作品番号26「インド」を改訂しました。
この作品は、がんらい旅行記として存在していました。未完となって放棄されていましたが、今回、全面的に構想を変更して改訂しました。
固有名詞などを一切はぶき、事実と距離を置きました。インドは、創作の舞台になったので、あまり事実に拘泥するのは無意味です。
旅程を振りかえって書き直してみると、かなりの部分が創作の対象になっていることが分かります。類似した記述をしても仕方がないので、ある土地で起こった話が、どの物語に取りいれられているのかについて明示しました。この結果、作品が創作される舞台をもう一度整理した形になりました。つまり、インド関連の作品と、現実の旅行がどういう具合につながっているのか、分かるようになりました。
具体的には、01「神の住むちかくで」、02「カトマンズ」、03「チャイニーズボーダー」、04「世界は曼荼羅のなかで」。この4編をまとめてプロローグをつけた、66「象は二度跳ぶ」。これらは、裕明との北インドの旅を軸にかいています。
36「ホテルウエルカム」、37「プラナブの夢」、38「ヒロミの部屋」。これらをまとめてエピローグをつけた、67「ガンジスに抱かれて」は、ベナレスで出会った俊和との話から、ヒンドゥー教を中心に据えてかいています。
14「仏陀の弟子たち」は、ラージギルの日本山妙法寺が舞台になっています。さらに、15「光に」は、インドの風景をかいています。こうした作品群が、「インド」という作品でつなげられたことになりました。小説の背景をかきましたが、内部には立ち入らないように配慮しました。
創作は、作品番号26「インド」とは無関係で、別個に存在しているという構造です。
改めてインドという国を考えるなら、青春時代に素晴らしい機会に恵まれたと思います。父は、若いころ、中国大陸を軍とともに移動していました。似た経験をもったのだと、胸に感慨が湧いてきます。
この作品を読むと、インド大陸を縦横無尽に旅をしたことが分かります。
インド国鉄の1等車周遊券、60日期限を購入したので、夜行寝台にのりきっています。1等車には、サーバントがつきます。4人のコンパートメントに、3食をはこんできてくれます。一切、チップを支払う必要はありません。1等車の価格は、2等車の8倍でした。ですから乗客は、金持ちだけでした。ときどき、新婚旅行の外国人カップルが乗りこんできました。
北インドは、小説の舞台になっています。とはいっても、不慣れな1ヵ月、具体的には、ボンベイからアウランガバードを経てアグラに、そしてカシミール地方のスリナガルからブッダガヤまでの行程は、創作に取り入られなかった部分です。今回は、この期間を中心としてかいています。
また、南インドはほとんど創作の舞台にならなかったので、経路や風景を描出しました。インダス文明をになったとされるドラヴィダ人は、アーリア人の侵攻に敗れて、南に追われていきました。南インドは、タミール語圏で、北インドとは文化、食生活にも違いがありました。
もう50年ちかく経過していますが、インドは柔な体質ではありません。歴史とか文明とかよばれるものは、民族の核となって深く根をはっています。むかしの話だと考えてしまう人びとは、表層的な部分だけをみている方です。
私の作品が、もっとふかい部分に触れていることを理解していただけたらと思います。
