イミテーション シティー 由布木 秀 一、クリエイター 東京都あきる野市から西にのびる公道をすすんでいくと、ユートピアをかこむたかさ五メートルの壁とつきあたる。右方向に直角にまがると、ここから「東條タウン、ホテル前通り」になり、真北にむかい、入り口へとつづいている。 ユートピアの木戸口は、真東にもうけられている。賑やかな出店がならぶ歩道者天国を、東條ホテル一号館をぬけ、さらに北にむかってすすんでいくと、いちばんはしに間口が四メートルほどの細ながい、界隈ではもっとも小さな代書屋が営業していた。屋根には、建物の三倍以上の看板がのっていた。 広告板は、正四面体同士を逆むきにかさねあわせてできる星形で、イスラエルの国旗に描かれる「ダビデの星」の形だった。一二〇度ずつことなる三平面から構成される看板本体の材質は、ごく普通の透明のアクリル板だった。四面体がかさなる中央に、言葉を記入する大きな横長の三角柱が造作されていた。左がわから右がわにむかって、「クリエイティブのクリエイター」と文字の部分だけが、凸状にでっぱってつくられている。カタカナは赤い字でかかれ、「の」という平仮名は黒くぬられている。うえの正四面体の部分には、縦に凸状に文字が、緑色で「ダビデ」と記載され、下には漢字で「館」とかかれていた。縦横の言葉がかさなる「の」の字だけは、周囲より大きな黒い活字だった。だから縦は、「ダビデの館」と読むことができた。 無気味な看板だが、夜になると、ネオンが灯される。横のカタカナが赤色で、縦の文字が緑色だから、だれでも予想できるが、光は原色の黄色だった。家の軒のたかさがおおむね三メートル、間口が四メートルで細ながくつくられた建物で、うえに、八、九メートルは充分にあるふたつの正四面体を上下にくみあわせた構造物がのっている。黄色く光りながら、赤と緑の文字を浮き立たせている。看板は、下にある細ながい建物の中央部分からつきでたポールにくっついて、ゆっくりと回転する。理髪店の渦巻き模様でも、じっと凝視していると気分が悪くなる。広告板をみつづけていると、ほとんどの者たちは吐き気がしてくる。なかには実際に嘔吐し、失神する者もいる。 目立つという点では抜群だが、こうした看板の下でゆうぜんと仕事をする方は、どういう神経の持ち主なのだろうか。たずねてみようとは思っても、ここでもどってほかの店にいく者が多いのは、充分にうなずける。 そもそもが、なぜ「ダビデの館」なのだろうか。 一説によれば、日本の皇室はユダヤ人ともつながりをもち、「オリエンタル・ジュー」ともよばれるらしい。正倉院の校倉づくりの高床式倉庫には、さまざまな証拠の品がのこされ、まさに「ダビデの星の印章」もみられるとかかれた本は、かなり世間に出回っている。なんでも、イスラエルのうしなわれた一二部族のなかの一部族が日本まで辿りつき、皇室と血縁関係をむすんで今日にいたると、まことしやかに記述されている。 東條法王が、こういう館をもつことを考えるなら、あながち嘘だと決めつけるのは、頑迷でつよい固定観念ではないのか。 伊高功太は、午後二時の予約をとった時点でグーグルでも確認した。さまざまなサイトでも検索し、風変わりな東條家関係者でも、さらに変人の部類に属すると思える「クリエイター」だと承知して、ブッキングした。実際に店の扉をあけたときには、みずからの選択にたいし、かんぜんに自信を喪失していた。 功太は、東條家の子息に家庭教師の求人があり、応募のためにやってきた。中学一年生のご子息が、東條法王の何番目の息子なのかは不明だったが、「大卒の男子が好ましい」と応募要項にはかかれていた。自分が求人の対象だと信じて応募を志願したので、「クリエイター」をたずね、履歴を検討してもらい、指導をうけねばならなかった。料金表ではもっとも安い三万円とかかれ、成功報酬も最低の一〇%だった。街のいちばんはしでそうとうに奇妙とは思ったが、値段はかえがたい魅力だった。 扉口をひらいてなかに入ると、さすがにこれだけあやしいと人は敬遠するらしく、ふたつならぶベンチにはだれもすわっていなかった。段差と靴箱をみとめ、スリッパがおかれていたが、靴はひとつもなかったから、客はひとりもいないと思われた。 東京タウン、ホテル前通りには、さまざまな「クリエイター」の建物がならび、どこも混みあっていた。なんといっても東條家がだす求人は膨大でひろい職種にわたり、年齢、性別に関係なく多くの人がこうした店を利用していた。店舗のなかに入り切れずに、扉のまえで順番をつくって待つ、流行の「クリエイター」も数多くみうけられ、いらつきながらならぶ客同士が、経緯は不明だが、ちょっとしたいざこざを起こす姿もみとめられた。 スリッパに履き替え、あせた灰色のベンチにすわった伊高功太は、派手な外見とはまったく違った殺風景な室内をみまわした。とくに窓はなく、天井には細ながい蛍光灯がつけられ、部屋全体があかるいというほどでもなかった。よわい光が照らしだす白い壁も薄汚れ、絵画はもちろん、カレンダーの一枚も張られていなかった。何年もまえから、営業をしていない感じにみえた。 功太が入ってきた玄関とむきあった場所に、白っぽい木製のカウンターがつくられていた。オープンスペースの背後は、壁で仕切られていた。中央にかなり大きな鏡がそなえられ、うえにまるい時計がかけられていた。隔壁の左はしに扉があり、カウンターのいちばん左がわには大腿部くらいまでの背のひくい蝶番がついた仕切り板がみえた。そこが通路となって、となりの部屋につづくのだろう。テーブルはあきらかに受付で、ベルがおかれていたが、人の気配はなかった。 功太は、カウンターまでいってだれもいないことを確認し、ちかくにあったアルコールの消毒液を手にかけて、正面の鏡をのぞいた。髪の毛は、立っていなかったので、ベンチにもどった。 腰掛けは、カウンターにむかいあう形で、ふたつがならんでいた。 功太は、まえのベンチに腰をおろしてすわった。予約の午後の二時よりも三〇分ほど早かったが、スリッパの状況から、ほかの人はいないのだろう。だれもでてこないなら、そのまま帰ろうとも思ったが、面接をうけるには「クリエイター」はどうしても必要だった。この代書屋をやめるのなら、べつの店をさがさなくてはならなかった。 呼び鈴を鳴らすか、もっと直接的に扉をたたくという方法もあったが、定刻まで待つことにした。スマホで確認すると、時計はほぼ正しかった。待合室とはいっても、雑誌一冊おかれているわけでもなく、なにかを知らせる張り紙の一枚もなかった。 伊高功太は、約束の時間まで待ったが、結局だれもあらわれなかった。さらに一〇分ほど、呼び鈴を鳴らすべきかと考えていた。 定刻を二〇分ほどすぎると左の扉がひらいて、口に大きな白いマスクをつけた、ながい髪のみょうな感じの女がでてきた。受付嬢かと思われたが、通信販売のサイトでみたことがある、ベネチアのカーニバルでつかわれる、金色で縁取られたきらきらと輝く赤い仮面で覆っていた。女は、白い手袋で、真っ赤なエナメルのハイヒールをはいていた。さらに黒い網タイツと、袖のながい赤い上着に、腿までくらいの、おなじ色のみじかいスカートをつけていた。顔をふくめて、すべてが覆われているので、年齢は分からないが、こんな刺激的な格好をするのは二〇代だろうと思われた。 「伊高功太さんですね」と女は声をかけ、功太がうなずくと、まず受講料を要求した。さしだした封筒のなかに、所定の金額が入っているのを確認した。それから、ついてくるよう彼をうながした。女からは、香水のつよい匂いがただよっていた。 扉をぬけて入った部屋は、かなり風変わりだった。 真ん中に細ながい木製のテーブルがおかれているのが、みおろせた。まえの部屋からつながる床が、一メートルくらいの幅でまわりをとりかこんでいる。左右の廊下状になった通路には、つぎの間にいく扉が、どちらがわにもつけられていた。扉口のあいだの白い壁には、姿見といえる大きな鏡が嵌められていた。 部屋は、縦のながさが六メートルくらいの長方形で、入り口とむかいあったふたつの扉から階段状に三段ほどさがり、底は周囲の廊下のたかさに比べると一メートルくらいひくくなっていた。階段部分もふくめ、床はグレーの絨毯がしかれていた。全体の構造は、ひと口でいえば小さい講義室に似ていた。ベニチアンマスクの女性の言葉にしたがって、入ってきた扉がわのいちばん下につくられた段に腰をおろすと、いかにも狭く、左右の通路が覆いかぶさる感じでせまり、くつろげる雰囲気はどこにもなかった。 ベネチアンマスクの女は、ここで待つ指示をだし、右がわの扉からつぎの間に消えた。 功太がすわっていたのは、グレーの絨毯がしかれるいちばん下の階段だった。カーペットは、めくりあげられないために、段差の奥の部分は、銀色の金属棒がしっかり固定されていた。功太の前方は、二メートルの幅いっぱいにひろがる、木製の茶色のテーブルがおかれていた。中央は、彼の背よりもたかい透明なアクリル板で仕切られ、ちょうどテレビでみた、刑務所の面会室みたいだった。テーブルの中心にそうとうする場所には衝立がなく、そのかわりに幅一〇センチ以上の太いパイプが床下から天井をつらぬいてつきささっていた。 位置関係から考えると、まさに真うえに正四面体がくみあった毒々しい看板がついているのではないかと想像された。つまり、白色の太いパイプのなかには鉄の棒が入り、建物の広告板と結合しているのだろう。アクリル板のむこうがわに装置があるので、回転数などを調節するのだろう。壁はあわいクリーム色で、鏡以外はとくにポスターも張られていない。殺風景だが、全体の雰囲気としては蟻地獄に捕らえられた感じで、逃亡不可能な無彩色の面がつづいていた。 圧倒的に奇妙な場所で、なにが起こるのかと思っていると、扉がひらいて神父がきる黒い寛衣を身につけた頭の禿げた男がでてきた。男性は、金色に輝くベネチアンマスクを目のまわりにつけて、さらにフェイスシールドをしていた。年のころなら七〇はすぎると思われる男は、左がわの扉からでてくると前方の階段をおりて、彼のまえにすわった。 男性は、フェイスシールドをはずすと、「ここは、充分に換気がゆきとどいているからコロナの心配はない」とつげ、功太にマスクをとることをうながした。男は、自分がクリエイターの「長老」であると名乗り、まず履歴書をみせろといった。ふたりを遮るアクリル板の下方にはわずかな隙間があり、そこを通して書類をわたされた男性は、封筒をあけて履歴を閲覧していった。 「これでは、だめだね。東京のうまれであるのは、仕方がない。両親が共働きで、ごく普通のサラリーマンなのは、中立だな。区立の小学校、中学校、都立の高校をでていることまではニュートラルだろう。国立大学に通っているのは、ややポジティブとしてもいい。一浪は、志望校に頑張ったとして中立としてもよい。留年は、あきらかにネガティブだろう。素顔は、ニュートラルだな。背も体型も中立だ。君の外見とこの履歴では、どうにもならないだろう。はっきりと申しあげて、あらゆるデータは、ポジティブ、中立、ネガティブの三要素から構成されている。否定的な事実を、とつぜん肯定的にかえるのは難しい。なおすためには、中立ならポジティブへ。ネガティブならニュートラルに、となるわけだ。ポジティブならば、より強力なスーパーポジティブにかえるのも考えるのだが、君のデータには、残念ながらそうした情報がひとつもない」 ひどく深刻な表情になって、長老は功太につげた。彼が、求人の欄には大学出が条件とかかれていたと話すと、男はさらにいった。 「履歴書を持参したうえで、選考は面接と明記されていただろう。これは、複数の応募者がいれば選択するし、望む職種にたいして充分な要求を満たせるのかどうか、能力を判断したいから、一定の基準がもうけられている。到達しないと判定されれば、申しこんでも落選になるだろう。応募が自由で個人の采配にまかされるのと、面接で採用されるのとは、おなじではない。もちろん君のいう通り、合否の規定はかかれていないとしても、その程度は読めば分かるだろう。だれでもいいとはいかないから、履歴書と面接という選択方法がとられるのだ」 面接以前に不合格で、ここで帰らねばならないのだろうか、功太は思った。いったい履歴作成料と、面接指導という名目の料金は、どうなるのだろう。そもそもが雇用されれば、給与が最低でも八〇万円以上で、東條タウンというユートピアの住人になれる。みんなの憧れの的で、応募すれば採用につながると考えていたのは、かなり軽率な判断だった。一日つぶして、わけの分からないクリエイターに、どうにもならない自分の履歴にケチをつけられても、惨めなだけだと功太は思った。そんなにいい話が、運よく目のまえにころがっているなんて、馬鹿げた考えだった。ここにくるまでに数多くの代書屋でならんだ人たちのなかには、この職を希望する者もおおぜいいたのだろう。すくなくとも、功太よりは立派な経歴をもち、さらに高額なクリエイターの手にかかって文句がつけられない履歴に仕上がるのだろう。しかし、履歴書とは、だれがかこうとおなじではないか。自分のアイデンティティーを証明するのだから、ふたつも三つももてず、残念ながら中立とネガティブな情報だけでも、事実なら仕方がないだろう。 功太は、現実をはっきりと知らされて、かなり絶望的な気持ちになった。落胆した様子は、彼の表情にしっかりとでて、そばにいる長老にも分かった。 「しかし、君がわざわざダビデの館を選択してくれたのだから、この履歴に手をくわえて、すこしはみられる内容にすることを考えねばならないだろう」 クリエイターは、あきらめ切っている功太をみつめながら話をはじめた。 まず求人するがわが、履歴書でなにをもとめているか、熟慮するべきだろう。それが分かれば、どんなものが適切なのか判断できる。彼は、詳細について語りはじめた。 履歴でいちばんはじめにみるのは家柄で、最高にいいのは皇室とつながりをもつことだ。功太は、日本国に在住するのだから、祖先をどんどん辿っていけば、どこかで天皇家と姻戚関係があるはずだ。貧しい者の子供は貧乏なわけだから、そうした者同士で結婚をつづけていれば、やがて破局的な状況がおとずれるに違いなく、そこで家系は終わるのだ。だから君がうまれて存在する以上、どこか遠い祖先が豊かな皇室と関係をもたなければ、両親は死んでいるはずだ。天皇家とのつながりがかんたんに証明できないのなら、旧華族は一定の評価に耐えうる家柄になる。このばあいは、皇室をむすぶ糸が家系図では明確に示せなくても、姻戚関係が色濃くのこる雰囲気をかもしだしている。それもだめなら、つぎには金持ちの家柄かどうかが問題となる。両親のどちらでもいいが、東京証券取引所に上場する企業とふかい関係があるのなら、これも有効なのだ。とはいっても、つとめ人程度ではまったく話にはならず、最低でも部長くらいないと箔がつかない。これもだめなら、もうこれ以上血筋については追求できない。功太がいちおう大学をでているのだから、いわゆる根っからの庶民としても、両親には最低限の資産があって、はじめてなりたつと考えられる。家柄については中立であり、ネガティブまでにはいたらない。 つぎにみるのは、学歴だ。どう考えても、いちばんいいのは東大しかない。そのつぎは旧帝大だ。大学でポジティブな評価をえられるのはここまでで、あとはおなじで中立以下になる。慶応のばあいは、幼稚舎から入学しているなら、本人が賢いかどうかは不明だが、親は新興の財閥や著名な芸能人かも知れない。やや、肯定的と考えられる。君は、国立大学への進学が、ある程度の評価をえられると期待するのだろうが、それはまったくの思いすごしだ。名もない国立大とは、学業も普通で、しかも私立の大学にはいけなかった可能性をもつから、両親の資産の問題もからんでくる。逆に考えれば、私立大学に進学した者は勉強はふるわないにせよ、親には子供を私学に通わせるだけのコストに耐えられる財産を有すると想像させる。もうこのへんでは、「どんぐりの背比べ」、「五〇歩一〇〇歩」、「目くそ鼻くそ」の段階で、いい方はさまざまだが、優劣はつけがたい。 一浪しているのは、現役でない以上、中立以下のあつかいになる。入学したのが東大ならば、一浪は忍耐と努力を表現するとして、ややポジティブに捕らえられる。名もない国立大学では、そうはいかない。留年は、破滅的な評価に違いない。この部分に関しては、徹底的に考えなおさねばならない。部活動でもして、どんな種目でも全国大会に進出、あるいは準じた成績をのこしたなら、補助的だが、ポジティブ要因として捕らえられる。君の履歴にはクラブ活動の記録もないから、人間としての協調性にも疑問符がつき、ほとんどネガティブといえる。趣味としてかかれた、読書と旅行に関しては、中立以下だろう。君がほとんど無趣味で、暇な時間は無為にゲームでもして、つぶしたと表現しているにすぎない。どう好意的に考えても、かんぜんにネガティブだ。 最後にみるのは、職歴だ。大学を卒業し、就職を希望するなら、ごく普通で中立要因だろう。有名な大企業に入社しても、なにかのトラブルに巻きこまれ、矜持からやめて就業を望むなら、話によってはポジティブにもなるだろう。君のばあいはフリーターで、非正規の食品配達員では、そうとうにネガティブとみて間違いがない。正直にいって、これ以上のネガティブ要因は、考えられないほどひどいと思ってもらいたい。 さて、これが功太の履歴が表現する現実だが、ここで今回の求人が書類審査だけではなく、なぜ面接があるのかについても考慮しなければならない。つまり書類ですべてを決めるのなら、履歴書で不合格になり、間違いなく落ちている。 面接があるのは、文書では分からない、本人の資質をたしかめようと思うからだ。そこで天性とはなにかと考えるなら、面談となるとインパクトのつよいのは、好男子がいちばんだろう。もちろん容姿だけを、面接官はみるわけではない。落ちついた仕草はいうまでもなく大切だが、印象的なのは背のたかさや、男なのだから筋肉が隆々としてたくましいのが、まず目につきやすい。この部分については、写真だけでは充分とはいえないので、面接という面倒で手間のかかる方法がとられるのだ。 こうした第一印象についても、実際に君と会ってみると、残念なことにポジティブ要因をまったくもっていないのが、はっきりと分かる。その欠如の様態は、完璧といっていいくらいだ。みるかぎり、どんなによくても中立までだろう。つまりここまでの検討では、君は、「即、アウト」必至の状況に違いない。 あまりにも辛辣な長老の発言に、伊高功太はすっかり絶望的になり、応募自体が身分不相応だったと思い知らされた。 クリエイターは、いままでの履歴に関する検討について、功太の考えをたずねた。彼が「首を、くくりたくなった」というと、 「するのは君の勝手だが、そうした行為は東條タウンを離れて、自宅に帰ってから秘かにやって欲しい。遺書などをかいて、事実を指摘されたのが原因だなどとのこさないでもらいたい。私は、君の履歴についての、ごく一般的な見解を正確につたえたにすぎないのだ」といった。 功太が帰ろうかなと考えていると、長老はつづけた。 「しかし君が、こうした無謀ともいえる、ただならぬ履歴をもって私の力を借りたいと、目のまえにいる現実がある。これにたいしては、なんらかの方法を用いて、支払った費用にみあう相応の処置を考えるしかないだろう」 「まだ、希望はのこっているのですか」と功太が聞いた。 「ここから、君の固有の話がはじまるのだ。すこし考慮してみよう」と長老は答えた。 「家柄の部分は、ここまでネガティブな現実をみるなら、ポジティブに改訂するのはあまりに根がふかすぎる。もう仕方のない事実としてあきらめ、せめて大学からは考えなおそう」とクリエイターはいって、また話しはじめた。 「このさい、東大をでたことにしたらどうだろう。卒業証書をみせろとまではいわないから、しらばくれて、みたらいいのではないか。そうすれば、一浪にたいしては根性があったと考えられるかも知れないから、ネガティブだけには捕らえられなくなる。留年はいずれにしても問題だが、東大ならなんとかなると思う。勉強しすぎて、すこしノイローゼ気味だったとか。夢中に生きてきたので、一年間、自分の人生を考えてみたかったとか。東大なら、こうした言い訳が通用する可能性は、皆無ではない」 両手で顔を覆った功太が、「あまりにも惨めだ」と、提案を拒否するのを聞いて、長老はしっかりとみすえていった。 「自尊心は大切だ。しかし、よく自分の履歴をみなおしたらどうか。そのまま提出したら、多数の応募があるから書類選考で落ちてしまうのだ。この求人は、東條家の一三歳になられたご子息、陽一さまの家庭教師だ。ご気性から考えると、実際に指導するのは二時間もできたらそうとうな強者といわねばならない。つまり実務時間は、一日に一二〇分で給与が月に八〇万円。子息に気に入られれば、ずっとつとめて、六ヵ月分のボーナスが追加支給される。年収は、一四〇〇万をこえるのだ。こんな割のいい仕事が、世間にたくさんあるだろうか。だれが考えても魅力的な年俸だから、志願者は八〇人はいると思われる。応募総数、八〇名のすべてには、とても面接はできない。実際に面談までこぎつけられるのは、今回は三名にかぎられる。この履歴で、のこれると思うのなら、君はかなり楽観的というか、そうとうに変わり者で、およそ浮き世離れしているとしか考えられない」 長老は、功太をじっとみつめて、またつづけた。 「しかし、こうした状況でなんとかするのが、クリエイターの仕事なのだ。ダビデの館をわざわざえらんでくれた、君の気持ちに応えるために、あたえられた苦しい条件のなかで、私は一肌脱ごうかと考えている。あくまで、東大、の詐称をこばむのならば、そうとうに複雑な家庭環境を、さりげなく創作するしかあるまい」 長老は、両腕をくんで物思いにふけり、しばらくたって、また話しはじめた。 「履歴にすこし手をくわえて、君は、母のつれ子だったとしたらどうだろう。ひとりっ子になっているが、このさい兄弟を増員して、弟と妹がふたりずついたことにかえるのだ。弟たちは、母親の再婚相手の子供で、君とは、義理の関係にあたるのだ。そうすれば、こうした家庭で、執拗な義父の虐めにあいながら、自活して国立大にすすんだというエピソードをつくれるだろう。君は、未熟な自尊心から自分の履歴をかえたくないと考えているのだから、家庭環境を工夫するのだ。 功太君の母親は、二八歳で結婚しているが、ここをだれがみても不自然に思えるぐあいに変更するしか手段はない。お母さんは、一八歳で君をうんだとしよう。じつは未婚の母で、功太君はほんとうの父親も知らないのだ。このさい、母親はレイプにあって身ごもり、周囲の反対を押し切って君をうんだことにしよう。それでつれ子になって結婚した相手が、履歴にかかれた父親だ。君の母親は、夫とのあいだに弟と妹をふたりずつうんだ。父親は、なにかの商売を手広くやり、シングルマザーのお母さんがアルバイト中に見初められて結婚となった。だから母親は、君にあまり似ていないが美貌だったとしよう。 父親の商売は順調に推移していたが、株で大損をこうむり、破産になったらどうだろうか。そこでお父さんは、もともと株式投資に反対していた母親にたいして、虐待をくわえる。こうした事態では、血のつながりがない君がいちばんひどく虐められる。母親は懸命に功太君をかばったために、みずからもDVの対象になった。それで、親戚の叔父さんがみかねて離婚させたのだ。父親は、禁治産者で自己破産をしているから、とても養育費なんかだせない。それどころか、このお父さんがいると、その後に生じてくるさまざまな事態を考えなければならない。父親について詳細な点まで考慮すると、こうした落伍者が辿る経路は、君の母親の幸福に生涯にわたって問題となるのが普通だ。どこから考えても、離婚相手は、そうそうに消えてしまったほうがいいだろう。このへんで自殺するのが、後腐れなくていちばん分かりやすい。これで一件が落着するのだから、ここで、死んでもらおう。しかし、自宅であろうが自分の会社であろうが、縊死するのはあまりに単純で共感がえられない。山手線のホームから落ちて死ぬのも、よくあるパターンで、その後のことも問題だから、まったく適切ではない。なにかここのところは、もっと思いつめた感、が必要な部分だ。隅田川に飛びこむのも、ぱっとしない」 長老は、そうとう悩んだ風情になった。この話の当事者らしい功太が、なにを考えるのかは、どうでもいいらしかった。真剣に悩んでいたが、ようやく考えがまとまったのか、また話しはじめた。 「分かった。ここは劇的にいったほうが、その後に面接官から、くどくどと質問責めにあわない可能性がたかい。このさい、東京スカイツリーから飛びおり自殺をするのだな。深夜がいい。人とぶつるのは、大問題だからな」 長老はそういって、功太をみつめた。 「君はこういう話をすると、どうやってスカイツリーから飛びおりられるのか、分からないだろう。これは、はっきりいってそうとうな難問だ。警備会社だって、そんな事態が起きたらたいへんだから、さまざまな配慮をしているに違いない。おそらく外にでる扉は、二重になっているだろう。窓の清掃とか、点検のためには、外部にでなければならないから、扉口はあるに違いない。その扉のまえには、かならず違う角度からみられる、複数の防犯カメラが備えつけられている。ここの部分は、管理会社が徹底的に監視しているはずだ。それでも、万が一という事態がありうるから、もし扉があけば大きな警報音がでるに違いない」 長老は、かんぜんに自分の世界に入りこんでいた。 「あけるとなると、そうとうの技術をもった者が配線をすべて切り、そのうえ短時間のうちに処理をしなければならない。厳重のうえにも、さらに力をそそいで、扉に関してはきびしいチェックがされている。それが、突破される。そのうえ閉館時にしっかりと見まわりをして、どこにも人がのこっていないのは確認ずみなのだ。だれもいないはずの深夜に飛びおりるなんて、起こりえないではないか。普通は、そう考えるだろう。そこが、スカイツリーのいいところなのだ。だれにも、どうやって深夜に飛びおりられるのか不明なのだ。だから、なにをどう質問されても、君は分かりませんとしか答えられない。不明な以上、この件については、もうなにもたずねられないのだ。それに警備会社としては、そうした事実があったとしても、それをそのまま社会に報告したら、自分たちの警備が甘かったのを世間に知らしめる事態になる。そんなことができるなら、おれもやってみようと考える者がかならずあらわれる。こうした事件は、闇に葬られるものなのだ。つまり、あきらかに墜落死であっても、深夜にスカイツリーの周辺で心臓麻痺でも起こしたとしか、一般人には報道されないのが普通なのだ。したがって、この件はこれ以上はだれにも絶対に追及できず、ただ壮絶な覚悟をもった、執拗で鬼気せまる自殺だったらしいという雰囲気しかつたわらないのだ。これで、父親の問題はすんだとしよう」 長老は、大きくうなずいた。 「それで一家で途方にくれていたときに、離婚させた叔父さんと再婚するのだ。だから、彼が、この履歴にかかれた父親、伊高ということになる。自殺したお父さんは、前田という姓にしておこう。こういう部分は、履歴には記載されないから、ちゃんとノートにかいて、しっかりと今晩復習しなければならない。伊高さんは、お母さんの遠縁にあたり、じつは昔から気があったのだな。母親は、一八歳で君をうんだから、いまは四四歳だ。こうなると、お父さんはすこし年下のほうが自然だから、三つ下の四一歳が適当だろう。父親は、ごく普通のサラリーマンで、君の履歴にかかれているのをこのままつかおう。いまのお父さんは、人間的にかなりまともで、お母さんは三人目にして、ようよう落ちつける男性と出会ったのだな。伊高さんは、前夫の前田さんとは違ってやさしく、君はすさんでいた人生を、再婚を契機にしてやりなおしたのだ。夫婦仲がよかったから、子供が立てつづけにうまれたのだ。もうこうなったら、この路線でいくしかないだろう。それで、さらに弟と妹がふたりずつうまれるのだ。こう考えると、前田さんとお母さんとの子は、ふたりで充分だな。そのかわり伊高さんとの子供を四人にするから、つまり君は七人兄弟の長男だ。いまどき、弟妹が七名となれば、功太君の履歴書はそれなりに迫力がある。履歴は、ポジティブを追求する手がいちばん分かりやすい。それができないのなら、考え方をかえ、ネガティブを深掘りしてみよう。ここまで否定的になってくると、ただ家柄がよくて東大をでているボンボンとなら、充分に比肩できるだろう」 長老は、かんぜんに自分の世界に入りこみ、さまざまな提案をした。 功太は、学歴を詐称するのとは違っていたから、そういう過去をもつことに同意した。履歴で訂正した部分は、母親と父親の生年と、兄弟六人の名前と年齢を加筆しただけだったから、彼もそれほどの抵抗は感じなかった。 結局、功太は大学に進学する学費をかせぐ目的で、一年間をアルバイトにつかったことになった。 「こうした生活費の捻出で、なんといっても健全なのは、朝夕の新聞配達をする、住みこみの奨学生が望ましい」という長老の言葉にしたがった。とくに履歴には記入しなかったが、そうした一年をすごしたことに決めた。その後もずっと学費をえるために配達をつづけ、部活動にも入れなかったという方針になった。 さらに面接時に起こってくる、さまざまな質問にたいして、どう答えるべきかを、長老はなんと三時間以上にもわたって懇切ていねいに解説してくれた。功太は、クリエイターの熱意にはげしい好感をもち、どうせ書類選考で落とされるだろうと考えていたが、問答の内容と正しい解答をノートにまとめた。最後に、長老はいった。 「明日の午前九時に、ここにきなさい。一〇時から面接になるから、同行しましょう」 「これで、ほんとうに面談がうけられるのですか。八〇人の応募があるのでしょう。たった三人の枠に、のこれるのでしょうか」 功太が困惑気味にたずねると、長老はこの履歴はそれなりに迫力がでて、耳目をあつめるに違いないから大丈夫だろうと答えた。あとは希望をもって、ひと晩よく復習して、自分の経歴についてすらすら解説できる程度まで覚えておくのが肝心だ。さらに自慢話ではないから、いいにくそうに話すのが必要だと説明した。 功太は、長老の履歴作成過程をみて、この仕事がなぜ「クリエイター」とよばれているのか充分に理解した。希望をもって、ひと晩考えてみようと思い、礼をいって別れた。階段をあがって正面の壁をみると、大きなガラス窓が嵌まっていた。扉をあけて待合室にもどり、仕切ってある隔壁を振りかえると、おなじ大きさの鏡があった。つまり、マジックミラーだった。だから、功太がどうしようかと考えながら待つのを、長老はみていたらしいと気がついた。こうしたことをふくめて、なにがなんだかよく分からなかった。 辛辣な評価とていねいな指導をうけた功太は、地上三〇階建ての東條ホテル一号館、三階の自室にもどった。もう、七時にちかかった。 東條ホテル一号館は、二〇階以上の高層階は、全室がスイートルームだった。最低でもひとり一泊、二〇〇万円以上という、べらぼうな値段だった。ホテルには、三種類のエレベーターがそなえられていた。リフトは色分けされ、九階までの緑色と、一〇階から一九階までの黄色、二〇階から三〇階までいけるふかい緋色の扉が、おなじホールにおかれていた。五階以上の部屋は、一階あがるごとに二〇〇〇円ずつ値段がたかくなっていた。九階に泊まれば東條家の一部がみえるのかも知れないと思って、たいそうな金額を払う者もすくなくない。 「そうは問屋がおろさない」ぐあいになっていた。この二〇〇〇円ずつ、値段があがるのが曲者で、実際は、五階だって九階だって窓からみえるのは東條ホテル二号館しかなかった。騙されたと思っても、一度購入した券の変更は原則不能だった。 黄色のエレベーターでいける部屋は、二食がついて一泊ひとり、一〇万円以上だった。そのうえ、一階あがるごとに一万円ずつ料金がたかくなっている。料金設定から考えて、一九階に泊まれば東條家の敷地をのぞけるだろうと、そうとうな覚悟をもって黄色の「19」のカードキーを二〇万円だして買いもとめても、堀をはさんで入り口と一体化して立つ、東條ホテル二号館が、どうしても邪魔をして内部がみえない仕組みになっていた。 それなら、こんな設定は無意味だと思うのは、あまりにも一方的な思考方法だった。東條ホテル一号館に宿泊すれば、カードキーは記念としてくれる。普通の緑よりも、黄色のほうが断然ステイタスがたかい。カードには、色ばかりではなく中央には階数の番号が記載され、「11」と「19」では、あきらかに位階がことなる。 ヤフーオークションや、アマゾンで出品される使用ずみカードキーは、真ん中にかかれた数字によって値段が違う。売買されるカードには、東條ホテル一号館のかなり複雑なロゴマークが入り、本物だといわれている。ほんとうに使用されたのかも、分からない。はっきりしているのは、あきらかに値段が違い、サイトで購入した券では泊まれない事実だった。 緋色の「30」のカードキーは、高嶺の花で、かんたんには手に入らない。最上階は、スーパー・エグゼクティブ・デラックス・スイートで、東條家がわの壁はもちろん、天井部分をふくめた外がわの構造体のすべてが、強化ガラスからできている。そこからは、東京湾と周辺に林立するビル街や富士山を望めるし、東條家の敷地内全容をふくむ三六〇度の豪勢な景観が楽しめる。 東條ホテル一号館は、階をあがるにつれ、部屋数がすくない。全体では、新幹線の先端部とそっくりな流線型構造をしている。最上階の部屋は、ひとつしかなく、内部に階段がある二層構造になっている。「30」階の料金は一泊ひとり、五〇〇万円ともいわれ、それでも予約でびっちり埋めつくされ、二年後までいっぱいだった。だから、泊まれなくても、カードキーをもつだけで、ステイタスだった。オークションで出品されれば、すぐに購入希望者が殺到し、最低でも、五〇万円以上が必要だった。 「30」は、とても無理だとしても、緋色のカードキーなら恋人の誕生日に、奮発してアクセサリーとしておくっても充分な価値がある。ハンドバッグのみえる部分にはさんでも、お洒落だから素直に喜んでもらえる。もちろん、「君のために、あのサイトで買ったんだ」とつけくわえなければ、問題が生じるだろう。 「29」と「30」でそうとうな差があるのは、実際に泊まった者でなければ分からない。じつは「29」までは、正面入り口にたつ「東條ホテル二号館」がかなり微妙な形でつくられているから、ユートピアの内部はみられない。実際に購入して泊まった者たちは、悔しくてそんな話を決してしない。溜め息はでても、カードが緋色であるのに満足するしかない。 功太は、レストランで適当な夕食を食べ、部屋にもどると、猛烈に疲れているのが分かった。長老からは、かなり本質的な問題を徹底的にあばかれた気がして、ひどく落ちこんでいた。翌日に面接をうけるさいにはクリエイターが同席するといったが、鋭い指摘にさらされた悲惨な履歴を考えると、すべてが無駄だという気持ちになっていた。先ほどかかれたノートを読みかえすと、無残な過去を説明する明確なエピソードがつらなり、功太が壮絶なうまれ育ちだったのが記録されていた。それは、惨めで悲しくなるほどだった。 長老は、「こうなったら、人情にすがるしかない」といった。 「人は、理と情の五分五分でできている。道理では叶わなくとも、人情が通用する部分はいくらでもある」と語った。 慰めたのか馬鹿にしたのか、功太にははっきり分からなかった。 クリエイターが、彼の面接のために三時間以上もつきあったのは、まぎれもない事実だった。また自分が一般的にどういうぐあいにみられるのか、つつみ隠さず教えてくれたのも、間違いではなかった。個人的には、もうすこし、やさしく、ていねいに、曖昧に、つつんでもらったほうが気分的には楽だったが、ほんとうならば仕方がなかった。親でも、なかなかここまでは教えてくれないのが普通だろう。お世辞をいくらならべられても、書類選考で落とされるなら、理由が明確なほうがすっきりするに違いなかった。これは、残酷な真実なのだと思った。 一〇時になっても眠気が起きなかった功太は、ここにくるのも最後で見納めだろうと考え、東條タウン、ホテル前通りを散策してみた。 ホテルぞいは、さまざまの大きさの「代書屋」がならんでいた。派手で、目立つ看板ばかりがつらなっていた。そこには、四角で白い広告板なんかは、どこにもなかった。丸や三角、さらに三次元構造をした奇妙な宇宙船や、天にのぼっていく竜にもみえる、そうとうに抽象的で意味不明な広告塔も多い。鬼滅がはやれば、すぐにキャラクターを模倣した看板がつくられる。色も形もさまざまで、建物より小さいものをさがすほうが難しい。 日も暮れていたので、原色のネオンサインが街を埋めつくしていた。深夜でも歩行者天国は開放され、銀座みたいにあかるかった。 代書屋なんて看板は、ひとつもなかった。だいたいは、「クリエイティブ・ディレクター」とか「チーフ・アドバイザー」、「スーパー・アシスタント」とか、意味もはっきり分からなかった。五〇軒ちかくもある建物には、日本語の「指南所」という広告板もみえ、「元祖」とか「本家」とか記載されていた。 夜半だというのに、多くの人が出歩いていた。夜もふけていたので子供はほとんどみかけなかった。アベックはいっぱいいて、出店をみて、クリエイターの派手なネオンサインのまえで写真をとっていた。 功太は、南のはしまでいき、またもどってきていちばん北にある「ダビデの館」まで歩いた。この看板は、なんといっても派手さと奇抜さでは、数あるホテル前通りにならんで立てられた広告塔でも、圧倒的に際だっていた。 逆むきにくみあわされた正四面体と、「クリエイティブのクリエイター」と赤い色でかかれた、横にながく平べったい三角柱は、想像の範囲を逸脱した異様な結合で、真っ黄色のなかで「ダビデの館」が緑色に浮かびあがって、かなりのスピードで回転するのは、いつ千切れて飛んでくるのかと思える迫力があり、ほんとうに気分が悪くなるほどだった。 実際、看板をみつづけていたらしい女性は、人気のない北の畑に走っていくと、すわりこんで嘔吐していた。この広告板はそれなりに評判がたかく、恋人づれや女性たち、おおぜいの人たちが周辺でたむろし、楽しそうに会話をして賑わっていた。 「これだけたくさんの人がみているが、実際に建物のなかに入ったのは、ひとりしかいないに違いない」と功太は周囲をみまわして思った。 「こうした事実に、満足するしかないだろう」と彼は考えた。 ほとんどの者は、看板を背景にして写真をとり、「パワースポットだ」と騒ぐ声が聞こえた。 翌日は、雲ひとつない快晴だった。功太が八時半に「ダビデの館」の扉をあけて待合室の椅子にすわっていると、九時きっかりに、金色に縁取られた、きらきらと光るベネチアンマスクをして、そのうえにフェイスシールドをつけた黒い寛衣の長老があらわれた。ベニチアンマスクは、シールドをかぶると、かなり異様だった。並とは違って、上部が奇怪にひろがり、ほとんど頂点が地面にむかう巨大な円錐形をしていた。耳のあたりに回転する軸があるらしく、手で操作するとかんたんに頭部にあげられ、顔にかぶれる仕掛けだった。 功太がすわっているのをみると、「用意はいいのか」と長老は聞いた。 「なんのことですか」と彼がたずねると、「これから、面接にいく」とクリエイターはいった。 「まさか」と功太は思った。 たしかに長老は、昨日の帰りぎわに、話しあった内容をしっかり復習しておけといったが、あんなすさまじい履歴書が三〇倍ちかい書類選考にのこるとは考えられなかった。 クリエイターは、功太が帰ってから履歴をふくむ書類をPDFファイルに作成しなおし、今回の面接主任、東條家執事におくり、今朝の八時に返信がきて選考に通ったと話した。 「あの履歴書は、考えはじめるとあまりに奇妙だ。三人と面接するなら、ふたりはひどく優秀な者にして、いずれ落とすつもりでも、君の話を聞いてみようと思うのはごく普通だ」といった。 クリエイターができるのは、ここまでだそうで、あとは功太の実力によるらしい。彼は、自分の履歴については、ちゃんと理解したかと聞かれた。功太がうなずくのをみて、昨日、長老が用意した想定質問にたいし、教えた通りていねいかつ充分な回答を、念を入れて、そつなく話すのだといった。 「最終面接にまでのこしたのだから、クリエイターとしての私の力を、正当に評価してもらいたい。あとは、昨日の話を練らねばならない。補佐できるところは助言するが、採用にいたるかは、君の能力によるのだ。充分に理解しているのだろうが、履歴にポジティブ部分は皆無だ。昨日、くりかえして話した通り、もう理の領域ではとうてい叶わないのだから、情にすがるしかない。しかし、誤解してはいけない。憐れっぽく、惨めたらしければ、君はすぐに面接室から追いだされる。推薦した私にも、そうとうな被害がおよぶだろう。必要なのは、ネガティブな現実にたいする君の矜持だ。あの履歴で誇りをすてたら、もう目もあてられないのだ」 長老は、功太を今ひとつ信じ切れないらしく、昨日くりかえした基本的な考え方を再度確認した。さらに二〇分くらいの時間をかけ、具体的な細かい指示をだした。よく納得した功太がうなずくのをみて、「ダビデの館」をでた。 長老は、昨日とおなじ黒い寛衣をきて、両手を左右の袖に懐手にして背をしっかりと伸ばし、堂々と歩いていた。彼は、雪駄をはいていた。青い背広にネクタイをして、肩に小さな紫色の鞄をかけ革靴で正装した功太は、必要なのは「矜持なのだ」とくりかえしイメージし、背筋をできるだけ伸ばしてついていった。平日の九時半すぎだったが、ホテル前通りはすでに賑わいはじめ、往来する人たちは「異形の者」としか表現できないクリエイターと、つきしたがう彼を奇異な目でながめていた。 功太は、長老について、東條ホテル二号館につづく橋をわたってフロントにいった。ホテルの一階部分は、普通とはまったく違い、両がわの壁、すべてが受付で、中央はロビーとなり数多くのソファーとテーブルがおかれていた。成田空港の国際線のフロントと似て、あらゆるニーズを処理する、東條家との境界を形成していた。 長老は、この構造を熟知していた。東條ホテル二号館に入ると右にまがって、なかほどの上部に本日の面接コーナーとかかれたセクターにいき、「陽一さまご専用」という立て看板がおかれたフロントでなにかを話して書類をみせた。係員は、黄色のカードキーを二枚わたした。 東條ホテル二号館は、純然たる東條家の敷地内に立てられていた。功太にとって、もしその一枚が自分用なら、それだけで満足できる貴重なものだった。黄色のエレベーターのまえに立つと、長老は彼にカードキーをわたした。なんとキーには「東條ホテル二号館」という文字が、階数を示す数字の「10」とともにかかれ、さらに本物であるのを証明する、複雑なロゴといっしょに印字されていた。功太は、興奮を隠し切れなかった。面接の合否はともかく、もしかしたら東條タウンをホテルの一〇階からながめられるのかも知れない。それが、庶民にとってどれほどの憧れであるのか、ひと口では語り切れなかった。 面接にたいし、どうすればいいのかと悩んでいた功太は、東條タウンがみられるという思いでぼうぜんとなった。昨日は、長老が面談にこぎつけられるといったが、あれだけ冷酷な真実を聞かされたあとでつげられ、気休めとしか考えられなかった。面接をうけるといわれても、今ひとつ現実感にとぼしく他人事にも思えていた。二号館のエレベーターに実際にのると、彼は興奮してきた。 一〇階について扉がひらくと、超高級ホテルだからとうぜんだが、橙色の間接照明がぼんやりと浮かびあがらせているのは、分厚い感じの深紅の絨毯に覆われた廊下だった。右も左も部屋のドアノブだけがならぶ薄暗い通路がずっとつづき、遠くは壁で、窓はみえなかった。日の光も差しこまなかったから、外はみられそうもなかった。通路は、ハーブの一種らしい芳しい薫りに満たされ、静謐で重厚な雰囲気が演出されていた。 長老は、功太がついてくるのを確認すると薄暗い廊下を歩いて、「一〇〇一号」とかかれた扉のまえまでいき、ノックをした。 「どなたです」という男の声がひびき、「ダビデの館です」とクリエイターは答えた。 入室が許可された部屋は、猛烈に大きかった。扉から窓までの幅は三〇メートルくらいで、さらに横幅は五〇メートル以上だった。ダンスホールみたいな場所で、床は絨毯ではなく優雅な風あいの薄茶色の木材で一面がしきつめられていた。室内は吹きぬけで、ものすごく広々としていた。外にむかって切られた壁は、一面ガラス張りの窓になり、たかい天井からレースのカーテンが床までたれていた。換気の風によって、さらさらと揺れる薄い布を通して、あかるい日の光をあびる東條ホテル一号館がみえた。方角的には南と考えられる扉の右がわには、ひな壇があり、うえには細ながい机がおかれ、後ろに女ふたりと男ひとりの計三人がベネチアンマスクをつけ、ならんですわっていた。三人は、感染予防のマスクはしていなかった。 真ん中の女性が、法王、東條正規氏の一〇〇番目の妻にあたる東條由紀なのは、功太にはすぐに分かった。もちろん、机には「由紀」とかかれた三角柱がおかれていた。彼女は、黄色い帽子をかぶり、そこには「一〇〇」と記載されていた。 功太は、長老からこうした東條家の諸制度についての講義をうけていた。東條正規の家族は血のつながりをもつ証拠として、みんな帽子をかぶっている。被り物の形態はさまざまで、頭巾やベレー帽だったり、ひさしがついた野球帽だったりする。色で区別され、黄色い帽子は、正規氏の正式な奥さまだと示している。被り物につけられた番号は、結婚した順番をさしている。今回は、一〇〇番目の妻で、「もも」ともよばれる由紀さまのご子息、陽一さまの家庭教師の求人だった。子息は青い帽子がつかわれ、「四〇一」とかかれた陽一は、正規氏の四〇一番目の子にあたる。二〇番目くらいまでは、法王はうまれる子供の名前について真剣に考えたが、あまりにもつぎつぎと出産するので、それ以降は番号制となり、その番号をどう読むかという観点から命名される。 選考する三人は、奥さまの由紀さまと、娘の仁奈子さまと、五〇をすぎると思われる東條政宗氏だった。彼は、家族でない証拠として帽子をかぶらずに右はしにすわり、三角柱には「執事」とかかれていた。政宗は、銀色のベニチアンマスクをしていた。 由紀の左がわには、赤い頭巾に白い縫いとりで「二七五」とかかれた、仁奈子がすわっていた。とうぜんのことながら、赤は東城氏のご息女を示す。仁奈子は、銀の縁取りに目の周囲がきらきらと赤く光るベニチアンマスクだった。 長老と功太が入室したのは、約束の一〇時より一〇分ほどまえだったが、面接をうける功太以外のふたりは、すでにきていた。 予定ではいっぺんに面談するらしく、彼らにもクリエイターがついていた。ひな壇にむかって、巨大ななまるいプラスチックの容器があり、そこに志望者と思われる功太とおなじくらいの年格好の男たちが入ってすわっていた。まだ面接の開始時間まえだったので、彼は長老からこの不思議な装置についても教えてもらえた。 東條タウンでは、万全なコロナ対策が行われている。二号館のフロントで、長老と功太は唾液でPCR検査をうけたが、結果はすぐにはでない。クリエイターをふくめた東條タウンの住人は、週に二回はPCRの検査を行っている。功太たち部外者は、陽性の可能性もあるため、東條家の人たちとおなじ空気をすえない。ホールは、充分に換気されているが、念のために面接希望者は、用意された大きなプラスチックの容器に入り扉もしめ、かんぜんに外気から遮断される。 この球形の容れ物というのが猛烈に巨大で、ひな壇にむかって三つならんでいた。その右どなりに、それぞれの「クリエイター」がすわる小さな椅子と机があり、うえにはマイクと名前がかかれた三角柱がおかれていた。窓ぎわと中央の球体には、すでに受験する志望者が入っていた。椅子にすわる彼らは素顔をさらし、右脇からつきでたマイクをつかって、正面をむいた状態で質問に答えねばならなかった。長老から話を聞いて、功太はプラスチックの容器に入り、後ろの扉をしっかりとしめた。球体のなかは換気され、除菌用のフィルターがついているらしかった。 ひな壇の中央にすわる由紀の後ろには、たかい場所に大きな時計がかけられていた。それがちょうど一〇時をさすと、司会をかねる執事の東條政宗が、「定刻になりました。遅滞なく全員がそろいましたので、これから東條陽一さまの家庭教師の求人面接をとり行います。面接には、いちおう二時間を予定しております。結果は、終わりしだい、すぐに発表するつもりです。私は、今回の司会を承りました執事の東條政宗と申します。通例にしたがい、面接官の紹介をさせていただきます。私のとなりで、中央におかけになっている方が、陽一さまのお母さまであられる由紀さまでございます」 その言葉に、由紀はかるく会釈をした。さすがに東條家の妻らしく、気品がたかく美貌にみえた。しかし、黄色いベニチアンマスクが覆っているので、すべては分からなかった。 「となりは、由紀さまのご息女にあたられる仁奈子さまです」 その言葉をうけて、赤いベニチアンマスクをした仁奈子もかるく会釈した。彼女は若そうで、二〇歳くらいにみえた。ながい黒髪のうえに「二七五」と白く縫いとられた、お洒落な赤い頭巾をのせる女は、かなりの美貌に思えた。 「通例にしたがいまして、今回の書類選考にのこられた面接希望者を順に紹介いたします。いちばん窓がわにすわっておりますのが、現役で東京大学法学部に入学し、次席で卒業したあとに国家上級公務員試験に現役合格をして、総務省につとめ、この春に一身上の都合で退職された、金子颯太さんです。となりにいらっしゃるのが、スーパーエグゼクティブ・エクセレントクリエイター、合格の要、の最長老さまでいらっしゃいます。慣例によりまして、面接会議場では、最長老とよばせていただきます。真ん中にすわっておりますのが、現役で東京大学教育学部に合格し、飛び級をして三年で卒業後、青少年教育学を専門として院にすすみ、ここでも一年飛びこえて四年で博士課程を修了し、青少年教育の諸問題という論文で博士号をとり、現在はポスドクとして東京大学に在籍する、山下輝照さんです。つまり山下さんは、通常は九年かかる入学から博士課程修了までを、七年ですませたことになります。クリエイターは、グレートファーストクラス・エクセレントオールマイティー・クリエイティブアシスタント、奇跡のペイトリアーク、の真人さまでいらっしゃいます。慣例によりまして、以後は真人とよばせていただきます。いちばん扉よりにおりますのが、一浪して無名国立大学に合格し、理学部を五年かけて卒業し、その後二年間、ウーバーイーツをして働き、原付き二輪の免許をもつ、伊高功太さんです。助言なさるのは、クリエイティブのクリエイター、ダビデの館、の長老さまです。慣例によりまして、以降は長老とよばしていただきます。これより審議に入りますので、試験官より質問をうけたときは、志願者さまには、すみやかに適確なお答えをいただきたいと思います。クリエイターには、こちらから直接たずねることもございます。追加的な助言が必要とお考えなら、挙手をしていただき、私の指名したばあいにかぎってご発言ください。ここはたいへん重要な点でございまして、勝手な発語にたいしては、最大、退室の指示を、面接官はだすことも可能です。気持ちよく面接が行われ、合格しても、残念ながらそうはならなくても、たがいに充分に納得して、穏やかにこの試験が進行できるために最善をつくすつもりです」と執事がいった。 長老をのぞくふたりのクリエイターは、銀色で縁取りされ目の周囲もきらきらと輝くラメが入った、マスクをつけていた。着席するクリエイターたちは、円錐形をした巨大なフェイスシールドをはずして机においてあった。彼らは、くりかえしPCR検査をうけ、面接会議場は換気のゆきとどいた大きなホールで、かなり「疎」の状態だった。だから、主催者がわも安心しているのだろう。 執事が話す履歴を聞きながら、「もとめられているのは、矜持だ」、「長老を、信じるしかない」と功太は考えをあらたにした。 面接は、いちばん窓ぎわにいた金子颯太からはじめられた。 颯太は、尾張の信長家の家臣で小大名でもあった金子氏の血筋を直接ひきついでいた。格闘技にたけ、柔道が二段。剣道が三段。合気道が二段。空手が三段。あわせて一〇段という話だった。みるからに筋肉は隆々とし、そうとうにつよそうだった。 金子は、仁奈子のもとめにシャツをぬいで裸の上半身をみせた。さらに応じて、ボディービルダーが行ういくつかのポーズをしてみせたが、どれも決まっていた。仁奈子と由紀が好感をもったのは、会話のなかであきらかになりつつあった。彼のばあいは、なぜ総務省を二年でやめたかという問いが執事からだされた。 「私は、多くの国民の役に立ちたいと考えて、子供のころからずっと努力をかさねてきた者です。しかし、実際に役所に入って実務を担当してみると、省内の偉い方が、つよい相手にはペコペコして犬になり、よわい人にはふんぞりかえって好き勝手に命令しているのが分かりまして、非常に困惑しました。日本の官僚として出世するには、上司の指示をよく聞いて、自分をすてねばならないと、充分に理解したのです。国民には嘘をつき、国会議員の先生とよばれる人たちにたいしては、なんでもかんでも、ごもっともですとお世辞をいうのが仕事なのです。あとはあきらかな不正を、いかに正当であるかのごとくに論理化し、いい繕うのかが自分の業務なのだと分かりました。コロナ禍で多くの高齢者が自宅待機のまま死亡する事件が起こっているのに、国会議員の先生が優先的に無症状でも個室に入院できるのに、義侠心がはげしく揺すぶられました。その方の入院先に、個人的な用事、たとえば、替えの下着や髭剃りをもっていくのが私の仕事だったのです。病院の裏口からそっと入りこんで、エレベーターをつかうと報道関係者と鉢あわせする危険もありますので、階段で最上階のホテルのスイートルームみたいなところまで、のぼっていくのです。こんな個人の御用聞きのために入省したのではないと、上司に愚痴をこぼしますと、おれもやったのだ、おまえも一〇年したら部下がくるから好きにできるのだといわれ、たいへん腹が立ちます。表玄関には、こうした不正をかぎつける報道関係者がかならず常駐していますので、何事も注意しなければなりません。それで、いわれるままに荷物をもって議員にお目にかかってわたしますと、感謝のひとつもなく、とうぜんのこととしているのです。それが実際にテレビでよくみる偉い先生でありまして、きたついでに缶コーヒーなどを自販機で買ってこいという指示がだされます。けっこう細かい注文で、それでも仕事だとわり切って購入すると、自分が頼んだのは、「朝のすっきりコーヒー」だ。銘柄が違う。「午後のすっきりコーヒー」ではないとか、くどくど文句をいわれます。再度、買いにいかされるのです。でも自販機には、「朝のすっきりコーヒー」なんていう銘柄はどこにもないのです。いくつかの階を歩いてさがします。「夜もすっきりコーヒー」があるのを、ようやくみつけて買っていくのです。すると、馬鹿とか阿呆とかいわれまして、つかいものにならないから、上司に報告して担当をかえさせるなどと、勝手な文句をわめきだすのです。あげくの果てには、議員が好きなのは味が微妙に違う「朝のすっきりコーヒー」なのだそうです。コンビニなら、かならずおいてあるから、もう一回いけといわれます。馬鹿なおまえが間違えないためだ、とか話され、「朝のすっきりコーヒー」という自筆のメモをわたされるのです。缶コーヒーの銘柄の違いなんてどうでもよくて、味の微妙な差異よりも、世の中にはもっと議員の先生がとりくむべき課題がたくさんあるはずなのに、コロナ禍で苦しむ人も多いなか、なんでこんな使い走りをしなければ、ならないのだろうか。思うと、自然に涙がでてきます。悔しくてほんとうに泣けてくるのですが、これも仕事の一部なんだ。いずれ違う形で、国民の利益につながるのだと自分にいい聞かせ、一一階から階段をおりてちかくのコンビニにいきます。メモを頼りに「朝のすっきりコーヒー」をさがすのです。しかし、どこにも見当たらないのです。それで、多数のお客に対応し、忙しく働く店員さんに事情を話し、「朝のすっきりコーヒー」をさがしてもらうと、そうした銘柄は知らないと答えるのです。多忙をきわめる従業員に、どこにいったら、これが買えるのだろうと必死になって相談します。すると、忙しいにもかかわらずていねいに聞いて、倉庫で事務の係の方といっしょに銘柄表をみ比べてくれるのです。そうして、この銘柄の缶コーヒーは存在しないと、ついに真実があかされるのです。名前が似ているから、「朝はすっかりコーヒー」ではないのかといわれ、自分でもなにがほんとうなのか分かりません。電話なんかもできませんし、こちらからメールで確認などしたら大目玉なのです。メモには「朝のすっきりコーヒー」。と、しっかりかいてあるのです。それなのに「朝はすっかりコーヒー」。をもっていったら、どんなお咎めがあるのかも分かりません。しかし、どうしてもないのです。店員さんが、事務の方といっしょになってわざわざ確認してくれたのです。これ以上は術もなく、あきらかに違いますが、かなり似ている「朝はすっかりコーヒー」を二本買って、また階段を一一階まであがりまして、先生のお部屋に辿りついて事情を話します。議員は、これでいいのだというのです。メモと違うことを話しますと、おまえが変なものを買ってくるから間違えたのだと、私に責任を転嫁するのです。なぜ一ダースくらい購入してこない、まったく気がきかない奴だとかいって、次元のことなる話にされまして、それでこちらも、」 「分かりました。もう、そのへんでけっこうです」 執事は、思わず声をかけた。 金子颯太の立派な体躯と、総務省のこまごまとした現場対応の不釣りあいはそうとうな迫力があり、クリエイターによってかなり細部まで練られた話になっているに違いなかった。由紀も仁奈子も、ひどく同情する風情がみられた。「合格の要」の最長老も、金子の発言のひとつひとつに大きくうなずいていた。 「ようするに、金子さんは、役所の非人間的な労働に疑問を感じ、我慢すれば偉くなれるところをあきらめて、今回この受験にきたとしてよろしいのですね。とくに、辞職の勧告をうけたわけではないと考えて差しつかえないのですね」と執事は聞いた。 そこで、最長老が挙手した。執事は、その発言を許可した。 「日本の役所が腐り切っているのはよく分かっておりましたが、金子氏の話は、努力した者にとっては耐えがたい環境だろうと推測されます。今回、彼を推薦するにあたって、総務省の知りあいにも経緯を充分に聞いてみましたが、なにか問題となる不始末をしたという情報は、えられませんでした。この点に関しては、私が保証いたします。今回、陽一さまの家庭教師として採用されれば、いまの話にもありましたが、金子氏はかなり粘りづよく、容易に仕事を放棄するとは考えられません。ごらんになった通り、筋肉は一日ではつきません。日々の努力のつみかさねです。こうした体力をはじめ、精神的なつよさをふくめて考えれば、今回の求人には最適な人材であると思うしだいです」と最長老は落ちついた声で申しそえた。 ここで金子氏についてはおおむねの了解がえられ、さらに詳細については全体の状況をみたうえで、再度、問いかけを行うと判断された。執事は、つぎの候補者である山下輝照の概要説明に入った。 山下は、世界最大の自動車製造業である富永自動車の会長、富永真吾氏と血縁関係がある。富永氏の祖母と、山下輝照氏の祖父が腹違いの兄弟である。山下は、子供時代から神童と噂され、とくにゲームについてはほとんど天才といわれる。将棋は六段位、囲碁も五段位をもっている。山下は、いまをときめく藤原聡太が小学生のころ、道場で対戦したことがある。将棋というゲームは、敗者が負けをみとめて勝敗が決する。絶対に勝てない局面になっても、いつまでも粘りつづける藤原にたいし、山下は盤上の駒を一枚ずつとりはじめた。そして、ついに最後までのこった歩も捕獲した。かんぜんに裸の王さまにされた藤原が、とつぜん王将の駒を両手でにぎりしめてトイレに逃げこみ、大泣きしながら二時間、立てこもってでてこなかったエピソードは、一部のマニアのあいだでは有名な事件だ。さらに彼は、チェスのグランドマスターで、イギリスでも活躍し、こうした経緯からエリザベス女王に謁見した経歴もある。 たしかに、やせて眼鏡をかけた山下は、非常な好男子であるうえに理知的で、いかにも感覚が鋭そうな風情を周囲にただよわせていた。身長が一九〇センチ以上もあり、仁奈子のもとめに応じてプラスチックの容器内で立ちあがった。すると頭が天井にちかづいて、あたかも白っぽい不透明な容器を彼が支えるようにみえ、全体としては「一円玉の硬貨」にそっくりになった。 東大で飛び級したのは、文豪、森鴎外以来ともいわれる。とうぜんだが、首席卒業だった。博士課程を終えた山下は、東大に職をもとめられたのだが、狭い象牙の塔にとどまるべきか、知識を社会に直接還元するべきかを悩んでいた。ところが今回求人をみて、東條家の役に立ちたいと考えて志願した。 執事は、こうした履歴の賞罰などにかかれた記事を読みあげ、山下については、「なぜ、無役のポスドクだったのか」が問題で、説明して欲しいといった。 これはとうぜんの疑問で、それほど優秀な者ならどこかの教授になるか、准教授として慰留されるに違いなかった。ここは、あきらかな罠であり、この質問のために、山下はそうとうな答えを用意しているはず、というのは功太にも分かった。 クリエイターの仕事とは、なるたけ自然な形で論点をつくりだし、そこに山場をもってきて、話に強弱をつける作業に違いなかった。いうならば、ごく普通の平面的な人生に、厚みと奥行きをあたえることにより立体的に組み立てなおし、さらに劇的で感動的な物語におきかえるのだ。つまり演出で、究極の創造的行為なのだ。 その問いに答えて、山下は話しはじめた。 「教授職は、私たち学問をきわめたいと考えている者にとっては、最終的に到達したい地点であるのはとうぜんといえます。執事さまのご指摘の通り、私が無役のポスドクでいるのは、説明が必要な部分に違いありません。正直に申しあげて、師である榊原教授は、まだ五〇代とお若く、平穏に退職していただくには一五年ほどの猶予期間がございます。名もない国立大学の教授職なら明日にでも申請して、三ヵ月か四ヵ月でも待てば、希望は叶うかも知れません。実際、榊原教授に、准教授の形で講座にのこることをつよく慰留されています。教授も私の立場に関しましては、たいへん心をくだかれて、大学には第二青少年教育講座を新設したい趣旨の希望を提出しておりますが、これは国の研究費との兼ねあいもございます。こうした要求は、多くの講座でさまざまな事情から生じてまいります。教授の希望だけが優先的に実現できるのかについては、不明でございます。私も有力な方の支援をえて、文科省からなにがしかの力添えをいただく術もあるのでしょう。教育の仕事にたずさわる者が、国家の権力とふかくむすびつくのは、やがてはなにかの見返りをもとめられる癒着の根源にもつながる、危険な行為と考えております。もっとも普通なのは、名もない国立大学の教授職をえて、さらに研鑽して、このあいだにあたらしい講座を東大に開設してもらうか、あるいは榊原教授が定年をむかえるまで待ってあとをつぐ選択がございます。教授はお若く元気でございますが、世の中はちょっと先が闇でございますので、まったく望んではおりませんが、不慮の事故もあるかも知れません。しかしいちばん恐れるのは、教授会が私の実績にたいして、榊原教授に名もない国立大学か私立大学への転籍をすすめるという事態が起こることです。教授も、こうした事情を理解しております。あえて私には役職をもうけず、臨床、つまり教育現場での価値ある仕事をさがしていたのです。金銭的な面に関しましては、講師と同程度の奨学金をあたえられ、充分とはいえないものの自由な独り身でもあり、機会をうかがっていたしだいです。そこにあらわれたのが、東條家のご子息の家庭教師という、私がもっとも希望する求人だったのです。この点について、もうすこし経緯をみなさまによくご理解しやすい形で述べさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」 山下は、陳述を中断し、つづきをしてもいいのかどうかの判断を執事にもとめた。話を聞くと、ここまではかんぜんな「触り」部分であり、これからクリエイターの創意がもられるに違いなかった。執事は、山下になるだけ手短に話すことを指示した。 「執事さまの許可もいただきましたから、できるかぎり論旨を整理し、みじかく話をまとめたいと思います。青少年教育は、日本にかぎらず、現在はごくとくべつなばあいをのぞいて、多数の児童、学生を対象にして行われております。これは教育が平等の権利となり、国民の平均値をひきあげるために考案されたからでございます。日本では、ふるくは寺子屋などで普通の子供たちを対象とし、民度を一定以上に向上させる目的として行われております。国家が関与するばかりではなく、慶応義塾や早稲田大学にいたしましても、たかい教育理念をもった指導者が、その誓願にもとづいて創出し、継承されてきたと考えられます。こういった日本の諸制度は、明治維新を契機として、先行する欧州を模倣してすすめられてきました。ヨーロッパでは、教師が生徒に型に嵌まった教育をしておりましたが、ここに教育界の革命が生じるのでございます。みなさまがよくご存じの、ルソーのエミールでございます。こういう教育方法は、すでに現在では需要がなくなっております。私としては、こうした美しい師弟の関係をもつ教育を、希求していたのでございます。東條家のご子息であられる陽一さまをエミールとみたて、教育理念のすべてをかけて、ともにユートピアを建設したい。この希望は、一介の教授職とはとても比肩できないものでございます。仮に私と陽一さまが、ルソーとエミールの関係性でむすばれたなら、長年にわたる教育理念にうってつけの現場となるに違いないと考えまして、今回、応募させていただきました」 山下は、ゆっくりとした穏やかな口調でここまで語ると、「以上です。ご静聴、ありがとうございました」といって話を終えた。 「お話によれば、山下さまは、東條家の陽一さまの家庭教師を、自分の理想とする教育現場とお考えになり、教授職をなげうってでも私どもの求人に応えたい、と考えてよろしいのですか」 執事がたずねると、「奇跡のペイトリアーク」の真人が挙手をした。東條執事は、発言をみとめた。 「みなさまがご存じの通り、ルソーがあらわしたエミールは、当時のフランス社会、さらにヨーロッパ全域にはげしい衝撃をあたえました。なぜなら、既存の教育とは、方針がまったく違っていたからです。教師と生徒の魂の触れあいと申しますか、ものをただ教えるのとはまるでことなるのです。師弟がともに手をとりあって、知識を獲得していく喜び、といいましょうか。すくなくとも必要と思われる事柄をつめこんだり、マルやバツをつけたりするのが教育ではないと、ルソーはエミールのなかで語っているのです。山下博士は、いまのせちがらい世の中で、こうした家庭教師を求人できるのは、日本には東條家くらいしかないと考えたのです。そういった意味あいからは、博士がいう通り、東大の教授職と比肩するほどの、スーパーポジティブで魅力的な求職になるわけです。ここのところは象牙の塔にこもる並の学者さんと、山下博士との決定的な違いと申しあげられます。陽一さまをみちびくには最適な人材と考え、推薦いたしました」といった。 この真人の助言をもって、山下氏については、概略の理解が成立したとされた。金子氏と同様、全員の紹介が終了した時点で、さらに追加の質問があれば考慮することになった。ついで執事は、最後にのこされた伊高功太の概要説明に入った。 功太は、平民の血筋であり、家系については特記すべき事項はない。一年浪人して、ごく普通の国立大学の理学部に進学し、さらに留年をし、五年かけて卒業した。卒業後は、先ほど話した通り、非正規の食品配達員として働いている。そのほか賞罰の欄も空白であり、特記事項欄にもなにもかかれていない。 執事は記入もれを疑い、「ダビデの館」にメールしたが、長老は「これがすべてで、間違いはない」と答えた。家庭環境は、履歴によれば七人兄弟の長男であるよりほか、ひとつも分からない。というか、功太にたいしては、ほとんどすべてが不明だ。昨日一次選考として、八〇余名の志願者のなかから一〇名を選抜し、由紀さまと相談したが、あまりにも疑問が多い履歴であり、なにか複雑な事情があるのだろうと考えられた。いままで論議してきた二名とは、幾分か違う観点から彼はのこされている。あらゆる点が疑問だらけの履歴ではあるが、なかでもいちばんわけが分からないのは、功太は母親が一八の年にうまれている。しかし、父親は母よりも三つ下とかかれている。経歴をそのまま信じれば、一五のときの子供となり、まったく辻褄があわない。再婚したのだろうが、功太の弟と妹六名も、生年や名前から、ひどく複雑な事情を考える必要があると思われる。非常に個人的でプライベートな領域に属する話になるが、雇用がわとしては、この機会以外には聞けない。こうした質問にたいして、答えるかどうかは、自由意思を尊重する。できる範囲で、疑問にたいして説明をしてもらいたいと執事はいった。 ここで、「ダビデの館」の長老が挙手して、発言を許された。 「昨晩、政宗氏から伊高功太の履歴について、空白欄が多いなどの問いあわせをいただきました。間違いでないのをおつたえいたしました。執事にご指摘いただいた通り、この部分には若干説明が必要と考えられます。伊高功太も、こばむものではありません。ただ、家庭のやや複雑な事情をお話しすることになりますので、できれば第三者の私のほうから、概括的な話をさせていただき、さらにご不明な部分については、本人からよりくわしい事由を聞いてみてはいかがでしょう」 長老が話すと、執事は由紀と額をつきあわせて何事か相談していた。発言はみとめられ、説明をもとめられた。長老は、立ちあがると話しはじめた。 「事情が非常に複雑でありますから、敬称は略させていただきます。なるだけ、簡潔に申しあげます。お話しする内容は功太から直接、私が承認をえているものでございます。まず彼の実父ですが、不明です。功太は、みるからにごく普通の青年ですが、母親の真由とはまったく似ておりませんので、父親似だろうと推測されます。それがだれなのかは、分かっていません。母親の真由は、かなりの美貌でございまして、功太とはぜんぜん似ておりません。彼女は、カソリックの信者で、洗礼名をキャサリンといいます。高校二年生のクリスマスのときに教会でバザーが行われまして、その奉仕活動をしていた真由が夜九時すぎに雨のなか、傘をさして道を歩いておりますと、とつぜん大型のバンが、まえで急停止しました。とうとつに出現した数人の男たちの手によって、つれさられたのです。真由は翌日、解放されましたが、卑劣な狼藉をうけたのでした。警察が徹底的に調査いたしましたが、犯人たちはみつけられませんでした。高校二年生の娘だった真由は、こうして心も身体もふかく傷つけられたのです。そのあげく、妊娠しているのが分かり、周囲の者たちは堕胎をすすめたのですが、信心ぶかい彼女は生命の大切さを考え、神父と相談してうむのを決意したのです。そしてうまれたのが、功太でございます。傷ついた真由は学校にも通えなくなり、卒業も危ぶまれたのですが、先生方もこの不幸な経緯については充分に理解しておりましたので、いちおう高校の卒業証書は発行されています。たいへんな事情でシングルマザーになった彼女でしたが、功太をみるにつけてもなんとか自立し、育てたいと考えました。彼が数えで二歳のころから、アルバイトとしてラーメン太郎につとめ、配膳やバックヤードでの皿洗いなどをしておりましたが、その可憐な美貌により、経営者である前田啓示に見初められました。真由は、功太がいるのはいうまでもなく、誕生した経緯をふくめて充分に説明しましたが、それでも前田は、婚姻を希望したので晴れて入籍し、子供にもめぐまれました。前田啓示とのあいだに、矢留樹、矢留子、の二児をえました。婚姻がむすばれたのは一九九七年ですが、当時、ラーメン太郎は業容を拡大しており、チェーン店を関東一円にもっていました。最盛期には支店も五〇ちかくありまして、前田啓示は社長として獅子奮迅の活躍をし、飛ぶ鳥も落とす勢いでした。そこに、陥穽がひかえていたのです。彼は、ひょんなことから事業資金を株式投資につぎこんで、最初のころこそそうとうに儲けたらしいのですが、やがて本業の運転資金がこげつくまでの大きな負債をつくってしまいました。事業がうまくいっていたにもかかわらず、ついに倒産の憂き目にあったのです。それまでが順風満帆だった前田は、人生を舐めていたのでございます。考えれば、うら若く可憐で美貌で、しかも薄倖な女性を妻にえられたことで、彼のポジティブな幸運の部分は、かんぜんにつかい果たしていたのです。ですから最早、のこされているのはすべてネガティブという認識をあらたにして、前田はここで満足して本業に力を入れるべきだったのです。こういった浅はかな慢心から、全財産をうしなったのでございます。田園調布にあった大邸宅も差し押さえの赤紙が張られ、前田はすっかり人がかわってしまい、真由と結婚したのが逆運のはじまりだと屈折した恨みをもちはじめ、功太に虐待をくりかえしたのです。やさしき彼女は、心を痛めました。彼をかばったために、さらに虐待はエスカレートして、真由までもその対象になったのです。こうした事情を、彼女の親戚にあたる伊高継男がみておりまして、自己破産した前田に離縁するよう説得したのです。ところが狂気に支配された彼は、ますます逆恨みをして暴れだし、警察沙汰に発展しました。そうこうするうちに、前田も冷静になるときがあり、自分の人生が終わっているのに気がついたのです。それで思いあまったらしく、自死したのです。その死によって、虐待から解放された真由にのこされたものは、莫大な借金と三人の子供たちでした。こうした、うちつづく悲しい事件のなかで、ただひとつ幸運だったのは、彼女はとくに保証人となって前田の負の遺産を背負う必要がなかったことでした。また甥にあたる伊高継男は、若いころから美貌の真由に恋いこがれておりました。不幸をみつづけるのに、心を刻まれる思いをもっていたのでした。伊高継男は、すべてをうしない、三人の子供をかかえる彼女に結婚を申しこみ、二〇〇六年にふたりは入籍しました。継男もカソリックに帰依しておりまして、洗礼名をハロルドと申します。実直、誠実な男性でございまして、功太にも、前田のふたりの子供たちにも、やさしく振るまい、夫婦仲もよく、真由は二男二女をもうけました。こうして、彼は七人兄弟の長男となったのです。これが、伊高功太の家庭環境についての概略でございます」 長老は、そこまで話すと席にすわった。 執事は、発言をうけて由紀となにやら話をはじめた。しばらくして、功太にむかっていった。 「そうとうに複雑な家庭環境だったのは、概略の理解に達しました。継男さんと真由さんの子供さんたちのお名前が、真鯛、丸子、瑠華、世羽、といささかかわっている事情もよく分かった気がしております。そこで、こうした理解に立って、いくつか答えていただけるなら教えてもらいたい部分があります。強制ではありませんので、プライベートで話したくないというのならば、それでけっこうです。第一は、浪人になにかとくべつな理由があるのか。第二に、留年したのは、なぜか。第三に、趣味、特技の欄も空白でしたが、運動部にも入っていなかったのでしょうか。これは、直接、功太さんにうかがいましょう」 執事は、そういって功太をみた。ついに彼が、事情を説明するときがきた。功太は、穏やかな口調で話しはじめた。 「私は、母をふかく尊敬しております。己の敵を愛せよ、として、自分にうけた心の傷を、許したばかりではありません。うんでくれ、さらに義父の暴力からも身を賭して、幼い私をまもりぬいてくれたのです。また七人兄弟の長男が、高校を卒業して大学進学を希望すると、その願いも許可したのです。とはいっても、経済的な援助はできないと、涙ながらにいわれました。それで私は、新聞の配達所に寄宿したのです。朝夕に配達すれば、狭い部屋でしたが個室があたえられ、二食がついて五万円の報酬をいただけました。俸給をためて受験費用とし、翌年大学に合格ができました。ひとえに、新聞販売店の店長のご厚意によります。最近ではネットに押されて部数の増加が期待できず、販売店自体も、社会的な存在意義がうしなわれつつある苦しい状況でしたが、就業して半年すると将来の希望を聞いてくれました。私が大学進学の夢を話すと、親身になって考えてくださいました。店長は、予備校に通うべきだと助言し、費用まで負担してくれたのです。こうした社会の暖かい人たちにみまもられて、大学に進学しました。すすんだのは子供のころから興味をもった天文学で、時間があれば天体望遠鏡をのぞいて、宇宙で起こるさまざまな事件を想像して暮らしていました。星のひとつを発見したわけでもございませんが、色々な経緯でたくさんの人の情けに助けられて生きているのだと、大きな銀河をながめながら考えました。そうはいっても、現実には大学に通い新聞配達をつづけておりましたので、私が知る世界は非常に狭く、友人たちと、どこかに遊びにいくのもかぎられていました。しだいに配達と学校の往復だけで学生生活が終わるという、危惧の念がでてきました。それで店主の方に相談すると、私のあとを埋める者がみつからない状況でありながら、大学を一時休んで日本各地を旅したらどうかと提案してくれました。少々のお金はありましたので、使い古しになった自転車をいただき、できればまわれるところまで、のんびりと旅行してみようと考えました。出発したのは、桜のちった三月も末の陽気のいい日でした。そのときに店主は、たいそうな金額が入った餞別までくれたのです。私はとくに病気もなく元気でしたが、こういう旅ははじめてだったので、どうしていいのか分かりませんでした。福島までいきますと、原発事故で苦労なさっている方たちと知りあいになり、役に立ちたいと考え、ボランティア活動をはじめました。こうした活動をしてみると、自然と仲間と巡り会いました。日本各地でボランティアができて、無料の宿舎や食事がつく、施設などもある話を聞きました。そうした場所へ旅をつづけながら、ボランティア活動で一年間をすごしました。一年の休学になりましたが、非常に有意義な経験で、世の中でたいへん不幸な目にあっても力づよく生きようとする人たちに触れて、私も力づけられました。それで、とくべつな部活動歴もないため、履歴の趣味の欄にボランティア活動とかきましたが、長老から、それは特記事項ではないといわれました。私も苦しまぎれで記載しただけでしたので、指示にしたがい空欄にしました。答えになっているのか分かりませんが、おおむねの事情は以上です」 功太がだまると、執事はまた由紀のそばで何事かを話した。しばらくして、いった。 「よく事情は、分かりました。卒業後、配達員をした経緯も、なんとなく理解できる気もいたしますが、企業への就職は考えなかったのですか。その理由も、いちおうはうかがっておきたいと思います。また、今回の求人への応募理由も、説明をいただきたいと考えております。さらに、最後の質問になりますが、非常にプライベートな領域で躊躇する部分でもありますが、今ひとつはっきりとさせたいのは、義父にあたる前田さんです。長老は、端的に、自死とだけ話されましたが、失踪ではなく死亡が確認されているのでしょうか。これも、あなたは拒否権をもち、詳述したくないのなら、それでけっこうです。なにせこうした話は面接という機会でしか、永遠に聞けない話題でございますので、功太さんを理解しようとする者にとっては、絶対というのではございませんが、聞いておきたい部分でもあります。いかがでしょうか」 功太は、また話しだした。 「正直に申しあげて、学生時代はボランティアの経験以外は、配達業務と銀河の星々しか知りません。生いたちもふくめて考えますと、この世に生をうけたのは、なにかの役目をもつのではないかと思いはじめました。ほんらいなら、とてもうまれては、こられなかったのです。大学にいって、学問に触れる機会もなかったでしょう。母に感謝するだけですが、天文学を研究しておりましたので、なんとなく浮き世離れしているのは事実です。企業に入って偉くなって、家族をもって生活するのは、自分の人生とは、幾分違うのではないかと考えました。そういう状況がくるのかも知れませんが、すこしネガティブにいえば、モラトリアムな状態を希望したのです。かんぜんに中途半端で、否定的に捕らえられるのは承知しておりますが、自分の人生を考えてみたいという気持ちが勝りまして、普通の社会人としてのつとめから身をひいていたのです。今回、東條さまの求人に応募したのは、たくさんの優秀な方がたをもとめられるのは重々理解していましたが、正直に申しあげて、八〇万円という給与はおどろくべきものでした。私が休刊日以外は仕事をして、朝、夕、三時間ずつ働いていました。住みこみで二食はついていましたが、もらった金額とは桁違いでした。ひとつは、どんな世界なのかみたいという物見遊山的な部分も、もっていました。こうして面接していただきながら不届きですが、興味がありました。教育に関しては、難しい理念もたかい理想もないといって差しつかえないのですが、勉学についてはそれなりに苦労をした経験ももっていました。充分な期待に応じられるのかどうかは分かりませんが、一般的な中学生に教科を指導するのは、自分でもできるのではないかと考えて、不遜にも応募いたしました。正直に申しあげて、ここで紹介をうけていらした志願者の方がたの話を聞くにつれ、私の未熟さは群をぬいております。とても、太刀うちできないと感じているのは事実です。とうぜんですが、私はごく普通に教えるしかできません。最後に義父の自死についてですが、幾分か複雑な話で、一連の事情を話すには、五分程度かかるのではないかと想像いたします。結論としては、失踪ではなく死亡したのは間違いありません」 功太がしゃべるのをやめると、執事はふたたび由紀と何事かを相談し、しばらくしていった。 「なにか、功太さんの話がこれで終わってしまうのは、いささか後ろ髪がひかれる気がいたします。ここまで聞いたからには、もし差しつかえないのなら、少々複雑なお話であっても、うかがってみたいというのが、私ども面接官の総意でございます。多少の時間がかかっても、お話しいただけたらと思います」 この発言をうけて、功太は話をはじめた。 「自慢話ではございませんし、多くの部分は母親から聞いたものです。私が再調査して、充分に理解している事件ではありません。伝聞ではありますが、はっきりしているのは、母は嘘をつく人ではありません。また、その理由もないと思います」 功太が、こういって執事をみつめ、由紀をみるとふたりとも大きくうなずいた。 「結論から申しあげますと、どうやら義父は、東京スカイツリーの最上階から飛びおりたと考えられます。遺体は、スカイツリーの敷地内で発見され、血痕ものこっていたとのことです。母親にあてた遺書もございまして、『由紀、功太、すまなかった。私が、東京スカイツリーの最上階から、飛びおりるのを許して欲しい』と記載があったと、母はいっておりました。検死も行われ、診断としては、『かなりの高度からの墜落による、全身打撲によるショック死』とかかれていたそうです。ですから、話はこれでお終いなのです。ところが、遺体を発見したスカイツリーの警備部門を統括する偉い方が、どうしても飛びおり自殺は考えられないと異議をとなえられました。最上階の外部につづく扉は、いくつかあるのだそうです。どれも頑丈な鍵がついた二重構造で、実際に外にでる扉口には、別々の方向から三ヵ所の監視カメラがおかれ、複数のスタッフが常駐して監視をしているのだそうです。さらに外部に通じる扉を開放したばあい、全館にひびきわたる大きな警報音が鳴る仕掛けで、こうした厳かさな警備がしかれた場所を突破するのは、絶対に考えられないというのです。また配線が切られたとか、停電していたとかという事実はまったくないと、かなり強硬に主張されたとうかがっております。それでも遺体の損傷ははげしく、落下以外には考えられない状況だったらしいのですが、そのうちに警察からも検死の結果が、『スカイツリーの敷地内で生じた心臓麻痺で、階段に転落して全身に打撲を負った』というほうが整合性があり、訂正したいと話されました。そう記載された書類をもってきて、まえのものと交換されたというのです。最初に血痕がついていた場所には、段差など、どこにもなかったのです。たとえ、検死の結果通り階段にころがり落ちたと考えても、それくらいではとても説明できないほど、遺体の毀損の程度はひどかったのです。もちろん血痕は跡形もなく綺麗にされ、死体の発見場所も最初の落下地点からは、べつな場所にうつしかえられたといいます。だから、死因は心臓麻痺となったのです。遺書の件があるのを母が疑問として警察に話すと、刑事が一時あずかり検討するといって、あとは返却を希望しても、対応してもらえなかったそうです。母親が嘘をつく理由はありえません。なんらかの方法によって東京スカイツリーの最上階から、投身自殺を図ったのだろうと、母はいっていました」 功太は、ここまで話すとだまった。自分がなすべき役割を果たして、さすがに長老はすごいと思った。「前田」という人をただでは殺さず、「自死」というひと言でまとめあげた効果が猛烈に生きていた。とつぜんに出現する、「キャサリン」と「ハロルド」、それに「ラーメン太郎」も奇抜だった。そこまで前振りをつかったあとで、「スカイツリーからの墜落死」が入ってくれば、衝撃はさらに強烈で、もうだれにも予測できない展開だろう。 「新聞配達とボランティアは、コンビとしては最強」という長老の提案が、スパイスとなってきいている。さまざまな固有名詞をだしながら、全体像としては曖昧なままにしておけば、もうすこし話を聞いてみたいと、みんなが感じるに違いなかった。 「無から有をつくりだす人だ」と功太は思った。 自分の人生はいつの間にか、劇的な物語にかわっていた。 執事は、由紀と相談していたが、しばらくして、 「まあ、この一件は、きっとお母さまのいう通りスカイツリーと関係があるのでしょう。これ以上、追求できませんし、採用の面接という趣旨とも違っておりますので、ここでうち切りましょう」とつげた。 一時間経過したので、このあたりで一度休止し、面接者がわでも三人の応答などを整理して考えるのに一〇分ほどの休憩をしたいとの話がなされた。また、ホテルのフロントからは、今朝のPCR検査の結果がラインでおくられ、全員が陰性なので休憩時間中は容器からでて、各々のクリエイターと話しあってよいという指示があった。 功太は、マスクをして、長老のちかくに用意された椅子にすわった。 「まあ、だいたいあんなものだろう。論議の時間がいちばんながかったのは、興味をもたれたのだからポジティブに考えてよい。最後という順番も、好ましかった。時間ギリギリに入室したのも、君の面接を最終の討論にしたかった思惑からだが、ポジティブな判断だった。功太君のあまりにも悲惨な話で、金子の努力の話題も、山下の俊才の件も、すっかりふっとばせた。陳述方法も、誠実で寛容そうにしていたから、ポジティブに違いない。もしかすると、ここでは選考にのこり、あとは君の対応しだいかも知れない」といった。 長老の話から察するなら、どうやらこの段階でひとり落とし、最終面談はふたりになるらしかった。金子も山下も、細かい相談があるらしく、それぞれのクリエイターと額をよせて話しあっていた。 一〇分ほどたって、執事から、ここで金子氏に退席をもとめ、以後の面接は、山下輝照と伊高功太の両名にしぼるといわれた。これを聞いた金子は、顔面を蒼白にし、息を飲み、悔しさが鍛えあげられた筋肉のひとつひとつから、しみでていると思えた。山下も、思わぬ伏兵の出現に、いかに対応するべきか混乱しているらしかった。正攻法が通じない相手であるからには、どうしたぐあいに対抗するのか、決め手をうしなっている感じにみえた。 二、陽一 がっくりと肩を落とした金子颯太が、スーパーエグゼクティブ・エクセレントクリエイター、「合格の要」の最長老に付き添われて部屋をでていくと、執事は山下と功太にプラスチックの容器内にもどるのをうながし、最終面談に入ると宣言した。 「今回の面接は、いつになくもりあがっております。私は、役職柄こうした面談に立ちあう機会もすくなくありません。これほどはっきりとした差をみとめる、おふた方が候補者にのこるのははじめてです。どこから考えても、一見しておふたりは、明と暗、光と影、あるいは、天と地ほどの違いがあります。仮に、優、良、可、と分類するなら、一方は普通をはるかにこえた、秀、とでも評価できます。片や他方は、ほとんど不可というおふた方を、なぜあらためて比較、検討せねばならないのかと考えるなら、今回のばあいは、かなり複雑な評価過程だと推察する以外にはございません。どちらの方もかわっているという点では、優劣はつけがたいでしょう。なにを基準にして選択するかという、いままでなんとなく好意的にとうぜんとしてみすごされてきた部分を、再検討せねばならないと考えております。人間が人をえらぶなど、ほんらい不可能であると、充分承知したうえで面接は行われます。このおふたりの経歴などを参照して、果たして比較する意義とはなんなのか。哲学的な領域に踏みこんだ気が、いたします。正直に申しあげ、由紀さまともくりかえし綿密に相談したのですが、おふたりのなかのどちらかをえらぶという作業は、すでに私たちには分をこえていると思われます。同時にふたりを採用する枠は、ありません。今回の求人を必要とする陽一さまが、自分の家庭教師は、ぜひともご自分でえらびたいというつよい希望がございましたのに配慮し、ここは、ご自身に判断してもらおうかと考えております。ご子息には、先ほど連絡し、現在、扉口のまえで待機中ですので、それでは入っていただきましょう」 執事がそういうと、係の者が前方部の大きな扉をひらいた。すると、豚の仮面をかぶった少年が、大声で歌を歌いながら入ってきた。 「ぶう。ぶぶ。豚丼。ぶひ。ぶび。豚まん」 「ぶう。ぶぶ。豚丼。ぶひ。ぶび。豚まん」 「陽一君、今日も調子がよさそうですね」と執事が聞いた。 「ぶひ」 陽一とよばれた少年は、大きな声をあげた。彼は、頭頂部に大きく「 401 」と金色の糸で縫いとりがされた青いベレー帽をかぶり、青色のベニチアンマスクをしていた。しかし、普通の仮面ではなく、鼻の部分が豚の鼻状にもりあがって、顎まで伸びていた。とくに口にはマスクはなかった。腰には縄をつけて、なにか不思議な物体をひきずっていた。 「ぶう。ぶぶ。豚丼。ぶひ。ぶび。豚まん」 「ぶう。ぶぶ。豚丼。ぶひ。ぶび。豚まん」 陽一は、なにかをひきずりながら大声で歌い、ステージの中央まで歩いてきた。 「陽一君、それは豚丼は嫌いで、豚まんは好きだってことですか」と執事は聞いた。 「ぶひ」と陽一は答えた。 「なんなの、あなたは。政宗、陽一はどうなっているの」 由紀が聞いた。 「恥ずかしいわ。この子をみると、死にたくなるわ」と仁奈子がいった。 「ぶう」と陽一は大声で叫んだ。 「政宗。この子を、静かにさせなさい」 由紀がいった。 「陽一君。静かにしような。これが分かるかな」 執事はいって、親指と人差し指でなにかをつまみあげた。 「ぶひ。ぶび」 「静かにしていたらね。これをあげるからね。はい。こちらにきて。はい、あけて」 執事がそういって青いマーブルチョコレートをかざすと、陽一はちかくにいき、口をひらいてうえをむいた。政宗は、そのなかに、まるいチョコレートを落とした。 「今日は、陽一君の勉強をみてくれる人を決めているんだよ。分かるね。このカプセルに入っている人たちの、どちらかが君の先生になってくれるんだよ。分かるね」 「ぶひ」 「政宗。陽一に、普通の言葉をしゃべらせなさい」 「陽一君。お母さんのいっていることは、分かるね。いまは、ぶひ、と、ぶう、はやめようね。そうしたら、またふたつ、あげるよ」 執事は、赤と黄色のマーブルチョコレートをだした。 「ぶひ」 「だから、それはやめようね」 陽一は、うんうんと大きくうなずいた。執事は、うえをむいて口をあける舌のあたりに、ふたつのまるいチョコレートを入れた。 「陽一君。いうことを聞いてくれたら、終わったあとで、今度は三個あげるからね」 陽一は、うんうんとうなずいた。 「陽一君の好きなほうを、君の先生にするからね。どっちがいいのかな」と執事はいった。 政宗は、陽一をつれて山下のまえまでいくと、 「この人は、足がながくて背がたかいだろう。そのうえ、好男子だ。この人は博士で、君をエミールにしてくれると話しているよ」といった。 陽一は、足のながさに感心していたが、「それは、なにかな」と聞いた。 「フランスの少年だよ」と執事がいった。 「ええっ。フランス人にしてくれるの。ぼくは、フランスの人になりたい。フランス人。フランス。フランス人がいい。ぼくは、この人に決める」 陽一は、驚喜した叫び声をあげた。 「山下さん。エミールを説明してあげてください」 執事がいった。 「陽一さん。あなたは日本人ですから、フランス人には、なれません。エミールは、フランスのルソーという先生が、教育に関する本のなかで理想とした少年のことなのですよ。いまから三〇〇年くらいまえの、偉い思想家が、」 「ぶう」 陽一は、大声で叫んだ。 「嘘つき。この人はだめだ」 それで、山下輝照はだまった。さすがは、優秀な教育者らしく、まず相手を充分に知ってから有効に対応しようとしていた。 「叔父さん、のっぽだね。すごく足がながくて、かっこいい。うん、たしかに、こっちの人より頭もよさそうだし。背はたかいし、格好がいい。こちらは、頭も悪そうだよね。背もひくいし、顔も比較にならないね。正直にいって、こっちの叔父さんは、ぶさいくだね。ということは、どちらがえらばれやすいのか、分かるかな。まずは、のっぽさん、一回、立ってみてくれない」 その言葉で、山下輝照は、カプセルのなかで立ちあがった。おそらく、一九〇センチはあると思われる彼が直立すると、頭の部分が天井にかなりせまって、ぶつかりそうにみえた。 「足がながいね。ちょっと、横をむいてくれない」と陽一はいった。 もとめに応じて、山下が横むきになると、 「やっぱり、一円玉だ。一円だ。のっぽより、一円玉とよぼう」と陽一はいった。 「政宗。いったいこの子は、どういう躾けになっているの」 由紀がいった。 「恥ずかしいわ。どうして、この子が私の弟なの」 仁奈子が、絶望した感じでいった。 「山下さん、陽一を普通にできますか」と由紀が聞いた。 「もちろんです。時間さえあれば、普通ではなく、優秀にすることができます」 山下は、ゆっくりとすわりなおすと、由紀をみつめていった。 「それじゃ、ぼくの質問に答えてみてくれるかな。分数が、得意なんだよ。それで問題なんだけれど、四分の一、足す、四分の一は、これはくわえるのだから、八分の二になるね。つまり約分すると、四分の一だよね。これって、可笑しくない。四分の一、足す、四分の一は、四分の一。一円玉さんは、どう考えるかな」 「陽一さん。分数としては、通分が必要です。四分の一の分母の部分はおなじ四ですから、分子だけが足されて四分の二にかわり、ここで約分されて二分の一になります。陽一さんが、ケーキを食べるときを考えてください。大きなまるいショートケーキを、四つに分けます。分割したひとつずつは、四分の一ですから、それをまず食べます。それから、もうひとつの塊、四分の一も噛んで呑みこんでしまうと、ケーキはまだ半分、のこっていますね。のこりの四分の二、つまり二分の一は、陽一さんのお腹のなかにあるわけです。だから正解は、二分の一で、四分の一ではありません」 「ぶう」 陽一は、不満げに鼻を鳴らした。それで、今度は功太にむかって歩いてきた。 伊高功太は、陽一が腰に縄をつけてひっぱっているものが、どうやら「自由の女神像」らしいと気がついた。一メートル以上の大きな石像で、女神は仰むけになっていた。右手に松明をかかげ、左手には銅板をもっていた。そこには、数字らしきものがかかれていた。おそらくはアメリカが独立した「1776.07.04.」、と刻まれているに違いなかった。足下には、切れた鎖と壊れた足かせがつき、女神がかぶる冠には七つの突起があった。 「この文字は、アラビア数字ではなかったのか」と功太は思った。 それでよくみると、足かせはついたままだった。右手の松明は、炎の部分が黄金製だったはずだが、もっているのは巨大な「サツマイモ」だった。真ん中は黄色で火炎にもみえるが、とてもトーチとはいえなかった。それでも、そうとうに重そうだった。 もちろん、重量のある石像をひきずることはできないし、無理やりにしたら床は傷だらけになるだろう。だからやわらかい絨毯をしき、像の本体とはところどころで縄が巻かれ、落ちない工夫が施されていた。彼は、絨毯ごとひっぱっているらしい。 意味は不明だが、こうしたものを始終ひいて生活するなら、筋力はそうとうにあるだろう。腹筋、背筋もつよく、大腿部なども太いに違いない。鍛え方からして、かなりユニークな人物らしいと功太は思った。 「それで、ぶさいくな叔父さんは、この問題をどう考える」と陽一は彼に聞いた。 「なかなか、興味ぶかい話ですね。陽一さんはすべてがユニークですから、答えも独特なのでしょう。ケーキという具体的なものなら、数学的には、いまの山下先生のお話が、筋が通っていると思います。立体でない、ばあいを考えてみましょう。平面的な円ですが、四分割すると四分の一が四つできます。四分の一のうえに、四分の一をかさねると、やはり四分の一です。あながち陽一さんの答えが、間違いとはいえないでしょう。数学的には、円には厚みがないですから、あわせても四分の一にしかなりません。普通は通分するのが正しいのでしょうが、陽一さんの答えは、ユニークで、考え方の違いでしょうか」 「ぶひ」 陽一は、叫んだ。 「ぶさいくさんは、頭も悪そうだけど、けっこう話せる人なんだね。はっきりいって、先生とするなら、いつもいっしょにいるのだから、一円玉さんのばあいは足がながいし、美男子だし、利口そうにみえるから、そばになんかいたくないね。そりゃあ、ぶさいくさんのとなりが、ぼくは、得に決まっているよね。先生としては、ぶさいくのほうが都合がいいね。つまり一円玉さんは、数学の答えもつまらないから、二ポイントをとられていることになるね。まだ、逆転のチャンスはあるよ。それでは最後の質問にしよう。さてぼくが生徒で、一円玉さんでも、ぶさいくさんでも、どちらかが先生になる。すると、ふたりの関係は、なにかな。一円玉さん、どう思う」 陽一は、山下にむきなおっていった。 「難しい問題ですね。立場的にも押されているらしいですから、ここは、一発勝負をねらわねばならない状況でしょう。私は、最初に今回の家庭教師の理想として、ルソーのエミールを考えました。どうしても師弟関係というか、たがいに温かい感情をもつ父と子、つまり親子の関係になるかと思います」 「師弟ね。父親と子供ね。親子関係か。なーるほど。それでは、ぶさいくさんはどう」 陽一は、やや不満げに、功太に聞いた。 「私は、陽一さんとは友だちになると思います。でもね、はっきり申しあげて友人なら、ぶさいくとよぶのはやめてください。もし、そうした呼び方をつづけるなら、とても友だちにはなれません。先生にも友人にもなれなければ、いっしょにいられません。陽一さんは、どう考えますか」 功太は、陽一をみつめていった。 「ぶひ」 陽一は叫んだ。 「分かった。なんとよべばいいの」 「功太さん、といってください」 「ぶひ。ぼくの先生は、功太さんにする」と陽一はいった。 「陽一さん。それで決めていいのですね」と執事の政宗がいった。 「うん。お母さん、功太さんを家庭教師にしてください」と陽一はいった。 「立派な答えで、嬉しいわ」 由紀は、答えた。 「功太さんは、いい感じだと私も思うわ。最後の決めがよかったわね」 仁奈子が口をひらいた。 こうして万端が決まり、ついに当初、だれも考えてもみなかった伊高功一が家庭教師として採用されるにいたった。教授職まですてて望んだ山下輝照は愕然とし、グレートファーストクラス・エクセレントオールマイティー・クリエイティブアシスタントも、予期せぬ驚愕の決定に、憮然とした面持ちを隠せなかった。 東條政宗から退席を命じられ、山下と真人は、意気消沈した表情で部屋をでていった。 執事は、かねての約束に応じて、青いマーブルチョコレートを三つほど、口をうえにしてあけている陽一の舌のあたりに落とした。 政宗は、規定にしたがって功太に採用内定の書類を授与した。採用の日時については、法王が謁見する日になるので調整して追って連絡するといった。一週後くらいと考えて、荷づくりをして待つことや、荷物は段ボール一〇箱以内で、東條引越センターから人員が派遣されるから、とくに自分で引っ越し業者をえらぶ必要がないなど、こまごまとした注意をあたえ、不明な点があれば、政宗にではなく、長老に指示をあおげと話した。 面接試験は万事終了となり、彼はクリエイターにつきしたがってエレベーターをおり、「ダビデの館」にもどった。 待合室の椅子にすわると、長老は功太の面接での対応をほめ、なかなか見所があるといった。それから、法王との謁見にさいしての諸注意をあたえた。 「今回の面接同様に、毅然とした態度をとるのがいい。どんなことがあっても慌てずに、大物らしくかまえているのが好ましい。とはいっても、ふてぶてしくなると評価はまったく反対になるから、基本的には神妙にしているのがいい。このへんの兼ねあいは難しいのだ。陽一との対決は、なかなか見応えがあったぞ」と長老はいった。 そこで、功太が今回の結果について感謝の言葉を口にすると、クリエイターはうなずいていった。 「もともと、君は大物なんだ。なんといっても、あの履歴書をもって堂々とくるのだから、並の神経ではないのだ。それに、こそこそと学歴詐称などに応じなかったから、やる気になったのだ。君は、なかなか気概がありそうにみえたから、私がよく説明すれば理解するとみこんだのだが、ずばりとあたったわけだ。成功報酬は、最初の給与のときに現引きされる。法王との謁見には、私が付き添うから、当日に荷物をはこんできたら、橋の手前でおりて、まずここにきなさい。それが、クリエイターとしての最後の仕事になる。あとは、もう君と会うこともなくなる。今回は、私のクリエイター歴でも特筆すべき大逆転劇を演じたのだから、なにかしらの因縁があったと考えてもいい。もし仕事内容や日常生活に、なにかこまったらダビデの館にたずねてきなさい。そのときは、とくに料金はとらずに、相談にのってやろう」と長老はいった。 この話にも、功太は感謝した。長老は、法王との謁見は試験ではなくて形式的な行事であり、とくべつな粗相がなければ問題ないから安心しろと話した。 総合的に考えると、クリエイターの話は功太をほめたのか貶めたのか、微妙な発言だったが、とても不可能と思えた金子颯太と山下輝照を相手に堂々とわたりあい、採用を決めさせたのだから自分でもひどいおどろきだった。 自宅に帰って二日後に、採用日が決まったという連絡を長老からうけた。ようするにクリエイターは、採用時の面接だけでなく事後の処置にもたずさわる職種らしく、成功報酬制度は妥当と考えられた。 「東條家用」と固いゴシック文字でかかれた、名前とロゴが入る専用の段ボールが一〇箱とどけられ、功太は必要な衣類や本などをつめた。パーソナルコンピュータなども貸与されるらしく、目覚まし時計以外の自分の機器をもちこむのは禁止されていた。さらにカメラ機能がついた器械はもちこめず、携帯もつかえないといわれた。 当日、東條引越センターから、大型のバンがやってきて荷物をつみこみ、功太も同乗して、一路、東條家にむかった。 あきる野市をぬけ、東條タウンホテル前通りをすすむさいには、係員がでてきて歩行者天国になった道路の一部を仕切り、交通整理をした。バンは、橋の手前で功太をおろした。乗務員は荷物を宿舎にとどけておくといって、そのまま橋梁をわたっていった。 功太は、ダビデの館にむかい、長老と落ちあった。巨大な円錐形のフェイスシールドをかぶったクリエイターといっしょに東條ホテル二号館に入り、フロントでPCRの検査を行い、黄色の「19」とかかれたカードキーをもらった。今度こそは、東條家の敷地がみえるに違いなかった。 黄色のエレベーターにのり最上階について扉がひらかれると、一〇階とはまったく違い、あかるくひろいホールだった。深紅の絨毯がしかれ、真ん中には机がおかれ、受付となっていた。長老が功太と自分の名前をつげると、受付嬢が立ちあがり、ホテル前通りがわにある控え室につれていった。 そこで待っていると、今度は正装した男性の係員がやってきて、式次第について説明をした。それから、ふたりの先頭に立って歩きはじめた。 功太は、係員について深紅の絨毯がしかれるひろい通路をすすんでいった。 正装した二名のドアボーイが、観音開きの大きな扉をひいた。 なかは吹きぬけの天井があり、正面に一段たかくなったひな壇がおかれ、むかって右がわに法王がすわっていた。左に、「100」とかかれた黄色い頭巾をかぶった由紀が座していた。 法王は、金色のベニチアンマスクをつけ、妃は黄色のものをしていた。 どちらのマスクにも、きらきらと光るラメが入り、功太には、煌びやかに思えた。背後は、全面がガラス張りになり、白いレースのカーテン越しに東條家の敷地がみえた。とはいっても、奥の森が垣間見られただけだった。 功太は、正装した係員に指示されて、東條正規の正面にすすんだ。 執事の政宗が、賞状をのせた大きな黒い盆をもって、法王のそばにいった。 東條法王は、立ちあがると証書をとりあげて、 「伊高功太に、東條陽一の教育をまかせる。法王、東條正規」と読みあげた。 功太は、先ほどレクチャーされた通り、まえに三歩すすんで両手でしっかりと証書をもった。それから三つ後退して、ふかいお辞儀をした。 その姿をみて法王は大きくうなずき、「陽一をよろしく頼む」と声をかけた。そこで、功太はレクチャーにしたがい、もう一度、ふかくお辞儀をした。 これで任命式が終わり、係の者の誘導をうけ、彼は「謁見の間」をでた。深紅の絨毯を歩き、今度は控え室につれていかれた。このときには、もう長老はついてこなかったので、エレベーターで帰ったのだろうと考えられた。 係員は、功太の証書を筒に入れてくれた。 「控えの間」は、謁見した部屋とは廊下をはさんで反対方向にあった。かなりひろい室内で中央にひとつの椅子がおかれ、功太は係員にうながされて、そこにすわった。天井は、普通のたかさだったから、東條ホテル二号館の建物は、そうとう複雑につくられていると想像された。 マスク姿の功太が椅子にすわると、衝立となるアクリル板がはこばれ、三方をかこんだ。そこで、彼は係員からマスクをはずしてくださいとうながされた。 功太が不織布をとるや否や、扉からテレビカメラや一眼レフをもった多くの人たちが入ってきた。静かな室内に、シャッター音が鳴りひびき、彼は色々な方向から写真を撮影されていた。任命式のときにも、テレビカメラを肩にかついだ者がいるのは気がついていたが、どうやら報道陣にかこまれたらしかった。 係員が指をさすと、「THK」とかかれた腕章をした男が、マイクをもって挨拶した。 「私は、東條放送協会の前川と申します」 男は、背がたかくがっしりとした体躯で、黒縁の眼鏡をかけ背広をきていたので、理知的にみえた。 「さて、こちらが今回、陽一さまの家庭教師に任命された伊高功太さんです。八〇倍というはげしい競争を勝ちぬいていらしたと、うかがっておりますが、教育の抱負などをまずはお話しください」 カメラが、目のまえにせまってきた。 「そうですね。陽一さんともお約束しましたが、生徒と教師という関係ではなく、友だち同士という感じで、威圧的ではなく、彼のユニークな考え方も尊重し、私としても勉強したいと考えております」 「素晴らしい、お言葉です。さすがに八〇倍という難関をクリアしただけは、ありますね。さて今回、伊高さんは東大出ではないとの話で、かつて例がないのは、よくご存じだろうと思います。無名国立大学出身者として、なにかいままでの東條家の東大偏重について、ご意見があるでしょうか」 「いえ。はじめてうかがう話で、知りませんでした」 「それは、意外ですね。こうして報道陣が普段の任命者よりもずっと多く駆けつけているのは、伊高功太さんが無名国立大学出身者としては、最初の東條家の家庭教師になった現実に、おどろいた者が多数いるせいだと思われます。げんに最終の面談では、東大法学部を次席で卒業し、男の魅力の代表ともいえるムキムキの筋肉質の方や、東大の博士課程まで、九年かかるところを七年で飛び級した天才とよんでも差しつかえない、国立大学の教授にもなれる人をおさえて、伊高さんが採用されたというお話をうかがっております。ほんとうなのでしょうか」 「たしかに、雇用にいたらなかったおふたりは、みるからに秀才ぞろいでした。私としても、とても太刀うちできないとばかり思っておりましたが、運がつよかったというか。えらんだクリエイターが、よかったのでしょうか。ツキがあったとしか、いえません。自分でも信じられないほどです」 「これはまた、かなりご謙虚なお言葉で、私どもも好感がもてます。最終の対決では、お相手の方は身長が一九〇センチで、美男子でもあったという情報がながれております。なんで、それにもかかわらず伊高さんが勝ちのこったのでしょうか。この点に関しては、東條タウンに住む者たちの、非常に大きな疑問というか、興味をひいております。率直なご意見があれば、おうかがいしたいのですが」 「まさか、私も勝ちのこれるとは思ってもいなかったので、興奮しております。採用は、最終的には陽一さまに一任されたらしいです。なにか、好感触をうけたのでしょうか」 「どこが、好感をもたれたとお考えでしょうか」 「難しい質問です。理由については、陽一さんに直接、うかがったほうがいいと思います」 「陽一氏からは、すでにお話をいただいておりますが、対抗馬とされた方は、長身でハンサム、さらに頭脳明晰との話でした。どこで、勝ちのこったとお考えでしょうか」 「非常に、難しい質問です。素直にいえば、どの点でも極端に劣っていたのが、幸いしたとしかいいようがありません。この質問は、ここいらへんで勘弁してもらいたいと思います」 「さて、みなさん、こちらの方が伊高功太さんです。無名国立大をでて、一年浪人し、さらに留年し、卒業後はウーバーイーツの配達員として、原付き二輪の免許をもっているそうです。非常に庶民的な方で、こうしてインタビューしても、私たちとまったくかわらない感じがします。庶民性が、うけたのでしょうか。ご本人は、ぜんぜん気取らない性格のご様子で、陽一さんとも気があったと考えられます。タウンの方がたも、功太さんをみかけたら挨拶のひとつでも、かけてみてください。きっと、気軽に返事をしてくれるでしょう。ここまで、THKの前川が担当いたしました」 そういうと、テレビカメラといっしょに前川アナウンサーは部屋をでていった。係員がみまわしすと、まだのこっていた数人の男女がいっせいに挙手した。係の者に指名された、ノートとペンをもった「日刊東條」という腕章をした男の記者が立ちあがった。 「私は、増田と申します。今回の採用は、非常にはげしいバトルだったとうかがっております。タウンの方がたの興味は、その内容だろうと考えます。私どもといたしましては、そうした下世話な話題は、週刊誌などに譲るとして、陽一さんの家庭教師にたいする抱負などをまずはうかがいたいと思います」 「そうですね。陽一さんは非常にユニークな性格でして、物事を彼なりに真摯につきつめたいという姿勢がみられます。私も天文学を専門にしてきましたので、かならずしも学問がすぐに世の中の役に立つとは思っておりません。ものの考え方の多様性を重視し、正解がひとつではないのを中心に考えてみるつもりです。とは申しあげても、採用試験にのこられていた方がたは、教育についてふかい造詣をおもちでした。ほんらい私ごときが、理想とか理念などを語るべきではないだろうと思います。まずは、なんでもいっしょに相談ができて、仲のいい友だちとして、おつきあいできたらと考えております」 「私どもがいただいた資料では、伊高さんはご苦労なさって大学に進学し、卒業にいたったというお話でございます。東條家の人たちは、あなたがなさってきた患難とは、ほとんど無関係な生活をおくっています。このギャップについて、とくべつなお考えはおもちでしょうか」 「それは、人それぞれの問題でありますし、うらやましくないといったら嘘になるでしょう。あまり気にしても、仕方がありません。今回、私もご縁で、こうした東條家で働けるのですから、うらやまれるだろうと思います。境遇とか羨望とかをこえ、おなじ人間として、あたえられた職責を精いっぱい、果たしたいと考えているだけです」 「最後に、おひとつうかがいます。これで、東條家の職員になられたわけですが、ここの印象を教えてください」 「なんといっても、タウンに入ることはひとつの人生の夢でもありましたから、先ほども申しあげた通り信じられない気持ちです。なにもかもが綺麗で、洗練され、垢抜けし、この環境に一日もはやく慣れて、みなさまと上手におつきあいしたいと思っております」 「どうも、ごていねいにお答えいただきありがとうございました。以上、日刊東條の増田がうかがいました」 そういうと、再度カメラが功太を捕らえた。つぎに、質問に立ったのは、「週間東條」の腕章をした若い女性だった。 「私は、泉川と申します。伊高さん、採用おめでとうございます。今回の採用過程は、タウンの耳目をあつめております。平民で、まったく血縁的にも庶民としかいいようのない伊高さんが採用されたのは、いままでの東條家の学歴偏重、金持ち重視という方針の転換の第一歩ではないかという憶測がながれています。功太さんは、高学歴、高額所得者専用の地域ともいうべき、東條タウンに住まわれることになりましたが、とくに違和感などはありませんか」 「この街の方がたが、貴人であるのは承知しております。平民であり、庶民の代表ともいえる私が、かわるなどできませんから、ただ成り行きにまかせるしか方法はないと考えています。作法とか、行儀も分からずに、失礼をするばあいもあると思います。それは、うまれ育ちの違いによるのでございます。周囲の方がたを、ご不快なお気持ちにさせたとしても、決して故意ではありません。悪く思われるのがいちばんの心配です。不行き届きな行儀をみたばあいには、ぜひ遠慮なく注意をしていただきたいと考えています。ご意見にしたがい、できるかぎり早く、この街の習慣に親しみたいと思います」 「私たちがえた情報では、伊高さんは平民のなかでも、かなりさまざまに複雑な家庭事情をもっているとの話です。七人兄弟の長男とのことですが、いまどき珍しいほどの子だくさんといえますね」 「はあ。そう思いますが」 「弟さんと妹さんは、どんな感じなのですか」 「ごく普通です」 「非常にかわったお名前ですが、どうお感じですか」 「いまの父はクリスチャンで、母も子供のころからそうでしたので、名前も、そこから考えたのだと思います。まえの父親は、仕事をしておりましたので、みずからを鼓舞するつもりで、名をつけたのでしょう」 「功太さんも、クリスチャンなのでしょうか」 「私は、そうした宗教的な事情にうとく、とくに母にもつよくすすめられなかったので、無宗教です」 「まえのお父さまは、お亡くなりになったとのお話ですが、死別されたのですね」 「そういうことです」 「死別なされたお父さまは、有名なラーメン太郎の経営者だったとうかがっておりますが、どんな感じでしたか」 「子供のころの話ですので、よく覚えてはいません」 「その後に、お母さまが再婚なさった方が、いまのお父さまになられるのですね」 「そうですね。その父が、クリスチャンになります」 「大学時代は、新聞配達をして学費をかせいでいたとうかがっております。つらいとは、思わなかったのですか」 「あたえられた境遇ですから、ほかに手立てがなかったのです。私は、大学進学を許可してくれた母に感謝しています」 「ボランティア活動も、熱心にされたとうかがっております。思い出にのこっている地域はありますか」 「福島の津波と原発で被災した方がたをみると、それでも私はめぐまれていると感じました。ボランティア活動といっても社会勉強みたいなものでして、世の中にこまっている方がたくさんいることが分かり、自分も頑張らなければと思いました」 「卒後、非正規の食品配達員をしていた理由は、なんなのでしょうか」 「自転車にのっていると、長年の慣れといいますか、気持ちが落ちつくのです。がんらいが、偉くなりたいとか考えておりませんでしたから、身分相応の仕事と思っていました」 「それでは、今後の活躍を期待しています。ここまで、週刊東條の泉沢でした」 それでまた写真をとられた。最後にのこった若いととのった顔立ちの髪がながい女性記者が、質問を許可されて話しはじめた。彼女は、「東條フライデー」という腕章をしていた。 「私は、水沢と申します。私どもがえた情報によれば、伊高さんのお父さんは、事業に失敗して、あなたを虐待したとのことです。どんな、仕打ちをうけたのでしょうか」 「子供のころの事情なので、よくは覚えていません」 「お父さまは、東京スカイツリーから、飛びおり自殺をしたというのは、ほんとうでしょうか」 「母からは、そう聞いております」 「すごい覚悟の自殺と考えられます。なにか、覚えていることはありませんか」 「母から聞いただけなので、くわしい事情についてはよくは分かりません」 「あなたは、お母さんとまったく似ていないとの話ですが、ほんとうでしょうか」 「ながくいっしょに暮らしましたが、自分ではとくに感じていません」 「なんでも、お母さまは高校生のときに、不慮の事件から、あなたを妊娠したという話もつたわっております。事実なのでしょうか」 「まあ、そんな事件もあったかも知れません」 「つまり犯人は、つかまらないで逃げつづけていると考えていいのでしょうか」 「だいぶ昔の事件ですので、手がかりもないのかと思います」 「こうした憎むべき犯罪について、いかが考えられますか」 「とくに、なにも思いません」 「東條タウンでは、ほとんどはじめての、私生子の採用です。なにか、この点について感想はありますか」 「いちおう、亡くなった父は私を認知しておりました。法律上は、庶子だろうと思います。それ以上は、なにを答えたらいいのか分かりません」 「ここには、伊高さんもご存じの通り、由緒正しい人たちが住んでいるわけです。ほとんどの方は、皇室と関係をもつか、元華族か、上場企業の役員の家族ばかりです。こうした方がたといっしょに暮らすことにたいして、なにか抵抗感はないのでしょうか」 「とくに、ありません。好ましい家系とか、血筋とかがないのは、私のせいではありません。金持ちでないのも、自分が原因ではありません。私はうんでくれた母に感謝し、あたえられた仕事をするだけです。いい血筋と、そうではない血統とを区別し、お金のあるなしで人物を査定する傾向があるのなら、あまり正しくはないともいえます。陽一さんの教育にも、人間がうまれてきた境遇などについて、不必要なまでに考えるのは、いかがなものかと話しあってみたいと思います」 「そうですか。ここまで、東條フライデーの水沢が担当しました」 美人の彼女は、また写真を何枚かとった。これをもって報道機関への対応が終了となった。 係の者は、功太専用らしく、彼に先導されて宿舎までいった。寄宿舎はホテルみたいな五階だての近代的なつくりで、まだ幾年もたっていない感じだった。係の者は、官舎の入り口ちかくの管理室とかかれた部屋にいた男に、伊高を紹介した。 功太は、そこでスリッパに履き替えると、管理人について、エレベーターをつかって最上階の五階にあがった。灰色の絨毯がしかれたホテルの廊下にもみえる通路を歩いて、五一三号室までつれていかれた。ふたりは、玄関でスリッパをぬぐと、なかに入った。 ほこりひとつない素晴らしく綺麗な部屋で、二LDKの独身者用と考えられた。伊高功太の段ボール箱は、立派な机がある書斎におかれていた。功太は、豪勢なつくりにおどろきを隠せなかった。 管理人は、五〇歳をすぎた腹がでた背のひくい男で、頭は禿げてひどい近眼らしく、黒枠の厚いレンズの眼鏡をかけていた。河田隼斗と名乗り、功太にリビングのソファーに腰をおろすことをうながし、自分も正面にすわって、 「ここは、伊高さんの専用個室ですから、どうおつかいになろうとかまいません」といって、この施設の利用方法について概説した。 清掃は、毎日清掃人がきて綺麗にしていく。必要がないと考える日には、「清掃不要」というカードをキーにさげておけばいい。清掃は、部屋の掃除からベッドメイク、風呂場の水まわりや洗面台なども綺麗にする。手をつけないで欲しい場所は、緑のカードに希望をかいて該当部分に張っておけばいい。とはいっても、あまりに難しい注文はうけつけられない。なにかとくべつな指示があるなら、管理室に電話して要望をつたえてくれれば意向にしたがう。二四時間態勢で、だれかしらいるから、連絡すれば対応できる。 功太が部屋からでると、すぐに警備システムが作動し、どこにもついている監視カメラがうごきだす。盗難があれば、管理室で確認できる。清掃人がきているときも作動し、いままでに問題になる事例は起こったことがない。清掃については、仕事なので、チップなどをわたさなくてよい。 もう功太は、取材されてよく分かっただろうが、東條タウンには、東條放送協会、THKが独自に情報をえて、タウンに関する番組をながしている。日刊東條という新聞が毎朝、玄関のポストから部屋にとどけられる。また週刊東條という週刊誌も、発刊したさいには同様に配布される。さらに、夕刊紙の東條フライデーは夕方に部屋に投函される。こうした各紙は、街で起こった事件を市民につたえることを目的につくられている。生活に必要な情報がのっているから、読んでおいたほうが暮らすには便利だろう。 そのほか、洗濯物のサービスがうけられることや、食堂の利用方法、コンビニは店員がいないから、好きなだけ勝手にもってきていいとか、PCRの検査を週に二回行う義務や、病院のかかり方についてもつたえた。 「時節がら、三人以上の会はできません。それに、いちばん重要なのは、東條タウン内の撮影は厳禁とされています。スケッチならかまいませんが、写真は許可されていません。散策も自由ですが、立ち入り禁止とかかれた表示があります。そうした場所へは、侵入できません。規則をやぶると、すぐに施設外への退去をもとめられることがありますから、注意しなければなりません。分からないときには、市民課で相談するか、管理人室と連絡をとるか、いたるところにいるグレーの制服をきた警備員に、たずねてもかまいません」といった。 管理人の河田隼斗は、こまごまとした諸注意を話し、一覧が記載された小冊子をとりあげ、よく読むことをすすめた。 河田がでていくと、功太は、東條タウンという別世界にきているとしみじみと感じられ、大きなベッドに足を伸ばして横臥した。こんなホテルみたいな部屋が自分の専用になるとは、考えてもいなかった。一〇箱しかなかったので、荷物はかんたんに片づいて、空の段ボールを河田にいわれた通り書斎のすみにおいた。明日にも、清掃人が片づけると管理人は話していた。 伊高功太は、夕食のためにレストラン街にいった。わずか一〇分ほど歩くと、ひろい歩道をはさんでレストランが両がわにならんだ賑やかな通りにでた。行き交う人がたくさんいたわけではなかったが、どの店も洒落て綺麗で、どこに入ったらいいのか迷いはじめた。そのあげく、中華料理店でセットメニューを食べた。すこし街を歩いて帰宅するとひどく疲れているのが分かり、早めに寝ることにした。 翌日、朝はやくに目覚めた功太は、素晴らしい眠りをえられた満足感にひたった。ベッドは非常に寝心地がよく、固さも充分で、きっと有名なメーカーの製品なのだろうと思った。シーツをめくると、「東條家御用達品」とかかれていた。敷布にもおなじ表示があり、さらにふかい眠りに誘いこんでくれた、羽布団にもマークがついていた。どれもこれもが、特別製に違いないと思った。 昨日、コンビニでもらったパンと牛乳で朝食をすませ、顔を洗い歯をみがいた。玄関をみると、新聞が差しこまれていた。 功太が、あけはなたれた窓の網戸越しに、白いレースのカーテンを揺らして、そっとしのびこむ爽やかな風を感じながら、コーヒーを入れて紙面をひらくと愕然とした。 日刊東條の第一面には、彼が東條法王から証書を授与された写真が大きくのり、自分の記事がかかれていた。 数段ぶちぬきの表題には、「平民出身、伊高功太氏。東條家の家庭教師に採用される」と大きな見出しがついていた。 自分が新聞記事になるという予期もしなかった事態に、功太はおどろいた。昨日、日刊東條という新聞社の者が、インタビューにきていたのを思いだした。 「陽一さんとは、いい友だち関係をつくりたい」 「とくべつな教育への理念はない」 「陽一さんのユニークな面を、尊重して大切に」 「自分自身のユニークさについても、大事にしたい」 功太が話したかどうかも不明な記事が、かなりのスペースをさいてかかれていた。 「東條家の学歴偏重構造への警鐘か」 「名もない庶民が家庭教師をつとめるのは、はじめての試み」 「とくに有力者でなくても、東條タウンの構成員になれるのか」 とかいう内容が、記事にかかれていた。 三面には「人」というコラムがあり、功太の写真つきの紹介記事がのっていた。 どこからみても庶民そのままで、有力者と無関係に採用された経緯や、家庭の事情。つまり七人兄弟の長男。無名国立大学の理学部出身で、一年浪人して学費をかせいで大学に入った。学業の費用を捻出するために、新聞配達をつづけた。ボランティア活動をしながら、自転車にのって全国をめぐった。など、くわしくかかれていた。さらには、卒後に非正規の食品配達員の仕事をしたなど、採用のさいに提出した、履歴にそった内容が詳述されていた。 おどろいて新聞記事を読んでみると、紙面の下に週刊誌や夕刊紙の広告欄があった。そこには、昨日取材にきた週刊東條の広告もみられ、中吊りの見出しがかかれていた。 最初の大きなタイトルには、功太がとりあげられ、「平民の家庭教師」と記載されていた。広告欄の下がわには、彼の顔写真がのり、さらに細かいいくつかの見出しがついていた。 「東條家の変心。一部の業務を、庶民に開放か」 「七人兄弟の長男は、天文学をきわめた変わり者」 「ボランティア活動で、陽一さまの家庭教師をいとめる」 などという見出しがならんでいた。 つぎの紙面をめくると、東條フライデーの広告があった。 「私生子の家庭教師。東條家が採用」 「庶子の功太。私生子をつよく否定」 という過激な見出しがつけられていた。もちろん、広告の下のほうには功太の写真がのり、そのとなりにはさらに細かいタイトルがならんでいた。 「庶子の家庭教師。東條家の本心はどこに、議論噴出」 「美貌の母は、娼婦か。母親にも似ない伊高功太は、だれの子供か」 「前夫は自殺か、他殺か。真相は、深夜のスカイツリーの闇に」 などという、かなり刺激的な表現がつかわれていた。 さらに、新聞をくまなく読みはじめると、日刊東條には社説欄があって功太がとりあげられていた。 「東大でなくとも、大丈夫なのか」 「庶民に東條タウンを開放するのは、大きな疑義」 「貧しい平民が、この街に馴染むのか」 などという論議がかなり細かく記載され、専門家の意見などもかかれていた。紙面を読むかぎりでは、 「東條タウンとしては、はじめての事態であるが、伊高功太本人はさしたる違和感をいだいていないらしい。好青年でもあることから、温かい目でみまもってやりたい」 などの冒頭部分の表現を、幾分か緩和する内容が附記されていた。 「もしかすると、テレビでも放送されているのだろうか」と功太は思った。 あきらかにテレビカメラをかついだ報道関係者が、法王との任命式に参加していたのを思いだした。テレビをつけてみると、ちょうど八時だったので、THK、東條放送協会の朝のニュースが放映されていた。思った通り、最初の報道は、任命式典で法王から任命証書をうけとる、新聞紙面とおなじ場面の功太が映しだされていた。前川アナウンサーが、実況をし、その後の会見の様子なども彼の肉声とともに放送されていた。 いままで名もない一般市民だった功太は、一躍有名になった。それも、とくに好意的ばかりではなく、かなり特筆すべき悪意に満ちた報道も存在するのが分かった。考えても対処法は不明で、成り行きにまかせるよりないと思った。まず彼は、ホテル並みの独身寮の探索をしてみた。外にでると、非常に晴れた爽やかな日だったので、自転車を借りてタウン内を走ろうと思いはじめた。道を歩いていると、行き交う人たちが功太をみて、なにかを囁きあっているのが目にとまった。あれだけ新聞とテレビに露出したので、気にしても仕方がないと思った。 功太は、駐輪場にいった。昨日、河田管理人から聞いた通り、そこには管理棟があり、雨のあたらない屋内に一〇〇台くらいの綺麗な自転車がならんでいた。功太は、係の者にこれを借りたいといった。 「おはようございます。伊高功太さん」と係の者は彼をみるといった。 「おはようございます。今日は爽やかで気持ちがいいので、自転車をお借りしてタウン内を散策してみたいと思うのですが」と功太はいった。 「伊高さんは、日常的にのっているらしいですから、きっと好みがあるのでしょう。どれにしますか。えらんでください」 係の者は、いくつかの自転車をみせた。 功太は、ドロップハンドルを選択し、係員の指示にしたがい文書を作成した。非常に親切に接せられ、地図をみせてもらった。 東條タウンでは、外周にそって舗装されたひろい道がつくられ、全長は四〇キロといわれる。ほんとうに必要なのかどうかは不明だが、一部には橋もトンネルも造設されている。左がわ通行で、歩道と車道のあいだの自転車道を走れといわれた。自転車では、おおむね二時間で外周をまわれ、東條ホテル二号館からいちばん西にあたる場所まで直線的にむかう道路もつくられていた。その道も、歩道、車道のほかに自転車道がついていた。 「自転車が走れるのは、整備された専用道と決まっています。道がなければ、侵入できません。自転車をどこか適当なところにおいて、自転車道がみつからない場所を歩くのも禁じられています。これは、しっかりとまもってください。違反すると面倒に巻きこまれ、審査室にいって事情を説明しなければならないかも知れません。いいことはなにもないですから、絶対にひかえてください。ところどころに番所がおかれ、グレーの服をきた警備員がいます。なにか分からなければ、こうした人に聞くか、電話ボックスから各種問いあわせセンター、『100』をダイヤルしてください。どの場所にも監視カメラがありますから、だれもいないと思って不審な行動をとると、全部中央制御室で管理されています。伊高さんが、なにをしているのか分かってしまいます。せっかく、この街の住人になったのですから、規則厳守でお楽しみください」 係員はそういって、手入れのゆきとどいた自転車を貸してくれた。 迷う道ではなかったので、功太はそれにのって周回路を右まわりに走りはじめた。快晴で、初夏の日差しがまぶしかった。道はなだらかだったが、ところどころにゆるやかな起伏があり、小一時間ほど走ると三叉路にでた。分かれた道路は、真っ直ぐに東條ホテル二号館にむかっていた。西がわは森林地帯がつらなり間道があったが、自転車道は見当たらなかった。とくに侵入する理由も、なかった。功太は、清々しい風にあたって爽快だった。車にはあわなかったが、自転車でサイクリングする人たちには出会った。若い人が多く、功太をみると「こんにちは」と声をかけてくれたので、挨拶をかえした。 車道の一部に盛り土したトンネルがつくられ、やや不自然に思えた。そうした場所では横断歩道が設置され、自転車道や歩道はいっしょにならず、タウンの内がわに道がつけられていた。 西部には、かなり大きな湖も造成されていた。湖畔を一周する自転車道もそなえられていた。東屋もつくられ、そこまで専用道がつき、車止めも設置されていたので、侵入してもいいと思われた。湖畔をのぞむ休憩所のちかくに自転車をおき、なかに入ると、無料のペットボトルの自販機があった。ボタンを押すと好きな飲みものを手に入れることができた。 功太は、スポーツドリンクを飲みながら、すこし汗ばむ肌をタオルでふいて、静かで優雅な湖畔を味わっていた。 そのとき、とつぜんポケベルが鳴った。ちょうど自販機のとなりに電話があったので、彼は示された番号にかけた。 「私は、伊高功太です。いまポケベルが鳴ったので、電話をしました」と功太がいうと、電話先は執事で、 「政宗です。私が鳴らしました。ちょっと、功太君に話さねばならないことがあります。東條ホテル二号館のフロントのロビーに、きてもらいたいのですが」といった。 「いま、街の西がわの湖にいます。一時間くらいかかります」と彼がつげると、「分かりました」と政宗は答えた。 結局、功太はそのまま自転車でもどり、東條ホテル二号館についたら再度、執事に電話することで話しあいが成立した。彼はいわれた通り、すぐに二号館にむかった。自転車を駐輪場におくとホテルにいき、政宗に電話をかけた。 功太がロビーですわって待っていると、いくらもたたないうちに執事がやってきた。政宗はいっしょに黄色のエレベーターにのって一二階にいき、政宗専用と思われる部屋に案内した。 室内には、右手の壁がわに執務用らしい大きなマホガニーの机がおかれていた。正面は、東郷家に面してガラスの壁になって、白いレースがかけられていた。 レース越しに、いま功太がいた西の森林地帯がみえた。 彼は、一辺が四キロメートル四方の広大な東条タウンの全景を、はじめてながめることができた。タウンは、なだらかな丘陵地帯に造営され、奥には山がそびえていた。山裾には森林が生いしげり、美しい湖がつくられていた。護岸もされていない川がながれ、景観は素晴らしかった。 東條タウンは、東條ホテル一号館と、周囲の道路や建築物がすべてふくまれた形で、法王、東條正規が主宰する宗教法人「幸福の国」の私有地だった。タウンには、日本の有力者や著名人たちが邸宅をかまえて暮らし、住人であるのは、社会的なステイタスを示していた。入り口に、二九階だての東條ホテル二号館があった。そこ以外は、たかさ五メートルの壁で遮られる、ゲーテッド・コミュニティーになっていた。 森林も湖もある、風光明媚な山岳地帯につくられた都市空間は、都内で気をつかう仕事をして精神的に疲れ切った著名人に、憩いの場所を提供する。なによりも、セレブの有名料ともいえる不必要な詮索をうけずに、静かに暮らせるのなら、こうした要塞型都市の必要性もみとめられるのだろう。 街には、外部でなにが起こっても生活できる設備がされ、食料も水も電気も、浄化施設も完備している。機密性がたかく設定され、内部を実際にみた者がきわめてかぎられるため、噂は種々におよんでいた。中央官舎の地階には核シェルターが、深部地下には東京駅に直結する高速道路がつくられている。駅舎の深部にも、駐車場が整備されている。直線にすれば五〇キロで、信号も渋滞もないから、一時間で充分につける通勤圏内ともいわれていた。東京駅には目立たない非常口が多数存在し、居住者である認証さえ示せば、容易に通りぬけられる。さらに快適な大型バスも定期的に往復し、自分で運転をしなくても不便もない。バスは、乗客数に比べて不必要なまでに大きいから、「密」にはならず、コロナの心配も皆無だといわれる。 政宗は、功太に、部屋の中央におかれたソファーにすわることをうながした。自分も、むかいがわに腰をおろした。 「功太さんに、不愉快な事件が起きているのを、心から申しわけなく思います」と政宗はいった。 功太がだまっていると、執事はつづけた。 「今回の報道は、プライベートな履歴資料が流出したと思われます。だれが、どんな目的でながしたのか不明ですが、すくなくとも、由紀さまや仁奈子さま、陽一さまや私は、関係していません。東條家の面接のさいにちかくで仕事をした者たちは、守秘義務を知っていますから、こんな話をつたえるはずはありません。もしかしたら、落選した金子さんや山下さんが何者かに話して、それに尾ひれがついて噂になっているのでしょうか。確証は、えられていません。そうとう報道がヒートアップし、功太さんにご迷惑がかかるのではないかと憂慮しています。なにか、気がつかれたことがありますか」 「じつは、今日の新聞をみておどろきました。色々なところで、噂になっているらしいですね」 「伝達式が報道されるのは、ごく普通ですが、今回のばあいは、功太さんのプライベートな話が、歪曲されてつたえられているのでしょう」 「日刊東條の、広告欄をみていろんな噂がながれているらしいとは思いました」 「まったく、読者をえるためには、なんでもかきますから、各報道機関には抗議の電話をしておきました。東條フライデーなどは興味本位で、あることばかりではなく、かき立てます。いちいち争っても仕方ないですが、あまりにひどければ、もう一度、今度は法王名で抗議をしますから、しばらくはご容赦ください」 政宗は、かしこまっていった。 「色々いわれるのは、覚悟していました。幾分かは、慣れていますのでかまいません。それでもはげしい中傷には、すこし残念です。とくに、私のことではなく、母について勝手な記事をかかれるのは胸が痛みます。想像以上にひどいばあいは、あらためてご相談させてください」 功太が答えると、政宗は大きく、うんうんとうなずいた。 それから執事は、陽一の家庭教師について話をした。 東條タウン内ではコロナの発生報告はないが、東條中学ではコロナ禍の現況を鑑み、オンライン授業が中心になっている。平日の午前中は、オンラインが配信されるから、午後の一時から四時ごろまで授業でだされた宿題や、分からない部分を教えてもらいたい。拘束時間がながくなるかどうかは、陽一の気分しだいだ。彼の希望にそって、つきあってもらいたい。土曜日と日曜日、祝日は休みだが、どうしてもというばあいは、相談にのって欲しいといった。 こうした付帯事項に関しては、仕事とわり切って考えていたので、功太は快く承諾して、翌日から陽一の自室にいくことになった。 東條家の家族の住居は、使用人たちが住むマンションよりもさらにひとまわり奥まった場所に、東條タウン二号館を半円形にかこむ感じでならんで立てられたタワーマンションだった。新築にも思えるほどまったく汚れが目立たない一〇棟のタワマンで、陽一の一家もこの区画に暮らしていた。どれも一一階だてで、一階は共有スペースだった。 東條正規は、五〇〇人の妾をかかえ、各タワマンに五〇家族ずつが住んでいる。 日本の法律では、一夫一妻が原則とされている。だから、「どうしてこんなとくべつなことが、許されていいのか」という声は、ネット上でも、しばしば論議の対象になっている。しかし、政治家でも大企業の幹部でも、はっきりと妾をかかえる者が、すでに世の中にはたくさんいる。ひとりの妻もめとれない多くの男性が、げんに暮らしているにもかかわらず、未開ではない高度に文明化した日本で、なんと甚だしい矛盾なのだろうか。違法なのに、なぜ取り締まらないのか、と問う声は、ほとんど「怨嗟」にちかく、この点からも、東條タウンがゲーティドコミュニティーとして存在する理由と思われる。 これほどの露骨な抵触が問題とならないのは、あきらかに正妻と妾の双方が納得しているとしか考えられない。五〇〇人の女性が、承知して法王の妻妾として暮らすなら、法律では裁けない。ひとり、ふたりならよくて、一〇〇人なら違法とは、いえないらしい。立法府のほとんどすべての者に東條法王の息がかかり、取り締まる法案などが提出されるはずもなく、将来的にもずっとこうした状況はつづくと考えられる。 具体的には、タワマンには一から一〇までの番号が振られ、一号館には五〇番目までの妻がいる。由紀は一〇〇番目の妃だったので、二号館の最上階に住んでいた。もちろん、彼女はひとりではなにもしないから、日中には手伝いがいっしょにいる。さらに家族なので、娘の仁奈子と息子の陽一が暮らしていた。 このタワマンの入り口は厳重で、かんたんには入れなかった。二重扉になる最初のところで、目的の一〇〇号室のベルを押して、ドアホンにでた相手に、伊高功太が陽一の家庭教師としてきたのをつげると、一番目の扉がひらいた。なかに入ると「51」から「100」までの番号がかかれた郵便うけと、下段にその番号あてにおくられてきた荷物を入れる収容スペースがあった。こうした新聞類や郵便物、それに該当番号あての郵送物などは、由紀の手伝いが彼女の部屋まではこんでいた。 風除室には、一〇台ほどのテレビ電話がならぶ区画があり、功太がそこでもう一度、一〇〇号室に電話をかけると、仁奈子がテレビに映り、 「いま、扉をあけるから、一〇秒以内に入って」といわれた。 彼がスイッチを切って扉口のまえにたつと、ひらいたので素早くなかにすすむと、すぐにしまった。功太は、よく掃除がゆきとどいたエレベーターにのり、掃ききよめられ絨毯がしかれた廊下を歩いて約束した午後の一時に、東條家後宮二号館、一一階にある「100」号室とかかれている陽一の部屋のドアホンを押した。 ベルを鳴らすと、仁奈子がモニター画面にでてきて、「伊高功太さんね」といった。彼が「そうです」と答えると、扉をあけて室内に入れてくれた。 豪華なマンションで、親子三人と日勤の手伝いがつかうだけだが、五LLDKの配置になっていた。功太は、あらわれた陽一につれられて部屋にいった。一二畳ほどもある室内は、綺麗に片づけられ、あわい青の絨毯がしかれていた。ベッドと机がおいてあり、さらにひろいスペースがあいていた。 功太は、平日の午後一時に陽一の自室にいき、オンライン授業での疑問や宿題などをいっしょに考えることになった。彼は、勉強はよくでき、おどろくほどだった。どちらかというと、オンライン形式のためにひとりぼっちのばあいが多く、飽きたときにしゃべる相手が必要で、かんぜんに友だちの関係になっていた。功太にたいしては、好意的だったので、問題もなく家庭教師という仕事をこなした。ふたりは、仲のいい友だちになり、平穏な日々をすごした。 三、仁奈子 功太が陽一の家庭教師をはじめてから、二週間以上がたった。仕事はふたりの相性があって、あらたな問題も起きなかった。だからといって、功太にとって平穏な日々がすぎているとは、いえなかった。彼にたいする週刊誌などの執拗な報道は継続していた。最初にでた週刊東條や東條フライデーの記事が、終わりではなかった。 功太が街についた日の翌朝、自転車を借りて東條タウンをまわったのは、すぐにニュースとして報道された。 「伊高氏。自転車は、すでに身体の一部か」 「東屋でくつろぐ伊高氏、静かな湖をまえになにを考える」 などと、どこから写真をとったのか不明だったが、内容に合致した画像がそえられて記事になっていた。その日に、政宗とあって談話したのも報道された。翌日の日刊東條には、 「政宗氏、伊高功太氏を擁護か」 「報道規制は、時代錯誤の反動の世界」 などとかかれた見出しがあり、政宗とフロントで会った場面や、執務室に肩をならべて入る写真が掲載された。こうした問題は、社説などでもとりあげられた。 「人権をまもることと、表現の自由の範囲」 という題で論説がかかれ、識者たちの意見なども掲載されていた。日刊東條は、やはり権威がたかく、品もあるのでこの程度ですむが、週刊東條ともなると、さらにはげしい内容にかわった。 「学閥階級社会にメスを入れる、政宗氏。功太さんを利用か」 「功太氏。すべてが、特別扱い」 「功太さん。報道機関への自粛要請は、権力だより」 などと見出しがつき、すでに伊高氏から功太さんに呼称が変更されていた。こうした事実は、あきらかに彼が有名人になり、行動のひとつひとつが世間の耳目をあつめていることを示した。これが下世話な代表ともいえる東條フライデーでは、もう「さん」つけもなくなっていた。 「私生子、功太。政宗執事に直談判」 「やった。功太。ドロップハンドルに驚喜」 こうした見出しで、週を追うごとに表現もエスカレートした。報道がつづくと、功太は、タウンの人たちにとって、日常的に接する親しみやすい存在とうけとめられた。馴染みと思われて声をかけられ、一部の者からはサインをもとめられた。ごく普通に道を歩き、レストランに食事にいき、コンビニで生活用品を調達しても、ちかくの人が彼をみて、なにやら話しあうのをみかける場面が多くなった。 功太は、陽一の勉強を補助するだけでなく、時間があれば公園にいってキャッチボールの相手をしていっしょに遊んだ。 東條陽一は、自宅にいるとき以外、普段から自由の女神像をひきずっていた。実際にもってみると二〇キロ以上で、かなりの力が必要だった。豚の鼻がうえむきにつき、顎まで伸びた青色のベニチアンマスクをした陽一は、外にでかけるさいには、かならず専用の絨毯に石像をのせてひいていた。彼の家族が入るタワマンには、一階の玄関部分までカーペットがしかれていた。内がわの扉からはコンクリートになり、外がわは舗装された道がつづいていた。だから、絨毯にのせてひっぱるのは、摩擦がつよくて不可能だった。 タワマンの玄関部分は、二重の扉構造だった。郵便うけの場所には、だれかがおくってきた荷物を一時的におく、かなり大きな物入れがあった。そこに「すのこ」を改良した、四輪の背のひくい台車が立てかけてあり、陽一は外出するさいには女神像をうえむきに固定し、さらに縄で自分と一体にした。 タワマンの玄関は、三つほどの段差で一般の歩道からは、ややたかくつくられ、脇にはバリアフリーのゆるいスロープが備えつけられていた。だから陽一がでるときには、台車を先にして、女神像が勝手に落ちていくのをふせぐ必要があった。帰宅時にはひきあげるので、足腰にかなりの力を入れて、踏んばらねばならなかった。彼が、なぜこうまで苦労して石像にこだわるのか、功太には分からなかったが、とくに理由を聞かなかった。 公園でキャッチボールをしても、陽一はこの像をひきずっているので、かんたんにはうごけなかった。功太は、趣味については黙認した。陽一がボールをとりそこねると、自然の成り行きとして彼が追いかけ、ひろいにいくことになった。こういう、ごく普通の遊びの最中にも報道陣はやってきて、功太にさまざまな質問をして写真を撮影した。今度はなにをかくつもりかと思ったが、タウンで実際に知る者はほとんどいなかった。自分が娯楽の一部にされているのは不愉快だったが、新参者であり、なんらかのイニシエーションかも知れないと考えた。 「功太。陽一さまと、キャッチボール。球拾いは、ぼくにまかせて」 「友だち、功太。自転車がなくても我慢できる」 週刊東條は、こうした見出しに写真をつけて記事にして紙面を埋めていた。 これが東條フライデーともなれば、かなり表現が違い、 「私生子、功太。なんでもするから、家庭教師をつづけたい」 「神出鬼没。うごきまわるのは、謎の父譲りか」 とか、主に彼のうまれについての見出しが目立った。公園内の木が生えた場所で、陽一といっしょに笑っている写真には、 「功太。陽一さまと、ユカイツリーにのぼりつめる。でも、落ちたら即死」 表題を附記し、かなり中傷的な内容の記事がかかれていた。 あるとき、功太が陽一の家庭教師の仕事を終えて部屋をでると、扉のところに赤色のベニチアンマスクをつけた仁奈子がやってきた。 「今度の日曜に、いっしょに夕食をしませんか」といった。 食事は、ふたりまでは許可されていた。功太は、陽一のほかには知りあいがかぎられたので、いつもひとりだった。食べていると、ちかくの席のふたりつれが彼をみて、なにかを話しあい、笑う場面にはしょっちゅう出会った。しかし、いっしょに食事をする相手はいなかった。 「いいのですか。私と食事をして、こまることになりませんか」と功太は聞いた。 「ふたりなら、禁止ではないですから平気です。どう、フランス料理でも食べませんか」と仁奈子は綺麗なすき通るたかい声でいった。 女性といっしょに食事して、ムードのある会話を交わせるのなら、と功太は考えただけでも嬉しかった。陽一以外には、政宗と事務的な話をしたことしかなかった。報道陣に質問されても、いつも非難がましいので楽しくなかった。 功太は、仁奈子の誘いにのる気になった。彼女が予約しておくというので、つぎの日曜日にレストランで落ちあう約束をした。 その日、功太は一張羅の紺色の背広をきて、青地にオレンジ色が混じったお気に入りのネクタイをしめ、仁奈子が押さえた店にむかった。自分の宿舎をでるときから、顔見知りの幾人かの報道関係者らしき者が、スーツに身をまとった彼の写真をとっていた。こうした出来事は、いまはじまった事態ではなかった。功太は、今日だけはやめて欲しいと思いながらも、目にとまらない感じで無視した。週間東條の泉沢をはじめとして、幾度もみたことのある顔馴染みの報道関係者は、かなりしつこくついてきて、レストランに入るまで写真をとっていた。 やがて仁奈子が約束通りやってきて、ふたりでむかいあって食事になった。彼女は、ラメの入った紅色のベニチアンマスクとコーディネートされた、洒落たあわい赤色のワンピースを着用していた。真っ黒なながい髪に、赤いベレー帽がピンでとめられていた。無造作に、首にかけられた金のネックレスもコーディネートされ、素敵な雰囲気を演出していた。かすかな香水の匂いがただよっていた。 功太は、フランス料理を、どう頼むのかも分からなかった。いままで店のまえは通っても敬遠して、実際に入ったことはなかった。イタリアンは、よく配達して馴染みもあった。スパゲッティやピザは、食べやすかった。とくにお金はかからないのは知っていたが、機会がなかった。和食か中華が中心だったが、それでもたくさんのメニューがつくられ、味もよかったので、食事についてはまったく不満を感じなかった。 フランス料理店は仁奈子のお気に入りで、店長とも顔馴染みらしかった。 「はじめての店で、フランス料理なんて、なにを頼むのかも分かりません。作法も不調法ですが、教えてくれますか」と功太はいった。 「気楽に食べればいいのです。上品ぶっても仕方がないです。それに、あなたは気取らない、正確には気取れないのが魅力ですから、好きにして大丈夫です」と仁奈子は答えた。 「礼儀作法に反することがあったら、教えてください」 「コースだから、でてくるものを順に食べればいいだけです。作法もすこしはありますけれど、ふたり切りなら問題にもならないわ。どうしても必要な行儀は、教えてあげるわ。心配は、いらないわよ」と仁奈子はやさしくつげた。 功太は、彼女にいわれるままに白ワインで乾杯し、コース料理を食べた。 「ここにきてから、人と食事をするのは、はじめてです」 「まあ、それは、ずいぶん寂しかったのではないのかしら」 「今日は、ほんとうにいい日です。仁奈子さんと食事ができるなんて、感激しました」 功太は、率直な感想を話した。 仁奈子は、彼について興味があるらしく、六人の弟や妹をふくむ家族構成を聞きたがった。功太がどんなぐあいに大家族のなかで暮らしていたのか、かなりくわしくたずねた。また、スカイツリーから飛びおりた父親の葬儀や、母親が再婚したときに、彼がなにを思ったかなど、身辺調査をする感じで聴取をつづけ、ムードのある話にはならなかった。 住んでいた家が二LDKの間取りだったと聞いて、両親と七人の子供が、どうかさなって寝るのか、など具体的な質問だった。 「どうしても分からないわ。だって、六畳と四畳半の二間しかないのでしょう。それで、どうやって家族九人が横になれるの」 「ですから、リビングがあるから、矢留樹と矢留子は、そこで寝てしまうのです」 「ご両親は、四畳半をつかうのでしょう。そうすると、六畳一間にのこりの五人が寝るわけなの。そこのところが分からないのよ」 「家具も、いくらかはあります。みたことがない方には、不明でしょうが、実際にはどうにでもなるのです。なんといっても押し入れがあるわけですから」 「それは、なんなの」 「布団を入れておく場所です」 「それは、なんなの」 「知らないのですか。寝るときにつかう、綿入りのクッションです」 功太が説明すると、仁奈子はすこし考えてからいった。 「エクストラベッド、というわけね。しまう場所があって、そこからとりだすと空間ができるから、予備ベッドをつかうのかしら」 「そんなところです。ふたりが、押し入れのなかで横になります。三人で、六畳間に寝るのはできそうでしょう」 「押し入れが二段だとは聞いたけど、そこにどうやってエクストラベッドをつくるの。考えても、たかさが足りないわね。押し入れって、吹きぬけではないのよね」 「ですから、布団です。そんなに、たかくはないのです」 「それが、よく分からないのよ」 「布団は、エクストラベッドとは違って、組み立てたりはしないのです」 「床からは、たかくないということかしら」 「そうです。布団は床にしくものなんです」 「ベッドでは、ないのよね。そうすると、床にしいて、そのまま寝るわけなの」 「庶民は、みんなそうしています。だから、押し入れに布団をしいても、たかくはならないのですよ」 「工夫するのね。やっぱり人間は、なんでも考えるのね」 仁奈子は、感嘆の声をあげた。 「それほどおどろかれることでは、ないです。ごく普通の発想です。それしかない、生活の知恵といってもいいのでしょうか」 「功太さんたちの考えは、想像をこえているわ。布団は、便利なのでしょうが、あまり床に寝たいとは思わないわね」 「ベッドなんて、贅沢品ですよ」 「知らなかったわ。ベッド以外で寝るなんて考えなかったもの。工夫があるわけね」 仁奈子は、布団にひどく興味をもったみたいだった。 「もうひとつ、分からないのだけれど」と彼女はなおも身辺調査をつづけた。 「福音書記官の四名は、男性よね。クリスチャンのお父さんとのあいだの四人は、男女がふたりずつだったわよね。考えてみて、丸子が女だっていうのは分かるわ。あとはどうなっているの」 「瑠華は、花なのだから女性の名ですよ。真鯛は女の名前ではないでしょう。世羽は絶対に男ですよ」 「そうかしら。瑠華って男もいるし、真鯛は独創的でどちらだか分からないわ。だって、魚の名前みたいじゃないの」 「それは、考え方だと思います」 功太が考えながらいうと、仁奈子は大きくうなずいた。 五時半に待ちあわせ、食事がはじまったのが六時すこしまえだった。あっというまに時間がすぎ、デザートを食べてコーヒーを味わって気がつくと八時にちかかった。 「家までおくります」と功太がいうと、そうして欲しいと仁奈子は答えた。 八時すぎで、彼女とふたりがそろってレストランの扉をあけてでると、いっせいにフラッシュが光った。外には、おびただしい数の報道陣がつめかけ、矢継ぎ早に質問が飛び交いはじめた。 「功太さん。はじめてのフランス料理は、いかがでしたか。おいしかったですか。仁奈子さまとの食事は、楽しかったですか。どんな話をしたのですか」 「高級ワインは、口にあいましたか」 「女性とレストランで食事をするのは、いままで経験があるのですか」 さすがに迷惑に感じた功太は、表情をこわばらせた。質問は、仁奈子にもむかった。 「功太さんの、どこがいいのですか。恋愛的な感情は、あるのですか」と週間東條の記者がたずねた。 「いいえ。そうしたことでは、ありません」と仁奈子は答えた。 「ふたりだけで、食事をしたのでしょう。意図は、なんと考えたらいいのでしょうか」 「ふと、いっしょに食事がしたくなったのです」 仁奈子が話すと、輪になってかこんでいる報道陣から、矢継ぎ早の質問が飛んだ。 「そうすると、仁奈子さまから、声をかけたのですか」 「恋愛感情以外で、なぜいっしょに食事をするのですか」 「功太さんが、不届きにも誘ったのですか」 「なんで、そんな誘いにのったのですか」 「法王の娘として、適切な対応と考えてもいいのでしょうか」 つぎつぎに、報道陣からの質問が飛び交った。フラッシュが、バチバチとたかれ、周囲には人だかりができていた。一歩もまえにうごけない状態でいると警備員がきて、 「ここは、三密状態です。すぐに解散してください。指示にしたがって退去しないと、市民課に報告します。保健省がきて、みなさんをひとりずつ隔離します。いいのですか。隔離されたらかんたんにはでられませんよ」とくりかえし大声を発した。 警備員が吹いた警笛が、夜空に木霊した。 報道陣は、異常を知らせる警笛音に、これ以上はまずいと考えたらしく、あっというまに遠ざかっていった。 「被害は、ありませんか」と警備員は聞いた。 「大丈夫です」と功太は答えた。 「それにしても、これはスキャンダルですね」と担当者は呟いた。 なるほど、今度は醜聞なのだ。そう考えながら、功太は仁奈子をタワマンまでおくった。そこら辺にも、帰宅を予期して待機する報道陣が、玄関に消えていく赤色のワンピースをきた彼女の後ろ姿を、フラッシュをたいて撮影をくりかえした。 功太が足早に帰ろうとすると、また報道スタッフがよってきて、輪になってとりかこみ質問攻めがつづいた。彼は、なにも答えることもなく、逃げるように走りさった。功太の宿舎のまえにも報道陣は待ちかまえていた。質問を発し、シャッターを押しつづけていた。寄宿舎に入るまで、薄暗い街灯のなかでくりかえしフラッシュがまぶしく光った。 翌朝、ドアの下に差しこまれた日刊東條には、すでに昨日のデート事件が第一面を飾っていた。功太は、東條フライデーは仕方がないが、せいぜい週刊東條までだろうと考えていたが、日刊誌に事件として報道されたのにひどいおどろきを覚えた。それも三面記事のあつかいではなく、第一面の衝撃的な出来事と知って、さらに驚嘆した。 写真は、仁奈子とレストランからでてきたときのものだった。 「庶民出身の伊高氏。大胆にも、東條家令嬢と密会」とかかれた見出しがついていた。 入室時間から退室時間までが正確に記載され、彼女の赤色のベニチアンマスクにフラッシュがあたり、ラメがきらきらと光るのも映っていた。記事には、かつてない衝撃的な事件だとかかれていた。三面にもつづきがあり、食べたフランス料理のコースや、飲んだワインの銘柄についても正確な記述がされていた。 社説には、「きわめつけの一般人。伊高功太氏が、なにをしても許されるのかどうか」という人権問題が語られていた。 社説を読んでいくと、功太は「完全奉仕者」と称される地位にいるらしかった。 どうやら、このコミュニティーでは、法王、東條正規を中心に彼の家族たち、「東條家一族」が、一級民を形成しているらしかった。つぎに、天皇家と姻戚関係をもつ者。旧華族、さらに東証一部上場企業の経営陣、芸能関係者までをふくめて、二級民。別称、「名誉者」とよばれる階級を、形成するとかかれていた。 その下部に一級民と二級民から給与をえて、彼らにたいしてなんらかの補助を行う義務をもつ、三級民がいるらしい。 功太は、そこに属すると明記されていた。 三級民は、奉仕者階級ともよばれる。これも、ふたつの階層に分かれているらしい。 具体的には、東大を卒業した「教養人」と、なにかしらかの手段によりお金をもつ「財産家」が上層を形成する。その下層に、ほんとうの庶民。つまり特記する学歴も、財産ももたない階級があるという。記載から考えるなら、功太は最下層を形成する三級下層市民で、「完全奉仕者」とよばれていた。 東條タウンでは、いままでこの階級は、東條家一族ととくべつな関係をつくることができなかった。完全奉仕者であっても、女性のばあいは東條正規の目にとまって妻になり、一族にむかえられ、一級民にくみこまれた事例があった。いっぽう男性ではこうした制度はなく、奉仕階層が東條家令嬢と個人的に接触するなど、いままでの例からは、考えられない事件だと記載されていた。 この是非をめぐって、えんえんと記事がかかれていた。 テレビをつけると、THKではワイドショーでも議論され、朝のニュースでもとりあげられていた。つまり昨日の功太の行為は、明確なスキャンダルで、「かんぜんなアウト」と認定されていた。 日刊東條の広告欄にも、週刊東條では、 「ついに起こった、空前絶後のレストランデート事件」 「功太、恩ある東條家に牙をむく」 などとかかれた見出しがつけられ、レストランまえでとられたふたりの写真がついていた。 これが東條フライデーともなると、さらに深度を増していた。 「一介の私生子。この世の頂点を目指す」 「陽一さまの姉、仁奈子さま。発狂か」 「功太の毒牙。どこまでつらぬくか」 というひどい見出しで、ついに仁奈子の名前までもが、紙面にはっきりとかかれる事態になった。 功太は、どう考えたらいいのかと思った。状況を鑑みるとそうとうにまずい事態らしく、彼女が大丈夫というから食事をしただけだった。実際に手をにぎったでのも、ムードのある話を交わしたのでもなかった。 どちらかといえば、仁奈子が食事しながら、功太の身辺調査をしたにすぎなかった。しかし、いくら無実と叫んでも、ここまで世間を騒がしているので、政宗から直接に電話でもあるかも知れないと思った。とはいえ、執事からも管理室の河田からも、とくに注意や正式な抗議もあたえられなかった。なにか反応があるかと思って午前中をすごしたが、とくべつな電話もなかった。 功太は、仕方なく陽一の家庭教師に出向かねばならないと考えた。おそるおそる外にでたが、普段とかわらず報道関係者の姿はみえたが、かこまれもしなかったのでタワマンまでいき、いつも通り一〇〇号室のボタンを押した。仁奈子の声が聞こえ、間仕切りスペースに入ることができた。そこでテレビ電話をすると、いつもととくべつにかわらない彼女が、入室許可をだして扉をあけた。 エレベーターにのって最上階にむかいながら、この話題はテレビのワイドショーでも派手に議論の対象になった。日刊東條でも第一面を飾ったので、仁奈子も当事者としてあつかわれている事実を知らないはずがないと考えた。「会ったら、どういう表情をすればいいのか」と悩みながら一〇〇号室のドアホンを鳴らした。 すぐに彼女がでてきて、功太だと確認すると、いつも通りに扉をあけてなかに入れてくれた。彼は、なにも話されずに陽一の部屋にいくことができた。いったいどうなって、なんと考えたらいいのか、功太にはさっぱり分からなかった。 部屋にいくと、陽一は昨日の事件については、とくに語らなかった。家庭教師の仕事をしながら彼をみると、ひどく気落ちし、しずんでいるのに気がついた。そういえば、ちかごろは自由の女神像をひきずるのもやめていた。石像は、部屋の片すみにおかれ、最近は触れてもいないらしかった。 「陽一さん、自由の女神は飽きたのですか」と功太が聞いた。 「もうだめなんだよ。いくらやったって疲れるだけで、うけないんだ」と陽一は答えた。 「あれで、身体を鍛えていたのじゃないのですか」 「あんなものでは、鍛錬なんてできないよ。腰が痛くなるだけだよ。でもね、最初は評価されたよ。豚の仮面もよかったし、ぶう、と、ぶひ、でけっこううけたから、これでいいのかと考えていたら、ちかごろは、もうさっぱりなんだ」 「陽一さんは、うけをねらってやっていたのですか」 「あたりまえじゃないか。ほかに、理由なんてあるはずがないよ。どうして、あんな恥ずかしい真似ができると思うの。いいよな、功太さんは。ほんとうにうらやましいよ」 「なにが、ですか。陽一さんのほうが、ずっとめぐまれていると思いますけれど」 「できれば、ぼくも、私生子としてうまれたかったよ」 「どうしたのですか。陽一さん。私生子という意味が、分かっているのですか」 功太は、おどろいて陽一にたずねた。 「お父さんが、だれだか不明なのでしょう。ロマンチックだし、そういう表現って目立つよね。東條家の四〇一番目なんて、なんの価値もないよ」 陽一は、残念そうにいった。 「そんなことは、ありません。陽一さんは、素晴らしいじゃないですか。家柄がよくて、お金持ちで、綺麗なお母さんと、お姉さんがいて。素敵な部屋に、住んでいるのでしょう」 「そんなもの、なんの自慢にもならないよ。功太さんは、いいよね。お父さんは、スカイツリーから自分で落ちて死んでくれたんでしょう。すごいよね。みんな、うらやましいと思っているんだよ。東條ホテルの二号館から、スカイツリーがみえるんだよ。一号館は流線型になっているけれど、ホテルは直方体だから、二〇階以上までのぼれば、みれるんだよ。あんなにたかいスカイツリーから飛びおりるなんて、どうやってお願いしたら、やってくれるのだろう。功太さんは、なにをしても、新聞が色々な記事をつくるよね。テレビでも、騒いでくれるのね。みんなが功太さんを、妬んでいるんだよ。あまりにも、めぐまれすぎているんだから」 「陽一さん。ぼくは、あなたがいっていることがさっぱり分かりません」 「だって、功太さん。あなたは、うまれついてのスターなんだよ。自分で工夫して、努力をする必要がまったくないんだ。だって、お母さんは知らない人にレイプされて、あなたをうんでくれたのでしょう。もう、そこから普通じゃないよ。そのうえ、虐待をうけて、お母さんも犠牲になってこまっているうちに、当のお父さんが東京スカイツリーから飛びおり自殺をするなんて。どこから考えても、普通の人ではないよ。功太さんは、うまれながらのスターで、なにもしなくたって目立つのだから。勉強なんか、やっても仕方がないよね」 「いっている意味が、分かりません。陽一さんは、そうした不幸な事件をもたなくて、幸せではないですか。ぼくの過去は、悲惨なだけですよ」 「功太さん。いいんだよ、ほんとうのことをいっても。うまれながらにもつものが、こんなに違うだなんて。功太さんを、家庭教師にしてはじめて分かった。知っていたら、えらぶべきではなかった」 「家庭教師にですか。陽一さん。ぼくは、あなたになにか失礼な話をしましたか」 「そうだよね。ぼくが、功太さんをタウンにつれこんだのも同然だから。この事件を、未然にふせげたのだから。まあ考えだすと、後悔にも似た感じがするのは、やむをえないところだよ」 「申しわけありません。陽一さんに、非難が集中しているわけですか。お姉さんとの事件は、すっかりスキャンダルになってしまったらしいのです。どうしていいのか、分からないのです。仁奈子さんは、さぞかし不愉快に考えられているでしょう。せっかく、声をかけてくれたのに、恩を仇でかえしたことになって、心苦しいのです」 「はっきりいって、それは功太さんのまったくの思い違いだね。姉さんは、利用したいと考えている。昨日、なにを話しあったのか分からないけれど、かなりいい感触をつかんだのだろうね。ひどく、ご機嫌だったよ。だってさ、ワイドショーでも実名入りで写真がでている。あの服は姉さんのいちばんのお気に入りだから、ぜひ撮影してもらいたかったのだろうね。すました表情は、やったという感じを必死にこらえていたと思うよ」 「お姉さんは、怒ってはいないのですか」 功太は、思わず聞きかえした。 「そんな理由が、どこにあるの。姉さんは、日刊東條の第一面にのって、社説でも名前があげられている。ぼくなんかだね」 「陽一さんが、どうかしたのですか」 「第一に功太さんは、ぼくの家庭教師に認証されたのだよ。その認証式でも、話題はあなたひとりに独占されていた。日刊東條でも一面には功太さんだけが写真つきでのっているのに、ぼくの名前は、すみにちょこっとかかれただけだよ。これは危ないと思ったよ。あとはよく知っての通りで、いっしょに取材をうけても話題は功太さんばかりで、懸命に女神像をひっぱるぼくは、まったく無視されている。こうなると、ほんとうに考えてしまうのだよな」 「ちかごろ元気がないと思って、ぼくもすこし心配していたのです」 「力なんて、でないよ。なにをやっても、話題は功太さんに独占されるのだから。のっぽの一円玉を、採用すべきだった。そうすれば、あのキャラは話題になっても知れている。ごく普通の家の育ちだから、こんなに騒がれなかったと思うよ。ぼくが、懸命にエミールの役をやってさ。のっぽといっしょに、たかい竹馬でもつくって、ならんで歩いてみおろせば、二メートル以上のたかさだから、勝てたかも知れない。そんなことを考えだすと、もうすべてが嫌になって。陽一を、やめたいと考えているんだ」 功太は、彼がなにを悩んでいるのか、はっきりとは分からなかった。人生に絶望し、リストカットでも、やるのではないかと心配をはじめた。 「陽一さん。ぼくはあなたの家庭教師ですから、どんな相談にものります。ぜひあまり思いつめないで、話してください」 「相談するって。どう、話せばいいの。しようがないよ。ぼくは、ごく普通のうまれで、私生子でもないし、どんなに頑張っても、お母さんはレイプされない。もっと悪いことには、いまさらされても手遅れなんだよ。考えても、ごらんよ。お父さんが東京スカイツリーから、今夜、もし自殺してくれても、おなじ境遇の者が五〇〇人もいるんだよ。もともと、オリジナリティーが希薄なんだ。そこへいくと、功太さんはすごいよね。お父さんは、虐待までしてくれたんだよね。そのうえに、お願いしたのでもないのに、勝手に自殺するのだから。血がつながっているとか、いないとかの問題ではないよね。そのうえ、お母さんは、陽一さんにはまったく似ていない美人なのでしょう。ラーメン太郎で働いているところを見初められて、四人の子供をうんで、クリスチャンの洗礼名まであるなんて、なにひとつとっても、戦う余地がないんだ」 どうも、陽一はかなりの鬱状態らしく、一度心療内科にでも受診したらどうかと功太は考えた。この場面では、頑張ろうなどというのは、好ましくないと思われた。彼は、「今度お母さんか、執事の政宗さんに相談してみたらいかがでしょう」とだけいった。 「なにを話しあっても、だめだ。陽一をやめたい。このキャラは、かんぜんに失敗している」と彼は大きな声をあげて嘆きはじめた。 適当な言葉が思いつかなかった功太は、 「すこし、考えてみますね。なにが問題なのかよく分からないけれど、ぼくが家庭教師をつづけるのが適切でないのなら、どう思ったらいいのでしょう。陽一さんを傷つけるつもりは、なかったのです。結果的に、そうなるなら、たいへん申しわけないです。なにができるのか、教えてくれるといいのですが。陽一さんも混乱しているようですから、おたがいに考えてみましょう」といった。時間にもなったし、自分がいるとさらに陽一には不満らしいと思い、部屋をでた。 功太が帰ろうと玄関にいくと、仁奈子が扉のところにやってきた。 「昨日は、せっかく食事に誘ってもらったのに、不愉快な事件になってたいへん申しわけなく思っています」と彼はいった。 「私は気にしないから、大丈夫です」と彼女は、自然な感じで答えた。 「陽一君。ちょっと調子が悪そうで、話していて心配ですが、なにか変化がありますか」と功太は仁奈子に聞いた。 「陽一のことは、自分で決めるので他人がとやかくいう問題ではないのです。あなたは家庭教師で、基本的には勉強を教えるのが仕事です。精神状態が、どうだとかいうのは範囲外です。ぜんぜん心配はいりません」と仁奈子は確信をもっていった。 功太が神妙な表情をしていると、今度は、 「つぎの日曜日、いっしょにドライブにいきませんか」といった。 「ええっ」と彼は絶句した。 今回、食事をともにしただけで、これだけの騒動が起こっている。さらに、ドライブに誘われるなんて、いったいどういう風の吹きまわしなのだろう。 「そんなことをやったら、たいへんな騒ぎになると思います。ぼくは、タウンにいられなくなります。それとも、追放したくて、おっしゃっているのですか」 「そんなはずが、あるわけないわ。嫌いな人を誘ったりするなんて、考えられないことよ。街で自動車にのるのは、かなりのステイタスよ。自転車ならともかく、車よ。街の周回路が、ほとんどだれもいない広々とした大通りなのは、まわったからよく知っているでしょう」と仁奈子はいった。 「騒ぎになりませんか。それは、のってはみたいですけれど、今日は朝からずっとおどろいているのです」 「騒ぎは、起こるでしょうね。でも、あなたがやめさせられる事態にはならないわ。なぜなら自動車は、東條家の家族の許可をえなければのれません。私が、一族なのはまぎれもない事実です。それが誘っているのですから、規則の範囲内です」 「また騒ぎになったら、どうしましょう。もうぼくは、騒動は嫌なのです」 「騒がれるのは有名人の宿命で、仕方がないのよ。あなたは有名なのだから、とうぜんの成り行きでしょう。普通の人は、いくら騒がれたいと思っても、かんたんにはスターになれないのよ。今回の提案は、合法なのよ。のるのはアメ車で、キャデラックのオープンカーよ。気象庁では、日曜は快晴だっていうわ。山の緑も、日にあたってきらきら光って、素敵よ。私といっしょに、優雅なドライブは、どう。それとも、嫌なの。だれか好きな人がいるの」 「まさか」と功太はいって溜め息をついた。 「ほんとうにスキャンダルは、大丈夫なのですか。日刊東條には、仁奈子さんの名前までかかれて心配していましたが、平気なのですか」 「この街は、田舎街だからゴシップが好きなだけよ。そんなに問題な行為なら、政宗から連絡があって中止になるに決まっているじゃない。あなたのところに、そうした電話がきたのですか」と仁奈子は逆に聞いた。 たしかに、新聞やテレビ、週刊誌などでは報道されていたが、直接にだれかから注意をうけたことはなかった。昨日の監視員も、「スキャンダルだ」とはいったが、だからこまるともいわなかった。本人の証言だから、仁奈子に実害は生じていないのだろうと功太は思った。 「どんな格好をしていったら、いいのですか」 「昨日の背広姿は、お似あいだったわよ」と仁奈子は笑みをたたえながらいった。 それで、駐輪場のちかくで、つぎの日曜日の午後一時ころに落ちあう約束になった。 「大丈夫なのだろうか」と彼はくりかえし考えたが、当事者である仁奈子が平気だというのだから、いいのだと思わざるをえなかった。 翌日、功太は、陽一をたずねた。彼がすっかりしょげ切っているので、「ちょっと静養したほうが、いいでしょうね。夜は、眠れるのですか」と聞いた。 「もうだめだ。功太さん。姉さんは、喜んでいたでしょう。話題の中心になりたいだけだから、すこしくらいは功太さんを好きなのかも知れないけれど、期待しないほうがいいよ。利用されているだけだからね」 功太は、自分に利用価値があるなら、そうしてもらってもかまわないと思った。 仁奈子の身長は一六〇はないが、女性としてはややたかいほうに属していた。功太は一七〇だったから、彼女がハイヒールをはけば、背のたかさはおなじになるだろう。きっと仁奈子は、もうすこし背丈のたかい男性が好みに違いないと思った。彼女は、かなりスマートで雰囲気も活かしていたから、そばにいるだけでも彼は気持ちがよかった。 陽一は、しばらく家庭教師を中止してもらいたいと話をした。最初に政宗から、勉強については、彼の意向にそうのが重要だといわれていた。やや不安だったが、また気がかわったらポケベルで知らせるという陽一の指示にしたがった。 仁奈子との約束の日曜日までには時間があったが、功太はとくにする仕事もなく、週刊東條や東條フライデーのひどい内容の記事を読みかえしていた。今度は、さらに問題になるのは間違いないだろうと思った。執事に相談しようとも考えたが、これだけ大々的に騒がれているのに、政宗が事態を知らないはずはなかった。陽一のぐあいが悪く、功太の仕事が中断されたのもつたわっているに違いなかった。政宗からは、定期的、あるいはとくべつなばあいには連絡しろという指示をまったくうけていなかった。功太は、成り行きにまかせることにした。 家にいるだけでは気が滅入るので、タウンにつくられた道路を徒歩で一周した。コンビニからもってきた握り飯をリュックにかついで湖まで歩き、東屋で食べた。この様子も、どこかで報道関係者がみているに違いないと思った。 さまざまな見出しの文章が、功太の頭に浮かんでは消えていた。今度は、なにをいわれるのか分からなかった。ここまで仕事は順調に推移していたが、陽一が急にぐあいが悪くなり、問題にされる可能性はあった。味方かどうかをふくめて、仁奈子をどう考えるべきかも分からなかった。管理棟のまえで河田とは毎日挨拶しても、とくべつな注意もうけなかった。PCR検査も滞りなく提出していたから、日常生活では問題はないだろうと思った。 そのとき、功太にシャッター音が聞こえた。東條フライデーの水沢記者が写真をとっているのに気がついた。彼女がどこからあらわれたのかは不明だったが、功太が気づいたのを知るとちかくによってきた。 「功太さんのお握りの趣味は、なんでしょうか」と水沢は聞いた。 彼女は、ととのった美人といってもいい顔立ちだった。しかし、取材もせずにだす記事は目茶苦茶で、思いついたことを羅列していた。功太が思わずむっとだまると、彼女はいった。 「功太さんは、私がお嫌いなのですか」 「水沢さんは、人権をどう考えているのですか」と功太は聞いた。 「私は、それを大切にしています。同時に、人には知る権利もあります。第一に、真実を追究しているのです。それに、私が色々と考えて、あなたの情報をながしたから、この街で有名になれたのです」 「それじゃ、水沢さんに感謝するべきだというのですか」 「べつにそうではありませんが、私が真実をかき、その結果、あなたは有名になったのです」 「だから、なんなのですか。あなたに、感謝しろというのですか」 「功太さんは、有名になるさまざまな背景をもっているのです。あなたが気づかれていないだけで。そのひとつひとつが、私のペンにより街の人が知ることになるのです」 「お仕事なのでしょうが、真実ってなんなのですか。この街の報道関係者は、勝手な想像をかく自由があるらしいですが、それがどうして事実になるのですか」 「真実とは、万人の興味をひくものなのです。私が、たとえ誤った記事をかいたとしても、事実にちかづいているのです」 「どういう意味でしょうか」 「つまり誤っていると分かれば、真実はそうでない場所にあるのでしょう。私がなにかを記述すれば、その記事について正誤が決められ、事実にちかづくのです」 「だから、なんでもかいていいということには、ならないでしょう。かかれるほうは傷つきますから、名誉毀損で告発もできるのではないのでしょうか」 「ぜひ、訴えてください。そうすれば、さらにさまざまな報道関係者が真実を追究し、裁判が起これば、多くの方が考える機会をえるのです」 「あなたと話していると、頭が痛くなってきます。どうかほうっておいてください」 「私は、真実を追究します」 功太は、水沢を無視して湖をながめた。そうこうするうちに、彼女はいなくなった。 ワイドショーでも、週刊東條や東條フライデーでも、完全奉仕者の功太が、東條家令嬢と食事をともにした、つまり「共食した」事実は甚大とかかれていた。しかし、仁奈子が彼にたいして恋愛感情をもっているとは思えなかった。 陽一がいう通り、彼女は話題性をねらっていただけではないか。レストランで仁奈子がくりかえし質問したのは、功太の実家での生活環境だった。ムードのでる話でもなく、好みの問題でもなかった。だから、車にのせてくれるのも、なにか魂胆がありそうだと思った。 色々と考えてみたが、自動車にのるともなれば、そもそも功太の免許は原付き二輪にかぎられ、運転はできなかった。仁奈子がするとは思えなかったから、運転手がいるはずだった。第三者が関与しなければ車にはのるだけで、運転はできないことに気がついた。 提案されたドライブが禁止事項に該当するなら、仁奈子がどう命令しても自動車はうごかないだろう。つまり許可される行為なのかどうかの判断は、第三者によって行われるに違いないと思った。 道を歩いていても、話題の中心だったから、会う人たちはさまざまな反応をした。好意的な感じで挨拶する人も、汚い者みる様子で、眉をそばめる住民もいた。真実はともかく、報道機関が一丸となって、功太のすること、なすことを明確に貶めていた。だから、同情的に考えてくれる者たちはかぎられていた。 そうこうするうちに、日曜日になった。仁奈子が話した通り駐輪場の道路にいくと、ピンク色のアメ車、キャデラックのオープンカーがきていた。彼女がいったのがほんとうだと分かって、じっと車をみていると、ぞくぞくと報道陣がつめかけてきた。 「今日は、ドライブデートとのことですが、いまの気持ちを教えてください」 日刊東條の記者が聞いた。だまっていると、さらに、 「功太さんが、陽一さまの家庭教師という立場を利用し、仁奈子さまと毎日会ううち、あってはならない恋愛関係がうまれたと考えてもいいのですか」 「おふたりの関係は、ずっと進展中と思って差しつかえないのですか」 などの質問が、飛び交いはじめた。そうしていると、週刊東條や東條フライデーの記者もあつまって、取材攻勢はきわまっていった。さまざまな角度から、写真がバチバチととられていた。青い一張羅の背広をきこんだ功太は、この状況をみて、もうドライブはやめて自宅に帰りたいと考えた。 「陽一さまがぐあいが悪くなったのも、功太さんが原因ですか」 「仁奈子さまをどうやって口説いて、ここまでこぎつけたのですか」 「こうしたことは、家庭教師になったときからねらっていたのですか」 「お母さんからの、指示があったのでしょうか」 功太には、答えられない質問がつづいた。つぎつぎに問いを発するがわとしては、とくべつに返事を期待しているわけでなかった。彼が肯定も否定もしなければ、都合のいいぐあいに解釈し、「やっぱりそうだったのですか」などといって、勝手にうなずいていた。あつまった報道関係者は、功太の周囲をとりまき騒然とした状況になった。 彼がほんとうに帰ろうかなと考えていると、素敵な香水の匂いをただよわせながら仁奈子があらわれた。今日の彼女は、肩まであるながい黒髪に小さなベルベットの赤いベレー帽をかぶり、赤色の紐がつけられ顎のところでむすばれていた。銀色のラメがちりばめられた赤のベニチアンマスクは、日の光をうけてぴかぴかと輝いていた。赤地の洒落たスーツをきて、あわい緑のスカーフをしていた。口につけるマスクも、赤色のお洒落のものだった。 仁奈子は、報道陣がとりまくなかで運転手にちかづき、なにかを話した。ドライバーは外にでてきて、お辞儀をして右の後部座席がわのドアをひらき、彼女がすわるとしめた。 「功太さん、こっちにいらっしゃい」と仁奈子がいうと、運転手が運転席がわの後部座席の扉をあけ功太の同乗をうながした。彼は、必然的に彼女のとなりにすわった。 天気は晴れだったので、幌はたたまれていた。はげしいシャッター音がひびくなかで、車はのろのろとうごきだした。テレビカメラを肩にかついだ男が一部始終を映し、週間東條の女性記者が気狂いになって、功太の名前を叫ぶのが聞こえた。マイクを右手にもったTHKの前川アナウンサーは、興奮状態で中継をしていた。周囲は人だかりになり、あたりは騒然とした。 やがて車は走りだし、追いかけて写真をとる者はいたが、どんどんスピードをあげていった。五月の快晴の日だった。気持ちのいい爽快な気流が、功太の頬をうった。仁奈子の緑のスカーフが風になびいていた。一直線の道になり、車はかなりのスピードで走っていた。 「オープンカーに、はじめてのりましたが、すごく気持ちのいいものですね」と思わず功太はいった。 「きてよかったでしょう。これからが最高よ」 「仁奈子さん、今日は素敵です。もう最高です」 「功太さん。あなたがひとりでは、絶対に味わえない演出があるのよ。期待してもいいわ」 仁奈子は、功太をみつめていった。 そのときだった。後方からナナハンのバイクが追いかけてきた。運転する者のほかに、後部座席にもうひとりの男がカメラをもってのっていた。ふたりは、猛烈な速度でせまってきて、ピューピューと口笛をふき鳴らした。 功太が振りかえると、並走するナナハンのバイクとはべつの一台がやや後方にいて、やはり男性のふたり組が座席にのっていた。その後部座席をしめた男は、肩にテレビカメラをかついでいた。どうやら、パパラッチが仁奈子と功太がならんですわる写真をとろうとするところを、さらに彼らは動画配信するつもりなのだろう。 カメラをもった男がのるナナハンは、オープンカーの横を並走しながら、ふたりの姿の撮影をはじめた。連射式のシャッター音が、功太にも聞こえた。 「きゃー」と仁奈子は、黄色い声で絶叫した。天を仰ぎ両手を空にかかげ、「オー・ノー」と甲高い叫び声をつづけた。 多分、後方を走るナナハンのテレビカメラの映像では、仁奈子とパパラッチの位置関係が分かり、さらに叫声も録音されているのではないか。 「山岡。もっとスピードをだして、振り切るのよ」 赤色の帽子が風で飛ばされるのを押さえながら、彼女は絶叫した。 山岡運転手はスピードをあげたが、並走するナナハンは離れず、猛烈な勢いで車のまえを横切り、後方の男は上半身をよじってカメラをむけ、正面から仁奈子と功太がならんですわる写真をとった。この様子も、さらに後ろを走るべつのバイクがテレビカメラをまわしていた。 「きゃー、なによ。あなたたち、違反行為よ。プライバシーの侵害よ。どきなさい」 仁奈子は、甲高い声で絶叫をくりかえした。 「山岡。振り切りなさい」 仁奈子が叫んだが、ナナハンは車の前方で蛇行運転をはじめ、ぬくのは困難だった。この状況をまえに、山岡はスピードを落とさざるをえなかった。そうこうすると、トンネルがみえてきた。 功太は、以前自転車できたことがあったので、隧道がかなりながいのは知っていた。なかを走れなかったが、トンネル内は真っ暗でとくにあかりもついていなかった。走る車がいないのだから、とうぜんだろうと思ったが、もしかすると照明は感知式で、入ると自然にあかるくなるのかも知れなかった。 ところがオープンカーがのり入れても、トンネル内は真っ暗だった。内部は二車線の道路で、決して狭くはなかったが、やはりかぎられたスペースで、そのうえ、パパラッチの追跡は執拗だった。 闇が支配する領域で、光は車とナナハンのライトだけだった。さらに後方のバイクの光源によって、前方が照らしだされる怪奇な状況になった。三台の車が発する、エンジンの大騒音が耳に轟いていた。闇のなかは、三つの交錯するライトの光と、はげしい機械音がひびきわたる、異様な世界をつくっていた。 山岡は、後部座席でカメラをかかえた男が接近してきたのにたいして、大きな警笛をくりかえし鳴らした。 そのときだった。 前方を走りながらオープンカーのふたりを撮影していたナナハンが、ゆるやかに右にまがるトンネルの右がわの壁に接触した。バイクは横倒しとなり、カメラをもっていた男はほうりだされた。 「きゃー」。「オーノー」という仁奈子のものすごい絶叫が、トンネルの壁にあたって木霊し、ひびきわたった。 「山岡。走りぬけなさい」 仁奈子が叫んだ。 ほうりだされた男は、オープンカーのすぐ脇をすりぬけていった。間一髪のところで、山岡はひかないですんだかに思えた。しかし、事実は不明だった。彼が、ひどく興奮しているのが分かった。ナナハンがいなくなると、真っ暗なトンネル内を猛烈なスピードで走りぬけた。やがて、トンネルの出口がみえてきても、車は全速で走っていた。隧道をぬけると、もうナナハンは追ってこなかった。 山岡は車をとめ、頭を押さえた。 「ひいたのだろうか。分からないが、どちらにしても、死んだのだろうか」と山岡は呟くようにいった。 「事故だった。可能なかぎり、よけたのだ。ひかなかったはずだ。ひき殺したら、ものすごい衝撃があったろう」 山岡は、ふたたび独りごちた。 「あなたは、ひいてはいないわよ。ナナハンが、勝手に壁に衝突したのよ。あの状態では、パパラッチたちは、どちらも大怪我をしたでしょうね」と仁奈子がいった。 凄絶な光景が、功太の頭にやきついていた。 「山岡。帰りましょう」と仁奈子がいうと、彼は、のろのろと車をうごかしはじめた。 もう、パパラッチは追ってこなかった。 車はタウンを一周して、発車した駐輪場にもどってきた。そこには報道陣がつめかけ、またテレビカメラがふたりを映し、THKの前川アナウンサーが実況を生中継していた。 無言で、功太は仁奈子をみた。 「功太さん。ここで下車してください」と彼女がいった。 功太がおりると、車は走りさっていった。 彼は、ひとり、駐輪所にのこされた。 実情は、ひどく違っていた。ひとりおろされた功太は、報道陣の真っ只中にのこされたのだった。周囲には、手に手にカメラをもったマスコミが、幾重にもなって待ちかまえていた。 「いま、功太さんが到着しました。とくに情報では、手をにぎったとか、あらぬ場所に触れたとかという話はつたえられておりません。功太さん。ドライブはいかがでしたか」 前川アナウンサーが聞いた。 「本日は、快晴のなか、ピンク色のキャデラックのオープンカーにのった功太さんは、東條家の由紀さまご令嬢、仁奈子さまと車中デートを楽しんできたところです。途中で、パパラッチに襲われたという情報があります。功太さん。ほんとうでしょうか。タウンのみなさまが注目しています。ご感想のひとつでも、述べてください」 前川アナウンサーは、マイクを功太のまえにつきだした。 だまっていた彼は、前川を無視して歩きはじめた。 「どこに、いくつもりですか。功太さん。ひと言、感想を述べてください。東條家の令嬢と、完全奉仕者の功太さんが、キャデラックのオープンカーでデートをしたのです。このスキャンダルについて、当事者としてなにかお話があってしかるべきと考えます。三級民の功太さん。ひと言ください。功太さん」 前川は必死に叫んだが、功太はなにもいわずにとりまく報道陣を割ってすすもうとした。 「功太さん。待ってください。いま、速報が入りました。二組のパパラッチが、あなたが同乗するオープンカーを追跡していました。二台とのことですが、どうやら一台のナナハンは、トンネル内でたいへんな事故を起こした模様です。のっていたふたり組は、東條総合病院に救急搬送された、という第一報がとどきました。功太さん。これは、ほんとうでしょうか。人の命が、かかっているのです。正しいのか違うのか、功太さんは当事者として答える義務があります」 前川アナウンサーは、絶叫しながらマイクを功太にむけた。 しかし、彼はだまっていた。頭のなかが真っ白だった。あのナナハンを運転していたふたりは、死んだかも知れないと思った。無言をつらぬく功太にたいし、 「功太氏の答えは、えられません。どうやら、パパラッチのひとりは重態という知らせが入ってまいりました。ついに、このスキャンダルは、複数の怪我人、もしかすると、情報からは大事故が起こり、命の危険にさらされる者まででたことになります。功太さん。あなたには、責任があります。なにか、ひと言お願いします」 マイクが功太のまえに、ふたたびつきだされた。彼は、きびしい表情で沈黙していた。 「功太氏の答えは、えられません。たいへんな事態に、この事件は展開してきました。完全奉仕者の功太さんの感想は、ごらんの通り、ひと言もえることができませんでした。ここまで、THKの前川が担当してまいりました」と彼はいって功太からさっていった。 テレビ関係者は、失望の声をあげた。 テレビが終わると、日刊東條、週刊東條、東條フライデーの記者たちがスクラムをくみ、功太の進行をはばみながら口々に叫んだ。 「東條家の仁奈子嬢の手を、にぎったのですか」 「三級民に、こうした行為が許されると考えていますか」 「パパラッチは、死んだかも知れないのです。この事件の責任を、どう考えますか」 「奉仕するべき三級民が、人を殺すのに関与したのです。どうやって、いい逃れをするつもりですか 「事故にたいして責任が、あるはずです」 「功太、あなたは、どこからみても完全奉仕者です。それが一級民と臨席し、交通事故まで起こして平気なのですか」 「この種のスキャンダルは、功太がはじめてなのです」 「仁奈子さまが、責任を感じて自殺したときには、どう対応するのですか。罰をうける、つもりなのですか」 もう、わけの分からない質問が嵐のごとく渦巻いていた。 功太は、一刻もはやく自分の部屋に帰ろうとしか考えられなかった。道がふさがれているので、分け入ろうとしても容易ではなかった。いっぽう、報道陣のスクラムも堅固で、かんたんにはとけそうもなかった。そのとき、監視官がやってきた。 「ひどい密です。そこはかんぜんに密状態です。みなさん、このままの状態をたもとうとするなら、保健省に連絡し、あなたがたをひとりずつ隔離します。感染が疑われなくなる二週間程度、すえおくことになります。いいのですか」と声をあらげた。 さらに警笛音が鳴りひびいたので、あたりは騒然となった。 監視員は三人があつまってきて、報道陣にたいして力ずくで対抗をはじめていた。数名の市民課の係員が自転車にのってやってくるのをみると、マスコミも、ちりぢりになって逃げだした。功太も走って自分の宿舎にむかったが、そのまえには報道陣が待機していた。 管理人の河田がでてきて、マスコミに後ろにひくよう説得をはじめた。ここでも、警笛が鳴らされ騒然となったが、なんとか彼は宿舎に帰るのに成功した。 自室にもどると、功太は一挙に疲れがでてソファーに横たわった。いったいなにがどうなっているのか、かいもく分からなかった。オープンカーにはのった気がするが、あまりに異様な出来事がつづいたので感慨にふける状況ではなかった。ナナハンのふたりが事故にあい、大怪我を負ったのはあきらかだった。山岡が自分でいった通り、パパラッチをひいてはいないのだろうが、明確な事実は分からなかった。重傷なのは、間違いないだろう。もしかしたら、どちらかは死んだかも知れなかった。たいへんな事態だと思い、どうしていいのか、なにも分からなかった。 汗だくになった背広をぬぎ、下着もかえ、寝間着に着替えた功太は、ふと気がつくとソファーで眠っていた。時間は、午後の六時で、帰宅したのが三時すぎだったので、二時間以上は寝ていた。ひどく疲れていたのは間違いがなく、オープンカーにのりパパラッチに遭遇し、さらに恐ろしい事故が発生し、報道陣に圧力をかけられた。今日はすさまじい日だった、としみじみと思った。 戸外はまだあかるかったが、もう一度でかけて食事をとる元気はなかった。功太は、カップ麺と買いおきしていた煎餅で夕食のかわりにした。ベランダから外をみおろすと、日はくれかかっているにもかかわらず、報道関係者らしき者がカメラを肩にかけて、玄関の周辺で待機しているのが分かった。いまは静かな夕暮れ時で、風も爽やかだったが、功太の心は穏やかではなかった。 テレビをつけてみると、THKでは特別番組を放映していた。もちろん、話題は功太と仁奈子嬢の話で、識者がでてきて、何事にも規制が必要で、不必要に自由であることの弊害を説いていた。くりかえし、彼と仁奈子が、ピンクのキャデラックのオープンカーにのっている様子が映しだされた。事故の動画も、はっきりとながれていた。後方でテレビカメラをかかえていたパパラッチから回収されたのだろう。駐輪場にもどってきた車から功太がおりて、報道陣と一般市民を巻きこんだ大騒動になった映像もながれていた。 この三つの動画が、交互にテレビではながされて、ひとつずつに識者がコメントを発していた。 テレビ放送では、功太が報道陣にとりまかれる映像はみたが、仁奈子が単独でいる画面はなかった。彼女は、問題なく帰宅できたのだろうと思われた。 仁奈子に電話をしたかったが、どうしても必要なら連絡があるはずだから、こちらからはかけないほうがいいのだろうと考えた。明日の朝刊は、どんな見出しがのっているのかと想像するだけで、頭が痛くなってきた。いずれにしても、どこかで食料品を買いこんで籠城する必要があるだろうと思った。いまは玄関に取材班が常駐しているから、彼らともう一度やりあおうという気にはなれなかった。 四、イミテーション・シティー 功太は、翌朝起きるとすぐに玄関扉の下に差しこまれた日刊東條をみた。案の定、また第一面に彼の記事がのっていた。 「大胆不敵、功太氏。衆人環視のなかで東條家令嬢に接近」 「追跡のパパラッチ重態」 数段ぶちぬきの、大活字の見出しがついた記事があった。 何度、自分がこの新聞の一面を飾ってきたかを考えると、朝から頭痛がした。社説でも、三面でも功太に関する記事がとりあげられていた。ピンクのオープンカーにのるふたりの写真が掲載され、パパラッチのナナハンが横転する決定的ともいえる画像があった。 週刊東條や東條フライデーの広告も、いままで通りの過激さで彼のスキャンダルをかき立てていた。 「下層市民、功太の野望。どこまで」 「功太。とうとう一般市民を巻きぞえ。パパラッチ重態」 「三級下層市民、功太。パパラッチの死をのりこえ、令嬢獲得へ」 「功太。東條家令嬢を洗脳」 「仁奈子さま。ご一家の苦悩、家族会議の真相」 「私生子、功太。ついに令嬢に求愛か」 「スキャンダラス功太。つぎに待つのは、スカイツリーか」 かきたい放題で、さらにふたりがオープンカーで疾走する写真の一部が掲載されていた。そこでは、仁奈子の緑のスカーフがつよい風をうけてなびき、功太の頭髪も波だっていた。横転して重態といわれる、パパラッチから回収した写真だった。 仕方なく朝のTHKをみてみると、ちょうど仁奈子が命令をだして功太をよび、ドライバーが後部ドアをあけて彼をみちびき入れている映像が、くりかえし映しだされていた。 関係者として、今度は運転手の山岡までもが写真入りで記事になっていた。またカメラをもち重態とされるパパラッチと、重傷を負ったドライバーの顔写真まで紹介されていた。 いっぽう赤色のベニチアンマスクをつけた仁奈子は、映像でははっきりと捕らえられていた。しかし、報道規制があるのか氏名はふせられ、「東條家令嬢」としか、かかれていなかった。やはりこのへんが、THKの格のたかいところだろうと功太は思った。トンネル内での事故発生時の動画も、くりかえし映しだされた。山岡が事情聴取をうけ、ひかなかったと証言したことや、車には血痕が付着しているなど、報道の範囲はひろがりつつあった。 東條フライデーなら、なんとかき立てるつもりなのか、見当もつかなかった。 日刊東條をよく読むと三面のすみに、この事件を苦に、陽一が精神科に入院したという記載されていた。あきらかに幾分か精神的にダメージをうけてみえたが、功太と仁奈子が接触したのとはべつの問題なのは、陽一自身が証言していた。精神科へ入院したのなら、家庭教師としての彼の責任はどうなるのだろうか。これは一大事ではないのか。政宗に連絡し、なんらかの情報を共有しないと全部が自分のせいにされかねないと、功太は心配になりはじめた。仁奈子が利用しているというのは陽一の指摘だったが、なんのために、スキャンダルを起こしたのかも分からなかった。 今回のパパラッチは、事故だったのだろう。その直前に仁奈子が「演出がある」と話したのは、なにをさしていたのだろう。襲われるのを、彼女は事前に知っていたのだろうか。 すべてが、謎だらけだった。功太は、自分がおかれた立場がどう評価されるのか、まったく不明だった。 ポケベルが鳴って、電話番号が指示された。あきらかに相手は政宗ではなく、仁奈子の自宅だった。もしかしたら、由紀が連絡してきたのだろうか。 功太は、すこしとまどい、ポケベルに表示された番号に電話をかけた。しばらく発信音がくりかえされ、電話口にでてきたのは仁奈子だった。 「功太です。ポケベルに番号が表示されたので、お電話しました」と彼はいった。 「私が、連絡したのよ。昨日は、どうだった」といつもとかわらない仁奈子の声が聞こえてきた。 「どうって、たいへんでしたよ。おどろきっぱなしで、仁奈子さんもテレビをごらんになったでしょう。どこも、この話題でもち切りですよ。日刊東條には、仁奈子さんの顔写真までのっています」 「楽しかったわね。もしかしたら、心配しているの」 「もちろんですよ」 「心配するなんて、馬鹿ばかしいわよ。あなたは常連だから、動揺なんてしていないのでしょう」 「飛んでもありません。もうどこにいっても、あれだけ顔写真が新聞の一面にのったら、この街のすべての人に私の顔は知られているのですから、露骨に嫌な表情をされ、睨まれるのもしょっちゅうです。とくに今回は、仁奈子さまを誘惑したとの報道ですから、ひどいスキャンダルまみれです。あのパパラッチは、重態という話ですが、大丈夫なんでしょうか」 「どれもこれも、心配なんてひとつもないわよ。大丈夫よ。あなたは街にきてからずっと有名人で、騒がれるのはいつものことじゃない。心配したって、はじまらないわ。いままでだって、報道機関があなたを好意的にあつかったことなんて一度もなかったでしょう。今回もおなじスキャンダルで、この街の人は暇をもてあましているだけなのよ」 仁奈子の発言は、功太の現況をまったく理解しないだけでなく、事態を悪化させて起きながら、すべてを彼のキャラクターのせいにしていた。 「仁奈子さんは、報道陣に追っかけられなかったのですか。こまらないで、無事に帰れたのですか」 「もちろん、なにもなかったわ。マスコミは、ちかくにずっといて、いろんな角度で写真はとられたから、きっと東條フライデーでは何枚かのるとは思うわ。帰宅をさまたげられるなんて起こらなかったわ。私はただ、あなたとドライブしただけですもの」 「それは、よかったですね。心配して、夜に連絡をしようかとも考えたくらいでした。ぼくのほうはたいへんで、テレビでもごらんになったでしょうが、報道陣にとりまかれて怖いほどでした。数の暴力とか、無言の圧力というのでしょうか。思いついたことを叫んで、人の心を傷つけようとするのですから、たまったものではありません。食事をとりたくても、外にもでれない状況なのです。朝になっても玄関に報道関係者がまだいますから、きっと一晩中、寝ずに待ちかまえていたのだろうと思います」 「功太さんは、もともとが有名人だから仕方がないわよ。それが、セレブの宿命なのよ。でも、いい話もあるのよ」と仁奈子はいった。 「報道規制がとかれるのが、決まったのですか」 「それはないわよ。あなたのキャラは、この街の人たちが弄くるのにちょうどいいのよ。ここには、娯楽がないのよ。弄られキャラとしては、最高っていうことね。だから、直接的な危害はくわえられないから、心配しなくていいのよ。あなたは、大物なのでしょう。こんなつまらないことに、いちいち目くじらを立てるなんて、普通の人みたいよ」 「仁奈子さんはそうおっしゃいますが、私本人としては、もう耐えがたいですよ。ひどい個人攻撃で、中傷記事だらけです。私個人のプライバシーは、ひとつだってまもられていないのですから。母や父の話までされ、かんぜんに人権を侵害されています。それに現状では、外にでて買いものすらできないのです。こうした事態を、どこかに相談して、まもってもらうことは可能でしょうか」 「籠城するのよ。こうなったら、報道陣と根比べね。これもそうとうに話題性があるけれど、そのうちにみんな飽きてくるから、もうちょっとの辛抱よ。それでね、つたえたかったのは陽一のことですけれど、新聞の記事を読みましたか」 「はい。それも、どうしたらいいかと思っていたのです。入院したのも、私が原因だとかいてありました」 「そうなのよ。それでね、今週一週間は家庭教師の仕事は休みだから、家にきても仕方がないわ。その連絡をしたかったのよ。陽一がいないのに私の家にきて、ふたり切りになったら、最終的ともいえるスキャンダルだわ」 「ちょっと待ってください。陽一さんが入院して、今週の仕事がないのは分かりました。でもですね。それが、どうして私のせいなんですか」 「陽一のばあいは、たしかにあなたひとりが原因でもないわね。でも、キャラ負けしたって、本人がひどく悩んでいたのはほんとうよ。だから、まったくあなたと関係がないともいえないのよ。でもね、入院すれば大丈夫だから。一週間後には退院して、元気になっているから、こちらも心配なんかいらないわ」 「そうですか。それなら一週間、待ってみますが、私が家庭教師に不適格で首にはならないのでしょうか」 「あなたが仕事をしっかりやったのは、陽一もみとめていたでしょう。それも、悩みのひとつでもあったのよ。はっきりいって、かんぜんなとりこし苦労ね」 「分かりました。それでは一週間、なんとか報道陣と戦い、食料を買いこんでここで籠城します。でも、ひとつうかがいたいのですが」 そう、功太はいってだまった。 「なんなの」 仁奈子は聞いた。 「仁奈子さんが、なんで私を誘ったのかが分からないのです。最初にレストランにいこうといったのは、あなたですよ。今度は車にのろうと、いいましたよね。私はいっしょに食事をするのが、こんなにひどいスキャンダルだと知っていたら、断りました。今回だって自動車にのれるのはステイタスだから、といわれました。しかし、それどころか、ものすごいスキャンダルですよ。仁奈子さんは、どういうつもりで私を誘い、困難な状況にひき入れているのでしょうか。喜んではいないと思いたいです。すくなくとも、悲しんでもいないのは事実です。理由を教えていただきたいのですよ」 「私は、あなたに好意をもっているのよ。迷惑なの」 「いま、あなたから好意をもっていると聞いても信じられません。こうして個人攻撃をうけている事態にたいする理解というか。私の立場についていっしょに考えてくれるとか。そうした感情は、ないと思うのです。好意って、そういうものなのでしょうか」 「あなたのいうのも分かるのよ。私にも立場があって、自分でまもらねばならないのよ。それに精いっぱいで、あなたにまで配慮できる猶予はないのよ。でも好意はあるから、すこしほとぼりが冷めたら、またデートをしたいと考えているのよ」 仁奈子は勝手なことをいうと、功太は感じた。彼女が好感をもってくれているのは嬉しいが、すくなくとも興味にちかい。さらに考えさせられるのは、功太のキャラを弄くっている中心は仁奈子ではないのか。 「私は、二度と仁奈子さんとデートをする気はありません。もう、かんぜんにコリゴリです。こんなスキャンダルを、私は喜んでいるわけではないのです。有名人など、希望していません。セレブになる材料にも、不充分だとよく知っています。これ以上、私を弄ぶのは、悪趣味といってもいいくらいです」 功太は、かなりしっかりとした口調で話した。 「まあ、そんな」 仁奈子は絶句した。 「そんなつもりじゃないのよ。私は、あなたが好きなのよ。これ以上は、いわせないで。だって、この電話は盗聴されているのよ。いま、あなたと話しているのは、すべてTHKに公開放送されているのと同然なのよ。こうした状況で私がいえるのがかぎられるくらい、分かってもらいたいわ。悲しくて、涙がでそう」 「盗聴されている」 その言葉に、功太はおどろいた。たしかに、ありうると思った。考えてみると、もともとこの部屋には監視カメラがついていた。功太がみても分からないが、性能のいいものが、かなり手のこんだ形で埋めこまれているのだろう。河田管理人が、カメラについては最初に話していた記憶があった。がんらいは部屋をでたあとで、空き巣が入るのや、清掃人が功太の私物をもちだすのをふせぐためといった気がするが、監視カメラがついているのは理由がどうであれ事実なのだ。だから、いまだって、だれかがみている可能性は充分あるのだ。そもそもが、監視カメラが常時作動していないなんて、どうして考えたのだろうか。カメラがつき、モニター画面をみる管理人が二四時間態勢でいるのは間違いのないことだ。はっきり、河田はいっていた。それが功太が室内にいるときはみないという保証が、いったいどこにあるのだろうか。 「聞いているの」 仁奈子がまたいった。 「聞いています。たしかに、盗聴されているかも知れません。今回のパパラッチの件ですが、心配しなくてもいい理由を教えてください。事情をご存じなら、手紙でも、だれかにもたせるなり、速達でだすなりして欲しいです。私は、事故について考えはじめると、眠れないほどです。仁奈子さんが大丈夫という意味が、ぜんぜん分からないのです。この件は、どうかお願いします。陽一さんの話で一週間、外出する理由もなくなりましたから、部屋にこもってよく状況をみます。退院したら、ポケベルで知らせてください。でも、さっきの話は分かってくれましたか」 「まあ、役者ね。いいわ、分かりました。なんとかするわ。あなたも頑張ってね」 仁奈子は、そういって電話を切った。 陽一がいないときに、部屋で彼女とふたり切りなら、そこにも監視カメラはついているのだろう。とても、いい逃れできない気がした。そもそもが、仁奈子がかんぜんな味方とはいえないから、なにを訴えだすかも不明だった。いくら悲しんでみせても、功太の心のなかでは彼女にたいするはげしい不信感が渦巻いていた。この状況に追いこんでいるのは、あきらかに仁奈子で、陽一はそうした恐れを警告してくれていた。いまとなっては、彼だけが味方ともいってもよく、入院したというのは、なにかの関係があるのだろう。いずれにしても一週間、待たねばならない。 昼になってベランダから玄関付近をみおろすと、報道陣が功太の部屋をみあげているのと目があった。顔馴染みの東條フライデーの水沢記者で、目茶苦茶な思いつくままの記事をかく女性だった。 外出すれば報道陣に追いかけられ、ひょっとすると、とりまかれる事態も考えるべき状況といえた。いかにしても、功太は顔を知られているのだ。 「仮装したらどうか」と思ったときに、自分の面が割れているのに気がついた。 もし仁奈子だったら、赤色のベニチアンマスクさえはずせば、匿名化されてしまうのだ。そこまで考えると、功太は非常に不利な立場にいるのが分かった。陽一だって豚の仮面をはずし、自由の女神像をひきずっていなければ、だれとも断定できないのだ。つまり功太が、こうして報道陣の餌食になるのは、はっきりと顔をさらして、いい逃れのできない自分がいるのだということに気がついた。 ここまで正体を不用意に明確にしているのは、考えはじめると怖いくらいで、もうどんな手段を用いても、マスコミの目を逃れるのは不可能な事態だった。 そうはいっても、なんとしても食料を調達する必要があった。だれかに頼むといっても、知りあいは政宗くらいしかいない。いくらなんでも、東條家の執事に食料の調達を依頼するのは、さらにひどい記事がかかれる材料をあたえているのとおなじだった。 深夜、功太は、日焼け防止用のひろいつばのついた茶色い布製の帽子をふかくかぶり、濃茶のサングラスをかけて、茶色の大きめのマスクをして、袖がながく、足下も裾ちかくまである同系色のレインコートの襟を立てて身をつつみ、フードで頭も覆ってみた。露出部分が、ほとんどない格好になった。それで、リュックを背負って外に飛びだし、一路コンビニ店を目指した。 五月の下旬だったから、夜だといっても寒くはなかった。雨もふっていなかったから、不自然な服装で、かえって目につくのはあきらかだった。いつもとおなじ姿で外にでるのは、自分の気持ちに変化がないと表現するのと同義だから、こうした奇妙な格好をすれば、いささかでも人目をしのぎたいという意思表示になるだろうと、功太は思った。 だれがみても、こんな風采で街を歩くのは功太以外には考えられなかった。とうぜんの成り行きとして報道陣に、追いかけられることになった。 コンビニ店に入ると、まず米をとり、それから手あたりしだいに食べられそうなものをリュックにつめこんだ。店は二四時間営業で、すべては無料だからレジもないし、なにをもっていっても盗んだことにはならなかった。つめこむと、報道陣が扉のまえでカメラをむけて身かまえているのが分かった。 功太は、リュックを背負ってコンビニをでた。フラッシュが閃光となって周囲をあかるく輝かせた。ひさしのついた茶色の帽子をふかくかぶり、濃茶のサングラスをかけて、おなじ茶系の大きなマスクもしていた。顔の露出部がまったくない状態で、匿名状態とはいかないまでも、功太とは断定しがたい人物になっていた。さらに、袖と裾まであるあわい茶色のレインコートをきて、フードを頭にかぶっているのだ。 東條フライデーの水沢記者が聞いた。 「功太さん。こんなおそくになにをしているのですか」 「食料を調達して、籠城するつもりですか」 「功太さん。フードをはずして帽子もとって、いつも通りにしてください」 「この晴れた日に、レインコートは、やりすぎでしょう」 「功太さん。それで変装したと思っているのですか。どこからみたって、功太さんしか考えられないですよ」 報道関係者は、身につけたものを、どうにかひとつでもはずしてもらい、功太であるのを確認したいと思っていた。彼らは懸命に声をかけたが、彼は無視をして早足で歩きはじめた。身長も体型も功太以外に考えられなかったが、レインコートが頭部をふくめて全身を覆っているために、功太と断定することはできなかった。 この格好の写真は無数といっていいほどとられたが、そのまま雑誌に掲載されても、本人なのかどうかの判断は読者にまかされる状態だった。だから、そばによってくる記者たちは録音機をもって、なんとか話をさせ、声で識別しようとしていた。 功太は、無言で歩きつづけた。どう考えても、ほかの人物ではありえないが、だからといって絶対そうだとは報道陣もいえなくてこまっていた。のこる手段は、功太を宿舎のまえで阻止することだった。彼が独りで住んでいるのではないので、もしもまったくべつな人物だったら、ただの迷惑行為になる。 報道陣も決め手にかけて困惑した。フラッシュをたき、顔をのぞこうとしてもすべてが覆われるために、決定的な判定ができなくなっていた。 この状態で功太は、宿舎に帰り部屋にもどると、汗びっしょりだったが、作戦は成功し、食料を調達できた。ドアノブに「清掃不要」の札をかけて、一週間、立てこもるつもりになっていた。 「目だちたがり功太。深夜の食料調達」 「功太。腹が減っては求愛もできず」 「私生子こうた。コートにまぎれる」 「知らん顔、功太くさん」 「茶色のコートさん。本人だけがかくれたつもり」 「茶色の功太。コウタイ希望か」 フラッシュをたいて撮影した彼の姿が映った写真をのせた見出しがつくられていた。ただ全身が茶系の色だったので、なんといっても顔が識別できず、ほんとうに功太なのかどうかは決定打にかけていた。 東條フライデーが、夕方になって、部屋にも差しこまれた。一面の全部をつかって、功太の全身写真がのっていた。真っ暗な深夜にもかかわらず、コートで身をつつまれ、同系色のひさしがついた帽子をふかくかぶり、濃茶のサングラスをかけていた。さらに薄茶色の大きなマスクをした画像は、どこも茶色いだけの人で、彼はかんぜんに匿名化されていた。 東條フライデーの一面にカラーで印刷されたこの全身写真は、真っ暗な闇のなかで茶色の姿の人物が写っているだけだったが、フラッシュがたかれて、茶のコートが輝いてひどく魅力的にみえた。 そうこうすると、日刊東條の社説でも、幾分か論調がかわってきた。つまり、レストランでいっしょに食事をしたことはともかく、オープンカーにのるには、はっきりとした規則があり、仮に功太が願っても、仁奈子本人の許可がなければ同乗できないというとうぜんの事実が脚光をあびはじめた。読者の声の欄でも、彼がいっぽう的に東條家の令嬢にせまっているのではない。という同情論が投稿されはじめた。 すくなくともオープンカーの同乗事件や、パパラッチによる襲撃事件に関しては、功太主導と断定するのは難しいという、ごく自然な発想が語られだした。 そうなると、なぜ仁奈子が功太の同乗を許可したのかという問題にかわった。彼女の解しがたい行為が、なにを意味するのかという議論に主題が変化しつつあった。 日刊東條の社説では、東条家令嬢の社会的地位について詳述されていた。 それによれば、仁奈子の行動は解しがたいとかかれていた。 東條家子息が婚姻関係をむすぶには、腹違いの姉妹では法律上許可されない。したがって、主として二級民の女性と結婚している。例としては非常にすくないが、三級民から妻をめとることも可能だった。こうしたばあい相手の女性からみれば、東條家一族にくみこまれるから「上昇婚」だった。 いっぽう東條家令嬢も、やはり一級民は腹違いの兄弟になるので、婚姻関係をむすべなかった。二級民と結婚し、東條家の血筋ではありながら夫の階層として暮らさねばならない。このばあいは、「下降婚」になる。もし三級民と結婚すれば、東條家と血はつながっていても、基本的には夫のがわにくみこまれる。 もしも仁奈子が、功太と婚姻関係をむすぶなら、完全奉仕者の亭主をもつ下層三級民になる。しかし東條家としては、彼女をみすてることもできないだろう。そうなると、功太は「名誉者」階級に格上げされるかも知れない。仁奈子たちは、法王の東條正規から、なんらかの約束をえている可能性も否定できない。そうでなければ、彼女は、破局的な状況がおとずれるに違いない。 こうして制度をやぶることが許されるなら、東条タウンの秩序は今後がどうなるのか。それで、いいのかどうかという論議が、えんえんと記載されていた。 火曜日の夜のTHKでは、事故を起こして重態だった「パパラッチが死亡」という速報がながれた。亡くなったのはカメラをもって写真をとった男ではなく、運転して壁に衝突した者で、全身打撲という話だった。もうひとりも集中治療室で治療中だが、骨盤骨折があり重態という報がながれていた。 翌日の日刊東條でも、死亡したパパラッチは顔写真入りで紹介された。年齢は二八歳で、仕事は報道関係とかかれていた。原因は、真っ暗なトンネル内での無謀運転とされていた。べつの一組のパパラッチが撮影した動画がくりかえしながされていた。オープンカーはトンネル内のやや左がわを走り、バイクが激突した壁が右であるのは、映像が証明していた。ドライバーの岡本は、拘束され事情聴取されているという情報もながれた。 翌朝の日刊東條でも、「パパラッチ死亡」の報は一面を飾った。事故原因は、パパラッチの無謀運転となっていた。オープンカーがとまれば、こうした事故は未然にふせげたという内容の記事がかかれ、運転した岡本が、「仁奈子の命にしたがった」という趣旨の発言をしていた。そうした関係から、「仁奈子嬢が、パパラッチをあおったのではないか」という推察も、ではじめていた。さらに彼女の声が、後方で動画をとったバイクのマイクつきテレビカメラに録音されているという情報もながれた。集中治療室の男も、生命的な危機とかかれていた。 死んだパパラッチの葬儀は、水曜日に行われるという記事ものっていた。 功太は、夕方には東條フライデーがくるはずだから、もうすこし情報がえられるだろうと思った。 この街でも、西部地帯の森のちかくに火葬場と墓場があるらしく、パパラッチもそこに埋葬されるとニュースでは報道された。火曜日が葬儀となり、その晩に通夜が行われ、水曜日が告別式という話も日刊東條のすみに記載されていた。 功太は、この死亡事故ついては自分も関与したので、葬式に参列すべきかどうかと考えていた。仁奈子がおくるといった、「パパラッチ死亡事件の真相」に関する手紙もこなかったので、どうしていいのか分からなかった。考えあぐねて、彼女の家に電話をした。電話口にでた仁奈子に、盗聴されても話を聞きたいと功太はいって、思うことを話した。すると彼女は、 「まったく心配ないから、でる必要はない」と一笑にふした。 「信じられないですよ。だって、お亡くなりになったのですよ」 功太がくりかえし話すと、 「まったく役者なんだから」と仁奈子はいった。それから、 「分かりました。説明するから、待っていなさい」と仁奈子はいって電話を切った。 手紙をよこすつもりなのだろうかと、功太は思った。 午後の三時ころ、部屋のドアホンがなった。モニター画面をみると、仁奈子だった。扉をあけると執事の政宗がいて、彼の部屋に入ってきた。通常この宿舎でも、入室のさいには管理室まえの扉口をひらくため、ボタンを押して功太の入室許可をとらなければならなかった。東條家の者には、管理人はとくべつな配慮をするらしいと分かった。さらにほんらいは、部屋にふたりの人間を招じ入れるのはできないと河田にいわれていた。彼らは、功太の室内に入ってきた。このばあい、たしかに仁奈子ひとりが入室するのは、彼とふたりだけの状況をつくるので、やむをえない処置だったのだろう。 功太は思いがけない来訪におどろき、政宗としばらくあっていなかったので挨拶をした。 「たいへんな事件に巻きこまれて、功太さんもひどく疲れたでしょう」 執事の発言は、あきらかに彼を擁護する常識的なものだった。 仁奈子は、説明にきたといった。彼女は、まず功太の書斎に入り、肩にかけた鞄のなかから小さな器械とドライバーをとりだした。あたりを、なにやらさぐりはじめた。仁奈子のもつ機器が光ったり消えたりすると、いちばんひどく点滅する部位を確認して壁紙をネジまわしでやぶった。そうすると、USBよりも小さいカメラ機能がついた集音マイクがでてきた。彼女は、ペンチで配線を切った。 仁奈子は功太の書斎をくまなくしらべて部屋から八つの集音マイクつきカメラを発見し、断線した。ふたつは天井で、彼がやらねばならなかった。仁奈子はリビングでも、壁からは四つ。電灯にふたつ。またソファーから五つ。計一〇個の、集音つきカメラを発見した。キッチンまわりでも四個。さらにベッドルームからは三個のカメラを発見して断線した。冷蔵庫がおかれている場所でも、ふたつのカメラつき盗聴器の配線を切った。玄関部分でも三つがみつかり、水洗トイレがつく浴室部は、扉をしめておけばいいだろうと彼女はいった。 こうした捜索が終わると、仁奈子は電話をとりあげ、ドライバーで分解してふたつの盗聴器をみつけた。最後に、なにかの周波数のテストをして、浴室部から微細な音波がでているのを確認した。 仁奈子がみつけた集音マイクつきカメラは、全部で三一個、さらに盗聴器がふたつだった。 「これで、今日のところは安全だわ」と彼女はいった。 ドライバーでこじあけて配線を切ったので、壁のいたるところは、めくれあがっていた。仁奈子の話では、功太が半日も部屋をあければ、もと通りになるだろうといった。つまり、あきらかに監視されていたのだった。 仁奈子は、作業を終えると政宗に書斎でしばらく待つようにつげた。功太と彼女だけになるのは好ましくないが、いちおう執事がそばにいるのなら問題がないと、いった。 「ふたり切りで話したいことがある」と仁奈子はつげた。 政宗は、彼女の指示にしたがって功太の書斎にいった。仁奈子とソファーで、となり同士にすわった。 「分かるかぎりのカメラは、とりのぞいたわ。それでも見落とした盗聴器が絶対にないとはいえないわ。だから、このほうがいいのよ」と仁奈子はいった。 彼女からは、いつもの香水の匂いが、ほんのりとただよっていた。赤色のベニチアンマスクをして、おなじ色の帽子をかぶっていたが、仁奈子に違いないと思った。 「あなたは、パパラッチのことを、ずいぶん心配しているらしいけれど、全部やらせだから気をもむ必要はないのよ。たしかに、一台は壁に衝突して転倒したみたいだったし、カメラをもった男はほうりだされてみえたわ。でもね、あれはやらせで演技なのよ」 「信じられません。いくら仁奈子さんにいわれても、ぼくには充分な緊迫感をもってみえました。とても、やらせとは思えません。もしそうであっても、大怪我したのは間違いなく、テレビでも新聞でも、今日は通夜で、明日は告別式とかかれています」 「パパラッチの片方が、すこし怪我をしたのはほんとうみたいね。でも、かすり傷なのよ。死んでなんていないのよ。第一、よく考えてみなさい。もしほんとうに事件が起きたら、ここがいくら私有地だといっても日本なのよ。警察がうごいて、とりしらべにくるに決まっているでしょう。日刊東條には、岡本が事情聴取をうけたとかいてあったわ。でも、だれが聴取したか、記載されていたの。交通事故死で事件性があったら、私とあなたは現場にいたのだから、こんな風にしていられっこないでしょう。いまごろは、然るべき機関から、とっくに事情聴取されているのよ。だから、あれはそういっているだけで、贋物だって分かるでしょう。あなただって、新聞でもテレビでも、いつも目茶苦茶なことをかかれているわよね。慣れっこになっているのでしょうが、法に照らしたらかんぜんな人権侵害よ。こんなことは全部が演技なのよ。ほんとうなら、できっこないのよ。ここは私有地で、すべてが演出だって分かるから許されているだけなのよ」 「しかし、パパラッチの件については、報道は正しいと思います。あれが、やらせなのですか」 「そうでなかったら、どうして私がゆうぜんとしていられるの。彼らはスタントマンで、ああいうアクションが得意なのよ。私が、雇ったのだから間違いないことなのよ」 「仁奈子さんが、頼んだのですか」 「そうよ。それでなかったら、なぜ私たちにパパラッチをしてくれるの。むこうだって、かなり危険な行為になるのよ。今回なんて充分に真にせまっていたから、彼らだってかすり傷くらいは負ったのじゃないかと思うわ。さすがに大枚をはたいただけはあって、プロだと感心はしているのよ」 「なんだか、すべてが分からなくなりました。いったい、このタウンはどうなっているのでしょうか」 「はっきりしているのは、あなたは有名人なのよ。パパラッチが追いかける充分の価値をもつということね。これだけ新聞とテレビが騒ぐのだから、娯楽として提供する必要があるのよ。あなたは、最高のエンターテイナーとしてTHKで放映され、日刊紙に報道される値打ちをもつのよ。つまり、うまれつきの素質があるのよ。それに、昨日の夕刊の写真は活かしているわ。惚れなおしちゃったわ。あなたのセンスは、最高だわ。陽一がキャラ負けしたってみとめていたのはほんとうね」 「東條フライデーの写真ですか。あのときは、ただ必死で、できるかぎりきこんで外にでたのですが、どうなるのか見当もつきませんでした」 「功太ファッション、ていわれて、街ではもう流行しだしているわよ。あなたは、天性のスターなのよ。生来の資質というのかしら。うまれながらにもっているって、普通の人にはどうやっても太刀うちなんてできないわ。陽一は、それに気がついたのね。それで、すっかり鬱になっていたのよ」 「陽一さんは、大丈夫なんですか」 「あなたは、大物のくせに心配性よね。すくなくとも、そうした振りをするところが、いいのよね。それで、この演出が、さらに決まってみせるのよ。これで、あなたが大物として堂々と振るまったら、こんなに有名になれなかったわ。ビクビクしている感じが、みんなの興味をひいたのよ。いまでは、あなたのファンクラブもできはじめているらしいわ。でも、一週間は静かに、様子をみたほうがいいわね。食料は調達できたの」 「昨日なんとか、一週間の籠城分は確保しました」 「それじゃ、またなにかあったら」 そういって、仁奈子は帰ろうとした。 「ほんとうに、パパラッチの件は、心配しなくていいのですね」 「心配性ね。ほんとうは、どうでもないって分かっているのでしょう。あなたの演技力には、おどろいてしまうわ。でも、昨日の格好は素敵だったわ。ほとぼりが冷めたら、またドライブをしましょう」 そういって仁奈子は笑った。そして、政宗といっしょに部屋をでていった。 仁奈子がパパラッチを雇っていたのか。彼らは、プロのスタントマンなのだ。この部屋の監視と盗聴はきびしく、功太は自分がかんぜんに管理下におかれていたことが分かった。報道にたいする彼の懊悩を、管理人はよく知っていたのだ。それが逐一、報道機関にながされて、さらになにが効果的か考えられ、つぎつぎと事件化されているのだ。こうなったら、しばらくここで籠城し、世間がどう変化するのかみるしか手立てはあるまいと功太は思った。 パパラッチの火曜日に行われた通夜の模様は、THKで放映された。母親もでてきて、こうした事故を起こした、功太を決して許せないと泣き叫んでいた。 「功太さん。あなたも人間でしょう。いくら私生子でも、人の心はもっているはずだわ。生涯、あなたを許さないわ。功太さん。私は、あなたのお母さんと会って、話がしたいのよ」 母親は、マイクをまえに、むせび泣き、言葉も切れ㓛れになりながら話していた。その様子はとても演技とは思えず、真にせまるものだった。 水曜日は、THKでは葬儀を生中継した。 西の森にむかう道路を、花環をかかえた男が先導して火葬場に入っていく場面では、母親と父親のほかに親族一同がいて、友人たち五〇人ほどがながい列をつくった。葬送の音楽が鳴りひびき、 「私たちは、私生子、功太を許さない」というプラカードをもった人たちが、無言で行進していた。 放映中に速報が入り、もうひとりのパパラッチも亡くなったというテロップが画面上方に映った。今日が通夜で明日が葬儀の予定という文字がながされていた。 木曜日も、THKでは葬式の模様を生中継した。両親や兄弟がでてきて、涙をながしながら「告訴する」と叫んでいた。 「功太は、完全奉仕者なのです。それがこんなことをして、どうして許されるのでしょうか。この街に、法はないのか」 パパラッチの父親がでてきて、THKの前川アナウンサーがもつマイクにむかって、涙をながしながら訴えていた。 東條フライデーでも、葬儀は一面で大々的にとりあつかわれた。例によって、 「功太。ついに、死者まで。ここまでやるか」 「功太ったら、自分もスカイツリーに」 「仁奈子。失踪。功太の責任は、どこに」 見出しをつけて、紙面をつくっていた。葬儀の模様、かなり詳細に取材されていた。 両親や兄弟の怨嗟の声をひろって、 「兄をかえしてください」 「伊高功太が収監されるまで戦う」 「功太に仕返しをする」 「仇討ちは、許されるべきだ」 「功太の藁人形をつくって、五寸釘でうちつける」 物騒な表現も、つかわれていた。 もう、彼には、なにがなんだか分からなくなっていた。 どの人も、真にせまる様子で語りかけていて、とても演技とは思えなかった。しかし、警察からも管理人からも、ひと言の注意もうけていないのは間違いがなかった。 ところがいっぽうでは、功太擁護論もつよく起こってきて、さらに東條フライデーが一面にのせた功太らしき人物のカラーの全身写真が、評判がよく、これを真似た服装が流行しはじめたという情報ものっていた。 「功太ルック。大流行」 「どれが功太か。世の中には、伊高功太ばかり」 「私は功太。あなたもコウタ」 とか、かかれていたが、彼がベランダから下の道路をみても、茶のレインコートで身を固めた多くの人が街を歩くのがみえた。いずれも茶色のサングラスをつけ、どれが功太なのかはっきりしないほどだった。 水曜日の午後、ポケベルに指示があり、彼は仁奈子に電話をかけた。 「あなたは、宿舎に籠城しているのでしょうね」と彼女はたずねた。 「もちろん、あれから一歩も外にでていません」と功太が答えると、 「茶色で固めた功太ルックの人が、私のタワマンまできて、ベルを押すのよ。あなたかと思ってなかに入れたら、電話で話すと声音が違うのよ。変な声じゃないかと聞くと、風邪気味だとかいって、ひとりは分からなくて階まであがってきたわ。扉をひらいたら、私の写真をとって逃げたのよ。今日の朝から、ずっと一〇〇番のベルが押されっぱなしで、こまっているのよ。あなたは、部屋にいるのよね。絶対に外出しないでね。陽一は、来週、退院すると政宗から連絡があったわ。帰宅したら知らせるから、そのときにはタワマンにくる時間をしっかり決めて、ちょうだいね」 仁奈子は、ひどく疲れた声でいった。 各報道機関でも、功太ルックの流行についてはつたえていた。報道陣は混乱し、いたるところで争いが起こっていた。よびとめられて写真をとって取材に応じる者もいて、ながされる多数の情報が錯綜していた。 「なにが、功太か」 「本物は、どこにいる」 日刊東條でも、二級民以下は、コロナ禍のなかマスクの使用は義務としても、サングラスとレインコートの着用は禁止すべきという論議がされていた。ベニチアンマスクのばあいは、東條家一族という一級民の証しでもあるから仕方がない。二級民以下の者がすれば、混乱が生じる。こうした事態をうけて、条例化を模索するうごきがみられた。 功太ルックは、人目をひく点では充分な効果をもち、それなりに決まっているので、多くの市民が着用をやめなかった。 翌週の月曜日、午前中に仁奈子から連絡があり、午後の二時一五分にきて欲しいといわれた。それで功太は、功太ルックに身を固めて、指示にしたがって彼女のタワマンにいきベルを鳴らして入室を希望した。控えの間のテレビ電話で、仁奈子の要求に応えて、サングラスをはずし、本人であるのを示すと扉がひらかれた。功太は、彼女の部屋へいくことができた。ドアホンでも、帽子とサングラスをとるのを要求された。仁奈子は、かなり神経質になっていた。 功太は、陽一と二週間ぶりで再会した。みるからに元気そうで、 「頭がたかい。余が陽一である。功太、これまでとは違うぞ。いささかも、油断してはならない」といった。 陽一は、豚の鼻がついたものはやめて、普通の青いベニチアンマスクをしていた。部屋には、自由の女神像もなくなっていた。 第一に陽一の髪は、四、五〇センチはあり、弁髪にゆわれて後ろにたらしていた。もともとは坊ちゃん刈りだったから、二週間程度で、ここまでの長髪になるはずはなかった。カツラかも知れないが、功太にはよく分からなかった。 「自由の女神は、どうしましたか」と彼は聞いた。 「あんなものは、子供の遊び。馬鹿げて、片腹痛いわ。それよりも、余をうやまえ。功太、数学を教えよ。しばらくみぬうちに、お主、やせたな」と陽一はいった。 「ちょっと、仁奈子さんをよんできます」 功一は、仁奈子をつれてきた。 「余は、ヨーカーン。この世の支配者だ。功太、余をうやまえ」 陽一は、仁奈子の耳元で囁いた。 「だいぶ、陽一さんはかわりましたね。大丈夫なのでしょうか」 「かんぜんにかわっています。でも、これが陽一ということですから、いままで通り家庭教師をつづけてください」 「キャラが、ぜんぜん違いますよね。声もずっと太くなっています。あの髪は、どうなっているのでしょうか。どれもこれも、ものすごくみょうな気がしますが、ヨーカーンって、なんなのでしょうかね」 「どうやら、プロレスのキャラクターを真似しているみたいなのですよ。はっきり別人でしょうね。おそらく、入れ替わったらしいのよ」 「かわったって、なにがですか」 「みれば分かるでしょう。これは、これまでの陽一とは違う生きものよ」 「はあ」と功太は溜め息をついた。 「いままでの陽一さんは、どうしたのでしょう」 「そんなこと、分からないわよ。でも、このキャラはまったく違うわ。それだけは、はっきりしているでしょう」 「なにを、こそこそやっておる。余はヨーカーン。あがめよ」 「分かりました。それじゃ、ヨーカーンさま。宿題をしましょう」と彼はいった。 「いい心がけである。功太。余に嫌われないよう、はげむがいい」と陽一はいった。 功太は、授業を終えると、功太ルックに身を固めてタワマンをでた。どこにいっても、この服装の者が街を歩いており、もう報道関係者もお手あげ状態だった。功太は、功太ルックという匿名性のなかに埋没でき、タウンにきてはじめて、マスコミから解放されることになった。 部屋にもどると、仁奈子がいった通り監視カメラをとりだすためにあけた壁の穴が綺麗に補修されていた。きっと配線をなおして、いまは機能しているのだろうと思った。 功太は、四月二〇日に勤務をはじめたが、月の中途から採用のばあい、給与は一ヵ月以上たって、まとめて支払われる規約になっていた。それで最初の月給は、五月三一日締めで六月三日だった。 ちょうど、パパラッチたちの初七日が終わる日で、功太は功太ルックで市民課にいき、はじめての給与をもらった。身分証の提出をもとめられ、いわれるままに彼は、給与袋と交換に台帳にサインした。 給与は茶封筒に入れられていたが、やけに薄くて心配になり、中身をみたくて急いで宿舎にもどった。部屋に帰ってから、給与袋のいちばん上部を鋏で切ってあけてみると、お金はなく印字された明細書が入っていた。 そこには、給与明細が記載されていた。 支給総額は、八〇万円。いっぽう、清掃費、洗濯代金をふくむ宿舎使用料が、三〇万円。コンビニでもらった生活用品や、食料の代金が五万円。三食分のレストランの費用が、三〇万円。新聞、週刊誌などの書籍費が、一万円。電話使用料が、一万五千円。自転車使用料が、五千円。PCRの検査費用が、二万円。市民課調整金、五万円。計、七五万円がひかれる。給与支払額は、五万円とかかれていた。今回は雇用後、はじめての給与にあたり、規定にしたがい「ダビデの館」長老への成功報酬が八万円。つまり三万円の赤字、とかかれていた。赤字額には、月に一割の借り入れ遅延金が必要と記述されていた。また、四月二〇日から月末までは見習い期間中のため、とくに給与はでない。かわりに、諸経費で相殺されるとの但し書きがあった。 明細から考えると、つぎの六月分の給与をもらうと五万円が手元にのこり、長老への借入金と延滞料金を払うと一万七〇〇〇円になるのだろう。きっと、一二月に支払われるボーナスの三ヵ月分、二四〇万円にも、さまざまな名目の諸経費が発生するに違いないと思った。 この街は、三級民は暮らすだけで疲れるし、心が休まる場所もない。実際に住むと、聞いていたのとはひどく違った。 彼は、これなら、タウンをでるほうがずっといいと考えた。 翌日、功太は、陽一に「お世話になりました。今週にも、家庭教師をやめるつもりです」と自分の考えをつたえた。陽一は、かんぜんに復活し、尊大で、彼を家来としてあつかっていた。 帰りがけに、仁奈子に話があると話すと、「いいわよ」と答えた。それで、功太が街からでるつもりだというと、彼女は賛成した。 「功太ルックがはやってから、人気はがた落ちだわ。いっしょにいてもつまらないわ。もうすっかり私の気持ちは、功太さんから離れているのよ。なんで、あんなに夢中になったのか、自分でもさっぱり分からないわ。つぎの家庭教師は、もっと格好のいい人にするべきだと、あたらしい陽一にも話しておくわ。私のことは、ぜんぜん心配はいらないわ」と、仁奈子はにべもなくいった。 「そうか、仁奈子さんは、ぼくが騒がれていたから誘ってくれただけなんだ」と功太は理解できた。 「君は、この街が気に入っているの」と彼は聞いた。 「それなりにはね。新聞にも名前が売れたし、これからだと思っているのよ。ここには、それなりの立場はあるわ。私だって面接にうかって、いろんな我慢をしてこの街にいるのよ。もうすこし、頑張ってみるつもりなのよ。今回はだいぶ注目されたから、つぎの役は大抜擢も考えられるわ。だれもがあたえられた役割を、懸命にこなしているのよ。今度は、東條正規の妻になる試験を、うけてみようと思うのよ。それがどういう仕事なのかは分からないけれど、もっと給与がいいはずだし、ここにいれば色々な人にかわることができるのよ。自分がだれで、なにをするべきかなんて、考えないですむのよ」と仁奈子はいった。 「それじゃ、これ以上は会えないね」と功太は聞いた。 「さようなら」と彼女は答えた。 パパラッチの話は、その後どうなっているのか、さっぱり分からなかった。新聞には、もう功太のことも、交通事故の件も、一切かかれなくなっていた。 彼は、政宗に電話をし、陽一もすっかりかわってしまったので、この仕事をやめたいと話した。すると執事は、ダビデの館の長老に相談しろと、電話番号を教えてくれた。 「クリエイターの許可をもらったら、市民課で外出許可をとらねばならない。長老に話して手つづきの仕方を教えてもらいなさい」と政宗はいった。 功太がクリエイターに連絡すると、明日の午前一〇時ごろならいいという返事をえた。彼は市民課にいって、外出したいと話した。 「どこにいくのですか」 「私がここに入るときに世話になった方に会って、話がしたいのです。予約はとれています」 「あなたは、伊高功太さんですね」 身分証明書をみながら職員は、PCをつかって履歴をしらべた。 「ダビデの館ですね。長老には、借金がのこっているわけですね。その話しあいですか。連絡がとれているのなら、許可証を発行します」と職員はいった。 翌朝、二号館にずっとならぶフロントの外出許可係というところで書類をみせると、判子が押されて、ダビデの館をたずねた。 なつかしい、建物につくと、待合室に入り一〇時まで待った。 時刻になると、受付の左の扉がひらいて、口に大きな白いマスクをつけた、まえにみた記憶があるながい髪の受付嬢かと思われる女がでてきた。彼女は、金色で縁取られた、きらきらと輝く赤いベニチアンマスクをしていた。女は、白い手袋と、真っ赤なエナメルのハイヒールに、黒い網タイツをはき、袖のながい赤色の上着に、腿までしかない丈のみじかい、おなじ色のスカートをつけていた。顔をふくめて、すべてが覆われるので年齢は分からないが、こんな刺激的な格好をするのは二〇代に違いないだろうと思った。 「伊高功太さんですね」と女は声をかけ、功太がうなずくと、ついてくるよううながした。女性は、待合室に入ってきた左がわの扉をあけて相談室にいくと、階段状になった部分のいちばん下の段にすわって待っていろといった。女からは、香水のつよい匂いがただよっていた。 しばらくすると、長老がでてきた。例のフェイスシールドをつけて階段をおりてきたクリエイターは、それをはずして、アクリル板をはさんで功太とむかいあった。 「家庭教師をやめるという話だが、どうしたのかな」と長老はいった。 政宗が、なにかを話しているらしかった。 「陽一君も、かわりました。一ヵ月つとめてみて、努力の割には報われない仕事だと分かりました」と功太は答えた。 「君が有名人になった話は聞いていたが、それなりに面白かったのではないのかな」と長老はいった。 「私には、たいへんなだけでした。とくに、仁奈子さんの神経にはとてもついていけません」 「彼女は、もう君に飽きたんだろう。これ以上、ちょっかいはださないと思うが」 「いままでは、仁奈子さんに気に入られたので、なんとかなっていたのです。それが、なくなったとしたら、今度はただではすまないと思いまして」と功太は神妙に答えた。 「君は、見所がある。もっと違う役をしてみたらどうだろうか。現代社会では、だれもがクリエイターなのだ。全員が、表現者なのだから。もっと、面白い役もあるのだが、どうだ」と長老は聞いた。 「いえ、せっかくですが、この環境は、あまりぼくの好みではないらしいと思います」 「そうかも知れないな」とクリエイターはいった。 「長老さまにはたいへんお世話になり、自分でも、自身が何者なのかすっかり分からなくしてもらいました。これからは、こうした経験も活かしたいと考えております。それに、長老さまには借金があります。なんとか、かえさなくてはなりません」 「そうだね。私の仕事料については、返還してもらおう。そのかわり、君は見所があるから、すこしほんとうのことを話してあげよう」と長老はいった。 「聞きたくはないかね」 「いえ、教えてください」と彼はいった。 長老は、そばにあったパワーポイントをつかって、功太の左がわの壁に映像をだした。 「この男は、知っているな」 「有名な、大国の指導者だった人です」 「どう思うか」 長老はそういって、顔を大映しにした。 「精悍そうです。年がいくつだかは、分かりませんが、髪の毛もブロンドで、格好がいい部類に入るのでしょう」 「功太君。これは、日焼けサロンで黒くしただけだよ。そうして皺を隠しているが、目のまわりをよくみてごらんなさい。ものすごい厚化粧だ。それに、この男のブロンドはカツラだ。もう、七五にちかい禿げた、爺だよ。この男は、自己愛過剰で、一昔まえならヒトラーになったかも知れない者だ。それじゃ、これはどうかな」 長老はいって、つぎの写真をだした。 「この方の奥さまですよね。ものすごい美人ですね」 そうすると、顔を大きく映して、さらに身体の各部をアップした。 「どう思うかい」 「美人なだけではなく、プロポーションも最高ですね」 「功太君。鼻の形は、整形だよ。目元もそうだ。顎も、形をかえている。それに、かんぜんな豊胸手術をうけている。身体中にメスが入っているのが、はっきり分かる。たしかに、君にはこの街はむいていないかも知れない」 そういって、長老は頭を押さえていった。 「もともと力もないのに、長老さまのおかげで面接にも勝たせていただいた、だけですから」と功太は答えた。 「君の相手は、金子と山下だったな」 「そうです。どちらも俊才でしたが、金子さんは格闘技にたけ、筋肉も隆々としていました。それに最後まで争った山下さんは、たんに天才だっただけではなく、背はたかいし、好男子でした」 「君は、すべてを信じたのかい。どちらも、東大の卒業証書をみせたのでもないし、たとえ、みたとしても本物だと決まったわけではない。金子の筋肉は、ステロイドだろう。山下は、もともとすこしは背がたかいのだろうが、足がながすぎるから、あげ底の靴をはいていたのだろう。顔だって整形だろう」 長老は、首を振りながらいった。 「そうすると、みんな嘘なんですか」 功太はおどろいて、クリエイターにたずねた。 「君は、入ってくるときに応対した、ベニチアンマスクをした人をどう思う」 「派手な方でしたね。あんな格好ができるのは、二〇歳代でしょうね。とてもセクシーです」 「どうして、女だと分かるのかね」 「えっ、女性じゃないのですか。髪もながいし、胸もでていました。黒い網タイツとみじかいスカートをはいていました。あんな刺激的な格好で、それに香水のいい匂いもしていました」 「君は、この街にはまったく不向きだ。なぜ髪がながく、胸がでているのに、わざわざ香水の匂いをさせねばならないのか、考えてみたことはないのかね。カツラがあるわけだし、香りは振りかければ男だっておなじだ。あの胸がほんとうに女性のものなのか、確信できる事実を発見したとでもいうのかね。黒い網タイツをはけば、男だってすね毛は隠せる。君がみているのは、本質ではなく、外観にすぎない」 「あの方は、男性なのですか。女装が趣味の人がいるわけですか。考えもしませんでした。でも、なんのためなのでしょうか」 「それが、君の欠点だ。なにかに、理由をもとめようとする。それで曖昧な結論をだして、安心するのだ。だから、それ以上の考察がなくなってしまう」 「それでは、あの女性と思われたのは、だれだったのでしょうか」 「ここには、君と私しかいない」 功太は、ぼうぜんとした。 「もしかすると、もしかして」 「そうだ。その、もしかだろう」 「でも、香水のいい匂いがしていました」 「そんなものは、消臭剤ですぐとれる。つけたければ、また香水を振りかければいい」 それを聞いた功太は、ひどくおどろいた。その様子をみると、長老は話をはじめた。 「もともとマスク。つまり仮面は、顔面を隠して正体を不明にするものだ。演劇や祭礼などで役になりきるために、あるいは衛生や防護を目的としてつかわれている。ベネチアは、窓をあければ、隣人と顔がむきあうほど人口密度がたかかったから、この街でプライバシーをたもち、素性を秘密にする小道具として、ずっと使用されてきたのだ。そうすれば、身分の差をこえて楽しめると考えたからだ。東條家のばあいには、家族という地位を象徴し、さらに構成員を匿名化する目的で使用されている。また同時に、役割をあたえるという趣旨ももっている」 長老は、話すと功太をみつめた。 「昔は、戦争があったから、望みをいだいても叶えられなかった。いまは、日本に移住してきた外国人労働者であっても、希望をもち、夢を達成することもできる。これが現代の社会なのだ。そうはいっても、ほんとうに望みを叶えられるのは、ほんの一握りの人たちにすぎないのだ。ところが一般人でも、SNSという魔法のツールをつかえば、希望をいだき、成就した思いをもつことはできる。それがどんなに幻想であっても、かなり、それなりの気持ちになれるのだ。 現実を考えるなら、社会の格差は大きく、一般人が上流社会に参入するのは不可能なのだ。これは日本だけの問題ではなく、世界中で二極化が進行している。コロナ禍によって格差は増長されるいっぽうだ。だから、アメリカンドリームみたいなことは、錯覚、つまり、むなしい、イリュージョンでしかない。たとえ、幻想であったとしても、その世界に侵入できるのなら、それでいいのではないか。こうした機会にめぐまれたのを、素直に感謝するべきだ。地球に住む半分の人たちが、一日二ドル以下で暮らしているのだ。彼らのまえには、どうにもならない現実が大きく立ちはだかり、幻想さえももてないのだ。ところが、私たちは、そこのなかにとどまることもできる。なんとめぐまれているとは、思わないのかね。 いまの時代は、貧しさとともに独身文化が出現している。夫婦で子供を育てはじめたら、こんな非現実なイリュージョンの領域にはいられない。独身だから、小金を有し、ほかの世界とは交渉しないで暮らせるのだ。彼らは、イリュージョンのなかで暮らす、資格をもっているのだ」 長老はそう話すと、部屋のあかりを暗くし、ふたたびパワーポイントを操作して、壁にスライドを映した。髪のながい、若くて綺麗な女性の写真だった。 「だれだか分かるかね」と功太に聞いた。 「この方が、ひどい妄想をもっていてたいへんだったのです。一見、素敵な美人なのですが、自分が思いつくままの記事をかくのです。そのうえ、真実を追究していると真顔で話すのです。まったくこまり果てたのです」 功太がそう答えると、長老はうなずいた。 「では、この写真にマスクをしてみたら、どうだろうか」といった。 コンピューターを操作して、目の部分にベネチアンマスクをつけた。 「ああ」と、功太はおどろきの声をあげた。 「念のため、赤くしてみるか」と長老はいって、マスクを赤にかえた。 間違いなく、仁奈子が映っていた。功太が、がっくりと肩を落としたのをみて、長老はふたたび口をひらいた。 「みんなが輝くために、この街があるのだ。真実性をうしなった現代の日常では、仮面さえもっていれば、だれが入れ替わってもおなじなのだ。君にだけ教えよう。私こそが、東條正規であり、この街の法王なのだ。東條法王は一〇人以上いるが、みんな雇われて、役を演じているだけなのだ。この街は、すべてが贋物なのだ」 長老は、じっと功太をみつめていった。 「これが、すべてだ。借金は、帳消しにしてやる。君は、若くて、努力ができる人間なんだ。だから、この街には相応しくない。すぐに帰れるよう、手配しておこう。部屋にもどったら、必要な荷物だけをまとめなさい。夕方には、東條引っ越しサービスがむかえにいくから、それで帰ったらいい」 長老はいうと、腕をくみなおした。 「なにからなにまで、ありがとうございました」 伊高功太は、頭をさげた。 それで、ダビデの館をあとにすると、自分の宿舎にもどり、管理棟から段ボール箱をもらって荷物をつくりはじめた。きたときとおなじ一〇箱の段ボールをつんで待っていると、三時ごろに東條引っ越しサービスがあらわれて、荷をはこんでくれた。 功太は、それにのって自宅に帰った。 伊高功太は帰宅すると、東條タウンで起こった混乱の日々を整理し、要点をまとめて順を追って話した。そして最後に、「あの街は、まったくのいかさまで、すべてがまやかしだったのです」と報告した。 それを聞いた本物の伊高功太は、贋物の労をねぎらい、それからいった。 「なるほど、やっぱり東條タウンは、イミテーションだったんだな。おまえには、ひどい苦労をかけたな。そうなると、今度は奈良県の西條タウンにいってみてくれないか。あそこは、本物だっていう噂もあるんだ」 イミテーション シティー、二九一枚、了