ゴールド、03

 金価格が、2026年3月に25%暴落した原因を、原油価格の上昇にもとめる記事を幾度も目にしました。このコラムでは、金と原油の市場がまったく違う構造から成立している事情を話題にしたいと思います。

 原油市場は、特化したプレーヤーで構成されています。ショート(売り)もロング(買い)も、専門家がおこなっています。具体的には、商社、石油メジャー、製油会社、航空会社、CTA(商品特化型ファンド)、マクロヘッジファンドなどです。市場は、未来の実需を予想する専門家によって構成されています。

 金も、同じように専門分野です。金市場のプレーヤーは、中央銀行、宝飾需要、ETF、マクロファンド、金鉱山会社などです。実需に加え、国家が介在する市場です。とはいえ、金市場には近年、一般投資家が参入しています。原油市場は、素人が入りこめない危険地帯です。

 原油と金は、おなじ「コモディティ」という範疇では語れないほど、市場構造が違っています。原油のプレーヤーが金市場に一時的に参入したり、また反対に金の専門家が原油市場にとつぜん出現する事態は、ほぼ考えられません。今回は、原油価格の暴騰と金価格の暴落が同時に起こりましたが、つねにこうなる必然性は考えにくいのです。

 原油価格は、基本的には景気によって左右されます。好景気なら大量に消費され、不況期には価格が低迷する、景気敏感商品です。金は、宝飾需要よりも、基軸通貨の揺らぎを反映する中央銀行の買いなどによって価値が決定される、信用敏感資産といえます。

 原油は、世界で1日1億バレルつかわれ、年間500兆円ほど取引されますが、最終的には霧散していまう消費財です。価格は、その年の需要によって大きく変化します。ですから、埋蔵量を資産として換算しても無意味です。つまり原油市場は、ストック資産という性格をもちません。毎年リセットされる、0からはじまる巨大なフロー市場です。

 国家による原油備蓄は、流動性市場のなかに一時的に停留する在庫と考えるべきです。岩手県久慈市にある、国家備蓄基地を見学したことがあります。そこでは、原油が水より比重が軽いという性質をつかって蓄えられています。具体的には、地下の岩盤に巨大な空洞をつくり、周囲を水で満たし、水圧で封じ込め、大量の原油を保管しています。しかし、こうした備蓄原油は、どれほど多量でも、価格決定に無関係で、管理コストが発生します。最終的に消費されるまでのあいだ、市場にとどまっている在庫にすぎません。永続的な価値を保持するストック資産とは、本質的に異なります。

 いっぽう、金は毎年30兆円ほどが、あらたに市場に出回ってきます。しかし消費財とは違い、年間供給量は追加分に相当します。価格が決定されると、総量の22万トン(5500兆円、2026年2月現在)に影響が及びます。つまり、金市場は,永続的に積み上がるストック市場といえます。

 ふたつの市場は性質が違いますから、単純に比較はできません。しかし、1年間に新たに市場に出てくる部分に対する資金需要は、金市場のばあい30兆円で、原油市場500兆円の15分1にすぎません。つまり、資金の流れが圧倒的に小さいといえます。金市場は、レバレッジ勢を中心とした1兆円程度の売りによって、25%も急落するという脆弱性をもっているのです。しかも不動産市場とは違い、充分な流動性があります。したがって、換金売りの対象にされやすいのです。つまり、変動率が大きくなりやすい構造を抱えています。金市場は、巨大で安定したストック市場でありながら、小さな資金の流れ(フロー)で価格が大きく揺れるという矛盾した構造を持ています。この場合、ストックとは、ある時点での保有量、残高を指します。いっぽうフローとは、単位時間あたりの増減量、流量をあらわします。

 燃料としてつかわれる原油は、文明のエネルギーを象徴しています。現代社会の消費構造、経済的繁栄を数値化しています。いうならば、文明の血液に相当します。たとえるなら、貧血の方は、運動すると息切れを起こします。

 金は、文明の蓄積、ストックです。金が象徴するのは、この世の栄誉です。永遠に錆びることがなく輝くゴールドは、世界の秩序、権威、信頼、不変の価値を表現しています。つまり、文明の基盤、骨格ともいえます。

 原油は、未来の不確実性に支配されるフローです。現在の文明を動かすダイナミックな力、そのものといえます。

 いっぽう金は、過去の蓄積によって決定されるストックです。文明を支える基盤です。人間が、希求してやまない価値ある資産です。人類の歴史そのものであり、人の脳にふかく刻み込まれている永遠の通貨なのです。

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