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民族の核

 イランは、多言語国家で、多民族国家です。しかし、イラン語、イラン民族という言葉は一般的ではありません。なにをもって、この国の人びとは、自分たちが同じ民族だと認識するのでしょうか?

 おそらく、ながい歴史のなかでつくられた文明という構造に違いありません。「ペルシア」のコラムであつかったように、この国には3000年の履歴があります。かつて世界帝国をきずいた記憶は、民族のアイデンティティとして刻み込まれているはずです。この国には、「王書」(シャー・ナーメ)とよばれる英雄神話があります。岩波文庫で出版されていますが、読んでもピンとこない物語です。しかし、識者によれば日本語訳は一部のみで、感動的な英雄の話がたくさん埋め込まれているようです。

 国家をきずいた民族には、固有の英雄神話が存在しています。歴史的事実かどうかは不詳ですが、人びとは自分たちがその一部だと考える物語をもっています。おそらく歴史時代以降でさえ、多くの部族が滅ぼされていったはずです。淘汰にのこった民族は、結集する核をもっているのが普通だと思います。

 クルド民族については、「チベット」ですこし論じました。「国家をもたない世界最大の民族」には、どんなアイデンティティがあるのでしょうか。現在クルド民族とされる部族のなかには、バルザニ家や、シェイク・ウバイドゥッラー、さらに山岳部族の戦士たちの英雄神話が存在します。しかし、こうした物語は、各部族に限定されています。例えるなら、激しい戦乱を生き抜き、私たちに命をつないできてくれた父や祖父も英雄に違いありません。しかし、彼らはあくまで家族に限定されています。国家レベルになると、家族、部族という範疇をこえて民族をまとめ上げる英雄が必要になります。クルドには、そうした神話的英雄がいません。結集する核構造がなければ、民族意識は生まれません。もしかすると、クルドの人々は民族という意識をもたず、自分たちが3000万もいることに長いあいだ気づかなかったのかもしれません。

 クルド族は、近代になって、トルコ、シリア、イラク、そしてイランから排斥されて初めて、自分たちが国家をもたない同一の種族だと認識したのではないでしょうか。外圧によって民族の核が生まれたケースで、被抑圧者としての共有経験がアイデンティティを形成したと考えられます。

 3000年のあいだほとんど同一地域で暮らしてきたペルシアが文明となって強固に存在している事実は、クルド民族の異質さを鮮明に浮かびあがらせます。

 作品番号11.「ソフィアに会った日」は、この地域をイメージしてつくられています。


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