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生活保護

 6月1日、埼玉県でケアマネジャーが殺害される事件が起こりました。経緯はよく分かりませんが、なんらかの行き違いがあったのだろうと思います。

 この事件をきいて、知りあいのケアマネの方が、「どんな計画を立てようにも、まったくお金がないのです」といって嘆いたことを思いだしました。彼女は、憂鬱になって仕事を辞めました。

 北海道の過疎地で医療をしていたときに、床ずれをみて欲しいといわれて往診したことがあります。高齢の女性で、寝たきりになっていました。栄養状態も悪く、ひどい褥瘡ができていました。このばあい、腐敗した部分を削りとって、血の通った新鮮な肉芽をだしてやる必要があります。専門的には、掻爬とよばれる手技です。

 とても一日ではできませんので、毎日かよって治療しました。この方の家は借家でしたが、台所のほかには一部屋しかないのです。そこに、万年床を敷いた病人と娘さんが暮らしていました。毎日通ううちに、家財もほとんどないことに気づきました。おどろいて、生活支援が必要だと考えました。そこで、懇意にしていた老健施設のセンター長に、幾度も頼みにいきました。くりかえし状況を伝えたので、施設長はショートステイとして一時的に収容するといってくれました。施設の方がきてくれて、道路側に面した窓から布団のまま運びだそうとして落下させました。患者さんは、大腿骨を骨折して総合病院に搬送されました。その後のことは、まったく連絡がなかったので知りません。誰にきいても、分からなかったのです。

 3週間ほど毎日往診して治療しましたが、診療報酬請求はすべて削られました。再審査請求をすると、「医者がこんなことをするとは考えられない」と返信され、ひどい話だと思いました。

 いま考えると、娘さんは仕事をしていなかったので、生活保護世帯だったと思われます。過疎地での医療は、金銭追求が目当てではなかったので、不明な出来事のひとつとして覚えています。

 今回、貧困をあつかった、門倉貴史、岩田正美、みわよしこ、小林美穂子らの書籍を読む機会がありました。

 生活保護の受給資格は、まったくストックがないことだと知って、過疎地の医療を思いだしました。

 この場合のストックとは、援助可能な親族や知人をふくめて、最低限の家財、貯金、保険、不動産といった生活を支える資源の総体を指しています。これらがすべて失われたとき、ようやっと生活保護の受給資格を得るのです。この時点で、「貧困」が制度的に認定されるのです。

 生活保護の申請は、自分がこうした立場にいることを認める行為になります。普通の人にとっては、かなり苦痛で抵抗があるはずです。したがって行政は、申請者に配慮する必要があると思います。しかし、現実は「水際作戦」と称して申請を受けつけないばかりか、申請そのものをださせないように威圧的な態度で対処する自治体もあり、問題になっているようです。

 さらに、生活保護を受けている者たちを相手に、保護費を搾取するビジネスが存在します。読んでいて、愉快になる話はかいてありませんでした。生活保護世帯の医療費が免除対象になる制度を、悪用する医者もいるようです。

 保険請求がまったく認められなかったのは、貧困ビジネスとみなされたのかもしれないと、今回はじめて思いました。とはいえ、医療行為は、お金を稼ぐためにするものではありません。

 医療行為とは、なんなのか?

 これは、作品番号23「医者になる」で、あつかった問題です。

 退職してから年金もあり、生活にこまってはいません。お金を稼ぐのが、ものすごく大変だったので、浪費しようという気持ちが起こらなかったのが幸いでした。

                          由布木秀

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