• アテネ探訪

     世界一周の旅では、クレタ島にいき、その後でアテネに入りました。船内説明会でピレウスだといわれたので、着港したのがピレウス港だとずっと思っていました。今回よく考えてなおしてみると、どうやらファリロ(古代のファレロン)港だったようです。

     行きは、タクシーでピレウス駅までいって鉄道にのりました。帰りは、この駅でおりて、日盛りのなかを2キロくらい歩きました。右手にずっと海岸線がつづき、アテネ・オリンピックでつかわれた施設がつらなっていました。ですから、船着き場はピレウス港ではなかったことになります。

     ペリクレス時代に、3つの部分から構成された石畳の壮大な軍道、ロングウォールがつくられたことは有名です。まずピレウスからアテナイを「北壁」がつなぎ、ファレロンからは「南壁」がつづいていました。さらに、ふたつの港をつないでいたのが「中間壁」でした。ファレロンは遠浅だったので、古代には主要な港でしたが、巨大な軍船が必要だったペリクレス時代になると、ピレウス港がつくられました。ファレロンは、埋め立てられて微妙に位置がかわっていますが、現在ではファリロになります。

     ピレウス駅から、アクアポリスにちかい、キフィシア駅までは鉄道が通じ、メトロともつながっています。この鉄道は、ほぼ「北壁」に沿ってつくられています。窓からは、平地で低層の住宅がつらなっていました。民衆の喚声をあびながら、槍をたずさえ、きらびやかに着飾った兵士たちがこの道をすすんでいったのでしょう。

     アクロポリスには、周回路がつくられています。、参道に入ると、ながい行列でした。夏の暑い日で、人いきれでむっとしていました。入り口の大門(プロピュライア)をぬけると、さまざまな色の旗で引率された世界中のツアー客であふれていました。

      みることができた、パルテノン神殿、女神像で有名なエレクテイオン、アテナ・ニケ神殿などは、紀元前5世紀につくられています。作品番号12「アリアドネ」は、神話時代の物語です。アクロポリスは、いま目にできるものとまったく違っていたはずですが、物語ではこの造形で語られています。悲劇作家たちも、現存するアクロポリスを舞台にして作品をつくっています。

     ミケーネ時代(紀元前1600~1100)には、すでに王宮があったといわれます。幾何学時代(紀元前900~700)ころは、 アテナ信仰の中心地でした。アルカイック時代(紀元前700~480)になると、古い神殿群が建てられていました。しかし、地面や岩肌、基壇は、 紀元前2000年以前からずっとかわらなかったはずです。

     周回路にもどると、行き交う人の数はぐっと減ります。やがて、アレゴパレスがみえてきます。高さ113メートルの裸の岩山は、2500年前とほとんどかわりません。ここは、アレイオスの丘とよばれ、紀元前7世紀には、古代アテナイの最高法廷だった市民会議場がつくられていました。悲劇作家たちは、神話時代にも法廷がおかれていたという形式で創作しています。また、黒海のちかくから攻め入ってきたアマゾン軍が陣をしいた場所です。

     暑い日でしたが、周回路はそれほど混んでいないので一周してみました。アクロポリスの南西の斜面にも、細い古道をみつけました。神話では、アマゾン女軍は表参道を押さえています。テセウス軍は、この小径をとおって背後にまわりこみ、北からやってきた親友のペイリトオスと、アマゾンを挟み撃ちにして撃退します。

     この周回路には、至る所に男性生殖器がついたヘルメス立柱が立てられていたといわれます。見逃したのではなく、異教崇拝として破壊され、石材として使用され、いまは博物館にしかないそうです。ヘルメスは、神さまというより人間の友達みたいな存在です。旅人の守り神にも、冥界の旅先案内人にもなります。「アリアドネ」では、テセウスは英雄でしたので、ペイリトオスにさそわれて冥界にも行くことになります。そのときに案内してくれたのは、ヘルメスと、冥界の女王ペルセポネの母、デメテルでした。

     アレゴパレスのすぐ南にフィロパッポスの丘がみえます。これがテセウスの時代にはムサイオンとよばれ、彼はこの丘を登って背後にまわりこみます。アレゴパレスのやや西にはプニクスの丘があり、アマゾン軍は、ここにも布陣しています。

     神話時代の戦闘の舞台を考えながら小径を下っていくと、ローマン・アゴーラがみえました。そこに入って遺跡をみました。たいしたものはありませんでしたが、翼をもった勝利の女神「ニケ」が立てられた一室がありました。ギリシアでは、勝利が逃げないように「翼がないニケ」の像がつくられていました。それで、アクロポリスの人混みのなかで見逃したことに気がつきました。

                              由布木秀

  • アテナ誕生

     このギリシア神話の連続コラムの最後は、女神アテナの謎です。

     この女神は、ゼウスの一族ではないと考えられます。由来については、アナトリアの戦争の女神(武力、知恵)や、ギリシア本土古層の女神(都市の守護)などが考えられています。

     私は、クレタの女神だった可能性が高いと思っています。

     女神アテナは、都市国家アテナイと切り離して考えることは不可能です。アテナイは、神話的にも歴史的にも、クレタをひきついだ海洋国家です。神話のなかでは、アテナイはクレタから海洋覇権をうばいとります。英雄、テセウスがその役割を担います。

     したがって、アテナイの都市創始神話に登場する女神アテナは、クレタと無関係ではいられません。神話では、アテナイ最初の王は「ケクロプス」です。彼は、上半身が人間で下半身が蛇です。古代世界では、蛇は、大地、再生、生命力、母性、地下世界、祖先の霊を象徴しています。

     アテナには、 蛇がつきまとっています。彼女の盾には、蛇がうごめいています。みるものを石にかえてしまうゴルゴンの髪は、蛇になっていました。しかしながら、盾の蛇はアテナ固有のものと考えられます。また、アクロポリスの地下には、「アテナの聖なる蛇」が住み、その蛇は、供え物を食べるといわれていました。

     アテナの原型は、クレタの大地母神が考えられます。

     クレタの女性神は、都市の守護神で、蛇や鳥、猫などを、しばしばしたがえています。武器をもち、豊穣、知恵、工芸をつかさどります。アテナは、女性神でありながら軍神という、両性原理をそなえています。こうしたことから、クレタ由来と考えられます。

     アテナ誕生は、非常に刺激的です。

     神話では、ゼウスがつよい頭痛を訴え、ヘパイストスが斧で頭を割ると、兜をつけて盾をもった女神アテナが飛び出してきます。

     母親であっても、娘であっても、性の対象にしてしまうゼウスの頭部から、彼女はうまれてきます。このイメージは、とてもオリジナリティの高いものです。それも彼女は、生まれたときに完全武装をしています。ゼウスには、絶対犯されない女性だったのです。

     この頭部から出現するというイメージは、グノーシス思想にとりいれられました。至上神の頭部から、こぼれ落ちた女神というイメージは、ソフィアにそっくりです。

     作品番号34「弥勒をみつけた日」は、このイメージをつかっています。

     頭部に知恵があること、思考が頭で行われることは、現代ではごく自然で納得できます。しかし古代では、知恵も心にあったと考えられていました。アテナの出現は、古代シュメールの「ティアマト」、インド、ウパニシャッドの「プルシャ」のような解体神話とは、まったく構造が違っています。  

     オリンポスの主神ゼウスが頭部を割ってもいいと思えるほどのはげしい頭痛の種だったのは、アテナが、かつて彼が取りこんだはずだったクレタの大女神だったからです。

     オリンポスの神々の男性神は、非常に愚かしく描かれています。アポロは、光明をつかさどる秩序の神さまですから例外的です。

     ポセイドン、ハデスは脇役ですが、色情狂のゼウス、アレス、ヘパイストス、ヘルメスなどは、神さまという資格を問われるような存在です。ゼウスのばあい、子孫をのこすという意味あいから、子宝に恵まれるのは理にかないますが、あまりにも抑制が効かなすぎます。

     ヘラは、侮蔑的に描かれています。しかし、そのほかの女性神は、魅力的で、神話構造として奥をもっています。単純にいうなら、ゼウスがひきつれてきた神々は、野蛮で下品です。女性神とのあいだには、大きな格差が存在しています。おそらく女性神の多くは、ゼウスの系統と違っていたと考えられます。

     ギリシア神話は、父系社会だったので、 父殺しは最大のタブーでした。主神の役割は、「生殖機能」です。天空、ウラノスは、息子、クロノスによって男根を切りとられて天空に退散します。クロノスは、ゼウスを核とする息子たちとのながい戦いの末、タルタロスという女性がいない地獄に閉じこめられます。

     ゼウスは、アテナ女神によって、生殖を禁じられるという意味で殺されるのです。

     なぜなら、彼女は、クレタの大地母神だったからです。

                              由布木秀

  • クレタ島

    東地中海世界」は、ギリシア本土、アナトリア、クレタ島、エジプトでかこまれた、ギリシア神話の舞台となる世界です。

     クレタ島は、ギリシャ本土から160キロ南に位置し、エーゲ海の南縁をつくっています。島の南側は、リビア海ともよばれます。クレタ島の面積は、8300平方キロで、広島県とおなじくらいです。東西の長さは260キロ、南北の幅は広いところで60キロ、狭いところでは12キロほどで、現在のギリシア共和国で最大の島です。地中海の恵みを享受した非常に温暖で、豊かな島です。

     この島は、紀元前3000年ころから文明が栄えたと考えられています。紀元前12世紀の暗黒時代(海の民の時代)には、すでにミノア文明は崩壊していたと考えられています。紀元前16世紀くらいに滅んだのだろうとされていますが、原因はサントリーニ島の巨大火山の噴火にともなう地震や津波だったと考えられています。

     中心都市は、クノッソスの大宮殿でした。旅行したことがありますが、そばにはアムニッソス川がながれています。宮殿は、港からは坂道がつづくので平地ではありませんが、山城でなかったことは特徴的です。ギリシアのポリスをみれば一目瞭然ですが、アクロポリスは山の上につくられています。つまり宮殿は、防御を第1の目的としていました。クレタには、こういう発想がなかったのだと分かります。

     ギリシア神話では、クレタは憧れの地になっています。現在の地図や歴史を知って考えるなら、東地中海世界南端のエジプトは、規模も大きく歴史も充分にもっていました。しかしながら、クレタ文明が終わったあとで東地中海世界を支配したギリシア民族にとって、エジプトは憧憬の対象ではありませんでした。

     理由は、ふたつあると思います。

     第1に、エジプトは、陸軍の国家でした。農耕民と莫大な富をもつことは知られていましたが、ギリシア人からは閉鎖的社会に映ったと思われます。いっぽうクレタは、海軍国家でした。貿易をつうじて富をたくわえた国際都市だったと思われます。宮殿は、最強の海軍がまもっているため、海が防波堤になり、山城にする必要がなかったのだろうと思われます。開放的なギリシア民族は、海洋国家に憧れたのです。ポリス時代は、地中海の沿岸都市にあたらしい都市を建設するために植民船を幾度もだしています。

     第2は、エジプトにはファラオがいて、神話構造をつくりにくかったのだろうと思います。クレタには、かつて存在した文明の残り香がつよくただよっていました。紀元前12世紀には、すでにギリシア人が住み、ギリシア語を話していたことが判明しています。

     クレタ歴の一年は、南中する太陽の高度がもっとも高くなる夏至のころからはじまといわれていました。明け方にシリウスが天空にあらわれると、ゼウスがうまれ育った洞窟から、目もくらむ光が自然とあふれてくるといわれていました。クレタには、ゼウスの墓もあります。ディオニュソスも、ここで生まれています。

     クノッソス宮殿は、神話作者の想像力を駆り立てたと思われます。地底には、冥界につうじる迷路、ラビリントス(labyrinthos)があり、死者が住んでいたと考えられていました。すくなくても、死者たちが生活する施設がつくられていました。

     クレタといえば、牛跳びが有名です。私も、この柄のシャツを購入しました。現代科学では、角のあいだをぬけて牛を飛び越えるのは、絶対に不可能だと考えられています。しかし、素晴らしいモチーフです。牛は世界中で聖獣ですが、こういう形式の儀式を考えた文明はありません。

     クレタ文明は、牛の巨大な角をイメージとするモチーフがありました。さらに、双斧(ラブリュス、labrys)がシンボルです。これは、男性原理と女性原理がひとつに組みあわされたものといわれています。クレタは、ギリシアと違い、女性の権利が高かったといわれています。当時のファッションが描かれた絵がのこされていますが、女性は蠱惑的に描かれています。ギリシアのゼウスを中心とする父系的な男尊女卑の世界とは、あきらかに異なっています。

     東地中海世界の覇者となったギリシア民族は、トロイアまで滅ぼしたあとで、自分たちにはなかったものに憧れをもったのだろうと思います。それが、ヘスティアやディオニュソスが、12神にくわえられた理由にもなっているのだと思われます。

     最後に、双斧、labrysと、迷宮、labyrinthos は、非常に似ています。迷宮は、女性の体内を表現していた可能性があります。

     作品番号12「アリアドネ」は、こういう視点で読んでもらえると、ギリシア神話、唯一の近代人、テセウスの自己がうまれる過程を理解していただけるだろうと思います。

                              由布木秀

  • オリンパス12神は、どこから来たのか

     1神教でないオリンポスの神々は、基本的に性格断片から構成されています。神の役割分担には、重複がありますが、かなり明確です。

     ギリシア神話で、オリンポス山頂に住んでいると考えられた12神は、主神、ゼウス。主神の妻、ヘラ。軍神、アテナ。秩序の神、アポロ。美の女神、アプロディテ。武神、アレス。狩猟の女神、アルテミス。豊穣の女神、デメテル。鍛冶の神、ヘパイストス。仲介の神、ヘルメス。地上神、ポセイドン。かまどの女神、ヘスティアです。最後の、ヘスティアの代わりに、陶酔の神、ディオニュソスが入ってきます。天空神ゼウスと、地上神ポセイドンとともに世界を3分割する冥界の神ハデスは、山頂に住んでいないので12神にはふくまれません。

     オリュンポスの神々は、第1世代と第2世代に分けることができます。クロノスとレアのあいだに生まれた第1世代の神としては、ゼウス、ポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテル、ヘスティアがいます。ゼウスの息子、娘にあたる第2世代の神としては、アテナ、アポロン、アルテミス、ヘパイストス、アレス、ヘルメス、ディオニュソスから構成されます。

     アプロディテについては諸説がありますが、ヘシオドスは、クロノスが切断した、父親ウラノスの男根の周囲の泡から生まれたとしています。系統としては、もっとも古い女神ともいえます。

     前回のコラムでみたように、ゼウスは、語源的に天空神(ディオ)とふかく関わっています。アーリア系の天空神が、イラン高原やアナトリア(小アジア)を経由してギリシア世界に入ってきたと考えられます。ここには、紀元前12世紀ごろに起こった民族大移動と戦禍が関係していると想像されます。

     古代エジプトでは、第19王朝、第20王朝の治世に混乱があったことが記録されています。紀元前14世紀ごろのミノア文明の崩壊や紀元前1120年ごろのドーリス人のギリシア定着や、先住ギリシア人のアナトリアへの移住など、300年間におよぶ東地中海世界の混乱と関係があったと考えられています。

     オリンポス12神は、どこからやってきたのでしょうか?

     ゼウスとともにやってきたアーリア系とみられる神々には、ポセイドン、アポロン、アレス、ヘルメスなどが考えられています。

     ヘラは、神話のなかで非常に侮蔑的に描かれています。これは、ゼウスの父系社会がギリシアに入ってきたとき組みこまれた、ギリシア地方の大女神だった可能性が高いと思われます。

     アテナは、ゼウスの頭部から出てきたとされます。これについては、べつのコラムで論じるつもりですが、クレタの女神だった可能性が高いです。

     アプロディテは、フェニキアの アスタルテ、メソポタミアの イシュタル、シリアの アタルガティスと関連しています。すべて 愛、性、豊穣、戦争 をつかさどる女神です。つまり、アプロディテは東方の女神だったと思われます。

     デメテルは、語源的にギリシア語では説明できません。原型は、アナトリアの大地母神だと考えられます。代表例は、キュベレです。この女神は、大地、肥沃、穀物、再生、母性をつかさどっています。デメテルの神話の中心は、娘(ペルセポネ)の喪失、冥界への下降、再生と季節の循環と関連しています。さらに、 デメテルの崇拝中心地、エレウシスにおける「エレウシスの秘儀」は、冥界への下降と儀礼を中心としています。これは、 アナトリアの大地母神信仰の儀礼構造と一致 しています。

     ヘパイストス(Hephaistos)は、 語源がギリシア語で説明できません。アナトリアには、 ヘパイストスと同じ性質の神が存在しました。ヒッタイトの鍛冶神、ハシワ(Hasiva)などです。この神は、 火、鍛冶、金属、地下 という同じ属性をもっています。

     ヘパイストスは、神話でも、足が不自由だったり、ヘラによって天から落とされるたりします。妻のアフロディテにも裏切られ、オリンポスで孤立しています。これらは、 外来神が体系に組みこまれたときに、しばしば起こる現象といえます。

     アルテミスの語源は、ギリシア語内部では説明できません。主要な聖地は、アナトリアに集中しています。エフェソスのアルテミス神殿は、古代世界七不思議の一つでした。マグネシア、ペリントスも、アナトリアです。

     スパルタのアルテミス信仰(アルテミス・オルティア)は、アナトリア起源の女神をギリシア的に再編した痕跡をつよく残しています。少年の鞭打ち儀礼(ディアモスティグシス)は、「野生の力を制御し、共同体の戦士へと変える」通過儀礼として理解できます。

     アルテミスは、アポロンと双子です。これは、「月と光」を対構造とする神話設計によると考えられます。

     冒頭に述べたように、オリンポス12神は、人格断片的です。そのなかの例外が、アポロン、ディオニュソス、ヘスティアです。この3神は、全体性をそなえています。

     アポロンは、アフラ・マズダと同じアーリア系宗教圏に属し、とくに契約の神、ミスラと近縁の光神だったと考えられます。

     ヘスティアは、オリンポス12神のなかで、もっとも調和がとれている女神です。クレタでは女性の地位が高く、「竈」は家や共同体の中心でした。ヘスティアは、クレタの中心神格を継承している可能性が高いといえます。

     ディオニュソスは、クレタの最高神だったと考えられます。

                              由布木秀

  • デニュオニュソス

     ギリシア悲劇は、ディオニュソスに捧げられていました。したがって古代ギリシアでは、もっとも人気があった神さまでした。

     オリンポスの12神は、1神教とは違うので性格が断片化されています。つまり、全体性よりは、個性が重視されています。なかでも、ディオニュソスは、非常にユニークな神様です。12神のなかでは、いちばんあたらしく加わったとされています。このため形姿は、青年だったり子供だったりします。ゼウスの子供という設定からも、やがては主神になる定めをもっていました。

     ディオ(deiwos)は、アーリア系民族では一般的に天空神、つまり最高神をさしています。ギリシア語、ラテン語などの屈折語では、名詞が文中での役割によって形を変えます。ギリシア語でゼウス(Zeus)は、主格形です。ディオス(Dios)は、「ゼウスの」という属格形です。したがってギリシア神話で、deiwos の語根を継承した神は、ゼウスになります。

     神話では、ディオニュソスの父は、ゼウスです。母は、セメレです。彼女は、ギリシア神話の中心都市、テバイをつくったカドモスとハルモニアの娘です。

     ゼウスの妻ヘラは、ゼウスの浮気相手だったセメレに「あなたの愛人は、ほんとうにゼウスその人か」という疑惑をふきこみます。妊娠していた彼女は、不安に耐えきれず、ゼウスに必ず願いを叶えさせると誓わせ、「ヘラと会うときとおなじ姿で、やってきて欲しい」と願います。ゼウスは、約束をまもって雷光としてあらわれ、セメレは焼かれて死んでしまいます。

     ゼウスは、6ヵ月の胎児を大腿のなかに縫いこみます。3ヵ月後に誕生したのがディオニュソスです。このため彼は、「二度生まれた者」とよばれます。

     ディオニュソスの誕生には、異説があります。ゼウスは、冥界の女王となるペルセポネ、あるいは、ペルセポネの母親にあたる豊穣の女神、デメテルに自分の跡継ぎを生ませます。子供は、ザグレウスと名づけられます。ヘラは嫉妬にくるい、ティターン族に襲わせます。ザクレクスは、八つ裂きにされ、食べられてしまいます。女神アテナが、ザクレウスの心臓だけを救いだし、ゼウスは飲みこんでしまいます。セメレが懐妊した胎児の心臓は、ザグレウスのものだったとされます。この神話は、再生をテーマにし、ほんらいディオニュソスが農耕神だったことを示唆しています。

     ディオニュソスは、ブドウ栽培とワインの製造を人びとに伝えたことになっています。また、インドまでいき征服してギリシアにもどってきた神さまとしても有名です。

     ディオニュソスが八つ裂きにされたことは、非常に重要です。この話は、エジプトの神「オシリス」との関連をつよく示唆しています。

     ディオニュソスが最後にオリンポス12神にくわえられた神だったとしても、もっとも新しいわけではありません。つぎのコラムに詳細はゆずるとして、ゼウスは民族の大移動にともないイランから由来した神だったと考えられています。ディオニュソスは、さらに古いクレタ島の神だった可能性が示唆されます。土地の神さまたちは、新来の神によって八つ裂きにされます。しかし、地域が安定すると古来の神が復活するのです。それが、デウスを凌ぐ力をもつとされるディオニュソスになります。

    「音楽の精神からの悲劇の誕生」のなかでニーチェは、「ディオニュソスの笑いからオリンポスの神々が生じ、彼の涙から人間がうまれた」といっています。

     つまり、抑圧された神さまです。したがって、もっとも抑圧されていた民衆、つまり女性たちを陶酔させ、狂乱させる神になります。ディテュランボス(酒神頌歌)は、はげしい身振りと舞踏であらわされる、脱魂忘我の歓喜の歌です。この狂気は、ワインによって象徴されています。

     ディオニュソスは、既成の秩序を崩す神です。したがって、孤独で、仲間をもちません。ニーチェが指摘したように、秩序はアポロがもっています。この二神は、ヒンドゥー教における破壊をもたらすシヴァ神と、秩序を維持するヴィシュヌ神との関係にそっくりです。

     この詳細は、作品番号38「ヒロミの部屋」に書かれています。

                              由布木秀

  • ディオニュソス劇場

     アテナイのアクロポリスの一角に、ディオニュソス劇場の跡地をみることができます。想像していたより規模は小さく、舞台は相対的に大きすぎると感じました。

     この石づくりの野外劇場は、紀元前6世紀に建築され、15000人以上を収容できたといわれます。現在みられる部分は、紀元前4世紀前半、ローマ時代に改築されたといわれています。 この劇場は、毎年春の大ディオニュシア祭において、ディオニュソスに捧げる悲劇を上演するためにつかわれたことで有名です。

     古代ギリシアでは、劇場は丘などの斜面をけずって建造されました。野外劇場では、演者や合唱隊の声が聞きとれなくてはなりません。舞台は、すり鉢状に取りまく底の部分につくられました。さらに、一段ひくい部分に合唱隊(コロス)がならぶ平土間がありました。音響効果を考えなければなりませんので、舞台の後ろ側には石づくりの壁(スケーネ)が立てられていました。客席は、舞台をとりこみながら、すり鉢状の斜面に半円形につくられていました。この構造は、現在も音楽会や演劇ホールでつかわれていますので、誰でも容易に想像できます。

     廃墟となっているディオニュソス劇場だけをみて、感慨にふけることはなかなか難しいです。しかしながら、ニーチェの悲劇の誕生を読むと、まったく異次元の風景がみえてきます。

     演劇は、筋が理解できなくては、意味が分かりません。誰かが、経緯を説明するところからはじまります。しかし紀元前の話ですから、野外の大会場にはマイクはないのです。そこで、コロスが大声で合唱することになります。さらに演じるといっても、会場全体につたえるには、工夫が必要になってきます。

    「ギリシアの楽劇」という講演(1870年)でニーチェは、この状況を説明しています。 雰囲気は、こんな感じになります。

     さんさんたる白日のなかでは、夜と篝火の神秘的な雰囲気はどこにもなかった。ぎらぎらとし空間は、観客で埋めつくされていた。その20000人が、すり鉢状の底を懸命にみつめていた。そこには、あやしく動いている仮面をつけた人物の群れと、ほそながい舞台の空間をものすごくゆっくりと往来している巨人のような人形がいた。彼らは、もはや人とはよべなかった。コトルノという高い竹馬のようなものに乗り、頭の上までそびえる、極色彩の巨大な仮面をつけていた。胸や腹、腕や足にあたる部分には、不自然なほどの詰め物をつけて膨らましていた。床までとどくほどの、裾のながい衣装をひきずっていた。さらに頭部には、オンコスとよばれる重い髪飾りがついてたので、ほとんど身動きがとれなかった。それでもなお、彼らは、会場を埋めつくす20000人の観客にむけて舞台の意味を分からせねばならなかった。仮面のひろく開いた口の穴から猛烈な大声をだして経緯をかたり、歌をうたわなければならなかった。これらの俳優歌手たちは、ひとりひとりが10時間にもわたる緊張をもって、1600行の詩句を吟じ、そのなかにはすくなくとも大小6つの歌曲があった。

     こういう感じです。この記述を知ってディオニュソス劇場に立つと、当時唯一の娯楽ともよべる魅力のある舞台は、相当に迫力をもっていたと考えられます。おそらく、ギリシア語が長母音から形成される事実は、こうした演劇に有利だったと思われます。子音が多い語彙体系では、コロスがいくら懸命に唱和しても観客には通じなかったでしょう。

     作品番号12「アリアドネ」は、ディオニュソスなしには存在しません。ギリシア悲劇は、現代にもつうじる魅力をもちつづけています。悲劇作家たちは、こうした舞台装置を考慮したうえで創作を工夫していました。すごいですね。

                              由布木秀

  • 小説新人賞

     私は、こうした賞を否定する立場にありません。新人賞がもうけられていたので、創作の期限を決め、改訂を目指すきっかけをつくってもらえました。人にみせられる65作品をのこせたのは、新人賞が至る所にあったからです。たいへん、ありがたいことでした。

     小説新人賞では、「同一投稿は、許可しない」という但し書きをみることがあります。しかし、投稿者がいい加減な気持ちで郵送料を支払う行為におよぶとは考えにくいです。投稿すると決めれば、最善をつくして改訂するのは間違いありません。もちろん、読み手はたいへんです。最後のページまで読んでもらえれば、一次予選は問題なく通過できると思います。ほとんどの作品は、最初の2、3ページでゴミ箱にすてられているのが現実でしょう。

     自慢にはなりませんが、おそらくギネス並に落選をつづけていました。60年ちかい投稿歴をもっていますが、有力な文芸誌の3次予選くらいまでが限界でした。そこまでいくと、もうすこしなおせたのではなかったかと、作品を今までとは違う観点からみることができます。すくなくとも5年間、20の新人賞に投稿しつづけた実績があります。この部分だけで、確実に100になります。

     このペンネームは、すでに悪名が高く、みただけで廃棄処分が決定されている事態も想像されました。実際に、筆名を変えて投稿したこともあります。しかし、担当者がそこまで考えるなら、年齢や性別、住所なども参考にするはずです。落選理由ではないと判断し、このペンネームをつかっています。

     新人賞受賞者がその後どうなったのかは、興味をもっていました。たとえ運よく受賞しても、小説をかいて生活できる人はほんの一握りです。自分で作家だと考えるのは自由ですが、客観的な評価を維持するのは難しい領域です。

     なんらかの運をふくめた「才能」という名づけがたいものが問われる分野は、スポーツであれ、芸術であれ、悲劇をうむ可能性をつねにはらんでいます。さらに複雑なのは、小説新人賞が才能発掘を主目的にしてはいないことです。出版書の事情によってつくられていますので、話題性がいちばんの条件になります。このため主題は、現代にマッチしなければなりません。しかし創作活動とは、どうでもいいことを考える行為を指しています。したがって、作者は基本的に内向的で妄想的です。人と打ち解けることを苦手とする者以外は、創作などという面倒くさいことはしません。新人賞受賞とは、この作者の内向性と、人びとが活動している現実とのはげしい乖離を、なんらかの手段で埋めなければなりません。

     投稿をつづけていたころは、受賞作はほとんど読みつくしました。しかし、この作者には敵わないと思えれば、創作をつづけないですんだ可能性もあります。評論家は、自分が作者ではないという前提で論評しますから容易に比較ができます。いっぽう作者は、自分が劣っていると認められれば、創作を放棄できます。内向的で妄想的な個性をもつなら、一般人が考えるほど簡単な問題ではありません。

     結局、自分がもっているオリジナリティを比べることになります。受賞作に圧倒されるのは、独創性という範疇で敵わないと認められるばあいだけです。しかし、このオリジナリティとは、突きつめれば変人度ですから、容易に納得できません。

     つまり、創作活動は、非常に解決困難な構造をかかえています。

     最終的には、主題が重くて現代にはマッチしない。活字離れの時代は、かならず揺りもどしがくる。軽薄不調で手軽な「SNSの時代」は、どこかで大きく逆流する。もう一度、人間の意味を問い直す社会が到来する。人類史は、ずっとこの反復運動をしている。などという妄想的な思考から抜けでることは困難です。

     作品番号45「異次元の女王」は、新人賞を受賞した場面から物語がはじまります。

    「妄想の果ての物語」と、名づけてもいいかもしれません。

                              由布木秀

  • 世界三大美女

     作品番号11「ソフィアに会った日」では、主人公が瞑想のため洞窟にこもると、世界の美女たちが誘惑にでてきます。そのなかには、クレオパトラや楊貴妃がいます。ミケランジェロの「聖アントニウスの誘惑」は、イメージの源泉になっています。

     ギュスターヴ・フロベールの同名作品も、取りいれられています。フロベールは、さまざまな作品をのこしたフランスの人気作家でした。しかし、どの小説も時代感覚が違っていて、いま読み直しても面白いとはいえません。この作品は、いちばん評判が悪く、不出来だから焼いてしまえとまでいわれました。しかし、時代を超えて残っています。

     作品番号10「螺旋のはざま」でも、西施など美女の話が登場します。

     日本では、世界三大美女は、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町になっています。おそらく世界中に、地元の美人を組みこんだ「三大」があるのだろうと思います。

     いちおう標準型の世界三大美女として挙げられるのは、ヘレナ、クレオパトラ、楊貴妃です。

     ヘレナは、ホメロスのイリアスで謳われた世界最高の美女です。トロイの王子、パリスは、最も美しい女神としてアフロディティを選びます。その褒美として、人間界最高の美女をもらいます。もともとヘレナは、スパルタの樹木神です。作品番号43「美神 ヘレナ」は、クレアツーラという惑星で唯一みつけられた、地下に樹木状に根をはる生物の名称です。

     とはいっても、ヘレナが例外なのではなく、クレオパトラも楊貴妃も、ほとんど神話的な存在です。このコラムでは、こうした美女が似た構造をもつことを話題にしたいと思います。

     神話的な美女は、世界を滅ぼすためにうまれます。ですから、文明が爛熟しないと出てきません。歴史の転換点に位置するので、悪女と評されるばあいもたくさんあります。

     この美女たちは、いずれも最高神と関係をもっています。

     ヘレナは、ゼウスの子供で、卵としてうまれました。

     クレオパトラは、エジプト神話の豊穣の女神、イシスのうまれかわりともいわれます。 エジプト神話の「オシリスとイシス」は歴史的には非常にふるく、ギリシア神話では、イシスをゼウスによって牛にかえられた女性「イオ」として取り込もうとします。

     アレクサンドロス大王によってエジプトのファラオは、ギリシア系にかわります。クレオパトラは、その末裔です。フラウィウス・ヨセフスの「ユダヤ古代誌」では、彼女は、ただただ権力欲にまみれた残酷な悪女とされ、美人だったという記述は、ほとんどみつけられません。

     楊貴妃は、宇宙自然の普遍的法則や根元的実在、道徳的な規範、美や真実の根元などを広く意味する道教の「タオ」と関係づけられます。

     さらに美女は、光り輝いています。傾国の美女とは、光を内部に取りこむ装置です。コラム「ゴールド」でも話題にしますが、太陽はあらゆる力の源泉で象徴です。ですから、美女は、太陽の一部をひきつぐ必要がうまれます。それは、月光の影にもなります。夜空に太陽の光をうけて輝く月は、神秘的で、みる者に狂気をあたえるとされています。

     こうしたなかでも、クレオパトラが真珠を酢にとかして飲用するエピソードは圧巻です。真珠は、現在は人工的につくられますが、当時はダイヤモンドにも勝る貴重品でした。聖書外典の「トマスの福音書」には、有名な「真珠の歌」が出てきます。神が暮らす天上から雨に交じって降ってくる「魂」が大海にとけて沈みこみ、それを長い年月をかけて目にみえる形にしたのが、真珠だと考えられていました。この福音書のなかで、トマスはインドに布教にいきます。聖トマス教会は、いまでもインドで布教活動をしています。

     真珠の歌を内包した作品が、「ソフィアに会った日」です。その気になって読んでいただかないと、分からないと思います。

    女性光の象徴物質化した形(象徴物)文明圏
    ヘレナゼウスの光
    白鳥、卵
    卵(光の球体)から誕生ギリシア
    クレオパトライシスの光
    月光
    真珠(光の結晶)を溶かして飲むエジプト
    楊貴妃道号、太真
    真光、虹光
    香(光の気)、玉環(光輪)、虹霓の屏風中国(道教)

                              由布木秀

  • ダエーナー

     ダエーナー(Daena)は、ゾロアスター教において意識を擬人化したものと考えられている存在で、美しい処女の姿をしている。

     ウィキペディアに記載には、誤りがたくさんあります。生成AIがつくる文書とおなじで、間違っていることを前提に考えないと正誤が不明になります。

     ゾロアスターは、人類で初めて「自己」を発見した者と考えられます。それ以前にみつけた人がいたとしても、文献的に検索できません。彼は、世界を光と闇の二元論で説明しました。間違いなく、光は意識、闇は無意識を指しています。彼の時代には、こうした現代の心理学用語がなかったのです。

     伊藤義教が訳した筑摩書房、世界古典文学全集3「アヴェスター」を読むと、ゾロアスター教の創始者たちが、たいへん豊かな想像力をもっていたことが分かります。

     ふと、森の匂いがした。奥ぶかい、木々の息づかいだった。それが、橋のむこうから流れてきていた。その香りが、やわらかい風にのっていた。橋のむこうの扉がゆっくりとひらいて、さらにいい匂いがただよってくる。オレンジ色をした夕日がもれて、あけはなたれた戸から大量の西日があふれでていた。

     そこから、暖かい南風とともに、芳しい緑の香りがはこばれてくる。ゆるやかな流れにのって、魂に吹きよせてくる。その大気を呼吸している。いい匂いにむかって歩いている。

     橋にながい影がさし、それを目で追うと乙女がいた。

     白く輝くスカートをはいた、すらりとした肢体がみえる。

     大きく胸のはだけた銀色に煌めくシャツを着て、真っ白なほそい紐を腰に巻いている。露わな肩、金のブレスレットが光る白い腕、張り切った乳房がみえる。高貴なうまれの、美しい乙女がいた。

     これは、作品番号07.「ダエーナー」最終部の一節です。

     主人公は、家電量販店で副店長をしています。万引き犯をみつけ、話をきき出します。それは、自分がおかれている状況とそっくりでした。彼が放免した男は、家電量販店の屋上から飛び降り自殺します。どこまでも相似な関係のなかで、自分が何ものだか考えはじめます。おりしも、社長が自宅の橋状になった廊下から転落死します。社長の令嬢は、若くて美貌でした。彼女は、主人公が20歳のときに描いた絵と、そっくりな絵画を描いていました。彼女の義理の兄は、悪魔だったのです。主人公は、副社長の命をもって社長令嬢の救出にむかい、橋状の廊下でナイフによって刺されます。

     そして死ぬ瞬間、彼女こそが自分だったことに気がつくのです。

     ダエーナーとは、自己を指しています。

     自己とは、たくさんの自分から形づくられる、中核部分です。

     ユングなら、生まれたときから嫉妬にさらされる者と定義するでしょう。ダエーナーが、現世の仕事を終えた自分を待っていてくれるのは、チンワント橋です。最後の審判のモデルになり、イスラム教でも取りいれられました。

     ゾロアスター教の天使たちは、世界の豊かさを象徴しています。

     こうしたことを、3000年以上もまえに、考えついた人がいたのです。

                              由布木秀

  • 弥勒

     作品番号31「弥勒をみつけた日」第3章「弥勒」は、1)生誕物語、2)現世創出物語、3)幽閉物語、4)脱出物語、5)転生物語、の5節から構成されています。

     この小説の履歴は非常に古く、着想は1970年以前と思われます。完結して残っている最古の小説は、作品番号30「アルジェの朝」です。

     創作活動は、幾度もやめようと考えて原稿を燃やしています。

     それでも残っているのは、幾度もくり返し着想したからだと思われます。

     最初は、「檻」という題名でした。ある日、男は、自分が檻に囲まれているのを発見します。檻のなかでは、チャンピオンになれます。しかし、気がつくと出てこられなくなるという物語です。幾度も改訂され、「檻の男」という70枚くらいの小説となり、最終的に不完全作品集に収録されました。不完全に分類されたことは、完全作がつくれると思った証拠です。

     この小説は、「アイオン」と名づけられ170枚くらいの作品になりました。これを改訂して、「ニルヴァーナ」がつくられています。17期、420単位(630時間)、創作ノート140枚という作品です。今回、さらに改訂されて「弥勒をみつけた日」と改題されました。

    「檻」、「檻の男」の段階では、仏教思想も充分には理解していませんでした。グノーシスについては、ほとんど無知でした。「アイオン」に改訂される過程で、こうした思想が組みこまれていきました。

     私の小説は、「自己の発見」、「SELFの顕現」というテーマが圧倒的に多いので、ゾロアスター教は基礎的部分になります。あらゆる宗教は自己と向かいあう行為ですから、小説の枠組みに取りいれられます。なかでもグノーシス思想は、たいへん相性がいいのです。組織よりも個人をあつかい、抑圧される側に立っているので、現代にも充分に当てはまります。

     グノーシス思想にかんしては、たくさんの書籍を読みました。しかし、起源を仏教にもとめる文献はみつけられません。グノーシスは、よく知られているとおり、いまのクルド人が住んでいる辺りで興隆しました。彼らが国家をもたなかったことと、ふかく関係していると考えています。クルド人は、抑圧する側に立った歴史がない可能性があります。この思想は、抑圧された者たちのもので、あきらかに現世否定型宗教といえます。

     仏教は、圧倒的なヒンドゥー教をまえに、現実に発展ができませんでした。そこで、この世を牛耳っている勢力、つまりバラモン階級を欲天の頂上に置いたのです。波旬が支配する「他化自在天」とは、他人の欲望を自在にあやつり、世の中をうごかすことで喜びをえるという意味です。

     現代の政治家とそっくりです。

     グノーシスには、さまざまなタイプがあります。こまかく分ければ、切りがないほどだろうと思います。具体的には、現世の神は偽物で、彼らを創造した者をつくった至上神がいると考えます。神は、自分たちのはるか彼方に存在する至上神がいることに嫉妬して、創造者を幽閉していまいます。ですから、この世を救済するのに、現世では救世主が捕らえられているという神話がうまれます。現世の神は、デミウルゴスとよばれます。彼がつくったものが、アルコーン(現世の支配者)です。

    【仏教】六欲天【グノーシス】宇宙論【性質】
    第六天(他化自在天)波旬デミウルゴス欲望世界の支配者、偽の創造主
    第五天(化楽天)アルコーン層中間支配者
    第四天(兜率天)弥勒アルコーン層(高位)中間的神性、未来仏の待機層
    第三天(夜摩天)アルコーン層半神的存在
    第二天(三十三天)帝釈天アルコーン層下位支配者
    第一天(四天王天)アルコーン層(最下位)物質界に近い支配者

                              由布木秀