• ゴールド、15

     6月30日の取引で、金価格が1%超下落している。月間ベースで​は2008年10月以来最大の下げとなる見通‌し。中東情勢を巡る不透明感が後退する一方、米国で高止まりするイン​フレを抑制するための利上​げ観測がつよまっている。

     金現物は0221GMT(⁠日本時間午前11時21分)時点で1.5%安の1オン​ス=3956.92ドル。月間では12.7%下落しており、4カ​月連続の下落となる見込み。米金先物8月限は1.7%安の3969.30ドルとなっている。

     4半期ベースでも24年以​来となるマイナスを記録す​る見通しで、下落率は13年4~6月期以来の大きさとな‌りそ⁠うだ。イラン戦争でエネルギー価格が急騰し、インフレ懸念と利上げ観測が強まったこと​が背景。

     マレッ​クス⁠のアナリスト、エドワード・メイア氏は「高イン​フレ、高い利上げ観測、​ド⁠ル高がそろっており、これらが通常は金相場の上昇につながる⁠強気​要因を全て打ち消​している」と指摘した。

                       ロイター、 6月30日                        

     7月に入ったので、金価格の現状を確認し、予想を立ててみたいと思います。4月の時点では、ここまでの下落は考えなかった展開です。しかし、アナリストの高インフレ、利上げ予想、ドル高という指摘は、金価格の現状を説明していません。どちらかというなら、金が買われてもいい話ばかしです。

     金価格の低迷は、あきらかにAI相場の過熱がもたらした短期的な状況です。スペースXの上場も、金から資金が流出した原因だと思われます。利食いと損切りで、金市場から株式市場への資金シフトが生まれた結果だと思われます。

     6月単月の下落幅は、-12.7%で4ヵ月連続の陰線をつくりました。4半期で15%下落は、2013年Q2以来です。 6月単月の下落幅は、-12.7%で4ヵ月連続の陰線をつくりました。4半期で15%下落は、2013年Q2以来です。2026年4月から6月までの4半期、金ETFからの推計流出額は、60億ドル規模です。

     2026年6月のAI関連株の資金流入は、700~900億ドルという巨額でした。スペースXの上場規模は、1000億ドルを超えたとみられます。短期筋は、金を売ってIPOに参加したと思われます。

     いっぽう、2025~2026年の中央銀行の金購入量は、年間1000~1200トンで、過去55年で最大規模でした。国別では、中国、トルコ、インド、ポーランド、シンガポールなどです。これらは「構造的な買い」で、 短期筋の売りとは性質がまったく違います。

     4000ドルは、2025年の10月に揉みあった価格帯で、ここを下抜けると3400ドルまで支持線がありません。4000ドルで揉みあった期間はとても短いです。厚みがあるのは、2024年前半の2000ドルになります。

     個人的には、4000ドルを割っていくのは難しいと思います。各国の中央銀行が買いにまわっている以上、構造に変化はありません。IMFの委員が「ドル離れの兆候がみえない」というのは、立場の苦しさを表現しています。

     週足の79本線が、3900ドルくらいです。割り込んでも、ここまでです。もしここを下回ってくるなら金の役割に変化があったとみなしても良いでしょう。

     AI相場の反動局面では、短期筋が金から資金を引きあげているので、若干の調整はあっても、金価格は上昇に転じると思われます。ここまで下げましたので、しばらくは、週足31本線、4900ドルまでくらいのボックス圏で推移すると予想されます。

     とはいえ、ずっと注目しているマーカーが上昇しはじめたことは事実です。そろそろ、一波乱が起こりそうな予感がします。

     いちおう、2026年9月末、4600ドルと予想します。

                              由布木秀

  • もうひとつの貧困

     生活保護から考えてきたコラムでは、貯蓄率の低下、貯蓄大国というナラティブ、さらに現実の貧困をみてきました。まとめるなら、人口の10%を占める富裕層が総資産の60%を保有しています。さらに70歳以上の高齢者が、32%をもっています。こうした事実から、高齢者は資産があるので、社会保障費を削ろうという動きがあります。

     高齢者の実態を検討してみます。

     70歳以上の高齢者人口は2800万人、世帯数は2000万と推定されます。生活保護世帯は90万で、全世帯に占める割合は、4.5%です。この部分は、まったく資産がない「ストックゼロ」の世帯です。しかし、申請をためらう人と、行政に門前払いされる人をふくめると、200~300万世帯がおなじ階層をつくっていると考えられます。世帯単位で分析した公式統計はありませんが、複数の資料を総合すると、下記の表になります。

    世帯層世帯(%)資産(万)住居
    生活保護
    潜在層
    10~150~
    100
    賃貸、施設親族宅
    低資産層350~
    1000
    賃貸
    老朽住宅
    中間層402000~5000持ち家
    (ローン済)
    富裕層10~155000~良質住宅
    相続資産

     この表から分かるとおり、充分な資産をもつ高齢者は、15%程度にすぎません。いっぽう45~50%は、老後に深刻な不安をかかえていることが分かります。低資産層は、貯蓄がほとんどなく年金に依存し、住宅ローンをかかえたまま高齢化するケースも増加しています。そこに、医療費や介護費用の負担が増えると、ストックは急激に減少します。

     相対的貧困率は、65歳以上が27%前後で、平均の15%よりはるかに高くなっています。 高齢者の4人に1人が、貧困ラインを割っています。

     単身世帯が貧困率を高めることは、よく知られています。

     単身率は、60~69歳では20%、70~74歳では30%、75歳以上では40%です。70歳以上の単身男性では38%、単身女性では50%以上が相対的貧困に該当します。これは、ひとり親世帯とならぶ高い数字です。

     現在の日本では、65~69歳は、男性の50%、女性の30%が働いています。就労率は70歳をすぎると急落し、男性20%、女性10%になります。ここからは、かんぜんにストックを削る生活になります。

     70歳以上を分析したデータは公表されていませんが、推計では、30~33%、3人に1人が貧困ラインに該当します。さらに年金の実質価値は、20年で20%程度へっています。物価上昇に追いつかないため、 年金生活者は年ごとに生活が苦しくなる現実に直面しています。

    「貧困」で記載したとおり、金融資産は、30歳未満はほとんどもっていませんが、30~40代では増加しています。したがって、いまさえ我慢できれば、10年後には資産をもてる可能性があります。

     いっぽう50%の高齢者は、10年後、さらに悲惨な状況が約束されているのが現実です。

     推計では、2040年に高齢者人口は3900万人(35%)、65歳以上の単身高齢者は900万世帯(現在の1.5倍)に増加するとみこまれます。

     30歳未満の方には、金融ストックがありません。いっぽう高齢者には、若さというストックがありません。

     若さのストックとは、健康、あたしい技能を身につける能力、社会的ネットワーク、失敗してもやり直せる時間を指しています。

     さらに、高齢者は、親の介護という「負のストック」までもっています。現在、90歳以上が250万人、100歳以上が10万人います。その結果、介護者の30%が65歳以上という「老老介護」、さらに75歳以上が介護する「超老老介護」のケースが急増しています。介護の問題は、経済的な負担ばかりではなく、時間と自由、さらに将来の見通しまで奪っています。精神的にも、身体的にも消耗させる「負のストック」そのものです。

     介護福祉は、医療より大切ですが、予算がつきません。

     医療は、医師会や病院団体が票をもち、政治的に圧力をかけられます。しかし、 介護は票にならないので、行政は本気で取り組みません。その結果、介護は、家族の無償労働に依存しています。新聞を賑わす、介護疲れ、孤立死、介護破綻は、これからさらに増加する構造になっています。

     政府の社会保障費削減方針は、「高齢者は早く死ね」というメッセージです。これほどの資産格差をうんでいる高所得者の税制を改善し、無駄を省いて、私たちの社会を支えてきてくれた人びとを大切にしなければ、国家とはよべません。

                              由布木秀

  • 貧困

     貧困のいちばんの問題点は、なにをもって貧困と定義するかが不明瞭な点です。貧困バッシングが起こるのは、主観的な貧困と、客観的な貧困が違っているからです。より正確にいうなら、貧困は本人にしか分からないのです。貧困を制度的(客観的)に定義するなら、生活保護世帯になってしまいます。

     厚労省の最新統計では、生活保護を受けている世帯数は165万世帯で、日本の全世帯数、約5000万世帯の3.3% に相当します。生活保護費は、すべて生きていくための費用(フロー)で、ストックとして積みあげられません。また資産をもたないことが受給資格になるかぎり、生活保護から抜けでることは制度上不可能です。この部分は、絶対的貧困とよんでいいと考えられます。

     世界銀行は、極度の貧困を「1日、2.15ドル以下」と定義しています。世界人口の8%が該当するといわれますが、こうした話で日本の貧困問題をふかめることはできません。

     相対的(主観的)な貧困こそが主題になるべきです。

     日本の作詞家だったと思いますが、1日100万円ないと暮らしていけないと話すのをきいたことがあります。こうした人が借金に苦しんでいるのは、あきらかに別次元です。なぜなら彼は、充分なストックをもっているから借金ができ、さらにフローが多すぎるのです。

     主観的な貧困は、周囲との比較から成立します。この状況では、まだなんらかのストックがのこっていて、行政の援助によって貧困を脱する機会をつくれる段階です。

    「貯蓄大国」のコラムでみたとおり、人口の20%が金融資産をもっていません。この層は、ほぼ「貧困」とよべます。さらに下位層を構成する40%のなかには、なんらかの事件を契機に「貧困」に落ち入りやすい部分とみなせます。

     国際的基準における相対的貧困は、「生活費が、社会の真ん中(中央値)の半分以下で暮らす人」と定義されます。日本に当てはめると、 1人世帯のばあいは、127万円 に設定されています。そこから計算される日本の相対的貧困率は、15%とされます。つまり、国民7人のうち1人が貧困状態とみなせます。

     先進国を中心としたOECD の国際比較表(JILPT 経由)で相対貧困率を比較すると、もっとも高いグループにはいります。ブラジルなどの発展途上国をくわえた40ヵ国と比較するなら、2023年では8位に入っています。

    順位国名相対的貧困率
    1位コスタリカ21.16%
    2位ブラジル19.23%
    3位アメリカ18.09%
    4位イスラエル16.82%
    5位チリ16.29%
    6位ラトビア16.17%
    7位リトアニア15.62%
    8位日本15.40%

     年度で揺らぎはありますが、イギリス、10〜12%。ドイツ、10%。フランス、7~8%。北欧(スウェーデン、フィンランド)は、6~9%です。ヨーロッパ諸国と比べると、 日本は 社会保障の再分配効果が弱い国に分類されます。

     貧困統計研究(阿部彩2024)では、 年齢、性別、世帯構成別の相対貧困率が公表されています。これに基づくなら、子ども(17歳以下)では11.5%、ひとり親世帯では44.5%が貧困に分類され、著しく高くなっています。

     こうした相対的貧困率は、所得を基準に考えられています。しかし、 現実の貧困は「ストックの欠如」と考えるほうが妥当だと思います。

     このばあいのストックとは、貯金、家財、年金、保険、不動産、人間関係(頼れる人)、健康、住居、教育、職歴、社会的信用を指しています。こうしたものが、いくらかでものこっているなら、人は現実に立って、考えなおす時間を確保できます。

      ストックがあれば、失敗しても立てなおすことが可能です。

     たとえば、貯金があれば、仕事を辞めても数ヵ月は生きられます。家族がいれば、住む場所が確保できます。学歴があれば、再就職の可能性があります。健康があれば、働けます。人脈があれば、助けてもらえる可能性がのこされています。

     ストックがない人は、今日の食費を稼ぐために悪条件の仕事を断れません。家賃がはらえず、住居をうしないます。住居がないと、住所がなくなり、就職もできません。仕事ができないと、さらにストックが減少します。人間関係もうしなわれ、やがて健康もむしばまれます。

     ストックの欠如は、選択肢の消失を意味し、貧困の連鎖を生みます。これは行動経済学では、「貧困の罠」とよばれます。生活保護は、ストックをもてない制度です。

     日本は、世界と比較しても貧困が身近にあり、対応が遅れている現状を知る必要があります。

     絶対的貧困に落ち入るまえに、救済する制度が必要です。

                              由布木秀

  • 貯蓄大国

     日本の資産分布状況を検討して、ひとりあたりの資産が具体的にどのくらいなのか検討してみます。以下の資産額は、総務省、日銀の「資産シェア」をモデルにした計算値です。

    階層人口比資産シェア1人あたり
    金融資産
    最上層1%15%28,450万
    上位層9%40% 8,420万
    中間層30%30% 1,896万
    下位層40%15%   711万
    最下層20%0%   0万

     日本の総人口の10%が、総金融資産の55%をもっているのが現実だとすれば、平均金融資産1900万円は、いかに資産構成が2極化しているのかをしめすにすぎません。最上層の平均金融資産は、中間層の15倍、下位層の40倍にもなっていることが分かります。人口としては、中間層以下が90%を占めています。

     この表から、中間層は、中流階級とみなすことができます。

     この層は、正社員、公務員、専門職から構成されています。収入は安定していますが、可処分所得はすくなく、税や社会保険料の負担は相対的に重いのが特徴です。余裕は、ボーナスに依存しています。持ち家比率は高いですが、住宅ローン残高も大きく、教育費や車の維持費が家計を圧迫しています。さらに、子どもの進学や親の介護などが重なってくると、大きな圧迫要因になります。老後資金には、不安がともなっていると思われます。

     人口の40%をしめる下位層をスケッチしてみます。

     この層は、非正規、派遣、契約社員によって大部分が構成されています。シフト制で収入が月ごとに変動し、ボーナスはなく、不足分を副業や単発労働で補っていると思われます。持ち家よりも賃貸し住宅で暮らしています。家賃が収入の30~40%を占め、通信費や光熱費が重く、税金の後払いや滞納が起きやすい構造になっています。その結果、固定費に押しつぶされる生活だと考えられます。病気、事故、家電の故障などのトラブルで生活が崩れる危機をはらんでいます。クレジット、分割払い、カードローンに依存し、負債が生活の一部になっています。服はファストファッション、家電は中古、交際費がほぼゼロで、生活の選択肢がすくなくなっているのが特徴です。

     人口の20%を占める最下層に属する人たちの生活をスケッチしてみます。

     この層は、非正規、シフト制、単発労働などで構成され、収入基盤が不安定です。家賃や通信費、税金などの固定費が高く、病気や事故などの突発的な支出に非常に脆弱です。クレジット、分割払い、カードローンに依存しやすい構造です。「貯金ができない」というより、「貯金より負債が多い」と考えられます。

     まとめると、日本の1000~1100万世帯、2000~2500万人の方たちが、金融資産がゼロ、あるいは、マイナスの状況におかれているのが現実です。

     

    年齢人口比金融資産比平均資産
    30未満12%1% 150万円
    〜49歳28%17%700万円
    〜59歳14%22%1,500万円
    〜69歳17%28%2,300万円
    70歳以上16%32%2,000万円

     ※平均金融資産は、総務省「家計調査(貯蓄・負債編)」より。

    金融資産は、60歳以上が、60%を保有しています。いっぽう、30歳未満は、ほとんど貯蓄をもっていないことが分かります。

     政策当局は、「貯蓄率が高い」というナラティブをかたりたがります。

     なぜなら、 社会の豊かさを演出できるからです。貯蓄率が高いという神話は、まだまだ国民が余裕をもっているという幻想をつくりだします。年金を削減し、医療費負担を増し、生活保護の抑制など、 社会保障の削減が正当化できるからです。さらに、貯蓄率が高いのは長年の努力の証とみなされ、貧困を自己責任に貶められるからです。

     日本は貯蓄率が高いといわれますが、あきらかに富は偏在しています。高齢者のストックが、平均値を押しあげているだけです。若年層は、貯蓄率が低下し、困窮している現実が分かります。

    「貯蓄大国」は、政策当局のナラティブとしてつかわれ、社会保障の削減や、貧困の不可視化を正当化する役割を果たしています。

                             由布木秀

  • 貯蓄率

     家計貯蓄率とは、貯蓄額を可処分所得(個人が自由に消費できる所得)で割った比率です。貯蓄には、預金や投資がふくまれます。

     日本は貯蓄率が高い、とよく話題にされます。日本人が金持ちというのも、過去はともかく現在では眉唾です。こうした話題は、つねに浪費大国アメリカとの比較で成立しています。基軸通貨国のアメリカは、世界中から労働力や消費財などの「富」が集中する結果、いびつな構造をかかえています。ものが常時あふれているために、消費が美徳になります。

     アメリカの家計貯蓄率は、3~5%です。コロナ給付金時には、一時的に20%を越えていたいました。その後は、マイナス圏に落ち込むこともあります。アメリカ人は、貯蓄しないのではなく、借金で生活しています。これは「ストック」ではなく、「フロー」で生きているとも表現できます。こうした異様な国と比較しても、ほとんど意味をもっていません。

      OECD(経済協力開発機構)のデータから日本の家計貯蓄率をみてみます。 1990年代は、10~15%と高い数字でした。しかし、2025年は、4.1%です。2025年の統計では、

     1位、スウェーデン、16%

     2位、ハンガリー、14.3%

     3位、チェコ、13.7%

     4位、フランス、12.8%、とつづいています。

     欧州の多くは、8~16%と高くなっています。計算方法が必ずしも同一でないので、数字は豊かさと直結しているわけではありません。しかし、日本の4.1%は、アメリカ4.7%、カナダ4.7%よりわずかにひくく、OECD、加盟国38ヵ国のなかで30位前後です。つまり、 日本が世界の国々と比べて貯蓄率が高かったのは過去の話で、現在はアメリカ以下になっている事実は重大です。

     貯蓄率の差は、年数をかけて貯蓄という金融資産にかわり、やがて不動産や相続をふくむ資産(ストック)として固定化されます。したがって貯蓄の話は、最終的には資産の論議にいきつきます。

     日銀の資料では、2025年12月末時点で、日本の家計金融資産は2351兆円だと発表されています。日本の総人口は、1億2400万人と推計されますので、国民ひとりあたり1895万円です。

     この数字だけをみると、老後の2000万円問題も杞憂とみなせます。しかし、もうすこし精査する必要があります。

     金融広報中央委員会などの統計では、日本では、上位10%が家計資産の60%を保有しています。さらに総務省の家計調査では、 下位20%の貯蓄額の中央値は、「ゼロ円」 という衝撃的な数字がでています。

     これは単純に、「貯金がない」という意味ではありません。統計上の「貯蓄額」は、貯蓄(預金、保険、金融資産)から、 負債(借金、ローン)をひいた金額です。10万円の貯金をもっていても、10万円のカードローンがあれば、貯蓄額は0円になります。

     こうした問題は、日本の資産構成を考慮しないと、意味している事実がみえません。前回の「生活保護」からはじまるコラムは、貯蓄率の構造を検証し、貧困問題を考えます。

     次回は、「貯蓄大国」日本の真実を検討してみます。

                              由布木秀

  • 生活保護

     6月1日、埼玉県でケアマネジャーが殺害される事件が起こりました。経緯はよく分かりませんが、なんらかの行き違いがあったのだろうと思います。

     この事件をきいて、知りあいのケアマネの方が、「どんな計画を立てようにも、まったくお金がないのです」といって嘆いたことを思いだしました。彼女は、憂鬱になって仕事を辞めました。

     北海道の過疎地で医療をしていたときに、床ずれをみて欲しいといわれて往診したことがあります。高齢の女性で、寝たきりになっていました。栄養状態も悪く、ひどい褥瘡ができていました。このばあい、腐敗した部分を削りとって、血の通った新鮮な肉芽をだしてやる必要があります。専門的には、掻爬とよばれる手技です。

     とても一日ではできませんので、毎日かよって治療しました。この方の家は借家でしたが、台所のほかには一部屋しかないのです。そこに、万年床を敷いた病人と娘さんが暮らしていました。毎日通ううちに、家財もほとんどないことに気づきました。おどろいて、生活支援が必要だと考えました。そこで、懇意にしていた老健施設のセンター長に、幾度も頼みにいきました。くりかえし状況を伝えたので、施設長はショートステイとして一時的に収容するといってくれました。施設の方がきてくれて、道路側に面した窓から布団のまま運びだそうとして落下させました。患者さんは、大腿骨を骨折して総合病院に搬送されました。その後のことは、まったく連絡がなかったので知りません。誰にきいても、分からなかったのです。

     3週間ほど毎日往診して治療しましたが、診療報酬請求はすべて削られました。再審査請求をすると、「医者がこんなことをするとは考えられない」と返信され、ひどい話だと思いました。

     いま考えると、娘さんは仕事をしていなかったので、生活保護世帯だったと思われます。過疎地での医療は、金銭追求が目当てではなかったので、不明な出来事のひとつとして覚えています。

     今回、貧困をあつかった、門倉貴史、岩田正美、みわよしこ、小林美穂子らの書籍を読む機会がありました。

     生活保護の受給資格は、まったくストックがないことだと知って、過疎地の医療を思いだしました。

     この場合のストックとは、援助可能な親族や知人をふくめて、最低限の家財、貯金、保険、不動産といった生活を支える資源の総体を指しています。これらがすべて失われたとき、ようやっと生活保護の受給資格を得るのです。この時点で、「貧困」が制度的に認定されるのです。

     生活保護の申請は、自分がこうした立場にいることを認める行為になります。普通の人にとっては、かなり苦痛で抵抗があるはずです。したがって行政は、申請者に配慮する必要があると思います。しかし、現実は「水際作戦」と称して申請を受けつけないばかりか、申請そのものをださせないように威圧的な態度で対処する自治体もあり、問題になっているようです。

     さらに、生活保護を受けている者たちを相手に、保護費を搾取するビジネスが存在します。読んでいて、愉快になる話はかいてありませんでした。生活保護世帯の医療費が免除対象になる制度を、悪用する医者もいるようです。

     保険請求がまったく認められなかったのは、貧困ビジネスとみなされたのかもしれないと、今回はじめて思いました。とはいえ、医療行為は、お金を稼ぐためにするものではありません。

     医療行為とは、なんなのか?

     これは、作品番号23「医者になる」で、あつかった問題です。

     退職してから年金もあり、生活にこまってはいません。お金を稼ぐのが、ものすごく大変だったので、浪費しようという気持ちが起こらなかったのが幸いでした。

                              由布木秀

  • 円安、06

     なぜ、世界各国で通貨安競争が生じ、インフレが加速しているのか、さらに行く末はどうなるのかという論議は、専門としている方々がたくさんの教説を書いています。

     このコラムは、現代の信用構造、権力構造を探求する目的をもっていますので、私見を述べておきたいと思います。

     まず現代は、技術革新が起こる端境期にあたっている可能性が高いのだろうと思います。昨今の生成AIからはじまる大相場は、素材の半導体、データセンターの建設などで、技術革新を先取りしている可能性をもっています。10年後、市場が描くとおりの世界が到来したばあい、生産性が急激に上昇し、働き方をふくめた人同士の関わり方や、社会制度などが激変する可能性を考えるべきです。

     つぎに、富がどういう形式でストックされてきたか、を問うことになります。エプスタイン・ファイルでも論考していますが、エプスタインは、天才に値する資格をもっています。彼は、リキッド・ファンディングによって、担保不詳化資産を法律の枠内におさめる手法を考案したのです。ネズミ講や出資金詐欺は、世界中のどの国でも犯罪行為です。なぜなら、集めたお金に対して裏づけとなる担保が存在しないからです。エプスタインは、担保が不明確な証券を合法的に資産化して売りだす手法を考えだしたのです。彼が「数学の天才」といわれる所以は、ここにあります。

     こうした方法が合法化されることにより、預金通貨は莫大に膨張しました。担保不詳化資産が発明されるまで、資産の拡大には制限がついていました。借金するにしても、浪費するにしても、担保によって上限が決められていました。2000年以降、金融の世界では、この構造が破壊されました。その結果、通貨供給量が爆発的に増大し、通貨安が起こり、インフレが招来されています。

     根源的な問いは、AI社会による急激な生産性の向上が、担保希薄化資産や、担保不詳化資産までも許容するのか、ということです。

     ここで、ストックがどのように目にみえる形(おもに不動産)になるのか、考えてみます。

     あらゆるストックの源泉は、人間の労働力です。領主は、領民にたいし、週に1回ないし2回の賦役を課します。貨幣経済が末端まで拡張すると、この賦役は通貨によって払われます。賦役は、地代、年貢、人頭税と名称を変えながら支払われつづけます。この積み重ねが、富(ストック)をうみだします。土地に値段がつくのは、さまざまなインフラを行い、価値を付加されたからです。その源泉は、人の労働力によっています。技術革新は、労働力を爆発的に増加させます。しかし、機械を運転するのは人間の役割です。本質的な構造は、AI社会になっても変化しません。

     私たちの社会は、産業革命以降、500年以上にわたり、 技術革新によって富を蓄積してきました。 しかし、20世紀に起こった2度の世界大戦と、その後の軍拡競争は、 この富を徹底的に浪費しました。 技術革新が生んだストックを、戦争が食いつくしたのです。 さらに担保不詳化資産を文明に組みこむことで、通貨供給量が増し、無益な浪費につかわれました。

    ゴールド09」で、人類文明の信用構造を明示しました。

    1)担保明確化資産(Clear‑Collateral Assets)、概算総額20京円。

    2)担保希薄化資産(Collateralー Dilution Assets)、概算総額40京円。

    3)担保不詳化資産(Unspecified‑Collateral Assets)、概算総額70京円。

     ※ これは、私が独自に担保構造をもとに分類した資産クラスです。金融学ではつかわれていませんが、すべての資産を説明できます。くわしくは、ゴールド01からのコラムを閲覧してください。

     フローを蛇口からでる水の量、ストックを浴槽に貯まった湯量とします。底の栓からは、生活にかかる費用だけ流出していきます。技術革新によって蛇口をもっと開けることができれば、いままでよりも水量(フロー)が増えることになります。底の栓に変化がなければ、浴槽の湯量(ストック)はふえます。

     たとえ、AI社会がきても、2)、3)のすべてを生産性の向上でカバーできるとは思えません。現在、1)~3)まで、130京円の通貨が供給されています。これに対して、ストックは20京円しかないのです。(この数字はかなり大まかで、不動産は、リートとしてのみ組みこまれています)

     現在、担保価値の6.5倍の資産が許容されています。これは、蜃気楼みたいなものです。みんなが存在すると思っていて、はじめてみえる影です。もし、実態がないことに気づいたら、担保価値まで収縮します。技術革新はフローを増すだけで、ストックを増加させるのではありません。最終的には、ゴールドの価値に収束すると思います。不動産は、価値ある資産ですが、流動性にとぼしいのです。みんなが売りたいと思ったときには、供給過多になり一気に収縮します。

     流動性をもって存在する担保は、ゴールドだけです。

                              由布木秀

  • 円安、05

     アジア開発銀行(ADB)は4月末、26年のアジア太平洋新興国・地域の成長見通しを従来の5.1%から4.7%に、物価上昇率は3.6%から5.2%にそれぞれ修正した。

     アジア新興国は中東へのエネルギー依存度が高く、石油備蓄も少ない。燃料不足が物価上昇を引き起こしやすい。「ほとんどの国はスタグフレーションを経験したことがない」(カシコン・リサーチのラリタ氏)ため、政府や中銀の対応余地は限られる。 

     第一ライフ資産運用経済研究所の西浜徹氏は「10年代の『アラブの春』は若年層の失業や食料インフレなどが引き金になり政情不安が広がった」と話す。

     さらにリスクを高めるのが自国通貨安だ。フィリピンペソやインドネシアルピアは対ドルで最安値圏にある。今後米国が利上げに動き、新興国から資金が流出すれば「通貨防衛を目的とする金融引き締めも効きにくく、結果的にスタグフレーションに落ち入る場合が多い」(西浜氏)。

     バングラデシュやネパールのように政変後の選挙を経て新たな政権が発足した国々も多い。政権基盤が脆弱な場合もあり、新興国に進出する企業は注意が必要になる。

                  日経記事、2026年5月22日

     2008~2026年「世界通貨、構造指数」をみてみます。

     構造指数とは、ドルを100としたときに、各通貨の「長期的な通貨の強さ、脆弱性」を示す筆者独自の目安です。

    順位通貨構造指数(目安)長期評価構造的特徴
    1韓国ウォン70〜85中間だが脆弱外貨建て短期債務が大量
    2日本円70〜85
    中間→
    弱い側へ
    高齢化
    低生産性
    3
    バーツ
    70〜85中間観光
    輸出依存
    4フィリピン
    ペソ
    55〜70弱い貿易赤字インフレ
    5インド
    ルピー
    50〜70弱いインフレ外貨依存
    6インドネシア
    ルピア
    45〜65弱い債務の罠資本流出
    7ブラジル
    レアル
    40〜60弱い政治不安インフレ
    8南ア
    ランド
    40〜60弱い資源依存政治不安
    9ロシア
    ルーブル
    10〜20崩壊的(別枠)制裁
    資本規制

     ロシア・ルーブルは、ウクライナでの戦費と国際的な制裁をうけて、すでに崩壊状態です。

     トルコリラの構造指数は、20〜30ときわめて低い水準です。外貨建て債務が積みあがり、慢性的な外貨不足に落ち入っています。さらに政策の不安定性が重なり、通貨価値が構造的に弱くならざるをえない状態です。

     ブラジルレアルに象徴されるように南米は、政治不安と輸入インフレ、通貨安に苦しんでいます。

     南アフリカランドは、長期チャートでは、ほぼ一直線に下落しています。10年単位でも、もどり局面が存在しません。反発してもかならず前回安値を割りこんでいます。原因は、外貨を安定的に稼ぐ力が弱く、経常収支や財政が慢性的に脆弱なためです。また政治リスクが恒常的に高く、鉱物資源に依存するため価格変動に弱いことなどが挙げられます。

     なかでもいちばんの特徴は、いままで世界を牽引してきたアジア諸国が通貨安と、輸入インフレから抜けだせないことです。

     通貨安競争のつぎに起こるのは、景気停滞と物価上昇が同時に進行する「スタグフレーション」です。通貨安によって輸入インフレが起こっても、財政赤字とドル建て債務の構造から利上げができません。さらに通貨安をまねく、悪循環がくりかえされています。

     スタグフレーションは、弱い通貨国からはじまります。

     この表で分かるとおり、まずアジアの弱い通貨、インドネシア・ルピア、インド・ルピー、フィリピン・ペソ、タイ・バーツがさらにドルに対して安くなり、輸入インフレのなかで経済停滞に落ち入ると思われます。つぎに、南米各国とアフリカ諸国がつづきます。さらに、日本、韓国、オセアニアが、インフレと景気悪化というスタグフレーションに突入します。

     アジア、南米、アフリカが景気停滞に落ち入って需要が減少すると、輸出に頼っていた中国経済は深刻な危機に落ち入ります。中国の内需は、不動産市場をはじめ、ぼろぼろの状態です。いまでさえ、中国政府が出す公式資料は疑義がついていますが、隠しきれない状況になります。中国は、バブル後の日本のように銀行を整理することができません。内部の不満のはけ口は、やがて台湾にむかう可能性があります

     いずれにせよ、いいシナリオが浮かんできません。

     デフレのころ、ニュージーランドへの移住を礼賛していた論者がいました。その論説にしたがっていたら、通貨安、金利高、住宅市場の三重苦にまきこまれていたでしょう。ニュージーランドドル(NZD)の構造指数は、65~80で、日本円、韓国ウォンよりも弱いくらいです。経済規模が小さく、外貨建て債務が多いことが特徴です。経済は農産物に依存するために、景気は外需によって左右されます。危機時には資本が逃げやすい、つまりドル高になると真っ先に下落する通貨です。また、ニュージーランドは 、OECD でもトップクラスの住宅価格高騰国です。金利を上げると住宅市場が崩れ、金利を下げると通貨が崩れるという日本とそっくりな、 政策の自由度が極端に低い状況です。

     どの通貨も、一時的に高くなったり安くなったりをくりかえします。どうしてそうなるのか、よく構造を考えてから行動しないと、取り返しのつかない事態に遭遇することになります。

                              由布木秀

  • 円安、04

     2008年は、「世界の金融構造が破壊された年」でした。リーマン危機は、以下の変化をうみだしました。

    1)危機のたびに、米国だけが安全資産の「米国債」を無制限に供給することができました。世界の金融システムは、担保として明確に評価できる米国債を必要とし、その結果としてドル依存体質がさらにつよまりました。

    2)各国で、金融政策の自由度が減少しました。金利ゼロのまま抜けだせない国になった日本は、象徴的です。

    3)新興国は、「外貨建て債務の罠」に入りました。通貨が弱い国は、信用力に劣るために自国通貨では借金ができません。ドル建ての債務は、ドル高になると増加します。債務が大きくなると、さらに通貨が下がるという、負のループがくりかえされます。

     2008年以降の世界では、米国だけが安全資産とされる米国債を無制限に供給できるドルの1強体勢が固まり、その他の通貨が弱体化する構造が確立しました。

     2010~2019年まで表面上は安定し、超低金利や量的緩和などによって、通貨の長期トレンドがゆっくり進行していきました。

     2020年のコロナショックは、世界の金融構造の脆弱性をあきらかにし、その崩壊速度をさらに加速させました。世界各国は、従来とは桁違いのゼロ金利や量的緩和政策に突入しました。供給網が寸断されて、コストプッシュインフレが進行し、物価は通貨が弱い国ほど暴騰しました。米国だけが金利を上げられたため、円や新興国通貨は、ドル高によってさらに弱くなりました。

     2008~2026年「世界通貨、構造指数」をみてみます。

     構造指数とは、ドルを100としたときに、各通貨の「長期的な通貨の強さ、脆弱性」を示す筆者独自の目安です。

    順位通貨構造指数(目安)長期評価構造的特徴
    1スイスフラン140〜150最強安全資産受け皿
    2英ポンド120〜130強い金融立国信用遺産
    3ユーロ95〜105安定第2
    基軸通貨
    4人民元95〜100安定
    表面上
    管理通資資本規制
    5ドル100
    (基準)
    世界の
    アンカー
    基軸通貨最終避難

     これらは、米ドルにたいして同程度か、つよいとされる通貨の一覧です。しかしながら、人民元(CNY)は、中国当局によってドルとの比率をたもつように厳しくコントロールされた「管理通貨」です。自由変動通貨と同列に比較できず、実力よりも高水準で維持されている可能性が高いと考えられます。

     スイスフランは、世界最大級の「安全資産」として機能しています。政治的な安定や法制度のつよさによって永世中立国が維持され、国家破綻リスクは、ほとんどないと考えられているからです。資本規制の緩さも好感され、伝統的に世界の富裕層の資産を預かる銀行国家としての地位をきずいてきました。経常黒字国家で、巨大な外貨準備をもつことも信用構造をささえています。世界シェアが5%以上の国にかぎれば、自国通貨を大量に売っても市場が壊れない国は、実質的にスイスだけです。

     ポンドは、2008年以降の構造指数が120〜130と高い位置にあります。しかし、現在の英国経済のつよさを反映したものではありません。1970年代のポンド危機以降、ポンドは長期的に売られつづけてきました。その結果、通貨価値が大きく調整された反動で、2008年以降、相対的につよくなっている側面があります。

     英国は金融立国としての地位を徐々にうしない、ポンドは長期チャートでは明確な右肩下がりの通貨です。それでも急落しにくいのは、19世紀から20世紀前半にかけて世界の金融センター(シティ)として築いた歴史的信用の残滓が、現在も通貨価値を下支えしているためです。ただし、この歴史的信用が持続するかは保証できません。

     ユーロは、構造指数では95〜105と安定した通貨に分類されます。しかし、そのつよさは、単一国家の信用ではなく、複数国家の平均値として成立している特殊な構造にささえられています。域内には、財政力や競争力に大きな地域差が存在します。ユーロ圏の信用の柱だったドイツが財政問題で苦しみはじめたことは、ユーロの内在的な脆弱性を象徴しています。ユーロはつよい通貨でありながら、その基盤は均質ではなく、内部に不均衡をかかえたまま維持されていると考えられます。

                              由布木秀

  • 円安、03

     円安が阻止できない現況は、「円安、02」で話題にしました。このコラムでは、4回シリーズで円安の周辺を検討します。

    03.現象としての、世界通貨安競争。

    04、通貨安の背景。

    05、その未来に生じる、スタグフレーション。

    06、こうした現象と未来をうむ、真の原因。

     通貨安競争とは、各国が自国通貨で換算される労働力などの価格を相対的に引き下げる政策を指します。自国通貨を安くすることによって失業率を低下させ、資源稼働率を上昇させるうごきが世界中で同時におこる事態を指します。自国の通貨が安くなると、輸出に有利に働きます。

     通貨安競争は、1929年の世界恐慌でおこったといわれます。イギリスは、1931年にポンドを切り下げました。1936年、三国通貨協定まで多くの欧州諸国が追随して通貨を切り下げました。 この時代は、金本位制を放棄して自国通貨を切り下げ、国内の貨幣供給量を拡大した国ほど、早く不況から脱したことが知られています。

     2008年以降のゼロ金利、量的緩和政策は、「通貨政策の転換点」だったといわれます。リーマンショック後、世界は債務を清算しない方針を採用しました。不良資産を破棄せず、経済を縮小させない代わりに、中央銀行が無限に通貨を供給しました。つまり、破綻を先送りする方向に舵を切りました。

     2009年、世界貿易量は、前年に比べて12%減少しました。深刻な経済沈滞にともない、通貨安競争の条件が出そろいます。先進国では、財政赤字の大きさが不安視されます。輸出主導の経済成長を最適な戦略とみなすなか、ますます新興国経済との関係が切り離せなくなりました。

     2010年には、欧州(ECB)とアメリカ(FRB)の金融緩和政策が、世界経済に過剰流動性をもたらし、為替レートを不安定化させました。ブラジルや日本などの国々は、自国通貨高を抑制する政策を行いました。追加の金融刺激策では、世界の需要不足によって生じた問題を解決できないことが分かっていました。

     2013年のモスクワ、G20財務相、中央銀行総裁会議では、「通貨の競争的な切り下げを回避する」と明記され、通貨安競争を避ける方針で一致しました。しかし、日本の日銀総裁や欧州諸国は、自国通貨安による経済へのプラス面を強調しました。

     通貨安競争は、1930年代と現代では、構造が違っています。まず、金本位制がくずれています。資本移動は自由にされ、中央銀行は恐慌をひきおこさないように、量的緩和、ゼロ金利、YCCなどの施策を行いました。通貨安によってインフレが増幅し、通貨安競争は、出口のない緩和競争に変質しています。

     具体的には、中国の人民元安政策は変更できなくなっています。内需が弱く、輸出依存度が極度に高いため、人民元高は致命的です。人民元安は、中国の命運をにぎっています。

     総人口で世界一になり、人口ボーナスがみこまれ、世界経済の牽引役をつとめるはずの、インドルピーも安くなっています。

     通貨安国では、外貨準備の中心となる米国債を売りにくい構造が生まれています。米国の反発だけでなく、米国債を売却すると自国通貨がさらに下落し、通貨危機を招くためです。基軸通貨との比較で決まる通貨安競争では、弱い通貨国ほど米国債をうごかせなくなり、外貨確保のために金を売るしかなくなります。

     2026年のトルコは典型例で、深刻なドル不足のなかで、換金性の高い金を売却した可能性がつよいと考えられます。

     いっぽう日本は、外貨準備として米国債を大量にもっていますが、円安になっても売ることができません。

     通貨安競争は、基軸通貨との比較で決まる非対称な構造をもっています。これは、ドル体制の歪みを象徴しています。

     金は、流動性に富んでいるため、ドル不足国では売られることになります。いっぽう、ドル過剰国では金が買われます。このため、世界の中央銀行の外貨準備に占める金の比率は、2025年末に27%となり、米国債の22%を上回りました。つまり、 金市場は通貨安競争の裏側ともいえます。 

     2008年の緩和政策によって、世界各国は財政赤字を積みあげました。国債残高は膨張し、金利上昇による利払いは国家予算を圧迫します。利上げすると、国家が危機に落ち入る構造ができてしまった。

     利上げできないなら、 輸出で景気を支えるしかありません。各国は、金利を上げずに通貨安を容認し、量的緩和(QE)を継続しました。金融緩和で景気を支えようとした結果、 通貨安競争が本格化します。1930年代と違うのは、金本位制がないため、通貨安競争に歯止めがなくなっていることです。その結果、「緩和競争」に変質しました。

     円安は、日本の問題にとどまらず、世界通貨安の一環です。日本のように財政と債務構造から、大幅な利上げがむずしい国が増えています。このため、通貨安戦争は一過性ではなく、本格化していくと考えられます。

     個人的には、やがて基軸通貨のドルが減価しはじめ、世界は出口のみえない通貨戦争に落ち入る可能性が高いと思います。通貨安競争は、基軸通貨国のドルが安くなることで、構造的に破綻すると考えています。

                              由布木秀