カテゴリー: 時事

  • エプスタイン・ファイル、03

     この事件で特徴的なのは、考えられないほど広い領域の人びとが、エプスタインに群がった事実です。元大統領、現大統領トランプ、ファーストレディー、メラニアをふくむ政治家、司法長官、金融エリートはもとより、サウジアラビアの王家、イギリス王室まで関与しています。さらに、天才数学者ホーキング博士までが登場してくる異様な構図です。それぞれが立派な地位と財産をもち、英知にも富んだ人びとです。それが、なぜ、こんな下品な詐欺師の仲間になったのでしょうか?

     エプスタインの物語の起点は、天才数学者です。彼は、大学も卒業できませんでした。肩書きも財産もない一人の男が、必死でエリート層に食い込もうとした涙ぐましいエピソードがあったはずです。

     近年、元伊東市長の学歴詐称事件がずいぶん話題になりました。彼女は、卒業証書を本物らしくするために、印鑑まで偽造したようです。手に入らないものを欲しがったときの人間心理は、計り知れない部分があります。そうしたものは、小説のテーマになり得ます。小池東京都知事も、カイロ大学を首席で卒業したとかいう噂を耳にしました。そんなに優秀な者なら、わざわざエジプトまで行く必要もないだろうと思います。ハンガリーで息子を医者にした方を知っていますが、日本の大学に入れなかったからそうなっただけです。ずいぶん騒がれた医学部の裏口入学も、学力があって正規に合格できるなら、やる人はいません。

     私が医療していた過疎では、ときに偽医者が入りこんできました。だから、委託開業であっても、卒業証書は必須でした。それでも、ときに紛れ込んできます。そうした者は、目的もなく漫然と医療をしている医者よりも有能だったりすることもあります。ですから、どちらにしても医師免許は、とても重要な証書になります。

     エプスタインの道が開けたのは、ニューヨークのダルトン高等学校の教師になったからです。

     ウイリアム・バーは(1950~)、ジョージ・H・W・ブッシュ政権で、第77代司法長官(1991~1993)になっています。第1次ドナルド・トランプ政権時にも、第85代司法長官(2019~2020)をつとめました。2度も長官になったのは、彼のほかには、ジョン・J・カミングス(1850、1850~1853)しかいません。

     父親、ドナルド・バー(1921~2004)は、ニューヨークのエリート校、ダルトン高等学校の校長1974年6月までつとめていました。一般的には、バーは、型破りな人間が好みで、退屈で大学を中退した数学の天才を信じた、というナラティブがつくられています。番号56.「レール」には、天才数学者が出てきます。

     エプスタインは、1974年9月から教師資格もなく、ダルトンで教鞭をとりました。バーが退職して3月後になるので、彼の採用にどの程度関わったのかは不詳とされています。この辺の事情は、錯綜し、誰も触れたがらない領域になっています。

     ドナルド・バーは、CIAの前身、OSSにもかかわった硬派の実務家で、長年校長を務め、多くの教師をみてきたはずです。エプスタインのような、世渡りが上手な者は嫌いだろうと思います。そんな疑わしい天才話に、騙されるはずがありません。もし証言通りなら、校長という資質が問われます。バーは、ニューヨークの上流社会と深いつながりをもっていました。ウォール街の保護者とも、密接な関係を持っていました。そのなかには、大富豪、ベア・スターンズ会長のアラン・グリーンベルグがいたことが確認されています。彼は、ニューヨーク金融界の頂点にいて、「エース」とよばれていました。

     エプスタインは、グリーンベルグの子供の家庭教師になりました。その後、ダルトン高校の数学教師の地位を得ました。経緯を追っていくと、グリーンベルグの強力な後押しがあったと考えるのが自然です。教職資格もない彼の学歴からは、採用されることは不可能です。この経緯は闇の部分ですが、もし推薦したのなら、理由は金銭的な問題では説明できないことは確かです。

     エプスタインは、2年間、ダルトン高校で数学を教えたとされていますが、実際には1年に満たなかった可能性が高いです。新校長は、グリーンベルグの顔を立て、庇いつづけたのでしょうが、とてもできなかったと考えられます。有名高校ですので、PTAなどから苦情があったことは想像に難くありません。彼は、その後、ウォール街の巨大投資銀行(Investment Bank)、ベア・スターンズに入社しています。「エース」アラン・グリーンベルグとは、とくべつな関係をもっていたと考えるのが自然です。

     エプスタインは、ダルトンで教えたという経歴によって社交界に進出していきます。息子ウイリアム・バーは、共和党政権下で2度司法長官を務めました。エプスタインによって、司法は著しく信頼を損ねました。その問題児、エプスタインを、父親のドナルド・バーが世に送り出すのに一役買ったとされています。なんとも、皮肉な巡りあわせといえるでしょう。

  • エプスタイン・ファイル、02

     エプスタイン( Jeffrey Edward Epstein)は、1953年1月20日、ニューヨークで生まれました。ユダヤ人の両親をもつ、資産家とされています。彼の業務内容や資産規模については、多くの不透明な部分が存在します。ニューヨークの豪華な邸宅をはじめ、総額600億円をこえる不動産やプライベート・ジェット機、広大な牧場、さらに事件の舞台になったカリブ海の無人島を保有していたとされます。とはいえ、生涯が虚飾に満ち、過剰な演出があったのは、間違いないでしょう。2000年代の初頭から、メディア関係に触手を伸ばしていたことが判明しています。2015年、イスラエルの新聞「ハアレツ」は、「スタートアップ」という企業を通じて、イスラエルの防衛産業と関連していることを報じています。元イスラエル首相や防衛大臣、イスラエル国防軍の特殊部隊などと関係を持っていたと考えられています。じっさい2008年4月には、イスラエルの軍事基地を訪問しています。

     エプスタインは、2006年、リゾート地として名高いフロリダ州パームビーチで、児童買春をした罪で起訴されました。2008年、禁固3年の判決が言い渡されますが、司法取引が行われ、収監から13ヵ月で出所しています。服役期間中も、便宜が図られたことが知られています。

     この事件では、彼の恋人とされるギレーヌ・マクスウェルが仲介役を担っていたといわれています。 

     2016年、カリフォルニア州の女性が、民事訴訟を起こしました。当時13歳だった彼女は、1994年にマンハッタンのエプスタイン邸で行われたパーティーで、エプスタインから性的暴行を受けたというものでした。訴訟は、ドナルド・トランプとの関連も示唆されて耳目を集めましたが、却下されています。

     2019年7月、2002年から2005年までの期間、マンハッタン、パームビーチの自宅で、14歳をふくむ、少女数十名に対する性的虐待の疑いで逮捕されました。家宅捜索により、性的売買の証拠と多量の全裸写真が発見されました。一部は、未成年女性だったことが確認されました。そのほか、被害者にかんする大量の情報や、多額の現金、宝石などのほかに、エプスタインの偽造パスポートもみつかりました。

     エプスタインは、2019年8月10日、勾留されていたニューヨーク州の矯正施設内で死亡しました。独居房内で自殺したと発表されましたが、遺族や弁護団は異を唱えました。鑑定を依頼された法医学マイケル・バーデンは、他殺を示す証拠があると発表しています。いっぽう、2023年6月、司法省は刑務所職員たちが「過失、不正⾏為、職務遂⾏上の失敗」を繰り返したことによって「⾃殺する機会」を与えたと結論し、他殺説を否定しています。

     2019年8月23日、フランス・パリの検察は、エプスタインが関与する国際的な児童ポルノネットワークの存在を調査しています。

     エプスタインと同居していた恋人のギレーヌ・マクスウェルは、児童の性的暴行などに加担した疑いで逮捕状が出されました。2020年7月に逮捕され、2022年6月、ニューヨーク連邦地裁で禁固20年の刑が言い渡されています。

     2025年7月、米FBI連邦捜査局は「エプスタイン・ファイル」を発表しました。そこでは、1)違法行為を裏付ける「顧客リスト」は確認されなかった。2)著名人を恐喝していたとする証拠は、確認されなかった。3)そのほかの捜査の根拠となり得る証拠も認められなかった。と発表しました。

     2025年7月、「ニューヨーク・タイムズ」、「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、トランプの名前がエプスタインの関連資料に含まれているという情報をつたえました。フロリダ州連邦判事は、エプスタインに対する連邦捜査に関する大陪審の証言記録の公開を求める要請を却下しました。

     同年7月24日、米下院監視委員会はエプスタインに関連する資料の開示を司法省に召喚状をもとめると発表しました。さらに共犯者のギレーヌ・マクスウェルに関する調査として、ビル・クリントン元大統領、ヒラリー・クリントン元国務長官、元FBI長官だったジェームズ・コミー、ロバート・モラー、さらに、元司法長官らにも召喚状が発行されました。

     イギリス王室のアンドルー王子は、エプスタイン邸で若い女性と撮影した写真がいくつも残されています。王子は、英王室の公務から退くことになりました。 

     エプスタインがどうやって資産をつくったのかは、判明していません。有罪が確定後、欧米の政財界有力者・王族らに広い人脈を持っていたため、売春斡旋が噂され、大きなスキャンダルに発展しました。また公的機関の要職者らも、彼との交友関係を問題視され、辞任するケースも相次います。

    (参考文献:ウィキペディア「ジェフリー・エプスタイン」)

     司法省が公開した一部の資料が黒塗りでしめられ、多くは非公開のままで経過しています。また下部組織の連邦捜査局(FBI)が行った「顧客リストは存在しない」という報告は、過去の報道経緯と大きく乖離しています。さらに大陪審記録の公開を拒否したことなど、対応に透明性を欠いているため、議会は、司法省に対して不信感を強めています。政治状況と絡んで、事件は沈静化していません。

     

  • エプスタイン・ファイル、01

     メラニア・トランプ米大統領夫人は9日、ホワイトハウスで異例の声明を発表し、少女買春などの罪で起訴され自殺した米富豪ジェフリー・エプスタイン氏との関係を否定した。一部の報道や噂を厳しく非難した。メラニア夫人は「私と恥ずべきジェフリー・エプスタインを関連付ける噓は今日、終わる必要がある」と強調。エプスタイン氏とはトランプ大統領とともに同じパーティーに招待されたことがあるだけで、交友関係はなかったと説明した。「私はエプスタインの犠牲者ではない」とも語り、エプスタイン氏がメラニア夫人をトランプ氏に紹介したとの一部の噂も否定した。エプスタイン氏による少女への性的虐待は知らなかったと述べた。司法省が公開した資料に含まれていたエプスタイン氏の共犯者、ギレーヌ・マクスウェル受刑者とメラニア夫人のものとみられる電子メールのやり取りについても、一般的な意味のないものだと指摘した。自身とエプスタイン氏を結びつける報道について「卑劣で政治的な動機に基づく虚偽の中傷」と批判した。議会に対し、エプスタイン氏の犠牲者に証言の場を与える公開の公聴会を開くよう求めた。

     メラニア夫人が記者団の前で公式の声明を発表するのは珍しい。この時期に声明を出した理由は不明だ。(日経新聞、4月10日)

     私は、このエプスタイン問題こそが、トランプのさまざまな説明不能な行動をつなぐ一筋の糸だと考えています。この事件についてコラムを書こうと以前から思っていましたが、ちょうどメラニアの記事が掲載されました。イスラエルに対する過剰な傾斜、ベネズエラへの奇矯な関与、イランへの突発的な攻撃などは、エプスタイン文書との関係を抜きに理解できそうもありません。アメリカでは、すでに多数の著作が出版され、さまざまな問題が提起されています。分かる範囲で整理したいと考えていました。

     私は、過疎地で医療活動をしてきました。その小さな町でも市長選があり、さまざまなデマが飛び交いました。不倫疑惑や、隠し子がいるなどの噂でした。新市長は、期間中、噂話をまったく相手にせずに当選しました。市長と話す機会がありましたが、「選挙とは、そういうものなのです」と淡々と語っていました。

     私の医院は繁盛したので、みょうな噂話を耳にしたことが幾度もありました。馬鹿ばかしいので相手にもできず、無視してきました。同じ土俵に乗ること自体が、あり得ないのです。否定することは、スキャンダルの存在を認めることにつながり、物語への参加を意味するからです。

     メラニアは、大統領夫人です。トランプにもっとも影響力を持つ人といっても、過言ではありません。彼女が一存で公的な声明を発表したとは、とうてい考えられません。夫と話しあい、充分に練られた文章を読みあげたはずです。この時期に、どうしても必要だったから、発表されたと考えられます。同じ土俵に乗ることは承知で、否定という政治的なリスクを取ったと考えられます。

     エプスタイン問題は、未成年の売買春疑惑という矮小化される事件ではないはずです。幾人かが関係を認めていますが、そういう方たちは周辺部に位置したと思われます。核心に近い人びとほど、明確に否定せざるを得ないという構図が生まれているのでしょう。闇は、ずっと深く、アメリカの権力構造と結びついているとしか考えられません。

     作品番号42.「擾乱」は、芸能界を舞台にした小説です。主人公の夫が、とつぜん「隠し子」がいると告白する場面があります。驚く彼女に「たった一度の誤りだった。妊娠したのを知って、堕ろすようにお金を渡した。納得して受け取ったので、信じていたのだ」と説明します。1週間たつと、夫の隠し子事件の全容が週刊誌に掲載され始めます。彼は、別の家庭をもっていました。週刊誌に暴かれることが確定したので告白したのだと、彼女はそのとき知ります。

     メラニアの緊急声明は、なにかが明るみにでる前触れかもしれません。この事件を考えるなら、ある意味、とても興味深いともいえます。なぜなら、彼女がつよく否定したことは、すべて事実かもしれないという印象を与えているからです。

     次回は、公開されている資料をもとに、エプスタイン事件の全体像を分かる範囲で整理したいと思います。