クレタ文明は、ギリシア神話がうまれたころには、すでに滅んでいました。ですから、東地中海世界の覇者、ミノス大王が神話にくみこまれると、時代的に連続性がたたれることになりました。そのためミノス王を個人名でなく、王朝名として説明する研究者も存在します。こうした説にしたがえば、ミノス王は10代以上おなじ個人名だったことになります。
神話では、ミノスには5人の子供たちがいました。娘は、長女パイドラと、次女アリアドネです。どちらも、クレタの神さまです。この二人は、鏡面構造をつくり、クレタ王家の表と裏を表現しています。パイドラは、光り輝く地中海の恵みをいっぱいに享受した明の世界。アリアドネは、その影のなかで生きる闇の象徴です。神話のこうした構図をいちばんよく伝えてくれるのは、パウサニアスの「ギリシア案内記」です。これを読まないと、小説はかけません。裏を返せば、エピソード化された、この書物のなかに入ると、イメージがあふれてきて、収拾がつかなくなるほどです。
ギリシアの都市国家(ポリス)、アテナイは、クレタから東地中海世界の覇権をうばいます。神話のストーリーとして、アテナイの英雄、テセウスが、クレタ王女、パイドラを妻にむかえるのは至極自然です。
誇り高き王女パイドラについては、悲劇作家、エウリピデスが「ヒッポリュトス」という作品をのこしています。ヒッポリュトスは、テセウスの異腹の息子です。彼は、同性愛者でした。エウリピデスは、この部分をきちっとかいています。この話のテーマは、母と息子という近親相姦では決してありません。パイドラは女神ですから、老いることがありません。だいいちテセウスとは、10世代以上も年うえなのです。1世代は、間違いなく誤差の範囲です。ですからこの挿話は、永遠に若く美しい女性と、彼女が情熱をもってうけいれた若いころの夫にそっくりな男性とのあいだにうまれた、純粋な悲恋物語です。この経緯は、作品番号41.「崖」にくわしくかかれています。もちろん、作品番号12.「アリアドネ」では、一章が割かれています。
17世紀のフランス劇作家、ラシーヌは、この物語を「フェードル」という作品にしました。彼は、神話構造をまったく理解できない、恐ろしいほど下品な俗物です。ラシーヌが書いた作品がうけいれられた事実からみるなら、当時のフランス社交界がすでに爛熟し、腐敗していたことがよく分かります。

コメントを残す