カテゴリー: 時事

  • ゴールド、12

     このコラムでは、ゴールドが世界商品という証でもある「4時間足チャート」について考察してみます。

     まず、チャートが、なにを表現しているかという認識を共有します。

     チャートは、未来を予想するツールではありません。どんなに分析しても、明日のことはまったく分かりません。チャートとは、いままで銘柄がたどってきた軌跡をふりかえるツールでしかありません。よく使われる、MACD、RSI、は、分析対象になった銘柄が、いま、過去と比べてどこら辺に位置するかを説明するだけの指標です。MACDの数値を他銘柄と比べてみても無意味で、おなじでないから複数の銘柄があるとしかいえません。あくまで相対的な指標です。一目均衡表にいたっては、幻想的な価格推移を視覚的に表現したものです。過去を説明するツールとしても、無価値です。そもそも、あらゆるチャートは、後になってから確定します。現在という点は、作図中の揺れでしかありません。こうした認識にもとづいて、4時間足を考えてみようと思います。

     ゴールドは、世界中で取引されています。日経平均先物、S&P500先物なども、ほぼ24時間取引されます。しかし、もっとも盛り上がるのは現物市場がオープンしているときになります。ゴールドは、東京市場、ロンドン市場、ニューヨーク市場で現物が取引されるので、おおむね8時間ずつ相場がつくられます。アジア時間、欧州時間、米国時間という3つのブロックに分かれて、価格が形成されています。各市場の前場、後場と考えれば、4時間ごとの推移が一連の動きをつくりだします。

     おなじ世界商品と考えられる原油市場は、どうなっているでしょうか。

     原油市場の価格決定は、ニューヨーク市場が支配しています。ロンドン市場は、先物が中心です。東京市場は、出来高が極端に小さくなっています。現物市場は地域差が大きく、世界で均質ではありません。価格は「需給」よりも、「投機、ニュース、地政学」で急変します。その結果、原油の4時間足チャートは、 連続性を反映する構造になっていません。

     FXのペア通貨(USD/JPYなど)では、2通貨が流通する市場で主に取引されます。アメリカ時間と日本時間はあっても、欧州時間がありません。その結果、4時間足チャートは有効ではなくなります。

     チャートは、経験則に基づいています。さまざまにありますが、なかでも、ダウ理論、エリオット波動などは有名です。

     ダウ理論では、トレンドには3種類あると考えます。

    1)主要トレンド、1年~数年のサイクル。

    2)2次トレンド、3週間~3ヶ月のサイクル。

    3)小トレンド、3週間未満のサイクル。

     これらは、互いに独立しているのではなく、2次トレンドは主要トレンドの調整局面、小トレンドは2次トレンドの調整局面として捉えられます。つまり、本質的にはフラクタル、という認識に基づいています。チャートは、5分足、15分足、1時間足、4時間足、日足、週足、月足、どれでみても、おなじ形をつくっています。いわゆるフラクタル性をもつことが知られています。

     4時間足チャートは、トレンドが変換したかどうかをみる指標です。とはいっても、すぐに再転換する可能性は充分にあります。しかし、金のような現物が、高い流動性をもって24時間連続的に動く市場では、トレンドはある程度たもたれるという経験からの幻想でしかありません。

     私のばあい、単純平均、5本線、13本線、31本線、79本線でみています。この数値は、単に素数という意味しかもっていません。5、13、31、79は、隣接する数値の比率が、ある程度一定という構造にすぎません。

     個人的には、チャートは、日足がもっとも純粋に過去を反映するのではないかと考えています。事件やエベントを、直接的に表現しているからです。週足になると、事件は市場におりこまれてきます。月足は、人間の思考単位から逸脱しています。5年たっても60本しかひけませんので、繰りかえしみても発想がかぎられます。

     したがって、なかでは日足という結論がでてきます。

  • ナラティブがつくる世界

     ナラティブとは、世界を理解するための物語ではなく、 自分が望む形に書き換える「装置」です。ナラティブが横行すると、事実は編集され、解釈によって上書きされます。

     オックスフォード英語辞典によれば、 Narrative という語は16 世紀の法的文書が初出で、出来事のつらなりを記述する意味でつかわれています。

     1980年代、 Narrativeは「人間の経験を構築する装置」として、つかわれはじめました。ここが、転換点になりました。

     1990年代後半から、医療、看護、心理学、社会学、教育学

    福祉 などの領域で急速に普及しました。とくに 「科学的根拠ではとらえられない領域をあつかう語」 として注目されました。

     物事を望む形に書き換える装置としてのナラティブは、 ポスト真実(post-truth)社会の分析(2010年代以降)で、急速に議論されるようになった新しい用法です。SNS、政治、メディア環境の変化により、 ナラティブは、「現実を書き換える力」 という意味が強調されるようになりました。

     現実がうまくいかないとき、人は世界を物語として書き換え、 自分を納得させようとします。 ナラティブは、自己愛をまもる装置をしてつかわれます。責任を曖昧にし、 客観を霧散させます。

     政治では、 国家が他国に仕掛ける認知戦の脚本 という意味でつかわれています。あるフレーズに多様な意味を一挙にあたえ、物語化します。たとえば、「台湾問題への介入」、「軍国主義復活」、「対米従属」、「MAGA」というようなフレーズです。かつてのスローガンやレッテル貼りと、おなじになっています。

     ナラティブは、国際政治、安全保障、情報戦、プロパガンダ研究 で標準語になっているのが現状です。

     ナラティブは、個人と政治では、用法が違っているようにいわれます。しかし、一皮むくとおなじ構図がみえてきます。

     国家のナラティブも、個人のナラティブも、 本質はただ一つです。 現実を、自分に都合のよい形に書き換える装置として機能しています。国家は 自国の立場を正当化するため、個人は 自分の心をまもるために現実を書き換えます。規模が違うだけで、 構造は完全に同一です。

     国家のナラティブの結論は、「我々は正しい」「相手が悪い」

     個人のナラティブの結論は、「自分は悪くない」「社会が悪い」

     つまり、 ナラティブとは、主体が自分を守るための正当化装置です。国家も個人も、 現実不全の補填として生まれています。

      国家の現実不全は、経済停滞、国際的地位の低下、軍事的脅威、国内の不満などです。個人の現実不全は、経済的停滞、将来不安、自己能力感の低下、社会的孤立などです。現実がうまくいかないとき、国家も個人も、ナラティブに逃げこみます。どちらも、主観の世界に閉じこもり、客観性を放棄します。

     ナラティブは、 AI分析と相性がいいのです。AIは、時系列と単語を知っているだけです。この間隙を埋めるものは、ほんらい客観だったのですが、いまは主観でいいことにされています。

     経済成長が止まると、人は現実を受け入れられなくなりました。

     物語は、 現実の政治を努力の産物にかえ、過去の事実から自分をまもります。 そのとき、ナラティブは都合のいい現実を容認するための装置としてうごきはじめます。

     作品番号33「親友とよぶ男」、作品番号46「自分史講座

     これらの作品は、ナラティブの構造をあきらかにした小説です。

     客観的事実を積みかさねて、虚構をつくるのが小説です。客観的事実をもりこんで、自分に都合良く編集し、承認をもとめる行為がナラティブです。小説がつくりだす虚構の世界は、自己表現ではありますが、あくまで作り物です。ナラティブは、自分のなかで虚構化を拒否しています。つくりだしたものを、事実として承認させようとする試みです。そこに、異論を許させない構造が生まれます。

     とても、危険な行為といえます。

  • 円安、02

     為替の月足チャートからは、160円を超える円安になると節目がありません。1980年代に揉みあった240円まで、テクニカル的には真空地帯です。そこを越えると1970年代以前の固定相場、360円になってしまいます。「円安、01」のコラムで、こう書きました。

     2024年7月に、1ドル162円に上昇したとき、政府は円買いドル売りの市場介入をしました。データとしては、4月29日、5.9兆円。5月1日、3.9兆円。7月11日、3.2兆円。7月12日、2.4兆円。総額、15.3兆円と推測されます。その後、140円割れまで円高が進みましたが、10月には反転しました。チャートでは、140円が底値を形成しました。

     2026年は、4月30日、5兆円規模の介入が行われたと推測されます。その後も5月連休中にくりかえし介入し、おおよそ10兆円がつかわれたと思われます。為替介入の権限は財務省で、日銀は実務を担当します。

     介入の原資は、財務省が保有する特別会計、「外国為替資金特別会計」(外為特会)で、2026年時点で200兆円規模です。米国債(65%)、外貨建て預金などの外貨資産(35%)を売却して円を買っています。しかしながら、米国債を売却してドルを調達する手段は、政治的にアメリカの同意がえられません。実際には、外貨預金を取り崩していると思われます。いずれにせよ、円高阻止時とは違い、介入に上限があるのは間違いありません。つまり、この方法で円安を阻止するのはたいへん難しいといえます。介入効果はすぐに判断できませんが、円を売っている者たちは、この構造を正確に把握しています。

     円安の根本原因は、円に対する信認の低下です。したがって、通常は国債の利率を上げて対処するべき問題です。注目すべきは、日本国債10年金利です。2026年5月15日には、2.72%で、1997年の水準まで高騰しています。2024年7月が、1.08%でしたので、金利が2.5倍になっても円安がとまらない状況だといえます。

     1997年はアジア通貨危機が起こりました。日本国債10年金利は、2.7~2.9%でした。2026年の2.72%は、29年ぶりの金利水準です。日本は、1997年ではまだ成長国でしたが、2026年では人口減少、財政赤字、潜在成長率ゼロで、まったく違う構造になっています。

     政策金利(公定歩合)は、日銀が決める短期金利です。いっぽう10年国債金利は、市場がきめる長期金利です。通常は連動しますが、 信認低下局面では長期金利だけが急騰します。つまり長期的な国債には返済能力に疑問符がつくため、信用コストが増加するのです。

     日銀が政策金利をどこまで上げれば円安が止まるか、という議論はたくさんあります。しかし、真実は誰にも分かりません。

     問題は、長期金利と短期金利の乖離が常態化していることです。

     短期金利を上げなくても国債価格が下落すれば、大量に保有している日銀の含み損は拡大します。これは負の循環を生み、さらに信認低下が生じることにつながります。

     金利2.7%は、 日本の国債残高(1100兆円)に対してきわめて重い事実です。 利払い費の急増は、 財政悪化から、さらなる円安をうむ負のループをつくります。さらに、日本国債を運用している銀行、保険会社の含み損が拡大し、金融システムを不安定にします。これも、さらなる円安の材料です。

     こうした金利構造の歪みは、別の危機を生みはじめています。つまり、日銀が政策金利を変更しなくても、市場は勝手に日本国債の劣化をおりこんでいます。

     財務省の介入は、対症療法にすぎません。介入金額に上限が明確に存在する以上、160円を阻止できないことは、長期金利が上昇している事実からも自明です。ほんらいは、対症療法をしながら根本治療を進めなければなりません。しかし、現実にはアベノミクスの後始末ができなくなっています。

     政府は、インフレを容認するつもりです。株価は、げんに6万5000円に到達しました。

     これは、喜んでいられる状況ではありません。

  • リッダ

     出て行けなんて、言わないでくれよ。

     だって、おれは、ここで生まれたんだから。

     パレスチナの詩人、ファウジ(フォージ)・エル・アスマールは、「リッダ」のなかで、こんな詩を書いています。彼は、ハイファでの少年時代から、土地の没収、差別、抑圧の構造を目撃した経験を語っています。1968年、行政拘束囚とされました。この書籍のなかで、占領下での生活と抵抗の記録を克明に描いています。自伝の一種ですが、パレスチナ近現代史の一次証言として高い評価を得ています。

     パレスチナ問題は、大国のエゴによって生みだされた悲惨な物語です。

     とくに近年のイスラエルは過激化し、国民の総意とはとても思われない蛮行が日常化しています。仮にも民主主義という枠に存在するはずの超大国の大統領が、完全な解決策として「パレスチナをリゾートとする」と主張したのは、彼の粗野な精神構造を浮き彫りにする発言でした。ヒトラーが「最終的解決」と称してホロコーストを行った歴史と、どうしても重なりあってしまいます。

     パレスチナ問題の解決のためには、イスラエルがこれ以上、領土を拡張しないことが最低の条件です。たがいの存在を認めあわないで、排斥するだけでは解決できないのは明らかです。

     私は、アスマールが、なぜ「リッダ」という題名をつかったのか興味があります。

     リッダは、背教、棄教を意味しています。

     イスラム教の開祖ムハンマドは、アラビア半島内の諸部族と、アッラーの預言者である彼にしたがうという盟約を結んでいました。しかし632年、ムハンマドが死ぬと、イスラム世界は動揺します。初代カリ、アブー・バクルが後継者となると、諸部族は権威をみとめずに契約を一方的に破棄しました。彼は、カリにしたがわない部族は、イスラムの教えをすて、背いたとして討伐軍を派遣しました。この戦いを「リッダ戦争」とよびます。

     アスマールは、イスラム教徒です。彼は、イスラム教をすてたのではないのです。 彼は、おそらく共同体から追放されたことを、この言葉に託したと考えられます。このリッダ戦争とは、よく考えてみると、諸部族はイスラム教をすてたのではなく、権力から「棄教とみなされた」ということです。つまり本人の意志ではなく、リッダという言葉は、権力がつかう言葉ということになります。「非国民」や「非愛国者」などとおなじ構造をもつ、レッテル貼りだと考えられます。だから、あえて彼はこの言葉をつかったのでしょう。

     作品番号59「リッダ」は、こういう背景で読んでいただけると、意味がよく理解できるのではないかと思います。

  • エプスタイン・ファイル、08

     エプスタインの性犯罪履歴をつくってみようと思います。

     1996年、12歳と16歳の姉妹、ヌード写真事件。

     1997年、27歳のモデルが痴漢行為を告発。

     2001年、パームビーチ・アトランティック大学、女子学生3名が苦情。

     2004年11月、フロリダ州パームビーチで、若い女性たちがエプスタインの自宅に出入りしている情報。

     2005年3月、14歳の継娘の虐待容疑。

     2006年5月、未成年者との不法性行為4件。性的虐待1件で起訴すべきという宣誓供述書を提出。

     2006年7月、被害者2名の証言を受理。

     2006年7月23日、逮捕。保釈金を支払い釈放。

     2008年6月30日、重罪の売春勧誘、18歳未満の売春斡旋、各1件で18ヶ月の懲役刑を宣告されます。通常はフロリダ州刑務所に移送されますが、エプスタインは、パームビーチ郡ストックエイドの最低警備拘置施設の私室に収容されます。2008年8月のマーク・チェンバレン大尉のメモには「独房のドアを施錠せず、テレビが置かれる弁護士室への自由な出入りを許可する」と記されています。その後も、外出が許可されるなどの特例扱いを受けて、13ヶ月で釈放されています。

    いっぽう、サブプライム危機の時間経過は、以下の通りです。

     2007年4月、リキッド・ファンディング 、レバレッジ17倍が破綻。

     2007年7月、ベア・スターンズのサブプライム、2ファンド破綻。

     2007年8月、エプスタイン、司法取引交渉開始。

     2008年3月、ベア・スターンズ、破産。

     2008年6月30日、エプスタイン、異常に軽い刑で決着。

     2008年:エプスタインは、「匿名の投資家」として証言提供。

     2008年後半、リーマン・ブラザーズ倒産によるリーマン・ショック。

     アメリカでは、未成年者への性的加害事件は重罪とされ、禁錮5~15年くらいの量刑が課せられます。司法取引が成立しても、最低数年の実刑が一般的です。ところがエプスタインは18ヶ月の刑期で、しかも実際の収監は13ヶ月でした。さらに通勤が許可される異例の待遇でした。フロリダ州パームビーチの警察は、1990年代からエプスタインを性犯罪常習犯として目をつけています。

     2007年8月から行われた司法取引交渉が何を指すのか不明ですが、 ベア・スターンズの内部崩壊と完全に同期しています。時系列で追うなら、サブプライム問題で破綻したベア・スターンズの2ファンドとの関連です。しかし、そもそもこのファンドは、エプスタインのリキッド・ファンディングが引きおこした事件です。さらにサブプライム危機を経ても、彼の資産は完全に保護されていました。つまり、この司法取引というのは、彼の罪科を減刑する口実にすぎなかったと考えるより手立てがありません。

    エプスタイン・ファイル、06」で調べたように、1986年、エプスタインは、ヴィクトリアズ・シークレットの会長兼CEOのウェスクナーの個人資産を運用しています。この企業は、女性用下着、婦人服、美容用品をあつかう、巨大ファッションブランドで、世界的なランジェリーショーを開催していたことでも有名です。

     ウェスクナーは、1995年にエプスタインとの契約を破棄しています。後年、不正流用があったと主張していますが、裁判沙汰にすることはできませんでした。もし裁判になれば、ウェスクナーの資産が脱法的につくられたことが証明されたのでしょう。この時点で、エプスタインが法律の埒外に存在する、「エプスタインモデル」は、完成したと考えられます。 

     2007年、フロリダ州南地区連邦検事だった アレックス・アコスタ(後の米労働長官) は、 ジェフリー・エプスタインの性犯罪事件で異例に軽い司法取引を結びました。2019年、この事件が再燃したとき、 アコスタは記者や関係者に対し、「エプスタインは、政府にとって重要人物だと言われた。 だからこれ以上関わるなと指示された」と主張しました。あまりにも微妙な発言でしたので、複数の報道が伝えた「アコスタの説明」とされています。

     誰も、これ以上ふかくは追求できないのです。自分が違法行為をした事実をエプスタインがしっかりにぎっているからです。

     これが、「エプスタインモデル」です。

  • エプスタイン.ファイル、07

     このコラムでは、エプスタインが考案したリキッド・ファンディングが、いかに画期的な発明だったかを論点にしたいと思います。

    ゴールド、08」で、レバレッジの歴史的な経緯を考察しました。

     20世紀初頭のレバレッジは、1)ブローカーズローン、2)株式担保融資、3)信用取引などをさし、倍率が2未満に抑制され、低倍率の担保希薄化を意味していました。

     2000年に設立されたリキッド・ファンディングは、レバレッジ文明の転換点でした。具体的には、1)原資産をもたず、2)差額決済を採用し、3)担保を再利用し、4)資産を名目元本の外側で膨張させました。

     リキッド・ファンディングは、BIS にも記載できない実体のない資産を担保化した「構造的」レバレッジといえます。つまり、レバレッジを担保希薄化装置から、担保不詳化装置に転換した最初のファンドでした。

     エプスタインは、詐欺的商品を合法的にあつかう手法を発明したのです。

     レバレッジは、派生商品(デリバティブ、担保債利用契約装置)にしかつけられません。なぜなら、担保を再利用することでのみ有効化するからです。

     レバレッジの本質について、もうすこし検討を加えます。

     レバレッジを利用すると、運営会社は以下のような利益を得ます。

    1)管理報酬(あつかう資産の増減にかかわらず一定)、2)成功報酬( 上がったときだけ発生)、3)スプレッド( レポ、証券化による差額)です。

     あつかう総資産が変わらなくても、運営側はリスクを負わずに利益が得られます。いっぽう投資家は、もっているだけで、1)3)を支払わねばならない契約です。レバレッジは、投資家の損失を増幅し、運営側の利益を固定化できます。レバレッジの倍率が増えれば、投資家の損失は増幅されます。いっぽう運営会社は、スプレッドが上昇し、固定収入が増える仕組みです。単純に考えて、投資家の利益が運営会社に自動的に流れる仕組みといってもいいでしょう。

     リキッド・ファンディングの最終的なレバレッジは、17倍でした。これは、利益が17倍になるのではなく、このポジションを維持するために17倍のコストが発生するという意味です。手数料は利率なので、あらたなコストが発生する分だけ、運営会社の利益は増加します。

     表向きは禁止されていますが、現在でも17倍級 のレバレッジは、形を変えて普通に存在します。 1) レポ(国債を担保に資金を借りる仕組み)では、10~50倍は普通です。2) 証券化(SPV、CLO、MBS、ABS)では、実体の50~60倍のレバリッジをかけます。3)スワップでは、名目元本が実体の 100倍以上 になります。4) ヘッジファンドの総合レバレッジでは、20~40倍が普通です。

     当局は、証券会社のレバレッジ、銀行のレバレッジ比率、個人の信用取引は3倍までという形で規制しています。しかし、いままでに挙げた形式を用いれば、表面上の倍率を隠したまま、実質17倍以上の商品をつくることができます。いまのレバレッジは「見えない」だけで、むしろ危険ともいえます。

     リキッド・ファンディング は、シャドーバンキングのプロトタイプだったといえます。ベア・スターンズを通して、 ウォール街、 世界金融へとひろがりました。

     ベア・スターンズが破綻した原因は、1)レポ市場の信用収縮、2)証券化商品の価値崩壊、3)オフバランスの連鎖、4)高倍率レバレッジの逆回転、などが考えられます。

      リキッド・ファンディング の構造が、ベア・スターンズ 全体に拡大し、 サブプライム危機として破裂したのが 2008年の崩壊だった考えられます。

  • エプスタイン・ファイル、06

     エプスタインは、1974年9月、21歳でダルトン・スクールで数学の教師をしました。1976年、アラン・グリーンベルグが取締役だった大手金融会社、ベア・スターンズに入社します。すぐにオプション・トレーダーに昇進し、1980年(28歳)にはリミテッド・パートナーになっています。彼は、「超富裕層の顧客にたいし、莫大な税金を節約できる複雑な取引戦略」を提供していたと報じられています。アラン・グリーンベルグとは、師弟関係のだったといわれています。1981年に、不正取引を理由にベア・スターンズから2ヶ月の出場停止処分を受け、その後、辞職しています。

     1981年8月、金融コンサルティング会社、インター・コンティネンタル・アセット・グループ(IAG)を設立しています。富裕層の金銭問題にからんで多額の資産をつくったといわれています。こうした実績をかさね、富裕層と強いつながりをもったエプスタインは、1980年代半ばには、ベア・スターンズにとっても貴重な顧客になっていました。 

     エプスタインは、1987~1993年、タワーズ・ファイナンシャル・コーポレーションのコンサルタントとなっています。がんらい、この企業は、病院や銀行、電話会社から借りている人びとの債券を買いとる回収会社でした。1993年、タワーズ・ファイナンシャル・コーポレーションは、アメリカ史上最大級の「ポンジ・スキーム」のひとつだと暴露されました。タワーズ・ファイナンシャル・コーポレーションは、2025年の価値で10億ドル(1兆6000億円相当)の損失をだして崩壊しました。

     ポンジ・スキームとは、収益事業は実質的に存在せず、新規投資家の資金を既存投資家に配当としてまわすだけの出資金詐欺です。典型的な担保不詳化資産をあつかっていたといえます。

     この事件では多くの関係者が起訴され、主要幹部は20年の実刑を受けています。しかし、実質的には中枢にいたエプスタインは、助言しただけという立場で免罪にされます。担保不詳化資産が信用構造の外でうまれていたように、彼は、司法の枠外に存在するようになります。

     実権を握る超富裕層が、彼に焦点が当たることを避ける構造、「エプスタインモデル」がこの時点ではつくられていたと考えられます。

     エプスタインは、1986年、ヴィクトリアズ・シークレットの会長兼CEOのウェスクナー(1937~)と出会います。この企業は、女性用下着、婦人服、美容用品をあつかう、巨大ファッションブランドです。世界的に有名なランジェリーショーを開催していたことでも知られています。ウェスクナーは、長年にわたりオーナーでした。

     エプスタインは、1988年、J.エプスタイン&カンパニーを設立します。設立直後から1995年まで、ウェスクナー財団の理事をつとめました。1991年、ウェスクナーから委任状をあたえられ、影の財務担当者として多額の報酬を得ていたことが知られています。オーナーがランジェリーをあつかう企業だったため、モデルや若い女性との接点が急激に増加したと考えられます。この時期、世界的なタレントスカウトを自称し、若い女性たちを性的に操作したことが明らかになっています。

     ウェスクナーは、1995年にエプスタインとの契約を破棄しています。後年、不正流用があったと主張していますが、裁判沙汰にすることができなかったと思われます。

     エプスタインは、法律の埒外に存在し、「エプスタインモデル」が完成していたと考えられます。

     J.エプスタイン&カンパニーは、純資産10億米ドルをこえる顧客の資産を管理しました。表にはだせない節税、匿名管理、不正蓄財の処理、オフショア構造などを目的とする事業で、莫大な資産を運用していました。この過程で、豪邸、プライベートジェット機、カリブ海の孤島などを取得しています。

     オフショア構造とは、国家の規制、課税、監査の外側に資産や法人を移し、匿名性、節税、隠匿を可能にする「影の金融インフラ」を称します。よく知られているとおり、ケイマン諸島などが代表例です。

     まとめるなら、1995年までの段階で、エプスタインは影の財務担当者として超富裕層に支持を得るいっぽう、性的なネットワークも構築しはじめていたと考えられます。

     エプスタインは、2000~2007年まで、バミューダに法人化されたリキッド・ファンディング社の社長をつとめています。

     リキッド・ファンディングの株式は、当初、ベア・スターンズが40%を所有していました。この企業の業務については、 「ゴールド、10」で詳述しました。このファンドは、住宅ローン担保証券のなかでもリスクの高いエクイティ債や、それを再度組みこんだ CDO-squared に投資していました。 これらは、レポ取引や再担保を通じて何度も再利用され、担保不詳化資産を肥大化させていました。

     レポ取引とは、国債などの安全資産を担保として、超短期で巨大な資金を貸し借りする市場です。金利水準のわずかな動きが、大きな利益をうみだします。結果として、レポ市場は、数100兆円規模といわれる世界最大の短期金融市場をつくっています。MMF、シャドーバンク、プライマリーディーラー、中央銀行などは、ここを基盤として動いています。

     2007年4月、リキッド・ファンディングのレバレッジ比率は、17:1になっていました。この投資の償還は、取引が乏しいCDO市場から10億ドルを取り除くことに相当しました。その月の償還に対応するためにCDO資産を売却したことで、CDO市場では価格再評価と凍結がはじまりました。CDO資産の再評価により、3ヵ月後の7月にファンドは崩壊し、2008年3月にはベア・スターンズ倒産しました。ベア・スターンズのサブプライムに関する2つのファンドでの投資家への損失は16億ドルにのぼりました。 

     エプスタインは、自らがまいた災害にもかかわらず、まったく損害を受けなかった事実は特筆すべきでしょう。

     ベア・スターンズの2ヘッジ・ファンドが2007年5月に破綻しはじめたころ、エプスタインは未成年者との性行為に関する差し迫った起訴にたいして米国検察庁と司法取引の交渉をはじめていました。

     エプスタイン・ファイル、07では、リキッド・ファンディングの歴史的な意義について考察します。司法取引については、08で考えようと思っています。

  • ゴールド、09

    ゴールド、01」からつづくコラムでは、文明を人類の秩序構造として定義しています。私たちの文明では、信用構造は、金融資産を基礎に階層化されています。信用の裏づけになる担保は、再利用され、希薄化され、みかけ上の資産を大きくしてきました。

     ここまでの論議では、信用構造と金融資産が入り組んでいます。つきつめるなら、信用構造は文明の内部骨格です。金融資産は、信用によって生み出された派生物です。文明が築いた、信用構造の表層部分です。したがって、資産を信用という観点で整理し直す必要があります。

     信用の裏づけるコアは、不動産と金現物です。私たちの文明において、両者は資産の最終的な価値を担保しています。しかし、不動産は流動性にとぼしく、現金化するには多くの時間が必要なため、また金現物は信用構造を担保する側として、純粋な金融資産としては除外されます。

     金融資産は、つぎの3つのクラスに分類されます。

    1)担保明確化資産(Clear‑Collateral Assets)、概算総額20京円。

    2)担保希薄化資産(Collateralー Dilution Assets)、概算総額40京円。

    3)担保不詳化資産(Unspecified‑Collateral Assets)、概算総額70京円。

     この各資産クラスについて整理します。

    1)担保明確化資産は、信用の裏づけとなる担保が本来の形で機能している金融資産です。つまり、派生商品は一切ふくまれず、したがってレバリッジはつけられない資産です。担保明確化資産は、文明の基礎信用層に該当します。

     具体的には、上場株式、未上場株式などの株式現物。一般的な国債、社債、地方債、財投債、事業債などのストレート債券。預金。銀行貸し出し(ローン)。投資信託、ETF、MMF。売掛金、買掛金、手形などの商業信用。中央銀行のマネタリーベース、などが考えられます。金融資産から流動性の低さによって除かれた不動産の一部は、リートという形式を取って、ここに組みこまれています。

    2)担保希薄化資産は、信用を裏づける担保が再利用されることにより希薄化(レバレッジ)された商品です。担保濃度が下がることによって、信用が増幅されたようにみえる資産クラスでえす。

     具体的には、 MBS、ABS、CLO、CMBSなどの一次証券化商品(Securitized Products)。レバレッジETF(2倍、3倍)、インバースETF、コモディティ連動レバETF(原油・金・銀など)のレバレッジつき投資信託、ETF。先物取引(Futures)、オプション取引(Options)などの、取引所CFD(差金決済取引)。証拠金を用いる標準化デリバティブ(取引所取引)。信用買い(証拠金を入れて株を買う)、信用売り(空売り)などの貸株、借株(Securities Lending)信用取引、証券金融。レポ取引(国債などを担保にした短期資金調達)、シンプルな再レポ(同一担保の限定的な再利用)などのレポ取引(Repo)とその一次的な再利用。住宅ローン等を担保にしたカバードボンド(Covered Bonds)。これらが該当します。たとえばペーパーゴールドは、現物金を証券化した再証券です。したがって、現物金の担保性は再利用され、希薄化されています。デリバティブ商品は、大部分は2)となり、一部は3)に属すことになります。

    3)担保不詳化資産は、担保構造がすでに不詳となっている資産クラスです。この資産クラスは、文明の信用構造の枠外に位置しています。すべて派生商品ですが、レバレッジの有無は問われません。通常、詐欺的目的でつくられるために高倍率のレバレッジがつく資産クラスです。

     具体的には、一次証券化商品(MBS・ABS・CLO)をさらに再パッケージした再証券化商品(Re‑securitized Products)。 CDS(Credit Default Swap)とその派生構造。同一担保の多重再利用、プライムブローカーによる担保再利用など、 担保が何度も再利用され、誰のものか不明になる再担保化チェーン(Re‑hypothecation Chains)。SPV(特別目的会社)、SIV、ABCPコンジット(資産担保証券の短期ファンディング)です。

     この資産クラスは、担保構造を前提としないため、 見かけ上、バランスシート外で信用を増殖する影の器として機能します。エプスタインのリキッド・ファンディングは、プロトタイプだったと考えられます。店頭スワップ(IRS、通貨スワップ)、店頭オプション、店頭CFD、店頭フォワードなどは、担保が限定的で、実体のない差金決済が中心です。つまり名目元本だけが巨大化する、差金決済型の店頭デリバティブ(OTC Derivatives)です。海外FX(100~1000倍)、店頭CFD(差金決済)などは、 原資産はありますが実体とは無関係に信用だけが増殖する、 店頭レバレッジFX(高倍率の証拠金取引)です。さらに、裸の空売り(Naked Short Selling)、貸株の再貸し(再々貸し)などショートポジションの空売りの連鎖(ショートチェーン)は、実体株がどこにあるのか不明になっています。

     この分類は、信用の源泉となる担保構造に基づいてつくられています。したがって、金融業界の分類とはまったく体系が違いますが、文明が生みだした全商品を網羅することができます。1)、2)、3)の総額は、130京円という規模になります。

     歴史的には、1)担保明確化資産の10~20%を、金が裏づけしてきました。具体的には、2~4京円です。金価格としては、2~4万ドルです。

     2)担保希薄化資産、3)担保不詳化資産は、アイデアは古くからあった詐欺の手法でしたが、近代になって合法的につかう方法が発明されました。

     2)は、希薄化されながらも信用と関わりがあるとすれば、60京円規模の金による裏づけが必要となります。金価格としては、6万ドルです。担保不詳化資産が、1)、2)を合算した資産より大きい事実から考えるなら、最大130京円の20%、26京円規模の裏づけが必要となります。金価格としては26万ドルとなり、現在の50倍以上です。これは事実上裏づけが困難だということを示しています。3)の部分は、がんらい裏づけられることを前提としていませんから、つねに崩壊危機を抱えていることを意味します。

     いずれにせよ、こうした商品が社会的に流通している以上、なんらかの裏づけがなければ破綻してしまいます。この50年間は、アメリカの信用に依存してきました。

     基軸通貨が揺らぎ始めた現在、裏づけは原点の金に回帰しつつあります。

    日本語名称英語名称構造的意味
    担保明確化資産Clear‑Collateral Assets担保が一対一で明確、レバなし、文明の基礎信用層
    担保希薄化資産Collateral‑Diluted Assets担保はあるが、証券化、レバレッジで信用が膨張
    担保不詳化資産Unspecified‑Collateral Assets担保の所在が不明、再証券化、再担保化、店頭デリバ等
  • ゴールド、08

     レバレッジ( leverage)とは、裏づけになる担保を希薄化させることにより実体のない信用をつみ重ね、帳簿上の資本を増幅させる仕組みです。保有する資本以上に取引規模を膨張させ、差額だけで利益と損失を決めるシステムです。レバレッジの本質は、担保希薄化増幅装置(Dilution‑Degree Device)で、帳簿上の資産を増幅させます。 実体をもたないままに担保を再利用する、デリバティブの効力を巨大化する増幅装置として機能しています。

     レバレッジという言葉は、「てこ」レバー(lever)から由来しています。てこの中心から片方の距離だけを長くすれば、2倍、3倍の力を生むことができます。理論的には、10倍、100倍、1000倍も可能です。歯車によるトルク効果とも似ていますから、ギアリング(gearing)とも呼ばれます。

    ゴールド、06」で問題にした名目元本(Notional)は、文明が生みだしたデリバティブという担保再利用契約装置で、レバレッジによって担保はさらに希薄化されます。次回、「ゴールド09」で詳述しますが、このコラムでは、担保構造の違いをもとに金融資産を3つのクラスに分割します。

    1)担保明確化資産。2)担保希薄化資産。3)担保不詳化資産です。

     担保不詳化資産は、文明の外側に生まれた詐欺的資産と位置づけられます。

     レバレッジの歴史をたどると、現代金融が抱える脆弱性の根がどこにあるのかがみえてきます。

    1)単純レバレッジの時代(~1970年代まで)

     レバレッジは、デリバティブの普及とともに本格的に生まれたと考えられます。株式担保融資や信用取引は、企業価値を担保とした現物株式を用いる仕組みです。一般金融では、デリバティブと異なるとされます。しかし、担保を一度でも再利用したとき、デリバティブは成立します。倍率が高いか低いかは本質ではありません。倍率が2未満であれば、小さいレバレッジが効いていると考えるべきです。ペーパーゴールドも株式担保融資も、担保を再利用する以上、構造的にはデリバティブに属します。

     レバレッジは、1970年代までは、株式の信用取引に限定されていました。デリバティブが本格的に制度化されると、担保希薄化増幅装置として機能しはじめます。

    2)構造的レバレッジの時代(1980~2000年代)

     レバレッジは、デリバティブの普及によってさまざまな商品に拡大していきました。先物、オプション、スワップでは、 名目元本(notional)という実体のない参照額 をつかいます。レバレッジは、担保の希薄化増幅装置となり、倍率は跳ね上がりました。先物やオプションのレバレッジは、10~100倍(証拠金として、取引額の 1~10%)に、金利スワップの名目元本は、実資本の 10~50倍に膨らみます。通貨スワップの取引規模は、100倍以上になりました。

     たとえば100億円の金利スワップでは、名目元本が契約として示されています。しかし、実際にはその額にみあった固定金利と変動金利の差額だけが交換されます。つまり、100億円は名目として存在するだけです。

     この段階で、レバレッジは デリバティブの増幅装置という構造が制度化されました。

    3)影のレバレッジの時代(2000年代〜現在)

     担保不詳化資産は、文明の信用構造の外に生まれています。すでに明白な担保をもたない、レポ取引、空売り、証券化商品(CDO、ABS)、ヘッジファンドの総合レバレッジ、シャドーバンキングが、みかけ上、資産としてあつかわれます。担保不詳化資産は、デリバティブですがレバレッジの有無を問われません。しかし、詐欺的性格から高倍率のレバレッジが付随します。

     

    時代レバレッジ倍率担保の性質システムの安定性
    〜1970年代2〜3倍担保希薄化安定
    1980〜2000年代10〜50倍担保希薄化不安定化の始まり
    2000〜現在20〜100倍以上担保不詳化極度に脆弱

     現代の金融が非常に危ういのは、担保設定があやふやになっているからです。担保希薄化資産、担保不詳化資産が膨張し、裏づけになる担保が決定的に不足しています。その結果、小さな損失が巨大な連鎖を生み、流動性が一瞬で蒸発します。

     こうした資産を運用している金融機関の破綻は、金融システム全体に波及し得る状況が生まれています。

  • エプスタイン・ファイル、05

     ギスレーヌ・ノエル・マリオン・マクスウェル(1961~)は、エプスタインの恋人だったとされます。2021年以降、児童性犯罪、児童性的人身売買など罪名で有事判決をうけ、現在服役中です。彼女は、1990年(30歳)ころにエプスタインと出会い、恋愛関係になったとされています。その後も移一貫してエプスタインとの関係をもち、事件の全貌を知る唯一の人間とされています。

     ギスレーヌ・マクスウェルは著名なメディア経営者、ロバート・マクスウェルの娘としてフランスで生まれています。オックスフォード大学のなかでも、とりわけ長い歴史をもち、国際色が豊かで、卒業者に政治家などの著名人などが多いことで知られるバリオール・カレッジで、1985年に現代史と言語の学位を取得しています。大学生時代からロンドン社交界で有名になりました。そこで、多くの人脈をきずいたと考えられます。

     1993年にエプスタインとともに撮影された写真をみると、黒い短髪をまとめたギスレーヌは30歳をすぎていますが、理知的で美貌です。1986年に父親のロバートがつくったヨットは、「レディー・ギスレーヌ」と命名されています。その船には、ジャグジー、サウナ、ジム、ディスコが装備されていました。資産家の娘で、エリート校に通う美貌の才媛が華やかな時代を駆けぬけたことがよくつたわってきます。

     1991年11月、父親、ロバート・マクスウェルは、カナリア諸島周辺の海域で「レディー・ギスレーヌ」から転落し、遺体となって発見されました。この事件は、事故、自殺、他殺をふくめて未解決です。死後、彼は4億ポンド(1030億円)の年金資金を横領したとされました。1992年、彼女のふたりの兄は、年金スキャンダルに関連する詐欺の容疑で起訴されています。1996年1月には、無罪判決が言いわたされています。

     1991年、父親の死後、ギレーヌ・マクスウェルは、アメリカ合衆国に移住しました。その前後にエプスタインと出会い、恋愛関係になったようです。この時系列については、さまざまな異論があります。彼女は、ニューヨーク社交界の名士となり、ナオミ・キャンベル、アンドリュー王子、ビル・クリントン、ケリー・ケネディーらと親交をもったといわれています。

     ギスレーヌ・マクスウェは、エプスタインの未成年売買春事件で、少女の勧誘や移送などで積極的に関与した事実が判明しています。まだ立件中、公判中の事件もあり、全貌は未解明のままですが、顧問弁護士デイビット・オスカー・マーカスは、高い可能性で彼女が恩赦をうけるだろうと発言しています。その理由は、あきらかにされていません。

     ギスレーヌ・マクスウェルは、エプスタインに上流階級への窓口を提供したと考えられています。彼女は、父親をうしなったことでロンドン社交界にいられなくなりました。権力構造から追放されたといえます。しかし、エプスタインの資産をうけることで、ニューヨーク社交界で活躍できました。

     メディア王だったロバート・マクスウェルは、情報を媒介してさまざまな権力に接触していたと考えられます。彼の死によって1000億円を超える規模の年金横領事件があかるみになり、一族は社会的信用をうしない、スキャンダルに巻きこまれました。ロバートの死は、諜報機関とも関係があったとも取り沙汰されています。死因が不可解であり、解明できなかった事実から真実を浮かびあげる作業は非常に困難です。とはいえ1000億という巨額を背負うことができるのは、一握りのかぎられた人びとです。そこには、社会の表面にでてこれない闇の権力構造が関与していたと思われます。

     ギスレーヌ・マクスウェルの栄華は、闇の金融資産にささえられた虚飾のなかに存在していました。父親の死は、彼女にとって権力の崩壊に映ったと考えられます。ギスレーヌは、エプスタインに父親と同質な暗部をみたのでしょうか?。そうならば、闇の金融資産によってつくられたネットワークと権力構造だと思われます。社交界は、人脈と情報がからみあう、闇の権力の表層部なのでしょう。彼女は、エプスタインによって上流階級に復帰することができました。彼によってあたえられたものは、ギスレーヌがうしなった権力の供給源でした。彼女は、ロンドンとニューヨークという二つの場所で社交家の中心にいたのは事実です。

     エプスタインは、アラン・グリーンベルグによって資産家への道をひらかれます。ギレーヌ・マクスウェルによって、上流階級への経路が生まれました。彼は、こうして金融資産という信用構造と、人脈による権力構造を手に入れていく構図がつくられます。

     エプスタインは、収容されていた矯正施設で自死したとされています。ここには不明な点が多々あり、全貌は不明です。ギスレーヌ・マクスウェルからみると、父親のロバートの死と二重写しになるはずです。事件性は違いますが、この二つの死はフラクタル的にみえます。エプスタイン事件には、司法の影がふかく関わっています。さらに、表面にはでてこない闇の権力構造が関与していると考えられます。垣間見られるのは、金融の影、権力者の影、司法の影、情報の影で、すべてがかさなっています。さらに、ロバートの父親もエプスタインの両親も、ユダヤ系だったのは興味深い事実です。

     ギスレーヌ・マクスウェルは、この事件を権力構造から語れる唯一の人間なのは間違いありません。もしかしたら、司法取引によってほんとうに恩赦にされるかも知れません。しかし、彼女が華やかな社交界に二度ともどれないことだけは間違いないでしょう。