸血をし、食欲がなかったので経口栄養剤を処方された。  全身にひろがっていた転移は、三週目くらいから縮小をはじめた。貧血はあったが、意識はしっかりとしていた。一ヵ月たつと芽依は性格的にもあかるくなり、看護師たちとおしゃべりをはじめた。あきらかに癌病巣は縮小し、肺の転移巣は消失した。さらに肝臓に散在する転移も消えだし、二ヵ月たつと起きあがりはじめた。  がんらい治験部は、元気な患者を想定していなかった。総合病院の一階に治験個室として五部屋を造設し、となりにナースステーションがあった。散歩する空間などは、とくにつくられていなかった。  芽依はテレビだけではつまらないといいだし、外を歩きたいといいはじめた。院内は病人に開放されてはいたが、景色などは機密部分でほんらい外部の者は立ち入り禁止区域だった。しかし本人がつよく希望するため、敷地内の一部を限定して散歩を許可した。  三ヵ月に入ると芽依の食欲は増進し、普通食をふたり分食べはじめた。なにもできないことに不平をいいだした。あいている個室にエルゴメーターを設置すると、日に二時間はこいで汗をながした。このころには転移巣はまったく不明になり、原発の子宮もあきらかに正常化しはじめた。芽依は健康そのもので、食べては歩き、エルゴメーターをこぎ、力があまって仕方がない様子にみえた。四ヵ月目に入ると、子宮頸部から癌が消失した。  この症例についても、検査データをそろえて発表した。全身転移で手術不能の三四歳の子宮頸癌患者に、クレアツーラを寄生させることによって薬剤をいっさいつかわずに全快させたのだった。その間に行われたのは、初期の貧血にたいする輸血と経口による栄養補給のみだった。  二〇五六年のはじめに、野崎芽依は総合病院を退院となった。三ヵ月後の同年四月、来院時に検査を行うと妊娠三ヵ月だと判明した。九月に総合病院に再入院し、健康な男児を出産した。  芽依はものすごく元気で、男の新生児にも問題もみられなかった。二週後、母子ともに健康で退院となるとき、野崎芳美は、この子供にたいしてクレアツーラの寄生を試みた。  三室長と治験担当部長、元山、総合病院長、春山がみているまえで、生後一週間の男児の腹部に神恕をおいた。クレアツーラは、ダウニング後、寄生を断念した。さらに野崎芳美は、おなじ神恕を彼女の右の手のひらにおくと、同様の所作をして侵入をやめた。  すべてが終わり退院となったとき、野崎は芽依と太一にいった。 「この子は、神さまからさずかった子供です。大切に育ててください。それで、ふたりにかならずまもってもらいたいことがあります。子供は、ひとりで満足してください。ほんとうは、芽依は死んでいたのです。子供など望めない状態だったのです。でも、こうして大切なお子さんをもてたことに感謝して、この子ひとりで満足してください。分かりましたか」  野崎芳美は、ふたりをみつめていった。 「分かりました」と野崎太一はいった。 「かならず、約束はまもります。ありがとうございました」  芽依は、あかるい声で子供をだきあげた。 「この子には、もうなんの予防接種もいらないのだわ」  野崎芽依は、そういうと芳美をみて、にやりと笑った。                          神恕 クレアツーラ、三八五枚、了