このコラムを書こうと思って、ウィキペディアをみて仰天しました。
ゾロアスターの活躍した時代が、紀元前600年頃と表記されています。これは、日本にアヴェスターを紹介した伊藤義教の個人的な説でした。つい10年くらいまえまで、極端な異説として相手にされなかった記憶があります。東大の教授とは、これほど権威があるものかと驚かされました。ゾロアスター研究の最高権威とされた、メアリー・ボイス(1920~2006)は、紀元前1500年~1200年という説を唱えていました。これは、理解しやすい年代です。私も、紀元前1200年頃に生存したと考えています。
アーリア民族は、紀元前20世紀ごろ、ウラル山脈の西側から黒海北岸、カスピ海北岸、さらにカザフ草原の西部に広がる世界最大のステップ、キプチャップ草原に発祥したと考えられます。すくなくとも紀元前15世紀ごろから、インド・アーリア、イラン・アーリアとに分かれて、繰りかえし南下し、原住民と争いを起こし、定住したと考えられています。両者は、それぞれインド文明と、ペルシア文明の基礎をつくったとされます。アーリア民族は、3層からなるカーストに似た階級をもち、どちらの文明でも継続したといわれます。ですから、二つの文明は兄弟関係で、さまざまな類似点があります。
インドの宗教書、ヴェーダは紀元前10世紀ごろからつくられはじめ、前5世紀ごろに成立したとされます。ペルシアのゾロアスター教とは、水の儀礼、牛や火に対する思想などがよく似ています。ゾロアスターの最高神、アフラマズダが、ヴェーダでは悪神に貶められた事実から、両者はたがいに教義を知りあう関係にあり、さらになんらかの敵意をいだいていたのではないかと想像されます。
ゾロアスター教は、光と闇の善悪二元論が有名です。前6世紀に成立したアケメネス朝ペルシアでは、中心的な宗教になりました。紀元前3世紀に成立したササン朝では、国教とされました。7世紀以降イスラム勢力が侵攻すると、信者は、国を追われていきました。
ゾロアスター教は光を善神の象徴とし、火を大切にするため拝火教ともよばれます。私は、ボンベイ(ムンバイ)の街角で鉄格子の窓越しに、この儀式を2時間ちかくみた記憶があります。拝火教徒は、パールシーとよばれます。彼らは、ムンバイの富を独占していると聞きました。ネルーの娘のインディラが結婚した相手は、拝火教徒でした。このカーストを越えた恋は、ガンジーが仲介したといわれています。
ゾロアスター教を主題にして、たくさんの小説をかいてきました。作品番号43.「美神 ヘレナ」では、人類で最初に自己を発見した者として、ゾロアスターを書いています。当時は、無意識、自己、という言葉は、ありませんでした。彼は、闇と光で、これらを表現したと考えています。無意識は、フロイトやユングが発見したといわれますが、彼らは名前をつけただけです。作品番号07.「ダエーナー」は、まさにゾロアスター教が自己と呼んでいる本体を書いています。自己を発見した宗教ですので、私の小説には、ゾロアスターがたくさん書かれています。作品番号10.「螺旋のはざま」も、完全につながっています。伊藤義教が訳した筑摩書房、世界古典文学全集3「アヴェスター」からは、たくさんの文章が引用されています。
伊藤氏の日本語訳は、素晴らしいと思っています。しかし、彼の説には納得できません。
