文章断片化ウイルス 由布木 秀 国立、日本文字文化研究所長の岩間藤治は、こんにち、さまざまな媒体に記載される文章において、読点句点比率が著しく低くなっているのを発見した。たとえば小説においても、一九九〇年以前では、おおむね三対一以上の複文構造が主流だったが、近年では、比率が二対一、ひどいばあいには、ほとんど一対一関係にまで減少していた。ひとつの文章がきわめて短くなっており、主語と述語のほかに、なんらかの形容詞をともなって成立する単文構造が主体になっている現状を知った。驚くには、読点がない文さえ頻出していた。また、句点すらうしなっている文章もみつけられた。さらに、入力の手間を省くためなのか、すべての句読点が消失して一塊になった文も出現していた。発信者は、誤読をさけたい希望ももたず、不必要とみなした結果と考えられた。 岩間藤治は、この現象が日本の漫画文化とふかくかかわり、漫画とともに出現してきたのではないかとまず疑った。戯画では、厳密な「コマ」という物理的な制限をもっている。文章はせまい枠のなかに吹き出しとして収める必要があるため長文化できず、どうしても、述べたい言葉は細切れの最小限の文字でかかざるをえない。その表現の不足部分をおぎなうのが、コマ内に素描される人物なり状況なりの場面画にそうとうする。面画と吹き出しの文句は、ほぼ一対一関係にあるから、この傾向が小説にもおよんだのだろうと考えた。 また、「ツイッター」をはじめとする「SNS」、「ライン」においても、文章はこまかい意味内容よりも言葉を発することに重点がおかれるために、記述内容は断片化されている。したがって読点の必要性がなくなり、文は「終点」を示唆する句点のみを要求するのだろうと考えられた。 こうした事態が生じる背景には、スマートフォン等による文字変換機能をもちいて直接的に文章がつくられる現代の文字文化の特殊な状況がある。この方法では、主に単文構造のきわめて短い文がおおくなるに違いなかった。さらに単文の意味を分析すると、大方のばあい、記述された文章は発信者の感情の程度をしめしていた。 単文形式の短い文で、不特定多数にたいして意見を公開する表現者は、使用する短文では、発言にいたる細部の心情までつたえることが不可能になっている。数多く出現する、ほとんどおなじ意味内容といってもよい単文の洪水のなかで、発信者はよりつよい表現をつかって相手の注意をひこうとする。したがって、必然的に文章細部の意味よりも、共感をえるために、表出の過激さに走る事態が起こっている。もちろん単文では、こまかいニュアンスや主旨をつたえるにはあまりにも不適切で、不可能なのも事実だろうと考えられた。 たとえば、なんらかの行動をうながす文章のばあい、そこにいたる詳細な理由をながながと記述するよりも、端的にいえば、発言するかどうかだけが問われる。したがって「根拠」という、行為を決意する個人の心的構造の陳述は簡略化され、すでに不必要で、文はアイデンティティーを喪失した状態になっている。つまり短い単文では、発言自体に重点がおかれ、つきつめれば意味内容が問われずに断片化されているのだ。 その好例が、かつての「ミー、ツー」の運動ともいえるに違いなかった。こうしたムーブメントが、誤っているとか悪いとかいう話ではない。次元の違う問題で、文章の固有性が消失しているというつよい認識をもった。つきつめれば同一表現であり、だれがいってもおなじであり、外部に表出するか、しないかだけが核心になっていると岩間藤治は考えた。 近年では、選挙でSNSに発信され文章が典型的だろうと思われた。形式的には、ミーツーとかわらないが、政治的な意味合いがつよくなっている。候補者は、SNSという一方向的な伝達手段をもちいて、一般人が容易に記憶可能な短いスローガンを執拗に発する。どれもこれもおなじ意味内容だが、同意マークをつけて拡散させるさいに、候補者がわは刺激的な短文を加味する。標語を注釈する短い文を付加することで、受信者に多様な意味を勝手に想像させる工夫がされている。スローガンを述べたのは候補者であっても、それに刺激的な注釈的短文をつけた者たちは、特定しがたくなって匿名化されている。発信者は、おなじ文言をくりかえしているにすぎない。その標語がどのような意味内容に変化しても、発言責任を回避する巧妙な手段にもなっている。 さらに検討していくと、表現者によりスローガンや短文として発信されるために、文章はもはや表現形としても電子媒体をふくむ紙面の全体を覆えなくなる。伝達媒体にかかわらず、空白部分の割合が急激に増加している事実を発見した。 短い単文からなる文は、形式的側面からは、詩に似ているとも考えられる。しかし、韻文というジャンルがもつ、くりかえされる言葉によって意味内容を象徴化し、さまざまな形にいいかえることによって、全体像を多様な角度からみつめなおし、ひとつの詩的世界を構築するのとは根本的に違っている。象徴という、人類が長い時間をかけてつちかってきた茫漠とした概念や、奥ぶかい内容を予測させる言辞が完全に消滅し、文章は平板で簡潔でもある。厳密には、象徴性がまったくうしなわれ、すべてが具体的で即物的ともいえる。 「あえてつたえたい」内容が欠如しているとも評せられる。こうした簡潔な文章は、具体的な事実や発信したい標語がつみかさねになって、ならんでいるにすぎない。結論としては、短い単文は詩とは似ても似つかない文といえるだろう。 そもそも文字をなにかしらの伝達媒体に表記するという行為は、主に勝者が歴史的な事件を誇示するばあいや、重大な契約内容を後世につたえるという目的からはじまって、人類社会の文化として五〇〇〇年以上の歴史をもって根づいてきたと考えられる。 表記媒体は、古代エジプトでは、パピルス、羊皮紙。古代メソポタミアでは、楔形文字を刻んだ粘土板だったのはよく知られている。 文字を記述するための用紙は、紀元、一、二世紀の後漢時代に蔡倫がはじめてつくったと考えられている。中国では、それ以前は木の皮や竹、さらに絹の布を表記媒体としていた。一八世紀より、木材パルプを使用する製紙技術が発明され、その後は現代とほぼ似た形の「紙」が代表的媒体にかわって、今日にいたっている。 用紙は、三〇〇年にわたってほとんど唯一の人類文化の担い手となってきた貴重な伝達手段だった。しかし五〇年前に誕生した電子媒体は、初期には記憶容量が充分ではなかったが、やがて飛躍的に容量が増加して希少性がうしなわれた。従来の紙媒体では、紙面というかぎられたスペースがあり、空白部分をおおくつくると必然的にページ数が増え、収納スペースもふくめてコストが必要になる。だから、余白はできるだけ丹念に埋めていかざるをえなかった。段落をひとつ設定するにも、作者のなんらかの意図が反映される。文章間に一行の空白をつくるのも、著者の想念がこめられていると考えられた。ところが近年の文章は余白の多用により、そうした意味合いが消滅し、単なる空隙にすぎなくなっていた。 また、空白部分の割合がおおいことは、理解しなければならない内容が視覚的にもすくなく感じられ、読者を安心させ取りつきやすくさせる事実にも気づきはじめた。 大きなブランクに馴染んだ者たちが、「真っ黒な紙面」と揶揄する間隙なくかかれた文を紐解く気にならないのは当然として、たとえ玩読しても、文意をほんとうに分かるのかどうかは不明だろうと考えられた。この問題は、嫌悪感から読まない人が多数いる事実から、むりやりにでも閲読させてみる実験を行わねば判断不能な事案で、今後解決するべき課題としてのこされていると思われた。 文章がかかれた伝達媒体に、空白部分が相当量ないと紐解く意欲がわかない読者がいるのは間違いなく、岩間は、こうした人びとを「漫画脳状態」と命名した。 新聞各社は、活字ばなれと称される現実にたいして、文字のフォントを大きく、あるいは太くしたり、活字体を変更してみたり、大きな写真をはさんだり、数段ぶちぬきの見出しを挿入するなど、一部、漫画的な場面画と文を並置するべく工夫している。しかしながら、製作がわは、かぎられた紙面という暗黙の前提というか、ある種の思いこみや固定観念をもっているのではないだろうか。つまり現在の新聞に欠けているのは、「空白」そのものではないのだろうか。 各新聞社が紙面という媒体で苦悩しているのは、伝達媒体としての印刷面を活字によって「真っ黒に」埋めるのが、新聞製作の基本と考えるからに違いなかった。これでは、どう細工をしてみても、紙媒体をもちいるニュースは読まれない。電子媒体の新聞契約が増えている事実は、新聞が「紙ゴミ」として廃棄対象になるからではなく、紙面を現在のニーズに改善する必要があるだろうと考えた。 日刊紙をとる家庭でも、読者はかならずしも紙面全体を読んではいない。ざっと見出しに目を通し、興味をひかれた項目について斜め読みするのが現実だろう。広告のばあい、読者の視覚に訴えることを目的とするために、かならず大きな空白部分をもっている。 また新聞でいちばん読まれるのは、週刊誌の中づりを模した広告欄なのはよく知られている。この広告は、あきらかに「漫画脳状態」の読者を前提としていると考えられる。表現形式は、いくつかのコマに分かれ、おおむね人物画があり、吹き出しではないが対応する短い単文が一対一関係で記載されている。掲載内容はきわめて断片的で、印象だけが記されている。たとえ広告でみた週刊誌を買いもとめて読んでも、そこに表記された内容以上はほとんど記載されていない。それにもかかわらず、実際に宣伝が雑誌購入という行為にまでおよぶならば、広告欄は、新聞の「真っ黒な紙面」のなかで「漫画脳状態」の読者の注意をひきやすく、行動をうながすべく効果的につくられているといわざるをえない。新聞各社もこの事実をよく理解し、紙面構成を吟味しなおす必要があると岩間は考えた。 さらに「漫画脳状態」をキーワードとして、スマホによりつくられる文章に代表される、意味的にも断片化される短い単文について検討をくわえていくと、こうしたものでは当然ながらこまかいニュアンスなどをつたえるのは不可能に違いなかった。したがって記述によって表現される感情が、全体のなかでただ抜きでるというか、これしかないという状態で出現しており、まさに漫画のコマ状態になっている。つぎに間隔をあけて並置される文章もまた、独立して情感を表出するばあいがおおく、かならずしも前後の文と内容が関連するとはかぎらない。つまり、前文をうけてとくに補足するわけではないので、空白の存在は妥当とも考えられた。 最近の小説でも、この「漫画脳状態」はたんてきに出現している。主として会話形式を採用することにより、空白部分のしめる割合が急激に増加しているのは、「ライトノベル」以外でも、もはや傍流ではなく主流だという現実が分かりはじめた。 こうした「漫画脳状態」ともなれば、紙面をふくむ記述媒体に、構成上からも「行が成立しない状態」が厳然としてうまれている。したがって当然の帰結ではあるが、「行間を読む」という行為は物理的にもできない。そこに作者の意図とか、ふかい思いとかをかきこむのは不可能になっている。そこで読み手も、そうした面倒ともいえる、文章にかかれた内面を探る行為ができがたい状況にあるのが分かった。 いっぽう「漫画脳状態」があきらかになった現状では、作者がこの状態をさけようとするうごきも当然ながら存在する。視覚的に、紙面を埋めつくす文章に「偽装する」試みである。このばあいには、ほとんどが短い単文構造からなる文がつらなるが、それぞれの単文の内容はやはり断片化されている。 その理由は、複文という複数の読点をともなう長い文章がない事実から、当然の帰結だろうと考えられた。従来より文は、ふたつの点のあいだ、ようするに主語と述語にはさまれた、状況や心理をふくむ記述部分こそが内容とよぶべき叙述なのだろう。さらに複文形式でしかつたえられない、ふかみをもつ表現対象は実在するのではないか。もっと正確にいうならば、両義性をあわせもつ描写の客体はあると思われる。また逆に真の表現対象とは、作者の立場の違いをこえて、否定も肯定もふくむアンビバレントな存在に違いなかった。この事実こそが、さまざまな叙述が必要になる原因なのだろうと思われた。 作者は、複文形式で文章をつくりながら、かかれない、実際に記述した内容とはアンビバレントな考えをつねにもちながら著述をすすめていくのだろう。そこにはじめて行間が出現し、著作にふかみがうまれる。したがってひとつの文章のなかで否定と肯定が同時にあらわれる両義性こそが、われわれ人類がもつ奥ぶかい真理に到達できる、唯一の方法かも知れない。人間には、言葉では容易に表現不可能な感情なり思考なりが前提として存在する。それゆえ、思索し叙述するという行為が生じるに違いない、と岩間藤治は考えた。 だから、単に短い単文がつらなり、紙面を埋めつくしてみえる文章は、ただ形式的にまねているだけで、基本的には「漫画脳状態」とかわらないと思われた。 この状態の者では、読点句点が一対一関係の単文以外は理解不能になっている可能性があった。したがって「漫画脳状態」では、視覚的に紙面を埋めつくす宗教書や哲学書、あるいは科学のテキスト文書などにたいして一定以上の嫌悪感をもち、生理的にうけつけない。これらの著作を、どう読んでよいのか分からないという現状があるとも考えられた。この状態の者たちは、昔は悪文の典型とも称された新聞の文章でさえも読めないのではないか。文字ばなれとよばれる、現代文字文化の本質があきらかになってきた。 岩間藤治が専門とする「文字文化学」からこうした問題を熟慮するなら、ソシュール以降には確実に存在するとされた、記号「シーニュ」が、意味「シニフィエ」と、音「シニフィアン」をあわせもつという大原則に綻びがあらわれているともいえるのではないか。単文によって充分に文節機能がはたらかない状況がうまれ、文章が脆弱化し平板化した実態がみえてきた。もしかすると、間隙をもってならぶ相互に関連の薄い文は、アナグラムによって並存する可能性も否定できなかった。 岩間藤治が、こうした単文形式でかかれた文書を再読したいとは決して思わないのは、文章にふかみがなくなり、さらにくみとるべき内容が欠如しているためと結論された。ほんらいの読書は、「読む」と「考える」というふたつの行為が同時に存在する。しかし、思案するという態度が完全に抜け落ちているのではないか。「漫画脳状態」では、「音読」と「思考」は別個でもあるのだ。もしかすると、「思慮する」行為は、すでにうしなわれている可能性すらあるのだ。 岩間藤治は、文字文化にあらわれた変化が、きわめて重大な意味合いをもち、看過できない問題だろうと考えた。この危惧するべき事象についてさらにふかく研究するために、友人でもある、東京大学、現代文字文化学教授の山下和宏に相談した。 山下は、岩間藤治の指摘をうけて古今の文献を比較して、おおむね彼の主張が正しいことを納得した。山下和宏も、専門領域とする「現代文字文化学」の観点から、こうした現象をよりふかく検討してみた。 最近の、ぶつ切れ状態で読点句点が一対一関係でかかれる単文を、いちおう句点がある事実からひとつの文章と考え、コンピューター上でひとつひとつに切りはなした。そうしてえられた多数の文を、画面上に培養器をつくって放置し、その後の変化を観察した。 一定の期間が経過すると、こうした短い単文は増殖器のなかで増加し、やがて結合し、いくつかの塑像をつくりだした。しかし充分な時間をかけても、像は表面が形成されるだけで厚みをもたず、横あるいは縦に分割してみると、断面がスカスカの状態になっているのが分かった。これは期間を長くしても、さまざまに培地をかえてもおなじだった。 こうした表面だけでつくられた塑像は、物理的にも内面に侵入することができなかった。むりやり内部に入ろうとすると、外縁がこわれ、なんの像であったのか不明になる。これは岩間藤治が指摘する、行間がない状態を指すのだろうと山下和宏は思った。 いっぽう、かつての小説の「真っ黒な紙面」とよばれ、現代では蔑視される読点がおおい複文中心の文章では、培養してみると単文形式のものとおなじ像を形成する。しかし時間とともに、断面部は文によって埋められ、観察する角度によってさまざまにむすびついた、錯綜し、こみいった構造物がつくられていた。そこには、意味と内容がみとめられた。それも構造が複雑化すると、複数の言意や実体が並存しているのが分かった。これこそが、岩間藤治がいうアンビバレントな実在を証明する事例なのだろうと山下和宏は考えた。 短い単文からなる小説類は、「ライトノベル」を中核として発展してきている。そして現在では、ただ面白いだけのエンターテインメント性を追求する小説群ばかりか、以前は純文学とよばれた、読者の共感をえるべくつくられた小説においても、猛烈な勢いで増殖している事実をつきとめた。 さらに山下和宏は、この単文化された文章について徹底的に検討をくわえ、もうひとつの大きな変化に気がついた。それは、「ような」病という不思議な文構造だった。 読点をうしなう事態によって、そのあいだにはさまれた内容を消失した文章断片は、当然ながら適確な表現にはいたらない。そこで文章は、「ような」変化を起こすのだ。具体的には、文に「ような」、「ようで」、「ように」、「ようだ」という接尾語とも接中語とも名づけるべき表現がやたらとつく事態を生じる。こうした多数の「ような関連表現」によって、培養されてできた塑像は、さらに外観も不定形に変化し、なんの像なのかが曖昧になる傾向がみられた。 ほんらい、この表現は、手がきでノートにかかれた時代には、読みなおして削除されていたに違いなかった。しかしスマホをはじめとするコンピューターのワードプロセッサー機能によって、短い単文が直接入力され、文章を練ることもできず、こうした文体が拡散して通常化し、異様とは思えなくなったのだろう。 「ような」関連表現も、猛烈な勢いで増加している事態が判明した。 これらの事実は、岩間藤治が主張したアンビバレントな実在を表現する術が、単文構造ではできないためではないか。単文に慣れ親しんだものは、両義性をもつ表現対象にせまる手立てをうしない、文として一度いい切ってから「ような」を付加し、文意を曖昧にしているのではないか。スマホを中心とした文字文化のなかで、読みやすく、理解が容易とみなされ、複文構造が忌避される現実に大きく関与しているのだろうと山下和宏は考えた。 げんに編集者によっては、文章の単文化や、「ような関連表現」を勧奨するうごきもみられる。換言すれば、長い文はじつはひとつひとつは短いものの集合なのだから、これを解体して明快な複数の単文になおす必要がある、という主張と考えられる。つまり複文はただ複雑で錯綜するだけで、分かりがたい下手な文章だというのだろう。そうだとしたら、ふるくからつかわれてきた文は間違っていて、技術的に未熟ということになるのだろうか。 たとえば、フッサールの著作を読んで明晰さを感じるものはいないに違いない。この著述の不明快さは、著者自身の思索の不明瞭さを端的に表現している。さらに、著者が研究対象とした論題がもつ不明確さにもよっているのだろう。 エトムント・フッサールのイデーンⅠ、Ⅰの訳者、渡辺二郎氏は、訳者あとがきで以下の通り述べている。 けれども反面、いかに数ヵ国語に熟達し、原語による読書に熟練している人であっても、否、そうしたことに習熟していればいるほど、逆に、重要な箇所や微妙な論旨の屈曲蛇行した箇所を、軽く読み飛ばしたり、あるいはまた、自らの熟練にもかかわらず依然として理解に苦しむ難渋な箇所に逢着したりすることがあるはずである。(四三三頁、みすず書房) 「けれども反面」からはじまる、このひとつの文章中にみとめられる、「否」、「逆に」こそが渡辺二郎氏の煩悶をあらわしている。引用文は、イデーン本文中にある文と比較して、決して長くはない。実際に氏の訳文を読んだあとでこの文章に接すると、文構造として非常に単純、簡潔とさえいえる。さらに述べれば、こうした程度にまで訳出してくれれば、読者はイデーンにたいして、もっとふかい理解に到達可能かも知れないとさえ感じるほどだ。 この文章の意味は、翻訳が非常にむずかしいことにつきる。訳者が自分で読みかえしても難解であり、日本語として正しいのか悩ましく、さらに原語と比較して充分に訳出されたのか懊悩する、真摯な態度が表出されている。自己の高い能力とふかい洞察にたいする矜持があるいっぽうで、訳文を読んだ人が、翻訳者の理解が不充分なために文章が晦渋になっている、といわれることにたいする不安。極論すれば、自分の翻訳がフッサールの真意をつたえたのかどうか、という戸惑いさえもふくまれている。 したがって、この文章をさまざまに単文化したばあい「私は、理解している」。「自分は、間違っているかも知れない」。という相反した内容がかかれる事態になり、ひとつひとつの単文は明快かも知れないが、全体としての文意は成立せず、作者の意中を熟思することはできない。錯綜した思いを描出するには、複雑な文構造が必要とされるのだろう。 だから単文が選ばれるのは、もしかすると表現対象がはじめから複文とは質的に違う可能性もあった。つまり、それがつかわれる論述の対象世界は、もっと明晰なのかも知れない。岩間の指摘の通り、両義性をもたない領域であり、みえるままを記述しているのではないか。だから、記号「シーニュ」が、音「シニフィアン」だけになり、分節化機能をうしない、「読む」と、「考える」という行為が同時には進行しないのではないか。 こうした事態に関連して、カール・グスタフ・ユングの主著のひとつ「変容と象徴」の冒頭にある文章について山下は考慮してみた。 フロイトの夢の解釈を読んで、その方法の新奇さ、限度をこえた大胆さに憤激せず、その解釈のあきれるばかりの露骨さに道徳的な不快感をかきたてられなかった人、つまり偏見にとらわれず冷静にこの特殊な材料があたえる印象を受けとめることができた人は、個人的な葛藤すなわち近親相姦の空想こそオイディプース伝説という圧倒的な力をもつ古代演劇の素材の根本である、という事実にフロイトが注意を喚起している箇所で心をふかくうごかされただろう。(野村美紀子訳、〇二五頁、筑摩学芸文庫) こうした長い文章がでてくると、かなりの識者が「文がねじれている」といって、忌避して終わりにする現実がある。このばあい、かならずしも文章中の主語と述語が一対一に対応するかが問題にされるのではない。「文のねじれ」という非難の実態は、長すぎるという事実に対して発せられる、レッテル貼りといってもいいだろう。つまり、長文はどこかで主語述語関係が破綻しているはずだ、という拒絶の思考がまずあるのだろう。その結果、文章は複数の単文に分割すべきであり、このままでは読む価値がないとされる。極論すれば、「文のねじれ」という表現は長文を排斥する格好の材料であり、中傷のレトリックとしてつかわれている。 こうした現実はさておき、この文章を考えてみようと山下は思った。 一読して、これはフロイトを評価しているとみなされる。しかし「限度をこえた大胆さ」、「あきれるばかりの露骨さ」という表現の行間から漂う雰囲気は、かならずしも彼を礼賛しているともいいがたいのではないか。 山下は、ユングの著書をよく読むが寡聞であり、原著にあたったことはない。この書についても訳文しか知らない。 「変容と象徴」は、四一字、一八行でかかれ、上下巻に分かれた文庫本で、原注、訳注をふくめ序論と本文をあわせ、八六一頁、四〇〇字詰め原稿用紙に換算すれば、一五〇〇枚をこえると思われる。この一節は大著の文頭にあるのだから、ユングがくりかえし考えて練った文だろうと推察される。訳者の野村氏も、冒頭をかざる文章については、できるかぎり原文にちかい訳文を念入りに工夫したとみて間違いはないだろう。 「変容と象徴」は、一九一一年、ユング三七歳のときに初版本が発刊された。ユングは、この著作を生涯にわたって改訂しており、第二版は、一九二四年(五〇歳)、第三版は、一九三七年(六三歳)、第四版は、一九五〇年(七六歳)で公刊している。第二版以降の序文は、本文庫に付加されている。それらによれば、第二版、第三版はともかく、第四版では、ユングはかなりの改訂を行ったらしい。当時の平均寿命から、七六歳は高齢といえるが、彼は七〇歳以降つぎつぎに大著を刊行した晩成でもある人物だから、頭ははっきりしていたと考えていいのだろう。 これだけくりかえし手直ししたことからも分かるが、「変容と象徴」は、非常に思い入れのある論文であり、若きユングはこの著作によってフロイトとの決別を宣言した。だから、冒頭の文は、さまざまな思いがつまっていると考えられ、四回にわたる校閲でも、ここの部分に、字句の変更はなかったのだろうと山下は勝手に想像した。 文字記号が切りひらく言語的な世界とは、紙面にならぶ文章が入り口となって、ある種の奥行きとひろがりをもつ現実とは異次元の精神世界への旅を招来するものに違いない。そこへ旅行するためには、文に充分な構造が存在する必要がある。そうした部分がそろって、旅人は、文字によって記された言語世界から自分にとって有意義な意味とか内容とかいわれる一塊を感じとることができるのだろう。 絵画と言語を比較すれば、もうすこし状況が理解しやすいかも知れない。とはいっても、そもそも絵は平面的であり、言葉は線的に配置されるから、基本的に同一でなく、手段や方法がことなるのだから単純に比べられないことを承知のうえで、山下は考えてみた。 絵画のばあい、絵の具という材料を使用するところを、言語では文字をもちいる。絵をつくる道具、絵筆やナイフにそうとうするのは、文字記号としての文節機能にほかならない。つまり言語のばあいには、材料とツールがおなじなのだ。 単文構造によってなにかを表現するのは、つきつめれば画布のうえに絵の具を並置するのとかわらないのではないか。塗料は、色で構成されるから、たとえば青という色相のばあい、ならべるものがさらに鮮やかさを主張して彩度をあげたり、あかるさを強調して明度を増したりすることができる。どちらも目一杯まで、増減が可能だろう。しかし、どこまでやっても、相対以上にはならない。 絵の具の属性は、単に色だけではない。おかれた塗料は、固有の「太さ」や「長さ」をもつかも知れない。だから画布に並置すれば、色彩のほかに、もっとさまざまなことを主張する可能性がある。つまり「太い」「細い」と、「長い」「短い」という性質もあらわすだろう。しかしながら、この「太い」とか「長い」とかいう言辞は、すでに文字記号が切りひらいている領域であり、本質的に絵画とは異質と考えるべきだろう。 なんらかの「幅」という連続的な概念に、「太い」という言葉をつかって切りこみを入れるなら、その結果として「非太い」という部分が切りとられることになる。つまり「太い」を分節すると、「非太い」が分けられる。この分節された「非太い」が「太くない」とは同義だとしても、「細い」とおなじだという保証はどこにもない。つまり「細い」は、「太い」とはまったく別な言葉だから、それをつかって「幅」という連続体に切れこみを入れるなら、「非太い」とはぜんぜん違う部分が切りとられるのは当然だろう。 「長い」もおなじで、文字記号が切りひらく概念である以上、どこまでも相対的なのは仕方がない。したがって「太さ」や「長さ」を並置しても、それを独自の表現とよぶには難があるのではないか。 とはいえ、現実に画布全面を青くぬっただけの作品が存在することはみとめねばならない。さまざまな大きさのキャンバスに、全体が青色でかかれただけの制作物は実在する。こうしたばあい、今度は、「大きい」と「小さい」という属性をもつ可能性がある。しかし、これも相対以上の表現になりうるのだろうか。これらの作品が現実に商品として成立したのは、あたらしく奇抜だったからであり、この趣向が世の中にあふれたばあい、価値はどこまで付随可能なのだろうか。 そうはいっても、こうした制作物が絵画として商品化されたことは、刮目としなければならない事実だろう。つまり画布全体を同一色でぬりあげたばあい、最初にあった絵の具の、「太い」「細い」と「長い」「短い」というふたつの属性が消滅したのではないか。全面塗布によって相対的な観念が消失する効果が、あきらかに出現している。この二項対立は、「大きい」「小さい」という別な層に移行したのは事実だが、ある意味では「絶対的になった」ともいえるのではないだろうか。すくなくとも一枚の画布にかぎってみれば、そこでは全体だから、相対性がなくなり両義性もうしなわれている。だから主張があるともいえるが、同時に、ないとも考えられる。 ここで山下は、岩間藤治が提起した「ミー・ツー」の問題をあらためて熟慮してみた。 この言葉を日本語になおせば、「私も」となるのだろう。欠けている部分をおぎなって再構成するなら、「私も、そう思う」という文章が該当するに違いない。「私」は、「みんな」から「非私」が分節されて出現する。しかし「ミー・ツー」の文意は、決して「は」ではなく、「も」だろう。つまり「私も」となることで、すでに「私」個人はなくなり、「私たち」とよぶべき複数がみちびきだされている。こうした文章が、つぎつぎと発信されるのだから、この不特定多数の「私たち」は、「あなた」をふくめて、必然的に「みんな」を形成するに違いない。だから、「私たちも、そう思う」の文意は、結局は「全員が、そう思う」ことになるのだろう。この「みんな」が、「全世界で生命を有するもの」や「全女性」をあらわすのではないとしても、ひとつの「全体性」が出現しているのは間違いない。 全体である「みんな」を論議の対象とするばあい、「私」や「あなた」という個別要素はなかに埋没するのだから、アイデンティティーがあるはずがなく、完全に消滅するに違いない。ほんらい「みんな」から、「私をふくめた私たち」と「あなた」が分節されるのだが、こうした状況では一塊になったままで、対立概念が消失している。 この「全員が、そう思う」は、ひとつの主張といえるかも知れない。しかし、「みんなが、そう思う」のならば、あえて個人がいっても仕方がなく、確固たる陳述ともみなしがたい。 比較はむずかしいにしても、この「ミー・ツー」の話は、画布の全面を同一色でぬりあげた絵画のばあいと状況がよく似ているといえるのではないか。こうしたものをひとつの表現とみなすなら、たしかに色相、彩度、明度の組みあわせは無限にあり、キャンバスの規格もこまかくみれば無数に違いない。画布それぞれに、さまざまな大きさや色合いをほどこし、「これが私の主張だ」とならんでおかれる事態が、いま言語で起こっているのではないか、と山下は考えた。 しかしながらこうした並置は、現実にはどこまでいっても単なる相対であり、やはり絵画にはそうとうしないのではあるまいか。材料の絵の具を、道具である絵筆なりナイフなりをもちいて、部分的にはタッチ「筆触」として、総合的にはモチーフ「構想」として、作者の意図を表出する行為がくわわり、はじめて全体としてのまとまりがある、一枚の絵とみなされるのではないか。さまざまな、色相、彩度、明度、さらに形態属性をならべたてても、表現という所作とは別次元のものだろう。すくなくとも、一塊の有意義な意味とか内容とかにはならないに違いないと、彼は考えた。 言語のばあいには、言葉が文字として表出される。文字記号は線状に配置されるので、順を追ってすすんでいかないと最後まで辿りつけない。私たちの脳裏にある不明な実体を文字としてとりだすわけだが、ひとつの線として表明しないかぎり「言語化」できない。それをこえたものは、単なる「叫び」になってしまうだろう。この点が、平面的に描出される絵画と決定的に違っている。 さらに言語では、道具の絵筆にそうとうするものが材料の塗料とおなじで、どちらも文字記号によっているから一層複雑で特殊な状況がある。絵画のばあい、ナイフによって絵の具を刻むのは、文字によってなんらかの概念に切れこみを入れる、つまり分節することが該当する。筆触や構想は、文字記号の分節化機能で代用される。単文構造では、名詞と動詞がひとつずつなのだから、分節する能力には限界があって当然だと考えられる。名詞群として形容詞がつき、副詞が動詞群にくわえられても、分節化は「かぎり」をもつに違いない。だから、充分に表現するためには、どうしても複合的な文章が必要になってくるのではないか。 山下和宏は、内容が断片化する短い単文形式の文と、「ような」関連表現の増加現象は単独で生じたわけではなく、両者はふかいかかわりあいがあり、著しい増加は流行病ともいえるのだろうと考えた。それで彼の友人である、国立感染症研究所長の江上正和をたずねて、こうした事情をくわしく説明した。 江上は、山下和宏がもってきたデータを詳細に分析して、あきらかにこの病態が、漫画により発生し、ネットを通じて拡散している事実をみとめ、病原ウイルスを、「文章断片化ウイルス」と名づけた。流行は、コロナ感染症どころではなく、すでに社会のすみずみまでいきわたり、どうやって隔離したらいいのか、まったく不明だった。また、「文章断片化ウイルス」のひとつの側面であり、病態ともいえる「ような関連表現」も、「ようなウイルス」による感染症と断定した。ふたつのウイルスは、相互に関連しあいながら、主にネットを通じて拡散し、コンピューター画面を通して感染を起こしていたのだった。 ここにいたって、日本文字文化研究所長、岩間藤治と、東京大学、現代文字文化学教授、山下和宏、さらに国立感染症研究所長、江上正和は、「文章断片化ウイルス」と「ようなウイルス」がはびこる現状を社会に報告する義務があると考え、三人で会合をもった。 協議をかさねたが、「漫画脳状態」とふたつのウイルスの三者は、もはや分割不能なほどに堅固にむすびついていた。かならずしも前者が先行して、ウイルス群が続発したとも断定しがたい状況になっているのが分かった。事実「漫画脳状態」は、若年世代にかぎられた問題では決してなく、すべての年代にわたってふかく浸透しているのも確認された。 すくなくとも、これらがかなり「密」な状態で存在しているのは間違いなく、いずれかのひとつに対象をしぼって撲滅するのは、いまや不可能だろうということしか分からなかった。しかし、こうした状況が漫然とつづくのならば、やがては文字社会が三者によって完全にしめられるのは、時間の問題だろうと考えられた。 三人は、この課題が現代文字文化にとって甚大な危機であるという共通認識のもとで、額をよせて協議した。 なんとしても、ふかい味わいをもつ複文構造の文章を保全するのが急務ではあるが、ただ保存しておくだけでは、「漫画脳状態」の読者から見向きもされない状況に変化はない。したがって、特効薬がすぐにつくれないのは事実としても、いずれワクチンをつくる必要がある。若い世代がこの状態になるのを未然にふせぎ、感染をこれ以上ひろげないためのなんらかの手段をこうじねばならないという意見の一致をみた。 とはいっても、もはや紙媒体は「ペーパーレス」という政府の後押しもあり、不要性が増している。またネットを禁止するのは、個人でも国家であっても不可能で、表現の自由という人権問題に発展するのは明白だった。だからといって手をこまねいているだけでは、ウイルスの拡散に協力するのとかわらないと判断されるから、なんらかの行動が必要だった。 三人は、これらのウイルス群がここまでひろがっている以上、かんたんに防止するのは困難だとしても、問題の指摘だけは行うべきだろうという見解にいたった。この課題が喫緊の案件であることを確認し、すくなくとも国語関連研究者と文科省の大臣、次官が共有すべき内容と考えて、連名で早期に審議会を開催する旨の議案書を政府に提出した。 こうした経緯をもって、三ヵ月後に、関連機関があつまり協議する場がもうけられた。 出席者は、発議した三名と、文科省大臣、山本壱太郎のほか、文科省次官、審議官。さらに国語教育を担当する、国立国語教育研究所長、沢村健二にくわえて関連する諸機関の長など十数名にわたった。 岩間藤治が座長となり、「漫画脳状態」からはじまる思考経路と、蔓延する「文章断片化ウイルス」と「ようなウイルス」の現状について、詳細な点まで解説した文書をくばり、臨席した諸氏の意見を聞いた。 しかし、あつまった十数名は、なにも語らなかった。 そこで岩間藤治は、再度、一枚のA四版の用紙に、紙面が真っ黒になるまで、要点だけを抜きだしてびっしりとかかれた「現代文字文化の危機」と題する論文を配布して、熱弁をふるって解説した。 それで山本壱太郎に、 「文部大臣は、この問題について、どう考えますか」と聞いた。 山本大臣は、「うん。そう」とだけこたえた。 仕方がなく、岩間藤治は、次官におなじ質問をした。すると文科省次官は、 「文章が、ひどく読みにくい、ような気がします。いっていることが、非常に複雑すぎる、ようです。はっきり申しあげて、論点のようなものが、どこにあるのか決定的に分かりにくい、ようです。このさい正直にいって、くばられた岩間先生の論文は、読む者をほとんど無視している、ように思います。読者に、どこから考えてもまったく寄りそっていない、ようです。こんなぐあいにかかれたら、熱心に読もうとする、ような気持ちを完全にうしなわせる、ようです」とこたえた。 岩間は、それ以上なにも語らない次官に失望し、国立国語教育研究所長の沢田健二に所感をたずねた。 「いいテーマのようですね。コロナのような感染が流行している、時期にそった話のように思います。さらに、充分な分析のようなものが必要でしょう。確実に今後の課題のようですね」と沢田はこたえた。 「私たちは、現代の文字文化がかかえる、大変に緊急性のある問題として考えているのですが」と山下和宏は述べた。 「スマホを争点のようにいうのは、ファッショのようです。賛成することは、絶対にむずかしい、ように思います。これだけはもの凄くはっきりしている、ように考えます。国民が心から全面的に納得するとは、まったく思えない、ようです」と次官がいった。 「このような問題は、すっかり終わった、ようだね。かつてないほど、ずいぶん徹底的に話しあった、ように思いますね。明確に充分だと断言できる、ようです。今日は、もの凄く頭をつかった、ようだ」と文部大臣がいって、会は終了した。 会議場にのこされた三人は、病原ウイルスがすでに中枢まで入りこんでいるのを知り、ことの重要さをかんがみて、身銭を切って、新聞の見開き一面を使用して意見広告をだそうという話になった。それで考えたのは、つぎの文案だった。 まず、漫画を読んでいる人の絵をかき、「あなたも、漫画脳状態かも」とかく。 つぎに、コンピューター画面で、短い単文を培養してできた塑像と、断面図をつくり、そこに「文章断片化ウイルスの影響は甚大」と並記した。 さらに、培養器によってえられた像の形が曖昧になっている画面を映し、「ようなウイルスの危険性」とかいた。 広告は、一週間後、彼らの素案通り各新聞の見開き全面をつかって公開された。 三人は、それをみて、「これでよし」と思った。 文章断片化ウイルス、四四枚、了