ほとんどつねに、社会的に上昇する人びとは、そのためにかえっておのれを失う。彼らは、以前とは変わってしまうからだ。彼らは、混じり合った存在、雑種となってしまう。(中略)
困難なのは、上昇することではなく、上昇しながらも自己にとどまることである。
ルネサンスは、15~16世紀におこったヨーロッパの文芸運動を指しています。中世から近代への移行期にあたり、ギリシア、ローマの思想と精神を復興し、さらに優れた文芸を志向した運動です。日本では、文芸復興とよばれています。都市としては、フィレンツェ。人物としては、レオナルド・ダビンチや、ミケランジェロが有名です。
いま私たちは、歴史上こういう時期があったと理解しています。しかし、この時代を発見したのは、フランス人の歴史家、ジュール・ミシュレ(1798~1874)です。彼より以前、人びとはこういう時代認識をもちあわせていませんでした。ミシュレは、全19巻におよぶフランス史をかいたことで有名です。日本でも翻訳されていますが、私は読んだことがありません。
「魔女」は、岩波文庫として出版されています。冒頭の部分は、後書きにかかれていたミシュレの言葉です。この本は、反キリスト教的とされ、禁書になり、フランス以外で発刊されました。
中世フランスでは、農奴は人間として認められていませんでした。さらに女性は、はげしい差別の対象でした。ミシュレがフェミニストと評価されるのは、このいちばん弱い者たちを「魔女」として歴史を分析したからです。そのために、この本は、フランス史という範疇をこえて、読みつがれているのです。農奴の女性たちは、社会から迫害をうけている農奴の夫からも、さらに疎外された真の犠牲者でした。彼女たちは、魔女として生きるより道がなかったことがつづられています。領主やローマ教会によって、魔女がつくられていく経緯が、ていねいに記載されています。
現代、世界でもっとも力をもつ国の最高権力者が、なにか追及をうけると「魔女狩りだ」と反論する光景がくりかえされています。これほど違和感を覚える情景はありません。ミシュレだったら、さぞかし嘆く場面だと思われます。
作品番号09.「海面下」は、能力をもった者が、自分におびえ、社会から追いつめられていく小説です。善悪はともかく、そういう構図で創作された作品です。
ワイマール公国の大臣にもなった大作家ゲーテ(1749~1832)は、当時、全人といわれ賞賛の的でした。
ミシュレは、ゲーテについて、「形式の面ではきわめて正しいが、精神の面ではそれほどではない」といっています。彼は、権力構造が人を変質させてしまうことを充分に知っていました。
コラムの冒頭に掲げた文書を、読みかえしていただきたい。
歴史から得た信念をもち、ローマ教会とたたかい、ナポレオン3世にもすりよらず、一介の庶民として死んだジュール・ミシュレは、英雄とよんでもいいだろうと思います。

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