コーランは、不思議な書物です。聖典とはいえ、個人の言行録という内容です。イスラム教には、さらに準聖典として別建てのムハンマド言行録「ハディース」が存在します。
わけの分からないコーランのなかでも、第18章「洞窟」メッカ啓示、全110節は、際だって不明です。日本語訳を作成した井筒俊彦も、解説をつけていますが、とても納得できるものではありません。たんに奇妙なだけではなく、いくつかの話がいっしょになっています。組みあわせに、合理性が欠けています。
冒頭に、エフェソスの「セブンスリーパーズ」の伝承が記載されています。信心深い若者たちが教えに背くことを拒否し、洞窟にとじこめられます。幾世代もたって目が覚めると、彼らが望んだ信仰ぶかい世界が到来しています。エフェソスは、トルコの地中海がわにある古代都市で、世界の七不思議、アルテミスの女神像で有名です。七人の眠り聖人の話は、ユダヤ教、キリスト教、ギリシア正教会、シリア教会、コプト教会などに伝わっています。
つぎに「モーセの我慢」という有名な話がつづいています。
モーセは、真理をもとめて、ふたつの海がむすびつく場所まで従者と旅をします。空腹を覚えたときに、従者が昼食用にもっていた魚が消えていることに気づきます。モーセは、魚がいなくなった場所こそが、海につづいていたことを知り、もどってみるとハディルに出会います。
このハディルこそ、イスラムフォークロアの中心をになう存在です。神の最初の天使、緑の男ともいわれます。アレクサンドロス大王とは、親友です。彼は、いたる場所に出現します。イスラムの人びとは、日常的にハディルをみつけるともいわれます。彼は、作品番号31.「ソシュールからの手紙」に登場します。
モーセは、ハディルに真理を教えてもらうために従者になりたいと希望します。彼は、無理だからやめろといわれますが、我慢を約束し、質問しないことを条件に許可されます。しかしモーセは、ハディルが船を沈めたり若者を殺したりするので、我慢ができなくなるという話です。
つぎに、とうとつにアレクサンドロスの話が出てきます。彼は、世界の西と東の果てにいき、意のままに人民をおさめます。最後の審判で神が善悪の判断をくだすよりまえに、善い者を助け、悪い者をこらしめます。さらに北の最果てで、世界の終末に襲ってくるゴグとマゴグが、それ以前に来襲しないように鉄製の防御壁をつくります。
第2と第3の話は、あきらかにハディルがつないでいます。
セブンスリーパーズは、復活の物語です。ふたつの海がむすびつく場所にいる緑の男、ハディルは、死んでいた昼食用の魚から生きかえったのかも知れません。アレクサンドロス大王は、復活の日にむけた物語になっています。つまり、三つの話は、つながっているともいえます。復活は、洞窟のなかで起こる。よみがえる者は、ハディル。彼は、英知ばかりか、圧倒的な力と財力をもっています。
ユングは、「変化過程をあきらかにするシンボル系列の一例」という小論のなかで、この話を詳細に取りあげています。(ユングの象徴論、野村美紀子訳、思索社)
作品番号09.「海面下」は、この話をテーマに掘り下げています。
